僕のサムライヒーローアカデミア   作:すしさむらい

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ステイン編、開幕準備


第一五話 緑谷出久とヒーロー名

 

 

 体育祭も終わり、通常授業が始まる。

 ただボコボコにされただけと世間に思われている心操は、地下鉄で誰かに話しかけられることもなく、普段通りに雄英の校門をくぐる。

 

「おい、心操」

 

 呼び止められた心操人使は、相手が抹消ヒーローイレイザーヘッドであることに気付く。

 

「おはようございます」

「おはよう、体調はどうだ?」

 

 礼儀正しく、腰を折る心操。

 体育祭直後は、リカバリーガールの治療を受けたとはいえ、しくしくと痛む全身の痛みに迷惑したものだが、今では鎖骨に刺すような痛みが時折生じるだけである。

 

「つつがなく」

「そうか。お前、ヒーローになるって言ってたが、本気か?」

「本気です」

 

 即答である。

 例え相澤以外に問われたとしても……例えば、いま後ろでウォーキングランジ(※通称、歩くスクワット)をセイッ、セイッとキメながら登校している1年A組の連中に問われようが、B組の扇動家モノマに言われようが、そう答えるだろう。

 

「よし。いい返事だ。お前には特別課外授業を与える。パワーローダー先生も協力してくださる」

「──推薦編入ですか?」

「馬鹿野郎。そんな不合理なプロセスのことは忘れろ。お前は、いま、この瞬間からヒーローになるんだ」

 

 イレイザーヘッドの言葉はもっともだった。

 先に心と体がヒーローになれば、課程など後からついてくる。

 心操人使は、ヒーロー科に編入したいのではない。

 ヒーローになりたいのだ。

 

「はい、心得違いでした」

「結構。早速だが、課題だ」

 

 相澤先生から渡されたプリントを見る。

 

『一日一肉』

 

 そう書かれたプリントには、手書きで、死ぬなよ、と書いてあった。

 どういうことだ? とプリントを裏返してみると、参考例として、気を失ったミネタの額に肉という漢字を書きこんでいるアシドの姿が写っていた。

 

 まさか……毎日、1年A組の誰かに、肉という文字を書いて写真をとれ、ということだろうか。

 

 となると、必然的に洗脳の個性を使わざるを得ない。

 さすがに校外では禁止だろう。

 しかし、雄英の敷地内にて相澤先生の特別授業という体ならば、問題はない。

 

 問題はないが……緑谷や爆豪に仕掛けるときは、慎重を期さないと、反射神経的なカウンターで殺されてもおかしくはない。

 

「あぁ、なるほど。課題になるわけだ」

 

 個性を使いこなすだけでなく、危機察知能力も鍛えぬく合理的な訓練。

 さすがはイレイザーヘッド。

 だが、一言だけ言いたいことがある。

 心操が死んだらどう責任をとるつもりなんだろうか? と。

 

 

 

 1年A組では、自分のヒーロー名をどうするかで盛り上がっていた。

 とはいえ、1年A組は盛り上がりながらもシャドウボクシングをしたり、スクワットをしたりと体を温めるのに余念がない。

 おそらく、他のクラスより平均気温は5度以上高いのではないだろうか。

 

「我が名は緑谷出久っ!! 正義の果てより参ったっ!!」

 

 堂々と名乗りを上げ、その圧倒的肺気量で空気を振動させてチカチカと光らせている出久が、ヒーローとしての名前も本名で行く、と宣言していた。

 

「はい、アウト。先生、いったよね? なんでヒーローネーム付けるのか。はい、爆豪くん」

 

 ミッドナイトこと香山先生に指名された爆豪は、面倒くさそうに起立する。

 

「秘匿のため、ッス」

「はい結構。切島くん、理由を言える?」

 

 切島が起立し、ヒーローの本名がバレると、それをもとに戸籍などを調べられて、家族や親族などに対してヴィランが危害を加えることがあるからです、と。

 

「はい、切島くん、よくできました。キスしてあげよっか?」

「うれしいお言葉ですが、好きな人が出来た時までとっておこうかと」

「やーん、青いわぁ」

 

 くねくねしているミッドナイト。

 一方、本名を否定された出久はうんうんと頭をひねっている。

 

「うーむ、やはり名乗りを上げないと、気合が出ない気がするんですよ、先生」

「ヒーローとしての名前でやればいいじゃない?」

「いや、その、戦事というのは命を懸けたやり取りですから、こう、真名を出したほうが気合が入ると言いますか」

 

 出久がささいな抵抗を試みる。

 

「何が真名よ。あなた、それでお母さんが特定されて、ヴィランに殺されたらどうするの?」

 

 香山先生があえて意地悪な質問をすると、緑谷が顔を青くする。

 やだこの子、まだまだお母さんのおっぱいが恋しいのね、などとミッドナイトはくねくねする。

 

「も、もうちょっと考えます……」

 

 すごすごと壇上から降りる緑谷。

 ほとんどの生徒はヒーローとしての名を決めており、決まらないのは爆豪と出久だけである。

 轟の『ショート』はいいのかよ、とクラスで議論が紛糾したが、結論としては、そもそも轟自体が有名人なので、本名バレてるよね、ということでうやむやとなった。

 

「なんで爆殺卿はダメなんだ……」

 

 爆豪もまた、頭を抱えていた。

 この前みたマンガでは、黎明卿などという格好のいい名前つけている奴もいたのに、なぜ、このセンスが分からねぇんだ、と苦悩する。

 

「カッチャンでいいだろ?」と切島が悩める爆豪を冷やかす。

「うるせぇっ! 夜露死苦野郎っ!」

「烈怒頼雄斗な。夜露死苦は登場した時のキメ台詞だからよ」

「……なんでこれはいいのに、オレの爆殺卿はダメなんだよ」

 

 ぐったりとする爆豪をクラスメイト達は放っておいて、皆、出久のヒーローネームについてアイディアを出しあう。

 

「隻狼!」と耳郎が天啓きたわ、と言いながらホワイトボードに書く。

 

 だが、クラスメイト達の反応は鈍い。ありきたり、とか、狼っていうよりクマだよね、など、無視できない意見が相次いでしまう。

 

 文句ばっかり言うなよ……と耳郎が頬を膨らます。

 

「じゃ、そこのスケベブドウ。なんか書け」

 

 耳郎が水性マーカーをパスする。

 それを受け取ったスケベブドウこと峰田がホワイトボードへと移動する。

 

「なら、オイラがばっちりな名前を付けてやるぜ……」

 

 でかでかと『槍朕』とホワイトボードに書かれていた。

 これは、麗日証言という、クラスメイト達を混乱させた目撃談に由来するものである。

 

「砂藤さん、尾白さん。そこの汚いブドウを片づけてくださいますかしら?」

 

 八百万の願いを聞き入れたマッスル二人が、峰田を連行して「アッー!?」と汚い悲鳴を響かせる。

 

 汚いブドウがチン黙したところで、飯田がビシっ、と手を上げる。

 手上げなくていいから前に出ろよ、とクラスメイト達にうながされ、飯田がマーカーを手にしてホワイトボードの前に立つ。

 

 国士無双、と達筆で書かれた四文字に、クラスメイト達は「おぉ~」と感心する。

 

「先日、兄さんの入院先の病院で覚えた言葉だっ。これであがると、点が高い。おススメだぞ」

 

 飯田の兄、インゲニウムは入院生活が退屈なため、度々飛田と相場を誘って麻雀をしていた。ただ、人数合わせAIを参加させ続けるのに飽きたらしく、弟たる飯田を悪の道へ引きずり込んだのである。

 なお、インゲニウムも飛田も、相場にすべて巻き上げられてしまい、借金ヒーローと相成っている(※飯田は学生なので免除)。

 

「賭博由来ってのもなぁ~……ん? おい、飯田、お前、デコになに書いてんだ?」

 

 上鳴が、あ、と指さす。

 飯田の額には、よく見ると肉という文字が書かれていた。

 あまりにも自然すぎて、今の今まで誰も気づかなかったのである。

 

 

 

 

 

 放課後、緑谷出久はウォーキングランジをキメながらサポート科のラボへと向かう。

 ぐっ、ぐっ、と大腿の筋繊維をいじめながら移動していると、いつのまにやら隣に麗日お茶子が並んでいた。

 

「あ、麗日さん。キノコ撮りにきたの?」

「うん。デク君もベイビーづくり?」

 

 ぎょっとした顔で二人の会話を聞いてしまった心操が、固まっている。

 A組に誘われた自主練に向かう前に、パワーローダー先生からサポートアイテムを借り受けに来たのだが、キノコとベイビー談義をする卑猥な連中と出会ってしまったのだ。

 

 だが、そんな心操に「おっす」と二人は挨拶をして、そのままサポート科の工房に入る。

 

 なお、すでに麗日の誤解は解けている。

 日曜日にかっちゃん君とデク君がおコメと野菜と漬物をもって遊びに来てくれた時に、義手の話があれこれと出たからである。

 

 ただ、それでもお茶子は、出久と発目の関係を警戒していた。

 本物のベイビーを作りかねないくらい、仲がよろしいからである。

 

 例えば、昼休みなると発目と二人で一緒に義手談義をしながらランチラッシュで話し込んでいるときも多く、あんなに早口で盛り上がるデク君を見たことなどなかった。

 

 やはり、積極性が大事なのか? それとも、カラダなのか? と麗日はもんもんとする。

 

 もんもんしているうちに、発目のラボの前についてしまう二人。

 

 出久がラボのドアの前に立つと、自動的にドアが開いた。

 どうやら外についているカメラが、出久を自動認証するらしい。

 そこに、特別な雰囲気を見出してしまうお茶子は、『腹、立ちぬ』などと鼻息を荒くする。

 

「あ、出久くんっ! デキてますよぉ……会心のベイビーちゃんが、出来ちゃってますっ!」

 

 ラボの奥から、興奮した様子の発目の声。

 ちらりと覗いてみると、短パンとタンクトップ一枚の発目が、頬を赤らめて恍惚の表情をしているではないか。

 貴様ら、やはりデキておったのか畜生めぇ~! と、地下壕で自軍の軟弱さをなじる総統閣下の如く、内心では暴れちぎるお茶子。

 

「じゃ、麗日さん、また自主練で」

 

 出久が発目のラボにはいると、シュッと、ドアが自動で閉まる。

 前回、ドアが吹き飛んで別物に変わったようだが、どうも素材が安いらしく、声が漏れ聞こえてくる。

 

 うーん、イヤホンジャック、などと耳郎の声マネをしながらドアに耳を当てるお茶子。

 

『ああああああああっ!! すごい、すごい振動ですうっ!』

『うわぁっ! 明さんっ、そんな深いところまで挿れたらっ、抜けなくなっちゃ……』

『問題、ありませんっ! わたしの穴は、しっかり咥え込んでますっ!』

 

 まぁた始まっとるやないかいっ! とお茶子はドアを蹴り破って突入するシナリオを考える。『出前館でやんすっ! 水でも飲んでろオラァっ!』でいこう、と。

 

 よし、出前館シナリオやな、とお茶子がハッスルしているところに、またしてもパワーローダー先生の邪魔が入る。

 

「くけけっ! 若い男女が密室に二人……お楽しみってところだな。ほら、麗日君もキノコをカメラで撮るテストをしないとね。くけけっ!」

 

 いいもん、うちも先生といけないキノコ(※食えないキノコ)の写真とっちゃうもんね、とフンスついたお茶子は、パワーローダー先生と密室で、キノコの話をするべく、どすどすと廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 ステインは隠れ家として利用している廃墟のベランダにて、キャンプ用のガスコンロに小鍋を置く。

 

 オールマイト印のインスタントラーメン(ノンフライ/塩味)に、卵と肉、炒めた野菜を入れるのがステインのお気に入りである。

 

 日曜日のおっさんの昼飯とそう変わらない簡素な食事を楽しんだ後は、読書の時間だ。

 思想と信念というものは、肉体と同じで知的鍛錬を成さぬ限り成長も洗練もしない。

 ゆえに、カラダを鍛えるのと同じように、頭も鍛えねば、この世の偽善と悪意に抗しうる鋼鉄の精神は育まれないのである。

 

 いつか、オールマイトのように、と常々憧れているだけではダメなのだ。

 憧れるのではなく、進むための一歩を積み重ねていくことがすべて、とステインは書物を開く。

 

 今日は『正義論』に目を通すことにする。

 ジョン・ロールズの古典的名著であり、ステインは学生時代からスタンダール時代、そして今に至るまでの間に複数回、読み解いたことがある。

 

 しかし、それでもなお新しい発見があり、思索の糧があった。

 やはり、本物は時間の試練に耐えうるのだ、とステインはにやりと笑う。

 

 特にロールズの思想において重要なのは、無知のヴェールと、公正としての正義、である。

 無知のヴェールとは、社会の状況について情報理論における不完全情報しか大衆が持たない状況を指す。

 公正としての正義とは、そのような状況で大衆が導き出す解答──ゲーム理論におけるマキシミン解に該当する。

 

 そのまま読み進めると、ロールズの正義は、正義の概念と正義の構成に峻別されていることに気付く。

 

 正義の概念とは、対立する権利要求間の折り合いの原理であり、利益の適切な分割を定める諸原理である。

 

 正義の構想とは、折り合いを定めるための考慮事項を決める原理であり、分割を定める諸原理の解釈である。

 

 この部分に目を通せば通すほど、ステインは、背中が続々と痺れる快感を覚える。

 

 これは『オールマイトのことだ』と。

 

 いま、オールマイトは正義の概念を体現し、正義の構想を社会実装しているのだと、ステインは天井を見ながら、震えた。

 

 ロールズの正義論などは古臭い図書館の置物となって久しいが、このような古い社会正義哲学においても、すでに、オールマイトの登場は『予言』されていたのである、とすら解釈可能に思えてくる。

 

 さすがに、予言は神格化が過ぎるか、と、ステインは冷静さを取り戻すべく、高ぶった心を鎮めるために禅の姿勢をとる。

 

 心が静まったところで、ロールズの正義論をさらに読み進め──結論へと至る。

 

 やはり、正義論だけでは、オールマイトの偉大さを説明することはできない、と。

 

 オールマイト最大の特徴である、無私の姿勢は、平和の象徴であると同時に圧倒的暴力の象徴でもあるという事実をマイルドに隠す効果を発揮しているが……これをロールズの正義論は何一つ声明しない。

 

 平和の象徴としての無私の暴力。

 

 果たしてそれは、オールマイトのみがたどり着く場所なのか、それとも、その場所へたどり着いたものがオールマイトとなるのか。

 

 これは、いよいよ今日の試論における核心に……と盛り上がっていたところ、中断させられる。

 

 振動する、スマホ。

 義爛、と表示された非合法端末を手に取る、ステイン。

 

「ハァ……なんだ?」

 

 苛立ちは、見せない。

 ステインにとって義爛は欠かすことのできないビジネスパートナーだ。

 ヒーロー殺し、などとあだ名されるステインだが、むしろ殺した数で言えばヴィランの方がはるかに多い。社会はいつも都合のいい事実──この場合は、メディアが部数や視聴率をとれる事実をことさらに強調することを指す──しか、報じない。

 

 ステインははるか以前より、純然たる容赦なきクライムファイターとして、彼が罪と断じた敵を、ただ誅殺し続けてきた。

 ゆえに、殺したヴィランの数はヒーローの十倍を超えているやもしれないが、捨てたゴミの数を覚えていないように、始末したヴィランの数など覚えているはずもない。

 

「よぉ、旦那。仕事の調子はどうだい?」

 

 仕事、というのはヴィラン社会における賞金首の話である。ヴィラン同士というものは些細なことで命を狙い合う。だが、ゴミ同士が直接殺し合うことは少なく、大抵はゴミに賞金が掛かる。これを斡旋、仲立ちするのが義爛だ。

 

 義爛はどこからともなく、組織の賞金首情報を見繕ってきては、ステインに丸投げする。

 ステインが首をとり、それを義爛が捌けば、数日後に地下銀行に金が入る仕組みだ。

 この世のゴミが減り、ステインに金が入り、義爛も儲かる。

 誰も損しない、よくできたシステムである。

 

「いつでも、こなせる……仕事の、依頼、か?」

「いんや、なんだろうな、旦那に会いたいって変な奴がいるんだ」

 

 義爛から人を紹介されたことは、ない。

 いつも武器を紹介されるか、仕事を紹介されるか、仕事道具の工面の話ばかりだ。

 なのに、突如として、人。

 

「ハァ……わかった。会おう」

 

 ステインは即断し、場所を送れと言って切る。

 義爛が脅されて電話をかけている、というシナリオを、まず考慮した。

 場所を聞き出し、必要なら、ビジネスパートナーを脅している邪魔者を消す必要がある。

 もしそうでない状況……本当に、誰かに会うだけなら、余計な言葉を語る口は持たない、と断って去ればいいだけのこと。

 

 ステインは、正義論を閉じ、鍋とコンロを片づける。

 この廃墟に水道はないため、蛇口付きのポリタンクに汲み置きしている公園の水と洗剤で丁寧に洗う。

 それらをホームセンターで手に入るボックスに詰め込み、ベランダに置いておく。

 失っても痛くない道具たちではあるが、使い慣れた道具ゆえに、愛着はある。

 この愛着さえなければ、己もオールマイトのような無私へと至ることができるというのに……いまだ、未熟、とステインは自戒を込めながら、ベランダから室内へと戻る。

 

 室内にはアルコールの匂い。

 日々刃傷沙汰ばかりゆえ、多用してきた結果、どうにも病室のように染みついてきたのだ。

 

 ステインは、壁に掛けてある合金製の刀を手にする。

 特別な代物ではない。

 オールマイトが己の拳をよりどころにするように、ステインもまた、シンプルで実用性しかないありふれた殺傷道具をよりどころにしている。

 

 刀を鞘から抜き、刃筋を確認する。

 切れ味は、十分。

 研ぎ澄まされた刃に写るは、顔のない男の姿。

 

 いつか、オールマイトに消されることを待ち望む、善と悪の境界線が意味を持たない男の姿が、そこにあった。

 




ステインは強くあってほしい(肩入れ)。


※感想欄のG/B消しました。ワイからすれば全部Goodなんで(独善)。言いたいことぶつけてこいっ
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