古関ウイはとても嫌そうな顔をして古書館の扉を開けた。まだ早朝だったし、そうでなくとも外の人間がいきなり訪ねて来るのは嬉しいことではなかった。それが特に元ティーパーティーの人間ともなると、ウイとしては喉元にナイフを当てられているような気分だった。
ミカは詳しい事情は説明せず、先生がここに来たかを聞いた。
「先生ですか……? はい、いらっしゃいましたが、姿が見えないのでお帰りになったのかと」とウイは答えた。
「先生はどうしてここに来たの?」
「どうして? いえ……詳しくは、私も知りません。ただ用があるとだけ」
「そっか、ありがと」
様々な物事にとりとめのない思考を巡らせながら、ミカは古書館の中を詳しく調べていった。試しに本棚から一冊抜き取って開いてみると、乾いた紙の匂いがした。羊皮紙は茶色く染みていて、それはまるで時間そのものが染み込んでいるようにも見えた。
シマエナガは人目のつく所になるとぱたりと話さなくなった。ミカの肩に乗り、そして時々本棚に飛び移って歩いているだけだった。
ミカは相当入念に古書館中を調べまわった。迷路のように入り組んだ部屋を歩き回り、膨大な数の本棚の隙間を覗いた。しかしやはり、彼も、その痕跡も認めることは出来なかった。
「はやり地下室に行かねばならいようだ」
シマエナガは小声でそう言うと、右の翼をまるで指さすように器用に使って、建物の端にある階段をさした。地下に続く階段がある。その先には暗闇が広がっていた。
「地下、ですか」
地下室に行きたいとミカが言うと、ウイは眉を顰めた。地下への出入りはウイの一存で決められ、また特に断る理由もないのだが、いきなりやってきて色々と探している様子のミカに対する不信感のようなものは少なからずあった。
「一体何の為に……」
「えーっと」
ミカは目を泳がせた。上手く誤魔化すための説明を考えていなかったし、かといって全てを説明する訳にはいかなかった。
「……まあ、良いでしょう」
ミカが言葉に詰まっていると、ウイがそう言った。呆れているようにも思える声音だった。椅子を軋ませながら引き出しを開け、鍵の束を取り出してミカに渡した。
「地下の鍵です。帰りに返して下さい」
鍵はミカの手の平の上で、鈍く光りを反射していた。
「ありがとう」
スイッチを押すと、パチパチという音の後で階段は光で照らされた。LEDですらないむき出しの電球が等間隔で設置されているだけで、あまり頼れる明かりではなかった。
階段を降りていくと書庫のような場所に出た。上の階のようにある程度の実用性を意識した空間というよりは、大量の禁書を保管するための機能的な所だった。
「暗いな」とシマエナガは言った。
壁のような本棚が多くの影を作っているせいで、部屋の中は明かりをつけていてもそのほとんどが闇に包まれていた。そんな中でもシマエナガの白い羽は目立つ。
「やれやれ、禁書の実に多いことだ」
「そうだね」
「牢獄のようだ」
「牢獄?」
ミカは聞いてから、少し遅れて納得した。確かに禁じられた本が大量に積まれたここは、囚人の塔のようにも見える。
「うむ。さて、目当ての本はどうやら堂々と私達を歓迎しているようだ」
シマエナガは先ほどと同じように翼を広げ、部屋の奥をさした。書見台に一冊の本が、まるで王座に座る王のように堂々と、そして仰々しく置かれていた。本は開かれている。そして今、目の前でページが捲られた。
ミカは息を飲んだ。本がひとりでにページを捲ったのだ。地下に風が立つはずもなく、また暗いとは言え何者かが捲ったのであれば目に映らないはずはない。ずっと体を通り過ぎていくような感覚だった非日常が、ようやく彼女の身に突き刺さった。これは夢ではない。現実なのだと。
「あれが、禁書」
「ただの本ではあらない。あれは扉だ。開かれている。あの男の下へと続く扉が」
「読めばいいの?」
「その前に一つ聞いておかねばらならないのだが」とシマエナガは言った。「君はあの男のことが好きなのかい?」