前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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おばけに襲われたと思ったら間一髪助かってその瞬間前世の記憶を取り戻した私がやるべきことは!?

心配そうに私に差し出された手と、差し出してきた人の顔をまじまじと見つめる。

 

「大丈夫ですか?」

「…………。」

「あ、あの?」

 

私は都内の高校に通うごくごく普通の女子高生だった。

両親は健在で仲が良く、友達は多くはないけれど少なくもないし、幸い酷いいじめなんかにも出くわさない人生を歩んできた。

絶世の美少女とは云えなくとも醜女と呼ばれるほどひどい容姿ではなく、高校に入って最初の夏に生まれて初めて彼氏が出来た。彼は同じ吹奏楽部の先輩で、打楽器部隊のリーダーを務める人だった。特別イケメンではないけれど気さくで優しい人で、一緒にいるのが楽しい人だった。

 

そんな彼とのデートの帰り、私たちが通う学校の前を通ったときに事件は起きた。

楽しかったね、また行きたいねなんて話しながらのんびりと歩いていたら、突如聞こえた爆発音。一瞬何が起きたのかわからず思わず足を止めると、また聞こえた大きな音。先輩が不思議そうに首を傾げているのが逆に不思議に思いながら急いであたりを見ますと、学校の敷地内から土煙のようなものが立ち上っているではないか。

 

「な、何あれ。それにこの音も」

「え? 別に……何の音もしないと思うけど」

「あれ? さっきから何か大きな音してません?」

「そう? 僕は聞こえないけど……」

「あれぇ……?」

 

そんな話をしながら、ほら早く帰ろう、と先輩に促されて私は帰宅した。

歩きながらちらりと学校のほうを確認したら、やっぱり煙が上がっている。音も続いている。

だけど先輩は何も気にしていないみたいにさっきの話の続きを始めたから、私は煙も音も気にしないように先輩の手を握りしめた。

 

我が家は学校からほど近く、数分後には家の門の前に到着する。

また明日、と先輩に笑顔で手を振って一度玄関に入ってから、何故だかどうしても学校のことが気になってしまい、私は学校に行かなければという衝動に駆られた。

普段なら絶対気にしないでさっさと寝るし、なんなら今日のデートを思い出して友達にのろけ電話したりしているはずなのに。

理由はわからないけれど、とにかく私は急いで学校に向かった。

家から学校に向かうにつれ、音はどんどん大きくなっている。

先輩は耳が良いはずで、ティンパニーの調律だってチューナーがほとんどいらないくらい完璧にこなすのに、どうしてこの音が聞こえなかったのだろう。

しかも、学校の近くには家もお店もたくさんあるのに、誰も音に反応して外に見に来る様子がなかったのもおかしい。

私にしか聞こえないし見えない周波数? そんな馬鹿な。

 

数分後、学校に到着したのはいいけれど、当然正門は閉まっている。当たり前だ。強豪でない限りこんな時間まで部活はやらないし、何より見える限りの場所に電気は一つもついてない。

だからさっさと諦めて帰るべきなのに、何故か私は諦めず裏門に回った。裏門もカギは閉まっているけれど、実は人一人くらい通れる隙間があるのを知っていたのだ。

何度考えても引き返すべきだ。

頭の中の冷静な部分は、ずっとそう訴えている。

だけども私はそれを全部無視して、ついに学校の敷地内に足を踏み入れた。

瞬間、なんだか妙な感覚があったけれど、自分の身体に異変はなさそうだったので気にせずに音源を求めて進む。

敷地内に入ってからはまるで断続的に地震が起きているみたいに地面が揺れていて、ちょっと酔いそうだった。

いくら地震慣れしている日本人でも、普通これだけ酷い揺れが起きていたら誰か外に出てきそうなものなのに、やっぱり周囲の家から人が出てくることはない。

 

気持ち悪い。

揺れもだけど、この状況が。

 

周囲は何も変わっていないのに、まるで私一人がおかしくなってしまったみたいに感じる。

知らないふりをして帰って眠れば元通りになるかもしれない。

明日には学校から聞こえた音も揺れも忘れて、また学校生活を謳歌してしまえばいい。

でも、それは出来ないのだ。

 

だって私はもう気付いてしまった。

ここまで来てしまった。

だったら、あとはなるようにしかならない。

人生とはそういうものだと、私は知っている。

 

音は、どうやら中庭のほうから聞こえてくるようだった。確かに中庭ならば正門からも裏門からも見えない位置だし、煙の方向的にも合っている。

裏門から駐輪場を通り抜け、本校舎と特別棟を繋ぐ通路を過ぎればそこはもう中庭だ。

念のためゆっくりこそこそ近付いて目を凝らす。

でも、何もない。

相変わらず音も揺れもあるし、中庭に近付くにつれてそれらは大きくなったのに、それだけだ。

絶対変だ。

こ、これはまさかポルターガイスト? 心霊番組でよく見るアレ?

日本のおばけってもっと殊勝な感じだと思っていたけど違うらしい。だってこれはこんなにも主張が激しいし。

もしかしたらもっと近付けば何か見えるかもしれない。

そう思って、隠れていた自動販売機の陰から一歩足を出した、その瞬間。

 

「え」

 

突如目の前に現れた、それ。

ドロドロしてて、べたべたしてて、ぬるぬるしてて、禍々しいという言葉一つでは表現しきれないような何か。

それが生きている――意思を持っているのだと気付いたのは、やけに鋭利な手のようなものが自分に迫っているとわかった瞬間だった。

 

あ、死んだ。

 

私は確信した。

そうしてこの瞬間、何故かこの瞬間になって私は唐突に思い出したのだ。

 

これが二度目の人生であること。

前の人生は二十歳の成人式の日に車に轢かれてあっけなく終了したこと。

 

思えば走馬灯のようなものだったのだろう。

気味の悪いおばけに殺されると悟った瞬間に、今生のことだけではなくたまたま前世にまで遡って思い出してしまったに違いない。

何にせよ迷惑この上なかった。

だって折角前世を思い出したって、もう私は死んでしまうのだから。

しかも、車で轢かれるより嫌な死に方が待っている。

なんだよおばけに殺される人生ってギャグかよ。

 

ああ、せめて前世より長生きしたかったなぁ、とか。

こんなことなら彼氏ともっと思い出作っておけばよかった、とか。

冷蔵庫に取っておいたケーキ、我慢しないで食べちゃえばよかった、とか。

 

いざとなると思い出すのはこんなことだ。

私、ほんと碌でもない人生ばっかりだなぁ。

もしも三度目の人生があるなら、次こそはもうちょっと良い人生であってほしい。せめて二十歳より長生きしたい。

 

「――……?」

 

あれ、でもなかなか死なない。

自身に迫ってくる鋭利なものを見て、無惨なまでに切り裂かれるんだろうと諦めていたのに、その衝撃はいつまでたってもやってこない。

もしかして、痛みを感じる前に死んだ?

それならまだいいのだけど、でもじゃあどうして私の思考がまだ続いているのか説明が。

 

ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開くと、目の前が真っ黒だった。

目がやられたか、と思ったのは一瞬で、黒い服で視界が覆われていたことに気付く。

どうもおばけと私の間に黒い服を着た誰かが入り込んでくれたらしい。きっとおかげで私は助かったのだ。

 

直後、断末魔のような酷い声があたりに響き、そうして訪れた静寂。音も震動もなくなっている。

何が起きているのだろう。

ポルターガイスト(仮)は収まった。

誰かが解決したのか。

全部自分が見ていた性質の悪い夢だったのだろうか。

それすらも判断がつかなくて、動けない。

へたり込んだまま呆気に取られている私に、その人は振り返った。

 

「大丈夫ですか?」

 

そうして話は、冒頭に戻る。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

鼻血出してそのまま月まで飛ぶんじゃないかと思った。実際にはそんなはずはなく、私は鼻血を出していないし、月にも行けない。

私をおばけから守ってくれたのは、黒髪お団子、塩顔長身、特徴的なボンタンを身に着けた男の子だった。

私は彼を知っている。

初めて会ったけれど、知っている。

 

夏油傑。

呪術高専東京校に通う特級術師。

 

後に、非術師を憎んで殺しつくそうとしてしまう人。

 

最悪だ。

嘘だ。

信じない。

怪訝そうにこちらに声をかける彼の声をどこか遠くで聴きながら、私の心臓は大きな音を立てて暴れ出した。

だって、こんなことありえるだろうか。

 

――まさか転生した先が、前世で読んでいた漫画の世界だなんて、そんな、それこそ漫画みたいなこの状況!

 

でも今の私にはこれが紛れもない現実なのだとわかる。わかってしまう。

 

「ええと、大きな怪我はなさそうですね」

「は、はい」

「少し待っていてもらえますか? 一応治療師がいるので呼びますから」

 

それは、十中八九家入硝子のことだろう。

ということはつまり、近くに五条悟もいるはずだ。

気付いた瞬間私は反射的に立ち上がった。

今の今までろくな受け答えもしなかった私の突然の機敏な動きに彼は驚いたように目を開き、どうかしましたか、と声をかけてきた。

 

信じがたいけれど私には前世の記憶があり、なんならこの世界の結末も途中までは知っている。私が死んだときにはまだ完結していなかったから、本当に途中までだけれど、それでも私は知っている。

嘘みたいな冗談みたいな、だけど本当の話。

 

かかわってはいけないと、私の本能が頭の中で警鐘を鳴らす。

もう十分かかわっているなんてのは野暮な話だ。ならばこれ以上かかわらないようにするまで。

 

「私は大丈夫です、ご心配おかけしました!!」

 

勢いよく頭を下げ、彼の言葉を待つことなく私は回れ右をしてダッシュでその場から走り去った。

後ろを振り返る余裕もなく、必死に走った。

まっすぐ家に帰るのではなく何度か適当な道を進んで、途中走りすぎて喉が渇いたのでコンビニによって水を買った。そのとき念のため周囲を確認してみたけれど、彼が追いかけてきた気配はなかった。そこでやっと私はほっと息を吐いた。

ただ、コンビニから家に帰る途中で初めてこのあたりでは見る猫がいたので、さっきまでの出来事をこの可愛い猫ちゃんで上書きすべく触らせてもらった。飼い猫なのか、首輪はしていなかったけれど随分と人懐っこい猫だったので、思う存分もふらせていただいた。今度会ったらちゅ~るを上げよう。

 

文化部で普段万年運動不足なくせに、無駄なダッシュをしたせいで満身創痍になっていた私は、家に帰るとすぐにお風呂に入って寝ようとした。

だって今日はいろんな意味で疲れたのだ。

先輩と楽しくデートして、その日のうちにうっかり死にかけて、しかも前世の記憶を取り戻す。

これが盛りだくさんじゃなくて何なんだって話ですよ。

だけどベッドに入っても全然眠気は訪れず、意地になって目を閉じたまま私はいろんなことを考えた。

 

前世の記憶を取り戻したとはいえ、私は私だ。

記憶が上書きされて別人になったりとかはしていない。簡単に云うと、今生の記憶に前の人生のデータ入りUSBメモリを読み込んだ、みたいな感じだ。わかるだろうか。わかってくれ。

私は間違いなくこの世界に生まれた人間で、だけどこの世界はあの漫画の世界で。

漫画に描かれていた部分に、私のような人間は存在していない。少なくとも、私はあの漫画の登場人物ではないのだ。

ただし、夏油傑が高専の制服を着ていたということは、ここは本編の十年ほど前の世界軸ということになる。

物語の本筋にかかわること以外はあまり多くは描かれていない部分だから、確かに漫画になっていない部分で私という人間がかかわっていた、という可能性がないわけではない。

 

でもきっと、それはないだろう。

だって私、こんなにもモブだもの。

今思い出してみたって生まれてこの方一度だっておばけ、もとい呪霊なんて見たことはないし、さっきだって殺されそうになる直前まで何も見えなかった。

つまり私は完全に非術師。

夏油傑が猿と呼ぶ側の人間。

2005年現在はまだ『非術師を守るため』という理由で術師をしている夏油傑は、来年の今頃にはその理由に疑問を持つ。

そうしてさらに一年後、あの事件を起こして呪術界を敵に回す。

 

正直に云おう。

私は夏油傑推しだった。

だって顔がど好み。どストライク。あれがかっこよくないなら世界は終わっているとさえ思う。

だから高専時代の話は死ぬほど読み返したし、なんならセリフすら頭に入っている。うるさい気持ち悪くない。

じゃあなんでその推しに会えて喜ばないのかって、そんなもん私が非術師だからに決まってる。

もしあの漫画のとおりに世界が進むなら、呪術師でないモブな私は今から二年後以降些細なきっかけで夏油傑に殺される、或いは彼に関連する事件に巻き込まれて死ぬ可能性が高いのだ。

だって私は猿だから。

 

あの顔は好みだし五条悟と並ぶほどのクズでもめちゃくちゃ好きだけど、私は死にたくない。

さっき折角拾った命を大事にしたい。作戦名、いのちをだいじに。これに尽きる。

ならば死なないためにどうするか。

少なくとも、2007年の夏までは大きな事件はないはずだから、それまでしばらくはこのまま無事に過ごせるだろう。

問題はそのあと。

そうだ、大学は地方に行こう。

確か呪いと人の多さは比例すると云っていた気がするし、高専からも離れていて、漫画に出てこない地域に行けば、今後の漫画の展開には巻き込まれずに天寿を全うできるかもしれない。

そうだ、そうしよう。

どうせ今日のことも彼にとっては数ある任務のうちのひとつだから記憶には残らないだろうし、明日からは二度目の人生の再スタートを楽しんで生活すればいい。

はいオッケー、はいそれでいこう。

 

と、自分に言い聞かせても結局ほとんど眠れないまま朝になり、半分寝ながら学校へ向かう。

ああ、今日くらい休んじゃえばよかった、と思っても根が真面目なのか引き返したりこのまま街に繰り出すなんてことは出来ない。

昨夜のことは夢じゃないのかなぁ。ほら最近疲れてたから悪夢を見たとか。はは。なんて現実逃避してみたけれど、しっかり前世を思い出した自分がいるおかげで失敗に終わった。

 

「はー……」

 

思わずため息だって零れるさ。

どうして昨夜の私はこの道を進んでしまったんだろう。

やめときゃよかった。

昨夜の私に全力でアドバイスしてやりたい。

前世を思い出さなくたって、今を楽しく生きられたらいいじゃない。

さっさと帰って寝ろ。

もし今時間を巻き戻せるなら、絶対そうするのに。

 

そんな今さらどうしようもないことを考えながら歩いていた私は、注意力散漫だったとは思う。

だから、気付けなかった。

 

「あ、来た来た。おはようございます」

「んー、おはよー……」

 

反射的に挨拶を返して顔を上げて。

絶句。

私は鞄をぼとりと落としてしまった。

 

「……はぁ!?!?」

「ちょっと傷付きますね、その反応」

 

爽やかに笑う彼。夏油傑。

学校の正門前にひょっこりと現れた彼は、当たり前のように私に朝の挨拶をした上、純粋に驚いたら何故か傷付いたような顔をした。

 

「え、え、いや、なんで……!?」

 

卒倒しなかった自分を褒めたい。というか気持ち的には気絶したいけど、今気絶したらとんでもないことになるって本能が訴えてきておちおち気も失えないというのが現実だ。

 

待て待て待て。

どうして彼がここにいる?

昨夜の呪霊はすでに祓われたはずで、だから学校が封鎖されずにこうして私以外の生徒も通学しているわけで。

任務が終わったなら、彼はこんなところに用はないはずだ。

今は何級か知らないけれど、少なくとも来年の今頃には特級になっているような人が、こんなところで油を売っている暇があるだろうか。いやない。反語。

じゃあなぜ彼が私の目の前にいるのか。

しかも偶然というわけではなく、私を待っていたようなことを云っていた。

なんで。

登校している他の生徒たちにはじろじろ見られるし、でも驚きすぎて逃げるという発想に至れない私はただただ固まるしかできない。

 

そろそろ酸欠になりそうだな、なんて他人事みたいに思っていたら、夏油傑は思い出したように手を叩いた。

 

「猫がお好きなんですか?」

 

猫?

はて?

唐突な言葉に頭にはてなが飛び交う。

私は別に猫のグッズなんて持ち歩いていないし、猫柄の物も身に着けてはいない。そりゃあ犬より猫派ではあるけれど、そんなものパッと見でわかるはずもない。わかったら怖い。

そこでふと思い出したのは昨夜の帰り道、コンビニ前で出会ったあの猫。

周囲に誰もいなかったし、とにかく一刻も早く癒されたい気持ちでもふらせていただいたあの猫は確かにあの辺で初めて見た猫だったけれど、まさか、もしや。

 

「あの猫、呪霊……!?」

 

云ってから思わず口をふさぐ。

にっこりと、夏油は笑っていた。

 

「呪霊をご存じなんですね」

 

はめられた。

今さら口を覆っても、飛び出した言葉は取り消せない。

馬鹿か、私は。

 

「少し、お時間いいですよね?」

 

にっこり、にっこり。

圧がすごい。

これは、嫌です、とはとてもじゃないけど云えない雰囲気だった。

 

お父さんお母さんごめんなさい、娘は生まれて初めて学校をさぼります。……不可抗力だけど!

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「改めまして、私は夏油傑と云います」

「……どうも」

「どうしてあなたを呼んだのか、心当たりはありますか?」

 

私を学校から連れ去った(語弊はあるが訂正しない)夏油傑は、学校から離れて街中に行き、適当なカフェに入った。そこそこ良いカフェだ。チェーン店だけど、コーヒー一杯で軽く夏目さんが飛んでいく系のお店。私普通の高校生なんですけど。でもここに連れてきたのは彼なので、彼が払ってくれると信じよう。有無をいわさず連れてこられたのがむかついたので、注文の際ケーキセットにしてやった。が、何も云わずニコニコしていたのでちょっと怖かった。じ、自分で払おう。

 

彼が口を開いたのは、店員さんがコーヒーとケーキを持ってきて、ごゆっくり、と丁寧にお辞儀をして去って行ってからだった。

香り高いコーヒーをまず一口飲んでから、渋々私は答える。

 

「昨日の、学校のこと?」

「正解です」

 

何拍手してんだヤメロ腹立つな。

舌打ちを我慢するため、チーズケーキを頬張る。うわ美味しい。

彼氏や友達とはとてもじゃないけどこんなカフェに入らないし、前世でも大学の友達と集まるのはせいぜい大学の研究室かファミレスだったから、こういうカフェはとても新鮮だ。せっかくだからこの機会を堪能しよう。

ちょっと開き直ってご機嫌にケーキを食べていると、テーブルに肘をつけて顔の前で指を組んだ夏油傑がまっすぐにこちらを見てきた。

思わず、ケーキが喉に詰まる。

おい自覚してんのかイケメン、その顔は駄目だろ。駄目だろ。

慌ててお冷でケーキを飲み込む私が馬鹿みたいだろ。

が、そんな私の奇行など気にせずに夏油傑は続けた。ちょっとは心配しろよとおもったけれど、そういえばこいつクズだった。

 

「あなたは何故昨夜、あの場所に?」

 

なんとか息を落ち着けてから、嘘を吐く理由もないので、正直に話す。

 

夜に学校の前を通ったら、すごい音と土煙が上がっていたこと。

一度家に帰ったけれど、どうしても気になって戻ってきたこと。

裏門から入って、あの場所にたどりついたこと。

そうして、あなたに助けられたこと。

 

ついでにそのとき前世の記憶なんかも取り戻したんだけど、これは彼には関係ないことなので伏せておくとして、私は何も嘘は吐いていない。

なので全部話したらすっきりしたので改めてコーヒーを口にした。

黙って私の話を聞いていた夏油傑は、注意深く私を観察しているようだった。値踏みしていると云ってもいいだろう。なんにせよ、不躾であったと思う。だってあからさまにじろじろ見られたし。

しかし、私が嘘を吐いている様子も騙している様子もないとわかったらしく、今度は困ったように眉間にしわを寄せた。うわぁその顔もいいね、こんな状況じゃなければスクショしたいのに、悲しいかな、現実世界でスクショは出来ないのである。仕方ないので心のシャッターを切った。

そうして一度ゆっくりコーヒーを飲んでから、夏油は静かに云う。

 

「どうして学校に入ってこられたのかが謎なんです」

「え?」

「帳、と云いまして。昨夜の呪霊は危険だったので、ちゃんと逃げられないように一種の結界を張っていたし、外からも侵入できないようにしていたはずなんですよ」

 

なのに、どうして、と。

 

いや。

……え?

帳張ってたの?

嘘じゃない?

じゃあなんで私は入れたの?

あ、今それが問題なのか。

 

帳って確か外から見えなくして呪いをあぶり出す漆黒の結界で、非術師には認識できないんじゃなかったっけ。でも私、普通に学校見えてたよな。音も聞こえてたし。

ちょっと待てよ。

本来は帳があればその中は非術師には認知できなくなる。音も、煙も、おそらく震動も。だから近隣住民が出てこなかったのだ。

でも私には見えていた、聞こえていた、震動を感じていた。

これがもうおかしくないか。

術師だったら帳は漆黒の結界に見えているはずで、まぁ音や煙や震動は感じることが出来るかもしれない。

なんで私には帳が見えないのに、ここは非術師と同じなのに、音も煙も震動も感じたんだ。

それはまるで、私にとっては帳が最初からなかったようなものじゃないか。

 

それに、あの猫。

夏油傑の言葉が本当なら、あれは彼の呪霊だったことになる。

ならば私が見えて触れたのはおかしくないか?

学校で呪霊が見えたのは殺されかけたという特殊な条件下だったからで、少なくともあのコンビニの前で命の危機は感じていなかった。追われてるかも、とは思ったけれど、それはあくまで夏油傑本人を警戒してのことで、彼の使役する呪霊を使われるなんて考えてもいなかった。

そもそも、本当に帳を張っていたなら私が学校に入れたのはなぜなのか。

裏門を通った瞬間少しだけ違和感があったのは確かだ。でも、それだけ。抵抗というほどのものはなかった。

私は非術師で呪力なんてない普通の人間なのに。

いくら考えても答えは出てこない。

だって私は、あの瞬間までは前世の記憶も何もない単なる一般人だった。帳が作用しない理由も、呪霊が見える理由も何もないはずなのに、どうして。

うーん。

決して優秀とは呼べない頭で必死に考えてみたけれど、答えが導き出される様子はまったくない。

 

……うん、わからん。

わからんもんはわからん。

ただ確実なのは、私は非術師の一般人。

私より圧倒的に呪術に詳しい夏油傑に原因がわからないなら、私なんかにわかるわけはない。

 

んじゃあもうしょうがないよな、と私が考えることを放棄すると、それに、と夏油傑は続けた。

 

「何故あなたは呪霊を知っているんです? みたところ、呪術師ではないように思いますが」

「あー、えぇと」

 

んもう、私の馬鹿。

せめて式神とか云っとけば、ちょっとそういう系の漫画が好きで、とか言い訳できたかもしれないのに、はっきりと呪霊なんて言葉を使ってしまったせいで逃げ場がない。

どうしよう、なんて説明しよう。

と、必死に頭を回転させていた時だった。

 

唐突に、脳裏に頭から水をかぶった夏油傑の姿が浮かんだ。

椅子や背景から、場所はこのカフェ内だ。

 

でもおかしい。

私は別に、ムカつくから水でもぶっかけてやれ、なんて思ってはいない。いくらなんでもそんなことはしない。今はすごい丁寧にしてくれてるけど、怒らせたらこの人絶対怖いし。

何事かと思って目をこすってみても、今目の前にいる夏油傑は濡れてなんていない。当たり前だ。

何だったんだ、今の。

 

「どうしました?」

「あ、いや……」

 

やっぱり昨日あんまり寝てないせいで疲れているのだろうか。

難しいこともいろいろ考えて疲れたし、今日はさっさと帰って寝よう。帰れれば。……あれ、私今日帰れるよね? 非術師な私が夏油傑に付きまとわれる理由はないんだから帰れるよね? 不安になってきた。

その時、視界の端に店員さんの姿が見えた。さっき私たちの後ろの席に座ったお客さんにお冷を持ってきたらしい。

どうでもいいけど、海外だとお冷って出ないんだよね。はじめてヨーロッパ行ったときはカルチャーショックだったなぁ、なんて考えて、ハッとする。

そういえばさっき、ずぶ濡れ夏油傑を見た時、傍にコップが転がっていた。

まさか、と思った瞬間私は反射的に立ち上がっていた。

 

「何――……」

 

考える前に急いで店員さんと夏油傑の間に入った、その瞬間。

 

「っきゃぁ!」

 

床に躓いた店員さんの手から水が入ったコップ共々お盆が放り投げられて、丁度夏油傑を守る形で立ちふさがっていた私を頭からずぶ濡れにしてくれた。

……なるほど、理解した。

 

「――も、申し訳ございません!!」

 

顔を真っ青にした店員さんはすぐにタオルを取りに走って行った。

ちなみに、不思議と怒りはわいてこない。人間だもの、転ぶことも失敗することもあるさ。あとすぐ謝ってくれたし、わざとじゃないってわかってるし、どうせ水だから気にしない。

そんなことよりも、私は今からとんでもないことを口にしなければならないわけだ。

 

「あの、夏油さん。笑わないで聞いてもらえます?」

「は、はい」

 

頭から水を滴らせながら、もう私は笑うしかない。きっとこんな私を目の当たりにして不気味だっただろうに、夏油傑は呆気にとられながらも頷いてくれた。うん、ありがとう。

 

やばい。

これを口にするには非常に勇気がいる。

確かに私はアニメや漫画が好きだけれど、それはあくまで客観的にみているのが好きなのであって、当事者になりたいなんて考えたことはなかった。

実際、こうして漫画の世界の住人になっても、呪術師になりたい! なんて一切思っていない。

 

モブでいい、モブがいい。

 

こんなことになるなら昨日死んどきゃよかったと思ってしまった。嘘です死にたくないです。

でも、死ぬほど恥ずかしいってことだけはわかってほしい。

 

「私、ちょっと先の未来が視えるんです」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

結論から云うと、私は呪術高専に転校することになった。

両親への説明には夜蛾学長…いやこの時点ではまだ先生か。夜蛾先生がすっとんできてやってくれて、書類やら何やら諸々の手続きはいつの間にか片付けられていた。

恐ろしいほどの手際の良さ。よっぽど新しい呪術師(仮)を逃がしたくないんだろう。

しかしてそれは私が特別だったり優秀だからじゃなくて、万年人手不足の呪術界に一人でも多くの呪術師を存在させたいだけなんだろうな、とは思う。

だって、詳しく調べてみたら私の術式ってほとんど役に立たない代物だし。

 

高専に通うことにはなったけど、私がなれるのはせいぜい補助監督だ。何せ、呪霊や呪詛師と戦える能力なんか私にはないから。

ほんの少し先のことがわかる。

私の術式は、たったそれだけだった。

しかも、仮に未来が見えていてもそれを完全に変えるほどの力はない。例えばカフェでの出来事も、『夏油傑が頭から水を被る』未来は避けられたけれど、『誰かが頭から水を被る』未来自体は変えられなかった。

多少の改変は出来たとしても、それはほんの些細な事なのだ。とてもじゃないけど、お役立ちとは云えない。

 

ところで、私が呪術高専に転校し、夏油傑とクラスメイトになることが分かった時点で、ひとつ確定した未来がある。

私は来年の今頃には死んでいるのだ。

何故そんなことがわかるのかって、答えは簡単。

私は漫画の登場人物ではないからである。

至極簡単、あまりに単純。

高専時代の夏油傑たちが漫画に初めて出てくるのは2006年のおそらく服装からして四月から五月の間、冥冥と庵歌姫の二人の任務の救助に向かうところ。

そこには五条悟、夏油傑、家入硝子が揃っていた。その後の描写からも、この学年がこの三人で構成されているのがわかる。詳しく言及はされてないけど、ほら、教室の机の数とか。

つまり、仮に彼らの他に同級生がいたとしても、2006年までにはいなくなっているはずなのだ。

そうでないと、辻褄が合わなくなってしまう。

ここが漫画の世界ならば、私のようなモブがストーリーにかかわるなんてありえないし、ましてやストーリーを変えるなんてことをしてはいけない。

 

なんだよ、結局二十歳までも生きられないのかよ、私。

前世が二十歳で死んだから、今回はせめて倍くらい生きたかった。なんなら結婚だってしたかった。でもあと残り一年足らずの命じゃ無理な話だね。

あーあ、残念。

 

どうしたもんかなぁ。

正直夢みたいだとは思う。

一生顔だけで生きていけそうな五条悟と、ダウナー系美人な家入硝子と、ダントツ推しの夏油傑が同級生でクラスメイトだなんて。

これが自分のことでなければ心の底から羨ましがって、素敵な人生楽しんでね、なんて云えるけど、自分のこととなるとそうもいかない。

何故なら私は一年未満で死ぬのだ。

個人的にはみんなと仲良くなりたいけれど、いずれいなくなることが確定している人間と仲良くしてもらうのは気が引ける。

というかまだ高校生な上、今後彼らにのしかかるであろうストレスのことを考えたら、こんなイレギュラーと下手に仲良くなって失うなんて経験はさせたくない。

 

ものすごく残念だし申し訳ないが、私は一匹狼になろうと決めた。

挨拶も愛想も最低限、話しかけられてもすぐに話を終わらせて、能力の役立たずさを理由に任務には出ず代わりに補助監督としての仕事を教えてもらう。

私だったら、たった四人しかいないクラスメイトにこんな態度取られたら普通に嫌いになる。多分、大抵の人はそうだと思う。そうじゃなきゃ聖人君子目指してる変な人だ。

おかげさまで何様俺様五条様には早々に興味を失われ、唯一の同性ということで気にかけてくれていた家入硝子も頑なに距離を取る私の態度に歩み寄ることを諦めてくれた。夏油傑だけは私を高専に連れてきた責任からかしばらく付きまとってきたけれど、非常に心苦しい思いをしながらそれらをすべてスルーしていたら、一か月ほどで諦めてもらえたらしい。

 

本当に申し訳ない。

ほんとはね、私だってみんなと仲良くなりたいんだよ、一緒にくだらない話したり、遊びに行ったりしたいんだよ。

でも、それをしちゃうと来年君たちは少なからず悲しい思いをしてしまうから、そうさせたくない私の気持ちをどうかわかってほしい。

ああいや、やっぱ一生わからなくていいや。

一年未満に死ぬであろう私のことは、そういえばクラスにいた嫌なヤツ、くらいに認識してさっさと忘れてしまっていい。

私のせいで悲しい思いなんて、絶対しなくていいから。

 

幸い私には彼氏がいたので、空いた時間にメールをしたり電話をしたりできたから、一人でいても寂しいということはなかった。まぁもとから一人でいるのが苦痛じゃないタイプだし、本を読んだりお菓子を作ったりで時間はいくらでも潰せた。

たくさん作ったお菓子は学校に持って行って、事務室に詰めている補助監督さん方に分けてあげた。漫画で見てた伊地知さんもそうだったけど、補助監督って大変そうですよね。ひょっとしたら忙しさは呪術師以上なんじゃないかと思う。そういえば伊地知さんはこの世界だと私のふたつ年下になるから、再来年高専に入ってくることになるのか。ちょっと高専時代の伊地知さんに会ってみたかったけど、再来年じゃ無理だなー。もう死んじゃってるもんなー私。残念。

 

そんな感じで無事ぼっちライフを楽しんでいたのだけれど、その日は唐突にやってきた。

 

「マジか」

「マジだよ。悪かったね」

「いや、別に」

 

苦笑する、夏油とふたり、後部席。

ぴったり五七五になったけど嬉しくはない。

 

一匹狼を頑張って無事年を越したというのに、何故か私は今夏油と二人で任務に向かっていた。

今呪術界は年に何度かある繁忙期の真っ最中で、猫の手も借りたい忙しさらしい。だからって役立たずまで駆り出すかね、普通。

しかもよりによって夏油と。

一生懸命避けてきた夏油と。

何度も云うが嫌いだから避けてたわけではなく、私が死んだときに彼らの悔恨にならないよう最低限の付き合いしかしないようにしていたわけで、何も夏油に悲しそうな顔をさせたいわけではないのだ。

だから、思わず出てしまった言葉で図らずもさせてしまった表情を、私は少なからず後悔する。

 

「本来私一人で行くはずだったんだけどね。夜蛾先生が、どうしても君を連れて行けっていうものだから」

 

あのクソ教師。

補助監督にしてくれなかったら学校辞めると半分脅して立場を確立していたのは先生も知っているくせに、なんてことをしてくれたんだ。

だいたい、私なんか連れて行ったって精々帳を下ろすくらいしか役に立たないのに、なんでわざわざ連れて行かねばならないのか。補助監督なら今車を運転しているイトウさんがいるんだから十分だろうと零したら、どうもイトウさんは私たちを送ったらすぐ別の現場に行かねばならないらしい。くそぉ、繁忙期め。

 

「早く終わらせてさっさと帰ろう」

「……ああ、そうだね」

 

今回の現場は住宅街の中にある緑の多い公園だった。なんでも本来綺麗な公園に整備される予定だった場所だったらしいが、建設途中に現場監督が事故死。その後新しい現場監督を迎えて公園自体は作られたものの、事故死の噂が尾ひれに背びれをくっつけて広まってしまい人が寄り付かなくなり、かといって場所が場所なので更地にすることも出来ず徐々に寂れてしまった場所らしい。気の毒だが、こういう場所はやっぱり呪いの温床になりやすい。

形も変則的なので、帳を張ることに関しては無駄に器用になった私が目を付けられたそうだ。

ため息が出たのは見逃してほしい。どうせ夏油だって私と一緒の任務でげんなりしてるに違いない。だってほら、なんか居心地悪そうだし。

なので現場についてさっさと帳を張り、夏油の邪魔にならないようそそくさと隠れる。

戦う術がなくとも一応呪術師、ここにそこそこの数の呪霊が潜んでいることくらいわかった。多分そんなに強くはいから夏油が苦戦することはないだろうが、数が多い。下手に私が邪魔になったらその方が夏油にとっては面倒だろう。大人しくしているに限る。

 

案の定、夏油は彼の使役する呪霊を使って次々に呪霊を祓っていく。大した強さではないので、取り込むまでもないのだろう。まぁ、吐瀉物を処理した雑巾みたいな味だというそれを好き好んで多く取り込みたくはないだろうし。体験したことはないけれど、それが想像を絶するまずさだということくらいは想像に難くない。

でも、最後の呪霊だけは今後も使えると踏んだのか、黒い球体にしてその場で取り込んでいた。

 

「……終わったよ」

 

時間にすれば三十分もかからなかったと思う。

私がぼんやりしているうちに、夏油は堅実に仕事をしてくれていたらしい。いや、頭が下がります。お疲れっす。

隠れていた低木の茂みからガサガサと出ると、身体中に葉っぱがくっついていた。うん、今度から隠れる場所はちょっと考えよう。

 

なんて考えながら制服を叩いて葉っぱを落としていると、ポケットに何か入っていることに気付いた。探ってみれば、それはレモン味の飴だった。そういえば、この間買ったんだ。何個かポケットに突っ込んでそのままになっていたらしい。

ふむ。

考えてから、ねぇ、と夏油を呼んだ。

 

「何だい?」

「これ、あげる」

「え」

「口直し」

「えっ」

 

どうして、と夏油は驚いた顔をしていたけれど、私は気付かないふりをして帳を解除した。

たかだか飴一個で仲良くなるわけじゃないし、これくらいはいいよね。馴れ合いにははいらないよね。

 

そう自分に言い訳しながら歩いていると、不意に見えた、未来。

 

夏油が、血だらけになっている、姿。

 

息を呑んで。

次の瞬間私は、振り返って夏油を思い切り突き飛ばした。

 

「なっ――……」

 

突然の衝撃に驚いた夏油の視界に私はもういない。

本来夏油が受けるはずだった攻撃をモロに受けて吹っ飛ばされていたからだ。

どうも少しだけ悪知恵の働くタイプの呪霊だったようで、まともに夏油と戦えば負けると踏んだらしく、他の呪霊を囮にして自分は徹底的にステルスしていたようだ。で、最後まで気付かれず私たちが去ればよし、運よく近くを通れば鼬の最後っ屁で攻撃。

現実は後者となったわけだけれど、それを予知した私が夏油の代わりに攻撃を受けたということだ。

うん、シンプル。わっかりやすい。

そんなわけで渾身の攻撃も、『夏油に』当てるということは失敗した呪霊は、あっさりと夏油の呪霊に食われてしまった。

今度こそ任務は完了である。

 

呪霊の攻撃を食らって吹っ飛んだ私は、近くにあった遊具に叩きつけられてその足元に倒れていた。

前世では車に轢かれて即死、今回はこれか。

どう足掻いても痛い死に方しか出来ない運命なのか、私は。

せめてもうちょっと痛くない方がいいなぁ、なんて考えるのはほとんど現実逃避である。余計なことでも考えてないと、全身が痛くてあんまりにもしんどかった。まぁ、だからって泣き叫ぶような元気もないのだけれど。

あー、痛い。

 

「どうして!!」

 

血相を変えてこちらに走り寄ってきた夏油が叫んだ。

どうしてって、そんなの。

 

「……け、が…ない……?」

「ない、ないさ、私は! でも君が……!」

 

怪我はないらしい。よかった。ホッとして息を吐いたら全身が嘘みたいに痛んで咳き込んでしまった。

ああ、いいよ夏油、私に触らなくて。血、ついちゃうよ。君は普段からあんまり怪我とか知らないだろうけど、血ってなかなか落ちないんだよ。ちなみに狭い範囲なら大根おろしで染み抜きできるよ。でももう駄目かな、制服にも手にもべったりついちゃったね、ごめんね。

 

「じゃ、……いい、や」

 

声が震える。

視界がどんどん狭窄してきて、まともに夏油の顔を見ることも出来ない。でも、最期に見るのが夏油で良かったなぁ。だってほら、好きな顔だし。ある意味最高の最期じゃない?

 

夏油が何か云ってるなぁとは思うのに、反応してあげられないのが申し訳ない。こちとらちょっと呪術が使えるだけのほぼ一般人なもので、でっかい怪我したらこうなっちゃうんですよ。

ああもう目も開いていられない。

身体の痛みが薄れてきた代わりに、なんだか眠くなってきた。

 

そうか、これで終わりなんだ。

痛いのは痛いけど、思いのほか苦しくはない。

前世より長生きは出来なかったけれど、割と充実した人生だったんじゃないだろうか。

好きな漫画の世界の住人になれたし、推しはすぐ近くにいたし、その推しに看取られるし。

うん、悪くない。

このまま終わってもいいんだけど、ふと思い出して私はゆっくりと口を開いた。

 

「げとうは、しなないでね」

 

ちゃんと声は出ていただろうか。

ほとんど頭に血が回っていなかったから、ちょっと自信ない。

 

私の名前を呼びつつどこかに電話する夏油の声を遠くに聞きながら、やっとわかった。

きっとこれが私の役目だったのだ。

いくら夏油でも、不意打ちで今の攻撃を食らっていたら大怪我は免れなかっただろう。まさしく予知した通り血まみれになっていたはずだ。

そうすると、呪霊を祓う術のない私まで殺されるのは明白。私も一応呪具は持っているけれど、夏油に怪我を負わせるほどの呪霊に対して、私が使える程度の呪具がどこまで通用するだろうか。

 

『夏油と私が死ぬ』ことを回避して、『夏油は助かり私は死ぬ』未来のみを残すために私はここにいた。

むしろ、今日この日のために私はこの世界に転生したような気がする。

所詮私は名もなきモブ、事故に巻き込まれて死ぬのが精々かと思っていたけれど、存外最後の最期で役に立つじゃないか。

今はちょっとだけ自分が誇らしい。身体中死ぬほど痛いけど。

 

私という異物はここで終わる。

あと数か月後には漫画で描かれていた通りになるだろう。

 

ぷつん、と意識が途切れ、一般通過一般人、これにて終了。

 

もしも三度目の人生があるならば、次はもうちょっと優しい人生がいいなぁ、と信じてもいない神様に祈ってみた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ほ?」

 

ぱちり、と目が覚めた。

何度か瞬きをを繰り返し、大きく息を吸ってみる。

 

「……生きてる」

 

どうやらここは高専の医務室らしい。この天井、ベッド周りのカーテン、そして病院とも違う医務室独特のにおいには覚えがあった。

ということはつまり、私は助かったのだ。

あの怪我だったのに助かるのか。おそらく家入硝子の反転術式のおかげなのだろうけれど、あそこまでの怪我も治せるってすごいな。逆にどこまでの怪我が治せないのか気になるトコロ。

ひとまずベッドの上で五体の確認をしてみた。

足の指、ある、膝、動く。手の指、ある、肘、動く。首、動く。

五体満足らしい。

起き上がれるだろうかともぞもぞしていると、急にカーテンが開いた。そこにいたのは。

 

「……目、覚めたんだ」

 

びっくりした、と云う家入硝子は、特に驚いていなさそうなテンションで呟いた。

気分は、と訊かれたので、まぁまぁ、と答える。

それから脈やら目の動きやら何やらを簡単に検査された。ああそう云えば、彼女はそういう役割だったと思い出す。私はあんまり怪我するような任務には出ていなかったから、お世話になるのは初めてだった。

 

大人しく家入の診察をうけ、彼女が書き物をしたりケータイに何かを打ち込んでいるのをぼんやりと眺める。

なんだかものすごくよく寝た気がするけれど、あれからどれくらい経ったんだろう。補助監督は書類仕事が多いから、あんまり寝てたら机がとんでもないことになっていそうで恐ろしい。

家入が用意してくれていたらしい着替えに袖を通しながら気になって訊いてみると、彼女は少し考えるようにこちらを見た。え、何。まさか二・三日くらい経っちゃってる?

不安に思い息を呑んだ。

けれど、重々しい様子で家入の口から飛び出してきたのは、予想もしていないほどの答えだった。

 

「あんた、あれから三か月も眠ったままだったんだよ」

「……は?」

 

思わず動きが止まる。

三か月。

三か月?

 

待て待て、ちょっと待ってくれ。

私は三か月もの間眠っていた。あれから三か月も経っていた?

ということはつまり今は四月後半。

そんな、まさか。

 

「ッ冥さんと歌姫先輩は!?」

「は? まだ安静にしててよ。それに今はそんなのどうでも」

「どうでもよくない!!!」

 

声が大きくなってしまって申し訳ない。でも、私にとってはどうでもよくないのだ。

だって、はっきりとした日にちこそわからないが、あの二人が例の任務に出かけて二日間音信不通になるのはこのくらいの時期のはず。

 

ということは、そこまでに私は死んでなければならないのだ。

まだ二人が任務に行っていないならまだいい。

けれどもしもう任務に行ってしまっていたら。

心臓が激しく脈打って、口から飛び出すんじゃないかと思うくらいだった。

怪訝そうに眉間にしわを寄せた家入硝子は、しかし私にとっては絶望的な言葉を続けた。

 

「二人なら、昨日から任務でいないけど」

 

それが何、と家入は云った。

全身から血の気が引いた。

あんまりな出来事にうまく息が出来なくて、心臓のあたりを押さえて蹲る。心配そうに私の背中をさすってくれた家入にお礼も云えず、私は唸った。

 

「どういうこと」

「何が?」

 

冥冥と庵歌姫が揃って任務に出ている。

それはつまり、例の任務ということで。

ならば、どうして私が今ここにいるのか。

漫画の登場人物にはなり得ない私が、何故、こうして生きているのか。

おかしい。

あり得ない。

 

「なんで私は死んでないの」

「……え?」

「だって、こんなの、辻褄が合わない」

 

そう、これでは辻褄が合わないのだ。

あの漫画の通りに話を進めるためには、私は最低でも今日死ぬ必要がある。彼らの登場シーンは、いくらなんでも仲が良いわけではないとはいえクラスメイトが一人死んだ日の様子には見えなかったし。

ならばせめて前日には、と思っても、さすがにそれもおかしいのはわかっている。

わかっているけれど、おかしいのは今この状況だ。

全然わからない。

わからないけれど、今は少しでもそのおかしさを口にしなければ頭がどうにかなりそうだった。

 

「あの二人が任務に出ているなら、もう私が死んでないとおかしいのに」

「な、何? どういうこと?」

「だから! 私が今生きていたらおかしいの! 私はもう死んでるはずなの!!」

「ちょっと待って、ちゃんと説明して」

「説明なんか必要ない、なんで私が……!!」

 

ひたすらどうして、と繰り返す私に、家入は辛抱強く落ち着けと背中をさすってくれた。

それは少しだけ私を落ち着かせてくれたけれど、同時にどうしようもないほど今自分が生きていることを実感してしまい、余計に私の頭を混乱させる。

 

生きている。

私は今、生きている。

震える身体を抱き締めて、爪を立てる。少し伸びていた爪が肌に食い込んで痛い。その痛みも、私が生きていることの証だ。

そんなのおかしい。

私は死んでいなければいけなかった。

どうして、どうして。

 

と、答えの出ない問いを自身に繰り返していると、ばたばたという足音が近づいてきて、ガラッと勢いよく医務室のドアが開いた。

 

「目が覚めたって!?」

 

医務室に飛び込んできたのは、夏油だった。

どこからか知らないが、余程急いできたらしい。普段はきっちりまとめられている髪は少しほつれ、肩で息をしている。

きっとさっきケータイを弄っていた家入が、私が目覚めたことを知らせたのだろう。なるほど、それは理解した。

けれど同時に、心の底から腹が立つ。

少し考えればわかる。

私が今生きている原因はこの男だ。

 

「よかった、本当に……」

「何がよかったもんですか。夏油あんた、なんてことしてくれたのよ」

「え?」

 

家入と入れ違うように、ふらふらとした足取りでこちらに近付いてきた夏油がベッドサイドに立った時、私は彼の胸倉を掴んだ。まだ起き上がるほどの体力はないのに、火事場の馬鹿力というやつだろうか、私よりはるかにがっしりした体格の夏油は、あっさりと私に傾いた。

キスさえできそうなほどの距離で、私は叫ぶ。

 

「私が今生きてるの、あんたが家入硝子を呼んで治療させたからでしょう。なんてことしたのよ、あんたのせいでもう全然辻褄が合わなくなった!!」

 

あの時、夏油が家入を呼ばなければ私は生き残ることはなかったはずだ。

いくら自分をかばったとはいえ、別に仲良くもなければ役にも立たないようなクラスメイトのことなんてさっさと諦めてしまえばよかったものを。

 

「本来私はもうこの時点で死んでいるはずだった。ここにはいない存在になっているはずだった。それが正しかった。なのに、あんたのせいで……!!」

 

私は生きている。

死ぬべきはずだった私が、こうしてまだこの世界に残っている。

知らない。

こんな世界、私は知らない。

私が知っているこの漫画の世界に、私が居てはいけないのに。

 

「私、どうしたらいいのよ……!」

 

わからない。

ストーリーを邪魔しないように頑張ってきた。

ストーリー通りになることが正しいことだと思っていた。

でも、これはもう正しくはないストーリーだ。

私がいるストーリーが正しいはずがない。

私は、どうしたらいいのだろう。

今からでも死ねばいいだろうか。

そうすれば正しいストーリーに軌道修正されるだろうか。

厳密に云えば、夏油たちが冥冥たちを助けに行くのは明日のはずだ。だから最悪、今すぐ私が死ねばギリギリ間に合うかもしれない。

同僚や仲間がばたばたと死んでいく世界だ、私一人が死んだところで彼らは当たり前の日常を過ごすことは出来るだろう。

ならばやはり、今のうちに死ぬしか。

夏油の胸倉を掴んだまま項垂れてそう考えていると、夏油の低い声が聞こえた。

 

「死んでいるのが正しいこと、だって?」

 

思わず、顔を上げる。

文句を云われるならこっちだってもっと云いたいことがあったからだ。

が、私は顔を上げたことを心底後悔した。

 

「私が君を助けたかったから助けたに決まっている。死ぬはずだったって? 馬鹿なことを云うな。私を守って怪我をした君を見殺しにしろっていうのか? 私には死ぬなと云っておいて、君は死ぬつもりだったって? ふざけるのも大概にしろよ」

 

それは、初めて見る表情だった。

私は見たらいけない表情だと思った。

 

だって、知らない。

こんな顔、私は知らない。

怒っているようで、イライラしているようで、でも、とても苦しそうな、複雑な表情。

でも、こんな顔をさせたのが私だってことくらいは、わかる。

 

夏油の、人を食ったような笑顔が好きだった。

鋭い目じりが下がる笑い方が好きだった。

狐みたいに細い目で笑うのが好きだった。

真面目にしているときの鋭い表情も好きだった。

怒ったときの冷徹そうな口元が好きだった。

天内理子や灰原雄の死を経て苦しんでいた時の顔だって悲しいけれど好きだった。

 

だけどこれは、そのどれでもない。

初めて見る、夏油傑の表情だ。

息が詰まって、混乱した。

どうして、そんな顔をするのか私にはわからないから。

命を助けたのに文句を云われて怒るならわかる。それは普通の反応だ。

 

怖くなって、今まで掴みっぱなしだった夏油の胸倉をパッと離した。

思わずベッドから抜け出そうとして、それは出来なかった。

夏油が、私の腕を掴んで離さなかったからだ。

振り払おうとしても圧倒的な力の差でそれは敵わず、離してくれと叫ぼうとした瞬間、夏油が吐いた静かな言葉に私は自分の言葉を飲み込んだ。

 

「私は君にだって死んでほしくない」

 

――がつん、と。

まるで頭を金づちで殴られたような、酷い衝撃を受けた。

 

何を、云ってるんだ、夏油は。

 

「……だって、それじゃあ、それじゃあおかしなことになってしまう」

「何が!」

「だって、だって、ここから先は」

 

私が居ては、正しいストーリーにならない。

どんなに苦しい未来が待っていても、私はあのストーリーが愛おしかった。

あれが正しい道だと、そう思っていたから。

 

「ここにいてくれ」

 

夏油の大きな手が、私の両頬を包む。

まっすぐに私の目を見つめて、泣き出しそうな声で、云った。

私は、目をそらすことが出来なかった。

心臓まで鷲掴みにされたような感覚に陥って、夏油の目を見つめたまま、瞬きすらもままならない。

 

「死ぬはずだったなんて、そんなことは云わないでくれ。ここで生きていてくれ。お願いだから」

 

夏油の手はとてもとても暖かくて、夏油の視線はとてもとても、とても、……優しくて。

思わず、手を伸ばす。

私の頬を包む夏油のその手に、触れた。

やっぱり夏油の手は暖かい。

この時初めて私は、自分の手が氷みたいに冷え切っていることに気付いた。

途端、鼻がツンと痛んだ。

ああ、涙が出そう。

でもグッと歯を食いしばって泣くのを我慢して、震えそうになる声を、絞り出した。

 

「だって、ずっと、私は死ぬんだと思ってたから」

「そんな必要はない」

「でも、そうしないと辻褄が合わないから」

「どんな辻褄だ。君が死なないと合わない辻褄なら、そんなものは合わせるな」

 

目から鱗が落ちた気がした。

辻褄を合わせないなんて、そんな発想があったのか。

 

あの夜。

学校で死にそうになって、前世を思い出した、あの日の夜。

そうして高専に通うことになってから、私はずっと辻褄合わせのことばかり考えていた。

どうすればストーリー通りに進むのか、どうすれば私が邪魔にならないのか。

私が知るあのストーリーが、世界で一番正しいものだと思っていたから。

 

だから、夏油の言葉は私にとってあまりに型破りな考えで、思わず、今まで願っていたくせに言葉にすることもなく、考えないようにしていた言葉を、零してしまった。

 

「わ、わたし、生きていていいの?」

 

ずっと死ぬと思っていた。死ぬものだと思っていた。

だって私は登場人物じゃない。

漫画の中の異物になった私は辻褄を合わせるために死ぬのが役目だと、ずっと、前世の記憶を取り戻してから、ずっとそう思っていた。

だけど、それは違うと夏油は云う。

 

――違うの、だと。

 

「当たり前だろう」

 

多分、私は誰かにそう云って欲しかったのだ。

死ぬのが一番正しいと知りながら、本当は死にたくなくてたまらなかった。

 

みんなと笑いたかった。

くだらない話をしたかった。

どうでもいい喧嘩だってしたかった。

 

――私は、みんなと生きたかった。

 

「ごめん、ごめんなさい、ずっと」

 

気付けば涙の堤防は決壊していて、面白いくらいぼろぼろと涙が溢れていた。

目の前にいるはずの夏油がみるみるうちに歪んでいって、涙の海に溶けてしまった。

 

「どうせ私は死ぬから、仲良くなったらつらいと思って」

「だから、わざと私たちに冷たくしていたのか」

「そ、う。死ぬ人間と仲良くなったら、私が死んだとき、みんなが、悲しいと思って」

「馬鹿だね」

「うん、私、本当に馬鹿だ」

 

腐っても半年はクラスメイトだった。

いくらかかわりを最低限にしていたとしても、嫌でもわかったはずなのだ。

彼らが、仲の良いわけではなくても一緒に学んだ人間の死を悲しく思わないほど、冷徹な人間ではないことくらい、すぐにわかったはずだった。

 

クズだなんだと云われても、結局五条も夏油も根っこは素直で良い人だった。私にちょっかいをかけなかったのは私がそう望んでいると気持ちを汲んでくれたからだ。どうしても一緒に行動しなければならなかったときは、距離を保ちながらもさり気なくこちらに気を配ってくれていたことを知っていた。

酷い態度をとっていた私を、家入がずっと気にかけていてくれたことも気付いていた。何も云ってこないのをいいことに、受け入れも拒絶もしなかったのは私がずるかったからだ。

 

「私は」

 

本当に私は大馬鹿者だった。

みんなとても良い人で善い人だったのに、その優しさに胡坐をかいて見ない振りを続けて、勝手に悲劇のヒロインに成り下がって。

そうして結局、最後はこうやって優しさに甘えて泣いている。

 

「――しにたくない」

 

云ってしまった。

望んでしまった。

タブーだと思っていた言葉を、ついに吐いてしまった。

 

「うん。それでいいんだ」

 

やっと云ってくれた、と笑って、夏油は私を抱き締めた。

びっくりして息が詰まったけれど、押し付けられた胸板から感じた心臓の鼓動と温もりを自覚した瞬間、私が今生きていることを改めて思い知って私はわんわん泣いてしまった。

ちきしょう、悔しい。

めちゃくちゃ安心する。

やっぱり好きだなぁ夏油。

 

私がギャン泣きしている間にいつの間にか五条も医務室に来たらしく、家入から事情を聴いて私の現状を見て大笑いしていた。悔しいけど、今はそんな五条の態度すら嬉しい。

今まで酷い態度取っててごめんと泣きながら謝ったら、お菓子作ってきたら許す、だって。なんで私がお菓子作り趣味なの知ってるのかと驚いたけど、どうやら補助監督用に持って行ってたお菓子、実は五条たちも食べていたらしい。まぁ大量に作ってってた割に減るのが早いからそうだろうとは思ってたけど、まさか私が作ったのを知っていたとは。

ちなみに家入はお菓子程度では勘弁してくれず、近いうちに家入の好物だけの夕飯を約束させられた。当然一緒に食べるらしい。確かに今まで一度も一緒にご飯を食べたことがなかったけど、え、そんなことで許してくれるのか。

というか君たち揃いも揃って食べ物関連で許してくれるのか。食いしん坊か。

 

結局、この日は念の為医務室に泊まり、翌日三人には未来予知と称して冥さんと歌姫先輩の状況を説明して助けに行ってもらった。

その間私は夜蛾先生に事情を説明し、これまでの非礼を詫びた。先生は困ったように笑ってから、ぽんと頭を撫でてくれた。言葉はなかったけれど、その優しさが嬉しくてちょっと泣いた。

 

 

 

ここから先、私がいることでストーリーはどんどん変わっていくだろう。

本当はストーリー通りにしたかったけど、もうこうなったら私、絶対全員幸せにしてやる。

改変? 知ったことか。もう私がここにいる時点で十分改変させてるんだ、もうとことんやってもいいだろう。

 

とりあえず、目標は全員そろって高専卒業。

え、目標が低い?

そんなわけないだろ原作考えたらむしろハードル激高だろ。

前世の知識と根性のちょっと未来予知をフルに使って全員生存ルートを導き出してやるってもう決めた。

 

いいか、たった今からこれが正史だ!!

 

前世記憶持ちモブ、改め、ポッと出新登場人物、みんなの幸せの為に一生懸命頑張ります!

 

 

 

 

 




主人公

死にそうになったら前世の記憶を思い出したモブ
それと同時に呪力が芽生えた、赤ちゃん呪術師
夏油の顔ファンだが顔が好きなだけで別に恋人になりたいとかは思っていない
ストーリー準拠のためにいつか死ぬと信じ込んでいたので、あんまりみんなと仲良くならない努力をしていた。変な方向に真面目
お菓子作りが趣味で、くそ甘いやつとそんなに甘くないやつとしょっぱい系をいつも作って補助監督たちに持って行っており、結構上手なので好評だった。実はそのおこぼれを五条を筆頭に夏油や家入も食べていて、それぞれの口に合うものがいつもあったので密かに心待ちにされていたとか。五条は激甘パウンドケーキ、夏油はチーズサブレみたいなしょっぱい系、家入は甘さ控えめなチョコクッキーがお気に入り
眠っていた三か月は、何故か点滴も呼吸器もなくても生きていた。というか針もカテーテルも入れられない状態になっていたので病院ではなく高専の医務室に寝かされていた。家入も夜蛾も原因がわからなかったらしい。一種の封印のようなものだったらしいが詳細は結局不明
最終的にはストーリーが変わってもこの世界で生きていくことを決めて、出会う人みんなが幸せになるように奮闘する。手始めに天内理子は死なせないし伏黒甚爾も死なせない。敵対もなるべくさせないように頑張る。灰原雄も死なせない
やるったらやるんだよ!!


夏油傑

主人公を見つけ出した問題の人
帳をスルーするし呪霊は見えるからてっきり呪術師適正在りかと思ったら戦えそうにない術式でちょっとがっかりした。けど未来予知はすごいと思う
主人公が高専に来るきっかけになったので一応気にかけていたけど、何故か高専に入った途端急によそよそしいし徹底して距離を保とうとするので打ち解けることは諦めていた。とはいえ何か理由がありそうだったのでいくら冷たい態度を取られても嫌うとまではいかず、むしろどうしてなのかずっと気になっていた
恋とまではいかなくとも主人公を気にかけており、年明けに一緒に任務になった時も本当は嬉しかったが主人公が嫌そう(※誤解)な顔をしていたので実は結構へこんだ
しかも自分をかばって大怪我までして家入の到着があと少し遅くなっていたら死ぬような事態になってしまい責任を感じていた
死にたくないと泣いた主人公を抱き締めたのはほとんど無意識だったし他意はまったくなかった。が、あとで五条と家入に指摘されてじわじわとやってしまったと大後悔。恥を忍んで主人公に謝罪したら、全然気にしてないから大丈夫と笑って一蹴される
それはそれで複雑。というか照れるとかないのか
ん、あれ? なんで面白くないんだ?
私、もしかして彼女のことが好きなのか?
自覚するのが遅すぎる恋愛赤ちゃん


家入硝子

本当は仲良くしたかったけどなんか距離を取ろうとするので無理して詰めるのはやめた。そのうち歩み寄れると思っていたのに、気付いたら死にかけて三か月も寝たきりになったから本当に気が気でなかった
事情もわかったので今後は遠慮せず仲良くしてやる腹積もり
甘さ控えめなチョコ菓子が好き。特に主人公の手作りクッキーが好き


五条悟

なんか面白そうなやつが入ってきたけどやたら無理してそうな感じで逃げていく。逃げられると追いたくなるけど、よく見たらなんか魂がブレてる。よくわからんけど事情があるんならつつくのはやめとこ、と異常な勘の良さで図らずも主人公の思うとおりに接していた
距離は取ってるけどこっちを嫌っている様子ではないし、補助監督からのおすそ分け(強奪ともいう)のお菓子はめっちゃうまいし、個人的には別に嫌いではない。いつか事情がわかればいいやと思っていた
で、いざ事情がわかったら思った以上に複雑だったし、多分説明した以上に隠してることはまだありそうだし、でももう仲間なんだから今後はぐいぐい突っ込んでやろうと思っている
市販品にないようなえぐい甘さのお菓子を作ってくれるのでニッコニコ
親友の気持ちはもう気付いているので、こいつらさっさとくっつきゃもっと面白いのになーと思ってるけど口にしていない










「え、夏油? うん、好きだよ顔! うん、顔。そうそう、だって顔めっちゃかっこいいじゃん。中身は置いといて顔だけだったら世界レベルでしょ、五条もだけど。え? そう、うん、だから、顔だけ。性格? いやクズじゃん普通に。優しいとこもあるけどさ、総合的にみたらクズだと思うよ。まぁ私は嫌いではないけど、好きなのは顔だけだよ! 顔以外どうでもいいかな!! な、何硝子、何笑ってるの? え? なんで泣いて…泣くほど笑うこと!? ねぇ!?」
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