サムライになった緑谷出久を見に来た人→どうぞ。
ヒーローになった緑谷出久を見に来た人→見ない方がいいです。原作へどうぞ。
オールマイトと、出久の関係が好きな人→合わないかもしれないゾ。
神社の境内の空間が割れる。
そこから飛び出した平将門は、ごろりと転がって受け身をとる。
夏草の匂い。
蝉の鳴き声。
ラジオ体操の音声。
すぐさま五体満足かを確認する。
無理やり神脈を開いた故、手足の一、二本、どこかに置き忘れてもおかしくないからである。
「うんむ、無事でござるな」
とはいえ、身を固める大鎧と兜はけがれていた。
先ほどまで愛刀、生太刀にて山岳火災を引き起こさんとしていた怨霊を祓ったばかりだからだ。
本来ならば地場の神仏――神社や寺に祭られている八百万ノ神々が対応すべきところなのだが、世は既に大スマホ時代。人々は神社や寺に祈念し、徳を奉納することも少なくなり、各地の寺社仏閣にいた神々は既に相当力を失っている。
皆祈るはガチャの出目ばかり。ゆえに、仕方なく……平将門のような鬼神が出張して、祓いを続けているのだ。
鬼神として日ノ本の悪霊・怨霊を祓い続けてすでに1000年。
弥勒菩薩のメンツを立ててやるために文字通り精魂を賭けて討滅を続けていたのだが、気が付けば『平将門の怨霊』などという下らぬ噂が現世の人々の口々にまことしやかに語られているとか。
まさに、冤罪。
将門は鬼神として、やらかしておる悪霊怨霊を祓っただけであり、害悪は将門の駆逐した悪しき魂がまき散らしたものだというのに――世の中とはままならぬものよ、と将門は今しがた祓った悪霊の残滓を清めるべく、一人神楽を舞った。
やれやれ一休み、と将門が境内の手水場で清水をすすって喉を潤していると、誰かが結界をかいくぐったのを感じた。
気配を探ってみると、子どもであった。
子どもというのは往々にして無垢であるがゆえ、悪を断つ結界をするりとくぐってしまうもの。
このような捨てられた神社――息も絶え絶えの式神しかいないところにやってきて、祈念しようというのであるから、それはもう純粋な子に違いない。
どれどれ、と将門は雑草が石畳の隙間から伸びている境内を進む。
本堂に、一人の子どもが礼拝していた。
「――僕は、ヒーロになりますっ!」
パンパン、と拍手の音とがらがらと鈴が鳴った。
どうやら、彼はなけなしの小遣いを賽銭箱に放り込み、何やら誓いを立てたようだ。
将門が灯篭の影からちらりと覗き込むと、少年の年頃は数え十歳にいたるか至らぬか、であろうか。
「無個性でも、僕はヒーローになってみせますっ!」
何やら必死の形相で祈りか誓約か分からぬことを言っている少年を、将門はじっと見る。
将門の眼には、人々の信心を失い、わずかな精霊力しか持たぬようになった古き式神が少年に加護を与える様が見えていた。
『将門様、この子はよい心根をしておりますな』と式神。
そうだろうよ、と将門は腕を組み、じっと少年の挙措を見守る。
信心応報はこの現世においては薄れたようだが、かように式神に心を捧げる少年がいるという事実に、将門は感心した。
ならば、鬼神としても顔を出してやらねばな、と動く。
「少年よ、じつによき心がけでござる」
将門はガチャガチャと大鎧を鳴らしながら少年に姿を見せる。
少年に加護を与えていた式神が驚いたようにこちらをみているので、これより神楽を舞い、信力をすこしは満たしてやる、と説明すると、神社の地場式神は頭を下げて廟堂へと戻っていった。
「わっ、こ、こんにちはっ」
少年に頭を下げられたので、将門も礼を返す。
「うむっ。拙者、将門にござる。平の家門に連なるものにて候」
「ぼぼ、僕はミドリヤ・イズクですっ。その恰好っ、も、もしかしてヒーローですか? だ、誰だろう? コスチュームとして武者鎧を着こんでるなら、ヨロイムシャの弟子の系統かな。それとも、ヨロイムシャが師事していた師匠筋の兄弟子や姉弟子の可能性もあるしブツブツ――」
少年が何やら真剣な顔をして独り言をつぶやいているので、将門は神社に参拝する。
「拙者も、参拝に来たゆえ、少々場を借りるでござるよ」
現代式のそれではなく、古来より続く、神舞奉納である。
将門の舞により、周辺の雑魂たちが昇華されて魂魄へと至る。ただバラまかれていた想いの残滓たちが魂魄へと昇華された結果、それらは神社の式神に吸い寄せられていく。
将門が舞を終えた時には、周辺一帯には清涼なる空気だけが残り、一切の雑然としたものは消え去っていた。
ミドリヤ少年は、将門の美しい舞をただただ穴が開くように見つめていた。
「すごいっ!」
ミドリヤ少年がパチパチと拍手をする。
将門は何がすごいのかは分からなかったが、彼の敬意を黙って受け入れておく。
「少年、神舞は初めてでござるか?」
「はじめてみましたっ。空気が突然ピリッとして――いまは体が引きしまるようの、そんな気配があふれています」
なるほど、と将門は頷く。どうやら現世の民とて、神舞こそわからぬものの、その効果を感じる感性と胆力は持ち合わせているようだ。
ただ、少年の丹田はまだ練り上げられていないな、と将門はミドリヤ少年をみて察する。
年のころ十ともなれば、古代であれば神威を得るために学問と武芸を身に着けておくものだが、現世の子どもらはそうではないようだ。
「そうかそうか。ところでイズク殿、君はヒィロォとやらになりたいでござるか?」
「えっ……」
ミドリヤ少年が視線を逸らす。
将門はそこに自信のなさ、あるいは虐げられ続けて折れそうになっている尊厳を見出す。
爆豪なる少年との複雑な関係――虐められている、などという簡単な話では終わらぬ関係から来るストレスが、ミドリヤ少年の心に解きほぐしがたい根を張り巡らせ、本来まとう必要がないゆがみを生じさせている。
「イズク殿、堂々とされよ。心というものは歪曲させるものではござらんよ」
「は、はい。えっと、なります。僕は、ヒーローになりたいんです。だけど……」
無個性だから、とミドリヤ少年が悔しそうに述べた。
無個性というのがどういうものかは、千年以上、日乃本の歴史を見守っているゆえに、将門は理解していた。
ただ、理解はしていたが、それが少年の心を手折るようなことなのか? と不思議に思う。
まっすぐに生きる、ということはその意思だけがあればいい。
たとえ所得が低かろうと、住む家がみすぼらしかろうと――まっすぐに生きることはできるのだ。徳の高い生き方というのは、決して表には表れないし、表すようなものでもない。
「イズク殿、貴殿の考えるヒィロォとやらを教えていただけるでござるか?」
「守るために、何度でも立ち上がる人です。オールマイトみたいに」
迷うことなく答える少年の目には神性があった。どうやら自らに念じ続けた結果、魂に一本の柱が立ってしまっているようだと将門は見抜く。
この柱に神性が宿っている以上、この子は宿命を持つことになるだろう、と将門は数多の歴史を見てきた鬼魂の化外として直観する。
そうであるならば、このままでいいはずもない。
が、宿命に備えるための器としての体と丹田が出来ておらぬ、と将門はかぶりを振った。
喝、と心眼を開いてミドリヤ少年の魂魄に刻まれた記憶を覗き見る。
師は――おらぬようだ。
憧れのオォルマイト殿という存在がいるが、それは彼の健全なる精神の師であって、心身の玉鋼を共に磨いてくれはしないようだ。
学校、というところで現世の学問をやっているようだが、ミドリヤ少年はむしろ自学自習により鍛錬を積んでいるようで、学校の先生とやらが師たりえないことも見抜いた。
「ふーむ、では一言。心武合一、でござる」
「え?」
「強さ、とは心と体の二つの調和でござる。イズク殿にはその調和を指導する師が付いておられぬゆえ、いま心のみが歪に育っているのでござる」
将門はミドリヤ少年の魂から垣間見たヒーロー分析ノートのことを少々ぼかして話す。
そのようなものを作り、将来に備えたつもりになっているのではないか、と。
すると、少年は顔を真っ赤にし……次第に顔を青くした。
「だって、だって、他に何も思いつかないし……」
「うむ。恥じることはないでござる。むしろ幼い身でよくぞそこまで考えたでござるな」
将門はミドリヤ少年の頭に手を置いて撫でた。
一人で孤独に突き進む辛さを将門自身も知っているからこそ、情も湧く。
腐りきった朝廷に歯向かい、新しき世を築かんと関東平野を駆け抜けたあの頃は――ただ、ひたすらに孤独であった。
「イズク殿、拙者が稽古相手になることもできるでござるよ」
将門は戦事ならば教えられよう、と思った。
将門が戦事については日乃本の鬼神の中でも十指に数えられるのは、弥勒菩薩とて否定すまい。
「でも、僕は個性もないですし……」
「破っ!!」
将門が丹田より吐き出した気合の言葉。
ミドリヤ少年もまた、目を疑った。
先ほどまであった神社の境内が消失し、ただの山野となってしまったのだ。
いま二人は山の中で、ただ向き合っているだけだ。
「え、えぇ!?」
ミドリヤ少年が驚きのあまり、その場に腰を落としてしまう。
「イズク殿の心に伸ばした柱に神性が宿った結果、イズク殿はたどり着いてしまったでござるよ。現世に見えないはずの神域に」
「うそうそうそうそ……」
「本当でござるよ。祓いたまえ、清めたまえ」
将門がかかとを揃え、二拍手をする。
またしても先ほどの静謐なる神社に両者が相並ぶ。
ミドリヤ少年が刮目した。
「ホンモノだ……」
ミドリヤ少年が将門を涙ぐんだ眼差しで見上げる。
将門はパッとこぎれいな手ぬぐいを渡し、涙をぬぐわせる。
びーっ、と鼻も噛んでいる様を見て、あ、返さなくてよいでござる、と付け加えておく。
「無論。さてイズク殿。修行を積みたくなったでござるか?」
「は、はいっ! 師匠!」
結構、と将門は頷く。
平将門が緑谷出久なる弟子をとったという知らせが、日乃本を管轄する神仏と鬼神を大騒ぎさせることになるのだが、将門はそのようなことは些事として無視を決め込んだ。
**************
緑谷出久は小学校の授業が終わると、駆け足で修行の場所に向かう。
商店街を走り抜け、小高い山の参拝道をわき道に逸れて、神域の神社へと至るのだ。
神域の鳥居に一礼して境内に踏み入れると、大鎧を着た将門師匠が待っていてくれる。
緑谷出久は師匠にも軽く一礼して、ランドセルを降ろす。
清らかな手水場で手を洗い、口をゆすぐ。
そして杯に水を注ぎ、飲み干してから師匠の下へと急ぐ。
彼の前に立ち、深く一礼する。
「作法は成ってきたでござるよ。では、今日も武芸練磨でござる」
さっそく、出久サイズに調整された大鎧を着せられる。
鎧兜に小手具足を備え、重く暑い状態にさせられてから弓と矢を渡され、稽古が始まる。
戦事は何事も、まずは射法より始まる。
将門が用意してくれた弓を手にして、弦を張り、俵にひたすら矢を放ち続ける。
体勢、いわゆるフォームなどというものは捨て置け、と将門。
力強く、大胆に、必中させよ。
教えはそれだけである。
将門いわく、いかなる状況でも的に矢を突き立てるのが武芸としての弓術であり、それを為さねば誰も救えぬ、と説く。
弓の道を歩む射法八節など捨て置き、弓で道を切り開くのが、誰かを守る武芸である、と将門が見せてくれたのは、俵に深々とめり込む豪射であった。
出久は将門に言われた通り、ひたすらに弓を引き、矢を放ち続ける。
日によって和弓、モンゴル弓、洋弓と得物は変わり、ただひたすらに的に当てるよう指導される。
十射、百射、千射――。
額と背中から汗が滝のように流れる。
飲め、と師匠から竹水筒が差し出されるので、それをぐいぐいと飲み、練習を続ける。
出久の体力が枯渇してふらふらになろうとも構わない。その状態でも「射よ」とだけ将門が指導してくる。
そして、手指の皮が破れて血が出てきたころに将門が「止めでござる」と宣言し、出久の手に秘伝の軟膏を塗りこみ、清い布で包帯のように包んでくれる。
不思議なことに、これの効果は抜群で、次の日には手が元通りになっているのだ。
とはいえ、それで稽古は終わらない。
じんじんと痛む、包帯でぐるぐる巻きの手でやらねばならぬ稽古が、まだあるのだ。
「次、撃剣、でござる」
この師匠の言葉を聞くと、出久はヒェッっと体中が委縮する。
出久はマンガに出てくる格好のいい流麗な技名がある剣術を想像していたのだが――将門が教えてくれるのは剣術ではない。
撃剣である。
撃剣は鎧に身を包んで行うフルコンタクトの総合近接格闘であり、体を包む鎧の使い方から、鎧の崩し方、鎧通しや鎧の間隙を狙う操法、人体関節の破壊法や防具越しの有効打を文字通り『体験』しながら学ぶ。
当然、師匠のみならず出久もまた鎧着用である。
将門から渡される出久の体格に調整された大鎧は、とても重いが関節の自由度は高く、弓も刀も取り扱うに不便はないのだが――鎧を用いる防御術、というものを学ばねば、その性能を完全には発揮できぬ代物である。
さて、将門の指導法は極めて単純。
はじめに、将門が出久に袋竹刀を用いた撃剣術手本を体験させる。
出久はいつの間にか地面に転がっていたり、痛みに悶えて倒れ込んでいたりする。
鎧越しに打ち込まれたはずなのに、腸がよじれ、口から血を吐くようなダメージを受けることもあり、容赦がない。
次いで、術理。
将門が撃剣で出久を痛めつけた技術について、ゆっくりと細部の動作に分けて理屈を説明していく。
そして返し稽古。今度は将門に対して出久が同じ撃剣術を仕掛けるのである。将門をうまく地面に倒したり、悶えさせれば合格である。
「とりあえず十本でござる」
「ヒェッ、お、お願いしますっ!」
とりあえず、ではない量だと出久は思う。十本稽古とはすなわち、十種類の撃剣術を学ぶわけであり、分析が先行する出久の脳内はパンクしそうになるのだ。
だが、将門はそれでいい、と言っていた。出久が頭で理解して動こうとするならば、それにいずれ体もついてこよう、と。
――出久が膝をつき、竹刀を杖にして精魂尽き果てる状態になったら撃剣稽古が終わる。
ボロボロになった体。
将門から与えられる反魂丹なる得体のしれない丸薬を水で流し込むことで、15分もすれば歩けるようになる。
翌日には体力も回復し、信じがたい筋肉痛だけが残るだけだ。
「師匠、ありがとうございました」
「うむ。気を付けて帰るでござるよ」
そして本殿に参拝。
裏の井戸で汗を流し、師匠からもらった秘薬の軟膏を体中の傷やアザに塗る。
最後に、師匠と鳥居に一礼して去るのだ。
それが、出久の日々の稽古であった。
翌朝、出久は筋肉痛でうめきながらも小学校に通い、そして帰宅して倒れ込む。
だが、出久にとって一番幸福な時間は、この筋肉痛がヒドイ日なのである。
筋肉の再生を邪魔せぬよう稽古休みとなり、出久は修行で学んだ内容をノートに記し、分析し、自分に合う形に調整する時間に中てることができる。
学校の勉強も、将来雄英高校に入るならしっかりと固めておく必要があるので、小学生のうちに先行して中学レベルの勉強も先んじて進めておく。
そして――学校の勉強について分からないことをノートにまとめて持っていくと、師匠はなぜかコンセプトカフェに連れて行ってくれる。
目を閉じて、開くといつの間にやら都会の電気街。
最初こそ驚いたけれど、将門師匠のことを考えていると道理が引っ込むので、出久は深く考えないようにしている。
むしろ、すべての脳みそと記憶力を、バイトしている賢い大学生のキレイなお姉さんたちが丁寧に教えてくれる特別授業に投入している。とてもいい匂いがして、出久はついつい頑張ってしまうのだ。
なお、将門師匠は出久が勉強している間、お気に入りのメイ姉様と戯れているので、出久の勉強をダシにして通いたいだけなのでは? と幼いながら師匠の俗物さを学んだ。
そうした日々が年単位で積み重なり、ミドリヤ少年は小学校の卒業式を迎える。
気が付けば出久とかっちゃんとの関係も変わっていた。
そもそも毎日が修行だったからかっちゃんと遊ぶことも少なくなり、教室で会話を交わすときは山の話くらいしかしなくなった。
かっちゃんは体力トレーニングもかねて登山を始めて――そのまま趣味になったらしい。
出久もほぼ毎日、将門師匠のいる神社までの山岳修験道を走り抜けているようなものなので、山登り道具の話に詳しくなってしまった。
「中学いったら、冬の鳶ノ巣山に登山いかねぇか? 西側ルートでよ」
「西か。難しくていいね。練習のために、東ルートで何回かいこうよ」
「だな。エスケープルートを頭に入れねぇと」
このように、いたって普通に会話できる関係になってしまったことに、将門師匠の心武合一の教えが生きているのではないか、とミドリヤ少年は修行の成果を感じていた。
この関係の変化もまた、当然であるといえよう。
緑谷出久が爆豪の背中を追いかけるのを止めており、爆豪もまた背中を追い立ててくる緑谷出久から解放されている。
もう、互いに互いを見ていないからだ。
ふたりが見るは、頂の先。
二人はただ最高のヒーローになりたい、という頂を定め、そこを追う。
爆豪とて生来の自尊心の高さと完璧主義は相も変わらず持ち合わせているが、進むべき自分の道を持っている。
出久もまた、爆豪とは違うルートで頂を目指す。
同じ道をぶつかり合って進むではなく、違う道を行く者同士であれば、人というのはそれほど互い違いを起こさぬのもなのである。