キヴォトスの人間はどれ程のものか。
ステアは、都市のネオンによって生み出される明かりすら行き届かぬ、如何にもな廃墟街を悠々と歩く。
芳香剤のいい香り漂う、新調したワインレッドのスーツを纏い、彼女は気分が良くなって、鼻歌を口ずさんだ。
キヴォトスの人間は、思った以上に頑丈。銃弾を一発、頭にぶち込めば死ぬこれまで見てきた脆い生物では無い。
頭に浮く天使の輪――ヘイロー。それを破壊するまでは死に至ることが無い、超常的な存在だ。
この街で活動していく上で、それを知る必要がある。――今後のためにも。
「くひひ! おいおい! 活きのいい獲物が迷い込んできやがったぜ!」
「こいつぁ、とんだ大馬鹿野郎だな!!」
荒々しく、汚らわしい単語が四方八方から飛んできたために足を止めた。
肩まで伸ばした茶髪が風に乗って揺れる。
「いい身なりしてんなぁ! あんたみたいな綺麗な大人が、出歩くもんじゃねぇぞ!」
「あたしらみてぇなチンピラに、襲われたらたまったもんじゃないだろ!」
辺りを見渡せば、いつの間にか柄の悪い制服を着た少女たちに包囲されてしまっていた。
この私目を欺き、取り囲めたことだけは褒めてやっても良い――ステアは不敵な笑みを浮かべる。
「確かにたまったものじゃないわ。これだけの人数は」
リーダーらしき人間がバッドを彼女の鼻先めがけて構えた。
「調子こいてんなよ……!! かかれっ!!」
包囲したチンピラ達が、さながら獲物に群がるアリかのように突撃してくる。
「お手並み拝見」
ステアはベルトに取り付けた警棒を引き抜き、ぶん、と振るうことでそれを展開する。
まず迫りくるチンピラの顔面を強打、すかさず背後の敵に蹴りを叩き入れ、蹌踉めき、がら空きな首筋へ一撃。
取り囲もうとしてくる奴らの脛を蹴り払うことで一斉に転けさせ、胸部を簡単なモグラ叩き
のように強打していった。
「こ、こいつ強えぞ!」
「こんな物か、キヴォトス人は」
まだ意識がある者が私に不意打ちを仕掛けようとしてくる。
気配は分かっていた。ギリギリまで惹きつけてからバッドを振りかぶった腕を掴み、背負投げ。喉へ何度も強打を叩き込んだ。
生き残ったリーダーは、あっという間に倒れた仲間を見て言葉を失う。
「君はどうする」
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
リーダーはまさに、尻尾を巻いて逃げていった。典型的な三流悪党を前に、彼女は必死になって笑いを堪えていた。
「キヴォトス……ここは最高の舞台だ」
空中に浮かぶ、目玉のようなデバイス――オーディエンスアイが、機械的な瞳孔をステアに向けた。
「オーディエンスの皆様。デザイアグランプリとは少し趣旨の違う、一種の密着番組のような此度にまで声援をくださり、誠に感謝いたします」
彼女は、さながら舞台に立つ道化師の気分でお辞儀をする。
「ここは学園都市キヴォトス!! 数千の学園が集まった、トラブル・事件は日常茶飯事の、未来にも存在し得ない世界です!! ここには夢、希望、ありとあらゆる透き通るような感情が満ち溢れています!!」
喉が焼ける程、彼女は高揚していた。それでも、彼彼女らへの演説を辞めない。
「さぁ!! そんな世界のバッドエンドを、この私――ステアが単騎で迎えさせてさしあげましょう!!」
もう一度深々と礼をする。
◇
連邦生徒会の本部。高い建物の何階かに位置する、レセプションルームとやらに、ステアは呼び出された。
黒革で、なかなかな座り心地のソファに腰を掛け、一人優雅にコーヒーを嗜む。
「……あの」
何者かに声を掛けられて、茶色の瞳をギロリ、とそちらへ向けた。
「連邦生徒会関係の方ですか?」
そこに居たのは、青く縁取られた白のパーカーを纏うスーツ姿の少女。紫の髪を二つに束ねている。
「……一応そうなる」
そう言えば彼女は目の色を変えて、私のコーヒーが乗った長テーブルをバン!! と叩きつけた。
「連邦生徒会長を出してください!! 今、どれだけ大変なことになっているか、あの人に分からせてやりたいんです!!」
食い気味に言われ、私はじっと彼女を見つめた。
少女は威圧に負けて、少しばかり引き下がった。目つきが悪いのを自覚しての、常套手段である。
「連邦生徒会長はいない」
「……!?」
組んでいた足を解きながら床を踏みしめる。
「失踪した」
「そ、そんな!! なんで……」
「用なら代行である行政官に尋ねるといい」
丁度、エレベーターから降りてきた少女――七神リンを指差しながら言った。
少女はそこへすっ飛んでいく。
彼女が見ていないのを確認してから手鏡を取り出し、自分の頭を見る。
「中々良くできているではないか」
私の頭に浮かぶ、星の形のように小さな円が並ぶ幾何学模様らしき、真っ赤なヘイロー。
彼女は何の躊躇いも無く、ステアのことを連邦生徒会の生徒と認めた。ヘイローとは、生徒の象徴でもあるらしい。
「リン行政官!! 連邦生徒会長がいないってどういうことですか!?」
「その話、私にも詳しく説明してくれませんか」
「行政官、こちらの方も取り合ってはくださいませんか」
いつの間にか、生徒が増えていた。
黒いセーラー服の少女、大きな鞄を抱えた少女、羽を持つ少女。
此処の者達の
「……? 隣の大人の人は?」
「この人は……連邦生徒会長が指名された、連邦捜査部 “シャーレ”の先生です」
リンの隣に立つ冴えない男――先生は小さく礼をした。
あれの補佐をしなければならないのだから、少し憂鬱である。
「シャーレは連邦生徒会長が設立した超法規機関。キヴォトスのあらゆる学園の生徒を引き入れ、あらゆる学園の自治区で戦闘を行うことができる部活です」
「それは最早部活なのですか……聞けば聞くほど、軍隊のように聞こえますが」
「ハスミさん、今はそれより、今のこの状況をどう解決してもらうかが優先では?」
「そのとおりだ、自警団 守月スズミ」
ステアは彼女らの会話に割って入る。
見知らぬ人間に名を呼ばれ、彼女は少し戸惑う。
「……あなたは? 何故私の名前を」
「お前の名前は良く知れ渡っているよ、トリニティ総合学園の外にもな」
実際は違う。
彼女は“あのドライバー”を用いて、キヴォトスのありとあらゆる事を調べ尽くした。彼女の名が知れ渡っているかいないか、関係ない。
「セミナーの早瀬ユウカ、風紀委員会の火宮チナツ、正義実現委員会の羽川ハスミ。お前たちは現状も知らず、自分たちの責務を放っておいて何をやっている」
「……あなたは誰なの!? というか、私は一応ミレニアムのために……」
「私は――」
名前――苗字とやらが必要だった。せっかくだから何か意味が欲しい、とステアは回答を放棄して考えに耽る。
ふと、あの鎖に繋がれた哀れな女神の姿を思い浮かべた。
「
ユウカは彼女の威圧に負け、また引き下がる。見掛け倒しにも程があった。
「現在、連邦生徒会長が失踪したことでサンクトゥムタワーは管理者を失い、連邦生徒会の行政権限は無いも同然。つまり、ウダウダ抜かしても仕方が無いということだ」
つい熱くなり、現状をあらかた説明してしまう。いつもの癖だった。
「……はい。彼女の言った通りの事態です。ですが、先生が来られた事でその現状を変えられるようになりました」
会話のバトンはリンに渡る。
「ここから三十km離れた所にシャーレの部室があります。その地下の“ある物”使えば、サンクトゥムタワーの権限を取り戻せます」
「な、何者なんですか!? 先生は!?」
先生はぺこりとするだけで、何も言おうとしない。無口……なのだろう。
キヴォトスのあらゆる事を知れたが、彼だけは例外だ。彼は
「……もしもしモモカ。ヘリを出せる? シャーレの部室へ行きたいのだけれど」
『あー、あそこ? あそこね、矯正局から抜け出した不良生徒たちで溢れかえっちゃってるよ。原因は百鬼夜行のあの生徒みたいでさー』
彼女の通信機越しに、何とも不真面目そうな声が聞こえてくる。
『巡航戦車やら借り出しちゃって、生徒会をぶっ潰そうと大暴れ。もう手に負えないや、あはは! じゃ、お昼のデリバリー来るからこの辺で』
通信は切れ、リンの顔は怒りに満ちる。
何とも良い表情だ。
「……これはこれは、暇な方々が丁度お集まりになっているではありませんか」
「別に暇ではないのですが」
彼女の一言に、チナツが反論するも、それも虚しく、彼女の思惑通り事が進みそうになった。
(予定通り行けばいいが)
自由快適に動くためには、シャーレという超法規機関を存分に活かす必要がある。
サンクトゥムタワーとやらの権限を回復し、連邦生徒会そのものの機能を回復。そしてシャーレの活動を開始すれば……あらゆる自治区での戦闘が許される部隊の完成だ。
――私はこの世界をバッドエンドに導くために送り込まれた未来人。
全ては、“脅威”を取り除くため。