前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
私は冥さんをなんだと思っているのだろうか。
※未成年は煙草吸ったら駄目だぞ!
何の流れだったのかの確かな記憶がない。
ただ、硝子の喫煙の様子がとても格好いいと彼女が褒めていたのは覚えている。
私と彼女は今日一日任務がなく、平和に高専で授業を受けていた。珍しく一日中座学で、余計な茶々を入れたり飽きて騒ぐ悟がいないおかげ非常に有意義な授業になった。私は勉強が嫌いではない。
何より彼女と二人きりというのがとても良い。
何の気兼ねもなく彼女と話せるし傍に居られると云うのは、非常に気分がいいものなのだと改めて感じた一日だった。
そうしてあっという間に授業が終わり、私たちは寮の共有スペースで静かに課題をしていた。
お互いに得意分野が違うので、時折質問をしながら黙々と進めたおかげで、任務のせいで溜まっていた課題も終わる目途が立ったので少し休憩することにし、彼女が淹れてくれたコーヒーで一息ついていた時の雑談の流れだったと思う。
先日硝子の部屋に遊びに行ったとき窓辺で膝を立てて煙草を吸う様子がモデルみたいだったとはしゃいでいた彼女に、私だってきっと絵になると思うけど、と云ってしまったのは多分あまりに幼稚な嫉妬だった。
いや、よりにもよって硝子に嫉妬って。
我ながら間抜けすぎる。
だって硝子に煙草が似合うのはとっくにわかっていたし、彼女が硝子を大好きで何かにつけべた褒めしているなんていつものことなのに。
何故か、この件はちょっとだけ面白くなかったのだ。
確かに云われただけですぐに情景が思い浮かぶほど、硝子の姿はかっこよかっただろう。
でも私だって負けてない。
これでも結構モテるのだ。自分で云うのもなんだけど。
それこそ何もしなくてもモテるが、中には私が煙草を吸う姿がセクシーだとたいそう気に入っていた女もいた。
彼女に喫煙することを隠していたくせに、他の人が褒められて対抗意識を燃やすだなんて、煙草は関係なくすでに格好悪い。
なんとなく機会がなくて彼女には私が喫煙することは教えていなかったし、わざわざ教える必要もないと思っていたが、これを機に報告すべきだろうか。
いや別に私もかっこいいって云ってほしいとかそういうことじゃない。ないったらない。
ただ、ほら、折角分厚い壁を取っ払えたのだから、隠し事は良くないかな、と思っただけで他意はないのだ。そう、これは純粋な友愛ゆえのカミングアウトというやつである。
硝子の喫煙を容認しているところから、私が喫煙していても嫌悪はされないだろう。
そう思って、私が喫煙していたとしたらどう思う、と小さく訊ねてみたら、彼女はきょとんとしながら云った。
「え、夏油が煙草吸ってるのは知ってたけど」
「えっ」
衝撃発言に思わず声を上げてしまい、慌てて口を押えてももう遅い。
彼女は心底不思議そうに首を傾げて続けた。
「いや、むしろなんで気付いてないと思ったの」
「だ、だって私、君の前では一度も吸っていないと思うのだけど」
「馬鹿にしてんのか」
吐き捨てるように彼女は云い、思い切り眉間に皺を寄せた。
何故。
そんなに機嫌を損ねるようなことは云っていないと思うのに、彼女は最近では一番面白くなさそうに口をへの字にして睨んでくる。
まさかバレているとは。
さっき云った通り、私は誓って彼女の目の前では吸っていない。
そもそも硝子ほどのヘビースモーカーではないので一日一本程度だし、朝起きてからとか、夜寝る前とか、吸うとしてもそういう時間帯だけにしていた。吸った後は消臭も口臭ケアを欠かさずしているのに。
別に悪いことをしているわけではないけれど――未成年者の喫煙が良いことでないのはこの際置いておく――、カミングアウトする前に喫煙が彼女に知られたのがなんとなく心地悪かった。ずっと隠していた零点のテストを見つかったような、そんな居心地の悪さ。
「夏油、硝子と違う銘柄吸ってるでしょ。ちょっと香りが違うもん、わかるよ」
「いやでも、ちゃんと毎回消臭はしてるんだけどな」
「えー、そうなの?」
伏黒甚爾じゃあるまいし、彼女はそこまで嗅覚が鋭いわけでもないだろう。
それなのに、自分では完璧だと思っていた消臭ケアを見抜かれていたなんて。
それとも、実は結構におっていたのだろうか。
制服のまま吸ってはいないはずなのだけれど、と思いながらちょっと気になって自分でシャツのにおいを嗅いでみても、やっぱりわからない。
うーんと首を傾げていると、ふと誰かが立つ気配がした。
もちろん今寮には私と彼女しかいないわけで、それは彼女に決まっている。
どうしたのかと思い顔を上げて、私は思わず固まった。
「――うん、やっぱりするよ、煙草のにおい」
すん、と彼女は小さく鼻を鳴らす。
テーブルを挟んで、特にガードもしていなかった頭部、細かく云えばこめかみ付近に顔を寄せて。
もちろん触れるほどの距離ではない。
でも、普段では考えられないほどの近距離と、わずかに感じる彼女の人としての温度、それに唐突に鼻を擽った花のような甘く優しい彼女のかおりは、私を硬直させるには十分な威力を持っていた。
別に童貞じゃあるまいし、彼女よりももっとセクシーで大胆な大人な女性とこういう駆け引きをしたこともあるはずなのに、どうしてか私は動揺して何も云えなかった。
呼吸は確実に止まっている。
動きも止まっている。
もしかして、心臓も止まったんじゃないだろうか。
そんなバカみたいなことを考えていると、反応のない私を不審に思った彼女が首を傾げた。
「……どしたの」
「い、や……」
思考が停止していましたとは云えない。それこそ理由を訊かれたら答えられないからだ。
ここで役立ったのは、これまで育み続けてきた外面の良さだった。
彼女に変な奴だと思われないよう(手遅れだという意見は聞こえない)、パッと軽い笑顔を浮かべてから照れたように頬を掻く。食らえ、悟と硝子に爆笑されながら蔑まれた、女誑しビーム。
「ごめん、気を付けてはいたんだけど、くさかったかな」
「え、んなこと云ってないじゃん」
改めて椅子に座り直した彼女には、さっきの私の女誑しビームなどまるで効いていないらしい。ケロリとしたままそろそろ冷えたコーヒーを口にしている。
おかしい。
彼女が私の顔を気に入っているのはここ最近の行動や、冥さんから有料でもたらされた情報から確実なはずなのに。
割と自信をもって向けた笑顔を完全スルーされると、ちょっと自信がなくなる。
あれ、私って格好いいんだったよな、世間的には?
君、私の顔、好きなんじゃないのか?
などとアイデンティティの揺らぎにちょっと泣きそうになっていると、彼女はさらなる爆弾を投下してくれた。
「私、結構好きだよ、このにおい」
勘弁してくれ。
思わず両手で顔を押さえた私は絶対に悪くないと思う。もう不審に思われても仕方ない。
やばい。
今、顔は赤くなっていないだろうか。
ちょっと自信がない。
こんなことで赤面するなんて、自分でいうのもなんだけどそんなに純情じゃないだろう。
モテる自覚はあったし、寄ってくる側だってどうせ私の顔目当てだったんだろうから、ちょっとストレス発散のために遊ぶのを悪いことだと思ったことはない。
それなりに楽しい思いをして、それなりに経験を積んで、自分がモテるということに対して絶対的な自信もある。
だというのに、こんな何気ない言葉に舞い上がってしまうなんて。
私が内心ものすごく葛藤しているなんて知る由もないであろう彼女は、終わらせたのであろう課題のプリントをまとめながら続けた。
「まぁでも、硝子にも云ったけどさ、吸いすぎには気を付けてね。嗜む程度には良くても、吸いすぎたら良くはないだろうし」
そういえば硝子は、煙草を否定されなかったことに驚いていた。
大抵、硝子が未成年で喫煙していることを知った人は顔を顰めて禁煙するようにと云うものだ。
まぁ気持ちはわかる。未成年な上に女性でヘビースモーカーだなんて、百害あって一利なしだというのは否定できない。
が、一応場所や時間をわきまえて吸っている以上は誰にも迷惑はかけていないのだし、もうこれは自己責任の問題だ。赤の他人が口を出していい話ではないだろう。
しかし実際はそうもいかず、渋い顔で禁煙しろという人ばかりで硝子は辟易していた。
そこにきて彼女だ。
初めて硝子の喫煙シーンに出くわした彼女は、驚いたように目を見開いてから、笑ってこう云ったそうだ。
『家入さん、かっこいいね。煙草、すごい似合ってる』
皮肉でもなく、純粋に。
嫌そうな顔一つもなく、そう云って彼女は先輩補助監督について任務に出て行ったらしい。
教室に戻って来た硝子は、なんとなく呆然としたまま私と悟にそのことを報告してきた。別に報告義務なんてなかったのに、多分硝子も誰かに話さずにはいられなかったのだろう。
多分、彼女にしてみれば何気ない言葉だった。
当時はお世辞を云ったり気を使ったりするような関係ではなかったから、たまたま硝子の喫煙シーンに遭遇して、思わず出た感想だったのだと思う。
だけどそれは確実に、硝子の心に残る温かい優しさだったのだ。
きっとそれだけが理由ではないけれど、以来硝子が彼女に向ける視線に親しみが籠ったのは当然のことだった。
まとめた課題を整えながら、彼女は続けた。
「私、夏油には長生きしてほしいからさ」
再び私の動きが止まったのは云うまでもないだろう。
もうこれ、君、私のこと好きなのでは?
悟あたりに話したら、勘違いだと大笑いされるかもしれない。すでに頭の中のイマジナリー悟が腹を抱えて指をさしてゲラゲラ笑っているので、任務から戻ってきたら向こう脛を蹴り上げてやろうとそっと心に決めた。
出会いはそんなに良くなくて、高専に来てからもずっと分厚い壁があって、年明けの事故から彼女が昏睡から目を覚ますまでに少しだけ変わった私たちの距離感。
嫌われているとは思わなかったけれど、到底好かれているとも思えないような期間が長かったので、彼女のことを意識をしないようにしていたのは果たして自己防衛だったのだろうか。
正直に云おう。
今まで女は勝手に落ちてくるものだった。
だけど彼女は違う。
むしろ、気付いたら私が彼女に落ちていた。
「煙草やめる。百歳まで生きるよ」
「あはは、何それ。良い心がけだね」
軽快に笑った彼女はきっと本気にしていないだろう。
禁煙というのは、得てして簡単なものではないと彼女は知っているのだ。
が、私は本気である。
長生きをしよう。
百年でも二百年でも生きよう。
君が、私を見届けてくれるなら。
夏油少年
この一週間後くらいに、主人公に彼氏がいることを知って宇宙猫顔になる男
魔性か? 魔性の女なのか君は? あんなに思わせぶりなことしといて彼氏がいるとか嘘だろう? というか君、三か月も寝てたんだからそれ自然消滅してるよ絶対そうだよだから私に乗り換えなさいお買い得だよ
控えめに云ってクズ
主人公
特記事項なし。平凡そのもの
と思っているのでまさか死ぬほどモテ男な夏油が自分に好意を寄せるなんてミジンコほども思っていない。夏油の顔は世界一好き。それは間違いない
冥さん
時と場合によって夏油側にも主人公側にも情報提供したり写真を売りつけたりする。きわどい写真はあるがコンプライアンスは守っているつもり
イマジナリー五条
時折ひょっこり出てきては人を苛立たせる天才。本体よりも鬱陶しいので、登場後は本体がよく蹴られている。可哀想
硝子さん
煙草が似合う女オブザイヤー受賞者。そろそろ殿堂入り