前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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七夕の夜に夏油傑とお茶してるだけです


星に願いを、君に奇跡を

「短冊ぅ?」

 

訝し気に眉間に皺を寄せた彼女に、夏油は思わず苦笑した。

 

「女の子って、こういうの好きなんじゃないのかい?」

「それ、偏見」

 

一人一枚だと云って配られた短冊をひらひらとさせ、彼女は皮肉気に云う。

今日は七月七日の七夕だ。

暇を持て余したとある事務局員が、どこかからか笹を持ってきて学校の入り口に飾った。色とりどりの七夕飾りなどをつるしたあとは、折角なので学校に残っている人たちに短冊を書いてもらおうと思ったらしい。

午前中は授業、午後は近場の役所まで出かけて仕事を終えた彼女が学校に帰ってきたのは夕方近くのこと。久しぶりに今日一日高専待機で穏やかに授業を受けていたすでに寮に戻っていた夏油は、事務局員から学生分の短冊を預かっていた。

ちなみに五条と家入は揃って遠方に出張で、戻りは深夜にならなければいいなぁということらしい。夏油が短冊の件を連絡したら、家入からは『美酒佳肴』、五条からは『美味佳肴』と書いてつるしておいてほしいと返信があり、仲がいいなぁと遠い目になったのは別の話。

そして、疲れた様子で寮に戻ってきた彼女に夏油が短冊を渡したところで冒頭に繋がる。

 

「無病息災って書いて適当につるしとけばよくない?」

「いや、確かにそれも大切だけどさ。かわいそうじゃないか、一生懸命笹まで用意したのに」

「……夏油って意外と可愛いもの好きだよね」

「えっ」

 

まぁ君のことを好きなんだから可愛いものはそりゃあ好きだけど。

と口走らなかった自分を夏油は褒めた。

しかし代わりに変に固まってしまったので、彼女には変な顔をされてしまった。ちょっと悲しい。

 

一旦制服を着替えに部屋に戻った彼女は、共有スペースに帰ってきた手に紙袋を下げていた。

首を傾げて疑問を示すと、彼女は肩を竦めて袋を開ける。中身は羊羹のようだった。よく見れば、その袋は割と有名な和菓子屋のもので、期間限定、と書かれている。

 

「市役所の人がね、帰りがけにくれたの。七夕だからって」

「へぇ」

「これ、賄賂にならないよねぇ?」

 

さすがに羊羹一本で賄賂はないだろうが、余計な問題は抱えたくない。

もう受け取ってしまったものはしょうがないので今回は目を瞑るとしても、今後は気をつけねば、とため息を零しながら彼女はキッチンに向かった。

 

「五条が帰ってきたら丸かじりされそう。先に食べちゃお。夏油も食べる?」

「ああ、そうだね。折角だから頂こうかな」

 

本来あまり甘いものを好まないのは二人ともだが、ちょっといいところのお菓子だし、仕事に勉強で疲れているから頭に糖分補給ということで、彼女は手際よく二人分の羊羹を切り分けた。

 

その羊羹は天の川を模したのか、簡単に云うと青い層と黒い層に分かれていた。青い方は夜空をイメージしているらしく、単純な青ではなくところどころ紫だったり濃紺だったりと美しい。そこに上品に散りばめられている銀色は星だろうか。もはやお菓子と云うよりは芸術品のような一品だ。

数センチの幅に切った羊羹を趣味の良い平皿に乗せ、彼女は少し考えてからいつものようにコーヒーを淹れた。羊羹なのだから緑茶、もっと云うなら苦みの利いた煎茶や玉露が欲しいところだが、ここには誰かがどこかからもらったよくわからない可もなく不可もないお茶しかない。ならばいっそ、しっかりドリップしたコーヒーの方が良いと判断したのである。

それに実は意外とコーヒーも良く合うのだ。豆はいつも通り五条家から送ってもらった上質のもので、深煎りを選ぶ。ガツンと強い甘さのある羊羹と、スモーキーで苦みのあるコーヒーはすっきりとした組み合わせになるからだ。

用意されたものを見て意外そうな顔をしていた夏油は、しかしあらゆる意味で彼女のことを信頼していたから、大人しく羊羹とコーヒーを口にして、驚いたように目を見張っていた。

 

「合うね」

「でしょ。私も初めてこの組み合わせで出されたときはびっくりしたけど、今は緑茶よりこっちの方が好き」

 

夏油の分よりも気持ち薄めに切った羊羹を一口サイズにして口にすると、思ったよりもすっきりとした程よい甘さが口いっぱいに広がる。よく咀嚼して飲み込み、身体中にその甘さが広まるのがよく分かった。コーヒーのおいしさと羊羹のおいしさの見事な組み合わせに、彼女は思わず顔を綻ばせた。

 

正面に座った夏油はそんな彼女を目の当たりにして、心臓が早鐘を打つのを止められない。

好きだと自覚したのはつい最近のことなのに、自覚した途端、彼女のすべてが可愛らしくて愛おしいと思ってしまうのだから、恋とは恐ろしい、と夏油は思う。

ちょっと特殊な出会い方をして、半年以上妙な距離感の同級生で、年明けに自分を庇って大怪我をして、その後三か月も昏睡に陥っていた彼女。

関係性としては良好とはいえなかった彼女は、けれど一度垣根を取っ払ってしまえば、愛さずにはいられないような人だった。

思えば、夏油は初めて会った時からずっと彼女に夢中だったのだ。

ただ、夏油にはそれを表には出さないだけの精神力があり、取り繕うのが上手な性格をしていて、それに簡単には好意を示せない彼女の態度のおかげで表面には出なかっただけで、本当はずっと彼女のことを見つめていた。

こうやって気を許してもらえるようになってからは、もう転がるように好きになった。何せ自覚がないだけでずっと好きだったのだから、もうしょうがないと最近では諦めている。

彼氏がいるとのことだが、彼女が自分の顔を好きなのは確定事項だし、頑張ればなんとかなるのでは、と思っているのは公然の秘密だ。というか彼女以外は、夏油が彼女を狙っていることを知っているので秘密も減ったくれもない。

 

羊羹を食べる姿だけでどぎまぎしてしまうなんて子供じゃあるまいし、と思うのだけれど、可愛いのだからどうしようもないのだ。むしろ何をするでも可愛すぎる彼女の方に非があるとさえ思う。とんでもない責任転嫁には五条も家入も呆れている。

あまり固まっていると不審に思われるので、慌てて夏油も残りの羊羹を口に運ぶ。甘いものは苦手だが、たまに食べるのは嫌ではないし、彼女と食べるものならばいっそう美味しいものに感じた。

すっかり羊羹を食べ終えると、片付けはいつものように夏油が買って出た。

用意はしてもらったのだから、片付けぐらいは自分の役だと思うのだ。別にこういうところでポイント稼ぎをしているわけではないことは声高に主張したい。

洗い物を終え、共有スペースのソファに戻ると、またコーヒーが用意されていた。今度は先ほどの深煎りではなく、いつも飲んでいる浅煎りのもの。夏油も彼女も、この独特の酸味がお気に入りだった。

 

ソファに落ち着いてシナモン色のコーヒーを口にしたとき、ふと夏油の視界に例の短冊が目に入った。

事務局員からは是非にと鼻息荒く頼まれていた手前、自分の分だけ提出するのは申し訳ない。

どうやら彼女は七夕だからどうこうしたいということはなさそうだが、まぁ、訊いてみて損はないだろう、と夏油は意を決した。

 

「君はないの? イベント事の神様に縋ってでも叶えたい願い」

 

ごほん、と惚けたひとつ咳払いをした夏油の言葉に、他意はない。深い意味もない。

ただ、世間一般で云う七夕というのは、織姫と彦星の再会にかこつけて自分の願いを叶えてもらおう、という俗物的なものだから、普段は超現実的すぎる生活を送っている彼女にも、一つくらいはそういう願いがあっても罰は当たらないんじゃないかと思った、だけだった。

あわよくば彼女の願いを知りたいだとか、それが自分に叶えられそうならば尽力するつもりだとか、それをきっかけに彼女に意識されたいだとか、そういう打算がないとは云えないけれど。

 

少し考えるように首を傾げた彼女は、ややあってそっと目を細め、口の端をわずかに持ち上げて云った。

どこか冷笑的な印象を受けるその顔が、あまりに普段の彼女の可愛らしい表情からかけ離れている気がして夏油は少し違和感を覚えたが、彼女が口を開いたので黙って言葉を待った。

 

「流れ星に願いを~とか、短冊に願いを~とかってさ、結局元からそのお願いを叶えられるだけの実力とか運とかがあったり、あるいはもう願う頃には叶える努力をしてるんだと思うんだよね」

 

つまり、実際に願いを叶えているのは流れ星でも短冊でもない。

そんなものは何もしてくれない。

願ったことを叶えるのは、自分自身の行いなのだ、と彼女は云いたいらしい。

 

「……夢がない!」

 

多少可愛らしい願いを期待していた夏油が頭を抱えたところで、誰も彼を責めらないだろう。恋する男子の情緒は忙しいのである。

彼女は、そんな夏油を見ながらからからと軽快な笑い声をあげた。

 

「願いのために何もしてないのに、ちょっと急いで祈ったり、綺麗な天の川に祈れば願いが叶うなんて、そんなの奇跡でしょ」

「まぁ……確かに」

「それに」

 

言葉を切った彼女を、夏油は見る。

目が合って、夏油は息を飲んだ。

 

「奇跡ならもう、起きてるから」

 

彼女は笑う。

綺麗に笑う。

今頃天の川で彦星と再会しているのであろう織姫なんかとは比べ物にならないような美しさで、彼女は笑った。

さっきのシニカルな表情など掻き消えるような、目映い笑顔だった。

夏油は言葉を失って、彼女を見つめることしか出来なかった。

 

彼女の云う奇跡が何か夏油にはわからないけれど、ただ、それが彼女にとって幸福なものであるならばそれでいいと、思った。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

出会えたことが奇跡だ。

言葉を交わせることが奇跡だ。

 

だからもう私は願わない。

これ以上の奇跡なんて、いらない。

私は十分に奇跡を享受しているのだから。

 

私の願いは私のものだ。

 

 

私は、私の力で願いを叶えるのだ。

 

 

 




主人公

神頼みはしない派
とりあえず短冊には『みんなと卒業できますように』と書いたけど、これが直近で最大で最難関の願いでは? と気付いて頭を抱えた
うっかり夏油の短冊を見てしまい、泣きそうになったのは秘密


夏油傑

神頼みはしないけどイベントはそつなくこなす派
短冊には『みんなの健康長寿』と書いてつるした。健康も長寿も私たち術師には必要だよね、身体が資本だからね。健康で一緒に長生きしたいよね、ねっ! 一緒にね!!


五条悟

俺が神です派
寮の趣味の良いお皿は五条の見立て。こういう趣味は主人公と合うので、たまに朝市とか陶器市に行ったりする
羊羹を丸々一本かじっている現場を主人公たちに見られたことがある
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