前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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誰にでも怖いものくらいありますよねって話


典型的と云われても怖いものは怖いので恐怖に打ち勝つためなら手段を選びません

誰が云い出したのかもう忘れたけれど、とにかく私たちは桃鉄に勤しんでいた。場所は夏油の部屋、すでに深夜。

99年は地獄だとわかっていたので、確か気軽に3年から始めたと思う。でも今となっては3年を何回繰り返しているのかは覚えていない。あほです。

最初はわいのわいのと盛り上がりながらやっていたはずなのに、気付けば全員無言でただ作業のように黙々とゲームを進めている。飽きたならやめてしまえばいいと思うが、なんだかんだみんな微妙に負けず嫌いなせいで、誰も止めようとはしない。

宝くじ一等が当たっても銀次に持ち金すべて巻き上げられても宇宙人が来襲してもカードの売価が高騰しても貧乏神がキングボンビーに進化しても、何のコメントもなく淡々とコントローラーをいじる音だけが聞こえる。

 

もはや何が楽しいのかもうわからない。

わからないけどやめるわけにもいかない。

負けられない戦いがここにはあった。

 

しかしそんな私たちの真剣勝負に水を差すものがあらわれた。

突然、ゲーム音を掻き消すような雨音が聞こえてきたのである。

 

「うーわ、すごい雨」

 

丁度自分のターンが終わって窓辺で一服していた硝子が声を上げ、実はそろそろいろんな意味で限界に近かった私たちもこれを機に休憩に入ることにした。ゲーム的にはキリがいいわけではないけれど、そんなの関係ない。もう疲れた。

外の様子が気になったらしい五条と夏油は、コントローラーを放り投げると揃って外を見上げる硝子のところに向かっていった。というとあいつらも雨でテンションあがっちゃう可愛い高校生なんだなぁと思うけど、その手にあるのはビールとチータラ。おっさんか。ちなみに五条はどうにもアルコールと相性が悪いらしいので、メロンソーダである。可愛いのか可愛くないのかはっきりしてほしい。

私はというと、部屋の持ち主の夏油が綺麗好きなのを知っているので、別に散らかしたわけでもなかったけれど一応整える程度に空き缶やらゴミやらをまとめておくことにした。すごいよ夏油、いつ部屋覗いても整理整頓が完璧なの。普通これくらいの年代の男の子って片付けが苦手だったり面倒くさがったりするだろうに、几帳面な性格が部屋にも表れている。五条の部屋も綺麗だけど、あいつの場合は単に部屋に物が少ないから散らかる要素がないだけである。

 

「すげーな、明日の演習って外じゃなかったか? どろんこんなるじゃん」

「さすがに室内に変更だろう。座学でもいいけど」

「てか、この雲の黒さ、雷きそうじゃない?」

 

――ガンッ!

 

痛い。

テーブルに足をしたたかにぶつけてしまい、ちょっと泣きそうになった。

 

「だ、大丈夫かい?」

「うん、平気平気。足の小指が致命傷なだけだから」

「気ぃつけなよー、本棚あたりにぶつかって夏油秘蔵の一冊とか落としたら悲惨なことになるから」

「秘蔵の一冊って何のことだ!?」

「そうだぜ硝子、傑は本棚じゃなくてベッドの下に隠す派だから本棚にぶつかっても何も落ちねーよ」

「悟は黙って」

 

仲が良さそうで何よりです。

一瞬で一触即発の雰囲気になった五条と夏油を呪霊を見るような冷たい目で眺める硝子という図、とってもシュールだと思う。

 

まぁそんなことより、休憩と云いつつもういい時間だし桃鉄は十分楽しんだので、この辺でお開きにすべきだろう。

明日(時間的には今日)は午前休で午後から体術の演習だ。雨降ってると高確率で伏黒さんは遅刻してくるから、早めに連絡しなくては。

何故か彼が遅刻すると私が各方面から怒られるのである。補助監督ってモーニングコールも仕事のうちなの? 理不尽ここに極まれり。

ゴミ捨ては明日行くとして、叩きつけるような雨の音を聴きながらよっこいしょと立ち上がった。

 

「私、そろそろ眠いから部屋戻るね」

「あ、そうなの? じゃあ私も戻ろ」

「しょーがねぇ、解散すっかぁ」

「わかった、じゃあみんなおやすみ」

 

五条は同じ階だけど、私と硝子は上の階に住んでいる。生徒数に対して妙に大きな寮だから空き部屋が多いのは必然で、まぁでも考え方を変えれば好きな部屋を選んで住めるから贅沢かもしれない。最上階である三階の角部屋、隣と下は空き部屋という最高の条件の部屋を確保できた私はラッキーだ。一番最後に寮に入ったのに、どうしてこんないい部屋が空いていたのかはちょっと謎。

さてそういうわけで私は自分の城に戻ります。この前ちょっと奮発して買ったいいヘッドホンを試すいい機会ですからね。え、なんでヘッドホンかって? 別に深い意味はないですよ。

 

「……何やってんの?」

「え?」

「そこ、クローゼットだけど」

「あれ!?」

 

硝子に云われて気付く。私が手をかけていたのは、部屋のドアではなくクローゼットの取っ手だったのだ。

ぶわっと顔が赤くなったのは、あまりに突拍子もなさすぎる自分の行いに自分で照れたからである。

 

「やっだ、ジョークジョーク! アメリカンジョークだよぉ!」

「どこがアメリカン」

「ほら帰ろ! いくら明日は午後からでも、もう寝ないと美容に悪いからねっ!」

 

ただでさえこのクラスの中で圧倒的に顔面偏差値が低いんだから、みんなよりも少しは美意識高くいかないと。どう転んだってこの人たちと同じレベルにはなれないので、みすぼらしくない程度には整えていきたいと思っています。

 

というわけでとっとと寝ましょうそうしましょう。

慌ててクローゼットの取っ手から手を離し、くるりと方向転換をしてドアに向かおうとした私は、しかし次の瞬間壁に思いっきり正面から体当たりしていた。ゴンッと重く鈍い音がして、強打した額がじんじん痛い。泣きそう。

 

「ちょ、ほんとにどうしたの!?」

「なんでもないですちょっと間違えただけ」

「壁とドアを?」

「隔てるという意味ではどっちも似たようなものだからね!」

 

我ながら何を云っているのかわからないけど、無駄に大きな声で笑いながら胸を張るしか私には出来ない。

そう、間違いは誰しもあるものだ。

ドアとクローゼット間違えたり、ドアと壁間違えたり、あるある。多分みんな人生で一度は通る間違いだ。だから気にしたら負けだよ!

ねっ、結構私に対してはイエスマンな夏油クン!

と同意を求めて夏油を振り返ると、何やら顎に手を当てて思案気な顔をしていた夏油が、はた、と。

何かに気付いたような――気付いてしまったような、そんな顔をした。

 

「……もしかして」

 

五条と硝子は、私と夏油を交互に見ながら頭の上にでっかいはてなを浮かべている。

 

やめろ、云うな。

 

折角無理のあることまで云って誤魔化してたのに、口に出されたらもう終わる。

失うようなプライドもくそもないけど、誰だってあるでしょ、苦手なことくらい!

 

「雷が怖いとか?」

 

夏油がそう云った、次の瞬間。

 

――ゴロゴロゴロ、ピシャーン!!!

 

「っぎゃぁあぁぁぁ!?!?」

 

足元が揺れるんじゃないかと思うくらいにものすごい音が響き渡り、思わず私は悲鳴を上げてその場に蹲った。

心臓の音がうるさい。

耳を塞いでも、遠くの雷鳴が届くのは何故なのだろう。

1級呪霊を目の前にしてもこうはならないくらいの心拍数と、走ってもいないのに息が上がってうまく呼吸が出来ない。自分でも笑っちゃうくらい身体が震えて仕方ないのに、追い打ちをかけるような言葉を聞いた。

 

「あー、こりゃ近付いてきてんねぇ」

「うん、この辺山だし落ちるかも」

「やだやだやだやめて云わないで!!!」

 

そうですもういいです隠しきれることでもないので白状します。

私は雷が怖い。

何でって云われても困る。

怖いもんは怖い。

おばけより殺人犯より通販の請求書より、雷が怖い。

何あの音、何あの光、何あの地響き。

全部意味わかんないくらい不快だし怖いしなんで雷が存在するのか理解できないししたくない。

 

「雷とは、雲と雲との間、あるいは雲と地上との間の放電によって、光と音を発生する自然現象のこと」

「ゲトペディアかよ」

「そういうこと云ってんじゃないんだけど!?」

 

天然なのかなんなのか、真面目に雷について説明する夏油と感心したような五条は私に興味なさすぎるだろ。仮にも同級生の女の子が本気で怖がってるのに、心配してたら漫才なんてするか? いやまぁ別に心配してほしいわけじゃないけどさ。

静電気だってバチッてなったら痛いじゃん。コンセントに指突っ込んだら下手したら死ぬじゃん。なのに空の上で何勝手に電気発生させてんのって感じ。もったいないからせめて機械にでも使えたらまだ我慢できるけど、ただただ放電してるだけって迷惑極まりないじゃないか。雷って存在する意味ありますか!?

 

「ちなみに古来より水田に落雷すると収穫量が増えるので稲妻、つまり雷の語源になった。なので雷も無意味ではないね」

「だからそーゆーことじゃないんだってば、ばかぁッ!」

 

何農家の立場になってご意見くれてるんでしょうか。Qの刺客にも農家が云々みたいなこと云ってた記憶あるし、もしかして夏油って潜在意識で農家になりたいのかもしれない。術師引退したら田舎に隠居して米でも作ればいいと思う。

 

とにかく、雷は私がこの世で怖いし嫌いだ。

普段なら天気予報なりなんなりで雷の気配を察知したら自分なりに対策を立てているんだけど、今日は耐久桃鉄のおかげで思考が死んでいたし、この雨も急だったので対応できなかった。

が、もうみんなにもバレたなら仕方ない、今からでも部屋に籠っていつものように――と思ったその時、今度はさっきよりもずっと近くで雷鳴が轟いた。

ピカッとカーテン越しにもわかる雷光の数秒後、腹の底から震えるような雷鳴。

もう限界だった。

 

「あああああもうやだやだお願いだから五条雷止めてきて!!」

「うわ無茶云うじゃん。いくら俺でもそれは無理だって」

「なんでよ! 最強なんでしょ!! それくらいやってよ!!」

「このなりふり構ってない感じ……あんた、本当に雷駄目なんだね」

 

一体何を改めて頷いているんですか硝子さん。見世物じゃないんですよ。

やっぱり駄目だ、しゃべってたら気がまぎれるかと思ったけど、外も見えて音も聞こえる状態でいたら、どうしたっていつ鳴るかわからない雷に気を取られて神経が削られてしまう。

ここは硝子辺りを道連れにしてでも部屋に戻らないと、正気を保てない。

だめだ。雷のたびに今までやっていたように、しなければ。

立ち上がって部屋に戻ろうとしたけど、恐怖でなかなか立ち上がれない。ええい、頑張れ私の足。

すると、壁際にしゃがみ込んで小さくなっていた私を気の毒そうに見て、夏油が手を貸してくれた。

背に腹は代えられないので遠慮なく手を借りて立ち上がり、お礼を云おうとしたら、フッ、と何の前触れもなくいきなり部屋が真っ暗になった。

一瞬、あまりの恐怖に気を失ったのかと思ったけれど、どうも違う。だって今握った夏油の手の感覚は残っていて、ただ視界だけが真っ暗闇。

 

停電だった。

はい、終わった。

 

さっきまでギリギリなんとか保っていた理性がぷっつりと切れたのを感じました。

 

「ぎゃああああああああ電気消えた!! 消えた!!!! 雷落ちた!!!!!!」

「いや落ちてたらこんなもんじゃ済まないだろ」

「ブレーカー上がったね、これ」

「何それ」

「ここで世間知らずの坊ちゃん発揮するのかよ。まぁどっちみち私じゃ届かなかったし、五条行くよ」

「え、やだ何硝子も五条もどこ行くの!? 行かないでよぉ!!」

「だーいじょうぶ、電気つけに行くだけだからすぐ戻るよ」

「ほ、ほんと? 電気つく? ちゃんと帰ってくる?」

「電気はつくしすぐ帰ってくるから。それにほら、夏油置いてくから一人じゃないよ」

「うううううううう」

「待て待て、傑が死ぬからそれくらいにしてやれって」

 

そういえば夏油、さっきから一言もしゃべってない。私がうるさいから呆れてるんだろうか。ふんだ、すみませんね、だって怖いんだもんしょうがないでしょ。もはや開き直りです。そんで五条はよくこの暗闇で夏油のこと見えてるね、六眼て夜目も利くんですかね。

 

渋る私を置いて、さっさとブレーカーを上げに五条と硝子は部屋の外に出て行った。

私は怖いので窓に背を向けて壁に向かって夏油と二人並んで座って、電気がつくのを待っている。さすがにこの状態で自分の部屋に戻るのは危ないことくらいわかります。ケータイの充電も切れちゃってるから明かりもないし。

 

「げ、夏油、ちゃんといる?」

 

がっちりと手を握っているので夏油がどこにも行っていないのはわかる。が、本当にいるのか不安になるくらいずーっと黙っているのでちょっと心配になってしまったの半分、何でもいいから話して気を紛らわせたいの半分の気持ちで声をかけた。

 

「ああ、いるよ。大丈夫だよ」

「どこにも行かないでね、ここにいてね」

「わ、わかった、ちゃんといるから」

 

最初から一人だったらもう少し耐えられた。

でもさっきまでみんなとわいわい楽しくゲームをしていたから――わいわいしていたのは数時間前までだけど――、急にこの停電の中一人になるのは無理すぎる。多分今ここで夏油までどこかに行ったら、発狂する自信がある。

なので夏油には少なくとも電気がつくまではくっつかせていただく所存。恨むなら雷か、タイミング悪く私の近くにいた自分を恨んでほしい。

 

きっかけが何だったのかもう記憶にはないけれど、とにかく私は昔から雷というものが大嫌いだった。

怖い。

嫌だ。

理屈ではなく、あの雷の音が恐ろしくてたまらない。

耳を劈くような破裂音と、地を這うような地鳴り。

どれもこれもが生理的に受け付けない。

 

さっさと雲ごとどこかに行ってしまえばいいのに、まだ雷が止む様子はなかった。

停電前のような大きな音こそしないものの、ずっとゴロゴロという不快極まりない音が響いている状態というのは精神的に最悪だ。

たまに夏油が思い出したように話題を振ってくれるのだけど、雷のことで頭がいっぱいの私はうまく答えることが出来なくて、結局会話が続かない。ごめん、でも今はマジで無理。

というか硝子と五条、全然帰ってこないし電気もつかないじゃないか。ブレーカーってどこにあるのか知らないけど、この寮の中にあるんだったら戻ってきてもいい頃だと思うのに。

正直怖すぎて夏油だけじゃ心もとないので、はやく二人にも帰ってきてほしい。そして幼児のように甘やかしてほしい。今の私は赤ん坊よりも泣きやすい繊細な生き物だと思ってちやほやしてほしいのである。

そんなことを考えていたからバチが当たったんだろうか。

カーテンの隙間からまるで空を真っ二つに裂くような青い稲光が部屋に差し込み、私と夏油を照らした。

 

――ッドーンッ!!

 

刹那、背筋が凍るほど絶望的なまでに痛烈な雷鳴の地響きが伝わってきた。それは、今までで一番大きくて近い雷鳴だった。

このときの私の気持ち、推して知るべし。

 

「うわああああああもぉぉぉぉぉやだぁっ!!!」

「だ、大丈夫から! 確か避雷針もあったはずだし、よっぽどじゃないとここには落ちないはずさ」

「よっぽどのことって何!?」

「いやいや、何だろう」

「じゃあ安心できないじゃん!! っぴゃぁ!?」

 

ドーン、とまた寮全体を揺るがすような大きな雷鳴。

実家にいた時よりも音が大きいように思えるのは、この寮が山の上にあるからだろうか。だとしたら最悪だ。今後雷のたびに実家に帰省したい。割と本気で。

もう恥も外聞もない、怖いもんは怖い。

 

夏油には申し訳ないけど、この恐怖を少しでも伝播させてやりたくて私は夏油の腕に縋りついた。わかるかこの震え。冬のシベリアに全裸で立っててもここまで震えないよ。いつから私にはバイブレーション機能が搭載されたのだろうか。

突っぱねられたら号泣してやろうと思っていたのだけれど、予想に反して夏油は私を引っぺがすようなことはしなかった。やっと私が本気で怖がっていることに気付いたのだろう。もう片方の手でぽんと頭を撫でられて、ちょっと安心して、ちょっと泣きそうになってしまった。結局泣きそうって一体。

 

「高専に来てから、何度か雷の日はあっただろう。その時はどうしてたんだい?」

「押し入れで布団被って、ヘッドホンでメタリカがんがんに流してた」

「め、メタリカを!?」

「押し入れにいれば真っ暗だし、音楽で雷の音も消して、ひたすら耐えてたの」

 

そう、これこそが私が昔から家でもやっていた雷対処法だ。

視覚と聴覚を雷から遮断して、ただ耐える。何もしないでいるよりはずっとずっとましなのだ。たいていの場合雷は夜の間に収まるし、夜さえ越せれば私の勝ちなのである。勝ち負けの話ではないと思うというツッコミはいらないです。

幸い、寮の部屋には大きめのクローゼットがあったので、今日はそこで過ごそうと思っていた。家の押し入れと同じくらいの丁度いいサイズで安心するし。

 

「だから今日もそうしようと思ってたんだけど……」

「ああ、だから慌てて、クローゼットに入ろうとしたり壁にぶつかったりしてたのか。あ、もしかしてテーブルに足ぶつけてたのも硝子が雷の話をしたからか!」

 

その通りです。

全部バレて恥ずかしい。

 

羞恥とまたいつ大きな音がするかわからない緊張感でへとへとになっていた私は、はーっと大きく息を吐き出した。

間違いなく幸せが逃げて行った気配がした。

 

「もぉやだ、ほんとやだ……」

 

駄目だ。

泣かないようにと思ってたけど、こうも長い時間雷が鳴っていると、堪えきれなかった。

まぁ暗いからどうせこの不細工な泣き顔は夏油に見られないだろうし、もう泣いてしまえ。そうすれば少しはこの恐怖も緩和するかもしれない。泣くのってストレス発散になるってきいたことがある。恐怖もストレスでしょ。

さすがに夏油の腕に鼻水をつけるのはまずいと考えるだけの冷静さは戻って来たらしく、まだちょっと心細いけど、最初のように夏油の隣に並んで座り直しながら鼻をすする。

すると、私が動く前に素早く私の手を握ってくれた夏油は、どこか感心したような声で呟いた。

 

「君にも怖いものがあったんだな」

「どういう意味」

「いや、君はいつも強くて私たちを守ってくれていたから」

 

時々、夏油は不思議なことを云う。

私が強いなんてそんなわけはない。

術師としては中途半端で、これでも一応4級術師なんだけど、高専関係者の中でも私がただの補助監督志望者だと思っている人もいるくらいだ。

少し先の未来を見るだけで、狙った通りに見られるわけでも、見た未来を完全に変えることもできない、本当何か意味あるのかと云いたくなるくらい貧弱で脆弱な術式が役立ったことなんて数えるほど。

 

そんな私が強くてみんなを守ってるだって? 夏油、実は眠いのかな? 寝言かな?

残念ながら暗いので、今は夏油の顔色を見てあげることは出来ない。

なので今の言葉が、私を慰めるためのものだったのか、本心だったのかは判断がつかなかった。

でも、嘘でも私を評価してくれるのは嬉しいことだ。特に、夏油に褒められたらそれは素直に嬉しい。

だからこそ、余計に申し訳ない気分だった。

 

「がっかりした?」

「逆だね」

 

逆って何さ。

まだ停電は直っていないので、部屋は暗いままだ。だから疑問は口にしないと通じないということに気付き、素直に訊こうとすると、手を引かれて身体が傾き、なにやら柔らかいものに顔が押し付けられる。え、なにこれ。なにこれ?

 

「げ、夏油?」

「こうしていたら、雷なんて目に入らないだろう?」

 

そういう問題じゃないと思う。

簡単に云うと、今私は夏油の腕の中にいる。

もっと云うと、抱き締められている。

柔らかいのは夏油の逞しい胸筋だった。え、待ってでかい。ちょっと待って何この柔らかさと大きさ。ひょっとして私よりでかいんじゃないか?

いろんな意味でキャパオーバーになりそうになりつつ、私はなんとか言葉を絞り出した。

 

「や、確かにそうだけど、これ、まずいよ」

「どうして?」

「どうしてって!」

 

雷を遮るためなら何でもやろうと思ってるけど、ちょっとこれは違うと思う。

だって雷が気にならなくなっても、今度は世界一好きな顔がこんなに近くにあるという事実に憤死しそうになってしまう。

直で伝わる心臓の音はひどく安心するけれど、ほんの少しの煙草の香りもとてもとてもホッとするけれど、それ以上に恥ずかしい。

いや、だめだこれ。しぬ。

 

「ご、ごめん夏油、やっぱ無理!!」

「うわっ」

 

雷は怖いし電気はまだついていないけれど、夏油に抱き締められたままでいるのはもっと無理だった。

甚爾さんに鶏ガラと呼ばれたこの腕のどこにそんな力が眠っていたのか、私は力いっぱい夏油の胸を押して身体を離す。いややっぱ胸でかいなちきしょう。

その瞬間だった。

パッと電気がついた。

 

だから、私のこの真っ赤になった顔は、夏油に見られてしまうことになって。

 

――なんでこのタイミング!?

 

やばい。

どうしよう、何か云わなくては。

しかし思った以上に動揺していたらしい私の頭は、何を云っていいのか判断できない。

 

というか、あれ、待って待って、夏油、なんでそんな顔してるの。

いや格好いい顔はご健在で何よりなんだけど、その目、その表情、ちょっと待って、知らないよそんな顔、ねぇ夏油。

 

ぐるぐると回る思考を止められずにいると、不意に突っぱねていた腕を掴まれた。

決して強くはないのに、正面からじっと見つめられて動けない私はあっさりと腕を動かされてしまい、夏油と私の間には今ほんの少しの隙間しかない。

 

待って。

待って待って待って、一体何がどうしてしまったというんだろう。

夏油のその目は何、どうしてそんな目で私を見るの。

 

だって、それは――その目は。

 

さっきまで雷が怖くて自分から夏油にしがみついていたくせに、今はもう雷なんてどうでもよくなっていた。その点で云ったら夏油の作戦は大成功と云えるだろうけど、代償があまりにも大きくありませんか。なんだか人として大事なものを失いつつある気がするんですけど、その辺りどう思いますか、夏油くん。

 

いやほんと待って、近い近い近い、近いよ夏油。

そんなに力は入っていないはずの腕から逃げることも出来ない私と、頑なに手を離してくれない夏油は、もう吐息がかかるほどの距離。

うわカッコいい。

写真であればこの距離も辞さないけれど、本物は駄目です。いろんな意味で駄目です。主に心臓がもう駄目です。

だって世界で一番格好いいと思っている顔がこんな至近距離にあって平静でいられる人がいるだろうか、否いない。

しかもなんだか徐々にもっと近付いているような気がするしいやこれほんともう語彙力が死んでいますがまずいですやばいですいつまでも情報が完結しませんうわわわわわわ。

 

と、頭の爆発まであと一秒、という寸前で、私の身体は夏油から引っぺがされるように移動していた。

もちろん硬直していたので私の意思じゃない。

私を夏油から引っぺがしてくれたのは、ブレーカーを上げて戻ってきた硝子だった。

硝子さん力持ちですね、私そんなに軽くないと思うんだけど。

なんて軽口を叩く暇もなく、硝子はゴミ屑を見るような酷い目で夏油を睨み、吐き捨てる。

 

「このクズ野郎が」

「……おかえり」

「傑お前……」

 

グッドタイミング!!

可哀そうに、夏油は硝子にゲシゲシと足蹴にされ、五条からは呆れたような視線を向けられる羽目になってしまった。

いやあの、でも多分夏油に悪気はなかったと思うんですよ。

あくまで私が雷を怖がっているから、その気を紛らわせるためにやってくれたと思うんですよ。最初は。ちょっと後半は私にもよく理解できてないんですけどね。

このままでは夏油が単なる悪者にされてしまいそうなので念の為そう弁護すると、硝子は非常に渋い顔をして、それから一度マリアナ海峡よりも深いため息を零し、それからにっこりと笑った。すごいな、その表情の切り替え。

 

しかし友人の極端な二面性に戦いていた私にかけられた言葉は、そんなことはどうでもよくなるくらい魅力的なお誘いだった。

 

「ね、今日は一緒に寝ようか」

「えっ! いいの!?」

「うん、また雷鳴るかもしれないし、クズ野郎に襲われないか心配だしね。私がそっち行っていい?」

「いいよいいよ、おいで!! ありがとう硝子、大好き!!」

 

実はこのまま一人で寝るのやっぱり怖いと思っていたので、硝子の申し出は願ったり叶ったりだった。この際クズ野郎云々の話はノーコメントで行かせてください藪蛇になりそうなので。思わず抱き着くと、硝子もギュッと抱き締め返してくれた。ああ、持つべきものは優しい親友。

もうさっきの夏油の変な行動とかどうでもいいです、私は硝子と一緒に寝る。

一人で寝なくていいという事実に浮かれた私は、さっそく硝子の手を取って、部屋に向かうことにした。それにほら、これ以上ここにいてもしょうがないだろうし。別に逃げるわけじゃないですよ。

 

「じゃあね、夏油、五条! おやすみーっ」

 

上機嫌に手を振って夏油の部屋を後にすると、硝子は閉まった扉に向かって大きな舌打ちを零した。え、何に怒ってるんでしょうか硝子さん。美人のキレ顔は綺麗だからこそ恐ろしいです。

恐る恐る訊いたけど、すぐににっこりと笑って何でもないと云ってくれた。

何でもない感じの舌打ちじゃなかったと思う。

でも硝子が何でもないって云うならきっと何でもないのだ。私が気にすることじゃない。

 

そんなことより今気づいたんだけど、硝子と一緒に寝るって、硝子ファンに殺されそう。

 

 

一方、硝子と私が去って、夏油と五条が残った部屋では。

 

「すーぐーるー」

「助かった」

「自覚ありかよ」

「ああ……二人が戻ってこなかったらあのまま何していたかわからない」

「うわぁ……」

「引かないでくれ。もう自分で引いてる」

「お前、別にそんなにがっついてるタイプじゃなかったじゃん。なんであいつにだけそーなのかね?」

「そんなの、私が知りたいよ……でもさ」

「あん?」

「『ごめん、やっぱ無理!』なんて云われたら、男ならさ……俄然……」

「……傑、そういう趣味だっけ?」

 

なんて恐ろしい会話が繰り広げられていたのは、一生知りたくないと思います。

 

 

 

 

 





主人公

雷が嫌いすぎて浅草雷門すら憎い。雷おこしも地雷。雷門中学校も地雷
押し入れの中で聴いてた音楽はメタリカに限らず賑やかな曲ならなんでもいい。ただ英語の曲だと何云ってるかわからなくて何も考えなくて済むので洋楽を流すことが多い。題名は知らないけど歌える曲がいっぱいある
雷が鳴っているときにしていることは記憶にないこともある。何せ恐怖に打ち勝つことに必死なので。今日のことも寝たら忘れるので、翌日ケロッと夏油に挨拶する、罪な女


げとうくん

たいへんよくがまんできたのはぜんはんだけでしたね。こうはんはあぶなかったですね。もうすこしにんたいりょくをつけましょう


硝子さん

報われない恋に頑張ってる友達にたまにはいい思いをさせてやろうと思ったのが間違いだった。お前を殺す(CVグリリバ)
腹立つし雷もまだ止まないので、あてつけに主人公と一緒に寝ることにしたら予想以上に喜ばれたので、夏油への嫌がらせなんてどうでもよくなった。今後雷の時は一緒に寝る約束をしました


五条くん(割と常識人の姿)

空気は読めない読まないぶち壊すが信条の彼でも、あの状況で主人公に手を出しそうになっていた親友を前に言葉を失くしてしまった。傑、お前…お前……
正直主人公のことは普通に好きだけどなんで夏油がここまで執着するのかわからない。あいつなんかフェロモンだしてんのか???
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