二人は神域の神社へと向かい、鳥居に一礼する。
「こんなとこに神社なんてあったか?」
爆豪が首をかしげながら周りを見ている。
「普通は見えないんだ。師匠っ! ししょーっ!」
二人が手水場で手を清めた後、出久が声を張った。
すると、社務所のスライドドアがガラガラ、と音を立てて開いた。
そこからのっそりと大鎧に身を包んだ古武士が現れる。
爆豪が思わず背筋を伸ばす。
誰にだって傲岸不遜な彼だが、相手がヤバいやつだとすぐに気づいた場合はさすがにマナーを守るのである。
これが、みみっちい、と言われるゆえんである。
「んんん? イズク殿、そちらはいつも話題に出る爆豪殿では?」
将門がよく来たねぇ、などと言いながら、東京バナ〇を食べるかどうか訊いてきた。
とりあえず三人は社務所に入り、キッチンのテーブルを占領した。
「いやはや、拙者、東京バナ〇を舐めていたでござる」
そんなことを言いながら、茶を進めてくる将門に爆豪が面食らっている。
ああ、やっぱり合ってないよなぁ、と出久は確信する。
「して、爆豪殿。何用でござるか? 拙者は将門。ただの凡俗の化身でござる。イズク殿には師匠などと呼ばれているでござる。あ、お近づきのしるしにマンガでもどうでござるか?」
将門がチェ〇ソーマンの単行本をどこからともなく取り出すが、爆豪がそれを丁寧に断る。
師匠、それ僕読んでいいですか? え、修行の後で? うーん、飴と鞭だなぁ。
「オレ、強くなりてぇんす」
かっちゃんが、前のめりになりながら切り出す。
「え!? なりたいっていうか、君は強いでござるよ?」
決して禅問答ではない。
将門師匠がいたって真面目に答えている。
確かに師匠のいう通り、かっちゃんは強い。
心も、技も、体も師匠なしで独学してちゃんと鍛えていて、本当にすごい。
はっきり言ってヒーローとしての素質は悔しいながら僕以上だ、と出久は純粋にかっちゃんの努力を尊敬していた。
「本当に俺が強いか――わかんねぇから、失礼かもしんねぇけど、手合わせ、お願いします」
爆豪が頭を下げる。
かっちゃんのこんな殊勝な姿はめったに見られないぞ、と出久はしっかりと目に焼き付けておくことにする。
目だけだともったいなので、スマホでもパシャる。
「うーむ、承ったでござる。悩める青少年に付き合うのも大人のシゴトでござるからな」
ただし、東京バナ〇を食べてから、と将門。
三人は黙々と茶をすすりながら、東京バナナを食した。
いつも修行の場として使用している境内の一角にて、爆豪と将門が対峙する。
将門の腰には例の模造刀(※江戸村で買ったもの)。
鎧兜で身を固め、ただじっと爆豪をみつめている。面頬の向こうに見える表情は分からないが、爆豪は只ならぬ相手に睨まれているという実感があった。
ただ闇雲に挑んでも勝てない、と爆豪は天性の勘で見抜く。
なればこそ、対峙する相手が予測していない動き気こそが打開策。
爆豪は戦いを組み立てる。
いくつもの筋を組み立て、それが潰れていく。
そしてわずかに残った可能性に賭けて、仕掛ける。
「オラァっ!」
爆豪は地面を爆破する。
巻きあがる粉塵。
爆豪は後方に跳躍し、今度は垂直に飛躍する。
そのまま上空に転じた爆豪は、先ほどまでの出久との走り込みで蓄えた汗を使って、無軌道なドローンのごとき空中機動を行う。
「す、すごいっ!」
出久の言葉が走るが、爆豪はそのような戯言には耳を傾けず、ただ動かぬ将門をにらむ。
粉じんによる目くらましは意味がなかった。無視して切り込んでくるかと予想したがそうではないらしい。
そしてこのように空を飛び回っても動きはない。
ならば――と、爆豪は素早さで挑むことを決心する。
イメージトレーニングでつかんできた、榴弾砲の着弾をイメージした、あの一撃。
己を――砲弾にするっ!
「ウォオォォオ!!」
雄叫びを上げながら、すべての爆発力を推進力に回す。
爆豪の体が炎をまとった砲弾となり、音速の壁へとたどり着きそうなほどに加速する。
そのまま一直線に、将門のもとへ飛び込んでいく。
「爆豪殿、接近戦――飛び込んで殴るというのは、ちょっと個性の理解が浅いでござるよ」
まずい! と爆豪は悟る。
しかし、すでに全推力をかけて飛び込んでしまっている。
この物理エネルギーを止める方法はない。
せいぜい、この勢いのまま将門にぶつかるか殴りつけるだけである。
だが、それは無意味だと爆豪はすでに理解している。
将門がさらりと抜き放った刀身が見える。
身をひねって回避しようとするが、無駄だった。
冷たい。
それが感想だった。
抜き放たれた模造刀の刃はぬらりと爆豪の首を舐める。
爆豪はそのまま地面に派手に着地し、背中に突きつけられる刀の切っ先を感じる。
二度、死んだ。
首を落とされ、ダメ押しに背後から心臓を貫かれた。
言い訳のできない死を体感した爆豪は、ドッドッと早くなる心臓の鼓動をただ聞いていることしかできない。
「いいセンスでござるよ」
鞘に刀身をしまう音。
爆豪は振り返る。
そこには立ちなさい、と手を伸ばす将門の姿。
爆豪は伸ばされた手を取り、立ち上がる。
「どうでござるか?」
爆豪は問いに対して、頭を下げて応える。
「ありがとう、ございましたっ……!」
通じなかった。
イメージトレーニングをし、山奥で一人鍛錬を積んだ榴弾砲着弾も爆速ターボも、本当に強いやつには通じない、ということがよく分かった。
頭を上げた爆豪の顔は、悔しさがにじみ出ていた。
なにが雄英合格間違いなし、だ。本物相手には全然、届いていない……と爆豪は奥歯をかみしめる。
「すごいよかっちゃんっ!!」
圧倒的な大胸筋に抱き寄せられる爆豪。
思わず爆破してそこから切り抜ける。
「テメェっ! 何しやがるっ!」
爆破されて焦げた出久が、ごめんごめんと平謝りする。
「いや、ほんとごめん。だって、かっちゃん死ななかったし――」
「は?」
「かっちゃんの首に刀が走ったとき、師匠のマジ殺気が出てたんだよ?」
それがどうしたというのだろうか。
爆豪からすれば、本気の戦いをしてもらうために頭を下げて頼み込んだのだ。
殺気を当ててくれたのであれば、それはそれで本望というものだ。
「あ、かっちゃんわかってないなぁ」
にやり、と笑うデクに腹が立ち、ローキックをかます爆豪。
うぐぐ、と脛を抱えて倒れ込む出久。
脛すら筋肉に覆われているものの、やはりまだ薄いため、赤子の頭突きでもダメージを与えられるはずだ。
まさに出久の泣き所である。
「んだよ、説明しろクソマッチョ」
「いいかい、かっちゃん。師匠の殺気なんて食らったら、普通はホントに死ぬんだよ」
「は?」
バカにしているのか、と思ったがどうやら出久は本気でそう信じているらしい。
あんな東京バナナ武士の殺気で死ぬか? と爆豪は首を傾げつつ、改めて将門の姿を探す。彼は話し込むこちらを見て腕を組んで立っているだけだ。
どう見ても、普通の古武士にしか見えない。
ふたりを見守る将門は、爆豪の天与の才能に感動していた。
愛弟子である出久と比べれば、その才能は雲泥の差。
センスと独学だけであれほど戦えるのであれば、環境と師が揃えば、おそらく誰もがたどり着けぬ戦士としての頂へとたどり着くだろう、と将門は確信する。
しかし――不幸にも彼には師がいない。
彼を心と体を鍛え導く師匠との運命の糸が見えるが、その糸は細く、頼りない。
「臨·兵·闘·者·皆·陣·列·在·前」
将門は手元にて八卦を行い、爆豪の運命を占う。
やはり、か。
師との出会いと、時運の重なりが弱く、彼は限られた期間のみ師と行動を共にできるだろう。これほどの逸材を鍛えられる師匠は数少ないはずだが、その出会いすらもかくもか細いとは――実に、惜しい。
たとえ雄英に入学したとて、爆豪は終始、自己の才能を自らの手で育むことを強いられるであろう。多種多様な『個性』を受け入れる学校制度の限界をそこに見出す。
「師匠っ!」
出久が手を振っているので、そちらに歩を進める将門。
「かっちゃんが、強くなりたいって……」
出久がそのような言葉を発するや、爆豪が90度に腰を折る。
「あんたなら――頼みますっ! オレを強くしてくれっ!」
だが、将門にはその言葉に応える術がなかった。
汗を爆発させる個性を生かす戦い方など、将門にとっては前代未聞。
確かにかつて共に戦った陰陽師には似たような使い手もいたような気もするが、すでに陰陽師の多くは冥途に旅立っており、国中を探しても爆豪の技に親和性が強い陰陽師は見当たらぬであろう。
「爆豪殿――君を強くするのは、拙者ではござらぬ」
「そこを、なんとかっ!」
必死に頭を下げ続ける爆豪。
いまここで引き下がるわけにはいかないんだという強い覚悟が伝わってくる。
「爆豪殿、君を強くするのは――この場でござる」
そして爆豪に頭を上げさせる。
迂遠すぎる言い回しに聞こえたのか、爆豪の顔は納得していない。
「言い直すでござる。爆豪殿は、才能にあふれているでござる。ゆえに必要なのは師匠ではなく、稽古相手でござる」
爆豪が行うべきは、日々一人で行ってきたイメージトレーニングや型稽古を試す実戦の機会だ。フィット&ギャップを埋めるべく鍛錬を繰り返し、体を思い通りに動かせる環境、ともいえよう。
「明日からここに来るでござる。イズク殿と励むでござる」
「っ!! シャスッ!!」
ペコリと頭を下げる爆豪。
だが、不意に爆豪がカバンに戻り、財布を取り出す。
「さーせん、月謝のほうは……オレ、あんまり小遣いなくて」
「そんなものはいらぬでござるよ。拙者、金には困らぬゆえ」
「けどよ」
「大丈夫だよ、かっちゃん。僕も払ってないしっ!」
出久がそのようにフォローすると、爆豪が何故か憤慨する。
「バカ野郎っ! ただより怖いものはねぇんだぞっ!」
いや、本当に大丈夫だから。お金ならあるから、と将門が小判の山と、金庫に詰まった札束を見せるまでは、爆豪は出久の言葉と将門の言葉を一切信じなかった。
*
黒焦げになった木人や、切り刻まれた木人の残骸の山の中に、二人の少年が屹立していた。
それぞれが倒したものもあれば、互いに協力し合った成果のものもある。
いずれにせよ、二人は指に力の入った程度の将門を倒せるようになった、ということである。
これが中学二年生の三学期――学校で進路指導が始まった時節である。
あと10か月程度で雄英の入試が始まる。
いよいよか、と二人の気合もはいるものだ。
さて、今日もクラスで進学希望者を対象とした説明があったが、爆豪と出久が『雄英を目指してる』などと先生が余計なことを言い、ひどい沈黙に支配されたのを思いだした。すぐにモブどもはビビりやがる……。
「ッシャシタっ!」
「お疲れさまでした!」
爆豪と出久が木人の残骸を集めて、荷車に載せていく。
それらを一山にして、しめ縄を張り巡らせる。
二人で拝跪の後、互いに鈴を手にして奉納の神舞を行う。
すると、木人を操っていた式神たちに、雑念から昇華された魂魄が集い、その霊気を回復させていく。
『安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る』
二人が言霊を結び、両手で印を結ぶと、木人の汚れが浄化され、新たなる木人へと組み変わった。
「ファンタジー過ぎんだろ……」
信心が無い爆豪は、義侠心と義務感でやっているのだが――このように目に見えて効果があるので将門が口を酸っぱくして述べる『式神への敬意』だけは守るようになった。
とはいえ、せいぜい自宅近所の神社に参拝するようになったり、境内を掃除するくらいだ。
それでも将門いわく、爆豪の肩には微弱ながらも式神の祝福が宿りつつあるとか。
半信半疑の爆豪だが、思い通りに暴れられるこの神域の神社とやらには感謝しているので、義を果たさぬようなことはない。
「そうかな。僕はもう慣れっこだけど」
爆豪は、そんなことを言っている出久を見上げる。
巨大な体をつつむ大鎧を身にまとい、オールマイトを意識したV字の兜飾りをつけた豪傑のような古武士。それがあのデクとはとても思えない。
その体躯たるや、すでに将門師匠をも上回り、甲冑具足を揃えて兜のV字の頂まで測れば2メートルを超えているのではないか、とすら思える。
金剛力士か毘沙門天か分からぬが、戦の神が鎧装束にて出で奉るならこのような姿かたちになろうか、と言ったところである。
「バケモンには分かんねぇんだよ、フツーの人間の気持ちってのはよ」
「ひどいよかっちゃん、そういうのは無個性の人だけが言っていいんだよ? 差別だね、差別」
「テメェ、一回屋上からのワンチャンダイブして……いや、普通に無事なのか?」
「ヴィランに吹っ飛ばされて屋上から落ちた時に、受け身も取れないでどうするのさ? 僕はかっちゃんと違って無個性なんだし、一事が万事修行だよ」
挑発的な爆豪のコメントに対して、心頭滅却すれば火もまた涼しの出久に、またまた御冗談を、とあっり受け流されてしまう。
はぁ、と爆豪は出久の外れた頭のネジを無視して、ホウキを手にして境内の清めを始める。
進路指導の紙に『雄英高校』と第一位志望に書き込んだが、こんなバケモノと比べられるくらいなら西の名門『士傑高校』に切り替えてトップ狙ったほうがいいんじゃねぇか? という合理的な爆豪が心に語り掛けてくる。
しかし、過激な爆豪がそれをくだらねぇ、と否定する。
ダメだ、それでは強くなれない、と修行僧の爆豪もまた戒める。
「おーい、コス〇コで肉もりもり買ってきたでござる」
育ち盛りの二人の少年のために、と将門が要らぬ気を使っているらしい。
まだ師匠のもとに世話になってから半年しか経っていないが、爆豪は自身の成長とともに、師匠の言っていたことの正しさを理解し始めていた。
「かっちゃん、どっちがスペアリブ多く食べられるか競争しよう」
「邪魔すんのアリなら乗ってやらぁ」
「それは……師匠に怒られるでしょ?」
二人は将門を手伝い、バーベキューセットを展開する。
炭火を起こし、網の下にどんどん放り込んでいく。
爆豪は、炭火を用意しながらあれこれと思案を巡らせる。
爆豪の至るべき強さは、爆豪が出会う強敵たちとの戦いからしか学べぬであろう、という師匠の教え――事実、将門から教わったのは白兵戦の技術だけだ。
人としての延長戦の技術はいくらでも教えてくれたが、個性の話になると『物理の勉強のほうが意味あるでござる』としか言わない。
確かに、物理の参考書を読んだほうが爆発という現象とエネルギーについて理解が深くなり、ただ手や足を面的に爆破していても意味がない、というのが理解できた。
また、爆破が衝撃波をもたらす、という物理現象を知れたのも大きな成果であった。
これらを組み合わせれば、様々な戦いができるぞ、と爆豪は持ち前のセンスにて戦いを新しいステージへと推し進めようとしていた。
夕暮れ時。
師匠のところでバーベキューを堪能した二人は、そのまま帰路へとついた。
出久と爆豪の帰り道は被るのだが、爆豪が商店街で買ってきてほしいものがあるという母親からのメッセージを受けて、途中で分かれることとなった。
「またね、かっちゃん」
「今度こそぶっ飛ばしてやんよ」
「まともに挨拶くらいしようよ……」
そんなやり取りをして別れ、出久はダッシュとウォークを交互に行うインターバルトレーニングをしながら帰路へ着く。
さて、頭上注意2mの高架下を頭をぶつけぬようくぐっているところで、出久は得体のしれぬ気配を覚えた。
「何か……いる?」
将門師匠に鍛え上げられた第六感が危険を告げてくる。
出久はフオォォォと、丹田に気を集めるべく呼吸を整える。
「Mサイズの……隠れミ――」
「破ッ!!」
巨木をも蹴り倒す、最速の回し蹴りが放たれる。
明らかにヴィランの気配、と見抜いていた出久に躊躇はなかった。
ジェットのごとき衝撃波を放つ出久の本気の回し蹴りの直撃を受けたヘドロ型の寄生ヴィランは、文字通り飛沫となってコンクリの壁面に叩きつけられる。
「もう大丈夫だっ――!!?」
マンホールのふたを殴り飛ばして現れたナンバーワンヒーロ・オールマイトは自らの背丈ほどではないが、それでも十分な体躯の詰襟姿の男に、思わず驚いてしまう。
「えっと、帝国軍系のヒーローの方で?」
オールマイトの見解は的外れのように見えて、そうでもなかった。詰襟の制服は少なくともかつての帝国軍で使用されていたものであるし、出久の振るう暴力は軍事力に片足を突っ込んでいると評価しても過言ではないからだ。
「オールマイトっ! ボトルをっ!」
出久にうながされ、オールマイトもハッとなり、飛沫と化していたヴィランを回収する。
ヴィランを詰め終わると、互いに頭を下げ合う。
「いやぁ、悪かった!! オフだったのと、慣れない土地で浮かれちゃったのかな!?」
オールマイトがミスを弁明しつつ、HAHAHAと謝罪する。
「さすがオールマイトっ! 画風が全然違うっ!!」
出久は拳を握りしめて、感涙にむせび泣く。幼き頃より憧れ、信奉し続けてきた真のヒーローが目の前にいるからだ。
「あ、オールマイト、聞きたいことがっ」
「おっとすまない。君もプロならわかるだろう? プロヒーローは常に時間との闘い、さっ!」
オールマイトは屈伸からの大跳躍をかます。
ワークパンツに詰めたヴィランのボトルをさっさと警察に突き出して、本来の用事を済ませねばならないからだ。
オールマイトは眼下に広がる町の風景を見下ろしながら、他にヴィランに苦しめられる市民たちがいないかをウォッチする。
「あ、オールマイト。僕、あなたに直接いろいろ聞きたいことがありまして」
オールマイトはOH! と思わず破顔してしまう。
どうやらこの帝国陸軍系ヒーローはこちらに匹敵するパワーを発揮できるようで、ビルの屋上などを踏み台にしながらオールマイトの空中移動に追従してくるではないか。
「あと、ボトル落としましたよ? 気を付けてくださいね」
「OMG! サンクス、同胞っ!」
おっとやらかしてしまったようだ、とオールマイトは冷や汗をかく。
AFOとの戦いでの後遺症が、まさか注意力にも及んでいるとは――はやく後継者を見つけなければ……などと考えつつも、もしかしたら後遺症について、この詰襟の軍人みたいなヒーローに気取られたか? と、直感する。
自身の秘密を知る人間は少なければ少ないほどいい。
だが気づかれるときは、気付かれるものだ。
「Shit!!」
オールマイトの口元から血液が漏れる。
「あ、これどうぞ」
くっ! とオールマイトは善意にあふれる帝国軍系ヒーローから差し出されるハンカチを受け取る。
さすがに、プロの目は誤魔化せないか……とオールマイトは諦観しつつ、この追従してくるヒーローにある只ならぬ武威を感じ、おそらく自分の知らない地方の大物ヒーローであろうと考える。
そして――ならば話してしまうか、とあっさりと覚悟を決める。
とあるビルの屋上に着陸すると、オールマイトは帝国軍系ヒーローに向き直る。
「失礼したっ! いきなりだが――」
オールマイトは力むのを止める。
骸骨のようにやせ衰えた体に変わったオールマイトの姿に、帝国軍系ヒーローはただじっと視線を向けるだけだ。
そして、彼が一筋の涙をこぼす。
「すべて、察しました」と彼は一言だけ語った。
うむ、なかなかのヒーローだな、とオールマイトは詰襟のヒーローに感謝する。
「一つだけ、教えてください」
オールマイトはうむ、と頷く。
「個性がなくても、ヒーローはできますか?」
「……できる、できないの問題じゃない。やるか、やらないかだ」
鍛え抜かれた詰襟姿の彼をじっと見るオールマイト。
やはり、まちがいない、とオールマイトは確信する。
このヒーローはかなり『仕上がっている』と。
全盛期のオールマイトには及ばぬものの、深く掘りこまれた筋繊維の束をまとうその体――阿修羅すら驚嘆するであろう鍛錬の跡が見える。
おそらくは、ナンバーワンヒーローたる私の状況を察しての一言だろう、とオールマイトは対する青年の洞察力の深さに感銘を覚える。
もって一日3時間程度の活動時間しかない、ナンバーワンであり続けることができそうにない男に対する、ちょっとした確認のつもりだろうが、身をつまされるものがあった。
つまり、この帝国軍系ヒーローはオールマイトの力、ワンフォーオールについて何かを感じた、あるいはそれの特質を嗅ぎ取ったのであろう。
「私は、やるつもりだ。たとえ無個性であろうとも、ヒーローであろうとするだろう。武器でもサポートアイテムでも、使える手段は何でも使ってね」
ヒーローの重圧と、内に沸く恐怖から己を欺くかのように、平和の象徴を演じ続けていないと――。
「ありがとう、オールマイト」
笑顔とは、本来攻撃的なものである、という至言があったが、まさにそれであった。
詰襟の彼が浮かべる歓喜の笑みは、まさにアルカイックスマイル。
並のヴィランであれば腰を抜かしてただ許しを請うしかないだろう。
それほどまでに――狂気じみた……長年にわたり殺意を向けられ続け、死線をくぐったものだけが手に入れられる地獄仏の顔をまとっていた。
「候補、かもしれんな」
オールマイトは彼を見てそう思った。いつの日か、彼が地方都市のヒーローではなく、全国規模に知れ渡るランカーになったときには、彼に託すことも考えてもいいかもしれない、とオールマイトは安堵する。
このままOFAの力を腐らせるようなことにはならないであろう、と優れた若手の存在に感謝した。
「君、サインいる?」
オールマイトは名前を教えてもらうべく、彼に尋ねる。
本来であれば同業者たるヒーローにサインがいるかどうかなど訊ねるだけで失礼なことなのだが。
「ありがとうございますっ! 宛名は緑谷出久、で御願いします!」
「本名かい? なるほど、私のファンなのか! うれしいねぇ」
彼はどこからともなく巻物を取り出し、広げる。
なるほど、古風な趣味のキャラクターで売っているのかな? とオールマイトは疑義も持たずにさらりとサインする。
だが何よりも、何よりも、人格が出来ていることに感心した。
共に戦える日も近いかもしれんな、とオールマイトは彼と握手を交わす。
「では、さらばだミドリヤ君っ! 君とはまたどこかで一緒にヴィラン退治が出来そうだっ!」
「はいっ! お気をつけてっ!」
オールマイトは階段に消えていく。
だが、ビルを出てタクシーを拾った車中でふと気づく。
しまった、本名ではヒーロー名簿で探し出せないぞ(※対ヴィラン秘密保護)、と。