久しぶりに全員と対面した1年A組は、男女問わず、互いに固い抱擁を交わす。
共に戦い、共に倒れ、いま誰一人ここに欠けることなく集まったという事実を、すべてのクラスメイト達が奇跡だと感じた。
「峰田君っ! 君の頭皮を守れなくて、ごめんっ!」
「オイラこそ、緑谷の腕……あばばばああぎゃあぁぁっ!?」
トト〇とメイくらいは対格差があるであろうか? スタジオジブリもびっくりにファンタジー構図ではあるが、緑谷出久と、峰田は互いに熱く抱擁を交わす。
ただし、互いの想いが熱すぎたのか何なのかは分からぬが、峰田は無事とはいえなかった。
「爆豪ちゃん、あの時は、ありがとう。感謝するわ」
蛙吹と爆豪が、互いに体温を感じ合えるほどに密接する。
「礼なんざいらねぇ。ヒーローってのは、助けてなんぼなんだよ」
爆豪勝己は、当然のように蛙吹の礼を受け止め、軽く腕で抱き留めてから、離す。
「峰田の件、引きずんなよ」
「ええ、どうせなら彼の股間を相手に差し出しておけばよかったわ」
ふん、引きずるわけがねぇか、と爆豪は蛙吹の肝っ玉に感心する。
真面目で繊細だから気を使いなよ、とクソデクにいらぬお節介アドバイスをもらっていたが、そんなものは不要だったようだ。
「爆豪、すまん。俺が生半可な覚悟でいたから、脳無を潰しきれなかった」
顔を赤くした蛙吹に、熱でもあるのか? と心配していた爆豪のところに、轟が痛々しいケガの痕が残る手を差し出してきた。
爆豪は、轟の手を取る。
そして、強く引き寄せて、固く抱擁。
「テメェが居なかったら、皆死んでた。胸張れよ」
爆豪は、あのとき全員が装備していたボディカム(※ヒーローや警官が装備する、己の執行が適切であることを証明するための動画撮影装置)の映像を、オンライン授業の間、全員分をしっかりと分析済みである。
轟は、氷の個性ばかり使う謎の躊躇を見せていた。
だが、黒い脳無をそれだけでは倒せぬ、と理解した彼は、ためらっていた炎を使用し、冷熱併せ持つ無双ぶりを発揮して、黒い脳無を仕留めていた。
次いで、薄い色の脳無たちをいくらか始末したのだが……炎側のトレーニングを怠っていたのか、寒冷に負けて、身体の動きが緩慢化したところを、数の暴力によって抑え込まれていた。
だが、彼が複数の脳無をひきつけ、それらと戦い続けたおかげで、他の生徒が相手をする脳無の数が減ったことは事実である。
この事実を、爆豪は高く評価していた。
作戦レベルで考えると、轟こそが、初陣のベストプレイヤーであった。
「――本当に、すまん。俺は、勘違いしていたんだ。ヒーローになることと、家族の問題をごっちゃにしてて……取り返しのつかない、ミスになるところだった」
爆豪の耳元に、轟の謝罪。
轟の家庭事情が複雑であろうことは、なんとなく察してはいた。
ナンバー2ヒーローとして、大きな事務所を構えるエンデヴァーは、社会的に見ても成功者であることは間違いないが、ナンバー2であり続ける、ということは常に上を見上げねばならぬ、ということを意味する。
爆豪は誰かの背中を追い続けることがどれほど面倒な感情にまみれていくのか、今でも十分に感じているので、それを想像するのは容易かった。
「うるせぇっ! テメェの事情なんざ知るかっ! ごちゃごちゃ言ってねぇで、次は勝つ、でいいだろうが、このチート野郎が!」
ぐっと力を入れて、爆豪は轟を離し、拳を突き出す。
「そう、だよな」
躊躇いがちに応え、拳を合わせる轟。
まだまだ、時間はかかるか、と爆豪は才能の面で自分を超えている轟の、どうにもうじうじした内面が気がかりであった。個人の性格というものは、外的な事情によってかなり左右されるが、轟の場合は割とマイナスの方向へと、マインドセットがゆがんでいるんじゃないか? と爆豪は本気で心配していた。
もし、自分が轟と同じ個性だったらなら――と隻腕のクソデクをみる。
助けられたかもしれねぇのによ、と。
「あー、男の友情してるんだね、かっちゃん君」
「水臭いぞっ、爆豪くんっ! さあ、我々とも熱くハグだ、ハグ!」
お茶子と飯田が、爆豪をおしくらまんじゅう状態にする。
制服の数をよくみてみれば、葉隠もまたこっそり混ざっていた。
かっちゃんも立ち直ろうとしてるんだな、と緑谷出久は少しだけ安堵する。
飛田さんと相場さんからの連絡で、立ち直っているように見えて、まだ心の傷は深いようだと知らされていたから、かっちゃんの内面を思うと、己のふがいなさが本当に嫌になる。
もっと強ければ、いまごろかっちゃんも、オラァ、クソデクぅ! っと元気よく回し蹴りしてくれてるところなのに、何処か申し訳そうな色が混ざった視線をこちらにたまに向けるばかりだ。
僕は、本当に、大丈夫だ、と伝えてあげたいが、それを言葉にしても無駄だろう。
ゆえに、爆豪を納得させるためには行動で証明する必要がある、と出久は考えていた。
そのためには、雄英体育祭の個人の部で優勝して、証明してあげる必要がある。
腕をなくしたことで、弱くなるわけじゃない、と。
練磨無限の果てに、勝利を拾って見せようと覚悟をキメていた。
「緑谷っ、ぎゅーしよう、ぎゅーっ」
芦戸と軽くハグを交わし、互いの無事を喜びあう。
「芦戸さん、生きていてよかったよ」
記録された映像資料をみて、出久は胸を痛めた。
耳郎を守るために芦戸と上鳴が自爆戦術をとっていたからだ。
酸に電気を通せば水素が発生するのは当たり前だが、それを実戦の場で、しかも個性という強力な力で行ったのだから、五体満足でいること自体が奇跡に近い。
超常黎明期からの研究によると、個性の特徴として、その個性に耐えうる身体強度を獲得できるケイパビリティが人体に新たに備わったのではないか、という医学論文がある。
いずれそのケイパビリティを超える個性の強大化が起きれば、人体というハードウェアが限界を迎え、種の存続に限界を迎えるであろう、とする説を、出久はさもありなん、と独自の調査研究で読み知っていた。
とはいえ、そもそも、自らの個性と因果関係がある物理現象においては、身体がある程度まで耐えられてしまうという、謎の物理現象が働いているのではないか? という論文もあり、様々な実験が繰り返され、検証されているところである(※かっちゃんの爆発個性は、普通に考えて衝撃波で己の体がもたないはずだ。夏に暑すぎてベビーベッドが爆発したという爆豪の御母さんの鉄板ネタを、緑谷は良く生きてたな、と思ったほどである)がゆえに、個性と人体に関する諸研究はいまだに前進しているとは言い難い。
「まぁ、響香を助けないと、って思ったらつい、ね」
芦戸が照れくさそうに笑うが、照れることはない、と出久は断言したい。
仲間を守るために命を捨てる覚悟を決めた芦戸さんこそ、本当のサムライだよ、と。
「あれ、上鳴くんは?」
教室を見渡すと、上鳴の姿が見えない。
切島と八百万が、体育祭は団体戦と個人戦があるらしいぞ、と盛り上がっていたり、砂藤と尾白が、障子を囲んで、あの時の障子がいかに頼れる男だったかを熱く語ったりしていた。
「上鳴なら、廊下にいるぜ? 邪魔すんなよ、緑谷」
瀬呂と緑谷が、握手を交わしてからの、ハグ。
拘束した三下ヴィランたちを逃がさぬようにと縛り上げているところを、脳無に小突かれてやられてしまった彼だが、倒れてしまった彼を、青山が必死になって庇った様が、ボディカメラの記録に残っていた。
「あぁ、そういう……」
廊下で話し込んでいる上鳴と耳郎の姿を見て、緑谷は何も言うまい、と決める。
自身は色恋と無縁――というよりも、様々な疑似的色恋をコンカフェの御姉さまたちから叩き込まれてしまった緑谷は、今更、青い春に焦れる想いを抱けない悲しい性を背負ってしまったのだ。
「あと、青山君とハグ出来てないんだけど、どこにいるか知らない?」
「青山なら、体調が悪くなったみたいで、口田が医務室に連れて行ったよ。ありゃ、PTSDだろうなぁ]
瀬呂が物憂げに、青山のことを心配している。
「オレも教室に来て、皆の姿を見た時、すんげぇ嬉しかったのに、すんげぇ怖くて……膝ガクガクでさ。峰田の逆モヒカンで笑ってなかったら、オレも医務室送りだったかな」
やっぱ、思いだしちまうんだよなぁ、という瀬呂の言葉を深刻に受け止める出久。
戦は人の心を壊すゆえ、戦わずに勝つことこそ、至高の武でござるよ、とい言っていた将門師匠の言葉の意味を、今実感する。
戦いにならぬほどに、こちらが強ければ、皆の心の傷も浅かったのかもしれない。
「おーい、HR始めんぞ」
ミイラ男となった担任の相澤先生が、いつのまにか教壇に立っていた。
生徒たちは、先生っ! と一斉に詰めかけて、イレイザーヘッドを圧迫した。
傷が開いて血だらけになったイレイザーヘッドを申し訳なさそうに医務室に運んだ1年A組は、全員、反省文と相成ったが、それは別の話である。
放課後、出久は1人、サポート科の生徒たちが借り受けているラボ棟へと歩を進めていた。
本来ならばダッシュで数十秒でたどり着けるのだが、体のバランスを調整するために、下半身のストレッチをしながらゆっくりと進んでいるため、少々ペースが落ちている。
「あ、デクくんっ」
麗日お茶子が、駆け足で隣に並ぶ。出久のストレッチウォークと、麗日のかるいジョグは等速である、ということだ。
「あ、麗日さん。どうしたの?」
「いやぁ、食べられる草を検知するカメラを依頼してて、それをとりにねっ」
麗日さんは雄英に通うために、親元を離れてアパートを借りていることは知っていた。
しかし、まさか生活に困窮しているとは思っておらず、出久は何か助けになるものはないかと考えた。
「麗日さん、僕は田んぼと畑をやっててさ、そこでお米とか野菜がとれるんだよ。いつも余っちゃうから、今度持っていくね」
本当である。かっちゃんのお母さんのご実家が農家だったのだけれども、ヴィランとの抗争で周辺一帯が荒れてしまい、耕作放棄地帯となってしまっていたのだ。
山中にあるため、登山趣味のかっちゃんが興味を持ち、体力づくりと趣味もかねて、かっちゃんとその畑を復活させたのである。
「お、おこめ……ちなみに、その野菜、ワンチャン、漬物になったりは?」
お茶子が食いついてきた。
「かっちゃんがカクテキとか浅漬け作ってくれるよ。意外と美味しいから、楽しみにしててね」
じゃ、今度の日曜に、とあっさりとお茶子の連絡先と、一人暮らしの御宅訪問という峰田が血涙を流してうらやましがるアポイントメントを、あっさりととる緑谷出久。
彼のコンカフェにおける禅修行は、心身に染みわたっていると言っていいだろう。
「おこめ……はっ、そんなことより、デクくんも食べられる草を見つけるカメラかなにかをとりにいくん?」
恐る恐る聞いてくるお茶子の姿に、出久は白い歯を見せて否定する。
「違うよ。サポートアイテムの義手の件で、ハツメさんって人と会うんだ」
雄英高校からの保障の中には、出久のメディカルケアだけにとどまらず、その復帰支援もまた含まれている。当然、復帰支援には義手の提供を前提としているところがあるので、それを調整してもらいに行くのである。
なお、サポートアイテムは国の審査機関で認証を得なければならず、その認証と審査には時間がかかるのが常なのだが――個性『隻腕』での申請は、医療行為に該当するため、迅速に処理されて、事ここに至るのである。
まさか、左腕を失ったことが『個性』として処理されるとは、役所仕事とは面白いものだなぁ、と出久はこの国の謎ルールを垣間見たのであった。
「え、そういうんは、専門の人がつくるんやないの?」
麗日の疑問はもっともである。
通常は、そうである。
もちろん、出久も学校側の提案として大手サポートアイテムメーカーの上位義手を提案されていたのだ。
しかし、出久は断ったのだ。
むしろ、雄英のサポート科にいる才能あふれる生徒に義手を作ってもらい、3年間かけて己の理想のモデルを作り上げたい、という野心のほうが強かった。
出久がハツメという人に出した開発要望書は以下の点からなる。
1 市場で入手できる部品のみで構成されること(調達容易条項)
2 激烈環境下における耐久性(信頼性条項)
3 五指の感覚はさておき、武器類をホールドできること(可動性)
4 かっちゃんを組討ちできる動きが繰り出せること(対人格闘性)
極論をいえば4さえあればなんとかなる、と出久は考えていた。
出久はこういった事情を麗日に説明する。
もちろん、麗日は笑顔で納得してくれた。
「うん、デクくんらしいと思うよっ」と。
逆に、らしいとはどういうこと? と出久が尋ねたのだが、お茶子に笑ってはぐらかされてしまう。
出久は年頃の女子の気まぐれな仕草に、ノックアウトされていた。
まだまだ、修行が足らぬのである。
ラボ棟の最上階に、ハツメのレンタルラボがある。安全管理上の理由で、下層階で重大事故を起こすとラボ棟そのものが倒壊して大変な犠牲者が出かねないので、リスクが高いものほど、上階へと押し込まれるそうである。
犠牲が前提となるような開発環境なのか? と緑谷はいぶかしみながらも、意外と整然としている廊下を進む。
出久とてTPOをわきまえているため、このようなラボで廊下を走るような愚行はしでかさない。
せいぜい、コサックダンスで前進するくらいである。
「あ、ここだ」
「へぇ。うちもハツメさんて人に、食べられるキノコ見分けるカメラないか聞いてみていい?」
「いいんじゃないかな」
などとドアの前で出久とお茶子が話していたのだが、スン、と出久の嗅覚が危険を察知する。
「危ないっ!」
出久が麗日を抱きよせ、自らの広い背中をドアに向ける。
爆発、である。
長年、かっちゃんという簡単に爆発するボンバーマンと共に過ごしてきたので、爆発の匂いというものが出久の鼻腔と脳のライブラリにしっかりと刻まれていたのである。
ゆえに、対応は、極めて速かった。
ドアが吹き飛び、それが出久の背中に直撃するのだが、かといって出久の鬼が棲む背中はその程度の物理衝撃等、簡単に祓ってしまう。もはや、神仏の加護が宿っているといっても過言ではないだろう。
そして、同時に転がり出てくる女子生徒。
どうやら爆風に服飛ばされてきたようだ。
出久はその子が窓からダイブせぬよう、背中にてキャッチする。
なるほど、こういう時は左腕が必要だな、と甘く考えていた己の想定を修正する。
「麗日さん、大丈夫かい?」
出久は庇っていたお茶子を解き放つ。
「うん、大丈夫やけど、デクくんは?」
「差支え、なし」
だが、出久は背中に感じる女性の体重と柔らかいものについて、どうしたものかと思案していた。
「いたた、うーん、やはり燃調は勘でやってはいけませんね。おや? このカタイ背中はもしかして」
柔らかい感覚がずるずるとずり落ちていく。
「もしかして、イズクくんですか?」
いきなり、名前呼びっ、と麗日が警戒しているのを無視して、出久に柔らかな感覚とドアをぶつけてきた少女が呼びかけてきた。
「あ、うん。緑谷出久です」
相対した出久は手を差し出す。
少女は差し出された傷だらけの大きな手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。
「ふむふむ、素体は相当に頑丈ですね……あなたとなら、すごいベイビーを作れそうですねっ!」
麗日お茶子が、ベイビーという言葉を聞き、学校の保健の授業を思いだす。
適齢期に達した男女が、陰陽を合わせ、凹凸を重ねれば、そこにすなわち、カモンベイビーである。
「おぉっと、お二人さん、ちょっとそういうのは、早すぎるんじゃないですかい?」
なぜか江戸っ子口調になってしまうお茶子。
動揺、である。
だが、出久の方はそうではないようだ。
「うん、君がハツメさんか。君と一緒に、すんごいベイビーを作ろうと思って。一目見てわかったよ。君は、ヤりたいことを、ヤりこんでしまうコだね」
麗日お茶子は困惑した。
やりたいことをやってしまったら、それはもう簡単にベイビーウェルカムなわけで、やり込むのはちょっと違うんじゃないですか? と。
「はいっ、イズク君。早速だけど、ヤらせていただいてもよろしいでしょうかっ!?」
「うん、喜んでっ! あ、麗日さん、また日曜にね」
出久が目を輝かせ、ハツメなる女のラボへと入室した。
しゃっ、とドア代わりの防火カーテンにて、謝絶された向こう側を、お茶子は目を丸くして――どちらかと言えば、目を血走らせて、ガン見していた。
「やだぁっ、イズク君、たくましすぎですねっ!」
「そうかな。服の上からじゃ正確に触れないだろうから、脱ぐね」
がさごそという衣すれの音に、お茶子はのけぞった。
は、はじまって、しまったのではないか、と。
はじまってしまったところに『失礼シャスっ! ウーバーイーツですっ! 草でも食ってろオラァっ!』と乱入して止めるべきなのだろうか、お茶子は真剣に悩んだ。
高校生にもなれば、あんなことや、こんなことがある、とさまざまなメディアやコミックスで把握してはいるものの、いままさか目の前でご開陳なされるとは。
「……じゃぁ、さっそくハメさせていただきますねっ! やぁん、ちょっと太すぎますねぇっ!」
「僕のサイズは、かっちゃんも泣いてうらやむくらいだからなぁ」
あかんっ! 本番はケッコン(仮)するまでやったらあかんやろ、せやろがい!? と益々困惑するお茶子。
「――くけけっ、やってるねぇ」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しいお茶子の隣に、いつの間にかパワーローダー先生が立っていた。
お茶子が依頼した、食べられる草を検知するカメラを請け負ってくれた人である。
「相当激しいだろうから、ここは離れたほうがいいよ、くけけっ」
先生、公認!? とお茶子は、雄英のサポート科とはここまで風紀が乱れているのかと、恐れおののき、ちょっとだけ羨みながら、パワーローダー先生に引きずられていった。
体育祭、次回からっすね。