スタンドオフ大海戦 作:統合幕僚長パンダ
攻撃開始から数分後
アルタラス王国沖合 南東に900km
グラ・バルカス帝国海軍 第1先遣艦隊
海上自衛隊第3航空隊のP-1編隊から発射された23式空対艦誘導弾の存在を、第1先遣艦隊は探知することに成功していた。
いくら1940年代レベルとはいえ、第二次大戦終結直前の米海軍に匹敵する電子技術を有する彼らが生み出した対空捜索レーダーは、電波の目で小柄な誘導弾をなんとか捕捉したのである。
「来ました! レーダーに新たな飛翔体多数、距離300km、数……100以上!」
「ついに来たか……!」
ついに来た敵の本命の攻撃に、ミレケネスは息をのむ。
緊張感から冷や汗が出るが、なるべく動じずに指揮官としての威厳を保つ。
その間にも、誘導弾はさらに至近距離に迫っていた。幾つかの目標がレーダー上で捕捉されるが、その反応はすぐさまレーダの死角である超低空へと降下する。
「敵飛翔体、推定速度620ノット!──あっ、レーダーから消失!
「対空戦闘用意! 今度はさっきとは違う、亜音速だ! 撃ち落とす確率はぐっと上がっている!」
「対空噴進砲、照準用意!」
艦長以下、旗艦〈リカータ〉の乗組員たちが一丸となってこの攻撃に挑むべく、各員が持ち場で最善を尽くす。
新装備の対空墳進砲を上空に向け、来る誘導弾の攻撃に備えた。それと同時に、レーダーの方でも消失していた目標の再探知に成功する。
「敵飛翔体、レーダーで再補足!10時、11時、13時の方向からそれぞれ接近中!」
「防空セクターA、およびセクターFの対空砲は射撃開始!」
誘導弾が射程に入った途端、艦隊の持てる最大の砲火力が誘導弾へと投射された。
各艦から放たれた主砲の対空弾を潜り抜け、亜音速の速度で迫る23式空対艦誘導弾は、その電子の目で夜闇の艦隊を捉えていた。後は一心不乱のごとく、真っ直ぐ突っ込む。
しかし、高角砲の射程に入った途端に誘導弾は無数の爆炎に包まれる。近接信管によって目標の手前や真横で炸裂した砲弾の破片は、誘導弾の一つに直撃して落としていた。
レーダー連動の射撃と、近接信管内蔵の対空砲弾は、一直線に突っ込んでくる誘導弾を──ほとんど偶然だったが──撃ち落とした。
「敵飛翔体、1発撃墜! 残りは高角砲群を突破!」
「速いうえに的が小さすぎる……!」
だが撃墜できたのはわずか1発だけだった。
彼らの知る雷撃機や爆撃機と違い、それは直径35cm、全長5mという異様なほどの小型物体で、目で追うのもやっとの小ささだ。
しかも日本はASM-2以降、対艦誘導弾の方向舵にステルス性を付与しており、砲弾が近づいても近接信管が作動しないことがままあった。
艦上の巨大な対空捜索レーダーと違い、近接信管のレーダーは造りが簡素で、近づいても誘導弾を捉えられないケースが発生したのだ。
「巡洋艦ベルナンテへ向かって行きます!」
「ベルナンテ、噴進砲発射!」
艦隊外周に布陣していた重巡洋艦〈ベルナンテ〉が、低空を這う誘導弾に向けて噴進砲を発射した。
旧日本海軍の12cm30連装噴進砲に似た発射機から、無数のロケット弾が誘導弾に放たれ、近接信管により誘導弾の至近で起爆。海面ギリギリで炸裂したそれらは、誘導弾を爆発の渦で捉えた。
炸裂した破片が飛び散り、誘導弾の推進システムに異常を発生させ、軌道を制御できなくなった。誘導弾はそのまま海面に激突する。
帝国先進技術室の考案した対空兵器の優秀さが証明された瞬間であった。
だがその水飛沫を抜けて、別の誘導弾が次々突入していく。その頃には30発あったロケット弾も完全射耗していた。
30発撃ち尽くして得た戦果は、僅か1発であった。
「一発を撃墜!」
「まずい、残りが……!」
「ベルナンテ、IRスモーク射出!」
最後の防壁として備え付けられていたIRスモークが、〈ベルナンテ〉の艦影を覆い隠すように展開される。
誘導弾への妨害を期待されて装備された欺瞞装置であるが、23式空対艦誘導弾は〈ベルナンテ〉のレーダー反射断面形状を記憶しており、迷わず突入していった。
大爆発が〈ベルナンテ〉で起こる。巡洋艦の20cm主砲弾の3倍近い、300kg以上のPBX系炸薬弾頭が、〈ベルナンテ〉の分厚い装甲を貫いて破壊をもたらした。
「ベルナンテ被弾! 被弾!」
「な、なんだと!?」
「スモークは効かなかったのか!?」
実際には、スモークに混じる金属片が誘導弾のシーカーを多少惑わしたものの、23式対艦誘導弾の記憶した位置へ、プログラムが闇雲に弾体を突っ込ませたのである。
もしも〈ベルナンテ〉の回頭が早ければ、マストや空中線にぶつかって不発に終わっていたかもしれない。だが〈ベルナンテ〉は最初に被弾した不幸な船であるため、その知見がなかった。
「ベルナンテ、損傷軽微! 戦闘を継続中!」
「よし、持ち堪えてくれたか!」
「さっきよりかは威力が低かったか……」
だが幸いにも、〈ベルナンテ〉はグラ・バルカスの巡洋艦の中でもかなり頑丈な方であった。
数発を被弾していたが、被弾したのは大型の艦橋構造物であり、貫通はされても沈むほどではない。まだ浸水もない為、戦闘も可能だ。
夜闇の中で〈ベルナンテ〉が炎上する中、彼女はまだ対空砲火を撃ち続けている。
しかし、そうでない船もいた。
「駆逐艦バリスター被弾! バリスター被弾!2発突っ込みました!」
「バリスターは大破した模様! 戦闘継続不能!」
「駆逐艦は耐えられないわね……各駆逐艦戦隊は固まって動きなさい! やられるわよ!」
ミレケネスは続出する駆逐艦戦隊の被害を食い止めるべく、即座に戦隊同士の集合を呼びかける。その間にもミサイルはどんどんと飛来し、対空戦闘が続く。
「セクターAの弾幕が薄い! 何をやってる!」
「巡洋艦ベスト、ドリップ被弾! されど戦闘継続中!」
「駆逐艦ツルギ被害甚大!!メイロ、メロ、共に中破、戦闘継続中」
「ロケットと欺瞞装置が尽きた艦から食われてってます!」
「見ればわかるわ」
参謀達の言葉を受け、ミレケネスは即座に新たな艦隊行動の命令を出す。
「艦長、硬いフネを前に出すわ! 本艦を艦隊前列へ!」
「はっ! 機関増速!」
「デルンジャ、巡洋艦と戦艦をなるべく前へ! 誘導弾もデカい目標に喰らいつくはず!」
「了解です!」
ミレケネスは日本の攻撃に喰らいつくよう、必死に指示を飛ばして攻撃に対処する。
日本の誘導弾にある程度耐えられる重巡洋艦や戦艦を前に出し、柔な軽巡や駆逐艦を守ろうと画策し、艦隊はその指示に従って動く。
『こちらにも向かって来ます! 11時と12時方向より二発づつ!』
「噴進砲、全力迎撃!」
「目標上昇! 噴進砲撃ちます!」
必死な様相で足掻くように、戦艦〈リカータ〉から無数の噴進砲が放たれる。上空に向けられ放たれたそれは、上昇に転じていた4発の誘導弾に対して弾幕を張り巡らせる。
1発の誘導弾はそれに巻き込まれ、近接信管の作動で撒き散らされた破片と爆風に軌道を乱され、そのまま墜落した。
だが別方向から飛来したもう3発には、噴進砲の爆風が届かず絶望の空振りをしてしまう。そのまま3発の誘導弾は〈リカータ〉を捉える。
「総員衝撃に備えっ!!」
その一部始終を見た艦長は、即座に被弾に備えた体制を取る。その数秒後、鈍い衝撃と耳を貫く爆発音が、艦橋を揺さぶり破壊を撒き散らした。
爆発の衝撃が艦内を突き抜けた。
誘導弾の爆風が艦を呑み込み、〈リカータ〉に大きな打撃を与える。砲座に居た人員は爆発に巻き込まれ、悲惨な血肉となる。
「損害報告!」
『左舷上甲板より3発が被弾! 対空砲群壊滅!』
『左舷の死傷者が多すぎます! 至急応援を!」
すでに戦艦〈リカータ〉には、艦橋からも見えるほどの大きな火の手が上がっていた。爆発と炎に巻き込まれ、対空砲座の人員が壊滅的な被害を被っていた。
その様子に、〈リカータ〉の艦長は歯がゆい悔しさを抱えた。長年育てた乗組員が死んでいく報告を受け、人知れず歯軋りをする。
だが、日本側の攻撃の手は緩まない。
レーダーが新たな目標を探知する。
「新たな目標探知! 距離290km、第二波です! 数は250以上……計測限界を超えました!」
「くそっ、波状攻撃か!」
「また来るぞ! 対空戦闘は継続!」
「艦隊防空を密に!」
日本の誘導弾がすべて突入しきらない中、またさらに多くの誘導弾が飛来する。多数の艦艇が被弾し炎上する中、追い打ちをかけるように。
技術格差を考慮すれば奇跡的なレベルの迎撃率ではあったが、その事実は今の彼らになんの慰めももたらさなかった。
「撃て! 撃てっ!!」
「セクターF、セクターA、迎撃網を突破されました!突っ込んできます!」
「対空機関砲、迎撃開始!」
さらに高角砲群を突破し、無数の方向から誘導弾が突入していく。日本海軍の五式対空機関砲を彷彿とさせる40mm機関砲は、僚艦と合わせた無数の弾幕で誘導弾を迎撃する。
何発かは運良く当たったが、ほとんどの弾は誘導弾の速さに追いつけない。亜音速とはいえここまで接近されると、人力の機関砲では追い切れない。
それに運よく当たっても、亜音速の運動エネルギーを相殺できるはずがなかった。
突入直前に撃墜された誘導弾が、破片、爆薬、燃料を、亜音速で艦上に叩きつける。誘導弾に狙われた艦は撃墜できたか否かに関わらず、全艦が上部構造物を炎上させていた。
「被弾艦多数! 戦列を離れます!」
「新たな目標探知! 3時方向距離420km、亜音速で飛来する物体あり!」
「反応が大きい……おそらく敵の攻撃機です!」
「くそっ、こんな時に横槍か!」
新たな目標は先ほどの亜音速誘導弾よりも大きく、レーダーが捉えるのも早かった。
だが彼らが攻撃機と認識した敵──航空自衛隊、第8飛行隊のF-2A戦闘機の群れは、音速に近い速度で艦隊に接近していた。
先ほどまでの攻撃とは明らかに違う。
「敵機、物体を発射! 距離400km、速度……2000ノット以上! 急速接近中!」
「超音速物体の方向に戦艦戦隊を差し向けろ!」
「セクターBが防空戦闘を開始!」
参謀達は戦艦戦隊をその方向へ差し向けるが、3時方向からの新たな誘導弾は超音速で飛来してくる。それに対し、戦艦の機動はあまりにも遅い。
そして、死に物狂いで夜の海に打ち上げられる対空砲火もまた、音速の槍にはあまりにも頼りない。突っ込んでくる騎兵に豆鉄砲を打ち込んでいるような感覚だ。
「ダメです、撃墜なし! 全て向かってきます!」
「ものすごい速度で突っ込んできます!」
「噴進砲、発射ァ!」
墳進砲からロケット弾が連続発射されるも、誘導弾は直前に
慌てて機関砲員らが照準しようとするが、亜音速どころか超音速で飛来する飛翔体に人力の照準など間に合うはずもなかった。
「目標上昇! 迎撃外れました!」
「ダメです、レーダー照準が追いつきません!」
「艦長!」
「総員、衝撃に備えっ!!」
次の瞬間、ASM-3B超音速空対艦誘導弾は艦隊に突入した。
ASM-3の射程延伸型として、オリジナルと同等以上の速度性能のまま400km以上の長射程を付与して開発されたソレは、マッハ3以上の高速で飛来。
膨大な運動エネルギーを保持したまま各艦の分厚い装甲板を突き破り、艦内部でその威力を解放した。
「ぐわっ!!」
「被弾! 被弾!」
「くそっ……損害報告!」
『右舷上部甲板に被弾! 火災発生!』
『艦橋にも被弾しています! 基部で火災発生! 煙に注意を!』
『艦内に貫通されました! 右舷死傷者多数、一部電源損失!』
今の一撃は重かった。
先ほどの滑空弾ほどではないにしろ、3発のASM-3Bはヘルクレス級戦艦の頑丈な装甲を突き破り、内部でその威力を解放、破壊を撒き散らした。
先ほどの攻撃で損傷していた〈リカータ〉は、さらに追い打ちをかけるようなこの超音速の攻撃により、大破寸前にまで追い込まれていた。
「戦艦"ピート"被弾! 艦橋に被弾、されど損害軽微、戦闘を継続!」
「巡洋艦戦隊は今ので大打撃を受けました!」
「駆逐艦はすでに壊滅的です!」
片割れの戦艦も損害を受け、大炎上を起こしながら戦っている。もはや艦隊に無傷な船は残っておらず、艦隊は何かしら損傷を負うか、大破して喫水が傾くかのいずれかだった。
あまりに絶望的な状況、脱落艦はさらに増えていく。
だが、ミレケネスは闘志を絶やさない。
「……まだ進むわよ」
「し、司令……!?」
「敵航空戦力の誘引は成功している。このまま一気に戦線を打通して、本隊への攻撃をさらに減らすわ!」
ミレケネスは部下達が困惑するのも知っている中、彼女はまだ進むつもりでいた。その言葉に部下達も決意を固め、死の覚悟を決め進み続ける。
だが日本側の攻撃は容赦がない。
艦隊のレーダーに、新たな反応が映り込む。
「僚艦より報告! 敵音速誘導弾、さらに発射された模様!」
「弾数16! 第二波着弾と同時です!」
「クソッタレ……」
参謀達が絶望する中、ミレケネスは何かを悟ったのか目を瞑った。艦橋で喧騒が聞こえる中、ミレケネスは静かに瞑想する。
数秒後、ミレケネスは周りに聞こえぬ音量で参謀長のデルンジャに問いかける。この作戦の本当の目的を。
「……デルンジャ、作戦は達成できたかしら?」
「はい。今回の攻撃で日本側の無線の位置は各艦で把握しました。この辺り一帯の日本軍基地の予想位置は、しっかりとマークして後方へ報告してあります」
「よし、なら後は……次回の活躍を祈るばかりね」
「はい。我らに無念はありません」
「…………」
デルンジャの言う通り、第1先遣艦隊の作戦は成功していた。戦艦に増設された通信傍受機器は、三角測量などで日本軍側の基地を見事に割り出していた。
だが、作戦は成功しても第1先遣艦隊がこの攻撃から逃れる術はない。できる事なら生きた上で作戦を成功させたかったが、結局はこの無謀な作戦に部下達を巻き込んでしまった。
ミレケネスに無念が募る。
「皆、私の力不足だ……すまない」
その言葉と同時に、ASM-3Bは戦艦〈リカータ〉の艦橋へと突入した。
第一艦橋の付近に突入したそれは、堅牢な装甲を貫通し、その内部で爆発する。
艦橋内部にいた人員のほとんどは、この爆発により即死か、破片に巻き込まれて重傷を負った。その結果、ミレケネス以下、艦隊の主要将校達のほとんどはこの攻撃により壊滅した。
船はまだ浮いているが、頭を失った状態でゾンビになっているに過ぎない。艦隊各艦から悲壮な報告や問いかけが飛び交うが、それは旗艦には届かなかった。
同時刻
アルタラス王国沖合 南に1100km
グラ・バルカス帝国海軍 第44任務部隊
戦闘海域から南におよそ200km、日本側の攻撃圏内ギリギリの海域に、第44任務部隊が行動していた。
超甲巡を彷彿とさせる旗艦級大型巡洋艦、〈ダスト・オーシャン〉を主軸とした42隻の小規模艦隊。
本来ならば艦隊の救援役として間接的に待機しているはずのこの艦隊は、第1先遣艦隊が戦闘中にも関わらず、この海域をウロウロとしていた。
「電波妨害、依然として止みません」
「…………」
旗艦〈ダスト・オーシャン〉の第一艦橋にて、ゼム中将は少しばかり焦りを滲ませていた。手袋の裏には手汗が滲んでいる。
彼らは
おそらくは、日本側からの通信妨害だ。何度周波数を変えても妨害が続いているため、指向性のある電波と推測された。
彼らの本来の任務上、この妨害はまずい。
だがゼム中将も無策というわけではない。すぐさま後方へ偵察機を送り、そこから中継機となる機体を呼び寄せていた。
「っ──中継機より通信来ました! 例の暗号文書です!」
「よし……なんとか別方向から傍受できたか。暗号は
「はっ」
ゼム中将は、第44任務部隊の後方、日本側の通信妨害を避けられる位置に通信中継機を待機させていた。
グティ・マウン型超重爆撃機を改造し、長距離通信アンテナ等を追加した特注品だが、運よく狙われずに通信を傍受することができていた。
どうやら日本側はグティ・マウンの方は無視しているらしい。単機で後方にいることを見て、脅威度が低いと見做してくれたのだろう。
今はその幸運に感謝している。
ゼム中将はその報告を聞くや否や、第一艦橋を離れ、廊下へと行く。廊下を少し歩き、扉一枚を挟んだ部屋に入る。
そこにはカンダル技師官を含めた、数人の技術者が何かの機械を操作していた。コンピュータに詳しい日本人が見たならば、それは初期型の電算機と似ているように見える。
「……カンダル技師官殿、例のデータは問題なさそうか?」
「はい。中継機からの暗号文はすべてこの電算機に取り入れました。ニューランド島基地への送信も完了しています」
「ならいい。それでこそ第1先遣艦隊の犠牲も、無駄ではないと言える」
ゼム中将はそこまで確認すると、その部屋に取り付けられている艦内電話を手に取った。艦橋へと繋ぎ、参謀長へ命令を送る。
「ゼムだ。参謀長へ新たな命令を伝える。西方を進軍中の第2先遣艦隊に、第1先遣艦隊の任務が達成された事を伝えろ」
『はっ、了解しました』
その言葉を受け、艦隊は大きく面舵を切って回頭を始めた。
同時刻
日本国 横須賀
防衛省 統合任務部隊"実政" 作戦センター
敵艦隊の動きに変化があったのは、日本側の司令部でも確認されていた。
作戦センターの大画面には、攻撃を投射した敵艦隊が壊滅した様子と、他の敵艦隊が謎の転身を始めたのが映し出されている。
その様子は、オペレーターが逐一報告する。
「アルタラス南方沖の艦隊、ほぼ壊滅しました。残る反応のほとんどは損傷艦です」
「進軍中だった他の敵艦隊も、撤退していきます」
「ほう……ひとまず退いて行ったか」
探知していた艦隊がいきなり転身を始めた事に、三津木一佐は首を傾げるも、先方の脅威が過ぎ去ったことに一息ついた。
その様子を見て、後ろから幕僚長達が三津木に尋ねる。
「これで終わりか……奴ら退いていくのか?」
「アルタラス島沖の二個艦隊はそうでしょう。彼らはおそらく先遣隊、隻数は半減していました」
「しかし……先遣隊はまだ半分残っている。なぜここで退く?」
「考えがあるように見えます。当初は多角的な陽動作戦かと思いましたが……これは、威力偵察ですかね」
三津木がこの短時間で生み出した予想は、日本側にとってあまり好ましくない。
威力偵察ということは、次回もその次も、さらには本隊も控えているということだ。しかも、敵は今回の戦闘を教訓にしてくるかもしれない。
幕僚長達も、この艦隊が序章に過ぎないことを思い知る。長期戦、または消耗戦は日本側にとって不利な条件の一つだ。
「……また攻撃があると?」
「はい。おそらくまだ探知できていない敵の本隊も含め、まだ何回か攻撃はあるでしょう」
「一回で殲滅できないのかね? 何度も来られると流石に厳しい……」
「飽和攻撃にも限界はありますよ。弾薬が十分にあっても、発射するプラットフォームには限りがありますからね。敵も意外と硬いですし」
そう言って三津木は、幕僚長達の手元から作戦事項が書き連ねられた書類を勝手に手に取ると、そこにペンでサラサラと修正事項を加え、それを統合幕僚長へ提出した。
「今我々にできることと言えば、とにかく遠距離から対処することだけです。統幕長、次もまた攻撃があるかと思いますゆえ、戦力の位置を見直さなければなりません。配置転換の許可を」
「……ああ、許可しよう」
三津木は統合幕僚長にその書類を提出すると、そそくさとガラス張りの会議室を出て、自身の仕事に戻って行った。
その途中、一人の女性自衛官が三津木に横から話しかける。三津木は歩きながら、彼女の言葉を流し聞きする。
「ところで三津木一佐、先ほどの大型機ですが……」
「ああ。ただの通信中継機と思っていたが、どうやら違うらしいな」
「はい。後回しにしたのは不味かったですね……何かの暗号文書が、艦隊から大型機へと転送されています」
三津木は女性自衛官から書類を渡され、それを手に取る。
「一応、解析したのがこちらです」
「これは……」
そこに書かれていたのは、少し小難しい数字と暗号、そして白と黒の文字列らしき何かだった。どうやら暗号を受信した際に文字化けしているらしい。
「元はアナログ式の暗号か? 旧式すぎてわからん」
「エニグマあたりかと思ったんですが、どうも違うようで、解析に時間がかかりそうです」
「俺たちの暗号は全部デジタルだからな……旧式のアナログ暗号は全部ノウハウが消えている。旧式には旧式なりの利点があるってわけだ」
旧式の暗号通信は、現代ではノウハウが失われ始めている。一部の諜報組織などは旧式の利点を求めて使っているかも知れないが、少なくとも日本では廃止されている。
「とにかく解析を優先しろ。とは言っても、アナログのカチカチしたやつをどうやって解析するのかは、疑問だがな」
「スパコンでも使いますか? 今なら横須賀総監部のスパコンが空いてますが」
「ああ、シミュレーションでいいからやってくれ。今は相手の情報が欲しい」
「了解です」
そこまで言うと、女性自衛官は三津木の隣から離れ、そそくさと廊下の方へと向かって行った。
そんな様子を横目で見送りながら、三津木は廊下を歩く。ふと目の前に自販機を見つけ、財布から小銭を取り出す。
ささっと缶コーヒーを購入し、蓋を開封。
一息つくべく、それを飲み始めた。