僕のサムライヒーローアカデミア   作:すしさむらい

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あとはひたすら、原作に忠実(?)に書いていくぞい


第六話 緑谷出久の雄英入学+個性把握テスト

 

 将門が踏みしめるは、紙やすりのような砂漠。

 具足に固められた足元には飛び散った魂魄のかけらが虹色に輝く。

 半ばその姿を砕かれた将門は、握りしめた刀を離すべからず、と口紐にて拳を結わえる。

 

「やーん、おじさんってゼツリンねぇ」

 

 十六夜の山姫がころころと笑う。

 さも無邪気さを醸し出すも、事はそう容易ならず。

 山姫が血気術を使えば使うほどに、神域は化外に侵され、出久と爆豪が修行をした鮮やかな境内を砂塵へと変えていく。

 もはやこの神域に形態を保つ霊力はなく、信心は底をついていた。

 

 桜が散り、蝉が鳴き、木枯らしに肌をさらし、雪華に頬を赤くする年月の流れを幾重も重ねてきたこの神域はまもなく失われる。

 

「付き合わせてすまなかった」

 

 二人の少年たちが一生見ることのない、覚悟を決めた将門の面魂。

 

 そのまた昔、坂東平野を縦横無尽に駆け巡り、腐敗した権力を振るう朝廷勢力を震え上がらせた本物の益荒男である。

 

「何をおっしゃいますやら。若人たちとあんなに楽しく遊ばせてもろうて、感謝、感謝。また生まれ変わっても、お会いしとう、と慕って居ったとお伝えくだされ」

 

 幼き出久がヒーローになる、と宣言したその日からわずかばかりの加護を与え続けてきた地場の式神が、舞い散る砂の如く、その姿かたちを失っていく。

 

 すべての霊力と信力を将門に託し、自らは冥府へと一足先に挨拶に行ったのだ。

 

「十六夜の山姫よっ! そなたの内に秘めたる憤りと悲しみ、否、魂魄まで食い込んだ愛慕の想い、しかと承った!」

 

 将門は既に隻腕。

 神力にて如何なる鉱物よりも固く、柔らかい将門の纏う甲冑具足を容赦なく叩き潰す十六夜の山姫の力は、文字通り蛮神。

 

「やーん、クソザコおじさんのくせにイキリちらして、恥ずかしくないのぉ?」

 

 十六夜の山姫が、けたけたと笑いながら、呪怨に蝕まれた太刀を将門に向ける。

 

「ちょーよわよわな鬼神さんは、サヨナラのお時間でーすっ」

 

 文字通り、神速の突き。

 刀身の物理的な射程など呪怨の力で無視する距離無制限の、一撃である。

 

 片腕の古武士が、万全の蛮神に勝つことなど出来るのだろうか。

 片腕の古武士が、式神を容易に打ち砕くような深すぎる恨みつらみを祓うことができるのか。

 

 できる。

 できるのだ。

 

 昔日の如きすべてに刃向かう蛮風と精気は既に将門にはない。

 だが、よき日乃本を作り上げるであろう若人たちのために振るう武威だけは、残されている。

 

「……うそっ!?」

 

 雷光の如き一閃。

 愛弟子たちに教えし、秘伝の撃ち下ろし。

 呪怨の刃は、たかが隻腕の古武士に砕かれたのだ。

 

 将門は砕いた呪怨の刃の欠片をギリリと具足で踏みつぶす。

 そして、祓うべき哀れなる子どもを見据える。

 

「刮目するがよい、十六夜の山姫よ」

 

 将門の殺気、刀身に満ち、寸毫微塵の隙も無し。

 

 もし今の将門の姿を二人の愛弟子にみせれば、間違いなく悪鬼羅刹のヴィランであると判断されよう。

 

 心むなしく。

 憎悪は骨髄に達する。

 

 父を、領主に殺された。

 恋人を、叔父に奪われた。

 財産を、親族に奪われた。

 妻を、朝廷に殺された。

 子を、貴族に殺された。

 桓武天皇の子孫であるという血筋は、何一つ頼りにならなかった。

 

 ゆえに、将門は世が腐り果てていると断じた。

 奪うために作られた世の中を、切り捨てるしかない。

 

 ――そう思い込んでいたころの、残滓を纏う。

 

「他所にても 風の便りに 吾ぞ問ふ 枝離れたる 花の宿りを」

 

 将門は、歌う。

 共にたてぬとしても、風の便りにでも私は問いたいのだ。

 枝を離れてしまった花はその後どうなるのかと。

 

 愛弟子たちのことを、思う。

 しばらくは姿を見せられぬ自らを枝に。

 弟子たちを離れた花と見立て――。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 出久、いってらっしゃい、と母に見送られた緑谷出久は、その逞しい体に特注の制服を纏い、堂々たる駆け足にて駅前商店街を進む。

 

 将門のいない、春である。

 

 商店街を助走のための場として、そのまま跳躍。

 駅前の通勤客の群衆が、ああ、彼か、と変わらぬ日常を実感する。

 

 緑谷出久は、地下鉄を利用しない。

 

 彼は雄英高校までの道中を、その優れた体躯を活かしたパルクールにて移動する。

 かつては忍術と呼ばれたものたちの技術を基礎とする出久のパルクールは、同じように身体を鍛錬する他のヒーローや、ヒーロー志望者にとって教範となりうるものであった。

 

 ビルの谷間をまるで無重力であるかのように飛び交い移動する緑谷出久の姿をよく知るシンリンカムイはこう述べている。

 

「やっぱりヒーローは体のバネも大事さ。そういう意味では義経の八艘飛び程度じゃ足りないんだ。ホンモノはビル何十棟をも利用してステップワーク鍛えてるから、船八隻程度、目じゃない。このシンリンカムイも、いま絶賛鍛錬中だ」と。

 

 

 

 さて、出久は砂塵を巻き上げて雄英高校の校門前に着地する。

 セキュリティゲートを経由することが義務付けられているため、出久ならばあの程度の壁など飛び越えて参上仕ること容易なるも自重する。

 

「チッ……」

 

 背後から舌打ち。

 その周波数からかっちゃんであることを見抜く出久。

 

「あ、おはようかっちゃん」

「なぁにオレの前歩いてるんだよデクっ! 一番乗りはこのオレだろうがっ!」

 

 爆豪が野生のバッファローの如き鍛錬済みの出久の尻に蹴りを入れる。

 微動たりもしない出久は、いつものように笑いながら、かっちゃんらしいなぁ、などと爆豪に話しかけながら、校舎へとともに歩んでいく。

 

 教室のドアを爆豪がバカーンと開けると、まだ誰も来ていなかった。

 当たり前である。

 いまだ日が昇りわずかしか経っていない。

 太陽が沈むと同時に体を休め、日の出とともに活動を開始する古代人類の如き生き方を重ねてきた二人であるから、他の者と生活リズムが多少ズレているのだ。

 

 二人は電子ボードに掲示されていた席割に従ってそれぞれの席につく。

 

「うわぁ、雄英の机だっ!」

 

 出久の胸に万感の思いが沸き起こる。

 幼き頃より夢見た、ヒーロー道の第一歩が始まったことを実感する。

 ただ、この夢への一歩へとたどり着かせてくれた人のことが一瞬、脳裏をよぎる。

 

「くだらねぇ」

 

 爆豪がそんな悲哀の迷路へと進もうとした出久に配慮たのかは分からないが、間髪入れず、意図的に机の上に足をのせる。

 

 あれはっ――と、出久はその行為の意味を察する。

 

 かっちゃんも自分と同じく、ここに来る道中を鍛錬の場に変えてきたのは間違いない。

 

 出久に比べて体格が劣るかっちゃんは、せめて体力だけは上回ろう、と足腰をしっかり鍛えるべく駅からここまでダッシュで来たはずだ。

 

 だけど、まだ筋肉の血流ポンプ機能を自在に使いこなせていないかっちゃんは、無理の手前みたいなダッシュの結果、足に血が行き過ぎているんだ。

 

 だから――足を高く上げ、意図的に血とリンパ液を戻している。

 

「それだけじゃ……ないっ!?」

 

 出久は爆豪の練磨の姿勢に驚かされた。

 

 かっちゃんは椅子に体を預け――机に脚を放り出し、ドラゴンフラッグの姿勢をとっているのだ。

 

 ドラゴンフラッグとは、カンフーマスターであるブルース・李が編み出した最高強度腹筋トレーニングの一つである。肩甲骨で体全体を支え、まっすぐに保った体を斜めに上下させるという狂気じみた鍛錬である。

 

「さすがだな、かっちゃんは。コンディションコントロールをフィジカルトレーニング変えるなんて……センスの塊だよ。まったく」

 

 出久もかっちゃんのように体をメンテしておこう、と机に古木の根のように指を絡め――そのまま机の上に逆立ちする。

 

「ねぇ、かっちゃん」

「んだよ」

 

 筋肉を追い込み始めた出久の肉体から放たれる汗が、逆立ちに用いている机に落ちていく。

 

「……師匠、どうしてるかな」

「知るかよ。どっかで遊んでやがるんだろうさ」

 

 会話は途切れ、二人の間に、筋トレの息遣いだけが残る。

 雄英合格の挨拶詣でもできないままに、あの神社は土砂崩れに巻き込まれてなくなってしまった。

 

 土砂崩れのせいでゴルフ場建設計画も白紙になるか、と二人は期待していたのだけれども、世の中そう都合よくはいかない。

 

 今どき、土木系の個性の持ち主たちが積極的に土建業界に参入しているので、文字通りあっさりと、ゴルフ場は完成してしまった。

 

 突如、大切な場を失い、師匠を失った出久は、当然、呆然自失となった。

 一週間、あてもなく山中をさまよい、将門の姿を探し求めたのだ。

 爆豪はそんな出久のことを放っておけなかった。

 将門に頼まれていたからだ。

 いつか、将門とて悪に破れ、しばしの別れをせざるを得ない日が来る、と。

 

『そうなったときは、我が愛弟子、爆豪勝己。我がバカ弟子、緑谷出久を助けてやってほしいでござるよ』

 

 勝手なこと言いやがって――と爆豪が奥歯をかみしめる。

 じゃあ、このオレのことは、誰が助けてくれんだよっ! 師匠!? と。

 

 

 

 

 教室にやってきた同級生たちは皆、困惑していた。

 屋久島の杉か? と勘違いしそうになるほどに太く、たくましい男が机の上で逆立ちをしながらプッシュアップをゆっくりと繰り返す。

 

 アメリカ海軍から遊びに来たのか? としか思えない派手な金髪と年齢以上の筋肉を蓄えている男が、教室の机に脚を――降ろさず、椅子に背中を預け、トレーニングをしている。

 

「僕は、飯田というものだ――こらっ、机に手足をかけるなっ!」

 

 おそらく同級生たちの中で最も勇気と規範意識に飛んだ男、飯田が、誰も言わなかった……言い出せなかったことを口に出す。

 

「うっせ端役が! オレは足を載せてねぇし、手ぇ出してるのはデクだろうがよ」

 

 ドラゴンフラッグの姿勢を解除した爆豪が、椅子に姿勢を正し、机に一礼する。

 万物に式神あり、という将門の教え故、である。

 

「むっ! 確かに!」

 

 飯田の標的が出久に移る。

 まずいな、と出久はぐぐぐと体を戻し、床にすたりと着地する。

 

「デク君っ!」

「あ、デクはあだ名で、緑谷出久といいます」

「あ、あぁ、すまん、いきなり綽名を呼んで……」

「――確かに、飯田君のいう通りだね。机を使ってトレーニングするのは間違っていたよ」

 

 出久が自らの汗によって汚れてしまった机を、手拭いで清める。

 飯田を見下ろす出久だが、そのまなざしは謝意にあふれていた。

 その様をみた飯田が彼の謝罪の意を察し、わかったなら、問題ないと席に戻っていく。

 

「あっ、そこのムキムキ君っ」

 

 教室の扉をくぐるウララカの姿に、出久ははっとなる。

 たしか彼女は、入学試験の時に『鼻息で飛翔』した僕をゆっくり着地させてくれた優しい人、と思いだす。

 

「制服、似合いますね」と出久が握手を求める。

 

 紳士たるもの、礼儀正しくあれと将門およびコンカフェの御姉さまたちに指導されている出久は、世の女性たちに決して非礼を働かぬよう自らを戒めているのだ。

 

「ありがと。君も受かると思ってたよ」

 

 ウララカの微笑みに、出久もうむ、と頷き返す。

 入学試験会場にて出久の姿を見た誰もが彼の武勇――天弓を振るい、巨大な敵を射抜いていく姿を見て、心を奮い立たせたものだ。

 無論、麗日お茶子もその中の一人だ。

 あの時、彼女はヒーローを見たのだ。

 

「お友達ごっこしたいならよそへ行け」

 

 寝袋姿の男が、ゼリー飲料を飲み立ち上がる。

 そのくたびれた姿に、生徒たちが口々に誰だろう、と予想をたてる。

 出久と爆豪は即座に「出来る……!」と見抜き、全身に闘気を巡らせる。

 謎の殺気を放つ二人の姿をみた生徒たちが、あ、と押し黙る。

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。合理的に――そこの二人、俺はお前らの担任だよ。敵じゃねぇ」

 

 いまだに警戒を解かぬ二人に、相澤消太ことイレイザーヘッドが武装解除を呼びかける。

 

「――かっちゃん」

「ああ、油断させて仕掛けるタイプかもしれねぇ」

 

 相澤の言葉に全く耳を傾けない二人に、イレイザーヘッドは渋々と身分証を提示する。

 すると二人は顔を見合わせて……。

 

「失礼しました」

「ッシャシタ!」

 

 揃って頭を下げる。

 イレイザーヘッドは二人の姿を見て、今年の連中の中でも、この二人は『ガチ』だな、と期待を込めて見つめてしまう。

 

「よし、早速だが着替えてグラウンドな」

 

 学校指定のジャージの話をして、イレイザーヘッドがさっさと教室から消えた。

 

 

 

 生徒たちが更衣室で着替えてからグラウンドに集合する。

 真っ先に揃ったのはもちろん、あの二人である。

 

「お前らさ、肩の力抜けよ」

 

 いまだ覇気を放つ二人に、イレイザーヘッドがかぶりを振る。

 こいつら、ダメだ。

 気合が入りすぎてナナメ上に方向にトんでやがる、と。

 

 そして遅ればせながら駆け足でほかの生徒たちが揃う。

 

「じゃ、個性把握テストを行う。個性の自由使用を許可する」

 

 そこで盛り上がってしまう生徒たち。

 中学までの教育では、個性を大っぴらに使用することはできなかった。

 画一化された文科省の学習指導要領から外れることは許されないからだ。

 

 盛り上がる生徒たちの姿を見て、イレイザーヘッドは例年通りに引き締めの宣告をする。

 

「――トータル成績最下位のものは見込みなし、と判断し除籍処分とする」

 

 その一言で、例年通り生徒たちの顔色が曇る。

 これで競争インセンティブが働くはず、とイレイザーヘッドが例外になりそうな二人を見る。

 爆豪も緑谷も勝手に納得した顔をしている。

 

「おい、爆豪、お前これの趣旨説明してみろ」

 

 爆豪が腕を組んだふてぶてしい態度で口を開く。

 

「理不尽ってやつだろ。ヒーローはいつだって理不尽な事態に巻き込まれる。それを何とかすんのがヒーロー。そういうこったろ」

「その通りだ。爆豪のいう通り、俺はお前たちに理不尽を与え続ける。これから卒業するまでずっとな――よし、爆豪。お前がやってみろ」

 

 爆豪が手に込めた汗を利用し、意識を爆縮に集約する。

 大地が震える爆轟とともに射出されたソフトボールは、2万4000メートル先に落着する。

 

 要するに、隣町である。

 

「すご……」と生徒たちが沈黙する。

「次は緑谷。お前やってみろ」

「はいっ」

 

 クラスメイト達の中かから飛びぬけて大きい出久が、イレイザーヘッドからソフトボールを受け取る。彼が握ると卓球の玉かと勘違いするほどだ。

 

「握りにくいです、先生」

「道具の条件は同じでも有利不利はある。不利を覆して見せろ、緑谷」

 

 そう発破をかけられた緑谷は、強く頷くと、投擲の姿勢に入る。

 相澤はゴーグルをしっかりと着用し、視線を隠しつつ自らの個性、『抹消』をかける。

 視界に入っている連中の個性発動を止めるこの初見殺しとも呼べる個性――これを受けてなお、記録を叩き出せれば、彼は申請通り、ホンモノの無個性だ。

 

 職員と教員たちの間では、いまだ出久の内申書に記載されていた『無個性』の三文字が眉唾であるという説が根強く、この個性把握テストでそれを確認することになっていた。

 

「推して、参るっ!」

 

 出久の投擲の構えに、爆豪が危険を予知して直ちに後方へと跳躍する。

 ほかの生徒たちは何も知らないがために、ただ好奇心のままに目を見開き、出久を見つめている。

 

「おいっ、クソモブどもっ! その場に伏せて耳を塞げっ! 目も閉じろっ!」

 

 爆豪が声を荒げる。

 その切羽詰まった声に従って、生徒たちが慌てて目と耳を塞ぐ。

 ただ、ハガクレだけが好奇心に勝てずに立ったままだ。

 頭のないジャージが、ぼーっと突っ立っている。

 

「噴ッッ!!!」

 

 出久の渾身の投擲。

 振るわれた剛腕が空気を切り裂き、衝撃波を巻き起こす。

 丸太の如き両足によって踏みしめられたグラウンドは、隕石の着弾かと見間違うクレーターが生成される。

 

 同時に、巻き上がった粉じんと瓦礫が生徒たちを襲う。

 爆豪はチっ、と舌打ちしながら、アワワと立ったままだったハガクレとかいう女子を体に抱えて倒しこみ、その身を挺して庇う。

 

「ぐっ!」

 

 破片が背中に当たり、爆豪の肉と骨が悲鳴を上げる。

 いま出久が行った渾身の投擲による被害は、軍の榴弾砲の着弾よりもはるかに上だ。

 

「加減しろ、莫迦っ!」

 

――それが、爆豪による出久のバカさ加減を評した一言である。

 

 一方、瓦礫と砂塵の中、イレイザーヘッドは出久のソフトボールが投擲され――それが焼失するのを見た。

 圧縮された空気が熱を持つ、というのは物理学的に当然のことであり、日常生活では自転車のポンプ式空気入れなどを頑張ると、圧縮装置部分が熱くなるのが好例。

 

 それが、ソフトボールに発生したのだ。

 

 マッハコーンを描きながら飛んでいくソフトボールは、その投擲方向に対する空気を急速圧縮してしまう。

 その結果、発熱した空気のせいで――観測用のソフトボールが焼失してしまったのだ。

 

「はい、30mね」

「ぐっ、無念ですっ!」と出久。

 

 イレイザーヘッドが、公正に記録をとる。ソフトボールが失われてしまった距離を公式記録としておくことで、彼の異常な能力を公的記録上、読み取りにくくしておく。

 

 彼は間違いなく――本物だ。

 

 オールマイトの後継者候補になるだろう。

 それを油断ならぬヴィランたちに悟られぬように、細心の注意を払って守ってやるのも教師の務めだ。

 

「死にてぇのかこのクソビッチがっ!」

 

 爆豪が切れ散らかして、透明化の個性を持つ葉隠に派手にビンタをかまそうとするのを、相澤が束縛布を用いて止める。

 

「そこまでにしとけ。お前らとは違うんだよ」

「――クソっ、どいつもこいつも舐めプしやがって」

 

 爆豪が力を抜いたのを確認して、イレイザーヘッドが布の拘束を解く。

 生徒たちの非難めいた視線が爆豪を串刺しにしているが、爆豪自身はそれらを下らねぇ、と切って捨てた。

 

「はい、加減を知らないバカ二人は置いといて、どんどんやるぞー」

 

 破壊されたグランドの惨状に恐れおののく生徒たちを、無理やりけしかけていくイレイザーヘッド。

 生徒たちも腐っても雄英の生徒。

 再び気合を入れなおして、個性把握テストに挑んでいった。

 

 

 

 個性を使い、各記録の伸びしろをみれは何が出来て、何ができないかを各自が把握できるだろう。

 それは己を活かす創意工夫に繋がる、とイレイザーヘッドは個性把握テストを真剣にこなす生徒たちに、心中で語り掛ける。

 

 そして、すべてのテスト種目を終えた生徒たちが集合し、おびえた目で相澤を見つめている(※例の二人を除く)。

 

「はい、最下位は緑谷な」

「……くっ!」

 

 膝をついて頭を抱える出久の迫真の演技である。

 爆豪が彼の肩に手を置いて「よっ、除籍野郎」などと冷やかす。

 その様を見て、生徒たちが一歩前に出る。

 

「――先生っ! 緑谷君が最下位なら、我々は全員最下位ですっ!」

 

 飯田が宣言する。

 

「誰だって、彼がすごいやつなのがわかりますっ! ただ記録が伸びなかった、ということだけで除籍するのは、教育ではありませんっ! ただの粛清ですっ!」

「そうだそうだっ!」

 

 一致団結する1年A組のメンツをじろりとひと睨みするイレイザーヘッド。

 歴戦のプロヒーローに睨まれて、生徒たちは一瞬たじろいで声が小さくなる。

 

「――除籍は、合理的虚偽な。お前らを競わせて、能力を最大発揮させるためのな」

『……えぇっ!?』

 

 なんだよぉ、と喜びあう生徒たち。

 そして皆で出久を囲み「よかったなっ! これからも一緒だぜ!」と声をかけている。

 その姿を見て、相澤は可能性を強く確信する。

 去年は容赦なく除籍したが……このクラスは化けるかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、出久がいつも通りパルクールで下校しようかとアップの柔軟体操をしていると、麗日と飯田が声をかけてきた。

 

 夢中で体を動かしていれば師匠のことを考えずに済むし、誰かと話していれば師匠のことを思わずに済む。

 

 クライメイト、というものは本当にありがたい物なんだな、と出久は話しかけてくれた二人に心の底から感謝する。

 

「デクくんっ」

「緑谷くん!」

 

 ストレッチをしながら出久は二人に返事をする。

 

「今日は大変な思いをしたな、緑谷くん。なんだか気落ちしているように見えたので、心配して声をかけた。余計なことだったら許してくれ」

 

 なるほど、と緑谷は飯田の生真面目な心遣いをありがたく思う。

 気落ちしているようにみえるのは、別件だけどとはいえない。

 飯田もお茶子嬢も、とても優しい人だ――と出久はヒーローになるべき男の条件の一つである優しさを満たすクラスメイトの登場に、胸が熱くなる。

 

「そうそうっ。嫌なことあると、こう、わぁーってお風呂で叫びたくなるよねっ」

 

 麗日が浴槽で喚き散らす話をする。

 

「二人ともありがとう」

 

 二人に礼を述べる。

 

「ねぇねぇ、デクって読みであってるの、名前?」

 

 何気ない様子で尋ねられる出久。

 麗日いわく、爆豪がそう呼んでいるから気になっていた、と。

 

「いや、イズクだよ? かっちゃんは幼馴染で、デクって呼んでる。昔はバカにしてたみたいだけど、今はなんだろう……」

「なるほど、蔑称――の割には、爆豪くんの言葉に悪意を感じないが」

「なんか、デクっていいよね。がんばれって感じで」

 

 麗日のその一言に、出久は彼女の性根のやさしさからくる心遣いを感じとった。

 

「麗日さんは、とても心の清い人だ。デクと呼んでくれていいよ」

「そっかぁー、そう、かな?」

 

 照れる麗日の姿に、まだまだ幼さを見出す出久。

 彼女がこれからどのようなヒーロー道を見出していくのかとても楽しみだ、と出久は思う。

 

「じゃ、僕はパルクールで帰るから」

「え?」

 

 麗日が首をかしげる。

 

「気をつけて帰りたまえ」

 

 二人に見送られ、出久は、その場から跳躍した。

 眼下に豆粒のように小さく見える二人に振り返って手を振り、彼は帰路へとついた。

 

 できる限り全力で。

 余計なことを考えず、寂しさを振り払う速さを追い求める。

 

 速く。

 もっと速く。

 

 壁を越え、屋根を渡り、ビルとビルの間を息を切らして飛び跳ねる。

 

 彼が飛び去るときにコンクリートにポトリと落とされる雫が、汗か涙かは定かではなかった。

 

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