スタンドオフ大海戦   作:統合幕僚長パンダ

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第一話〜もしもの起点〜

中央暦1643年 7月2日。

グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ

とある酒場

 

 グラ・バルカス帝国は怒り狂っていた。

 原因は、帝国の宝たる皇太子グラ・カバルが、バルクルスでの一連の戦闘により日本国の捕虜となった事件に関してである。

 その持て余すような強大すぎる外交カードは、政治的な駆け引きを生み出し、帝国に屈辱を与えた。

 そして、日本国が怪我の療養を理由にグラ・バルカス帝国への引き渡しを拒否した事も、帝国の怒りを加速させていた。

 もはや、日本国には容赦などしない。

 国民も政府も軍人も、全員が全員そのような意見で一致していた。

 人質作戦には屈しない帝国は、皇太子殿下が捕えられたことに対する報復攻撃を日本国に行おうとしていた。

 

「どうするべきか……」

 

 そんな好戦的なムードの帝都ラグナの酒場にて、憂鬱な表情で突っ伏している一人の青年がいた。

 ジョッキを片手に、それをヤケになって一気飲みしてしまう。それほど彼の心配事が心を疲弊させていた。

 彼は帝国の情報機関である戦略情報局、その技術部門の職員、ナグアノだ。

 彼は偶然入手した日本の軍事雑誌を読み、日本が有する戦術、超高性能な兵器の数々を知ってしまった。

 彼は見た物事を信じやすい性格である。なので、それを欺瞞情報と信じずに事実と断定。再三にわたって上層部に警告していたが、無視されていた。

 そのような知見を得ているが故、民衆の好戦気分の煽りを受け、日本への総攻撃を仕掛けようとしている帝国の未来を案じているのだ。

 

「このままじゃ、帝国は負ける……」

 

 日本の雑誌に書いてあった、帝国の電子工学技術を超越した誘導兵器。そして帝国の航空、通信技術を凌駕する無人兵器の類。

 それらは日本において大量に増産され、そして大量に配備されている。中には主力艦に対して一撃で大打撃を与えるタイプの物もある。

 しかし上層部は、これらの情報を信じず、多少の損害を喰らうとしか考えていない。日本に対してかなり慢心していた。

 それがナグアノの不安を駆り立てているのだ。

 

「どうすれば……」

「ナグアノ、待たせた」

「……へ?」

 

 と、ナグアノが悲観的な思考に苛まれていた時。彼の隣の席に座った黒ずくめの人物が、急に口を開いた。

 その様子を見て、ナグアノは目を擦って気分を切り替える。どうやら彼の存在は、ナグアノの知り合いらしい。

 

「……合言葉を」

「スルトは」

「南から」

 

 合言葉が適合したのを受け、ナグアノは諜報員としてのモードに切り替わった。先ほどまでのヤケ酒の酔いは冷め、背筋を正して彼を横目に見る。

 

「希望の品を持ってきた。ムー大陸どころか、日本から直接取り寄せた民生品だ」

「本当か、それは」

「なんなら中身を確認してみろ」

 

 その黒ずくめの男は、足元に置いてあった黒い鞄を、ナグアノの方にこっそりスライドさせる。

 周囲の人間が気づいていないのを確認したナグアノは、その鞄を拾って中身を確認する。

 

「すごいな……こんなに」

「詰め込めるだけ詰め込んだ、感謝してくれ」

「……確認したよ。それじゃあ、これは報酬だ」

「ありがとう、悪いな」

 

 中身を素早く確認したナグアノは、懐から封筒を取り出すと、それをその黒ずくめの男に差し出す。

 黒ずくめの男は、その封筒の中身をペーパーナイフで開封し、一瞥する。そして中身を確認したその男は、ナグアノに笑いかけた。

 どうやら二人の間には取引があったようで、これにて成立のようだ。その後すぐに、黒ずくめの男は立ち去ろうとする。

 

「……そう言えば、少しだけ相談いいか?」

「なんだ?」

「上層部が今までの情報を信じてくれなかった。ゴシップ雑誌だったからと言うのもあるが、まともに話も聞いてくれなかった。どうにか説得したい」

「…………」

 

 ナグアノがダメ元で聞いてみたその悩みに対し、黒ずくめの男は再び彼の隣に座る。

 そして顎に手を当て考え込むと、しばらく間を置いてから、徐に口を開いた。

 

「……なら、カイザル大将にこれを信じ込ませるのはどうだ? あの人なら、権力も発言力もダンチだ」

「海軍大将に……? しかし、それは……」

「聞いたところによると、あの方も隠された日本の実力を疑っているようじゃないか。そのせいで、一部の議員からも目をつけられていると」

「…………」

 

 自国に居てもほとんど知ることのない情報を、黒ずくめの男は平然と語った。

 その説明を受け、ナグアノは彼の持つ()()()()()()()高い素質に驚く。

 

「形のある日本製品を見せれば、案外すぐに認識を改めるかもしれない。やってみる価値はある」

 

 彼はまるで人種も性格も違うのに、彼はこの国に上手く溶け込んで情報を仕入れている。

 帝国の情報局の人員では、彼のような本物の諜報員には敵わないかもしれない。情報の仕入れと判別の能力が、あまりにも高すぎる。

 彼の持つ情報力を見て、ナグアノは苦笑いしつつ応えた。

 

「……分かった。ならまずは直属の上司から説得しないとな。俺の階級じゃ、大将殿には直接話せない」

「頑張ってくれよ。お前はかなり頼りにしている。お互い、戦争回避のためにな」

「…………」

 

 最後に期待の言葉を投げかけつつ、その黒ずくめの男は席を立ち、酒場から立ち去っていった。

 ナグアノの方も残りの酒を一気に飲み干すと、男が差し出した黒い鞄を持って、少し遅れて酒場から出た。

 

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