僕のサムライヒーローアカデミア   作:すしさむらい

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第七話 緑谷出久と戦闘訓練

 

 

 HAHAHA、と画風の違う大男が教室に飛び込んでくる。

 

「わーたーしがっ、普通にドアから来たっ!」

 

 オールマイトの登場にざわめく教室内。

 さすがはナンバーワンヒーロー。

 その知名度と存在感に教室の熱気は一気にピークである。

 

「はい、今日のヒーロー基礎学はこれっ」

 

 戦闘訓練、とホワイトボードにでかでかと書かれる四文字。

 がたっ、と爆豪が席を鳴らす。出久と同等かそれ以上の戦闘ジャンキーである彼らしい、高ぶりを見せていた。

 

「コスチュームも、届いているぞっ!」

 

 戦闘前に入学生たちがあれこれと要望を書いて申請したそれである。

 もちろん出久もまた、入試の時に師匠からもらった兜と鎧一式をサポート科のほうに送り付けてある。師匠から頂いた大切な代物を他人に預けるかどうか悩み、かっちゃんに相談したところ『師匠の教え、テメェは忘れたのか?』とマジ切れされた。

 

 そう、師匠の教えはただ一つ。『勝ち残れ』である。

 勝ち、さらに、生き残る。

 そうでなければヒーローとして悪を断ち続けることができない。

 いかに立派な大義を抱こうとも、それを続けることに意味がある。

 ゆえに、鎧云々で悩むなど愚の骨頂。勝ち残るためにとれる手段はすべてとらねば、将門の教えに反するのである。

 

「はい、着替えたらグラウンドβに集まるんだ!!」

「はーいっ」

 

 生徒たちがコスチュームのケースを抱えて更衣室へと駆けていく。

 気が逸る若人たちを見つめながら、オールマイトは託すべき生徒がいるかどうか――と、はしゃぐ生徒たちとは違い、落ち着きそのもののふるまいを見せる爆豪と緑谷に視線を向けた。

 

 

 

 コスチュームに着替えた生徒たちが居並び、互いの寸評を交えていた。

 無論出久もまた、坂東の古戦場からいま来ました、と言わんばかりの大鎧を体躯にまとわせ、太刀を佩き、大弓と矢筒を背負い、長柄の薙刀を手にして現れる。

 

 その武威の風にあてられたのか、麗日お茶子が顔を赤くしつつ、パツパツのボディースーツを出久に「どうかな?」と問う。

 圧倒的なアプローチの速さに、クラスの全女子が色めき立つ。

 

「とてもいいと思うよ、麗日さん。とてもヘルシーでセクシーだ」

 

 出久は、思春期の女子特有の大人になりたがる子どもの質問に答えた。当然のようにエッチだ、と言い切ることができる出久の豪胆に、クラスメイトのミネタが膝をついて涙を流す。アニキって呼ばせてください、などと一人で目元を押さえて打ち震えているミネタの周りから、人々がさっと距離を置く。

 

「そ、そうかな。デク君のもカッコイイね!! デク殿って感じ」

「これは体に馴染んでいるからね」

 

 馴染むというのは嘘である。

 もはや、皮膚であるというべき出久の戦装束。

 鎧の繊維や装甲は軽量かつ防弾、防刃に十分な機能を果たす素材を使用している。

 炎や衝撃に備えるべく、甲冑の下に着込んでいる戦衣はすべて難燃素材と衝撃吸収素材の混合であり、無個性の出久がいかに防御を重視してサポート装備をくみ上げているかを証明するものであった。

 

 そして、母からもらった膝十字靭帯サポーターを、それらの戦衣の下に履く。

『体が大きくなると、膝にくるっていうからねぇ』と心配した母が、安全第一と刺繍をいれてくれた愛情あふれる逸品である。

 これにより、出久の弱点である筋肉重量増大に伴う膝の故障率を徹底的に下げることに成功していた。

 

「おいおい――爆豪、超かっこよくね?」

 

 カミナリとキリシマがきゃっきゃと少年らしくほめたたえるは爆豪のコスチューム――否、バトルドレスである。

 汗を使う、という個性の特質を最大限に生かすべく、全身の汗を吸い取るピタリとしたアンダースーツで全身を覆い、そこに各種小道具や防御力を備えるためにボディアーマーや手榴弾状装甲ナックルなどを装備している。

 毛細血管のように張り巡らされた汗運搬システムは、脚部、背中、手などの貯蔵ボトルに集約することができる。

それらの制御は爆豪自らデジタルで設定する必要があるが、戦いを緻密に計算して行う爆豪にとって、それは煩雑ではなく柔軟性そのものであった。

 

「なぁ、それキャノン砲?」

「――うるせぇっ!」

 

 キリシマたちにいじられているのは、背中に担いでいる一本の砲身だ。

 大型の対戦車ライフルを思わせるそれは、爆豪の爆発力を利用して様々な弾頭を発射する多目的兵装である。

 

 本気の戦いとは常に遠距離戦闘から始まる。

 互いを認識した刹那に、遠距離戦ができるかどうかで状況を主導できるかどうかが変わる。

 そこからインファイトに分岐していくか、火力戦による圧倒でケリをつけるのかは、戦いの中で決めていくしかない。

 

「はーい、センセイ授業しちゃうぞー。恰好から入るってのも、ヒーローっぽくていいね」

 

 オールマイトが全員に集合を促す。

 すこしズレている二人を除き、基本的に優等生しかいないクラスメイトたちは、先生たるオールマイトのいうことを素直に聞く――などということもなく、その持ち前の好奇心の強さゆえか、あれこれ質問をしてくるので、新人教員オールマイトを苦しめる。

 

「はい、で、統計で言えば屋内のほうが凶悪犯出現率は高いんだ。そんなわけで、いきなりだが2on2での屋内戦ね」

 

 何とか質問をさばいたオールマイト。

 授業の趣旨についてレクを終え、いざ戦闘訓練である。

 内容は単純明快。ヴィランが核兵器を施設内に保管しているのを、ヒーローが奪取すること。

 この際、ヒーロー、ヴィランともに相手を倒してもよい。

 相手に捕縛のしるしである布を巻きつけたら、それで退場、である。

 

 さて、ヴィラン役、ヒーロー役の分担は、事前に決定されていた。

 

 そう、事前の職員会議で重大事項として取り扱われていたのだ。

 理由は簡単。

 ガチ系生徒二人のせいである。

 少々世間一般からはみ出てしまっている二人を野放図に戦闘訓練に放り込んだらどうなるか、を考えた時、多くの職員が重大事故を懸念した。

 

 ここが古代のレスリングスクールなら事故も仕方なし、で済むのだが、一応は現代の学校であり、安全配慮義務というものがある。ケガによってプロになれない、あるいはプロにはなれるが十全な能力を発揮できない、などという未来ある若者に傷をつける行為は、教育機関として許されるものでもない。

 

「はい、組み合わせ表はコレ。早速、ヴィランチームは準備するように」

 

 最初の組み合わせは、ヴィランとして飯田・爆豪。

 ヒーロー側でウララカ、緑谷出久である。

 

 事前に学校内の監視カメラや教職員らの観察により、この4人の組み合わせが最もリスクが低いと考えられた。お茶子と飯田は二人とも二人のガチンコと出会ってから日が浅い物の、挨拶をしたり、多少の会話をして、互いに青春らしく距離を縮めようとしているのが分かっていたからだ。

 爆豪も、緑谷も、よもや友となりそうなものたちを傷つけまい、と教員たちは判断した。

 

「おい、クソナード、ケガ人出したら首胴だかんな、注意しろよ」

「わかってるって」

 

 爆豪が、緑谷と別れ際に注意を入れているのをオールマイトは地獄耳で聞いた。

 教職員会議での見解は妥当であったようだ。

 二人とも少々頭のネジとカラダの迫力がトんでいるのだが、それでもやはりヒーローとしての素養が高い。

 

 まだ仲良くもなっていないクラスメイトの安全を第一に考えている。

 同級生であり、将来の仲間となるものたちを、爆豪勝己は守らんとしているのだろう。

 さすがだ、爆豪勝己よ、とオールマイトは感心する。

 少々口が悪く、他人と衝突しがちではあるが、まさにヒーローになるべくして生まれてきたと言っていい少年だろう。

 彼もまた、OFAを継承するにふさわしい素質がある、とオールマイトは頼もしい後継者たちの登場に、大きく安堵した。

 

 

 

 暗がり。

 グラウンドβ、通称市街地演習場のビルの谷間に、緑谷出久はその大柄な体躯を押し込めるようにして隠れていた。

 それに庇われるような形になっているのは、お茶子である。

 

「な、なしてこんな、ち……近すぎん?」

 

 お茶子は戸惑いを通り越して、何が何やら分からぬままに心臓の高鳴りに静まれ、静まれ、と呼びかける。

 緑谷出久との出会いは鮮烈であったが、いまのシチュエーションは刺激的すぎる。

 その逞しい体躯でまるで押し包まれるかのように、お茶子と出久の距離は接近していた。

 

「静かに。相手はかっちゃんだ。飯田君のことはよく知らないけれど、かっちゃんなら、道路に突っ立っていたら速攻でキメてくる」

 

 出久が、兜で隠された頭をとんとん、と指さす。

 映画みたいに狙い撃ちされるってこと? と経験の足りないお茶子はどうにも飲み込めない。

 

「今のかっちゃんは文字通り、フルアーマー状態。生身でも厄介なのに、サポートアイテムなんて装備してるなら文字通り、パーフェクトソルジャーだ」

 

 出久が爆豪を高く評価しているのは、お茶子も知っている。

 しかし、お茶子やクラスメイトたちにとっては、そうではない。

 爆豪の、他人を徹底的に見下した態度は理解しがたく、その性格はヘドロを煮詰めたよりもヒドイのではないか、などとまことしやかに言われる始末。

 その点、体も大きければ懐も大きい出久のほうが、クラスメイト達にとってはまだ話しかけやすかった。

 

「このルール、ヴィラン側に主導権がある。核さえ隠してしまえば、ヴィラン側は好きに動けるからね。こっちは逆だ。核を処理するか、ヴィランを始末することを強いられている立場で、制約が多い」

 

 お茶子とて雄英入試を超えた者。

 出久が何を言わんとしているのかをなんとなく察することくらいはできた。

 

「えっと、こっちはまず核を見つけたほうがいいってこと?」

「その通り」

 

 出久が力強くうなずく。お茶子はなんだか本物のヒーローに肯定されたような気がして、うれしくなってしまった。

 

「だよね。核さえうちらが見つければ、あとはヴィランを倒すか、核を処理するかのどちらかを選べばいいことになるんやし」

「さすがウララカさんだ」

 

 出久は、素直に感心する。ただし、そこから飛び出す誉め言葉はコンカフェの御姉さま方に仕込まれた、レディに刺さる言葉をチョイスしがちだ。

 不意の全面肯定に、お茶子は当然、とぎまぎする。

 

「いいかい、ウララカさん。僕はビルの谷間から谷間へと移動する。あえて目立つようにね。ウララカさんはその個性を使ってビルの中を移動して、相手が立てこもっているビルの途中階に侵入してほしい」

「あ、えっと、うん。うちが、核を見つける。デクくんが敵を引き受ける」

「もし核が奪えそうであれば、ウララカさんが処理。そうでなければ、僕との合流を目指す」

「承知、なんちゃって」

 

 てへっ、と笑うお茶子。

 あまりの可愛さに、出久が面頬をいじりながら表情を隠す。出久はまだまだ修行が足りないのである。

 

『3,2,1、はい、開始っ!』

 

 オールマイトの声。

 お茶子と出久は、互いに頷きあって、それぞれの行動へと移った。

 

 

 

 出久が薙刀を抱えてビルの壁を、配管や対面の壁、ちょっとしたでっぱりなどを駆使して駆け上っていく。長らくパルクールを続けていただけあって、市街地での三次元機動についてはそれなりのものにしてきたという手ごたえがある。

 

 さて、と出久はとあるビルの屋上に身をさらす。

 

「我が名は緑谷出久っ! 正義の果てよりこの地に来た! そなたたちは都会の森に住むと聞くヴィラン共かっ!」

 

 腹の底からの発声。

 数多の筋繊維により補強された声帯が、震える。

 その振動は地球が纏う空気に伝播し、当然、空気もまた震える。

 超高速で振動した空気は、空気中に含まれる水蒸気をも震わせる。

 

 その結果、震えた水蒸気が熱を持ち始める。

 液体の水は100度になると沸騰し、水蒸気に化けるのは中学生の常識。

 しかし、気体になった水蒸気をさらに加熱し、温度をくわえることができることは忘れられがちだ。

 100度以上に加熱された水蒸気を加熱水蒸気といい、その温度は数百度へと達する。

 

 つまり、出久は名乗りによって空間を熱くしたのである。

 熱は伝播し、その場にいる者すべてに襲い掛かる。

 緑谷出久、ここにあり、と無個性の出久なりに考えた、明確な存在証明であった。

 

 しかし、である。

 肌を焼かれるような熱を受けても、なお、ヴィランに動きがない。

 

 かっちゃんたちが立てこもったビルから丸見えになったはず――なのだが、何一つ仕掛けてこない。

 

 出久は空を行く鳥たちが落とす影よりも早く、ビルからビルへとその屋上を移動していく。

 

 あえて目立つ動きをしているにもかかわらず、なぜかっちゃんは仕掛けてこない? と、出久は長らく書き込み続けた戦術ノートを頭の中で開く。

 

「……まさかっ!」

 

 出久は、自らの愚かさに気付いた。

 かっちゃんなら、常日頃から真っ先に敵の主力を潰して、そのあとに悠々と戦をまとめ上げると考えていたが――それは、かっちゃんがヒーローとして振舞うときの話である。

 

 いまの爆豪は文字通りヴィラン。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。当然兵法を押さえている彼のことだからヴィランならどう戦うかを研究せんと、その心理を、その挙措を試そうとするはず。

 

「まずいっ! ウララカさんが危ないっ!」

 

 出久は、駆け抜ける。

 目の前に壁があれば容赦なく薙刀で切り刻み、強行突入して進路を切り開いていく。

 進むべき道は、己で作るべしという将門の教えである。

 

「そこかっ!」

 

 何度も血の匂いとともに感じたかっちゃんの汗の匂い。

 それをセンシティブに感じた出久は、彼の居場所を特定する。

 

 いくつものビルをこえ、壁を突き抜け、いよいよたどり着いたその先。

 

 典型的な雑居ビルの広々とした部屋に、爆豪がお茶子を縛り上げて待ち受けていた。

 縛られたお茶子は意識を失っているらしく、爆豪に抱え込まれている。

 爆豪は大柄な手りゅう弾を模した籠手をはめた手で、抱えているお茶子の顔に触れる。

 その触り方たるや、まさに、いやらしい悪党そのものであった。

 

「動くなよ、デク。こいつのカワイイ顔が吹っ飛ぶぜ?」

 

 ニヤニヤと笑う爆豪は、様になっていた。

 あまりにも様になりすぎていた。

 まさに、ヴィラン。

 変態的で完璧なヴィランさまだ。

 

「何なら、こいつの唇を奪ってやろうか。ヒーローを俺が汚してやる」

 

 爆豪がその指で、お茶子の唇をさらりと撫でる。

 

「貴様っ! その汚い手をはなせっ!」

 

 緑谷出久の、裂帛の怒号。

 とてもではないが同級生に向ける殺意ではない。

 テレビのテロップなどで表示される、互いに特別な修行を積んでいるため、マネしないでください、と注意書きが出るそれであった。

 

 まさに、空気が破裂する激高。

 あたりの柱にひびが入り、窓ガラスがすべて割れて飛び散った。

 

「声を荒げるのが、テメェの個性か? そら、薙刀をすてな。で、テメェ自身で捕縛テープを結べ」

 

 爆豪が、出久に自らを差し出せ、と宣告する。

 

 出久は、手にしていた大ぶりの薙刀をコンクリの床面におく。

 ミシリ、とコンクリの床にひびが入ることから、その薙刀の重量は相当のものだ。

 

 決戦用の得物を手放した出久。

 追い詰められていることを自覚しながらも、何か手はないか、と頭を回転させる。

 何か手はないか?

 事ここに至りて、いかにして危難を打開せん。

 この戦いの終着点――核兵器を回収する、あるいはヴィランをすべて捕縛する、のいずれかの勝利目標を達成する手段はまだ、ある。

 しかし、それは決断を伴う。

 ウララカ嬢を見捨て、核を奪取する方向にすべてを賭けるべきなのか。

 それとも、ウララカ嬢を助け、かつヴィランを始末ないし核を奪取という、ほぼ出目の期待できない賭博に出るべきなのか。

 

 ヒーローであれば、賭けるしかない。

 人質を救い、かつ、大量破壊兵器も止めねばならぬのだ。

 誰も見捨てない――緑谷出久があこがれたヒーローというのは、そういうもののはずだ。

 

 

 

 

 爆豪勝己はヴィランの優位性に戦慄していた。どのような目的であれ、社会に対してどこをどう攻撃するかの自由は、演習が始まるや否や、ヴィランにあると真っ先に気付いてしまったのだ。

 

 核さえ守れば、あとは何をしてもいい。

 そうであると気づいたとき、プランは決まった。

 デクの野郎を完全に屈服させながら、ヴィランとして勝利条件を満たす筋が簡単に見つかってしまったのだ。

 

 飯田に核の守備を任せ、もしデクが飛び込んできたら直ちに呼べと言い残し、爆豪はウララカを狙うことにした。

 正義の炎を心に燃やす爆豪ではあったが、今はヴィラン役だ。

 敵の心理ってやつを知り、敵だったらどう動くのか、どうヒーローを追い詰めるのか。

 それを真剣に実行するだけである。

 

「あっ!」

 

 ビルの窓から侵入しようとしているお茶子。彼女もまたこちらを見つけた。

 爆豪は、足裏と背中のサポート装置から爆炎を噴射して加速する。生身でも爆発の制御は余裕だが、やはり汗をシステムによって効率的に運用できるのは、心強かった。

 

「えいっ!」

 

 お茶子が触れたものを無重力状態にするという、爆豪からしてもうらやましい個性を駆使して、周辺のモノを投げつけてくる。

 爆豪はそれらを回避しながら、勿体ない、と思う。

 あの個性なら、使い手次第では無双できるだろうに、と。

 

「ふぐぅ!?」

 

 すべての障害物を回避した爆豪は、体をうまく制御して空中移動を行い、そのままお茶子の背後に回る。

 ヴィランなら、こうするだろ、とそのまま背後からお茶子に絡みつき、将門流の組討ち術にて首を腕で締めあげた。

 脳への血流を止められたお茶子が、気を失う。

 

「……わりぃな。許せとは言わねぇ」

 

 ぐったりとしたお茶子を傷つけぬよう、慎重に拘束する爆豪――

 

 

 

 ――そして、事は今に至る。

 

 お茶子を人質にした爆豪は、緑谷出久を完ぺきに追い詰めていた。

 

『爆豪君……やりすぎでは?』と物陰に隠れた飯田。もし出久が核に向かうことを選択した場合の足止め係として呼びつけてある。

 

 やりすぎもクソもあるか、と爆豪は鼻で笑う。

 

 ヴィランとはこういうものなのだ。

 ヒーローを追い詰め、社会に傷を与えるためならばいかなる手段でも許されている。

 法規範やルール、倫理なんてものは、ヴィランには通用しない。

 ヴィランとして振舞う爆豪に躊躇いはなかった。

 

「5秒だけ待ってやる。自分で縛らねぇなら、こいつは死ぬ」

 

 爆豪が、お茶子の左胸に手を当てる。

 心臓を一撃するためだ。

 少々柔らかい感触を左手から感じるが、コンカフェでの修行を積んでいる爆豪は心頭滅却し、ヴィランになりきる。

 

 眼前の出久は、目から血涙を流していた。

 そうだろうな、と爆豪は理解する。

 

 逆だったかもしれねぇ、と。

 

 もし自分がヒーローの側だったら、この光景には耐えられない。

 訓練とはいえ、仲間が人質に取られ、しかもその仲間が辱められている。

 おまけに、自分の力は及ばず、打つ手なし。

 爆豪もまた、己の力の至らなさとふがいなさゆえに、血涙を流すだろうな、と。

 

 だが、油断はしない。

 本物のヴィランなら、ここで調子に乗ったりはしない。

 

「3、2、1――」

 

 カウントダウンをしつつ、爆豪は刮目する。

 出久の体を光が駆け巡っているのを、観た。

 神経を駆け抜ける信号が巨大すぎて、不可視のそれが見えているのであろう。

 

 ――抜刀術だな

 

 爆豪は直感する。

 何度か将門師匠からそれを食らったことがある。

 師匠の場合は、何の気配もない脱力状態からの、気が付けば、首筋に刃、という流れ。

 死んだことすら自覚できぬまま、生を終えるという恐るべき近接刀技である。

 

 しかし、デクはそこまで至っていない。

 修行の場を失って以来、自己鍛錬できる場は限られているし、刀を振り回しているところを市民に目撃されれば、即、警察のお世話である。

 

「判断が、遅ぇよ」

 

 仕掛けるなら、爆豪がお茶子を抱えていることに気付いたその瞬間だろう。

 出久を屈服させて、自ら捕縛をなさしめねばならぬ爆豪は、あの時点のみ、主導権を喪失していた。

 それを、冷静に見る頭があれば、出久は勝っていたかもしれない。

 

 爆豪の手りゅう弾状の籠手は、十分な装甲を備えている。

 それを、自らの首元に置く。

 出久から繰り出される紫電の一閃が、バターに突き立てられるナイフのように食い込んでくる。

 

「(装甲は、ダメかもな……)」

 

 まぁ、右腕一本くらいなら、くれてやるか、と。

 ヴィラン役に徹したがゆえにお茶子に破廉恥なことをした罪は重い。

 ゆえに、仕方あるまい。

 

 爆豪は、覚悟を決めていた。

 クラスメイトを傷つけ、辱め、デクを追い詰め、自らが片腕を失ったとしても――この一戦はヒーローの頂に上るために必要不可欠なそれであったのだ、と。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ったぁぁぁ!!!」

 

 マッスルフォームのオールマイトが乱入。

 あんたも判断がおせぇよ、とあきれる。

 オールマイトが、出久の刀を殴って砕く。

 

 刀身の破片が飛び散る。

 爆豪は、それがお茶子を傷つけぬよう自らの体で庇う。

 オールマイトの登場で、この試合は終わり――だとすれば、ヒーローたる爆豪勝己ならば、意識を失っている少女のために身を挺するのが道理である。

 

 

 

 

 講評の時間、と相成ったが、場の空気はとても重かった。

 負傷した爆豪と緑谷(※オールマイトの刀砕きで手首損傷)及び、気を失った麗日は医務室へロボットたちにより搬送。

 

 残された生徒たちを、オールマイトが見渡す。

 

「はい! ということで、1戦目終わりっ! クラスメイトの戦いを見て、学ぶことも多かっただろうっ! では……ヤオモモ少女っ!」

 

 オールマイトは努めて明るく振舞う。

 内心では、今日の職員会議でかなり吊るしあげられるであろうと震えていたが、ナンバーワンヒーローとしての強い意志で、それを押しつぶしておく。

 

「ヒーローは、不利。そう痛感いたしました……」

 

 それだけでヤオモモは言葉に詰まる。

 さすがに、刺激的すぎたか? とオールマイトはぐぬぬ、と眉を寄せる。

 爆豪少年が思ったよりバチクソのヴィランとなってしまい、その様はクラスメイト達からも大ブーイングが起きていたほど。

 

 しかし、ただの訓練――そう思ってどこか侮っていたクラスメイト達は、爆豪と緑谷の間で行われるやり取りに息をのんだものだ。

 途中、ミネタがウララカ嬢を蹂躙する爆豪をみて、涙にまみれて呼吸不全に陥った以外、沈黙が場を支配していた。

 

「はい、次、キリシマ少年とカミナリ少年っ」

 

 おびえた色がいまだに消えない二人を、指名する。

 

「えっと、ここはマジなところなんだなって思いました」

「俺ら、何もわかってなかった。雄英もガッコーだろう、って」

 

 言葉少なく語る二人。

 そう、ここは学校だが、ただの学校ではない。

 いずれ、命をとして誰かを救う立場に立つものを養成するところなのだ。

 

「いいねっ、心構えを変えるのは、早い方がいい。さて、他に何か気づいたことがあるかな?」

 

 オールマイトが促すと、アスイが手を上げていた。

 

「よし、アスイ少女」

「もし、ヒーローが諦めたら、みんな死ぬかもしれないんだわ、と」

 

 顔色があまりよくないアスイ。どうやら本気の戦いにあてられてしまったようだ。

 オールマイトは、深呼吸だっ、と言いながらアスイ少女を励ます。

 

「よぉっしっ! では授業を続けようかっ!」

 

 オールマイトが気合をいれさせる。

 

 

 

 ――その後、職員会議でオールマイトは新人教員らしくボコボコにされた。

 いまだにわか個性しか使えぬ生徒たちが、必死になってヴィランをやり、ヒーローを演じるA組の戦闘訓練映像をみた職員たちは、戦慄した。

 

 技量は限りなく低い。

 しかし、熱量だけは本物に勝るとも劣らぬ。

 

 ゆえに、ケガ人が続出。

 医務室のリカバリーガールからの怒りの苦情。

 

 当然、保護責任があるオールマイトは、懲罰をくらう。

 お茶くみ坊主一か月。

 

 以後、しばらくの間、生徒たちが職員室に行くと、ナンバーワンヒーローがヘコヘコと先生たちに茶を配っている姿を見ることとなる。

 

 

 

 

 戦闘訓練を終えた日の夕暮れ。

 太陽が稜線の形を浮き上がらせる赤々とした光を一日の最後に振りまいていた。

 夕日をあびた、爆豪の影が、一つ。

 それは寂しく駅にむかってジョグしていた。

 だが、それを追いかける二人の影。

 飯田と、お茶子である。

 

「爆豪くんっ!」

「かっちゃん君!」

 

 二人に声をかけられた爆豪が、ジョギングを止める。

 ヒーロー科に属する二人相手だから足を止める必要などないのだが、お茶子は今日、爆豪によって脳への血流を止められて気を失っている。

 細心の注意は払ったが、本来、それはとても危険な行為であり、数日間は経過観察を擁するもののはずだ。

 リカバリーガールがいかに回復力を高めてくれるとはいえ、物事には万が一、というものもある。

 

「んだよ」

 

 ぶっきらぼうに振り返る爆豪。

 はぁ、はぁ、と走って追いかけてきた二人は息が荒れている。

 思わず、爆豪は顔をしかめる。

 

「おい、飯田、ふわふわ女の面倒をちゃんとみろよ。気ぃ失ったふわふわ女を走らせんな」

 

 直接お茶子を注意すれば角が立つだろう、とバカ真面目そうなメガネにうながすことで、間接的にお茶子に自覚させる。

 

「しまったっ! 何たる不覚っ!」

 

 飯田が90度、お茶子に頭を下げる。

 いいっていいって、とお茶子。

 

「よかねぇよ。万が一ってのがあんだ。どんなに強ぇ奴だって、突然、居なくなったりする世の中で、テメェだけが特別だって思いこむのはガキの論理だぞ、ふわふわ女」

 

 爆豪は謝らない。

 訓練となれば胸を殴り、ケツを蹴り上げることだってあるだろう。

 男女平等に徹する爆豪は、訓練でしでかすことについて謝るつもりなどなかった。

 

 もし謝ってしまえば、逆にお茶子が傷つくだろうからだ。やましいことをされた、という嫌悪感を自己の体に抱くということは、女にとってとてもいやなことなのだ、とコンカフェの御姉さま方から強く指導鞭撻を頂いている。

 

「ご、ごめん」

 

 逆に、強く心配されたお茶子があやまった。ふんっ、と受け流して、用件を訊ねる。

 

「で、なんだ?」

 

 爆豪に睨まれた二人。

 飯田が意を決したかのように、一歩前に出る。

 近ぇって。

 

「爆豪君っ! 僕たちはっ! 君に感心したっ!」

 

 続いて、お茶子。

 

「ほんまやで、かっちゃん君っ! うち、初めてホンマもんのヴィランに襲われたんかもって思ったもん。訓練だって、おもってたうちを張り倒したいわ、ほんまにっ!」

 

 誰がかっちゃん君だ? と爆豪は呆れながら、二人の熱弁を聞く。

 くだらない話だった。

 雄英に入ってヒーローになると思っていたけれど、そうじゃなかった。ヒーローになるのは自分たちの心持の問題で、学校は通過点に過ぎないんだ、と。慢心していた自分たちの目を覚まさせてくれてありがとう、と二人は頭を下げた。

 

「……ということで、今日は、御礼にボクから一杯、奢らせてほしいっ!」

「う、うちからも、なけなしのチョコスコーン、おごらせてもらうからっ!」

 

 爆豪は、じゃあ、オレからも一杯ずつな、と財布を取り出す。

 コンカフェの御姉さま方に、誘われるうちが華であると叩き込まれている爆豪である。

 そのような対応となるのだが、逆に二人が固まっている。

 

「爆豪君……」

「かっちゃん君は、もっとこう、うるせぇっ! って帰るんかと思ってた」

 

 なんだよそれ、と爆豪は鼻で笑う。

 将門師匠も言っていた。茶の湯を嗜む余裕すらないということは、武の神髄からも遠ざかっていることだから注意しろ、と。

 

「スタバでいいんだろ、オラ、行くぞ」

「あ、あぁ」

「なんか知らんけど、かっちゃん君が仕切りだしたわ……」

 

 飯田とお茶子は顔を見合わせて、爆豪の背中を追いかける。

 なお、スタバのレジでお茶子の財布を見た爆豪が、代わりにお茶子にスコーンをおごってやったのは今ここで語ることではないかもしれない。

 




※かっちゃんから、丸顔とかしょうゆ顔、みたいなルッキズムチックな発言を取り払いました(といいながら、デクにだけはクソマッチョとか言うんだろうなぁ)。
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