とある山奥に、ひっそりと小さな魔法使いが暮らしていました。
しかし魔法の使い道がわからず、『わたしの力はなんのためにあるんだろう』と、悩んでいました。
そんなある夜、外の世界が描かれた絵本を、月明りを頼りに読みました。
絵本には、外の世界でゆかいに暮らす人たちのことが描かれていました。
『楽しそう。わたしもいってみたいな』
わくわくした魔法使いは外の世界にとても憧れていきました。
そして、自分の魔法を使えば外の世界をもっと幸せにできるかもしれないと思うようになりました。
夜が明け、朝になるとおひさまが外の世界を照らします。
魔法使いは、みんなを幸せにすることを願って、外の世界へと歩き出しました――。
「わぁ~……っ!!」
トレセン学園に通うウマ娘の少女、ライスシャワー。彼女は新しく用意された画材用具を目の前に感嘆の声をあげていた。
「ほ、ほんとうに! これライスが使っちゃってもいいの!?」
ライスは、まだ芯出しもされていない色鉛筆や封も開けていない水彩絵の具を目の前にして興奮を抑えきれない様子で言った。
「えぇ、トレーナーを含めたチームシリウス一同から。ライスシャワーさんの天皇賞春の二回目の勝利を祝しての贈り物でございます」
ライスの隣にいた葦毛のウマ娘が微笑みながら答える。
彼女の名前はメジロマックイーン。メジロ家の令嬢であり、チームシリウスを率いるエースでもある。
チームシリウスのメンバーを集めた部室にて、春の楯をもぎ取ったライスシャワーをねぎらう祝勝会が執り行われていた。
「おめでとうございます! ライスさん!」
「おめでとう、ライス。これ、スペちゃんと一緒に作った料理なんだけど……」
チームシリウスのメンバーたちが口々にライスへ祝いの言葉をかける。
ライスシャワーは、自分が皆に歓迎されていることを改めて実感すると共に、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった感情を抱いていた。
天皇賞の春をライスシャワーが制するのは、これが二度目である。
一度目の優勝時は、戸惑いが大きかった。怯えも大きかった。
『今日だけはマックイーンに勝ってほしかったよなぁ……』
『3連覇を目の前で見るために、1週間前から場所取りしてたのにさ』
一度目の天皇賞の春を制した後、ウイニングライブ直前にライスシャワーの耳に聞こえてきたのはそんな言葉。
『えへへ……みんな、がっかりしてるね』
一緒に舞台袖で待機しているマックイーンに申し訳なさそうに、ライスは言った覚えがある。
それに対して、マックイーンが語った言葉は――。
「おーい、マックイーン。寿司の置き場所はこっちでいいのか?」
ライスシャワーが物思いに耽っていると、テーブルの空き場所にゴールドシップがドカンと物を置いた。
トレーナーやウマ娘の皆が目を丸くして見てみれば、お寿司を入れた大型の飯台である。まるで高級寿司屋が使うような、立派な飯台だった。
「は、はい? ちょっと、ゴールドシップさんなんですかこれは! 聞いてませんわよこんなの!」
マックイーンが間の抜けた声を出してしまう。突然、寿司が詰まった大きな飯台を置かれたのだから無理もない。
しかし、ゴールドシップは得意げな顔で、ビシッと親指を立てる。
「なんですかって。ライスの勝利を祝して作った、ゴルシちゃんお手製のゴルシ寿司よっ!! このシャリ一粒一粒のこだわりようを見てわからねぇのか!?」
「しかも……注文したものでなく手作り……」
マックイーンは困惑を隠せない様子で、テーブルに盛られた大量のゴルシ寿司とゴルシ本体を交互に見つめた。
「ライス、見た目に似合わずよく食うから、たくさん食べれる方がいいと思って」
「は、恥ずかしいから言わないでぇ~!!」
ライスが顔を赤くして、恥ずかしそうな声を出す。
ともあれ、ゴールドシップもライスを祝ってくれていることに変わりはない。マックイーンもため息を一つついて、お小言は程ほどに。その後はチームシリウスのみんなで食事や歓談に花を咲かせた。
「それにしても、トレーナーさん……ライスの為にこんな綺麗な道具、用意してくれたんだぁ……」
ライスは自分の部屋に戻ると、プレゼントされた画材用具を前に、目を輝かせて呟いた。
ライスシャワーは、絵本を描くのがひそかな趣味だ。それはトレセン学園のみんなには一応の秘密にしているが、トレーナーなどごく一部の親しい人物に対しては、打ち明けている。
絵本を描くことが趣味であるライスが、絵を描くための画材用品をプレゼントされたことはこの上ない喜びだった。――もちろん、トレーナーは『授業で使う為のモノ』と銘打って、そのプレゼントをしたのだが。それを文面通りに信じたメンバーがどれほどいたかどうか定かではない。
しかし、その真偽は問題ではなかった。ただ、絵本を描くことにあこがれていたライスにとって、トレーナー達が自分に絵の道具を贈ってくれたことはとても嬉しかったのだ。
ライスシャワーは、他人から貰った本をちらりと見る。『シリウスの軌跡』*1と銘打たれたその本は、とあるウマ娘達を描いた物語である。
「まずは、描きたいものを描くのが一番だよね。……えへへ、頑張るぞー……!」
ライスシャワーは、嬉しそうに笑みをこぼすと、色鉛筆を手に取った。
ある館に、一匹の黒猫が飼われていました。
猫は物心ついた時からそこで飼われ、そこから外に出たことは一度もありません。
飼い主が一緒に散歩に行こうとしても、決して外に出ることはありませんでした。
「おそとには、おおきいカラダを持ってて、とってもおおきな声を出して、おそらをおおいつくすようなオバケがいるんだ」
黒猫はそういって、小さな体を震わせながら、飼い主にそう話し、外には出ようとはしませんでした。
そんな黒猫の噂を聞いて、街の動物達は黒猫の事を不思議がりました。そんなオバケが居ない事をよく知っている動物達は、どうにか黒猫を外の世界へ連れ出そうと考えます。
「黒猫さん。私と一緒に駆けっこをしませんか。みんなの先頭を走るのは、とても楽しいですよ」
きれいな茶色い毛並みを持った犬は、館の窓越しに黒猫に駆けっこを誘います。
しかし黒猫は耳を伏せて、お外に出たがりません。
「おそらをとぶオバケに見つかったら、何をされるかわからないんだ」
黒猫はそう言って犬の誘いを断りました。
「スペペペペッ。黒猫さん、新しく開いたレストランに一緒に食事にいきませんかっ!」
不思議な声で鳴く鳥は、館の前で黒猫を誘います。
やはり黒猫は耳を伏せて、お外に出たがりません。
「おおきなオバケに見つかったら、きっとボクの方も食べられちゃうよ」
黒猫はそう言って鳥の誘いも断りました。
その日から館に住んでいる動物達は、こぞって黒猫を連れ出そうとします。しかし、それでも黒猫はお外に出たがりません。
数々の動物達が館を訪ね、やがて季節は移り変わり、黒猫は夏を迎えます。オバケを理由に街の動物達の誘いを断り続けていたそんな中、一匹の白猫が館を訪れました――。
「ライスさん、ライスさん」
「ひゃ、ひゃぃぃい!!?」
絵を描いていたライスシャワーは、突然名前を呼ばれたことに驚いて、ビクッと体を震わせた。そして声のした方へ視線を向けると、そこには同じ寮室で過ごしているゼンノロブロイが居た。
彼女はとても大人しそうな雰囲気を持ったウマ娘で、黒髪から編まれた特徴的なみつあみ、大きな黒ぶち眼鏡とおっとりとした碧眼が目立つ。
ライスは慌てて振り向き、ゼンノロブロイに対していつもの困り眉になった笑顔で対応した。
「ど、どうしたのかな。ロブロイさん」
ライスがそう聞くと、ゼンノロブロイは優しい声色で答える。
「ファン感謝祭の催し物で、ちっちゃな子のファンの為に絵本の読み聞かせをすることになりましたよね。わたしは、どんな本がいいか悩んでいて……」
ゼンノロブロイはワクワクしたような面持ちで、されど落ち着いた口調でそう話した。
「やはり、正統派な物語の英雄譚でしょうか。それとも、悪を暴く勧善懲悪物でしょうか……」
「あはは、幼稚園児の子とかもいるから、ちょっと内容が難しいんじゃないかなぁ~……」
ゼンノロブロイはいささか早口気味にそう続けたが、ライスシャワーの指摘を聞くと、納得したように深く頷く。
そして、ライスの隣に腰を下ろすとライスシャワーの机にあるモノをしげしげと眺める。
「ステキな絵ですね。紙芝居ですか……?」
ゼンノロブロイはライスの手元にある絵本を見ると、目を輝かせてそう言った。
ライスシャワーが描いていた黒猫の物語に対してである。一枚一枚画用紙に描いていたから、紙芝居と捉えたのだろう。
「え!? あ、こ、これは――」
「どんなお話なのですか?」
ゼンノロブロイは、ライスシャワーの返答を待たないで質問する。その目はキラキラとしており、本への興味が尽きない様子だった。
「う、あ、えぇっと……」
思わぬ態度にライスシャワーはぎくしゃくとしてしまう。とてもではないが「これライスが描いたんだ」なんて言える雰囲気ではない。そんなの恥ずかしくて、とても言えない。
「ファ、ファン感謝祭の為に選んできたの! 絵本を選ぶの、とっても楽しかったなぁ~……なーんて……」
ライスシャワーは慌てふためいて、何とか取り繕う。しかし、それが仇になった。
ロブロイは、机に広げられた冒頭の数枚を読み始める。
「黒猫さん……ここからどうなってしまうんでしょうか……」
絵本の内容に、ロブロイは心を奪われた。そこに描かれている物語が、共感するものを感じさせたのだろうか。
ライスシャワーはそんなロブロイの様子をみて、恥ずかしそうに俯いた。
「えぇと、そ、それは……っ」
しかしロブロイはライスシャワーの様子に気づかず、絵本に描かれている物語の行く末を楽しみにしている様子だった。
「と、当日までの秘密!」
ライスシャワーは、紙を丸めて胸に抱きながらそう言った。
「なるほど……では、当日まで楽しみに待ちましょう。はたしてどんな物語なのか……!」
「……え。え、ほんとうに。ファン感謝祭の読み聞かせの題材、これにしちゃうの? 内容も全部確かめずにぃ……?!」
ロブロイは頷いて言った。
「はい。ライスさんが選んだ物語なら、きっとステキなものに違いありませんから。期待で胸がいっぱいです、当日が待ち遠しいですね……♪」
ライスは、そのあまりにも優しく期待に満ちた碧眼から目を逸らした。
(あ、あわわわ……た、大変な事になっちゃったァ~~……!)
白猫は、館に引っ越してきた新しい住民でした。
毛並みは長く艶があり、夜空に光る銀の線のように、その体はキラキラと美しいのです。
凛としていて、とても強い目をした白猫は、みんなから一目置かれる存在でした。
「黒猫さん。あなたはなぜ、お外を怖がっているのでしょう?」
ある日、白猫は黒猫にそう質問しました。黒猫は、怯えて震えます。
「おおきいカラダを持ってて、とってもおおきな声を出して、おそらをおおいつくすようなコワいオバケがいるから」
黒猫にそう言われ、白猫は静かに頷きました。
「でしたら、わたくしが一緒についていってオバケを退治してさしあげます」
黒猫は、目を大きく見開きました。そして、その口をぽかんと開けます。
いくら、白猫が強くても黒猫は心配でした。でもここで断れば、もう誰も自分と一緒に出て行ってはくれないだろうと黒猫は考えました。
「わかった。ボクは、外に出るよ。一緒にオバケを退治しよう」
黒猫は勇気を振り絞って白猫の申し出を受け入れました――。
絵本を仕上げていくライスシャワーは、一度目に勝ち取った天皇賞の事を思い返しながら、同室のロブロイの目を盗みながら物語の続きを大急ぎで紡いでいく。
『マックイーンさんは見せたい"景色"があったみたいだけど、菊花賞のときと、なんにも違わないみたい……』
ウイニングライブの舞台袖。観客がマックイーンが一着を取らなかった事を残念がる声が聞こえてきて、その時のライスシャワーはどうしようもなく悲しくなっていた。
『こうなるのは、もちろんわかってたけど……。やっぱりちょっと……胸が痛いかも……』
メジロマックイーンは、厳しく叱りつけるでもなく、安易な励ましを向けるでもなく、そんなライスシャワーに共感するような言葉をかけてくれる。
『……私も、秋の天皇賞で降着した時、似たような体験をしましたわ』
多くの人の期待を裏切ってしまった事。しっかりと前を向く事が出来なかった事。
『ですが、そこで私はその"景色"を目の辺りにしましたの』
マックイーンは凛としていて、とても強い眼差しを舞台に向ける。
マックイーンのその言葉に、ライスシャワーは悲し気に俯けていた顔をあげた。
『"景色"……』
『きっとライスさんにも見えるはずですわ。さあ、ステージに出ますわよ』
そういって、マックイーンはライスシャワーに手を差し伸べる。そして二人で並んで、光が差し込むステージの上へ。
――どかんどかん。
夏の大空に、色とりどりの"オバケ"がたくさんいました。
青い色、赤やら黄色やらの色合いも様々なオバケが、その体の内側から出そうな勢いでばーんと広がっていました。
まるで、空に花を沢山に咲かせようとするかのようです。
「わたくしも、初めてこの音を聞いた時は、びっくりして、思わずソファーから転げ落ちましたわ」
白猫は、黒猫にそう言いました。
まるでそのオバケが何か知っているかのような口ぶりでした。
「これがオバケ……?」
黒猫は、思わず聞き返しました。白猫は静かに頷いて、同じようにオバケの発生源に目を向けた。
すると、空にはいっぱいにまで増えた"オバケ"が浮かんでいました
どーんどーんと音を立てます。夏の空に、どんどん埋め尽くされていきます。
暗かった空に、光が広がっていき、空は明るくなり、どんどん、どんどんとオバケが広がっていきます。
けれど、黒猫はもう怖くなんかありません。白猫が一緒に居てくれるから。そして、その"オバケ"は、そんなに怖いものではありませんでした。
それは、とてもキレイで、眩しくて――まるでお花畑の中にいるような気分にさせてくれたのです。
――ぱーぱらっぱっぱっぱ。
火花の散る音が、響きました。夏の夜空に、たくさんの"花火"が咲いていました。
ライスシャワーが紙芝居を読み終えると、その場で見聞きしていた子供達やゼンノロブロイから拍手が向けられた。
「かみしばいのクロネコさんかわいいねー!」
「ライスシャワーおねえちゃんのかみと、いっしょのいろー!」
子供達は楽しそうに感想を口々に述べる。その声を聴いていると、ライスの口元に自然と笑みが浮かぶ。
「ら、ライスお姉さんは、白猫さんの髪の毛も好きかなぁ……きらきらしてて、綺麗な毛並みだから……」
ライスは自身の感想も付け足した。すると子供達はクスクスと笑う声が響く。
「そっちは、マックイーンのおねえさんといっしょだ!」
「でも、どっちもキレイー」
紙芝居のラストは、大空に沢山の花火を咲かせ続ける。黒猫と白猫が寄り添い合って空を見上げる様子を描いていた。
ライスの手に持っているその一枚を見て、子供達だけでなく在校生のウマ娘や、保護者の大人の方も興味を持って覗き込むように見つめる者もいた。
「これは……そうか、なるほど……」
大人がしみじみと感慨深そうにする中、ライスは恥ずかしくなって俯いてしまった。
(も、もしかして……どの場面を参考にしたかバレてる……?)
ライスの背中に冷や汗が流れていた。正直、読み聞かせた内容に、大っぴらに言えないような意図が含まれていたと自分でも思っていたのだ。
(マックイーンさんに言われた事や、天皇賞とかでライスが感じた事を参考にしたなんて、とても言い出せない……)
顔を真っ赤にし、ライスシャワーは黙って俯いた。アシスタントをしてくれていたゼンノロブロイが、そのままうまくフォローをして読み聞かせの会は難なく終わり、この催しは好評のうちに幕を閉じる。
「とてもいいお話でした」
「ふぇっっ!?」
会が終わって、ライスシャワーは片付けをしているとゼンノロブロイにそう話しかける。
そして、思わず変な声が出てしまった。
「やはりライスさんの選んだお話に間違いはありませんでしたね。ステキなオトギバナシ、でした」
(ひえぇぇ……てっきりバレているものだとばかり思ってたよぅ~!)
恥ずかしいような困った顔をして、人差し指で頬を掻く。
ゼンノロブロイはライスの心境には気付いて無い様子だったが、それでも興奮冷めやらぬのか、やや早口で紙芝居の感想を話してきた。
「きっと、作者の人はとても暖かい体験をしてきたのでしょうね。ステキなお友達がいるキャラクターを描けて、こんな明るい景色を描けたというのですから」
ゼンノロブロイは、ラストの一枚を見つめながらそう言った。
「……そう、なのかな」
ライスシャワーは、ゼンノロブロイのその感想を聞いて、多少ぎこちない声でそう口にした。
その様子に、彼女の事が気になったゼンノロブロイは、小首をかしげて彼女に尋ねるような声を出す。
「ライス、たまに思うんだ。このオトギバナシに続きがあるとして……空に打ちあがった花火が、いつか落ち切って消えても、それでもずっと、この黒猫さんは"花火"の事を怖がらずに済むのかな、って……」
ライスシャワーがそこまで言いかけて口を閉ざした。
その考証について意図を汲み取ったゼンノロブロイは、静かに頷いて答える。
「私が思うに……きっと、黒猫さんはもう大丈夫だと思います」
「どうしてそう思えるの?」
ライスシャワーの疑問に、ゼンノロブロイは穏やかに微笑んで答える。
「だって、黒猫さんが花火の大きな音に怯える時があったとしても、きっと白猫さんや他の動物達が寄り添ってくれているでしょうから。周囲のキャラクターたちは飼い主含めて好人物として描写されていますから、そのように読み取れます」
そう答えられ、ライスシャワーは少し驚いた顔でゼンノロブロイを見た。ゼンノロブロイは、ライスシャワーの"考察"を待っているようで、彼女の方をじっと見つめている。
「……うん、ライスも……ライスもきっと、そう思う」
ライスシャワーは、ゼンノロブロイのその言葉にゆっくりと頷いた。そして、気恥ずかしそうな、だけど、幸せそうに微笑む。
ゼンノロブロイが別のモノを片付けているさなかに、鉛筆を一つ取り出し。物語の終わりにこう付け加えた。
今度は、他の動物達や飼い主さんと一緒にこの花火を見てみたいなと、黒猫はそう思いました。
「ところで……ライスさん。お訊ねしたい事があります」
「は、はい?」
ゼンノロブロイは眼鏡を指でくいっと持ち上げてから、やや鋭い目つきでライスシャワーを見つめてくる。
(ア、"アクノロブロイ"さんモードだ……ライス、何か怒らせるような事やっちゃったかな……図書室の本は、大切に扱っていたつもりだけど……)
ライスシャワーはその表情から、ただならぬ雰囲気を感じて、彼女は思わず身構えた。
「ライスさん、この紙芝居の作者を、教えていただけませんでしょうか」
ゼンノロブロイは、真顔でそう言った。ライスシャワーは、思わず目が点になる。
「え、えっと……ど、どうして?」
「温かく、幻想的な絵柄によく合ったやさしく切ないこのお話……以前、図書室に置いてあった作者不明の絵本*2と、同一の作家だと確信したのです!」
息巻いてそう語るゼンノロブロイを見ながらも、ライスシャワーの顔は気恥ずかしそうな表情を浮かべるしかなかった。
「前にお話した通り、この作家さんの作品をもっと読みたいのですが、やはりどこにも作家さんのお名前が書かれていなくて――」
ゼンノロブロイは、さらに畳みかけるように話を続ける。
「ライスさん、この作者のペンネームをご存知ありませんか。私は、絵本を読み進めるにつれてこの作者さんの事をもっと知りたくなってしまったのです!」
鼻息を荒くして、ずいっと顔を近付けてくるゼンノロブロイに、ライスシャワーは思わず仰け反る。
「あああ、あのそそ、それは~……」
ライスシャワーは、その仰け反った体勢のまま身動きができなくなっていた。
答えなければ、たぶん、ずっとこの状態が続くのではないかと思うと、ライスシャワーはゼンノロブロイの問いに答えざるを得なくなった。
「――お、『お米先生』……?」
ライスシャワーのペンネームが決まった瞬間であった。
――今度は、ライスがみんなに夢を届ける番?