スタンドオフ大海戦 作:統合幕僚長パンダ
中央暦1643年 8月17日
リーム王国 王都ヒルキガ
外国家群対策部 外交応接室
この日、第三文明圏のリーム王国が急に動き出した。
というのも、この日の午後に王の決定によりムー国に対する邦人国外退去が命令されたのだ。さらにはムー企業、ムーの資本家に対する資産が凍結され、ムーの外交官は抗議する間も無く国外追放となった。
そのあまりに唐突な行動に、ムー国は混乱するばかりだった。
さらにはほぼ同様の措置が取られた国がある、それは日本国だ。
日本国に対しては、企業や資本家に対する資産凍結がなされた。幸いにも国の距離が近いからなのか、邦人の国外退去は見送られた(普通は逆だと思うが)。
本件に関して、当然日本の外交官は猛抗議をした。どう考えてもこれは日本に対する敵対行為であり、侵害行為でもある。
日本の外交官は国外退去を免れている為、即座にリーム王国の王都ヒルキガにある外務担当者に、抗議のために顔を出した。
「日本国、ムー国に対する突然の資産凍結とはどういうことか? これは誠に遺憾だ、すぐに撤回していただきたい」
リーム王国の外国家群対策部、海洋国家課の課長フェルダスは、日本大使から感じられる怒りとピリピリした空気に胃を痛めながら、必死に弁解をする。
「……これは王国で決まったことである。覆すことはできない」
日本側からの剣幕、そして圧力を感じつつも、フェルダスは必死になって弁解をする。
だが、日本側の城川大使の反応は良くない。だからなんだと言った態度で、さらなる剣幕で踏み込む。
「極めて遺憾である。貴国がそのように我が国の資産を脅かすならば、こちらも輸出規制や資産凍結などの報復措置を行う。これは警告だ、すぐに解除しろ」
「解除は……あり得ない」
「では貴国は我が国に対して敵対措置をとるというのか?」
城川大使は、語気を強めてフェルダスに問いただす。だがフェルダスは、あくまでシラを切るつもりで反論をする。
「……人聞きが悪い。これは敵対措置ではなく、経済的な問題だ。貴国の支援や投資、そして大量の輸出は、我が国の産業を脅かしている側面もある」
「そちらの経済が崩壊しかねない製品には、規制をかけているではないか。布や洋服などは我が国の"技術流出防止法"に引っ掛かる上、他の製品に関しても関税自主権を認めている」
「違う、それでも経済的な理由なのだ。まだ武力で対立しているわけではない、その発言は止めていただきたい」
じゃあ一体何が理由なんだと、城川大使は呆れかけていた。だがここで引き下がるわけにはいかず、さらに核心に迫る。
「……では聞きたいが、貴国がグラ・バルカス帝国にセニアの港を解放し、ムー国との国交断絶に乗りだした案件についてはどう思う?」
「…………」
「他国がこれを見て、敵対行為ではないと考える国がいったい幾つあると思う? すべての国が敵対行為と断じるだろう」
フェルダスはしばらく黙り込み、頭を抱えた後に反論を繰り出した。
「わ、我が国が国交断絶を言い渡したのはムー国に対してだ……日本国では、無い」
「詭弁だ。我が国とムーは同盟関係にあるが、こうして港を開放し、ムーから奪った飛行場にグラ・バルカスの部隊を誘致している時点で敵対行為と言える」
「いや、違う……我が国には武力行使の意図はない」
「ならば、グラ・バルカスの部隊を受け入れないようにしろ」
「それはできない……どれだけ敵国同士でも、こちらには中立になる権利がある。攻撃の意図のない親善訪問ならば、我が国は受け入れる権利がある!」
フェルダスは反論の語気を強め、とにかく言葉の強さで城川大使を捲し立てようと、声を荒げた。
「何度も言うぞ、あくまで親善訪問であって敵対行為ではないと。繰り返すが、我が国に敵対意思はない!」
結局この日の会談は、城川大使が後に「話にならない」と呆れ果てていた。リームの態度を知った城川大使は、早急に会議を終わらせて退場すると、大使館の方に戻って行った。
そしてその日の夕刻、リームの外国家群対策部の部長室にて、仕事を終えたフェルダスはペンを置いて天井を仰いだ。
「はぁ…………」
彼はため息を吐き、長い疲れを口から吐き出した。その横で彼の秘書官を務める若手の外交官が、心配そうにフェルダスに懸念を示す。
「課長、本当に大丈夫でしょうか? 港や飛行場を攻撃されれば甚大な被害が出ます。我が国の軍事力では、日本に対してはとても……」
「……問題ない。奴らは国内法で自分たちを縛っている。我が国に対する先制攻撃など、奴らの国内感情的にも出来はしない。馬鹿な奴らだよ、あれだけの力を持ちながらな」
普通の強国ならば、自らの力を法で縛るなど愚かな事はしない。むしろそれは自分の首を絞める行為だ。
野望があるにしろないにしろ、日本国の事情は本当に気の毒だ。歴史的に何があったのかは興味ないが、愚かな事である。
「それに対し、グラ・バルカスは強い。それこそ日本国よりも。彼らは海軍は強く、飛行機械は幾万と持っているという。その一片が我が国に訪問するだけでも、日本国の反撃能力は潰えるだろう」
「…………」
「その庇護を受け、王国は今まで以上に発展する! 早期に技術移転を受け、パーパルディアの植民地を手に入れ、生産力を上げ、必ずやフィルアデスに名だたる大王国として君臨するのだ!」
フェルダスは脳裏に浮かぶ一抹の不安を押しつぶすべく、高らかに拳を上げ、これからの展開を明るい未来で埋め尽くした。
それは虚勢を張る為なのか、夢見がちな愛国者としての本能なのか、フェルダスは分からなかった。
その後、日本政府はその日のうちにリーム王国に対して経済制裁を施行。禁輸措置や資産の凍結、技術援助の打ち切りなどが含まれていた。
さらには邦人の全てに帰国命令を出し、ムーから強奪した飛行場から退避。邦人の避難のために飛来した旅客機からは、グラ・バルカスからの投資で建てられた滑走路や格納庫がよく見えた。
こうして日本国のリームでの経済活動は、完全に停止された。
中央暦1643年 8月19日
日本国 横須賀
防衛省 統合任務部隊"実政" 司令部
青みがかかった照明に包まれた司令室。液晶パネルや端末の光が点滅しては消え、絶え間なく情報が流れて行く中、陸海空の幹部自衛官達がある噂話をしていた。
「聞いたか、監視衛星が200機規模の爆撃機編隊を確認したようだぞ」
「ああ、リームに向かっているらしいな。できれば着陸される前に飛行場を叩きたいが、上はどうするんだろうか……」
一部の休憩中の自衛官が、監視衛星が捉えたというグラ・バルカス帝国の爆撃機の件について話す。
既に防衛省はリーム王国が裏切っていたことを前々から認識しており、警戒度を高めていた。
そして今回、政府からリーム王国への経済制裁が行われ、同国での経済活動が停止された。つまりはリームが裏切ったことに対する報復措置である。
既に日本は、背中から刺される危険性が膨らんできていた。
そんな情勢を鑑みてか、統合任務部隊を纏める統合幕僚長は、司令室の中心にある防弾ガラスを張られた会議室の中で深く息を吸って吐いた。
彼は政府からのある作戦指令を待っていた。部下の若手が考えた作戦は、後は政府の許可が降りるだけになっていた。
だが彼が思っていたより、政府の決断は早い。
「…………」
「幕僚長、ついに来ました」
会議室にノックも無しに入ってきたのは、三津木 久則一等空佐。細身で眠たそうな目をした、一見頼りない外見の幹部自衛官だ。
だが彼はこう見えて、統合幕僚監部、防衛計画部の防衛調整官──つまり幹部自衛官の中でもエリート中のエリートである。この役職は若干の語弊はあるものの、他国軍で言えば作戦参謀などに近い。
そんな彼は特に挨拶をする事なく会議室にズケズケ入ると、統合幕僚長に手に持った資料を手渡した。幕僚長の方もこの若造の事を一目置いているのか、特に態度に関して注意することはない。
「こちらです」
「ほう……ついにやるのか」
「はい。政府は日本国に対するあらゆる脅威を排除するつもりです。つまり早くやっつけてしまえと」
「先制攻撃か……重い腰を上げなければな」
「残念ですが、もう覚悟を決める時間は過ぎておりますよ」
三津木は皮肉ったらしく統合幕僚長にそう言うが、本人は気にしている様子はない。むしろその皮肉を鼻で笑いながら、言葉を続けた。
「はっ、そうだったな……よし、ならば即座に攻撃開始だ。潜在的脅威を徹底的に破壊しろ」
「既に空自の出撃準備は整っております」
「上出来だ。流石は"戦闘機ヤクザ"、航空作戦は君の本領だろうな」
その幕僚長の言葉を受け、三津木は綺麗に揃った歯を見せながら笑った。
ちょうどその頃、航空自衛隊の小松基地には多数の戦闘機や輸送機が集まり、作戦の準備が完了していた。
約一時間後
リーム王国 沖合900m地点
航空自衛隊 第403飛行隊
波の高い海原を見下ろす、曇天の空の只中。
雲海の下、どんよりとした雲が広がる高度3000mの上空にその"鯨"は居た。
それは航空自衛隊が保有する、C-2輸送機の編隊だ。航空支援集団に所属する第403飛行隊の5機編隊は、8機のF-15JSIに護衛されながら曇天の空を進む。
その編隊の前衛には、最新鋭ステルス戦闘機のF-35A戦闘機が8機。外からは見えないが、ウェポンベイには空対空ミサイルのみを搭載している。
そして少しズレた右後方にも、F-35A戦闘機8機が編隊飛行をしている。こちらはウェポンベイにAGM-88対レーダーミサイルを搭載している。在日米軍からのコピー品だ。
明らかに組織化されたこの大編隊は、リーム王国の空域に向かって飛行を続けている。
ここには見当たらないが、後方には空中管制のE-767や、KC-46などの空中給油機も控えていた。
このように組織化され、長距離の遠征と攻撃任務が可能な航空部隊を、"ストライクパッケージ"と言う。
2022年のとある出来事以来、日本政府および自衛隊は防衛費を二倍に増額し、防衛力の抜本的強化に乗り出した。
無論、空自も例外ではない。
これまでは本土における防空戦闘が主体で、大規模な航空作戦を行う余力のなかった航空自衛隊は、わずか数年で本格的な"空軍"になりつつあった。
『──スパイク・
「こちらスパイク、了解」
編隊長は後方の空中管制機からの指示に従い、編隊の高度をさらに上げて作戦行動に移った。
このストライクパッケージには、優秀な作戦機が出揃っている。戦闘機隊は無論の事、C-2輸送機の貨物室には"弾薬"がしこたま詰め込まれている。
そしていよいよ、ストライクパッケージは作戦空域に突入した。
『──最終ポイント到達。これより敵飛行場と港湾施設に対する攻撃を開始せよ』
「了解!」
編隊長機は、統合任務部隊からの直接指令を受諾した。
「全機、マスターアムオン。オールウェポンズフリー。先行してレーダーを露払いしろ」
『了解』
その合図を受け、対レーダーミサイルを搭載したF-35が先行した。データリンクによる目標情報を受け取ると、即座にウェポンベイからAGM-88が放たれた。
『発射!』
対レーダーミサイルは、即座に目標となるレーダー波を探知してその方向へと頭を翻し、飛んでいく。
弾薬を打ち尽くしたF-35Aが機体をバンクさせ、後方に下がって行くのと入れ替わりながら、今度はC-2輸送機が後部ハッチを開放する。
貨物室に搭載された大量の弾薬コンテナが、吹き込む風に晒された。
貨物室のレールに沿って、酸素マスクを付けた隊員がドアから退避する。
『投下、投下!』
その号令の途端、貨物室の弾薬コンテナが機体後部から一斉に投下された。
投下されたコンテナは、後部からパラシュートを展開して吹き荒れる風に乗る。そして空中で降下し安定すると、投下物資のようにゆっくりと降りていく。
しばらくすると、その弾薬コンテナに搭載された巡航ミサイルが、下に向かってポロポロと落ちて行った。
投下された巡航ミサイルは、海面の近くで主翼を展開すると、ロケットモーターに点火し高速で飛翔する。
これは前世界で、"ラピッドドラゴン"と呼ばれていた巡航ミサイル投射システムだ。
輸送機のコンテナに貨物ラックで巡航ミサイルを搭載し、それを空中から投下してパラシュートを展開、巡航ミサイルを空中射出する。
輸送機に対する大規模な改造などが必要なく、C-2輸送機の貨物搭載量の優秀さも相まって費用対効果は大きい。
そのため、日本はこれを真っ先に導入して実用化していた。これも転移直前に導入した敵基地攻撃能力の一翼である。
これらの巡航ミサイルは、C-2輸送機一機当たり24発、編隊全機で合計120発以上を搭載している。
巡航ミサイルはコンテナから全て投下され、高速で飛翔し目標へと進む。リーム王国にある軍港や飛行場は、既に目標としてマークされていた。