スタンドオフ大海戦 作:統合幕僚長パンダ
中央暦1643年 7月15日
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
軍本部中央庁舎 大会議室
それから一ヶ月後。
グラ・バルカス帝国における全ての軍事組織を纏める総本山、軍本部中央庁舎。
その建物の中で最も広い場所にある大会議室は、今回の日本侵攻作戦の為の統合作戦本部が設置され、数多くの軍人が出入りしていた。
「それではこれより、作戦の最終段階における会議を開始いたします」
担当の軍本部士官が、会議の開始を宣言する。
若手の士官は資料のページをめくりながら、司会としてこの会議の進行を担当する。
彼は資料をペラペラと流し読みする海軍士官たちに一瞥すると、徐に口を開いた。
「……その前に、戦略情報局より先日行われた"イシュタム案件"に関しまして、さらなる進展があります。まずはその件についてお話しさせていただき、作戦の立案に役立てて貰えばと思います」
その言葉を受け、海軍軍人たちは意外な議題の切り替えに反応した。
このまま作戦会議の方に移ると思っていたので、単なる噂として処理して脳裏に押し込んでいた案件が湧いて来たことに、少し驚いたのだ。
進行役の士官から別の資料を配られた軍人たちは、その内容をパラパラとめくって一瞥する。その中には、この件を前々から重要視していた東部方面艦隊の司令官、カイザル・ローランド大将も居た。
「もう出揃ったのか……案外短かったな」
「ん、ああ、これってカイザルが気にしていた案件よね?」
「ああ。俺としても気がかりなことが多すぎたからな」
カイザルが言うのは、帝国海軍の第52地方隊、通称イシュタムの壊滅要因についての調査だ。
通称"イシュタム案件"と呼ばれるこの事案は、彼らが独断で行ったムー海軍との戦闘において、彼らがほぼ壊滅し返り討ちに逢った件についての真相解明だ。
要因について、カイザルはイシュタムと戦闘を行ったとされる日本軍の兵器について報告を受けている。
すなわち、誘導弾についての報告だ。
数百キロ以上の射程から、ほぼ百発百中で飛翔し敵艦へ突入。巡洋艦ですら一撃で大破する威力の炸薬を以ってして、艦隊をアウトレンジで蹂躙することができる兵器、それが誘導弾。
SF小説に出てくるトンチキ兵器のような代物の真相が、明らかになろうとしていた。
「ご紹介にあずかりました、情報局のナグアノです。まず、前回のイシュタム艦隊の壊滅時に皆さんにご提示させていただいた、ニホンが有すると思われる兵器ですが……今回、その存在の裏付けとなるであろうニホンの製品を入手することに成功いたしました。こちらがそれです──」
ナグアノが資料の入った箱から、何かプロペラのような装置が付いた物体を取り出した。
多くの軍人たちがその物体を不審がる中、ナグアノは説明を始める。
「これは民間の子供用無人航空機です。日本人は"ドローン"と呼んでいるようでして、非常に高い飛行性能を持ちます」
「なんだそれは……?」
「こんなのが玩具だと?」
そのドローンとやらは非常に小さく、片手に収まる頼りない見た目をしている。
だがナグアノはそのドローンを床に置くと、もう片方の手に持っていた端末でドローンを起動した。
するとドローンは、四つあるプロペラを作動させて揚力を生み出した。軽い機体は即座に飛び上がり、部屋の中を飛行する。その様子を見て、何人かの軍人は驚きの声を上げた。
「と、飛んだ……!?」
「上昇、下降は自由自在で、空中静止も出来ます。さらにこの操作端末には、ドローンが撮影した映像などが転送されるようになっています。ほら、このように」
と言いながら、ナグアノはその端末の画面を見せた。そこにはドローンのカメラが撮影した映像が映し出されていた。
「……とまあ、日本の無人機はこんな感じです。日本は無人機の研究に熱心なようで、さまざまな場面で実用化、応用されております」
そのあまりに高度な日本の先端技術に、多くの軍人たちが目を見開いて驚いていた。
このようなラジコンサイズの高性能な玩具は、グラ・バルカスでは見たことがない。使いようによっては無人の偵察機にもなり得る小型飛行機を、日本は実用化していることを理解した。
「さらにこのドローンの値段はちょっと張りますが、子供のプレゼントくらいの値段で販売されています」
「こ、こんな性能で……子供用に過ぎないのか……?」
「そういう事です」
ナグアノのその言葉に、軍人達は言葉を失ってしまった。
このドローンの性能は、グラ・バルカス帝国においては軍用でも簡単には作れない。作れたとしても、この日本製には及ばないし民間での販売など、夢のまた夢であろう。
「やはりそうか……」
「カイザル閣下?」
「いや、前々から懸念はしていたんだ。ニホンがこう言う高度な技術を持つことをな。この無人機が玩具レベルであること、日本はそれができること。そこには雲泥の差がある」
軍神と呼ばれたカイザルが、納得したようにそう言う。
他の軍人たちも、信頼出来るカイザルの言葉を受けてこれを信じ始めた。
「そして民間用でこれなら、軍用ならばもっと高度な事ができる……そうだよな?」
「はい、その通りです閣下。ではみなさん、資料の13ページをご覧ください」
ナグアノが配った資料を捲ると、そこにはイシュタムを沈めた例の兵器の詳細が描かれていた。
予想図、性能、そして威力などの項目が並び、初見の軍人たちは首を傾げる。
「なんだこれは?」
「誘導弾……?」
「それはニホンが有する主力攻撃兵器……今回の作戦において、真っ先に飛んでくるであろう攻撃手段のひとつです」
ナグアノは説明を行う。
「12式対艦誘導弾。艦艇、および地上発射が可能な対艦誘導兵器です。本体重量700kg、命中率は90%以上のほぼ百中。そして最大有効射程は不明ですが、信頼できる断片的な情報によれば、数百キロクラスとの事」
「すうひゃく……!?」
「まさかこれらが本当に実在すると?」
「あるでしょう。なぜならこの誘導兵器は、先ほど挙げた高度な無人機技術を用いて作られているからです」
「──ッ!!」
ナグアノが根拠として挙げたそれは、妙な説得力を持っていた。
まだ実感がわかない軍人たちには、カイザルが補足の説明をする。
「実感が湧かないなら、誘導弾とかいうよく分からん概念で考えてはダメだ。例えるならばこれは、無人の自爆兵器だ。人が乗らない無人の航空攻撃。すなわちこれらも、無人機の一部というわけだよ」
カイザルが分かりやすく説明をすると、納得しきれなかった他の軍人たちも、少しづつその性能を理解し始めた。
「無人の自爆兵器……」
「なるほどな、たしかに誘導弾を無人の航空機と考えれば分かりやすい。誘導さえなんとかなればここまでの射程も頷ける」
理解出来た軍人たちに、カイザルはさらに捲し立てる。
「そうだ、そう言うイメージで良い。とにかく分かっただろう? イシュタムはこれで沈んだんだ」
「まさかそんな……」
「俺たちだってこれからそうなるかもしれん。とにかくニホンに関しては、警戒するべき事象が増えている。この作戦は一筋縄ではいかないかもしれんぞ」
「…………」
カイザルが言う重い言葉に、他の軍人達は敵の強大さを理解して黙り込んでしまった。
一部の軍人が、噂話として懸念していた誘導弾の存在が、こうして実際の技術として理解できてしまった。
そして実際の海戦でこれが飛んでくることも。
おそらく今回の作戦は、史上最大の作戦であるとともに史上最強の敵と戦うことになる。多くの軍人たちは、楽勝だと思っていたこの作戦の行末に頭を抱えた。
「カイザル……あんたまさかコレを予見して……」
「俺も最初に見た時は噂程度でしかなかったさ。だがこうして証拠を提示されると、俺の予感は間違っていなかったらしい」
ミレケネスの言葉に、カイザルは初めてイシュタム案件の話を聞いた時を思い出し、そう言った。
その一方、本件をカイザルが理解を示してくれたことに対して、説明をしていたナグアノはほっと一息つく。
どうやら自分の最も理解して欲しい部分は、彼に受け入れられたようだ。あの男の言う通りだった。
「ありがとうございます、閣下。とにかく今は、ニホンに対する慢心を無くすべきです」
「……話を聞いたらこの作戦が不穏になってきたな。こんな兵器が実用化されている前提で戦って、本当に勝てるのか?」
「俺もだ、急に帰りたくなってきた」
「おいおいやめてくれ。作戦将校が減ると勝てる見込みがさらに薄くなるぞ?」
だんだんと厭戦気分が蔓延する軍人たちを、カイザルは宥めるようにして注意を促す。確かにこんな兵器の実在を確認してしまっては、冗談ではなく本当に仮病でも偽りかねない。
「とは言っても情報局の皆さん、どのみち帝王府はやる気ですよ? 今から説得したって作戦は覆らないわ」
「分かっています。それに皇太子殿下のお身柄の件も、決して見過ごせないわけですからね……」
その件に関しては、ナグアノも一応は理解していた。
今回の事件で、帝王府が引き下がることはないだろう。皇太子という国の宝が人質にされている以上、国の威信をかけて作戦を推進するはずだ。
そう、だからこそ──
「俺としては、この作戦を止めるつもりはない」
カイザルもこの戦いのために覚悟を決めていた。
真っ先に作戦中止のために働きかけるであろう、と思われていたカイザルがそんなことを言ったために、他の軍人たちは面食らった。
「軍人ならば、勝てる見込みがなくても戦う必要があるだろう。ここにいる全員、軍人になった時から遺書を束ねてある……そうだろ?」
カイザルは周りを見渡し、軍人たちの決意を確認する。だが、各人の反応は乏しかった。
「確かにそうだが、俺たちに死ねと言うのか? 確かに死は覚悟しているが、敵に一矢報いる事もできない理不尽な死に方は論外だ」
「戦いに負けたら、巻き返しも叶いませんよ?」
他の軍人たちも言うように、この作戦は失敗できないにも関わらず、負け戦の可能性を孕んでいる。
射程距離で圧倒的に負けているのに、どうやって敵に打撃を与えるのか。軍人たちの不安はさらに重なる。
そして既に、グラ・バルカス帝国は中継基地の整備、後方支援部隊の整備、武器弾薬や稼働艦艇のかき集めなどで国力の大半を使っている。
これで作戦が失敗して大損害を被れば、もはや再建は不可能だ。壊滅した部隊を再建できたとしても、その頃には自分たちのシーレーンですら守られているか怪しい。
だがそんなことは承知しているのか、ナグアノは解説を続ける。
「安心してください。そうならないために、こちらも対抗策を準備してあります」
「なにっ、本当か?」
「はい。もしかしたら気休め程度かもしれませんが、有るのと無いのでは大違いです」
次にナグアノは、自分の後ろで控えていた技術者を紹介した。今度は司会進行を彼に譲る。
「ご紹介に預かりました、先進技術実験室所属のカンダルです。今回の作戦に際して、我々実験室よりいくつかの新装備をご提供させていただきます」
そう言って取り仕切るカンダルは、部下に軍事へ新しい資料を配らせながら、新装備の説明を行なった。
「まず海軍の艦艇に装備させていただいたこちらは、"IRスモークランチャー"と呼ばれる装備です」
「IRスモーク……?」
「要は煙幕か?」
「少し違います。誘導弾への妨害を目的とした、個艦防御装備です」
カンダルは話を続ける。
「まずニホンの誘導弾は、どうやって敵へ誘導しているのか? というのを考えてみたところ、幾つかの可能性が浮上しました」
「可能性?」
「はい。誘導弾の射程は数百キロ単位と言われていますが、その距離にはどう頑張っても対水上レーダーは届きません。なので、対艦誘導弾に関しては母艦のレーダーで誘導しているわけではないと考察できます」
その説明を聞いて、完全に理解できた軍人たちは少ない。軍人の一人が説明を求める。
「母艦誘導じゃないなら、何で誘導しているんだ?」
「簡単です。誘導弾にレーダーが搭載されているのです」
「──ッ!?」
その考察には、多くの軍人たちが目を見開いて驚きの声を上げた。
「ニホン軍は誘導弾を撃つ時、まずあらかじめ敵艦隊を観測し、大体の位置を掴みます。そして、その方向へ向かって適当に射出するのです。後は誘導弾側のレーダーが、勝手に目標を捉えてくれます」
「そんな高度な自律制御が存在するのか……?」
「ニホンなら存在するでしょう。先ほどの無人機の応用ならば、自律的な飛行制御機器を搭載して適当に射出するだけで良いんです」
詳しく説明されてみて、妙な納得感を覚えた。実際のところ、日本の技術を図る指標として先ほどのドローンは便利すぎた。
「なのでこちらのIRスモークには、そのレーダー波を妨害する金属片が混じっています。さらには熱感知で突入する可能性にも備え、赤外線も遮断できます。数個で艦全体を覆うことが出来るので、誘導を逸らすことが可能です」
「なるほど……要はこれで誘導弾の目を潰すのか」
「対空砲で撃ち落とせなかったら、これが最後の砦というわけだな」
確かにこれは"気休め"だな、と多くの軍事が思う中、カンダルの説明は続く。
「次にこちらは新型の対空兵器、その名も"多連装対空噴進砲"です」
「これは……陸軍と同じロケット砲じゃないか」
「これが対空兵器になるのか?」
「なります。ロケット兵器は一度の投射量が多く、対空砲としても十分です。艦隊全体で投射すれば、強力な弾幕となるでしょう。さらにロケット弾は近接信管を搭載していますので、脅威目標に向かってロケットをばら撒くだけでも相当な迎撃効果です」
今度の装備には、会場全体から「おお……」という声が上がった。その声色には、ある程度の安心感や少しの期待感が混じっている。
「続いてこれらは、ニホン空軍の航空機運用にインスピレーションを得て製造しました、その名も"司令偵察機"と言われる空中司令塔です」
次の議題に進み、資料に現れたのは新型の航空機。それも大型の機体で、機首には枝分かれしたレーダーを備える。それが白黒写真で二つ現れていた。
「こちらは大型で複数人乗りの機体に、強力な機上レーダーとスコープ、そして高度な通信機器を搭載しております。部隊指揮官が搭乗し、空中から遠距離の目標を監視、戦闘機部隊の指揮を取ることが可能です」
「ほう……なるほど、確かに機上レーダーなら敵の脅威を早期に発見し、迅速に対処できるな」
「これは面白い、是非とも我が陸軍にも……」
こちらの装備は好評なのか、軍人たちが色めき立つ声を上げるが、カンダルはわざとらしい咳払いをする事でそれを遮った。
「……こちらの司令偵察機ですが、今回はグティ・マウン型爆撃機*1を改造したタイプと、アルナイル偵察機*2を改造したタイプの二種類をご用意いたしました。また、アルナイルを改造した方は双発機になりますが、着艦フックと主翼の折りたたみ機構を有するので、正規空母なら搭載が可能です」
資料にある二つの機体は、どちらも既存機体の改造型だ。なるほど、作る手間も工夫して短縮していたのか。
「ちなみにグティ・マウン改造型は12機、アルナイル改造型は32機がロールアウトしています」
「おい待て、なんか準備が早くないか?」
「いえ、単にこれらは戦争前から開発中だっただけです。どれもまだ正式量産ではありませんが、なんとか間に合わせました」
だがカンダルが言うその不安要素には、多くの軍人たちの表情が曇った。正式量産ではない間に合わせ品となれば、練度の方が心配だ。
「……ちなみに、パイロットの訓練は?」
「同機体の操縦経験があるパイロットを多数引き抜いておりますゆえ、問題なく扱えます。ただ機上レーダーに関しては、まだ本格的な訓練が出来ておりません」
「おいおい、それは冗談キツいぞ……」
「ちなみに、その他の兵器も今回は時間がないのでぶっつけで投入です。訓練は航海中にやってもらうしかありません」
「…………」
練度不足に関しての実情を言われて、色めき立っていた軍人たちは冷静になった。頭が覚めたのか、固まる者も居る。
いや、確かにこんな急に新装備などを導入すれば、この程度の訓練不足は予測できる。だがそれにしたって、ぶっつけ本番は不安が残るのだ。
「……とにかくだ。敵の実情と装備が出揃ったところで、肝心の作戦の方を練り直そうじゃないか」
「そうね……そろそろ今までの作戦案は全て書き換えないと」
最後にカイザルとミレケネスが言うのを聞き、軍人たちは渋々頷いた。座り方を正す者、資料を整理する者、ため息を吐く者も様々だが、一致団結しなければ。
「さあ、忙しくなるぞ」
そう言ってカイザルは、席を立って壇上に上がる。カイザルは次の司会進行を務めるべく、部下たちに資料を配らせる。