僕のサムライヒーローアカデミア   作:すしさむらい

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体育祭です


第一三話 緑谷出久と雄英体育祭 上

 

 

 東京都の西端にある甚大被災区域。

 多くの瓦礫の山と、解体待ちのビル群、そして荒れ果てた家屋。

 だが、屋台だけは大量に並んでおり中華料理やベトナム料理など選び放題。

 屋台は、どれも繁盛している。

 復興の拠点地域は様々な出稼ぎ労働者が集まっているため、飲食店や日用品を取り扱う屋台には人が溢れている。

 

 さて、この地区には、タワーマンション『だったもの』がある。

 タワーの半分はヴィランの抗争行為によって破壊され、下半分だけが残っている。

 

 かつてここに住んでいた者たちは、とある会社に二束三文でこれを売り払い、出ていった。

 買取った会社──C.Cコーポレーションジャパンの不動産事業部は、このような不良物件に最低限の補修を施し、一時避難所として登記し、その地域にやってきた復興事業に従事する出稼ぎ労働者たちや、事情があって安アパートにしか住めない連中へと貸し出していた。

 

 その下層階の3LDKの一部屋に、元ジェントルクリミナルこと、飛田は引っ越してきた。

 高卒認定試験(ヒーロー科)にあっさりと合格し、その認定資格書類を東京都公安委員会に提出したところ、すんなりと仮免許が付与されたからである。

 

 東京エリアは、都市部については全国ライセンス持ちの一流ヒーローたちの事務所が乱立し、その結果、治安も保たれ、事故も少なく──文字通り、経済発展を享受している。

 一方で、辺縁や周辺、あるいはヴィランとヒーローの抗争により荒廃した地区は、様々な人々が様々な目的で集まっているため、スラム都市一歩手前、といった様相である。

 犯罪は日常、ヴィラン犯罪は常識、自分の命は自分でまず守れ、というとても日本とは思えない、特殊な世界。

 

 さて、ボロマンションの借り受けた部屋の電子キーは壊れているので、普通の物理キーで開錠して、中に入る飛田。

 

 がらんどうでただ広いだけの部屋のリビングに、飛田はスーツケースを置く。

 

 家具の類は何もなく、これから揃えていかねばならない。

 ヴィラン──というよりも、迷惑配信者時代に使っていた代物は、相場によってすべて処分されてしまったため(※証拠隠滅ともいう)、文字通り、下着とパジャマとヒーロースーツだけで引っ越してきたのだ。

 これからいろいろ買いそろえていくことになることを考えると、ますますあまり芳しくない懐事情が気にかかるところである。

 

「いや、おそれるな『ジェントルメン』。私なら、出来るっ!」

 

 誰もいない部屋で一人気合を入れたおじさんは、スーツケースを開ける。

 

 まずは、儀式である。

 

『ヒーロー名『ジェントルメン』に、東京都予備ローカルヒーローとしての活動を許可する』

 

 そう書かれた紙の免状を、丁寧に額に入れて、壁に飾る飛田。

 長かった、という思い以上に、これからだという気持ちが湧いて出る。

 ようやく、スタートラインに立ったのである。

 これに、拍手して一礼。

 いわば、飛田にとっての神棚である。

 

 なお、ローカルヒーロー仮免における指導員は、公安委員会の事務局が担当しているため、どこかのヒーローに師事するということは、個人的な伝手がない限り、無い。

 これはローカルヒーローという存在がいわば『コストをかけない補助要員』として運用されている事実を示している。いちいちプロヒーローがOJTなどを施していては金と時間がかかって仕方がない。

 ローカルヒーローの本免許選抜は、生きのこった仮免持ちのなかで、素行が良いものを公安委員会が予算の都合で選ぶだけ、ということになる。

 

 ローカルヒーローの門戸は広い。

 だが、消耗品としての性質をもつ、なんとも悲しい存在なのである。

 

「おっと、いかんいかん。あれを観なければ」

 

 飛田はスーツケースから薄型のラップトップPCを取り出す。ヒーロー活動をするためには様々な申請事務があるため、PCは必須……ということで、相場愛美がプレゼントしてくれたものである。

 

 スーツケースを寝かせて机代わりにして、PCをそこに置く。

 電源をいれ、モニターに光が差す。

 飛田はたどたどしくキーボードをタッチし、動画配信サイトにアクセスする。

 

 もちろん、見るべきは『雄英高校体育祭』である。

 

 大量の同時視聴者がいる実況配信。

 同時アクセスが五千万近くという数字に、飛田はめまいを感じる。かつて自分が動画を配信していた時は、常に1名(※元ラブラバ)であったのに。

 

「なるほど、さすが雄英……さてさて、我らがヒーロー諸君はどうなっているやら」

 

 画面の向こうでは、障害物競走が繰り広げられていた。

 

「いやいやいや、これ学生のしていい顔ではないですぞ」

 

 画面越しに見る1年A組の面々の面構えは、明らかに仕上がっていた。

 ネット配信向け解説を担当居ているヒーロー教員『スナイプ』が、珍妙な解説をしているのが耳に残る。

 

『──きわめて高度なストレスにさらされたものは、通常、表情筋に信号を伝達する神経が乱れて、表情が強張ったり、あるいは逆に弛緩してしまうものです。しかし、あの子らの面構えを見てください。すばらしい笑顔でしょう? あれはですね、楽しんでいるんですね』

 

 楽しんで……いる、か。さすが雄英だ。

 障害物競走、ということになっているが、一視聴者とみる限り、これは1年A組による最強決定戦の様相を呈している。

 

 他のクラスに圧倒的な距離差をつけて先頭を突き進んだ1年A組は、いま最終的な障害エリアである地雷原で全員が対峙していた。

 

 なぜ地雷原なのかは、曲がりなりにも仮免を受けた飛田なので、すぐにわかった。

 

「ほう、ここで緑谷君を仕留めるつもりか」

 

 1対19、である。

 完全に、1年A組の生徒たちは、緑谷君をここで処理する算段だ。

 確かに、地雷が埋め立てられたここであれば、出久君お得意の足さばきによる俊敏な機動が阻害されるだろう。

 

『っしゃっ! 死ねやクソデクゥ!!』

 

 緑谷君が動きを止めた隙を見逃さない、爆豪君がさっそく仕掛けた。

 どうやら雄英ルールによると、ヒーロー科の生徒たちはサーポートアイテムの使用が禁止されているらしく、爆豪君は爆発の衝撃波を直接ぶつけるミドルレンジアタックを仕掛けている。

 

 緑谷君が慣れた手つきでそれを片腕でいなしていくが、爆豪君は手数で押していく。

 

「なるほど、火力制圧からの、強襲か」

 

 緑谷君が火力の飽和攻撃対応を強いられている状態を、他の生徒たちは見逃さない。

 セロ君という、長いテープを出す個性の子が、ミネタ君なる独創的なヘアスタイルの生徒を縛り上げ、鞭の要領で緑谷君にぶつけていく。

 鞭というものはその先端速度は音速を超える。

 これを器用に操るセロ君は、なかなかの使い手だ。

 そして、先端に縛られていたミネタ君が、緑谷君の足元に、素早く特殊なボールを設置したのを飛田は見逃さなかった。

 

「なるほど、あのボール状のものは、強力な粘着効果があるのですな。これは厳しい戦いになってきましたぞ、緑谷君」

 

 飛田の心情としては、恩もあるので爆豪や緑谷君に活躍してほしいのだが、一方で、冷静にヒーローとして試合を観戦してしまう一面もある。

 

 これは、緑谷君が沈むな、と確信する。

 

 確かに緑谷君は強い。鍛えられた筋肉、必要十分な武芸を備えていて、純粋な肉体を駆使した接近戦であれば、1年A組の動きを見る限り、砂藤、尾白、爆豪、障子の四人組が連携してようやく倒せる、というところだろう。

 それほどに、彼のフィジカルは仕上がっているし、その練度も大変高い。

 だが、いくら鍛えても、凡人には限界がある。

 かつてヴィジランテとして日本で活躍し、いまはアメリカでメジャーヒーローをやっているクロウラーとて、斥力という個性があったのだ。

 だが、出久君にある個性はお母さん由来の改変版個性……『引き寄せる力』くらいなものだ(※物理的ではなく、人間関係的な意味で)。

 

「──あぁっ! 緑谷君、よけるんだっ!!」

 

 思わず、画面を掴んで叫んでしまう飛田。

 

 いま、画面の向こうでは最大出力でありながら効果範囲を絞った、文字通り、絶対凍結の一撃を放つトドロキ君の姿が映し出されていた。

 

 出久君も、それに気づいて『畳返し』の要領で地面を砕き、防御壁を作ろうとはした。

 しかし、それすらも飲み込む巨大な氷結柱に飲み込まれた緑谷君。

 SF映画などで出てくる、丸ごと氷結された恐竜のような状態になってしまった緑谷君に、空気を渡すべく、サトウ君とオジロ君がえいやと出久君の顔面周りの氷を砕く。

 

『いやいやいや、19:1とかおかしくない? 僕ら戦友だよねっ!?』

 

 顔が出た出久君が大声で皆を責め立てるが、これは体育祭。

 ゆえに非情なのである。

 

『なにを仰っているのやら。わたくしの戦力計算では、19:10ですわ。緑谷さんお一人で1年A組10人分くらいの戦力はありましょう?』

 

 ヤオヨロズという少女が、出久の前に大型のヒートシステムをどん、と置いた。

 どうやら彼女は創造する個性を持っているらしい。

 うらやましい、と飛田は素直に羨む。

 もしそんな個性があれば、今すぐカルビやタンを生成して、ここで焼き肉を始めたい。

 金がないため、焼き肉なぞ10年は行っていないのだ。

 

『あばよ、緑谷。B組連中に尻追いかけられながら、ゆっくりゴールしてこい』

 

 トドロキ君の勝利宣言に、くっ、とうつむく緑谷君。

 うつむくだけで、氷結柱にわずかながら亀裂が走ったのを飛田は見逃さない。

 これは割とすぐに飛び出してくるな、と。

 もちろん、生徒たちも気づいたようだ。

 

『えっちなデク君が悪いんだからね』

 

 何やらおどろおどろしい気配を漂わせるウララカという少女の言葉に、画面越しで観戦していただけの飛田も思わずヒュッと息を呑んだ。ラブラバを怒らせた時のアレに似ている、と。

 

 ふわりと浮き、グーパンを緑谷君の顔面にめり込ませたウララカ少女を、クラスメイト達が『いいパンチだっ!』と拍手する。

 

 ん? これは何かクラス内で共通の策謀が巡らされていたのか? はて? と飛田は事情こそわからぬものの、何かを緑谷君がやらかしてしまったのではないかと思料する。

 

 彼は、こう、乙女心を分かっているようで分からぬ雰囲気もあったので、大人として少々後ほどアドバイスなどしてあげたほうがいいのではないか、とも思った。

 

 その後、1年A組の面々はじゃんけんを行い、それに従いゴールしていく。

 結果、一位はアオヤマなるビームをまき散らしていた少年であった。

 残念ながら、応援していた爆豪君は7位である。彼はじゃんけんが強くないようだ。

 

 なお、緑谷君は21位で終わる。

 氷を筋肉の振動と、ヤオヨロズ少女のヒーターで溶かして脱出するのに時間がかかり、シオザキなるイバラ使いの少女に追い抜かれていた。

 

 上位42人が騎馬戦に進出する、というアナウンスが流れる。

 これは騎馬戦も楽しみだなぁ、と魔法瓶に淹れてきた紅茶を飲んでいると、スマホが鳴った。

 

 何事かね、とみると『緊急出動要請』の文字。

 東京都保須市にて『ヒーロー殺しのステイン』の目撃情報あり。

 

『──ジェントルメンっ! 緊急出動よっ!』

 

 IKE〇で家具を見繕っていた相場から、腕に巻いているスマートウォッチに緊急通信。

 

 飛田は秒速でジャージから、タキシード姿へと着替え、ハットと仮面をかぶる。

 ステッキを手にした姿は、良くも悪くもタ〇シード仮面である。

 

『気を付けてね、ジェントルメン。相手は刃物を使い、凝血の個性を持つわ。切られたらそれまでよ。プロヒーローたちも現場に向かっているから、あまり出しゃばらずに、支援に徹してっ!』

 

 飛田──いや、ジェントルメンは窓ガラスを開けて、空へと飛び立つ。

 弾性の個性を使い、空中をトランポリンの如く移動を繰り返す。 

 徐々に、徐々に加速を繰り返し、いよいよ音速の壁を超える。

 10年間の愚かな行いの中で、唯一財産として残ったもの。

 それは、個性の実運用能力であった。

 

 10分も経たなかっただろうか。

 

 現着は、ターボヒーロー『インゲニウム』と同着。

 さすがはヒーロー殺し。

 その悪名はトップランクのプロヒーローを呼び寄せるのだな、と、もしかしたらヤバい現場に来てしまったのではないかと仮面の下で冷や汗を流すジェントルメン。

 

 チームIDATENの面々より速く到着したタキシード姿のヒーローに、インゲニウムが驚く。

 

「あ、君もしかしてジェントル・クリミナル?」

 

 さわやかな声で、トンデモ発言を突き立てられた飛田は、一瞬だけ硬直するが、ええい、と押し切ることを選ぶ。

 

「人違いではないかね? 私はジェントルメン。自らを弾丸となす仮免ローカルヒーローである」

「あぁ~、免許とったならいいよ。僕も昔、ヴィラン扱いされてたクロウラーとかといっしょに仕事しててね。君がやり直そうってのを止める気はない。ただ、邪魔をしたら逮捕するから、そのつもりで」

 

 にこやかに白い歯を見せながら脅してくるインゲニウムに、これが、トップヒーローか、と飛田は感心するとともに、震えた。

 

「あ、はい」

 

 歴戦のプロヒーロー、インゲニウムにそういわれてしまっては、はいとしか言えない。

 

「──偵察班からの連絡があった。僕は、このままL5廃墟規制区に移動する。ジェントル、君はベテランだからついてこれるだろう。 随伴して、援護。いいね?」

 

 ヘルメットをかぶるインゲニウム。

 先ほどまでのさわやかな青年の姿は消え、フルカウルのヒーローの姿と相成る。

 

「……あの、ジェントルじゃなくて、ジェントルメンなので、そこらへんはこう、ちょっと注意していただきたく……」

「え、なんだって? さぁ、いくぞっ、ジェントルっ!!!」

 

 問答無用で加速するインゲニウム。その速さたるや、まるで新幹線である。

 だが、ジェントルメンも負けてはいられない。

 弾性を使った空中機動の速さだけは、10年間、どのヒーローも追いすがれていないのだから。

 

 

 

 

 緑谷出久は、気が付くと騎馬戦を終えていた。

 あれ? と周りを見てみると、あれはチートだろ、チート、とクラスメイト及びB組一同から何やら責め立てられていた。

 

 どういうことだ? と状況を確認してみると、出久は右肩に知らない人を載せていた。

 不意に、昔の母の言葉を思い出す。

 知らない人についていってはいけませんっ、というあれである。

 

「……どちらさまで?」

「シンソウ・ヒトシ。お前らに決勝リーグまで連れて行ってもらったラッキーマンだよ」

 

 ちょっと顔色がよくない少年だった。

 だが、目に宿る心柱は、ジャスティスの光であった。

 なら、何も問題ないか、と出久は安心する。

 何が何やら分からぬが、とりあえず障害物走で出遅れたポイント分は取り返したようだし、よしとする。

 細かいことはいいから実利をとれ、という将門の教えに忠実な緑谷であった。

 

「んあっ?」

「あん?」

 

 緑谷の肩に手を置いていた爆豪と轟も、妙な声を上げている。

 

「おいクソデク、騎馬戦は今からか? 上に載せてんの誰だ?」

「なんか体がだりぃ……個性をそんなブッパしてねぇと思うんだけどな」

 

 すでに、会場は酷い有様であった。

 炎と氷があちこちに残っており、セメントス先生他、何人かの教職員とボランティアヒーローの手で会場整備が入っていた。

 

『えー、ということで、いよいよ最終種目個人戦っ!! 青い春の果実を生しぼりって感じで、先生ワクワクしてきちゃったわ! でも、会場整備があるから、一時休止っ! 会場の皆さんも、提携企業さんたちが出している屋台なんかを楽しんできてねっ!』

 

 緑谷がシンソウという少年を地上に降ろす。

 どうやら、このシンソウという少年の個性で操られていたようだ、ということは推察できた。

 

「ねぇねぇ、シンソウ君。君の個性って、洗脳か何かかな?」

 

 出久はストレートに問う。

 なお爆豪と轟は、まぁ、なんでもいいか、と勝手にはけていった。

 轟が、おいクソ親父、と会場で父親を呼びつけて、優勝するために必殺技を教えろ下さいなどと談判しているようだ。

 

「そうだとしたら、なんだよ?」とシンソウ。

 

 どこかこう、捻くれたところがあるな、とシンソウの態度に思うところがあった出久は、将門師匠の教えを実施する。

 

「いい個性だね。僕みたいな無個性からするとうらやましいくらいだ。で、さっそくなんだけど、1年A組の放課後自主練に参加してくれないかな? いや、言い方を変えよう」

 

 出久は、めりめりと右腕の筋肉を張りつめて、シンソウの肩にバァン! とタッチする。

 メリメリッとなってはいけない鎖骨の音。

 シンソウの顔が苦痛に歪む。

 

「僕らと、来い。君には、強くなる義務があるよ」

 

 正義の心柱を目に宿したものは、問答無用で仲間に引き入れなければならないのである。

 それが、出久のヒーロー道である。

 

 出久がヒーローになる、と神社で決め、将門師匠に弟子入りした時に、ヒーローになることと、ヒーローでありつづけることは違う、と叩き込まれた。

 

 ヒーローであり続けるためには、仲間たちを頼らなくてはならない、と。

 あのオールマイトですら、その全盛期を支えたサイドキックがいたのだから、出久殿も必ずや仲間を見つけ、共に立ち上がれるよう鍛錬するでござる、と。

 

「僕たちで、オールマイトを超えるヒーローになろうよ」

 

 じゃ、こんど教室に来てね、と出久は言い残して、シンソウの元を去った。

 

 

 

 昼食を飯田と食べることになった出久は、二人でもりもりとあれこれを食べ散らかしていた。特に、飯田はジュースが燃料になるらしく、やたらと飲みまくっている。

 

「なるほどっ、ではそのシンソウ君とやらに、自主練の案内をしておけばいいのだな?」

「そうそう。話が早くて助かるよ、飯田君」

 

 個人トーナメントでガチバトルになるであろう飯田と緑谷だが、互いにリラックスしていた。

 普通ならば、若気の至りでライバル心をもったりもするであろう。

 しかし、1年A組は違うのである。

 各自が各クラスメイトに対して『始末術』を定めている。

 自分かこのクラスメイトと当たったら、こう始末する、という戦いの型のようなものである。

 

 自主練で常に殴り合ってきたため、互いに何に強く、何が弱いのかを、打撲や凍傷、火傷に脳震盪で体に覚え込んできている。

 

 それぞれが、自主練とトレーニングでさらに強くなれば、各自の始末術もまたアップグレードされる。

 

 この始末術がある以上、試合の場はそれの確認の場になるだけである。

 ゆえに、同じクラスメイトとの対戦は、燃えるというよりも『死合い』であり、勝った負けたではなく、殺したか、殺されたかを自覚し、再度覚悟完了すべく修行をキメるだけである。

 

 自分は、今日、こいつに殺されてもいい。

 

 そう思える相手であろうと修行を積んでおくことが、1年A組のマナーであり、作法である。

 

「あ、そういえば、今日はお兄さんは見に来てるの?」

 

 出久は、飯田が兄である『インゲニウム』を尊敬していることを思いだす。

 

 出久の母が自宅からテレビ観戦しており、応援のメッセージがたくさん届いていた。

 また、飛田さんと相場さんから、麗日さんからパンチされた件について、今度、強制御茶会と相成っていた。

 

 同じように、飯田もまた兄から応援されているのではないか、と。

 

「いや、兄は途中まで配信で観ていたようだが、緊急出動が入ったらしい」

 

 すこし残念そうにうつむく飯田。

 励まそうと思い、飯田の額にデコピンをする。

 

「うぐぅっ! 緑谷君、なにをするっ!」

 

 脳を揺すられた飯田が反射神経で緑谷の顎に蹴りを決める。

 反射での攻撃は予備挙動が少なすぎるために、出久は回避できなかった。

 同じく脳がゆれた出久も、片膝で体を支える。

 

「ご、ごめん、励ましたくて……僕も、応援してくれている人がいるんだけど、その人も緊急出動なんだ」

 

 まぁ、飛田さんのことだから、大抵の敵は何とかできるし、いざとなれば逃げられるかな、と出久はあまり心配していない。

 

「なに、そうなのか。もしかして東京の保須市かい?」

「うん、そうだけど」

 

 二人は顔を見合わせる。

 もしかしたら、現場でチームアップしているかもしれない、と。

 

 

 

 雨に濡れた、廃墟。

 崩れたビルにめり込んでいる、ヒーローたちの姿。

 すでにこと切れたものもおり、事態は切迫していた。

 

 一人のカタナを保持した男。

 ヒーロー殺しのステイン、である。

 その刃が向けられる先は、インゲニウムとジェントルメン。

 

 互いに、無傷。

 

 インゲニウムの機動戦と、ジェントルメンの立体機動戦術が再度、始まる。

 

 初手を取るのはジェントルメンの、ステッキ。

 とはいえ、ただのステッキではない。

 シャーロックホームズのころより英国紳士の間で嗜まれていた、レイピア仕込みのそれである。

 刺突攻撃に特化したレイピアをするりと抜き放つジェントルメン。

 あちこちに配置した自らの弾性の膜を踏み、徐々に加速していく。

 次第に音速を超え、連続でその身を突貫させ、刀を持つ刺突攻撃を放つ。

 

 だが、ステインはそれを見事に受け流す。

 常人であれば、すでに足や腕を刺され、抵抗不能になっているところであろう。

 もちろん、肉体強化を持たぬステインも同じであるべきなのだ。

 

 しかしステインには、そのような常人の常識など通用しない。

 彼には、過去から積み上げた歴戦の経験と、勘があるからだ。

 かつて、ナックルダスターと呼ばれたストリートファイターから拳で叩き込まれた、計算された戦いの形がそこにある。

 

「ハァ……偽善の者の刃が、届くはずなど、ない……」

 

 百を超える刺突。

 それをすべて無力化したステインは、投げナイフをジェントルメンに向けて放つ。

 攻守逆転したジェントルメンは直ちに廃ビルの中に飛び込み、ナイフを回避する。

 

「原理主義者は怖いね。おまけに実力もあると来た。本物のカリスマは、危険だなっ」

 

 インゲニウムがロケットチャージ、すなわち、個性『エンジン』の特殊運用法──膝を折り曲げ、走るのではなく、ロケットエンジン如く変形させて、爆炎を後方に噴射しながら突撃する。

 アーマーの防御力にものを言わせた、弾丸突撃戦法である。

 

「くっ!!?」

 

 さすがのステインも、危機を察知。

 だが、危機をチャンスに変えるべく、居合の姿勢をとる。

 

 インゲニウムと、ステインが交錯。

 

 互いに、血しぶき。

 

「インゲニウムっ!?」

 

 減速することなく、瓦礫の壁にエアバックを展開して突っ込んでいったインゲニウムのもとに、ジェントルメンが駆けつける。

 

「しっかりしたまえっ!」

 

 インゲニウムの装甲を、ステインの刀は斬り裂いていた。

 よもや装甲を断つ剣技を身に着けているなどとは、おそるべしステイン、と戦慄するジェントルメン。

 

 インゲニウムを助け、離脱、と即断したジェントルメンだが、背後に殺気を覚える。

 

「粉飾された、ヒーローなど、無用っ!!」

 

 インゲニウムのロケットチャージを受け、衝撃波により眼球や耳、鼻から血を流しているステインが、刀を振り抜いてくる。

 

 直ちに弾性膜を重ねて展開して、その太刀筋をはじく。

 

 だが、その太刀筋は囮であった。

 

 むしろ、はじかれることを想定していた身のこなし。

 弾性を利用して急旋回したステインから刃。

 回避は厳しい、と判断したジェントルメンは急所を外すことに専念する。

 肩を掠める、ステインの刃。

 ジェントルメンの血しぶき。

 

 凝血されるっ! 

 

 体の力が抜けつつある、が、まだチャンスはある。

 

 そう、ジェントルメンよりも戦歴が長い、インゲニウムが息を吹き返したからだ。

 

「ギロチンバーストっ!!」

 

 かすれた意識のインゲニウムが、起死回生の一撃を放ち、とどめを刺そうとしていたステインの刀を破砕する。

 もしステイン自身にあてていたら、ステインが死んでいるであろう、必殺の一撃。

 ヒーローとしての矜持ゆえに、決して相手の肉体に放たれぬ、殺意の一撃であった。

 

 インゲニウムが、ジェントルメンを背後にかばいながら、構える。

 確かに、装甲を切られた。

 だが、応急処置システムが止血点を圧迫して出血を押さえてくれている。

 

「ハァ……ハァ……その首、いつしか必ずや、もらい受ける……!」

 

 ステインが、跳躍してビルの影へと消えていく。

 しばらく警戒を解かないまま、インゲニウムが無線機に連絡する。

 

「犯人は逃走。ヒーロー殺し捕縛作戦は失敗。ただちに救護機を回してくれ……」

 

 そして、膝をつくインゲニウム。

 神経を断たれたわけでもなければ、骨を断たれたわけでもない。

 ただ、血を失いすぎた。

 これ以上戦い続けることは、どう考えても困難。

 ステインを追走するなど、不可能だ。

 

「完敗だな、ジェントル。僕らヒーローの負けだ」

 

 ヘルメットを投げ捨てるインゲニウム。

 その顔は、悔しさに満ちていた。

 

「……生き残っただけでは、ダメということですな、ヒーローというのは」

 

 もしインゲニウムがいなければ死んでいた、と飛田は重い事実を直視する。

 どうにか修行の場を見つけて、練度を上げねば、愛美を泣かせることになる、と責任感ゆえの闘志が湧いてくる。

 

 上空に救護ヘリと降下してくるヒーローたちの姿がみえる。

 

「次は、勝とう、ジェントル・クリミナル」

 

 大の字に寝転がったインゲニウムが、なさけない姿勢で倒れている飛田のケツを叩く。

 凝血の効果のせいで、格好の良いとはとてもいえない姿勢で倒れ込んでいるのだ。

 

「もちろん、勝ちますとも――ところで、他人の名前を覚えられないので?」と飛田。

 

「はっ、生意気言うな。本免許取ったら考えてやるよ。仮免ヒーロー」

 

 二人は顔を見合わせて、苦笑する。

 互いの泥と地に汚れた顔が、あまりにもひどかったからだ。

 

 

 なお、翌日、新聞の見出しには、インゲニウム敗れる! の記事とともに、ステインの特集記事が載り、相場愛美が飛田のことが記事になっていないことにブチ切れることになるのだが、それはここでは語らない。

 




騎馬戦まで終わり。
次回は個人トーナメントっすね。

(※なお、八百万の個性は、生物以外を創造するらしいっすね。有機物はいけるそうな)
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