追放……? わたくしは一向に構いませんわ!   作:pantra

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後編

 

 全員との別れを済ませた後、アナベルお嬢様と俺は飼い馬フランクリンと共にティモシーたちとは別の宿に移ることにした。

 一度はアナベルお嬢様がすぐに町を出ることを提案したのだが、すでに夜も更けて町の門も閉まっている。

 金を払えば門は開くし、その気になれば強引に押し通ることもできるが、そこまでするほどのことでもない。

 一晩ゆっくり休んで明日の朝から心機一転して町を発ちましょうという俺の提案にアナベルお嬢様は珍しく素直に頷いた。

 

 ティモシーたちが快くパーティー資金の分配に応じてくれたため、幸いなことに懐は温かい。

 いつもより少しランクの高い宿。

 同じ部屋にアナベルお嬢様と二人一緒に通されたのは宿の者の手違いだったが、他に空きの部屋がないと聞くとお嬢様はこのままでいいと答えて宿の者を追い出してしまった。

 

 まあ、別に同じ部屋に泊まるのが初めてというわけではない。

 アナベルお嬢様出奔前だったらあり得ないことではあったが、冒険者稼業などしていたら常に人数分の部屋を用意するなど無理だし、野宿することもざらにある。

 それを考えれば二人同室とはいえ今日の部屋は久々に贅沢をしている気分になった。

 

「アナベルお嬢様。このままお休みになりますか?」

 

 ベッドは一つ。

 クイーンサイズなので二人並んで寝ることもできるが、当たり前だがそんなことするわけがない。

 ベッドはお嬢様に使って頂き、俺は部屋の隅で衝立でも立ててその陰で寝よう。宿に頼めば毛布の一枚くらいは貸してくれるだろう。

 

 俺の言葉にアナベルお嬢様はやや遅れて反応を返した。

 

「そうね……。寝る前に体を綺麗にしたいですわ」

 

 さすがに備え付けのバスタブなどなかったが、湯を張った桶を用意してもらえば充分に体を綺麗にできるだろう。

 アナベルお嬢様は貴族女性としては色々な意味で規格外なお方だが、だからといって蛮族の如く不衛生な状態をよしとするわけではない。むしろこれほど身綺麗にしている冒険者は他にちょっと見当たらないはずだ。

 

「かしこまりました。少々お時間を頂くかもしれませんが」

 

「待ちますわ」

 

 返事をするアナベルお嬢様はやはりどこかぼんやりしているようだった。

 当人はあまり気にするそぶりを見せていなかったが、ティモシーたちとの別れはそれなりにお嬢様へショックを与えたのかもしれない。

 俺にとってティモシーたちは紛れもなく友人だが、考えてみればお嬢様にとってもそうだったに違いない。

 社交界にもご友人はいらしたはずだが、そこは常に身分や立場がついて回る貴族社会。

 そんなお嬢様にとってティモシーたちの存在は得難いものだったのかもしれない。

 

 部屋にお嬢様を残して厨房へ向かい、湯と手拭いを借りて戻る。

 やや躊躇ったが、自分用に小さな桶も用意してもらった。

 俺はお嬢様ほど綺麗好きというわけではないが、少しさっぱりしたい気分だった。

 

 アナベルお嬢様のために湯や手拭い、香油などの準備をしてから再び部屋を出て行こうとすると呼び止められた。

 

「エド。あなたも自分用にお湯をもらってきたのでしょう。衝立があれば平気ですから、あなたも体を綺麗になさい」

 

「しかしお嬢様」

 

「せっかくのお湯が冷めてしまいますわよ」

 

「……かしこまりました」

 

 主命とあらば仕方がない。

 実際、温かい湯で体を綺麗にできるのはありがたかった。

 俺はお嬢様と自分とを隔てる衝立に隙間がないことを確認すると、そちらに背を向けてから服を脱いだ。

 

 元々労働で引き締まった体はしていたが、この一年の過酷な冒険者生活は俺の体をすっかり作り変えてしまった。

 フットマンをしていれば負うはずのない傷跡も無数にできてしまったが、不思議とそれも嫌な気分じゃない。

 俺は腹にできたひときわ大きな傷跡を撫でてそっと笑った。

 悪竜グウェンをぶっ飛ばしたお嬢様の攻撃の巻き添えを食らった時のものだ。

 あれはやばかった。たぶんちょっと死んだ。

 薄れゆく意識の中で見たお嬢様の泣き顔に不覚にも俺は……、いや、使用人風情には過ぎた感情だな。

 

 不自然なくらい静まり返った室内。

 湯に浸して硬く絞った手拭いで体を拭き始めると、衝立の向こう側からかすかに衣擦れの音が聞こえてきた。

 俺には湯が冷める前に使えと気遣いを見せておきながら、ご自分はようやく服を脱ぎ始めたところらしい。

 やはり今夜のお嬢様は少し感傷的になっているようだ。

 部屋を出て行こうとする俺を引き留めたのも、一人きりになりたくなかったからかもしれない。

 

 衝立の向こうから届く水音とかすかな身じろぎの気配に、けしからん想像が浮かびそうになった俺は衝動的に手拭いを湯桶に目いっぱい叩きつけた。

 

「エ、エド? 何かありましたの?」

 

「……手が滑ってしまいました。驚かせて申し訳ございません、お嬢様」

 

「そう? ならいいのですけど」

 

 とりあえず取り繕った俺は自分の足元を見て小さくため息を吐き出した。

 いかんな。床が水浸しだ。

 

 拭こうにも布が手拭いしかないので、とりあえず体を綺麗にすることを優先する。

 手早く済ませなくてはいけないことは分かっているのだが、何となく、そう特に意味はなくちんちんを念入りに拭き清める。

 ティモシーは今頃娼館に繰り出しているのだろうか。

 トリスタンはまたこの町で見つけた巨尻美女と後背位で……。

 いかん。また思考が変な方向へ流れそうになっている。

 こんな時はお気に入りの美人画を披露しながらグフグフ笑っているテレンスの顔を思い浮かべよう。

 ……よし、落ち着いてきた。お前はいつだって助けてくれるな、テレンス。

 

 耳の裏から足の指の間まで綺麗に拭き清めると、俺は濡れてしまった床を拭いて衣服を身に着けた。

 お嬢様は……物音がしないな。

 

「お嬢様? もうお済みですか?」

 

「きゃっ! ま、まだ駄目ですわ」

 

 ……何か今アナベルお嬢様が女の子みたいな悲鳴を上げた気がしたが、耳に湯が詰まっていたのかな。

 衝立に背を向け、顔を傾けてその場でとんとん飛び跳ねてみるが何も出てこない。

 

 何だか多少慌ただしい様子でお嬢様が衣服を身に着けている気配がする。

 昔はメイドの助けがなければまともに身支度も整えられないお方だったが、ご立派になられたものだ。

 感慨に浸りながら待つことしばし、お嬢様より声が掛かった。

 

「もうよろしいですわよ」

 

「はっ。では失礼致します」

 

 使い終わった湯桶や手拭いを回収するために衝立を回り込む。

 そこにはやや緊張したような面持ちのお嬢様が寝着一枚の姿で立っていた。

 それを目にした瞬間、俺は冴えわたるステップでお嬢様に背を向けて視界から外した。

 神速の雷獣ブリッツヴィーゼルといえども今の俺の動きにはついてこれなかっただろう。

 

 それはともかく、いや何だよあのうっすい布地。

 アナベルお嬢様の高貴なおっぱいがほぼ見えてしまった気がしたんだが、俺の見間違いだよな?

 ご立派になられたなんてもんじゃないぞ。

 

「エド?」

 

「何でもありません、お嬢様。すぐに湯を片付けてまいりましゅので」

 

 噛んだぜ☆

 お嬢様に背を向けたまま返事をするという非礼を行ってしまったが、今は許して欲しい。

 俺は素早く湯桶を抱えるとお嬢様の方を見ないままそそくさと衝立の向こうへ逃げ、自分が使った桶も重ねて部屋から飛び出した。

 

 外に湯を捨てて使用済みの手拭いを宿のメイドに返し、しばし夜の空気に当たる。

 主人がどのような格好をしようが奇行に走ろうが、バトラーたるもの常に泰然自若として表情を変えず忠実に職務に当たらねばならない。

 正確には俺はバトラーではなくフットマン見習いなのだが、まあ細かいことはいい。

 

 よし、エドワード。

 お前は仕事ができる男だ。

 世界一のバトラーだ。

 

 念入りに自己暗示をかけてから、自分用の毛布を借り受けて俺は部屋に戻った。

 アナベルお嬢様の格好に一抹の不安はあるが、はるか東方に伝わるという相手の足元のみを見て動きを予測するという戦闘法を思い浮かべて実践することにする。

 世界一のバトラーたるもの、それくらいできて当然だ。

 

「お嬢様。ただいま戻りました」

 

 頭を下げたまま室内に侵入し、とりあえずお嬢様の足を探す。

 あ、いた。

 

「エド? どうしてそんな姿勢をしているの? 顔を上げて」

 

「いえ、恐れながらどうかこのままで」

 

 俺はアナベルお嬢様の足を見ながら慎重に答えた。

 想像より百倍は難しいぞ、足だけ見て動きを予測するって。

 どうやるんだよ。

 足首から下だけしか見てないのがいけないのか?

 感覚が掴めず、お嬢様が少し足を動かす度に痙攣するように身構えてしまうのだが。

 

 というかアナベルお嬢様の足、ちっちゃ。

 嘘だろ。

 こんなお可愛らしいおみ足でブラッドベアキングを蹴り殺したのか。

 

「アナベルお嬢様。明日からのご予定を相談致したく」

 

「そうですわね。ところでエド。いい加減こちらを」

 

「いえ、このままで結構でございます。それでお嬢様。ティモシーたちとも別れたことですし、一度お屋敷へ戻られてはいかがかと」

 

「嫌ですわ」

 

 お嬢様、即答である。

 そうだよな、魔王倒してないもんな。

 でも、他国の王族へどうやって合法的に喧嘩売ればいいんだよ。

 相手は貴族令嬢であるアナベルお嬢様でさえ顔を見ることもできないような殿上人だぞ。

 

「かしこまりました。方法はこのエドワードにお任せを」

 

 アイディアなど何も浮かんじゃいないが、不可能を可能にするのがバトラーたるものの務め。

 まだバトラーじゃないが。

 

「頼りにしています。それでね、エド。その体勢でいるのはそろそろ疲れてきたのではなくて?」

 

「いえ、まったく。お気遣い痛み入ります」

 

 俺が冷静に答えると、とんとんとん、と床を足で踏み鳴らしながらお嬢様が『むー』とうなった。

 ……まずい。苛立っておられるぞ。

 

 一瞬。

 そう、ほんの一瞬気を逸らしただけ。

 

 お嬢様の床踏みとんとんが止まっていることに気付いた俺は即座に身構えようとした。

 しかし時すでに遅し、お嬢様は我々の間に横たわっていた間合いを食い潰し、すぐ眼前に立ち塞がっておられた。

 

 あの小さなおみ足がこれほど巨大に見えるとは。

 こめかみを汗が伝う。

 産毛の一本一本が視認できるほど間近に迫るアナベルお嬢様の足から目を逸らせない。

 

「エド。顔を上げなさい」

 

「はっ」

 

 従う以外の道があろうか。

 観念した俺はゆっくりと顔を上げた。

 

 透き通った寝着の向こうに見えるむっちりしたふともも。

 そしてその合わせ目を慎ましく覆い隠すパン……パン、え、何だこれ?

 己が目にしているものが理解できず、俺はその場で硬直した。

 

 あれ、女性用のパンツってほら、畑で採れるカボチャって野菜みたいな形をしたのじゃなかったっけ?

 よく分からんが三角の布がぴったり肌に張り付いているだけなんだが。

 何だこのハレンチ布は。

 

 未知の物体を前にあまりにも凝視し過ぎたためだろう。

 アナベルお嬢様はさすがに恥じらって手のひらで股間をお隠しになった。

 

「も、申し訳ございません!」

 

 俺は全力で謝罪しながら、トリスタンから教わったこれも東方の秘儀だという土下座を敢行した。

 床に額を擦り付け、自らの罪深さを噛み締める。

 薄布一枚に覆われただけのアナベルお嬢様の秘所を穴が開くほど凝視するとか俺は何を考えているのだ。

 変態……! 圧倒的変態……ッ!

 

 そのまま床に額をゴツンゴツンぶつけていると、アナベルお嬢様が俺の前に跪いて肩にそっと手を添えた。

 

「エド、その以上やると床が割れてしまうからおやめなさい」

 

「ぐぅぅ……かしこまりました」

 

 さすがお嬢様。心配のしどころが違う。

 土下座姿勢のまま床の表面を凝視する。

 顔を上げたらまたお嬢様のあられもないお姿が見えてしまうからだ。

 

「エドはわたくしのパンツが気になりますの?」

 

「お嬢様、俺は……、え、やっぱりそれパンツなのですか?」

 

 思わず顔を上げてしまった俺だが、お嬢様は両手を使って股間とついでにおっぱいも隠してくれていた。

 あ、ちょっと安心した。

 けど隠しきれてないからやっぱり頭は下げていよう。

 

「エドは知らないのですね。これが最新の流行ですのよ」

 

「流行……」

 

 つまり世の女性たちはあのようなぴったりして小さな三角形の布を身に着けていると。

 まじかよぉ。

 

「でもまだ高級品ですから、特別な時にしか身に着けないのです」

 

「……」

 

 特別。

 そうか。ティモシーたちと別れて、これからいよいよ魔王の元へ殴り込みに行けると高揚していらっしゃるんだな。

 いついかなる時も体が闘争を求めているお嬢様らしいことだ。

 いずれ魔王もあのパンツを僭称するハレンチな布を穿いたお嬢様にぶち転がされるのかと想像すると胸が熱くなるな。……いや、そうでもないか。

 

「ところでエド? またずっと下を向いているようですけど」

 

「恐れながらお嬢様。お布団の中に入って頂けないでしょうか」

 

「えっ、も、もうですか?」

 

 気が早いですわね、とかどうとかぶつぶつ呟きながらアナベルお嬢様が土下座姿勢の俺の前でもじもじしていらっしゃる。

 何か重大な勘違いが起きている気がするぞ。

 俺は勘が鋭いんだ。

 

「失礼ながら今のお嬢様は大変薄着でいらっしゃいます。このままでは落ち着いてお話しすることができませんので、どうか」

 

 俺が言っているのは、布団の中に入って体を隠して欲しいということだ。

 そうでないと落ち着いて明日以降のことを話すこともできない。

 誤解のないように説明すると、俺の視界の端にわずかに映り込んだアナベルお嬢様の膝小僧が少し沈み込んだ。

 

「ああ、そういう……」

 

 しかしすぐにぴょんと浮き上がった。

 これはまた何か突飛なことを言い出すつもりだぞ。

 

「ね、ねえ、エド。エドはどうして今のわたくしの格好を見ると落ち着かないのかしら?」

 

 言わせんなよ、恥ずかしい。

 ……いや、恥ずかしいとかどうとか以前の問題だが。

 

「それはお嬢様のお姿が大変にその……魅力的でいらっしゃるので、わたしなどが拝見するのはあまりにも恐れ多いと」

 

「あなたにとってわたくしは魅力的なのですか?」

 

「……お嬢様の美しさを否定する者などこの世にはおりませんでしょう」

 

 さすがはお貴族様というべきか、アナベルお嬢様は非常に容姿に優れている。

 体つきも引き締まっていて出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 実際問題、冒険者界隈でもアナベルお嬢様はちょっとした有名人で、腹立たしいことに手を出そうとしてくる輩はたくさんいたのだ。

 全部返り討ちにした結果、最近はとんと見なくなったが。

 

「わたくしが聞きたいのは一般論ではなく、エドがどう思っているのかということです」

 

 そこに切り込んできたか……。

 お嬢様の問いかけを受け、俺はゆっくりと目を閉じた。

 アナベルお嬢様は主人で、俺は使用人。

 そこに個人的感情など必要ない。

 たとえなにがしかが存在したとしても、表には出さず職務を全うする。

 それがプロというものだ。

 それがバトラーというものだ。

 ……まだフットマン見習いだけど。

 

「俺は……俺もアナベルお嬢様のことを大変魅力的だと思っております」

 

 ぶっちゃけドストライクです。

 アナベルお嬢様がどれほど破天荒でも、どれほど戦闘民族脳でも、当て身と称して俺を殺しかけるお茶目さんでも、俺にとっては唯一無二のお方なのだ。

 唯一俺の気持ちを知る回復術士テレンスは『エドワード氏も物好きでござるな』と笑っていたが。

 

 俺の答えを聞いたお嬢様はしばらく無言だった。

 が、心なしか膝小僧がにじり寄ってきている。あまり近づかれると土下座している俺の脳天とゴッツンコするんだが。

 

「エド。わたくしを見て」

 

 顔を上げると、女神のような女性が微笑んでいるのが見えた。

 ……いや、女神でも何でもない、貴族だとか身分だとかも関係ない、ただの一人の女の子がそこにいた。

 俺にとって世界で誰よりも魅力的な女の子が。

 

「エド、わたくしのことが好き?」

 

「……お慕いしております。心から」

 

 アナベルお嬢様は花開くような笑顔を浮かべると、俺の乾いたくちびるにぎこちないキスを一つ落とした。

 

「心から、好きだ。です」

 

 お嬢様はもう一度俺のくちびるに優しく触れると、耳元で秘密を打ち明けるようにそっと囁いた。

 

「わたくしも」

 

 嬉しい。

 天にも昇るほど嬉しいが、まずい状況だぞこれは。

 俺の中の職業倫理が脳内で旦那様という姿を取って『エドワード、それ以上はやめろぉ! おぉん!』としきりに警鐘を鳴らしていた。

 実際、使用人が主人に、正確には主人の娘に手を出すのはまずいなんてものじゃない。

 最悪うちの家族が路頭に迷ってしまう。

 

 俺の手を取って共に立ち上がったアナベルお嬢様は、こちらの躊躇いを感じ取ったのか優しく目を細めて俺の頬を撫でた。

 

「お父様のことならわたくしが説得します。エドのご家族のことも心配しないで」

 

 まあ、いざとなったら冒険者の収入から仕送りするつもりだが。

 手数料が高いんだよ、遠地への仕送りは。

 それこそ勇者とか呼ばれるくらい働いて稼がなくては。

 

「今ここにはわたくしとあなた、二人きりですわ。思えば二人きりになるのも一年ぶりですわね」

 

 一年前アナベルお嬢様と二人きりだった期間、ほぼほぼ俺は気絶していた気もするがまあいい。

 確かに今は二人きりだ。厩にいるフランクリンは一旦忘れるとして。

 いや、しかし……。

 

「お嬢様。明日からのことを話し合わなくては」

 

 お嬢様の首から下を見ないよう頑張って視線を固定しながら俺は改めて指摘した。

 一日でも早く実家に戻って頂かないといけないのは今も変わらない。

 そのためには行動計画が必要なのだ。

 

「明日のことは明日ですわ、エド」

 

 なおも反論しようとした俺のくちびるをアナベルお嬢様は人差し指で塞いだ。

 

「今は今だけを感じて」

 

 アナベルお嬢様はどこか蠱惑的な笑みを漏らすと、背後のベッドにちらりと流し目を送ってから、もう一度その翠の眼差しで俺を射抜いた。

 

「愛し合う男女がどのようなことをするのか、わたくしも知識はあります。もしエドがわたくしとそれをしたいと言うなら」

 

 小鳥のように繰り返しくちびるを触れ合わせながら、アナベルお嬢様はくすりと笑った。

 

「わたくしは構いませんわ……」

 

 俺もアナベルお嬢様に応えるように微笑み返すと、平均的な女性よりは少し背が高く、しかし俺よりはずっと小さな体を丁寧に抱き上げて、クイーンサイズのベッドの上にそっと降ろした。

 

 

 

 

 

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