聖園ミカの初恋   作:ずゆ

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プロローグ

 今日、短い午睡から目覚めた時、〈色のついた列車〉が私の目の前にあった。白と黒とその濃淡しかない駅のプラットフォームに、その蒸気機関の列車は堂々と停車していた。

 私はひどく驚いた。言葉に詰まり、目はかつてないほど大きく見開いて、喉の奥が揺れるのさえ詳細に感じ取れた。

 色を見たのは、初めてだったのだ。

 

「目覚めたかい」

 百合園セイアが言った。彼女は駅のベンチに腰掛けていて、それから徐に立ち上がって私の方へ歩いてきた。

「ここは?」と私は聞いた。

「禁書を読んだね、先生?」

 私の質問に答えるでもなく、セイアはそう聞いた。怒っているようにも、哀れんでいるようにも聞こえる声だった。

「禁書?」と私は聞き返した。

 まだ判然としない寝覚めの頭で思い返す。ここで起きる前、私はトリニティの古書館にいた。そこで本棚の奥に、隠れるように置かれた本に気づいて、手に取った。

「あれが禁書だった?」

「おそらくは」とセイアは言った。

 おそらくは? 一度頭を落ち着けるためにコーヒーでも飲もうかと考えた所で、私はここがシャーレのオフィスではないことを思い出した。ここはシャーレではない。私は見知らぬ小さな駅で、色付きの列車を前にしている。

 

「急いだ方がいい」とセイアは言った。「あの列車は間もなくここを立つ。そうなってしまえば、君はもうここから出られない」

 心臓が乾いた音を立てて拍動していた。私にある時間は少ない。何もかも分からない中で、彼女の言う通りあの列車に乗り込まなければいけないことだけが確かだった。

 私はもう一度列車を見やった。色がついている。ほとんどの人間にとって当たり前のことは、色盲である私にとって当たり前ではない。産まれて初めて白と黒以外を目にする感動は、その場で泣き出してしまいそうなものだった。しかしそんなことをしている時間は私にはない。

 私が客車の扉を開けて中に入ろうとすると、セイアも私のすぐ後ろにいて一緒に乗り込もうとした。

「セイアも一緒に来るの?」

「夢の世界の作法を、君は知らないだろう?」

 そうして私達は列車に乗り込んだ。列車の中もやはり色がついていて、ずっと白と黒とその濃淡しか見てこなかった私にとって、眩しいくらいの情報量だった。そして列車の中に入ると、私と彼女にも色が付いた。

 

 私達が腰掛けるとほどなくして、その無人の列車は動きだした。長らく使われてない部屋の扉が軋むように、大袈裟でけたたましい音を立てて、列車はゆっくりとその駅を離れていった。

「ここはどこで、一体何が起きているのか教えて欲しい」

 私は隣に座る彼女に言った。色のついた彼女は美しく、消えてしまいそうな儚さを感じさせた。瓶に捕まえた螢のように。

「まずは落ち着くことだ」とセイアは言った。「じきに車掌が切符を切りに来る。話はその後だ」

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