前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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彼氏とうきうきデートしてたらクズなクラスメイトが乱入してきたんですけど

突然だけど、最近私はご機嫌である。

その理由として最も大きいのが、夏油の距離が普通になったこと。必要以上に距離を詰めてくることはなくなったし、肩を抱かれることもなくなった。

これだけでかなり私の心は平和である。

やっぱり好きな顔とはある程度の距離が欲しい。

具体的に云うと五メートルくらいは最低でも欲しい。

それくらいが眺めるのにちょうどいい距離だと思う。

美人は三日で飽きるなんて言葉があるけれど、夏油の顔は飽きはしない。一生眺めていられる。でも近付かないでほしい。割と本気で。

ちょっとここのところ任務は立て込んでいて心身ともにボロボロでも、たまに顔を合わせる夏油がいるので私は頑張れていた。顔がいいってそれだけで癒し効果があるのだ。テストに出るよ。

 

それとは別に、実はもう一つ理由がある。

むしろこのもう一つの理由のおかげで最近の激務をこなせてたまである。

明日は久々にもぎ取った休みだ。

繁忙期の中にもある程度暇な時期というのはあって、休めるときに休まないと人間なのでいつかはぶっ壊れる。そんなわけで、明日は私たち二年は全員休みの予定となった。代わりに先輩たちや灰原くんと七海くんに任務が詰め込まれている。でも先輩たちは先週に連休があったし、灰原くんと七海くんは明後日休みだもんね。順番こだよね。こういうのは持ちつ持たれつじゃないとね。

というわけで勝ち取った明日という休日、どうやらみんなは寮でゆっくりするらしい。

そしてさらに珍しく今日は全員夜中になる前に上がりになったようで、みんな揃って共有スペースでのんびりしていた。各々ケータイをいじったり本を読んだりしながら、好きな時間を過ごしている。

最近は忙しくてお菓子も作れていなかったから、今共有スペースにあるお茶請けは市販のお菓子だ。私チョイス、しみ煎餅。五条からは大クレームが来たけど、文句を云うなら食べるな自分で好きなもの買ってこいと云ったら、渋い顔をしながら結局食べていた。その顔面白いから写真撮っとこうかな。いざというときいい値段で売れそうだ。

 

任務の合間にちょこちょこしか読めなくてずっと途中になっていた本をやっと読み終わって時計を確認すると、もう23時を回っていた。

ふむ、私はそろそろ寝ようかな。明日も寮にいると決めてるみんなと違って、私は出掛けるし。ぬふふ。

そんなわけで立ち上がると、ケータイを弄っていた五条が顔を上げた。五条の隣、私の目の前にいた夏油も少し意外そうに私を見た。まぁ、確かにこの時間に私が寝るのは珍しい。割といつもは率先して夜更かし組だしね。

でも、私はもう寝るのである。寝るったら寝るのである。

 

「え、もう寝んの? 今からみんなでUNOやろーぜ、UNO」

「いや、私パス」

「明日、どこか出かけるのかい?」

「まぁそんなとこ。ってことで、何か買ってくるものとかある?」

「んー? 私は多分ないかな。どこ行くの?」

「ちょっと地元の方にね」

「実家?」

「んーん、デート」

 

ゴンッ

 

大きな音がしたので何事かと思えば、夏油がケータイを落とした音だったらしい。行儀悪くソファに片脚を乗せた状態で、無表情のまま固まっている。え、大丈夫? ケータイ落ちたの気付いてる? まさか目ぇ開けたまま寝てるのかな。器用だな。

余程疲れが溜まっているのかもしれないと思い、私は気が利く女の子なので親切にケータイを拾ってテーブルに置いといてあげた。

 

「夜には戻るけど、何かあったら連絡してね」

 

相変わらず固まったままの夏油と、神妙な顔をしている五条、それに何故か笑いを堪えている硝子に手を振って私は部屋に引き上げた。突っ込みたいところはいっぱいあったけど、突っ込んだら負けだと思ったのでスルーした。早く寝て早く起きて、準備は万端で行きたいのでね。

だって久々のデートだもん。きっちりスキンケアして今日はもうおやすみなさい。

ほとんど一年ぶりのデートが楽しみで、私はうきうき気分でベッドに入った。

 

 

一方、私が部屋に戻った後の、共有スペースにて。

 

「…………悟、硝子」

「くそほどおもしれー予感しかしねぇけど、何」

「パンケーキ食べたくないか?」

「夏油の奢りなら」

「トッピング全部乗せありなら」

「まかせろ」

 

こんな会話が繰り広げられていたことなど、私は知る由もなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

朝起きたら顔を洗い、いつもより念入りに髪を整えて、最近滅多にしなくなっていた化粧を施す。とはいえごりごりに濃くはしない。どうせ盛ってもたかが知れているのだから、なるべく自然に綺麗に見えるように、控えめに。

お気に入りのワンピースを引っ張り出してカーディガンを羽織り、高校の入学祝に両親が買ってくれたバッグを持って準備完了。

 

「硝子~! みて~!」

「ノックしなって何回も云った」

「こんこん!」

 

口で云うな、なんて云いながらも怒らない硝子は優しい。普段が静かだし五条と違って無駄なことはあんまりしゃべらないからわかりにくいけど、硝子は結構ノリがいいしちゃんと対等に話してくれる。そういうとこ、好きだな。

 

一応鏡の前でチェックはしていても、自分の目だけだとちょっと不安だった。なので朝っぱらから部屋に突撃したら、硝子はいつもならまだ寝てる時間なのに珍しくもう起きて一服していた。いいねぇ絵になる。

そんな硝子の部屋の入り口で、私はファッションショーよろしくくるりと回ってみせた。

 

「ね、どう? 私、可愛い?」

「新手の口裂け女?」

「お、私だって傷付くってところ見せようか? 今すぐ泣けるぞ」

「面倒そうだからやめて。ってか、着飾らなくてもあんたは十分可愛いよ」

 

ひゅ、ひゅ~~~!

これは赤面不可避ですな~!

硝子ってこういうところある。ほんと、こういうところある。

咥え煙草に片膝立てて前髪掻き上げながら超絶美人にそんなこと云われて恋に落ちない人っているんですか? ちょっと危ない道に片脚突っ込みそうになってしまったじゃないか。

これが五条あたりに云われてたら、嫌みかよって云えるんだけど、硝子は本気でそう云ってくれているのがわかるから素直に受け取れる。ありがたいことですよ、本当に。

硝子のアドバイスとして黒のカーディガンは地味すぎるとのことで、先日硝子と一緒に買い物に行ったときに買った桜色のカーディガンに着替え、私はご機嫌に鼻歌を歌いながら学校を出た。

高専から地元までは結構な距離があるし、何度か乗り換えもしなければならない。この時間に出れば余裕で間に合う時間だろう。

 

先輩との待ち合わせ場所は、地元駅前の時計塔の下。

ここは、部活の買い物でふたりで街に出た時に、帰り道にこの場所で告白された思い出の場所だ。同じ学校に通っていた期間は短かったけれど、デートの時は毎回ここで待ち合わせていた。

駅に滑り込んだ電車から降りて、逸る気持ちを抑えて走らないよう気を付けながら急いで改札を出る。

そうして目に飛び込んできた、大好きな人。

 

「先輩!」

 

手を振って呼べば、こちらに気付いた先輩がパッと笑顔になって手を振ってくれた。

 

「や、久しぶり」

 

っか~~~!!

これこれ、これですよ!

私に足りてなかったもの!!

トキメキ!!

 

高専は楽しいよ。

任務は大変だけど、みんなと過ごす時間もものすごく大事で幸せだ。

顔だけは国宝級の五条はいるし、性格は誰より男前な硝子はいるし、何より世界一好きな顔の夏油がいる。先輩たちもいい人だし、後輩だって可愛い。これで恵まれていないなんて云ったら、私は各方面から非難囂々だろう。

でもね、でもですよ。

昔から呪術界を知っていたみんなと違い、私はほんの一年まで一般人中の一般人だったわけで、普通すぎるほど普通の生活をしていたわけで。

そんな私がいきなり呪術界に飛び込んで、普通からはかけ離れた学校生活を送っていたら、昔の生活が懐かしく思ってしまったってしょうがないことだと思うのだ。

簡単に云うと、高校生らしく学校で彼氏とキャッキャウフフしたかった。

でももう私の彼氏は同じ学校にはいないわけで、ならば外でこうやって会うしかないわけで。

 

久々に会った先輩は、一年前と変わらない優しい笑顔で私を迎えてくれて、当然のように待ち合わせ時間より前に待っていてくれた。

好きしかない。

もう、うん。好きしかないんです。

そりゃね、五条や夏油に比べたら派手な顔ではないけれど、素朴な顔だって私は先輩が好きだ。

優しいし気さくだし、先輩と一緒にいると落ち着く。

一緒に居て楽しい人はたくさんいても、先輩みたいに安心出来る人って貴重だと思う。

会いたかったです、と云えば、僕も会えて嬉しい、と返してくれた。

あー、今までの疲れが今ので全部吹っ飛んだ。

私は幸せ者だと思います。

早速並んで歩きだしながら、でも、と先輩は少し心配そうに首を傾げた。

 

「本当にいいの? 折角久しぶりのデートなのに地元で」

「いいんです! 下手に新宿とか渋谷に行く方が危ないし……」

「危ない?」

「い、いえ、その、人が多いと落ち着かないかなって」

 

人が多いところには比例して呪いも多く存在する。

ただでさえこの時期は呪いが発生しやすいのに、人がたくさんいるところに行ってしまったらうっかり呪いに遭遇する可能性があるわけで。

一応私も呪術師の端くれなので、もし呪いを見つけてしまったら無視するわけにはいかない。かといってきっちり祓える能力もないから、学校に連絡して対応してもらう必要がある。

そうなるともうデートどころではない。

そんなの絶対に嫌なのだ。

 

「それに」

「うん?」

「先輩と一緒なら、私はどこでも楽しいです」

 

なんだかついでに云ったみたいになってしまったけど、これに尽きる。

だってきっと、先輩と一緒ならきっと私は地獄だって楽しいに決まっているから。

 

こう云っては何だけど、私たちの地元はいい感じに過疎っている。少なくとも過密ではない。

それでもほどほどに街は栄えているし、カフェやショッピングモールなんかも行きやすいというなかなか過ごしやすい場所なのだ。

何よりここなら高専の知り合いに会うこともないだろうし、安心して過ごせる。

確かに、久しぶりのデートなのではしゃぎたいという気持ちも多少はある。

ぶっちゃけランドとかシーとか行きたい。

はしゃぎ倒したい。

高校生らしいデートを満喫したい。

でも、そんなことしなくたって先輩とデートできるだけでも私は満足なのだ。

この時間が確保できるなら、派手なことなんてなんにもしなくていい。

ただ、一緒に過ごせたらそれでいい。

 

だって高専に行ってからは電話とメールしか出来なくて、今年に入ってからは三か月昏睡状態だったせいで音信不通になるという信じがたい不義理をした私を、先輩は心配はすれど一度も怒らなかった。

正直、目を覚ましてから事情を誤魔化しつつ先輩に連絡して、すぐに電話がかかってきたとき、振られると思った。

自業自得とはいえこんな終わり方悲しすぎる、と半泣きで出た電話での先輩の第一声は、『もう大丈夫なの?』だ。

不義理を怒るでもなく詰るでもなく、まず私の身を心配してくれた。

泣いた。

久しぶりに声を聞けて安心したし、純粋に嬉しくて泣いた。

そうしたら先輩は呆れないでずっと電話の向こうで私を慰めてくれて、多分先輩もちょっと泣いていた。

もともと好きだったけど、この電話のおかげで私はもっと先輩を好きになった。

ものすごく会いたくなった。

でも勝手にいなくなったくせに今度は会いたいとか、自分勝手すぎるような気がしてなかなか云えずにいると、先輩のほうから今度久しぶりにデートしようと云ってくれた。

嬉しくて二つ返事で了承し、直近で今日が休暇になることが決まっていたので今日に決めた。任務の合間の休暇だから身体を休めたいと思ってねじ込んでいた休みだったけれど、構うもんか。先輩に会えるならなんでもいい。

 

のんびりと歩きながら、まず私たちが向かったのは地元にある老舗のカフェだ。午後から映画を見に行く予定なので、その前にお昼ご飯にしようということだった。ついでに、ちょっとゆっくり話もしたかったし。

駅から商店街を抜けて一度住宅街を通り、本当にこんなところにお店があるのかと不安になるような場所にそのカフェはある。お店の半分が樹に覆われている珍しい外装で、知る人ぞ知る隠れた名店だったりするのだ。先日ちょっとネットの記事に挙がっていたらしい。

 

「私、ここのパンケーキ好きなんです。THE!って感じで」

「あはは、なんとなくわかる。あんまりオシャレなやつだと、気後れするよね」

 

可愛らしい笑顔の店員さんに通されたのはテラス席だった。

店内はクーラーが効いているけれど、木陰になっている席ならば涼しいし外のほうがデートには向いていますよ、とのことだった。

やっだ照れるデートなんて。まぁデートなんですけど!

というわけでお言葉に甘えて木陰の涼し気な席について、さっそくお気に入りのパンケーキとアイスコーヒーをオーダーした。愛想のよい店員さんが丁寧にオーダーを復唱し、少々お待ちください、と恭しく去って行く。

さて、じゃあ頼んだものが来るまでは先輩と会話を存分に楽しもう。

何せ直接会うのが久しぶりなので、話したいことはいくらでもある。話せる範囲で高専のことも話したいし、先輩の話も聞きたい。部活がどうなったのかも気になっている。

話したいことがありすぎてどれから話そうか、と考えてふとなんとなく店内に目をやった時のことだった。

 

――ひゅん、と喉が鳴った。

 

「……どうかした?」

「あ、い、いえ……」

 

見間違いかと思った。

目を擦って、もう一度店内を確認した。

見間違いじゃなかった。

 

は?

なんで?

なんで???

 

理解が追い付かなくて言葉が出てこない。

思わず立ち上がって立ち尽くしていると、ソレらは満面の笑みでこちらにやってきた。

 

「なんで」

「え?」

 

不思議そうに首を傾げる先輩に何か云わなければとは思う。

思うのに、うまく言葉が出てこない。

いや、おかしいおかしい。

 

だって、なんで――こいつらがここにいるの!?

 

「あっれ、奇遇だな~!」

 

現れたのは、なんと私服姿の五条と夏油。

アホみたいに陽気な声を上げたのは五条で、夏油はにこにこしながら少し後ろからついてきている。

そこそこ可愛らしい内装のカフェに、突如現れたサイズとレベルが規格外のイケメンふたり。

店員さんの目はハートだし、近くにいるお客さんたちは何事かとふたりに注目している。

 

いや。

いやいや。

なんでだよ。

 

そしてなんで当然のように私らの隣の席に座るんだよ。

 

「え、ええと?」

「へー、あんたが噂の彼氏か。どーも初めまして、こいつのクラスメイトの五条でーす」

「同じく、夏油です」

 

絶句する私に腹の立つ笑顔を向けながら、私以上に状況を把握できていない先輩に対し五条が手を差し出した。人のいい先輩は、おそらく反射的にその手に応じている。

 

「ど、どうも初めまして。すごい、ふたりとも、めちゃくちゃかっこいいね」

「よく云われます」

 

まぁ先輩ったら礼儀正しい。

律儀にふたりともと握手をして挨拶を交わし自己紹介をしている。

初めましてだもんね、そりゃ挨拶くらいするよね。

 

……じゃねーよ。

 

「おい」

 

やっと私の口から出たのはたった一言だった。

思ったよりも低い声だ。私ったらこんな声も出るのねうふふ。

 

「どうかしたかい? 早く座ったら?」

「お、い。」

 

もはやふたりの胸倉を掴むことに戸惑いはなかった。

身長差のおかげで吊し上げることは出来ないけれど、へらへらと笑う二人の顔に冷や汗をかかせるには十分だったらしい。

 

「なんでここにいる」

 

自分が今どんな顔をしているのかわからない。

けれど、少なくとも朗らかな表情をしていないのはよくわかる。

私の呪力は本来一般人に毛が生えた程度のモノでこのふたりからしたら虫けら以下なはずなのに、どうしてだろう、今ならこのふたりを叩きのめせるような、そんな気がした。

今持ってる呪具、なんだったっけ。こんなことなら伏黒さんから回収した游雲借りてくるんだった。

そんなことを考えていたら、ハッとした夏油が取り繕うような笑顔でメニューを指さした。

 

「ここのパンケーキ、こないだ話題になっただろう。久しぶりの休みだし、甘いものでもどうかなと思ったんだよ」

「一万歩譲ってそれが本当だとして、なんで同じ時間帯にいる、なんで隣に座る」

「偶然じゃね?」

「これを偶然で済ませられると思ったか」

 

相変わらずへらへらと笑う二人に、思いっきり深くため息を吐く。吐きすぎて肺がぺっちゃんこになるんじゃないかと思った。

 

落ち着け、落ち着くんだ私。

殴りかかるのは簡単だけど、この場には先輩がいる。

いくらもとからお淑やかな大和撫子からほど遠いとはいえ、物事を暴力で解決しようとする女だと思われたくはない。もう遅いとか云わないでほしい。

落ち着いて、息をして。

穏便に、そう、穏便に。

大丈夫、私ならできる。いや、やるのだ。

そうして顔を上げて、一言。

 

「帰れ。」

「えー。もう注文しちったし」

「早くない!? 今席ついたばっかりでしょ!?」

「まぁまぁ落ち着いて」

「これ以上、私を、怒らせるなよ……!!」

 

今なら呪力で魔貫光殺砲でも打てそう。

怒りに任せてマジでぶん殴ってやろうかと拳を握り締めた、その時だった。

 

「っははは! 面白い人たちだなぁ!」

 

しばらくの間ぽかんとした顔で私たちのやり取りを見ていた先輩が、急に声を上げて笑い始めた。

ギョッとして振り返ると、先輩は本当におかしそうに笑っている。

しまった、穏便に済ませようと思ってたのに殴りかかるところだった。

内心ひやひやしながら、慌てて先輩を振り返る。

 

「いやいや、全然面白くないですよ……! すみませんお騒がせして。今すぐこいつら帰りますから」

「でも、友達なのは本当なんだろう?」

「ま、まぁ……それは嘘じゃないけどでも気軽に友達と呼ぶには憚られるというか複雑と云うか」

「は!? 今さら友達じゃねーとか傷付くんですけどー!?」

「オリハルコンの心臓持ってるくせに何云ってんだお前」

「私も少なからず傷付いた」

「これを機にもっとメンタル鍛えな」

「なー先輩、こいつこんなこと云ってるけどどう思う? 酷くね?」

「おい先輩を巻き込むな!!」

「ふふふ、大丈夫だよ」

 

君の友達が悪い子なわけないからね、と。

 

あっさりと云う先輩には含みもないし、もちろん嫌味でもない。

私を信じてくれているから、私の友達だというこいつらが悪い人なわけはない、という先輩の理論。

実際は顔以外は悪いもしくは歪んでいる(例えば性格、性根、根性、倫理観、貞操観念、etc)んだけど、根っから善人の先輩が初対面の人間の裏側を読もうとすることはないので気付かない。

それゆえの、笑顔と言葉。

これが真の菩薩である。

思わず涙を流して丁寧に拝んでしまった私は世界で一番正しい反応をしたと思う。

おい、そこのクズふたり。お前ら見習えよ。

こんなに人間出来た人、そうそういないぞ。

 

結局しばらくごねた末(ごねたのは私)、今さら席を移動するのもなんだから、という先輩のご厚意により、五条と夏油は隣の席のままで着席することになった。

室内はクーラーが効いているし、テラス席は他にも十分席があるのに、なんでわざわざ隣に。

店員さんもちょっとは考えようよって思ったけど、そういえばここの店員さんは女の子だ。大方、二人に云われるがまま席を案内したんだろう。はー、顔がいいと好き放題出来ますねぇ!

 

もういい、先輩が隣にいていいっていうんだから、いい。

でも無視しよう。

だいたい私たちは今デート中なのである。

デート中に他の男に気を取られるなんてありえない。

なんなら五条と夏油もデートなんじゃない?

……あ、そゆこと?

ゴメンネ今まで気付かなくて。

どうぞ思う存分そっちもデート楽しんで!

 

そんな意味を込めてにっこりと笑顔を向け、その後は平和に先輩との会話を楽しんだ。

話題にあげていたのが主に部活のことだったり前の学校の共通の知り合いの話だったりしたので、当然クズふたりが口をはさむ余地はなかったのがとてもよかった。

ちょいちょい何か云われてたけど、徹底的に無視してたら静かになった。

うん、このまま平和に過ごしたい。

デート風景をクラスメイトに見られるというちょっとした羞恥プレイな気がするけど、お互い様だよね。私だってお前らのデートに出くわしちゃったんだから、被害者だよね。あれ私被害しか受けてないな。視界の端で五条がアイスコーヒーに死ぬほどガムシロをぶっこんでいる胸焼けしそうな光景が見えたけど、つっこまないからな。

 

そういえば、と先輩が両手を叩いたのは、今年のコンクールの課題曲について一通り話し終えた後だった。

 

「演奏会の日程、やっと決まったよ」

「え、ほんとですか」

 

毎度会場のことで揉めるので今年はどうなるのかと思ったけど、無事に決まったらしい。いつも市民ホールを使っているから、他の団体との兼ね合いがいろいろあるのだ。

先日電話をしていた時はまだ揉めそうだとため息を吐いていたので、うまくまとまったらしく安心した。あとは曲目を決定する段階まで来ているらしい。

 

「コンクールが8月だから、9月の第三週の日曜日。どう?」

「9月か……うん、多分大丈夫なはず。絶対休みもぎ取ります!」

「忙しかったら無理しないでいいからね」

「いえ、むしろ演奏会に行くためにその日まで頑張りますよ、私」

「何の演奏会?」

「ああ、僕ね、吹奏楽部なんだ。その部活の演奏会だよ」

「へー、楽器は何を?」

「打楽器部隊なので、割となんでも。でも最近は鍵盤系が多いかなぁ」

「楽器かー。俺、ヴァイオリンくれーしか弾けねぇわ」

「十分じゃないか? 私なんかタンバリンも危ういぞ」

「すごい普通に会話に混ざってくるじゃん」

 

当たり前みたいにしゃべるからつっこむのが遅くなってしまった。先輩も人がいいからそのまま会話続けてるし、ねぇ、何この状況。カオスすぎてもう笑えてきた。実はタンバリンって結構難しいんですよ、とかじゃあカスタネットは、とか会話を広げるな。先輩の優しさに付け込むな。

でも先輩がなんだか楽しそうにしてるから、会話を止めろとはなんとなく云えない雰囲気。

は?

ねぇもっかい云うけど私たち久しぶりのデートなんですよね。

高専に来てから一度も会えてなくて、なんなら今年に入ってからつい最近まで私が寝こけてたせいで音信不通になっちゃって、そのお詫びも兼ねたデートなんですよね。

なんでお前らが混じるの? 本当に理解不能なんだけど。

 

タンバリンの奥深さについて熱く語り始めた先輩は非常に微笑ましく、ならばもう気が済むまで話してもらおうと思い私は静かにアイスコーヒーを飲む。諦めじゃないです、愛故です。

ああ、これこれ、この味、懐かしい。

あんまりお金がないからどこかに遊びに行ったり遠出は出来なかったけれど、付き合ってからはよく遅くまでこのカフェで話してたな。

そういえば、私が前世の記憶を取り戻したあの日も、このカフェで先輩とたくさん話したのをふと思い出した。

私は吹奏楽部に入って先輩と同じ打楽器部隊になって、まずはスネアドラムから始めることになったんだけど、ロールが全然うまくいかなくて凹んでた。あの日は確かスティックの持ち方とか手首を柔らかくするだとかロールのコツを教えてもらっていて、先輩に教えてもらえたんだからまた明日から頑張ろうって、そう思っていたんだった。

考えてみたらその数時間後には前世の記憶を取り戻して、翌日には夏油の来襲に遭って、その日のうちに高専に転校することになって、あれ以降私がスネアに触れることもなくなり、先輩とも離れ離れになったのだ。

……なんかむかっ腹立ってきた。

記憶を取り戻したのも転校する羽目になったのも全部原因は夏油なんだよな。

そのお前がなんで先輩と和気藹々としてんだよ。

そう考えたら身体が勝手に動いていた。具体的に云うと、私は夏油の脛を思い切り蹴り上げた。ちなみに私、今日は可愛いパンプス履いてます。つま先結構硬いよ。

 

「痛ッ!! な、なんだい、いきなり!?」

「いや、あんたらが私の先輩と仲良さそうにしてるのが気に食わなくて」

「うわー直球! ウケる」

「他人事みたいに云ってるけど、五条もだからな」

 

大人しくお前らふたりでデートしてろよそんでいい加減どっか行けよ、という意味を込めて舌打ちをする。

しかし神経ナイロンザイル製の特級クズどもがそんなことでめげるはずもない。

いつか本当に目にもの見せてやろうと心に誓っていると、さっきまで楽しそうに笑っていたはずの先輩が何故か静かになっていた。しかもなんだかちょっと顔が赤いような。

え、どうしました、と首を傾げると。

少し照れたように笑い、頬を掻いて先輩は云った。

 

「私のって、なんかちょっと照れるね」

 

――ゴンッ

 

私はテーブルに思いっきり頭を打ち付けた。

痛かった。

ほんのわずかな理性が、額をグラスが置いてない部分に誘導してくれたことにひっそりと感謝する。さすがに流血沙汰にはしたくない。

でもこうでもしないと奇声を上げて走り出してしまいそうな衝動に駆られていたのだ。

 

――私の彼氏、めっちゃ可愛くないですか!?

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その後、注文していたパンケーキが運ばれてきてしばし静かにお食事タイムと相成った。

生地は昔ながらのホットケーキ、見た目は今流行りのパンケーキ風デコレーションなこの店のパンケーキは、隠れた大人気メニューである。そもそもこの店、だいたいのものが美味しいからどれを頼んでも当たりなんだけど、特にこのパンケーキは大当たり。

値段の割に量も多く、もちろんシェアもオッケー。ソースはメープル、はちみつ、チョコレート、バニラソース、季節のジャムから二種類まで選べて、追加料金たったの百円で全種類つけられる。しかもどれも絶品。ちなみに今の季節はスイカのジャムが用意されているらしい。気になるよね。もちろん頼みました。

 

ところで隣の席にも運ばれてきたパンケーキがえぐいことになっていたのはつっこんでいいんだろうか。アレ、トッピングというトッピングをすべて持ってあるような気がする。生クリーム、果物、アイス、チョコレート菓子に飴細工。とにかくてんこ盛り。多分、お店からのサービスもあるんじゃないかなと推測。

五条の身体は砂糖で出来てるのかってくらい甘いもの好きだからいいとして、夏油はそこまで甘いもの好きじゃないのに大丈夫なんだろうか。頼んだからには食べるんだろうけど、あとで胃をやられてそうだ。パァッと笑顔を輝かせた五条とは対照的に、ちょっと顔引き攣ってませんか夏油くん。でもパンケーキ食べに来たんだもんね、一生懸命食べないとね。

っていうかあの二人、今から量がえぐいだけで見た目はめちゃめちゃ可愛らしいパンケーキをシェアするんですか。

デートじゃん。

まごうことなきデートじゃん。

お熱いですね!

 

一方私と先輩は一般的な量を楽しくシェアさせていただいた。

久しぶりに食べた懐かしい味はやっぱり美味しかった。このホットケーキの弾力、甘すぎないクリームと、相性抜群のソースたち。

美味しいし、目の前には大好きな先輩がいるし、私は今幸せの絶頂にいた。

 

このままずーっと先輩と一緒にいたぁい!

 

みんなを死なせないように動いて目指せハッピーエンド、とは決めていたものの、実際私が呪術師として出来ることはほとんどない。補助監督だって別に私以外に優秀な人いるし。

って考えると、私高専にいる必要はなくない? 窓でよくない?

偽らざる本心でそう願いながらこの幸せ空間を堪能していた私を一気に現実に引き戻したのは、一本の電話だった。

誰だ私の幸せの邪魔をするふてぇ野郎は! もう隣に邪魔者は二人いるんで間に合ってます!

心底マナーモードにしておけばよかったと悔やんでももう遅い。今度からデートの時はマナーモードにしようと心に誓いつつ、すみません、と一度先輩に断ってからディスプレイを確認して、更に大後悔。

 

「げぇ」

 

思わず声が出てしまったのも無理はないと信じている。

 

着信中 : 夜蛾先生

 

ねぇ、今日休日ですよ。

今まで死ぬ気で働いてて、明日からもしばらく地獄の任務ラッシュが待っている中の唯一の休み。

だというのにディスプレイに映し出されたのは、出たら絶対面倒くさいことを云われるのが間違いない相手。

反射で電源を落とさなかったのを褒めてほしいくらいだ。

 

「す、すごい顔してるけどどうしたの」

「いや、その……担任から電話が」

 

この間も電話が切れることはない。諦めてくれよと願うけれど、私が休みであることを知った上での電話であれば、それなりに重要な内容なのだろう。

出たくないけど、あと十秒鳴り続けたら腹を括ろう。

ちらり、とまだパンケーキを食べている二人を見れば、肩を竦められた。ということはこれはクズどもの仕込みではないということだ。ワンチャン、先生まで巻き込んで私のデートを邪魔しようとしてるなら無視してもいいかな、とか思ったんだけど。

で、まぁ切れなかったんですよね。

もうこれ以上は駄目だと観念し、席を立つ。

 

「すみません先輩、ちょっと出てきます。……あんたら、先輩に変なことしないでよね」

 

後半は五条と夏油に向けて云う。とてもじゃないけど、何も釘を刺さずにこの場を離れるのは気が気じゃないのだ。

そもそも、今更だけどなんでこの二人がここに来たのか理由もわからないし、牽制はするに越したことはない。

 

「信用がないな。大丈夫、何もしないよ」

「信用はしてる。信頼はしてない」

 

すぱっと云って人の少ない木の下に向かう。抗議の声が聞こえたけど無視だ、無視。

電話に出ると、まずすぐに電話に出なかったことを怒られて反射的に謝ってしまった。謝ったけど私悪くないよね? 休みの日に明らかに仕事の電話してくるほうが悪いと思うんだけど、そこんとこ如何でしょうか。

とはさすがに云えないので甘んじるとして、さっさと本題に入ってもらう。こっちは先輩の近くに猛獣二匹を放置してしまっているのだ。先輩がクズの毒牙にかかっていないか心配でしょうがない。

が、重いため息を吐き出した夜蛾先生の口から飛び出してきたのは、とてもじゃないけどデートの片手間に出来るような内容じゃなかったのである。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。今手帳持ってきますから」

 

これはちゃんと予定確認しないと話にならないと判断し、私は急いで席に戻った。

すると三人仲良く穏やかに話しているから、一瞬だけほっこりしてしまった。

私の大好きな彼氏と大事な友人たちが仲良いって、なんかいいね。これがデートの最中でなければもっとよかったね。やっぱりあの二人はあとで絞める。

はい、現実逃避終わり。

急いでバッグから手帳を引っ張り出して、夜蛾先生との通話を再開した。仕事用の手帳だったけど、念の為持ってきててよかった。

 

「お待たせしました。んー、やっぱそこだと入れる人が冥さんしか……え、冥さん別任務入ってるんですか? 歌姫先輩も別件があったはずだし、じゃあちょっと厳しいんじゃないですかね。誰も予定が……え、夏油? いや、夏油はちょっと。なんでって、先生予定表見てますよね? そこまで夏油休みなしですよ? その日だってやっと半休ねじ込んだくらいなのに、その休みまでなくなったらこいつ二週間以上働きっぱなしに……今? は? まぁ夏油も五条もいますけどそれとこれとは関係な……あ!? 駄目に決まってるでしょ正気ですか!? とにかく駄目です! その日五条は本家にに行かなきゃいけないんだし、無理ですよ。いや私一般人なんで御三家にコネなんかないですし。正直関わりたくないです御三家なんか。そんなもん五条にやらせてください。は? じゃあ私が行けって? それこそ正気ですか? 私4級なんですけど。単独行動出来ないですから。いやいやそういう問題じゃな……待って待って先生、駄目ですってば。私のことなんだと思ってんですか。だから夏油は駄目だって……って、ちょっと待ってください、夏油がなんか云ってるので」

 

ちょいちょいと服の袖を引っ張られていることに気付き、そちらを見れば夏油が自分を指さしていた。おいなんだそれ可愛いな。今電話中でケータイ使ってさえいなければ、間違いなく連写してたところだ。

じゃなくて、何。

一度通話状態のままケータイを離すと、夏油は私の手帳を覗き込みながら云った。

 

「いいよ、私行くから」

「駄目に決まってんでしょ、どんだけ働くの。自分の予定見てからいいなよ。売れっ子芸能人だってもうちょい休みあるんじゃない?」

「でもどうせ私以外入れないんだろう?」

「そうだけど……」

「じゃあしょうがないじゃないか」

「………」

「私は大丈夫だから」

 

にこっと笑う夏油のこの顔は、嫌いだ。

何が大丈夫なのか教えて欲しい。

原作では今頃平気な顔してどんどん病んでいっているはずの男の、笑顔の大丈夫なんて信じられるはずがないだろうが。

 

繁忙期な上、特級である夏油と五条はこの時期本当に目が回るほど忙しい。なまじ二人とも機動力があるから、多少詰め込んでもなんとかなると思われがちだ。

五条はまだいい。五条は要領がいいから、厳しいスケジュールの中でもちゃんと休める時間を確保できるから。

でも、夏油はそうもいかない。

この男、器用そうに見えて実はかなり融通も利かないし要領も悪いのだ。しかもそれがパッと見には全く分からなくて、なんでもそつなくこなしているように見えてしまうから始末が悪い。

ひとつミスれば大事故になるほどの過密スケジュールの中で、漸く確保した束の間の休日。

それすら取り上げる勢いで任務を追加するなんて、正気の沙汰とは思えない。

もちろんこれが夜蛾先生の意思でないことくらいわかってる。上からのお達しを、きっとやんわりと断ろうとしてくれたのであろうことも、わかる。先生はそういう人だから。

 

でも、でも、ですよ。

私たちは術式さえ使えなければ、いたって普通の高校生なのだ。

五条はともかく、夏油に関してはメンタル危ういところあるし、必要以上に神経質になる私の気持ちもわかってもらいたい。

……と思ったけど、そうか、誰も知るわけないのか。

原作の中、親友である五条ですら夏油の変化には気付けなかった。

私だって、原作の記憶がなければ、この普段から飄々としている男が悩みを自分の中に抱え込み、消化できないタイプの不器用人間だなんて知らなかっただろう。

ならば他の人間が、しかも夏油を直接見ているわけでもなく、結果だけ見て上から命令しているような連中に、他人の心の機微を読むなんて高尚なことが出来るはずがない。

やっぱ上層部はクソだ。

はやいとこ、五条に何とかしてもらわないと困る。全員殺すまでいかなくとも、半殺しぐらいならいいんじゃない? なんて物騒なことを考えてしまう程度には、上の連中のことが嫌いだ。

人がせっかくハッピーエンド目指して夏油の闇落ち回避させようとしてるのに、あっさりとフラグを立てようとしてくるやつらなんてボコボコにしてやるよ。五条が。

 

でも、ここで私が駄目だと云ったところで、最終的にはこの任務が夏油に押し付けられるのは目に見えている。上の連中が力押しで押し付けるに決まっているのだ。

だったら、少なくとも私や五条が見ている前で任務を組んだ方が、まだましなのかもしれない。

ましってだけで、最善でも最良でもないけれど。

 

考えて、悩んで、迷って。

腹を括る。

深く吐き出した息の重さで上層部の頭が潰れてしまえばいいのに。

 

「……もしもし先生? 夏油、入ってくれるそうです。はい、はい。じゃあそういうことで。私から伝えます。はい。いいですよ、私も行きますから。代わりに、繁忙期終わったら連休もらいますからね。絶対もらいますからね。ああ、パンダに早々に反抗期が訪れる呪い掛けときます。んじゃ」

 

最後のは八つ当たりである。

何か悲鳴のようなものが聞こえた気がしたけれど、私は構わず通話を終わらせた。ついでにケータイの電源も落とした。さすがにもう今日は連絡ないっしょ。こっちは休暇中だぞ。

あー、終わった。

ただでさえいっぱいいっぱいな予定の中に追加任務なんて、普通高校生にやらせることじゃない。大人でなんとかしろよって本気で思ってるけど、給料もらっている手前あんまり文句も云えない。でも今回の件はあまりに酷いと思うので、繁忙期終わったら絶対上層部に抗議しようと心に決めた。

蟻だってたまには象に歯向かうことくらいあるのだ。

 

あー終わった終わった。

胸くそ悪い。

だいたい確かに私は4級術師というよりは補助監督寄りの仕事ばかりしてるけど、補助監督にしたって私以外にたくさんいるのにどうしてこんなに忙しいんだ。少なくとも五条か夏油、どちらかを誰かが担当してくれれば私の忙しさもましになるのに、なぜかこのふたりは私担当みたいな扱いになっているのが腑に落ちない。

疲れた。本当に疲れた。

去年は一匹狼気取りだったからこういう交渉役はほとんどなかったので繁忙期でもそこまで忙しくなかった。もしかして来年以降ずっとこれ? わぉ、過労死待ったなし。

 

もう何度目になるかわからない重いため息を吐きながら手帳をバッグに仕舞って、ハッとして顔を上げる。

そうして、ぱち、と先輩と目が合って。

 

「なんか、大変そうだね」

 

困ったように笑うその表情に、私は全身の血の気が引くのを感じた。

 

――やばい。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

思いのほか大きな声が出てしまったけど、気にせず頭を下げたら、思いっきり額をテーブルにぶつけてしまった。さっきと同じところに追撃。痛い。痛いけどそれどころじゃない。

やってしまった。

デート中なのに。

五条と夏油がいてもデート満喫しようとしてたくせに。

私が一番思いっきりデートぶち壊しちゃってるじゃないか。

 

「頭が仕事モードになっちゃって、私……」

「ふふ、いいよ。何かに夢中になったら周りが見えなくなるところ、変わってなくて安心した」

 

そう云って、先輩は赤くなった私のおでこを撫でてくれた。

言葉通り、怒っている様子はない。嘘もついてないように思える。

デート中に馬鹿みたいに長い上に重そうな電話をかまし、一瞬目の前に彼氏がいることも忘れていた酷い女だというのに、先輩が私を見る目は相変わらず優しい。

 

「……菩薩……」

「あはは」

 

変わってない。

本当にそうだろうか。

気にしないでと笑ってくれる先輩に平謝りし、ついでにお前らも連帯責任だと五条と夏油も巻き込んで謝りながら、思考の奥底で私は考える。

少なくとも私は、先輩が告白してくれた頃の私とは変わってしまったはずだ。

何せ前世の記憶を取り戻したのだから、いくら享年二十歳とはいえ今よりは多少は大人。大学でそこそこの経験もしていたから、今時女子高生の若々しさからは少なからず遠ざかっているだろう。

確かに、記憶を取り戻して以降先輩に会うのは初めてだ。前に会ったのが前過ぎて、変化に気付けないという可能性も大いにある。

けれど先輩が気付かないだけで、私は変わったはずだ。

 

――でも。

 

変わらないと、そう云ってくれるのが嬉しくて。

その言葉を素直に受け取りたいと願う、私がいた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

しばらく居た堪れなすぎて謝り続けていた私は、しかし次この件で謝ったら一週間メールも電話も無視するという無慈悲を突き付けられたのできゅっと口を閉じた。だって今はまだ口を開いたら謝っちゃいそうなんだもの。お口ミッフィー。

そんな私の様子を面白そうに見ていた先輩は、一度時計に目をやって席を立った。遅れて私も時間を確認し、立ち上がる。気付けばもうこんな時間になっていた。

 

「さて、僕たちこの後は映画に行くんだけど。君たちはどうするの?」

 

さすがに私たちの予定のすべてを把握していたわけではなかったらしく、ふたりは顔を見合わせる。夏油がケータイを確認し横に首を振ると、五条が云った。

 

「あー、硝子……もう一人ダチが来るはずだから、それ待って買い物して帰るかな」

「えっマジ!? ここでお別れ!? ちょーザンネン!!」

「なら私たちも映画に」

「男二人でラブロマンス? いい趣味してんね」

 

頼むからもうこれ以上付きまとうなよ。

そんな意味を込めてにっこり笑顔を作ると、夏油は気まずそうに視線を逸らした。お、珍しい。いつもなら眩しいくらいの笑顔で応戦してくるくせに。

ちょっと不思議に思っていると、五条が肩を竦めて云った。

 

「ま、これ以上邪魔したらさすがに悪ぃから」

「邪魔な自覚があって何よりだわ」

 

出来ればもっと早く気付いてほしかった。

本当はそう云ってやりたかったけど、これ以上めんどくさいことになるのは御免なのでグッと堪える。退散してくれるというのだから素直に退散してもらおう。

 

「じゃあ、五条くんに夏油くん、今日は楽しかったよ。どうもありがとうね」

 

律儀だなぁ、こいつら相手にそんな礼儀正しくしなくてもいいのに。

でもそれが先輩らしいですよね、好き。

 

先輩の人の好さに中てられて若干呆けているふたりを置いて、私たちはお店を出た。あとから硝子も来るって話だったけど、何やってるんだろう。

まぁ、あの場に硝子までいたらもっとカオスだっただろうから助かったけど。でも帰ったら話は聞いてもらおう。主にクズどもの愚痴を聞いてもらおう。

そう密かに心に決めていると、先輩があっと声を上げて立ち止まった。

 

「ごめん。席にケータイ忘れてきたみたいだから、ちょっと待っててもらえる?」

「一緒に行きましょうか?」

「いや、すぐ戻ってくるよ」

 

軽く笑って云って先輩は店内に引き返し、言葉通りすぐに戻ってきた。ケータイも無事だったようで安心した。

ついでに、なんだか晴れやかな笑顔を浮かべていたので、不思議に思いながらも私もにこっと笑顔を向けた。

 

それから自然と私たちは手をつなぎ、映画館に向かった。

のんびりと歩きながら、右手のぬくもりがくすぐったい。

他愛ない話を楽しんでいた途中、そういえば、と先輩が口を開いたのは、丁度信号で立ち止まった時だった。

 

「今日さ、五条くんと夏油くんに会えてよかったよ」

「ええ……私は本当にどうしてやろうかと思ってたんですけど」

「ふたりともすごく格好いいし、急に転校したから心配してたんだけど学校も楽しそうで安心した」

「あいつらがいいのは本当に顔だけですからね。中身ほんとどうしようもないですし。学校は、まぁ楽しいですけど」

 

そこは嘘ではない。

本当に学校生活は楽しい。同じくらいしんどいけど。

 

「……私、今日のデート楽しみにしてたんですよ」

 

手を繋ぐ力を、ちょっとだけ強めてぽつりと呟く。

思わぬ邪魔が入っちゃったけど。

今日の為に任務も頑張ったし、しんどいことも我慢した。

先輩に会いたくて頑張った。

本当に、頑張ったのだ。

 

なんで五条と夏油があの店に来たのかは知らないけれど、折角のデートだったのにぶち壊しだった。

先輩は怒っていないと云ってくれたけど、なんでただのクラスメイトがデートの邪魔に来るのかと思わないわけがない。絶対天地がひっくり返ってもあり得ないのに、浮気を疑われたりしたらあいつらを道連れにして地獄に行ってやろうと思う。

 

私が好きなのは先輩だ。

だから、今日という日を本当に本当に楽しみにしていた。

それだけは信じてほしい。

そう祈って零した言葉は、果たして先輩に正しく届いたようだ。

ちらりと先輩の反応を窺うように視線をあげると。

 

「僕もだよ」

 

ふわり、と笑って云った先輩の顔が、とても優しくて私はちょっと泣きそうになった。

 

夏油傑の顔が好きだ。確かにどストライクだし一生眺めていても飽きないと思う。

何の因果か前世の記憶を持って生まれたこの人生、もうストーリー通りにならないならば絶対にみんなを幸せにする、夏油を死なせたりするものかと誓ったのは紛れもない本心からだ。

でも、それとこれとは別なのだ。

私は先輩が好きだ。

この、優しい笑顔で私を見てくれるこの人のことが好きなのだ。

最初はただ優しい先輩だと思って、部活以外でも声をかけてくれるのが嬉しくて、一緒に買い物に行ったときに告白されて付き合うことになって。

私の都合で離ればなれになって碌に連絡も出来なかった挙句、黙って大怪我負って三か月も音信不通になるという不義理をした私を、それでも受け入れてくれた先輩。

たまらなくなって、私は思わず云った。

 

「先輩、好きです」

「あ、先に云われた。でも僕の方がずっと好きだから、僕の勝ちかな!」

 

悪戯っぽく笑い、先輩は手を握る力にぎゅっと力を込めた。

 

「あ、信号青になったよ。行こうか」

「………。」

「あれ、どうしたの? 地面に足くっついちゃった?」

「い、いえ」

「じゃあ行こ。映画始まっちゃうよ」

 

今日の映画、楽しみにしてたんだから、と先輩は云う。

私だって楽しみにしてた。

前評判がよかったし、何より先輩と一緒に見る映画が楽しくないはずがない。

でも、でも。

先輩さっき、なんて云った?

いや私もその前に同じようなこと云ったんだけど、絶対先輩のほうが恥ずかしいこと云ったのに、ぜんっぜん照れた様子も何もない。

私ばっかり、顔が赤い。

 

「……先輩、ずるい!」

 

こんなの、もっと好きになるに決まってる!

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

少し時間は戻り、ふたりが映画のために先を立った、喫茶店。

こちらはお通夜が開かれていた。

 

「デート邪魔しに行こうっつったの傑だろ。なんで自分でダメージ受けてんだよ」

「そりゃ受けるだろ」

「思ったよりあいつらがラブラブだったって? それとも、自分の方がかっこいいのになんであの人なのかって?」

 

どっちもだ。

でもそんなのカッコ悪すぎて口に出来ない夏油は、無言で五条を睨み付けた。

生憎そんなことで怯んだりはしない五条は、遠慮なしに続ける。

 

「あいつ、べた惚れっぽいし、望みは薄いと思うけどなー」

「だからなんだ」

「いや、普通に他の女にしとけばいいじゃん。あいつも面白いしいいやつだけどさ、お前なら選り取り見取りだろ」

「他の女なんか興味ない、私は彼女が好きなんだ」

 

最初に彼女を気にかけていたのは、少なからず罪悪感があったからだ。

彼女は夏油が高専に連れてきたようなものだった。

あの日学校で出会い、微量な呪力を感じて待ち伏せて話を聞いて、少し先の未来が視えるという彼女のことを高専に連絡した。

当然、そんな珍しい力を持った彼女を高専、というか呪術界上層部が放っておくはずはなく、即あらゆる場所に手を回して彼女の高専転入を決定した。そこには彼女の意思など関係なかった。

表立って不満こそ云わなかったけれど、きっと不満も文句もあったのだろう。

高専に入ってからの彼女は夏油たちからあからさまに距離を取っていた。

挨拶も会話も最低限で、いつも本を読んでいるかケータイを弄っていて仲間と打ち解けようとは一切しない。

そんな彼女を面白くないと思う反面で、彼女を普通の世界から切り離してしまったことを申し訳ないと夏油は思っていた。

だから、彼女の望む通りある程度の距離を保ちつつ、夏油は彼女を見守ることにした。

何せ彼女は自力で呪霊と戦うことは出来なかったし、そのくせ平気で無茶をする人だったから。

最初は危なっかしいから目が離せなくて、でも気付いたらいつも目で追っていた。

少しでいいからこっちを見て欲しいと願っていた。

補助監督同士で話しているときに見せる控えめな笑顔が、自分にどうして向かないのかと考えた。

 

それはきっともう恋だった。

それに気付いたのは、つい最近のことだったけれど。

 

「ま、いいけど。俺は面白けりゃどっちでも」

「協力してくれよ、親友」

「いやー、そう思ってたんだけどさ、案外あの先輩いいやつだから悩むわー」

「そこは友情を取って私の味方になってほしいところだね」

 

現状何をするかなんて決めていないけれど、少なくとも五条が敵でなければそれでいい。

ただし面白がってひっかきまわすのだけはやめてもらいたいのでそれだけは釘を刺すと、五条はわかったわかったと手をぱたぱたしながら残りのアイスコーヒーを飲みほした。

本当にわかったかは若干不安だが、まぁ彼女が傷付くようなことはしないだろう。五条も五条なりに彼女を大事に思っていることは夏油も知っている。

 

そうこうしているうちにケータイに家入からもうすぐ到着との連絡が来て、もうすっかりパンケーキも食べ終わったので外で合流しようということになった。ちなみに当然パンケーキは九割五条が食べた。

ふたりが会計の為に席を立とうとしたときだった。

先に出ていたはずの先輩が、一人で戻ってきたのだ。

五条と夏油に軽く笑って手を振りながら、元のテーブルの上を確認する。

 

「あ、あったあった、よかったぁ」

 

どうやらケータイを忘れたらしく、それを取りに来たらしい。メニューの影になってしまってうっかり忘れたのだろう。

ホッとした様子でケータイを確認した彼は、そうそうと、思い出したように手を叩いた。

 

ふたりとも、この先輩が意外に話し上手聞き上手だったし、何よりこの輝く貌を持つ二人に対し僻みも嫉みもなく、普通に彼女の友人として朗らかに接してくれることから、彼を好意的に受け止めていた。

別に僻みも嫉みも慣れっこだけれど、じゃあそれが気分がいいかといえばそんなはずはない。いきなりデート中に現れたお邪魔虫である自分たちにすら嫌味のない笑顔を向けられる彼のことは、純粋に人として尊敬できた。

これがあの子の彼氏でなければもっとよかったのだけれど。

と思うのは夏油のみで、こういう邪気のない人と接するのが初めての五条は目に見えて彼に懐いたらしい。

どうしたのかと首を傾げると、彼はすこぶる笑顔で云った。

 

「僕、結構あの子のこと好きなんだ。告白したのも僕からだし、しばらく連絡取れなかったのは心配したけど、嫌われたわけじゃないってわかってすごく安心した」

 

惚気だろうか。

呆気にとられたふたりは、思わず顔を見合わせた。

一体自分たちは何を聞かされているのだろう。

五条はともかく、夏油としては、正直片想いしている女の子の彼氏からの惚気はしんどい。

若干胃が痛むのを感じながら、しかし夏油はポーカーフェイスを総動員して何でもないような顔で首を傾げた。

 

「……ええと、何故そんなことを私たちに?」

「君たちっていうか、夏油くんに、かな」

 

突然の指名にはさすがに驚き、夏油は自分を指さした。

にっこりと頷いた彼は、それから爆弾発言を落とす。

 

「今は僕があの子の彼氏だけど、これから先も誰にも譲る気はないから」

 

それだけ云いたかったんだ、と最後に笑顔を残し、颯爽と去って行く。

五条も夏油も咄嗟に言葉が出来ず、あんぐりと口を開けて彼を見送るしか出来なかった。

何だ今の。

どう考えても、夏油が彼女を好きでいることに気付いていたような口ぶりだった。

しかも、それを咎めるわけではなく、認めた上で負けないぞ、と。

これは、事実上のライバル宣言だった。

彼氏からライバル認定されるとはどういうことなのかと思うが、おっとりした見た目と中身の割になかなか一筋縄ではいかない先輩だということがよくわかった。

先に覚醒したのは五条で、思わず笑ってしまう。

 

「……はは、すげぇな、あの人」

「………。」

「で、どうすんの?」

「……何が」

「めでたく彼氏にライバル認定された傑くんは、あいつを諦めるんですか?」

 

挑発するような五条の言葉に、夏油は顔を上げた。

何を云っているのか。

 

諦める?

誰が?

誰を?

どうして?

 

彼氏がいるから、譲らないと云われたから諦められるくらいなら、最初から好きになったりしない。

夏油は彼女だから好きになった。

自分を平凡だと思い込み、そのくせ人の心にするりと入り込んでいつの間にか居座って、当たり前のようにそこにいてくれる人。

目を引くような美人でなくても、彼女は美しい。

優しい人はごまんといても、彼女の温かな優しさは彼女だけのものだ。

命を懸けて守ってくれたから。

確かにそれは理由の一つだけれど、それだけで人を好きになれるほど自分は簡単ではないことを夏油は知っている。

昔の夏油であれば、無理やり彼氏から奪っていたかもしれない。

が、生憎今はそんなことをしようとは思わない。

正々堂々、彼女に好きになってもらえるように努力しようと心に決めていた。

方法は、まだわからないけど。

 

「まさか」

 

俄然燃えてきた、と夏油は笑った。

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