聞いてねぇよ、と死柄木はいら立ちを隠しきれぬまま、指で首筋を引っ掻く。
黒霧の話では、簡単なチュートリアルになるという話だ。
USJという訓練施設で、生徒たちを人質にしながら、オールマイトを、先生から貰った脳無で殺すだけの簡単な、ヴィランチュートリアルのはずだった。
ところが、である。
黒霧の転送能力で飛び出してみれば、あっという間に氷漬けである。
触れたものを崩壊させる個性を持つ死柄木にとって、その程度の手品は涼をとった程度のことであり、何の問題もなかった。
だが、連れてきた有象無象どもには、深刻な問題が生じていた。
ヴィラン連合、などという安っぽいチンピラ同好会を作って遊びに来た自覚はあったが、安っぽさを通り越して哀れさすら醸し出している始末。
冬山で防寒具もなく寝転がっていたら死ぬのと同じで、山ほど連れてきた下っ端たちは文字通り、死ぬ一歩手前。
負けん気ばかり強い血の気の多い連中は、意味の分からねえヒーロー二人にボコボコにされて、文字通り、血まみれだ。
「おいおい、黒霧。正規ヒーローは2人じゃなかったのかよ」
後方で退屈さを隠しながら観察していた死柄木は、特に厄介なヨロイムシャもどきと、爆発する個性を持ったヒーローに視線を送る。
「すみません、死柄木弔。情報は正しかったのですが、敵の戦力評価に誤りがありました」
「あぁ?」
「あなたがヒーローだと思っている二人は、生徒です」
生徒? あれが? と死柄木はライフルの銃床で顎を砕き、倒れたやつにトドメ撃ちをかましている爆発個性の生徒をみる。
「なんだ? 雄英ってのはヴィランも養成してんのか? とんだマッチポンプ学校じゃねぇか」
皮肉、ではない。本気で死柄木はそう思ってしまった。
動いているヤツはリスクがあるから潰しておけ、というのはヴィラン社会における殺し合いのマナーと同じだ。そんなことをするヒーローがいるなんて話は聞いたこともない。
「お?」
爆発個性のやつが、ヨロイムシャモドキとチョコを食いはじめた。
普通、泣きわめいてる人間たちの前で菓子を食うやつがいるか?
そんなことをするのは、こちら側に足を突っ込んでいるよな?
「おいおい、ニンゲンの心ってやつはどうしちまったんだよ、雄英」
死柄木はニンマリと笑う。血まみれでのたうちまわっているヴィランたちの悲鳴なぞBGM以下であるとしか思っていない二人の姿は、死柄木好みのイカレ具合であった。
「いいね、いいねぇ……オールマイトを殺すゲームだったが、オレがヒーローごっこをするゲームにチェンジってことで」
死柄木は、前かがみに歪んだ姿勢のまま、歩を進める。
「ダメです、死柄木弔っ!」
黒霧が静止しようとするが、常闇と瀬呂の連携攻撃に邪魔されてしまい、弔を止めることができない。
だが、黒霧が止めようが止めまいが、事態は変わらなかったであろう。
死柄木が興味を持った二人――爆豪と緑谷は、のたうち回っているヴィランたちを堂々と踏みつけながら、推して参ると死柄木に迫っていたのだから。
古来より、戦は遠戦から始まる。弓のない時代は投石から始まり、近現代では大砲やミサイルの撃ち合いから始まる。
当然、出久もまた兵法の道を歩むもの。
手マン(仮)を視界におさめた時には、すでに大弓を手にしており、互いに歩み、その距離を縮めんとする頃には、矢をつがえて背中の筋肉を興らせていた。
音が、鳴る。
その音は破裂音とも、炸裂音ともつかず、あるいは風が引き裂かれる泣き声だったのかもしれない。
紡錘上の衝撃波をまき散らす飛翔体が、手マンに襲い掛かる。
回避不能の一撃――のはずが、手マンが手をかざした瞬間、それは消失した。
分解され、砂塵のようにかき消されたのだ。
「……ならば、よし」
出久は、矢合戦の本質について将門から教わっている。
師曰く『数を射らば、当たる、でござる』と。
必然、出久は乱射を選択する。
精密射とは違い、ヴィランの急所に当たるやもしれぬが、事故として目をつぶってもらう他あるまい。
マッハで飛来する矢を塵にする個性。
これ、すなわち、触れる物体を分解する個性、とみた出久。
もし不用意に近づかば、己の体を塵にされる可能性もありうる。
矢合戦にて、始末すべし。
ヴィランに襲われた、未熟で弱い生徒たちが、必死の抵抗をしているのだ。
そこに危険なヴィランが乱入するなど事態は悪化するばかり。
このような混乱、事故の一つや二つ、起らぬはずもなし。
決断と行動が直結している出久は、コォォと大きく呼吸し、矢をつがえる。
「矢継ぎ早、お目にかけたく候っ!」
秒、も経たずに十数本入っていた矢筒が空になる。
精度と威力は一段下がるものの、すべては手マンの身長の範囲内に集約されていた。
出久に合わせて大ぶりにあつらえられた複合素材の和弓である以上、その常人の放つ矢の倍以上の運動エネルギーを叩き出す。
「死柄木弔っ!」
黒い霧のヴィランが必死そのものの様相で、怪しげな靄を張る。
そこに吸い込まれた矢の群れが、反転して出久らのほうへと飛来する。
「ムッ!?」
避けられぬ、と出久は即断する。
必殺の矢として放ったものが、こちらに返ってきた以上、無個性(※忘れがち)の出久では回避というチョイスがないのである。
さて、突然ではあるが、平安時代の戦にて矢合戦が戦場に付きまとっていたことは誰もが知っているであろう。
この矢合戦に特化した防御手段として、大鎧は存在する。
古代――いまだ律令体制の初期のころは、軍団の兵士たちは手に盾を『持って』いたり、盾を地面に並べ立てて、弩をもって戦に臨んでいた。
ところが、時代が進み、常備軍である軍団が改変されて、健児制の導入へと至る。
この健児は、古の文献によると、弓馬に秀で、武芸に通じるものを選抜して兵役に付けるシステムであり、51か国に3155人配置されたという。
『一人にて百人を制すべし』と記録する文書にある通り、健児とは無双者である。
この無双者たちは、1人で100人を相手にせよという朝廷の命令を、愚直に遂行した。
一人では、盾を持ち、弓を持ち、矛や刀を振るうことかなわず、と誰もが思っていた。
農民から徴用された兵士ならば、盾と剣、弓矢のみ、槍のみといったように、その対角と技量により機能別に分割された兵とならざるをえない。
しかし、力ある者たちには、出来てしまうのである。
健児たちは鎧に盾を二枚も括り付け、矢筒と弓をひっさげ、太刀を佩き、矛や薙刀を担いで馬に乗ったのである。
ここに、古武士の原形が誕生する。
1人にて、100人を制することを求められたものの末裔である現代を生きる古武士、緑谷出久は、論理的かつ歴史的かつ、数学的に考えて、百人力の武士の一撃、すなわち己の一撃に耐えられる――はずである。
「んほぉっ!!?」
奇声、である。
己の丹田に力を入れて、半身の姿勢をとり、顎を引く。
肩に備えたる大袖(※古代の鎧の両肩にぶら下がっている盾のこと)及び、兜の眉庇、吹き返し、して腹の脇を固める脇盾を信じた。
将門より拝領せし大鎧は、見事、耐えた。
幾本かの矢が大袖にささっているものの、出久の戦衣に達するほどではない。
では、何故、出久は奇声を発したのか。
それは、衝撃を、殺せなかったからである。
自らの撃ちだした必殺の乱射の、衝撃を直に受け止めた出久。
ゆらり、ゆらり、とよろめいて、その場に膝をつく。
「不、不覚……」
いくら体を鍛えても、いくら防具を固めたとしても、限界、というものがあるのだ。
いま、出久は自らの攻撃により、自ら限界に達してしまった。
その情けなさたるや、もし出久がもう一人この場にいれば、出久自身を殴り倒していただろう。
「危ねぇ。死ぬところだったじゃねぇか」
爆豪が、膝をついている出久の傍に着地する。
爆豪は死ぬと直感し、直ちに足裏のサポートアイテムに火を吹かせ、跳躍してその場を離脱していたのである。
「うぅん……ちょっと、僕は厳しいかもしれないなぁ……」
ぐぬぬと身動きがとれぬ出久。
内臓と脳を揺られすぎた、というところだろう。
特に、頭部への衝撃はよろしくなかった。兜の吹き返しがいなしてくれたものの、衝撃によって脳をシェイクされたのは痛感している(※脳に痛覚はない)。
「っし! こいよ、手マンっ!」
爆豪が挑発すると、手マンはにやりと笑い、別の方向を向く。
なんだ? と爆豪は手マンの狙いを探る。
手マンの視線の先には、蛙吹が峰田といた。
峰田を胸のあたりに引っ付けた(※彼女の意思では当然ない)彼女は、持ち前のカエルらしいことならなんでもできる個性を使用して、舌で引き寄せたヴィランを、自慢の脚力で蹴り倒している。
「蛙吹っ!?」
爆豪が加速する。
だが、手マンもまた、早かった。
出久も駆けようとするのだが。血を吐いて転倒してしまう。
「仲間を殺したら、お前らどんな反応するのかな?」
悪意に満ちた手マンが、ヴィランの群れを制圧するのに忙しい蛙吹を不意打ちする。
しまった、という蛙吹の驚愕に見開かれた目を、出久はただ転がりながら見つめていることしかできない。
「――くそっ!!」
爆豪も、間に合わない。
途中で倒れていたヴィランに足を掴まれてしまい、その指を吹き飛ばすのに無駄な時間をとられてしまったのだ。
蛙吹が、死ぬ――と出久と爆豪は直感した。
このままでは、守り切れぬ、と背中に嫌な汗が流れる。
しかし、である。
蛙吹とて、ヒーローの卵。
戦いの中で、最善手を編み出す努力を忘れることはない。
「ごめん、峰田ちゃんっ!」
蛙吹が、手マンのハンドを防ぐために、胸元に飼っていた(※吸着していた)峰田を盾にする。
命の危機を感じた蛙吹の腕力であっても、胸元に張り付いた峰田のモギモギを引き離すことなど出来ない。
しかし、火事場の馬鹿力は、別のところに作用したのである。
モギモギとの吸着面。
すなわち、蛙吹のヒーローコスチュームの胸元である。
大胆に胸元が破れ、蛙マークの下着が露出する。
露出した蛙吹の胸元を凝視する峰田。
その目は、地動説に気が付いたガリレオ・ガリレイの如く、輝いていた。
「……カエルの割に、なかなかどうして」
それが、峰田の最後の人としての言葉であった。
「おぎょほぉぉぉぉっ!!??」
峰田の頭髪――モギモギを、手マンがしっかりとつかんでいた。
形象崩壊を起こす、峰田のモギモギ(※頭髪)。
いま、彼は、人類がローマ時代から悩んできた頭髪の問題に直面する。
「疾っ!!」
出久は、このままでは峰田の頭髪どころか、本体まで消えてしまうと程々に戦慄し、小太刀を素早く抜き、投擲した。
まもなく、手マンの崩壊の効果が、峰田の頭皮にまで伝播せんとする。
このままでは、峰田の頭髪は二度と生えず、ヒーローとしての尊厳と、頭髪を失ってしまう。
「おっと、アブなっ……」
手マンが、峰田から手を離し、出久が投擲した小太刀を消滅させる。
塵となった小太刀の向こうから、加速して飛び込んでくる爆豪。
「頭がら空きだ、手マン野郎ッ!!」
ロケットの機体制御の応用で、その場で急回転をしながら亜音速の回し蹴りである。
爆発的運動エネルギーを食らった手マンが吹っ飛ぶ。
「無事かっ!? 蛙吹っ!!」
胸元がはだけている蛙吹に、爆豪は自らのタクティカルベストを与えて着用させる。
彼女にベストを着せている際に、彼女の肌から震えを感じた。
「――へっ、武者震いか? 大丈夫だ、このオレ様が来たっ! 手マン野郎ぐらい、ぶち殺してやらぁっ!」
蛙吹の肩にポン、と手を置いて、励ます爆豪。
「ぶち殺しちゃだめよ、爆豪ちゃん――あと、つゆちゃんって呼んで」
爆豪に着せられたベストをぎゅっと握りながら、蛙吹が告げる。
胸元をみられた乙女の恥じらいか、あるいは単純にヴィランたちの返り血のせいか、蛙吹の顔は赤らんで見えた。
「気が向いたらな。まずは、手マンの野郎をぶっ殺す。蛙吹はそこのブドウを拾って八百万のところまで後退」
「了解、気を付けてね、爆豪ちゃん」
蛙吹が舌で倒れている峰田を絡めとり、跳躍して離脱。
タンクトップ一枚になった爆豪だが、両手両足にはまだサポートアイテムが目白押しだ。
黒い霧野郎のせいで、遠隔攻撃ができない以上、手マンの手と接触しない不意打ち格闘を駆使して仕留めるしかない、と爆豪が戦いを組み立てる。
だが、その前に機動戦かつ飽和火力攻撃でこちらの真の意図を隠すことにする。
戦いとは騙し合いなのだ。
腰のベルトから、手榴弾を掴み、複数、倒れている手マンに投擲する。
爆炎と、爆音、そして、爆風。
伏せた爆豪は、瓦礫の破片で視界不良の中、奴を、呼ぶ。
「おいっ、クソデクっ! 援護しやがれっ!」
爆豪は、当然のように緑谷を選ぶ。
強敵に挑まんとするときに、人は無意識にもっとも頼れる者を呼ぶのである。
「かっちゃんっ! 逃げてっ!」
あん? と爆豪は手早くサーマルヴィジョンを装着して、出久の声がしたほうを見る。
たとえ瓦礫と粉じんで視界が遮られていたとしても、サーマルヴィジョンによる熱源探知は役に立つ。
デクと思われる赤い影と、より大きな影が組手に至っている姿を確認する。
手マンを仕留めるか、出久を助けるか。
二択を強いられる爆豪。
「クソマッチョがっ……デカブツごときに苦戦してんじゃねぇっ!!」
決断は、早かった。
爆豪は直ちに出久を選ぶ。
加速によって粉じんを斬り裂き、たかがデカブツの敵に苦戦するクソデクを助けるのだ。
体に、ぐんとかかるG。
サーマルヴィジョンを外し、目を細めながら、緑谷の姿を追い求める。
視界が、開けた。
「!!」
すでに、クソデクはやらかしてしまっていた。
事故には注意しろ――殺すな、と共通認識を持っていたはずなのに、だ。
「(頭に血が上りすぎてんのか、あいつ……)」
大きく、黒く、脳がむき出しになった敵の姿。
異形型のヴィランなのだろうか。
脳の露出は、クソデクが頭をカチ割ったせいなのかもしれない。
それだけでも過剰防衛待ったなしであるにもかかわらず、デクが必死の形相で敵を組み伏しているのだ。
太い腕が、黒いヴィランの首と顎にからみつく。
「おい、やめ――」
聞こえてはいけない音。
頸椎を破壊する出久の首折が決まっていた。
本来向いてはいけない方向まで旋回している黒いヴィランの頭部。
「やりやがった……」
組討ち術によって投げ飛ばされ、関節技を決められ、首を折られた死体を見下ろすデク。
「バカ野郎っ!? 殺しちまったのか!?」
出久を押しのけて、慌てて黒い大柄のヴィランの首筋に手を当てて脈をとる。
脈は――ある。
「生きてる……よかっ……」
爆豪勝己は、勘違いをしていた。
平素より、異形型個性のクラスメイト達を見ている爆豪は、この黒い物体もそういう個性のヴィランだと思っていたのだ。
一方の出久は、違う。
将門の門下にて、長らく魂魄の輝きを見てきた男である。
出久は、この黒いものに魂魄をみいだせなかった。
すなわち、出久はこれを人型の兵器であると、判断していたのである。
この認識の違いは、互いの戦い方を、狂わせてしまった。
出久は首を折った後、さらに脳も潰して仕留めるつもりだった。
だが、それを爆豪に止められてしまったのだ。
ただでさえ無個性の出久は、すでに体力の限界を迎えており、次のチャンスを作ることができないにもかかわらず――爆豪の優しさが、出久のチャンスを奪った。
「危ないっ!」
衝撃。
出久のタックルをもろに受けた爆豪が、派手に転がる。
『カッチャンっ!こいつら、復活するみたいだっ!』
デクからの無線に応える余裕はなかった。
何とか受け身をとろうとするが、何かにぶつかる。
殺意を感じ取り、直ちに飛び、振り返る。
デクがやらかした相手と同じような、黒くて大きいヴィランがいた。
「へっ、兄弟かなんかか?」
首を折るわけにもいかない。
だが、倒さぬわけにもいかない。
出久に首を折られても生きているヤバいヴィラン兄弟ならば、タフネスさでごり押しされて、こちらがやられかねない。
「いくぜ、バルカンファランクスっ!」
爆豪の腕に装着されている手榴弾上の大きな籠手が変形し、三連装ガトリングシステムとなる。
至近距離にて、その銃口を敵に向ける。
もちろん、弾頭はゴム弾だ。
とはいえ、一発あたりの威力はかつて存在したプロボクサーのパンチ以上。
これを、連射する。
振動、そして、反動。
唸る爆豪の両腕のバルカンファランクス。
着弾の衝撃が、続々と空気を震わせる。
肉体を乱打されるヴィラン。
爆豪の腕に表示されているデジタルメーターがぐんぐんと数字を下げていく。
0、が表示されたとき、黒いデカブツヴィラン兄弟の片割れは、白目をむいていた。
だが、違和感を覚える爆轟。
「!?」
全身を震わせ、待たしても意識を取り戻したのである。
これだけのゴム弾の直撃を受けると、普通の人間ならば確実に死んでいる。
そもそも、ゴム弾は一般人の暴徒を鎮圧するためのものであり、一発でも当たれば普通は昏倒するか、倒れてうめき声をあげる羽目になる。
「くそったれっ! 轟っ、テメェ、どこだっ?」
出久のことは心配していない。
あいつは、なんだかんだで、必ず勝つだろうからだ。
それよりも、まずは自分の目の前の敵を片づけるべきだ、と爆豪は判断する。
『――合流はできないぞ、爆豪』
努めて冷静を装う応答。
そこに声の震えを見出した爆豪は、轟に問う。
「……黒い、デカブツか?」
『あたりだ。氷も炎も効いちゃいない。上鳴と耳郎がやられて……俺が、俺が何とかしないと』
伝わってくる焦り。
上鳴と耳郎は生きているのか?
全員が装備しているスマートウォッチから送信されているバイタル情報を確認したいが、さすがの爆豪も、目の前の敵に精一杯である。
「こいつは、殺す覚悟で決めないと無理だ」
爆豪が、無線で轟に覚悟を決めろと詰める。
『殺しちまったら……母さんと、クソ親父に迷惑を掛けちまうな』
「バカ野郎っ!! 仲間を守るために戦った、テメェを誇りに思うに決まってらぁっ! やれ、轟っ! テメェと一緒に戦った仲間たちを、テメェが守るんだよっ!」
それは轟に対する呼びかけであり、同時に、爆豪自身に対する鼓舞でもあった。
戦う、ということは、相手を殺める可能性がある。
それは恐ろしいことで、取り返しが決してつかないことだ。
都合よく蘇生させる個性などいまだ見つかっておらず、リカバリーガールの治癒力増強ですら、医療界では貴重なものとして、血眼になって求められているほどなのだから。
死は、直すことができない。
だが、死をもたらすことは、簡単にできてしまう。
だからこそ、正しさを求めてしまう。
弱い爆豪は、正しいから殺した、という言い訳を求めてしまうのだ。
その言い訳を、轟もまた求めていることを、本能で感じていた。
『そう、だよな。守るために、殺す――』
「応っ! 生き残って、皆で再会だっ!」
通信が、途絶える。
おそらく、轟のやつが最大出力で氷なり炎なりを放ったのだろう。
その時の急速冷却や過熱に耐えられるほど、通信機は頑丈ではない。
所詮、八百万に取り急ぎ作らせた代物なので、仕方がないことでもある。
爆豪勝己は、敵を見る。
冷静になって観察してみれば、動きは単純。
こちらを殺さんと、暴力を振るってくるだけで、そこに技量はない。
パワーこそ、食らったら即死。
だが、機動力に富む爆豪にとっては、問題外だ。
あとは、こちらの火力が、相手の耐久力を上回るかどうか、である。
「――退学、覚悟してやらぁ」
努力して、雄英高校に入学したのは事実だ。
もし重大事故を起こせば、いくら未成年とはいえ、責任をとる必要があるだろう。
だが、爆豪にとって何よりも果たさなければならない責任とは――ヒーローであることに伴う、義務である。
傷つき、それでもなお湧き出てくる三下ヴィランどもに抵抗を続けている他のクラスメイト達のところに、このデカブツを放り込むわけにはないかない。
皆、死んでしまう。
ゆえに、爆豪は退学なんざどうでもいい、と己の正義を信じる。
正義を語るにも資格がいるこの世界で、そんなものはどうでもいい、と中指を立てる。
救うべきを救わず、己可愛さに力を振るわぬなど、将門師匠に首胴にされてしまうだろう。
「……師匠、オレ、ヒーローっすよね?」
爆豪は背負っていた対物ライフルを構える。
もちろん弾頭は、徹甲弾。
先ほどまでの戦闘で蓄えた汗を、ライフルと接続しているチューブシステムで薬室に送り込む。
十分に圧縮された汗が、爆豪の意思に従い、爆発する。
その威力は火薬ではなく、TNTと同等の爆発力である。
当然、反動も人間が制御できるものではなくなるのだが、爆豪は、出来るのである。
脚部のサポートアイテムが、反動を押さえるために対抗噴射を行う。
腰のメインスラスタも爆炎を後方に掃き出し、猛烈な熱と煙が巻き起こる。
そして、飛翔体が、破壊的なエネルギーを黒いデカブツに運んでいく。
爆豪はついぞ知らぬ、デカブツが持つ耐久力を上げる個性の上限を振り切り、徹甲弾はその体に侵徹。
内部で縦横無尽にその運動エネルギーをまき散らし、水分を多く含む臓器に衝撃を伝播させ、破壊する。
それでもなお有り余る運動エネルギーは、外部に脱出することを求め、飛び出す。
ヴィラン連合の兵器たる『脳無』は、その上半身を吹き飛ばされ、機能を停止した。
自分が殺してしまった死体を見下ろす爆豪。
この責任はとるぞ、と心で誓う。
そして、おそらく自分と同じく、やらかしているであろう出久の姿を探す。
「おい、クソデク、応答しろっ!」
いつもの自主練ならば、すぐに応答がある。
しかし、数秒のディレイ。
爆豪は己の通信機もそろそろ限界か、と思ったが、そうではなかった。
クリアに聴こえる、出久の、苦しそうな息遣い。
聞いたことのない、ゼーゼーと血が肺に入っている声を聴いて、爆豪は背筋が凍った。
「っ!! 葉隠っ! デクの場所はわかるかっ!?」
『爆豪、6時に直進して……はやく、早く行ってあげて……』
爆豪は葉隠の声色に、悪い予感をさらに強めてしまう。
焦る。
心臓が、早鐘を打つ。
間違ってしまったのかもしれない。
やらかしてしまったのかもしれない。
思考も何もまとまらないままに、爆速ターボで駆け抜けていく。
そして、視界に出久の姿をみる。
奴は、黒いデカブツを組み伏せていた。
もうヴィランはピクリとも動いていない。
「デクっ! 無事かっ!?」
着地した爆豪は、ヴィランの頭部に右腕をめり込ませている緑谷に駆け寄る。
ヴィランの頭部はミンチになって飛び散っていた。
さすが、デクだ、と声をかけようかとしたとき、足元に丸太のようなものが落ちていることに気付いた。
「なんだ?」
爆豪がドロドロに汚れたそれを凝視する。
次第に、見開かれていく爆豪の眼。
声が、出ない。
認識が、追いつかない。
腕、だ。
それが何度も、何度も己と組手修行をしてきた、鍛え上げられた出久の左腕であるという事実を、爆豪は認識するまで数秒を擁した。
爆豪は、「あぁ……」と声にならない声を漏らしながら、出久の左腕のあるべき場所を見る。
文字通り、千切られた痕。
これは現代の医療技術ではとても繋がらない、ヒドイ状態だと爆豪はすぐに気づく。
「だ、大丈夫だ、デク。オレが……オレがきたからな……」
出久は、自らの左わきを、青黒くなるまで止血帯で縛り付けていた。
応答がなかったのは、口でそれをギリギリと引っ張っているからだ。
爆豪は、ベルトにつるしてあるポーチから緊急医療キットを取り出し、止血帯とモルヒネを使う。
「もう、離していいぞ」
爆豪が、口で止血帯を咥えてきつく締めあげていた出久に告げる。
「……やっぱり最初に助けに来てくれるのは、かっちゃんだね。オールマイトは、他の人を助けるのに、忙しいから遅刻かな」
出久が、青い顔と唇で、あいまいな笑顔を作る。
意識レベルが下がっている、と察した爆豪は、強く呼びかける。
「テメェが大好きなナンバーワンヒーローだからなっ! いま、デカブツどもをまとめて殴り飛ばしてらぁ!」
ウソも、方便である。
とにかく、出久には意識を保ってもらわないと、と普段は冷静な爆豪が取り乱す。
どうしたらいいのか、どうすべきなのか、何一つ考えがまとまらない。
そうだ、イレイザーヘッドは? 13号先生は? と爆豪は、あたりを見渡す。
だが、爆豪は見るべきではなかったのだ。
自分たちは優位に戦いを進めている、と確信していた爆豪は、完全に打ち砕かれる。
さらに複数の、黒く、デカいヴィランたちが、クラスメイト達を担いでいた。
重傷で意識のないイレイザーヘッドと、13号先生も、敵に捕まっている。
「よぉ、クソガキ。さっきは蹴り飛ばしてくれて、ありがとよ」
手マン――いや、本物の悪意が、爆豪を見据えている。
折れるなっ! と爆豪は自らを叱咤する。
いま、自分が諦めたら、誰がデクを、皆を、先生を助けるんだ、と。
せめて、オールマイトが来るまで抵抗しないと……。
「オールマイトが来るまで頑張ろうって、顔に出てるぞクソガキ。せっかくだから教えてやるよ。テメェが期待してる、あの平和の象徴は、こんな感じだ」
手をあちこちに絡みつけている男がスマホを見せつけてくる。
そこには、オールマイトと教職員たちが複数のデカブツたちとやりあっている姿だった。
オールマイトは文字通り、デカブツたちをどんどん殴り飛ばしているが……もう、ここには間に合わない。
いま、爆豪以下、USJにいる連中の運命は、数分、いや、数十秒で決まるからだ。
「全員ぶっ殺して帰るか、って思ったけどよ、先生がさぁ……雄英の個性はみな優秀だから、回収して来いってんだよ。だから、おめでとうっ、お前らは生きて、ここを出られるのさ」
ひゃっひゃっひゃ、と奇声を発しながら、乾いた声で笑う手の男。
「俺の名前は死柄木弔。ヴィラン連合のヘッドにして、お前を泣かせた、こわーい男だ」
爆豪は、己の目元に触れる。
薄汚れた肌を、涙が伝っていた。
その時、気付いてしまった。
すでに、心は折れてしまっているのだと。
心の声は、立て、ヴィランを殴り飛ばせ、と叫んでいる。
しかし、それは、ウソなのだ。
心は、簡単に、ウソをつく。
折れてしまった事実を認めたくないがために、ウソを叫んでいるだけなのだ。
羞恥心をすでに覚えているから、それを隠すために、ウソを、叫んでいる。
「俺はガキには興味がねぇ。けどよ、うちの子分どもにはヘンタイも勢ぞろいさ。先生は生きてりゃいいって言ってたから、俺は考えたんだよ」
手が、爆豪の頭に伸びてくる。
ひっ、と爆豪は後ずさる。
デク、デクは折れてないよな? と振り返ると、デクは既に、意識を失っていた。
「福利厚生だっけ? 組織を作んのも大変でさ。そういうので手下の英気ってのを養うんだとよ。お前のクラスメイトの女たちも、男たちも、三日三晩ほどヘンタイ共の世話になってこいや」
でも、お前の手足はいらないよな? と。
爆豪は、負けるということが、どういうことかを、知らなかった。
いや、想像しないようにしていただけだ。
人は、見たいものしか見ないという格言のままに、爆豪が、最も悲惨な未来を見据えていなかったのだと知る。
だから、どうしようもなくて、なにもできなくて。
情けない、震え声で、うつむきながら。
「……助けてください……師匠……」
うなだれる、爆豪。
もう、心の嘘を受け入れていた。
もっとも安心できた、あの頃の思い出の中に、逃避してしまう。
この場の最後のヒーローが崩れた、その時である。
USJの床一面が、散った桜の花に埋め尽くされ、足跡一つない白桜の世界に変わる。
「あ?」
シャン、シャンと鈴が鳴っている。
どこからともなく、雅楽が聞こえ、小太鼓の音がトントンと響く。
「おい、黒霧、なんかおかしくねぇか?」
死柄木が黒霧に話しかけると、黒霧もまた同意する。
「おかしいですね。死柄木弔、ここはもう、退きましょう」
黒霧の進言を、死柄木が制する。
「いや、この古くせぇ演出の大元がご登場ってことらしい」
水面に浮かんでいた白桜。
そこを、大鎧を着こんだ古武士ゆっくりと歩んでいる。
浮遊系の個性か? と死柄木は警戒し、手すきの脳無を差し向ける。
対ヒーローの実地試験は、いま十分にやった。
脳無なら、確実に倒せるはずだ。
これだけの数の脳無がいるのだから、なおさらだ。
「弟子たちが世話になり申した。ここは1つ、痛み分けということで退いてほしいでござる」
舐めたことを古武士の野郎が言い出したので、死柄木は殺せ、と脳無に命じる。
数秒も経たずにミンチだろう、と油断していた死柄木だが――結果を見て警戒を強める。
数秒どころか、瞬き一つする間に、脳無がバラされて、白桜の床に沈んでいた。
太刀筋が、全く見えなかった。
わかったのは、納刀時の金属音のみ。
抜刀し、切り刻み、納刀するまでの挙措があまりにも早すぎる。
「弟子ってこたぁ、あんたも雄英のセンセってことかい?」
死柄木は、自分の手で殺すか、と、止める黒霧を無視して迎撃に出向く。
すでに水際を超えて、白桜に足跡を残しながらこちらに向かってくる古武士に対して、どこからでもこいと手を広げて、構える。
「恐れ知らずでござるな。若い、あまりにも、若いでござるよ、死柄木弔」
なぜ名前を? などと思った刹那。
「熱っ!?」
首に、灼熱を感じた。
まるで一枚の熱された鉄板を差し込まれたかのように、首が熱かったのだ。
思わず、死柄木は首もとを押さえる。
薄く、血がにじんでいる。
「動かぬよう。首が、落ちるでござる」
眼前に古武士はおらず。
声が聞こえるのは背後から。
しかし、振り返ることはできない。
体は硬直し、目だけがぎょろぎょろと動く。
視界には……古武士はいない。
鼻腔に、血の匂いが満ちる。
喉元からせりあがってくる血を、吐きそうになるが、動くわけにはいかない。
どういう原理かわからないが、今、間違いなく首を斬られたのだと死柄木は察する。
チート過ぎるだろ、と死柄木は理不尽さに腹を立てそうになる。
「腹を立てるとはまだまだ未熟でござるな。一つ、教えて進ぜよう。交渉事というのは、武力を背景にやるものでござる。本当に有利な条件を引き出したいときは、相手より圧倒的に有利でなければならんのでござる」
黒霧は、無事か? と目で確認するが、どうやら昏倒しているらしい。
「戦利品を置いていくでござる。さすれば、首を繋げて進ぜよう」
死柄木弔は、理不尽すぎる状況にいら立ちを感じながらも、一方で、これからこういう交渉事をするときは、必ず力を背景にしよう、と学んだ。
このクソゲーから学ぶのは、癪だが……クソゲーってのは、プレイヤーを成長させるものでもある。
今回のチュートリアルは、オールマイトをぶっ殺して終わりの、手下や脳無を使うバトル入門だったはずなのだが、それ以上にヘッドとして押さえるべき何かを得られた気がする。
「なぁ、あんた。ちょっと教えてくれよ、今回は、俺等の勝ちだったよな?」
話すのも苦しいのだが、絞り出すほかない。
このままだらだらと話す余裕はない、と悟る。
微動たりともできぬ、クソゲーを強いられているのだ。
死柄木の質問に、古武士が間髪を入れず答える。
「完勝でござるよ。そなたの師匠も、大いに喜ぶでござろう」
そうかよ、と死柄木は腹を決める。
「おい、脳無ども。獲物を手放せ」
死柄木が命じると、脳無たちがぞんざいに生徒と先生たちを地面に捨てる。
「交渉成立でござるな」
首の灼熱が、急に冷える。
痰を吐くようにして、血を吐き出す。
やはり、首を切られたのは現実であると悟る死柄木。
振り返りざまに手を叩きこめば消せるか? と考えていると、やめておけと制された。
どうやら、相手のほうがずっとチートらしい。
正義のヒーローオールマイトと、どっちがチートか気になるところだ。
「……はっ!? 死柄木弔、無事ですか?」
黒霧が目を覚ます。
無事だよ、と頼りない指導係に告げる。
「撤収だ、黒霧。今回はパーフェクトゲームだったってことで、俺は満足だ。返って一杯やろうぜ」
「はっ」
靄ともヘドロともつかぬ黒々とした何かが、ヴィランたちを包む。
あっという間にヴィランたちは闇の向こうへと消えていき、残されたのは傷だらけのヒーローたちであった。
「努力と才能に慢心した結果を、心に刻むでござるよ」
心折れ、力つきている弟子たちに声をかけるかどうか、その古武士はしばし迷った。
愛するがゆえ、すでに巣立った愛弟子たちを巣に戻すようなことは避けたい。
だが、巣を飛び立った二人が、ただ絶望の果てで力尽きるのは、あまりにも切ない。
「よく学び、善く生きよ。そなたらは美しいのだから」
倒れ伏す二人の傷だらけの弟子に、祈りだけを託して、古武士は桜吹雪とともに消えた。
次は体育祭ですね。がんばるぞい。