前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
今回はとーじに連れまわされるパターン。ちゃんとセコム(夏油)もしゃしゃる
ほんと、一時期競走馬の名前調べてたことあるんですが、面白いから興味ある人は検索してみてね。ジャスタウェイはあまりに有名(銀魂的な意味で)
ギャグなのかシリアスなのかはっきりしない話になってしまいましたが、基本的にはハピエン厨です。経過は……まぁ……
問題です、どうして私はこんなところにいるのでしょう?
「俺が連れてきたから」
おっと、それじゃあテストで丸はもらえません。精々三角止まりの回答ですよ。数学にしても現代文にしても、結論だけを述べるのではなく途中経過を示すことが大切なんです。学校で習いませんでした?
「忘れた」
じゃあ今ここで覚えましょうね、はいリピートアフターミー、結論の前に経過の説明を!
「うるっせぇなー、その口塞いでやろうか?」
「やめてくださいよ鳥肌立った」
「…………。」
「い、いやーっ!! 無言で顔を近づけてこないでーっ!!!」
甚爾さんが本気出したら私の抵抗なんて虫の抵抗以下なのに、一応ギリギリで止まってくれたということは本気でやるつもりではなかったんだろう。ただ誤差でキスしかねない距離に甚爾さんの綺麗な顔があったのはものすごく心臓に悪いから、出来れば二度とやらないでほしいと思った。
こんなところ、と私がいうのは、明らかに未成年がいてはいけない場所である。
馬と、たくさんのモニターと、新聞と赤ペンを握って鬼気迫る表情の大人たち。
競馬場。
間違っても未成年が来て褒められる場所でないのは確かな場所。
高専内で甚爾さんを見つけ、お疲れ様です挨拶をした。人として当然のことです。
そうしたら、じっと視線をこちらに向けてきた甚爾さんは無言で私を小脇に抱え、高専の敷地から出るとすぐにタクシーを捕まえてここにやってきたのだ。
何、私のこと小脇に抱えるのってもしかして高専でブームなんですか? なんかご利益あるなら私にも分けてほしい。今のところ、私の命なんてどうとでもできると改めて現実を突きつけられている気がしてものすごく微妙な気分にしかなってないんですけど。
タクシーに乗っている間も、馬券を買っている間も、こうしてレースを眺めている間も、ひたすらに無言を貫く甚爾さん。
えっ。
私ここにいる意味ある?
なんで連行されたのかさっぱりわかんないんですけど。
甚爾さんの目はいつになく真剣に馬に注がれており、この顔、仕事中もしてくれたらもっとかっこいいのに本当に残念な人だな、と思った。
ついでにやっぱりこの場に私は必要ない気がしたのでこっそりお暇しようとしたら、立ち上がろうとした瞬間に肩に手を回して無理矢理隣に座らされた。……といえば聞こえはいいが、実際はそんな優しいものではなかった。
ほとんどヘッドロックをかけられるように肩と云うか首をその逞しい腕で引き寄せられたのである。控えめに云って苦しい。首がグキッていった。ねぇグキッていった!
しかしさすが甚爾さん、咄嗟にでも私に悲鳴を上げるようなことはさせなかった。驚いて息を飲んだけれど、悲鳴にまではならないギリギリのラインの拘束。もしかしたら、傍目にはただキャッキャウフフといちゃついているように見えたかもしれない。それが成人男性とまだ制服着てる学生であることは置いといて。
もうどう見えてもいいから頼むから誰か通報してくんないかなぁ。
しかし何せここは競馬場、酷い偏見を持った発言が許されるならば、ギャンブル狂いのクソ大人しかいない肥溜め。
大騒ぎするならともかくちょっといざこざしている程度の私たちに注意を払う人などいるはずはなく、誰一人声をかけるどころかちらりとでもこちらを見る人はいなかった。みんなお馬さんに夢中です。味方はいない。
甚爾さんが私を連行した理由はわからないけれど、少なくとも悪いことをしようとはしてないみたいだ。いや現在進行形で私の首は深刻なダメージを受けているのだけども。
何を云ってもまともな返答はないし、正直帰れるなら帰りたいけど、甚爾さんが私を解放するつもりもなさそうである。
なら諦めるしか私には選択肢がない。
仕方がないので腕を叩いて解放をお願いし、意外にもあっさり放されたので邪魔にならないよう黙って隣で馬を眺めることにした。お馬さん、可愛い。
競走馬ってなんか個性的な名前多いよね。個人的にはオレハマッテルゼって名前が好き。カタカナで書いてあるせいで一瞬オレハマッハデルゼかと思った。マッハ出る馬はもう馬じゃない。あとアイアムカミノマゴ。私は神の孫。孫。お、おう。神の子ならなんとなく納得できたのに、孫かぁ。
目についた馬名が気になりすぎて、レース中暇だったので思わず検索してしまった。あ、ディープインパクトはなんか聞いたことある。
そうこうしているうちにレースは終わったらしい。
周りがわっと沸いてびっくりしてケータイから顔を上げると、紙吹雪が舞っていた。
何事。
しかしよく見るとそれは紙吹雪ではなく馬券だったようで、競馬場は阿鼻叫喚の地獄絵図。喜んでいる人はほとんどおらず、みんな空を仰いだり地面を叩いたりしながら呪いの言葉を吐いている。
うわぁ今この瞬間にも呪いが生まれそう。ちょっとやめてください私今呪具持ってないんです役に立たないんです帳しかおろせないんです。
ねぇ甚爾さん今游雲持ってます?
と、訊こうとして甚爾さんを見上げて、思わず私は口をつぐむ。
真顔。
怖い。
目が座ってるし微動だにしていない。その手には馬券が握られており、結果が表示されているモニターに視線は固定。
この反応からするに、どうやら甚爾さんの予想は大ハズレしたようだ。なんかちょっと震えてて可哀そう。いくら分買ったんだろう。というかいくら負けたんだろう。
今下手なことを云うのはまずいと思い、そういえば、と思い出して私はポケットを漁った。
そうしてモニターを確認してみる。
あれ?
おや?
私は競馬ビギナーなので、ちゃんとした結果の見方はわからない。
でも、これ、あれ?
「ねぇねぇ甚爾さん」
「……あん?」
「実はさっき甚爾さんが馬券買ってるときにね、暇だったから私も適当に買ってみたんですよ。制服着てても買えるもんですね」
「……ほぉ?」
「見方いまいちよくわかんないんですけど、これって当たったってこと?」
人生で初めて競馬場に来た私は、もちろん競馬のやり方なんてわからない。
どの馬が勝つのか予想するのだろうという予想は出来ても、単勝だの複勝だの枠連だのWin5だのと云われてもさっぱりわからない。勉強は出来ない方ではないけれど、とてもじゃないがこんなの頭に入る気はしなかった。
なので、パッと見て可愛いなぁと思った馬にせっかくだからエサ代を上げる程度の気持ちで買ってみることにした。
白い馬と茶色い馬と黒い馬、どれも可愛くて一頭に選べなかったのでこの三頭に決める。ついでに、黒い馬、白い馬、茶色い馬の順で速そうな気がしたのでそのように選択。
甚爾さんや周りにいる人たちは、新聞を見たりモニターを見たりして真剣に考えながら買っているようで、私みたいに可愛いからなんて理由では選んでいなさそうだった。まぁ別に私はお金儲けしたくてここにいるわけじゃないしね。問答無用で連行されただけだからね。馬でも見て癒されないとやってらんない。
そんなわけで財布から一万円を出して支払う。
おつりは返ってこなかった。
馬券って一万円もするのか。怖い世界だ。あとからきいたら、馬券は最低百円から掛けられるようで、私は多分ぼったくられたんだと思う。
まぁ幸い給料日後で懐に余裕はあるし、これも一つの社会勉強という気持ちでいたんだけど、結果としてラッキーだったのでは?
いやこれが本当に見方が合っていればの話なのだけど。
ねぇ甚爾さん、どうなんですか、と。
しばらく無反応だった甚爾さんにもう一度声をかけようとした瞬間、いきなり両肩を掴んで甚爾さんに向き合わされて。
「でかした!!」
ニッコ――――ッ!
出会ってからこっち、初めて見る甚爾さんの全開笑顔に目が焼かれた。
嘘でしょこの人こんなふうに笑えたの?
もともとキラキラ禪院家フェイスなのはわかっていたけど、表情のおかげで普段はそこまでキラキラしていなかったから大丈夫だったのに、いきなりそんなふうに笑われたらもう駄目ですよ。いくら普段五条や夏油みたいなミラクルフェイスを見てたって、甚爾さんはまたジャンルが違うんだもん、無防備なところにボディブロー食らった気分ですよ。
思わず両手で顔を押さえてしまった。無理無理、こんなの長時間食らったら私の精神がおかしくなる。
さすがに私が換金にいくのはまずいので甚爾さんに行ってもらい、戻ってきた甚爾さんはさっき以上の笑顔と大金を持っていた。何倍になったんだろう、私の一万円は。
あるいはそのまま甚爾さんにボッシュートされるかと思っていたのだけれど、意外や意外、甚爾さんは換金してきたお金をまるっと私に渡してくれた。
いやそれはそれで困る。
私別にお金が欲しくてやったわけじゃないし、正直お金には困ってないし。というか使う暇がないんですけどね忙しすぎて。あれ、なんか虚しくなってきた。冥さんが貯金が趣味って云ってたのってもしやこういうことですか? つらい。
自分の現状に気付いてしまってちょっと絶望していると、甚爾さんはじゃあメシ行こうぜと云った。馬券を破り捨てた甚爾さんにそんなお金があるはずはないので、私持ちになるんだろう。まぁこういうお金はパーッと使った方がいいと思うから、いいですよ、ご飯行きましょう。曰く、ちょっといい個室のレストラン。あ、半分くらいは寄付したいから窓口教えてください。
競馬場への寄付は窓口ではなく振り込み形式をとっているとのことでその口座を教えてもらい、私たちは再びタクシーに乗ってレストランに移動した。
甚爾さんも初めてのお店らしい。なんでも孔さんが接待の時に使うお店らしく、頼んでも連れてきてくれなかったから一回くらい他人のお金で入ってみたかったそうだ。理由が素直すぎて逆に許せた。
予約してない上に私は制服で甚爾さんもラフな格好だったので入れるかちょっと心配したけれど、割とあっさり通された。カウンターならともかく、個室希望だったから許されたんだろうか。なんにせよ安心してさっさとオーダーを済ませる。
中華、というか点心料理らしく種類が豊富だったので、適当に選んでもらってあとは私が食べられそうなものを頼むと、そう待たされずに料理たちは運ばれてきた。さすが中華。
高級なのは実は夜のコースだけなのか、ランチの点心はそこまで高くもない。しかも美味しい。この小籠包、めっちゃおいしい。今度みんなとも来ようかな。
私は自分で頼んだ小籠包と空芯菜炒め、それにふかひれスープをちびちびと味わっていたのだけれど、その間も甚爾さんはひたすらに料理を食べ続けていた。がっついているわけではないのに、すごいスピード。
揚げ餃子、エビシュウマイ、ニラ饅頭、エビチリ、かに玉、イカと青梗菜のXO醤炒めにレタスチャーハン、春雨スープにウーロン茶ゼリー。それと私が1個だけ取った小籠包と残りの空芯菜。あっという間にお皿が空になっていく。あなたの胃袋は宇宙ですか? 数年前に流行ったドラマの決め台詞が浮かんで消えた。
そして気付いてしまったんですが、甚爾さん、お箸の持ち方超綺麗。
そういえばこの人こんなヤのつく自由業みたいな言動のくせに一応御三家出身だったと気付いて真顔になってしまった。
漫画の感じではあんまりいい扱いを受けていたようには思えなかったけど、そうか、最低限御三家なりの教育はしていたのか。
果たしてそれが良いのか悪いのかよくわからない。まぁ、損ではないのだろうけど。
やっぱ御三家好きになれないなー、御三家は橋幸夫と舟木一夫と西郷輝彦だけでいいんだよ。もしくはポケモン。
ま、私みたいに一般家庭出身で碌な術式も持っていない人間が御三家と関わり合いになることなんてないだろうし、甚爾さんはもう禪院家とは関わってないだろうし、五条はまぁ別にいいんだけどね。五条家としての付き合いじゃなく単なる友達なんだから。
なんて考えながら空芯菜を食べていると、追加で頼んだチャーシューマンを食べながら甚爾さんは首を傾げた。
「お前、それしか食わねぇのか?」
「小籠包もスープもありますよ。これでもいつもより食べてる方だし」
「うげー」
ウサギの餌かよ、と甚爾さんは嫌そうな顔をした。失敬な。っていう例えがウサギって、甚爾さん結構可愛いところありますね。絶対口にしないけど。
私はいわゆる小食なのだ。
お茶碗一杯のご飯は食べきれないし、なんならご飯がなくてもおかずをつまめばもう満足。多少の具があればスープだけでも済ませる日は多々で、忙しい時は仕事の合間のカロリーメイト一袋で終わり。なので最近事務室にもらった私のデスクには、カロリーメイトが詰め込まれている。なんというか、お察し。
お菓子を作るのはストレス発散兼趣味だし、一応料理もする。寮の共有キッチンはほぼ私の使う料理器具で占領していて、出来るくせにやらないで人にばっかり任せる欠食男児たちのせいでほとんど毎週末の食事の用意は私の役目になっている。そこに不満はないけれど、自分が食に対して関心が薄いせいでレパートリーはそう多くない。
しかし最初の頃は文句を云わずにみんな食べていたのに、最近になってみんな、特に夏油が一丁前にリクエストをしてくるようになってきたのが悩みどころだ。まぁ作り方さえ見れば大体何とかなるけどさ、お金に困ってないなら出前とか外に食べに行った方がむしろ楽じゃない?
と思いつつも毎度大人しくリクエストに応えているのには、ちょっとした理由があった。
これは親友の硝子にも云っていない、だけど別に隠しているわけでもない理由。
たいしたことではないけれど、わざわざ伝えるほどでもない些細なこと。
「おもしれーか?」
「え?」
「俺が食ってるとこ、見すぎ」
「えっ」
完全に無自覚だった。
私はとっくの昔に食べ終わっていて、温かいジャスミンティーをちびちびと飲みながらボーっとしていた……つもりだったんだけど。
どうやら、私は無意識のうちに甚爾さんの食事シーンをじっくり見つめていたらしい。
いかん。完全に無意識だった。
しかし甚爾さんは私の視線を別な意味で捉えていたらしく、怪訝そうに眉を顰めながらもメニューを渡してきてくれた。
「別にまだ何か食いてぇなら頼めばいいだろ」
「ああいや、そういうことじゃないんです」
むしろお腹はもう本当にいっぱいなのだ。たくさん食べられる甚爾さんを羨ましく思っているわけでもない。
無意識に、私は甚爾さんがご飯を食べているところを見つめていた。
そう、実はこれこそが、みんなのリクエストに応えてご飯を作っている理由だったりするのだ。
甚爾さんになら云ってもいいかな、と思い、でもなんかちょっと照れくさくて、小さく笑って頬を掻きながら私は云う。
「私、人が食べてるところ見るの、好きなんですよね」
「…………。」
「正直に云ったのにその顔。傷付いたんで先に帰ります」
「まぁまぁまぁまぁ」
お金だけテーブルに置いて立ち上がろうとすると、信じられない速さで私の背後に回った甚爾さんに肩を掴まれてもう一度着席させられた。こんな場面で無駄に天与呪縛を披露するなヒモ男。
今本当に帰ったらあとからめんどくさそうなので帰らないけど、理解不能だという顔を隠そうともしない甚爾さんにはちょっぴりムカついたんですよ。
自分の席に戻った甚爾さんをじっとりと睨み付けると、そんな私の視線など意にも介さない様子の甚爾さんは残っていた最後のゴマ団子を口に放り込み、ゆっくり咀嚼して飲み込んでからぽつりと零す。
「食ってるところ見るのが好き、ねぇ」
なんか、改めてそう噛みしめるように云われると恥ずかしい気がしてきた。
というか、あれかな。そもそもの話、自分が作ったものならいざ知らず、レストランや他の人が作ったものまでじっくり眺めていたら、失礼なのかもしれない。むしろ、人によっては不快だったり気味悪く思ったりするかな。
もしかしたら甚爾さんもそうだったりして。だから私の視線に気付いて指摘してきたのかも。
うわぁ。
そう考えたらものすごく申し訳ないような気がしてきた。
気を付けよう。
ほんっと気を付けよう。
思わず頭を抱えてテーブルに額をぶつけたときだった。
「なんで?」
何気なく、というようにあっさりと口に出された、その問い。
当然と云えば当然で、どうでもいいといえばどうでもいい問い。
なんで。
……なんでだろう。
顔を上げ、ふむと考えてみる。
昔はそんなことはなかったと思う。
お菓子作りは昔からだったし、確かに作ったものを目の前で食べてもらって美味しいと喜んでもらうのは好きだった。
でも、明確に『美味しそうに食べている人を見るのが好き』だと思ったのは最近のことだ。
死ぬほど甘いケーキやクッキーを美味しそうに食べる五条。
甘さ控えめにチョコレートで作ったお菓子や、飲んでるときに簡単に用意したおつまみなんかを笑顔で受け取ってくれる硝子。
私が作ったものを、なんでも嬉しそうに受け取って食べてくれる、夏油。
――ああ、そうか。
「……自己満足」
「は?」
わかった。
気付いた。
そうして、自嘲する。
夏油だ。
人がじゃなく、他の誰かじゃなく、多分本当は、夏油ただ一人。
それを覚られないために、夏油以外の人も眺めていたにすぎない。
私は、夏油が何かを美味しそうに食べているのが好きなのだ。
お菓子でも、ご飯でも、なんでも。
口に入れて飲み込んで、美味しいと笑う夏油の笑顔が、たまらなく好きなのだ。
いつまでも見ていたくて、何かを口にした夏油が笑っているだけで私は幸せな気持ちになれた。
心が満たされて、嬉しかった。
呪霊を口から取り込む夏油が、呪霊ではない何かを口にする姿を見て、私は勝手に安心していたのである。
――ああ、なんて気持ちの悪い人間なんだろう、私は。
自己満足もいいところだし、余計なお世話極まりない。
こんなの、絶対夏油には云えないし知られたくない。常識以前の問題だ。
両手で顔を覆い、深く深く息を吐く。
どうしようもない自己嫌悪に襲われて頭が痛くなってきた。
「……お前さ、実は結構溜め込むタイプだろ」
「そうですよ。だから優しくしてくださいね」
「ばーか」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように撫でられて、笑いながら私は少しだけ泣いた。
◇◆◇◆
「君はあまりにも危機感が欠如しすぎている」
帰るなり正座させられて、説教されているこの状況 is 何。
あまりにも理不尽すぎて咄嗟に反応できなかった。
え、本当に私なんで怒られてんの。
漸く甚爾さんから解放されてやっとのことで帰宅した私に対して、この仕打ちはあんまりではないだろうか。
控えめに手を上げて不満の声を主張すると、夏油は深い溜息を吐いて頭を振った。は? なんだその『やーれやれこれだから間抜けは』とでも云いたげなジェスチャーは。訴訟も辞さないぞ。
ところで場所は寮の共有スペースなので、当然他にも人がいる。例によっていつもの如く、優雅にソファからこちらをにやにやと眺めている五条と硝子、更にはどこか気の毒そうに私を見るナナミンと、何故かワクワクしている様子の灰原くんまで。見世物じゃないんですけど。見学料取りますよ。
私が夏油に怒られるとき、だいたい衆人環視になるんだけど、なんでかなぁ。こっそり注意するとかじゃないと駄目なのかなぁ。夏油って具体的に何についてどうして怒っているのか詳細にするから、結局最終的にはみんな夏油の味方するから嫌なんだけど。私だって味方欲しい。五条と硝子はあてに出来ないし、ナナミンと灰原くんは私に味方してくんないかなぁ。
なんて考えながら夏油の説教を右から左に聞き流していると、改めて呆れたように眉を顰めて夏油が云う。
「何かあったらすぐに助けを求めるってことを覚えたらどうだい」
あ、なるほど。
これは今日、いきなり甚爾さんに拉致られて連れまわされていたことを云っているらしい。
いや、まぁ、確かに理由もなし前置きなしで拉致られてのはびっくりしたけど、甚爾さんだし、別に用事もなかったから特に問題なかったんだけども。
「予告なしに拉致られて一緒に競馬行ってご飯食べて帰ってきただけだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「今の発言のどこに安心できる要素があったんだ?」
え、笑顔怖っ。
後ろに般若が見えたのは気のせいではないと思う。
笑顔で怒ってるときの夏油怖いから嫌だなぁ。
最近はただ怒るよりこっちのほうが私にダメージがあると気付いたらしい夏油、わざとにこにこ怒ってる節がある。性格悪いぞクズ。でも確かに笑顔の夏油にはあんまり逆らえないので何とも云えない気持ち。
そういえば結局、甚爾さんが私を拉致ったのは特に意味のない行動だったらしい。
任務が終わって競馬に行こうと思ったらたまたま出くわした私が挨拶したからなんとなく拉致った、と帰り際に教えてくれた。つまり、突発的犯行。なるほど、タイミングが悪かった私が悪い。あと、今度から競馬に行くときは絶対連れて行く旨を告げられたのでそれは丁重にお断りしておいた。
今日はたまたま予定がなかったから大人しく拉致られたけど、さすがに用事があるときは全力で抵抗するし、甚爾さんも別にどうしても私と出掛けたかったとかそういうわけじゃないんだから、本当に心配しなくていいと思う。
というか硝子には拉致られ中のタクシーの中で甚爾さんと一緒だって伝えてあったのに。そのあとの夏油からの鬼電は確かに意図的に無視してたけど(だって怖すぎたから)、一応メールで簡単に事情を説明した。
報告書を提出したら教室に戻る予定だった私が急に外に出るなんてなって驚いたのだとしても、現状も誰と一緒なのかもわかっているのに何が心配になるというのか。
夏油はちょっと過保護すぎると思うんですよね、そこんトコロどうですか?
一応私の主張も間違ってはいないと理解しているんだろう。
かといって素直に受け入れることもしたくないらしく、夏油は難しい顔をしている。眉間の皺がすごい。マッチ挟めそうだなぁとぼんやり考えていると、小さく息を吐いた夏油が、ぼそりと云った。
「助けじゃなくたって、私は君が呼んでくれたら飛んでいくのに」
いつでも、どこにでも、と。
心なしか少し照れくさそうに云ったそんな夏油の言葉に、私はきょとんとなって。
それから思わず、軽快に笑ってしまった。
いや、これは馬鹿にしているわけでは決してなく。
「あっはは、五条にならともかく、夏油に助けは求めないよぉ!」
「………は……?」
すると一瞬面白いように口を開けて固まった夏油は、ハッと我に返って思いっきり私の肩を掴んで鬼気迫る表情で叫んだ。
「な、何故!?」
近い近い、顔近い。
私の大好きな顔が近すぎて普段ならときめくところだけれど、今はさっきの夏油の言葉が面白すぎてそれどころじゃない。
「だって、私が助け求めたせいで夏油が危ない目に遭ったらどうすんの」
「悟ならいいっていうのか!?」
「割と、まぁ」
「おいこら喧嘩なら買うぞ」
「悟は黙っててくれ今彼女は私と話している」
なんで夏油がこんな焦っているのかわからないけれど、何故もクソもない。
今の私は夏油を幸せにするために生きているのだから、自分のピンチで夏油に助けを求めるなんて馬鹿な真似、するはずないのだ。
それって私の中では当たり前すぎることだったので、今更こんなことを云われて逆にびっくり。
ああそうか、私が夏油を幸せにしたいなんて思ってるのはさすがに誰にも話していないから、普段みんなと馬鹿やってのんきに過ごしてる私が、まさか夏油に対してこんなことを思っているなんて誰も想像もできないのか。むむ、これはひとつ反省点。
だけど、これはもしかして夏油にも云っておいた方がいいことなのかもしれない、と思い至った私は、あのね、と続けた。
「夏油は優しいから、私が……私に限らなくても助けてって云ったら絶対助けてくれちゃうでしょ」
「当たり前だ! というか君に限らなくてもってなんだ、私はいつでも君を最優先で……」
「その気持ちはもちろん嬉しいんだけど。でもそのせいで夏油が危ない目に遭ったら、私、絶対自分を許せないんだよね」
「だから、どうして!」
「えー、そのまんまの意味なんだけどなぁ」
「君、わざとやってるのかい? 抽象的すぎて何が云いたいのかわからないんだけど」
「んえぇ……」
もう十分言葉にしてると思うんだけど、これ以上の説明って逆にどうしたらいいのよ。
まだ納得できない様子の夏油に、どうしたら納得してもらえるのか頭を悩ませた。
どんな危険があっても絶対夏油にだけは助けを求めるつもりがない私と、何があっても助けを求めて欲しいという夏油。
きっと、例えばでっかい虫が出たから助けて、くらいのことは夏油に云えるだろう。
でも、任務なんかで危険な目に遭ったとき、私は夏油にだけは助けてなんて云えない。馬鹿にされるのがわかっていても五条を呼ぶし、ミジンコ程の年上の威厳なんてかなぐり捨てて灰原くんやナナミンを呼ぶ。
多分夏油なら、たいていのことは難なく解決できる。
私なんかとは土台違う実力があるのだから、私にとっての危険も彼にとってはちょっとしたトラブル程度の些細な事になるだろう。
そんなことはわかってる。
でも、無理だ。
ほんのわずかでも夏油の負担になる可能性がある選択肢を、私は選べない。
例え、夏油自身が望んでくれたことだとしても、その道を選ぶことを、他でもない私が許せない。
優しい夏油に、私のせいで負担がかかるのは絶対に嫌だから。
あれこれ考えてみた結果、とりあえず私はそういう心づもりだから、夏油には知っておいてもらえばそれでいいか、と結論付けた。
当然夏油は全然納得しないので、うん、納得してもらう必要とか特にないな、と思ったので、和解せず。
はいこの話終わり!
今日のことは心配かけてすまんかった!
「お、おい話はまだ……」
「終わりでーす! お疲れー!」
パンッと両手を叩いて無理矢理話を終わらせ、絶句する夏油を置いて私はさっさと部屋に戻る。
これ以上話しても泥沼になるのはわかりきっているし、傍観者組は口を挟んでくる様子はなかったので納得するにしろしないにしろ、余計なことは云わないと判断してくれたんだろう。理解してほしいわけじゃないから、個人的にはそれでオッケー。
最後にみんなに手を振ると、なんだか生温い笑顔を向けられた。突っ込まないからね、私。
「……夏油さぁ、実はものすごいこと云われてるってどうして気付かないのかね」
「傑って意外とアホだよな」
「先輩相手限定でポンコツになりますよね、夏油さん!」
「灰原、ステイッ! 仮にも夏油さんは先輩なんですよ。というか私たちは何を見せられているんですか」
「コント」
「新喜劇」
「ラブコメ?」
「帰っていいですか」
◇◆◇◆
誰も追いかけてきていないことを確認して部屋に滑り込み、私は制服のままベッドに倒れこんだ。
疲れた。
もう、めっちゃくちゃに疲れた。
今日は朝から任務で帰ってきてすぐに報告書を作って提出して、午後からはのんびり授業の予定だったのが甚爾さんに拉致られて人生初競馬なんて経験しちゃって大当たりまでして。
自分の、気色悪い感情まで自覚しちゃって。
「……私、マジで気持ち悪いな」
改めて口にしてみると、ますます落ち込んだ。
いや、前からね、薄々気づいてはいたんですよ、私って結構気持ち悪いなって。
だって前世の記憶を思い出して、推しが近くにいるから、その推しが正史通り破滅しないように全力で動くって簡単に決めちゃって。
余計なお世話にもほどがあるよねって話です。
夏油に悲しい思いや苦しい思いをしてほしくないのは私の自分勝手な願いで、正史を捻じ曲げて夏油を幸せにしたいのも私の独り善がりの祈りだ。
未来を知っている私には、なるほどそれを実現するだけのほんの小さな力はあるだろう。
でも、それは権利ではない。
ましてや義務でもない。
知っているから何かをしなければならないなんてことはなくて、流れに身を任せるのが一番正しいことだとは思う。
わかってる、そんなこと。
でも、そうしたくないのが私の本心なのだ。
どんなにお節介で独善的だとしても、夏油に幸せになってもらうと私は決めた。
それが私自身にどう影響があるかなんて、二の次だ。
確かに、折角生まれ変われたんだからやりたいことはある。
前世では二十歳の成人式で死んでしまったから、今生では二十歳以上は生きたいし、結婚して家庭を築くのもひとつの目標だ。
だけどそれはあくまで、夏油が幸せに笑っている世界が前提の話になる。
だから、大人しくそのための行動に徹すればいいものを、結局ちっぽけで弱っちい私は、夏油の幸せをいちいち確認せずにはいられなかった。
美味しいものを食べている夏油を眺めるのが好きって、普通に考えて欲しい。気持ち悪いでしょ。仮に私がただの友達にそんなこと云われたら引く。あんた私のなんなんだって思う。
大食いだとか珍しい食べ物を食べるとか、世の中にそういう動画があるのは知っているけれど、それとこれとは事情が違うのだ。
呪霊操術の使い手であり、呪霊を降伏させ球体状の呪力の塊にしたものを飲み込んで取り込む、夏油。
吐瀉物を処理した雑巾を丸飲みにするような感覚を、不快以外にどう表現できるというのか。
夏油以外は誰も知らない、呪霊の味。
五条も硝子も、夜蛾先生も、灰原くんもナナミンも知らない。
私だって、知らない。
変わってあげられない。
なくしてあげられない。
飴程度でまぎれるはずもない。
だからせめて呪霊以外を口にしているときは満たされていてほしいなんて、それを見ているのが好きだなんて、私は相当悪趣味だ。
五条と夏油をクズだ何だと云うけれど、私もなかなかのクズだと思う。
枕に押し付けた顔は、きっとものすごく不細工になっている。
じわりと目頭に熱を感じ、涙が浮かんできたのがわかったので、歯を食いしばってそれを堪えた。
泣くな、私。
今の私は、少なくともこんな理由で泣いていい立場じゃないだろう。
こんな私を、いつでも助けてくれるという、夏油。
なんて優しいのだろう。
なんて善い人なのだろう。
辛いことも苦しいことも内に秘めて五条にも硝子にも気付かせず、いつも優しい笑顔を湛えている、あまりに尊い人。
本当に、心から、夏油には幸せになってほしいと、私は思う。
そのために、出来ることをしよう。
落ち込むのも後悔するのも、全部夏油が幸せになったあとでいい。
夏油が心から笑える世界に私はいないかもしれないけれど、私は私が出来ることをすればいいのだ。
立ち止まってる暇はない。
「……お風呂入ろ」
このままぐじぐじしていたら落ちるところまで落ちてしまいそうな気がして、倦怠感と罪悪感で倍くらいの体重になっていそうな身体を叱咤して浴室に向かう。
そう、こういうときは熱いシャワーを浴びればきっとすっきりするのだ。
服を脱ぎ捨て、シャワーのバルブを捻る。
少し待つと温かいお湯になったので、頭からそのお湯を被った。
いつの間にか手の先まで冷え切っていたようで、お湯がじんわりと私の身体に体温を取り戻させてくれたのがわかってホッとする。
私は笑っていなければ。
あなたが幸せであるために、笑ってあなたの道しるべにならなければ。
それが、私が私の我を通すための、たったひとつの意地だから。
「――うん、大丈夫」
鏡に映った私は、ちゃんと笑えていた。