前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
縁日はいいですよね、焼きそば食べたい…イカ焼き…射的…わたあめ…りんご飴は大きいの買って家でスプーンで食べる派です
夏『えっ、君、去年夏祭り行ったの? 私たちのことは避けてたのに? へ~~~~~ふ~~~~~~~ん』
事務局の掲示板に張り出されていた一枚のチラシ。
それは高専から近い街で行われる縁日のお知らせだった。
私は事務局にある自分のデスクで書類仕事を片づけており、硝子は報告書の提出に来ていた。もうすぐひと段落するから今日のところは切り上げて帰るつもりだと話したら、なら一緒に帰ろうということで硝子が来客用のソファに座ってお茶を飲んでいたところでそのチラシに気付いたわけだ。
「へー、縁日かぁ」
「あれ、これって多分毎年やってるやつだよ。去年みんなで行ってないの?」
「なんだかんだで忙しかったし、私らが揃って休みの日ってなかったんだよね」
そうだったっけ。
去年はそれこそ前世の記憶を取り戻して高専に転入したばかりの黒歴史ツンツン期の真っただ中だったからか、そのあたりのみんなの予定はあまり覚えていない。
とりあえず私は術師としてはほとんど役に立たないのはわかっていたので補助監督としての仕事を教えてもらうのにいっぱいいっぱいだったことは覚えてる。
「あんたは行ったの?」
何気ない硝子の問いに、私は同じく何気なく答えた。
「ああ、うん。補助監督の先輩とね」
確かあの日は翌日役所へ届けなければならない書類が山になっていて、高専に残っていた補助監督数名が手分けして片付けていたのだ。
午前中から夕方まで必死に書類と格闘してやっとすべてを片付けると、一人が空腹を訴えた。
それじゃあ折角だからたまにはみんなでご飯に行こうかという話になり、誰かが今日は近くの街で縁日をやっているから行ってみようと云い出した。
縁日なんてこんな機会でもなければ行かないから、じゃあみんなで、という流れだ。
焼きそばに焼きとうもろこし、イカ焼きにかき氷にわたあめ、それからリンゴ飴。
美味しそうな匂いに目移りしつつ、どうせ私は一食食べきることは出来ないので大人しくたこ焼きを買って二つほどつまみ、残りは食欲旺盛な同僚に押し付けた。これぞwin-winというやつです。
腹ごしらえをした後はみんなで型抜きをしたり射的で勝負をしたりして、結構楽しかった思い出だ。
黒歴史ツンツン期にあって、ほぼ唯一楽しかった思い出とも云える。
てっきり硝子たちも縁日に行っていたと思っていたのは、意外と五条がこういうイベントを好きだからだ。
というか、あれで五条はお坊ちゃんだから、本家にいた時は気軽に外出なんてできなかったので、こういう一般的なイベント事を何も経験したことがない。なので我ら下民(失礼)のやることなすことに興味津々で、そんな五条の反応が面白いから夏油も硝子も付き合ってあげる、というのが彼らの関係性だったと思う。
近場だし、割と午前中の速い時間から夜遅くまでやっていたから、どこかの時間帯で行ったのだとばかり思っていた。
そうか、行かなかったのか。
じゃあ今年は行けるといいねぇ、と云おうとした、その瞬間。
「へ―――――――――。」
ぎょっとして、思わず私は動きを停止した。今動いたらまずいような気がしてならなかった。
顔を上げた硝子が、うわ、小さい声を出した。待って硝子、そのうわってどういう意味のうわなの、教えて。
「行ったんだ、縁日」
油の切れたブリキ人形の如くぎこちなく、やめておけと叫ぶ自分の心に反して動く身体。まるで身体だけを操られているような感覚だなぁと現実逃避しながら、私は声の方向を振り返った。
そこにいたのは当然のように夏油である。幻聴ではなかった。
「私たちのことは避けまくってたくせに、補助監督仲間とは縁日行ったんだ」
めちゃめちゃに笑顔だった。
思わず拝みたくなるような神々しい笑顔だった。わー教祖様とか似合いそうな笑顔ー。
しかし何故だろう、昼間で明るい室内なのに、夏油の顔には影がかかっているように見える。不思議だなぁ。
私、こういう漫画的表現知ってるなぁ。
もしかして夏油くん、かなり怒ってません?
「げ、げとくん、その顔やめたほうがいいよ、怖いよ。さっき東京湾に十人ほど沈めてきたばっかりですって云われても納得できちゃうよ」
「失礼だな、そんなことはしないさ。ところで去年君が一緒に縁日に行った補助監督って誰だい?」
「沈める気じゃん!?」
「で、誰?」
「頑な……! だ、誰だったかな~」
「へぇ。君、彼氏がいるくせに不特定多数の男と出かけたりするんだ」
「その云い方やめてもらえる!? っていうか別に二人で行ったんじゃなくて、何人かで行っただけだし!」
だから別にそういうんじゃないし、と云うと、夏油はあからさまにホッとした顔になった。
なんでよ。
ていうか私が先輩を裏切るような不貞行為なんてするわけないじゃない。私はいつでも先輩一筋、フォーリンラブラブなんですからねっ。
どうやら夏油も硝子同様に書類を提出するために事務局にやってきたらしく、夜蛾先生の机にぽいと書類を放り投げると、改めてこちらにやってきてどっかりとソファに腰を下ろした。硝子の隣だ。
そうして、何故か私には向かいに座るようにと促してきた。
いや、なんでよ。面接みたいでなんか嫌なんですけど。
「何、是非去年の話を聞きたいと思ってね」
「話って、別に普通に楽しんだだけだよ」
「私たちを誘わずに行った縁日はさぞかし楽しかったんだろう?」
「ひ、ひぇぇ……」
怖い。
笑顔、怖いです。格好いいけど。
その後しばらくの間、ねちねち根掘り葉掘りと去年の縁日の様子を話すことを強要された私のメンタルはズタボロだった。
だってしょうがないじゃないか、去年はいろいろ大変だったのだ。みんなと仲良くしたくてもできない状況だったのだ。
夏油だって知ってるくせに、どうして今さらこんなことをするのかまるで分らない。
酷いと思う。性格が悪いと思う。やっぱり夏油は顔だけだと思う。
と心の中で考えていたら、目の前にいる夏油の笑顔がさらに深くなって一層恐ろしいものになった。
どうして。
「君さ、わざとなのか知らないけど、結構そのまま口に出てるからね」
「マジ? 超反省する」
「してない顔だね、それ」
バレましたか。
しかしこれ以上夏油の機嫌を損ねるのは良くないと、優秀な補助監督の勘が云っている。
結局去年私が同期とではなく補助監督たちと縁日に行ったのが気に食わない、というのが夏油のお気持ちなわけだ。
でも去年のことは去年のことで、もうどうしようもない。
ならばどうするか。
未だに女々しくグチグチ云っている夏油がそろそろ鬱陶しいなぁと思っていると、ふと硝子と目が合った。
夏油が文句を云い続けている間、ずっと我関せずで煙草をふかしていた硝子は、ちらりと視線を掲示板にやる。つられて私もそちらを見れば、話題の縁日のチラシ。
ああ、なるほど。
硝子の云わんとすることを察し、私は両手を叩いた。
「じゃあさ、今年は一緒に行こうよ」
「えっ」
驚いたように目を見張った夏油に、ニッコリ笑顔を浮かべて私は続ける。
「ふ」
「みんなで!」
縁日は明日。
私は午前中仕事があり、硝子も高専待機組、五条と夏油がそれぞれ朝から若干遠出の任務があるけれど、一応日帰りの予定だ。つまり、イレギュラーさえなければ早ければ夕方、遅くとも夜には全員集合出来るはず。
ねっ!
「あ、ごめん夏油今何か云おうとした?」
「……いや」
「ね、行こうよ。今年はみんなと一緒に思い出作りたいな」
食らえ、ちょっと上目遣いになって両手を組んでおねだりのポーズ!
自分に似合わないことは重々承知だけれど、これで意外と身内には激甘な夏油にならば効果はあるはず。
例え硝子のような超絶美少女でなくとも、私程度が捨て身になったという事実が夏油の琴線に触れればそれでいい。
案の定、『お前その顔でそんなことすんのか』とでも云わんばかりな様子で目を見開いて口をぽかんと開けた夏油は、ややあって気を取り直したように咳をして、それからいつも通りの笑顔を浮かべて云った。
「わかった。みんなで行こうか」
「やった、じゃあ五条にも連絡しなきゃ!」
結果オーライである。
そんなわけで明日は縁日に突撃です!
◇◆◇◆
縁日当日。
フラグは無事折られ、問題なく全員が夕方には集合できたのはいいのだけれど、一つ予想外過ぎる出来事が発生していた。
「うっそ、冗談でしょ」
「マジマジ大マジ」
「五条にしてはやるじゃん」
「もっと褒めてもいいんだぜ!」
「女子二人はともかく、私まで?」
「いーのいーの、実家に死ぬほどあんだから気にすんな」
半ば呆然とした私たちの手にあるのは浴衣一揃い。
今日は東海方面で任務があった五条が、さっさと仕事を終わらせて一度実家に帰り、なんと私たち全員分の浴衣を持ち出してきたのだ。
「だって縁日といえば浴衣だろ?」
その認識は間違いではないけれど、正解でもない。
何も絶対に浴衣を着ていかなければならないわけではないのだし、わざわざ寮に浴衣なんて持ってきていなかったのだから普通に私服で行ってもよかったのに。
しかもこれ、和服に詳しくない私でもわかるくらいの高級品だ。だってもう手触りが違う。軽くて滑らかでいいにおいがする。
ぞんざい放り投げられたそれらを受け取りながら、私は思わず夏油と顔を見合わせてしまった。夏油も私と同じ高級感を抱いたのだろう。
そもそも五条が持ってきた時点で安物でないのは確定なのだ。
何せ御三家、何せ五条家。
五条は大したことない値段だと云っていたけれど、多分、大したことないのレベルが私たちとは違う。怖いし失礼だから調べなくとも、今この手の中にある浴衣が相当なものであるのは確かなのだ。
それに、確か五条は一人っ子だったはず。
だから男物の浴衣を何枚も持っていてもおかしくはないが、女物の浴衣があるのは何故なのか。
もしかするともしかして、近い将来迎える許嫁とか、実はすでにいるかもしれない許嫁のために用意されたものだったりしないだろうか。
だとしたら申し訳なさすぎる。
私も硝子も、何があっても五条の婚約者ポジションになんて収まらない枠にいるのに、こんな恩恵に与っている場合ではない。
「ね、ねぇ五条、本当にいいの?」
「一応家のやつらに確認してきたからマジで気にすんなよ。もったいないだろ、着るもんなのに箪笥にしまいっぱなしにしてたら」
確認しているのなら大丈夫、かもしれない。多分。きっと。
というかまさか五条の口からもったいないなんて言葉が聞けるとは思わず感動してしまった。いや感動してる場合か。
はじめは私たちと同じようにぽかんとしていた硝子は、こうなった五条が引かないことをわかっているからか、早々にこの状況を受け入れて感心したように浴衣を眺めている。
硝子が渡された浴衣は白縹をベースに色の濃い大判の朝顔が描かれた綺麗なものだった。全体的に涼やかな印象で、硝子の雰囲気にも顔のタイプにもよく似合っているた。これを選んだのは五条だろうから、五条は案外センスがあるのかもしれない。
ちなみに私は黒地に椿が描かれている古典柄。こ、こんな派手なの着られないんですけどって訴えたけど、俺が選んだんだから間違いないと五条は云う。いや浴衣はとても可愛いんだけど、すっごい可愛いんだけど、私には似合わないよ。五条は忘れてるかもしれないけど、私は美少女でも美形でも何でもない一般人なんですよ。なんかどこかで会ったことある気がする、なんてよく云われるようなよくある顔なんですよ。
しかしそんな私の訴えが聞き届けられるわけもなく、ついでにこの状況で私だけ浴衣を着ないという選択肢があるわけはなく、私たちは男女に分かれて着替えに行くことになった。
数十分後、四苦八苦の末どうにか着付けを終え、待ち合わせの共有スペースに足を踏み入れた私は、危うく卒倒するところだった。
「ひぃ……」
「え、何その反応。そんなに変かな……」
「違う、逆。似合ってる。最高」
そこにはすでに一足先に着付けた五条と夏油が待っており、似合うだろうとは思っていたけれど思った以上に似合いすぎている夏油の浴衣姿があまりにもまぶしかったのだ。
五条もめちゃくちゃ似合ってる。白地に金の登り竜は一瞬ヤンキーかよ!? と思ったけど、実際五条が着てみれば髪の色とサングラスにマッチしていて違和感が全くない。これは自分の顔に自信があって、それなりのオーラがないと着られない浴衣だ。まさに五条のためのものと云って過言ではないだろう。
問題は、夏油。
どシンプルな黒藍縞の浴衣と、角帯は白かと思いきやよく見ると畳目の灰白色で嫌みのない洗練された美しさが輝いている。
そして、髪型。
いつものお団子ではなく、浴衣に合わせて低い位置でサイドで緩く束ね、おろしていた。
格好いい以外の言葉、ありますか?
「お願いだから写真撮らせて。お金なら払う」
「写真くらい別にいいから!! なんで君はすぐにお金を払おうとするんだ!?」
「いやだって、こんなかっこいいのタダで写真撮ったらバチ当たるでしょうが!!? ふざけてんの!?」
「えええ……」
「何ギレだよ」
「夏油過激派、怖ぁ」
うるさいですよ外野。
若干引き気味の夏油のお言葉に甘えて、私は存分に写真を撮らせてもらうことにした。だって本人がいいって云ってるんだからいいよね!
これまで度々許可をもらって夏油の写真は撮っていたけど、この時ほど一眼レフを買っておけばよかったと思った瞬間はない。一瞬今からでも買いに行こうかと考えて、時間的に難しいので断念した。くそ、次市街に出たら絶対買うぞ。
一通りポーズをとってもらったり小物を持ってもらったりして撮影をした私は、しびれを切らした硝子と五条に引きずられるように撮影を終えていよいよ縁日に向かう。
ああ、写真で撮った静止画もめちゃくちゃ格好いいけど、五条と並んで笑いながら歩いてる姿も最高。
どれだけ褒めても褒めたりない。
あの、夏油くん、フィギュア化とか、興味ないですか? 写真集とか、出してみませんか? むしろ個人用に作らせていただきたいんですけど、いかがですか? 報酬は言い値で払うから。
「あんたまた碌でもないこと考えてるでしょ」
「失礼な硝子、これは全人類に有益なことだよ」
「いちいち規模がでかいんだよ」
呆れたように云って煙草の煙を吐き出す硝子は、浴衣のおかげでいつも以上に清涼感のある美しさを醸し出している。これが私と同い年、いや同じ人類というのだから神様不公平だ。硝子の美しさの百分の一くらい分けてほしかったよ。
本当は硝子の写真も撮りたかったんだけど、残念ながら私とのツーショット一枚しか許してくれなかった。こんな美しい硝子を後世に残せないって罪なのではないかと思う。この写真は大事にするし、あとで先輩にも送らせてもらいます。
「おーい、早く来いよ、お前ら」
「いやまたこの子が変なこと考えてるからさ」
「私のせい!?」
「ほらほら、前見ないと危ないよ」
下の街まで歩いて二十分。
四人揃って浴衣でくだらない話をしながら歩くこの道のりを、私は一生忘れないと思った。
◇◆◇◆
こんなべたな話があるだろうか。
はぐれました。
「マジかぁ」
縁日はそこそこ大きな規模で、最後には打ち上げ花火もあるからか、結構な賑わいを見せていた。
だから漫画みたいにはぐれたりしないようにしなきゃね、なんて数十分前まで笑っていたのにこのザマ。
まずは水ヨーヨーを取ったり無駄にお面を買ってみたり、射的勝負は五条の一人勝ちで、逆に輪投げは夏油の一人勝ち。硝子はあんず飴を買ったらおまけでりんご飴とブドウ飴をもらってて、珍しく困っていたのが面白かった。私はストラックアウトで見事全的をぶち抜いてしまい、的屋のお兄さんを唖然とさせてしまった。はしゃぎすぎました。
一通り遊んだ後は花火のために移動しようという話になり、確かにちょっと飴細工作ってる出店があって、すごいなぁと思って立ち止まったのは私だけど、そんなに見惚れていたわけではない。時間にしてほんの数秒だったのに、日本人にしては大柄な夏油と五条の頭も見えなくなるって、もしや私、撒かれた? と思っちゃうんですけど。みんながそんなことするわけないのはわかってるけどさ。
「ふーむ」
とにかく、やみくもに歩くのは逆効果だ。
私は一旦人混みを抜けて横道に入った。
考えてみればみんなケータイを持っているんだし、どこかのタイミングで私がいないことにも気付くだろう。そうすれば私からの連絡がないか確認するだろうし、もしかしたら向こうから連絡してくるかもしれない。
おそらく神社か何かに続いているのであろう細道の影に入りケータイを見てみると、誰からの通知もない。まぁ、この人混みだしまだ私がいなくなったことに気付いていないのだろう。しょうがない。
なのでここはさっくりと救難要請をするのが吉。
規模こそ大きくとも高専最寄りの街だし、初めてくる土地ではないから、目印になりそうな場所は何か所かあるのを知っている。
確かこの近くに広場があって盆踊り用の櫓が出ているはずだ。そこまでいけばあの二人の抜きんでた身長は目立つから、合流は簡単なはず。
「ねぇ、もしかして友達とはぐれたの?」
「は?」
反射的に顔を上げると、いつの間にか目の前には知らない男の人が二人いた。ケータイに集中していたからこんな距離まで人が近づいていることに全く気付かなかったなんて、不覚だ。こんなこと甚爾さんにバレたら指さして大爆笑された後地獄のようにしごかれるに違いない。あの人はそういう人だ。
念のため周囲を見回してみても誰もおらず、この人たちは間違いなく私に声をかけているらしい。
縁日と浴衣パワーでテンションは上がっているのかもしれないけれど、私みたいなのに声をかけるなんて、どんだけ暇なのか、誰でもいいほどに飢えているのか。
どちらにせよ、慣れない事態に驚いてぽかんとしている私に男の人たちは笑顔のまま続けた。
「よかったら俺らと一緒にまわんない?」
「はい?」
「やった、そんじゃ行こうか!」
いやその『はい』じゃない。
が、あっという間に腕をつかまれ背中を押されてしまい、舌を噛みそうになった思わず私は口を噤んでしまった。
しかも最悪なことに、まだ文字を打っている途中だったのでみんなに迷子の連絡すらも出来ていない。いくら普通の人よりも気配に敏感な術師とはいえ、この人混みのなかでは呪霊と人の気配が混ざってしまい、ピンポイントで私の気配を探すのは難しいだろう。
せめてはぐれたときの待ち合わせ場所くらい決めておくんだった、と悔やんでも後の祭り。
「あの、ちょっと!」
勝手に手も触られるのは不快だし、せっかく硝子が綺麗に着付けてくれた帯に触られるのはもっと不愉快だ。抗議の声を上げても、彼らはへらへらと笑っている。
「大丈夫大丈夫、俺らこの辺の顔だから穴場とか知ってんだ!」
「そうそう、絶対損させないから安心してよ」
何をどう損させないのか教えてほしいし、この辺の顔って何。時代錯誤な発言にはいろいろ突っ込みたくなってしまう。
ここで手を振り払うのは簡単だけれど、仮に逃げたとしても逃げ果せられるかは微妙なところだった。何せ下駄なので。普通の靴ならともかく、久しぶりに履いた下駄のままで人混みに突っ込んだところでうまく走れはしないだろう。
かといって大声を上げるほどでもないし、いっそもっと人気のないところに連れていかれたほうが楽だった。そこなら一般人を昏倒させても現行犯で誰かに見られなければさっさと逃げられる。
しかし彼らは人混みのほうに向かって歩き出している。
ううむ、話を聞かないタイプだから離してくれと訴えても無駄そうだし、どうしたものか。
と、いろんな意味で頭を悩ませていたときだった。
「彼女をどこに連れて行くのかな?」
聞きなれた声にハッとして顔を上げて、振り返る。私は思わず叫んでいた。
「夏油!」
いつの間にか私が元居た場所には、少し息を切らした様子の夏油がいたのだ。
どこから現れたのか。
少なくとも、出店がある通りではないのは確かだ。となると、わざわざ裏道のあまり整備されていないほうの道を通って来たのだろう。
焦った様子なのは、私がはぐれたのに気付いて連絡の一つもなかったからかもしれない。で、探しに出てみたら知らん男にどこかに連れていかれそうになって抵抗もしていないし、何やってんだお前ってことだと思う。
対する男たちは、振り返った先にいた夏油を目にして一瞬ぽかんと固まっていた。
まぁ、気持ちはわかる。いきなり暗がりからこんな長身イケメンが出てきたらそうなるよね。
それから、一際鋭く夏油に睨まれてすぐにパッと私から距離を取った。
「え、何、一人じゃなかったの?」
「なんだよ、紛らわしい……」
なるほど、軽率な行いをした割には救いようのないほどの馬鹿ではなかったらしい。殺気にも似た夏油の気配を察して、バツの悪そうな顔ですごすごと去っていったのだ。
彼らは一度もこちらを振り返ることなく雑踏の中に消えていった。
ナンパが失敗したくらいでは恨まれたり逆恨みされるようなほどのことではないし、きっともうちょっかいはかけてこないだろう。
ほっとして改めて夏油を振り返ると、夏油は大きく息を吐いて私に異常がないかじろじろと見てきた。
「大丈夫だったかい? 遅くなってすまない」
「平気平気、来てくれてありがとね」
どうも夏油は、私がはぐれたことにすぐに気付いて探しに来てくれたらしい。
そして余程テンパっていたのか、電話を掛けて場所を確認しながら合流する、という簡単なことを失念して、私なら一度を人混みから外れて対策をとるだろうと読んで、人気の少ない場所を呪霊を使いながら虱潰しにしたんだとか。
いや本当に面目ない。
私が特に怪我をしたり何かされた様子がないことを確認した夏油は、ホッとしたように笑ってくれた。
「じゃあ、悟と硝子は花火の場所取りしてるから、合流しよう」
「うん。いやー、手間さかけさせちゃったなぁ」
「無事だったからいいよ、気にしないで」
なんて優しいんだ、夏油は。
これが五条だったらまず最初に怒られる。ぐちぐちとはぐれたことへの嫌みを云われて、いくら心配してくれたが故の小言なのだとわかっても逆切れせずにはいられないだろうに。夏油は最初から私を心配する言葉だけをくれる。こういうところがモテるんだなぁと改めて感心した。
じゃあ行こうか、と歩き出そうとすると、一度歩き出した夏油がぴたりと足を止めた。
何、どした。
「ええと」
云い淀んだ夏油に首を傾げて先を促すと、夏油は意を決したように口を開いた。
「手、繋ぐ?」
「え、なんで?」
しまった。
ショックを受けたような表情を浮かべ、背後に『ガーン』という文字を背負った夏油に、私は己の失言を悟った。
ごめん、反射でした。
おそらく夏油は、一度迷子になった私を心配してくれたのだ。
そうして、また人混みの中ではぐれることを危惧した上で気を遣って云ってくれたのに、私は純粋に疑問を返してしまった。
悲しげに眉尻を下げた夏油に申し訳なくなってしまい、彼氏のいる身で縁日で手を繋ぐという選択肢は徹頭徹尾ないけれど、夏油の好意を無下にするのも可哀そうだ。
少し考えて、私は一つ提案をすることにした。
「じゃ、じゃあ、袖掴んでもいい?」
「……わかった」
何故か若干不満そうだけど、夏油は頷いてくれた。
じゃ、失礼して。
おずおずと夏油の浴衣の袖を掴むと、夏油は妙に満更でもなさそうな顔になって歩き始めた。
夏油って本当にたまに謎。
五条と硝子が待っているという場所に向かいながら、少しだけ私たちは屋台に寄り道した。
主に常時腹ペコ少年な夏油が食べ物を仕入れていて、私ははぐれて迎えに来てもらってしまったお礼に荷物持ちを買って出た。そんなの気にしないでと云っていた夏油も、いよいよ持ちきれなくなった食べ物を前にして、少しだけ私が持つことを許してくれた。
それにしても、普段からたくさん食べるのは知っていたけど、今日はやけにたくさん買い込んでいる。五条と硝子も一緒に食べることを考えても、屋台の食べ物全制覇するんじゃないかって勢いだ。
しかも道すがら、手軽に食べられるものはひょいひょいと口に運んでいる。器用だ。たこ焼きなんて出来立てはめちゃくちゃ熱いはずなのに、夏油はおいしそうに頬張っている。幸せそうで何よりです。
でも、その姿を見て、私はどうしても口にせずにはいられないことがあった。
「ね、夏油」
「うん?」
気付けばたこ焼きは食べ終わり、イカ焼きに手を伸ばしていた夏油に、少し笑いながら私は云う。
「屋台の食べ物、おいしいよね」
「そうだね。手は込んでないけど、雰囲気のせいかな。いつもよりおいしく感じるね」
もちろん君の手料理には敵わないけど、と何故か焦ったように付け足した夏油にちょっと笑うと、夏油は照れたように頬を掻いた。お世辞でも嬉しい言葉だった。
けれど、それ以上に嬉しいのは、夏油が屋台の食べ物を素直においしいと云ってくれたこと。
漫画の中、2017年の夏油は、非術師を猿と呼び忌み嫌い、非術師が作ったものすら口にしなかった。
きっとそれがあの時の夏油なりのポリシーで、すぐにでも出来る非術師に対する明確な線引きだったのだろう。けれどそれを菜々子ちゃんと美々子ちゃんたち家族には強要しないあたりは、更に夏油らしい。
今は、そんなことは考えずに純粋に食べることを楽しんでいる。
私は、それが嬉しい。
「どうかしたかい?」
「ううん、なんでもない。いっぱい食べてね」
不思議そうに頷いた夏油に微笑んで、五条と硝子に合流すべく私たちは足を進めた。
知らないのだから、教える必要はない。
ある一つの未来で、夏油が非術師を見下し、虫けらのように殺しているだなんてことは。しかも、衣食住までも非術師が関わらない範囲で済ませていたなんて。
今はただ、術師も非術師も関係なく、誰であっても強者である限り守ると決めている夏油がいる。
誰が作ったものだとかこだわることなく、おいしいものをおいしいと云える夏油がいる。
私は、これからもそれを支える。
それだけでいいのだ。
二人が場所を取っていたのは的屋のある通りを抜けて櫓のある広場も更に奥に進んだ、ちょっとした公園のような場所だった。
なんでもここは遊具で怪我をする子供が続出したせいで半ば放置された公園で、遊具は所々錆付いているし草も生え放題になっていた。
実際、墓地と昔精神病院だった建物が近所にあるこの場所には低級がよく湧き、度々高専が術師を派遣して祓っているのだけれど、もう立地と近隣住民の潜在意識でこの場所への恐怖や不快感を失くすことが出来ず、結局湧いては祓いの鼬ごっこを繰り返している。
そうなると当然こんな場所で花火を見ようとする人がいるわけもなく、低級呪霊など羽虫以下の存在だと思っている特級術師二人がいる私たちにとっては特等席だ。
「じゃーん、こんなこともあろうかと持ってきたレジャーシート」
「お、準備いいじゃん。迷子になったくせに」
「だからごめんって云ってんじゃん! で、どこ座る? やっぱ青春の定番としてはジャングルジムの上?」
「浴衣で上るのは難しくないかい、特に君と硝子は」
「だね。あっちの東屋のベンチでいいんじゃない?」
個人的にはちょっと残念だけど硝子の意見に満場一致で賛成し、もうすぐ花火が始まる時間になっていたので私たちは東屋のほうに移動した。
ベンチの上にレジャーシートを敷き、予備で持っていた分をテーブルに敷いて、買ってきた食べ物を並べれば汚れなんかはほとんど気にならない。
「あ、硝子、ビール持ってる。いつの間に」
「あんたが迷子んなってる間」
「そ、ソウデシタカ……、でも飲みすぎないでよね?」
「缶一本くらいで酔うわけないでしょ」
「そーそー。硝子は一人で日本酒一本空けてもケロッとしてんだぜ」
「一本て……一升? 四合瓶?」
「ふふふ、さてね」
「ちょっと、夏油。あんまり飲ませすぎないように夏油もちゃんと見ててよね」
「私が止めても無駄だと思うけど」
「だとしても! あと夏油も飲みすぎちゃ駄目だから、正直お互いに気を付けてほしいんだけど」
「つーか、飲酒自体は止めねーのかよ」
「飲みすぎなければ別に」
「良い子なのかなんなのかわかんね」
「なんでもかんでもやりすぎはよくないって話」
そんなことを話しているうちに、花火が始まった。
まず一発目の長い口笛のような音と、短い破裂音。次いであられが散らばるみたいな音が続けて鳴った。同時に、ペンキをぶちまけたような色鮮やかな閃光が走る。
「わー、すごい」
一万発以上上がるのが売りだというここの打ち上げ花火はなるほど圧巻で、よく晴れた空に大きな花火が炸裂する。
菊、万華鏡、柳に花雷、次々と上がる花火は手を伸ばせば届きそうなほどに近くで輝き、あまりの眩しさに目を眇めた。
パッと広がった光の玉は一瞬で視界いっぱいに広がり、色とりどりの火の粉が今にも降りかかってきそうだった。
ドン、と派手な音が上がり、ぱらぱらと散らばるような軽快な音が続き、最後に一度静まる。
私は花火のその瞬間が好きだった。
静けさを強調するような、音の対比に心が震える。
ちらりと横を見ると、珍しく五条も言葉口を閉じておとなしく花火を見上げていたし、硝子もビールを片手に空を見つめていた。半ば無理やりみんなを誘ったようなものだったけど、的屋も含めて楽しんでくれているみたいでちょっとホッとした。
それから少し視線を移動して見た夏油も同じだった。
花火が色を形を変えるたび、夏油の横顔は様々な色に変化していく。
(――花火よりも)
夏油がきれいだ、と思って惚けていると、ふと夏油と目が合ってしまった。
しまった、見つめすぎた。
慌てて取り繕うとしたのだけれど、結果として私は何も云えなかった。
夏油は、震えるほど整った笑顔で、云った。
「また来年もみんなで来たいね」
多分、何気ない言葉だった。
もしかしたら去年はみんなを避けまくっていた私へのちょっとした嫌味だったのかもしれないし、単純に来年もみんな無事に進級して集まれたらいいと思っただけかもしれない。
だけどその夏油の言葉が、とても、とても――尊いものに思えて。
「――うん。絶対来ようね」
笑って云って、私は空を見上げた。
そうでもしなければ、涙が零れてしまいそうだったから。
踊るように光る花火と火の粉、花火に重なる花火と爆音と静寂。
きっと花火はまだ上がる。
だから、それまでにはしっかりしなければ。
「約束」
声が震えたのは、花火に感動していたからだ。
そう自分に云い聞かせて、私は一度、目を閉じた。
閉じた目蓋の裏に映っていたのは、花火ではなく、夏油の笑顔だった。
主人公
まさか去年補助監督だけで縁日に行ったことをこんなに責められるとは思っていなかった。だって同期のこと避けてた上に、多分あの日は忙しかったんだからしょうがないじゃないか
結局浴衣はもらえることになってものすごく恐縮している。今度五条家にお礼の菓子折り送らないとな……
夏油傑
気付いたら主人公はいないしやっと見つけたと思ったらナンパされてるし、勘弁してほしい。いい加減自分の魅力に気付いてほしいと思いつつ、自分には無頓着なあたりも含めて可愛いし魅力だと思ってるので気付かないでほしい気持ちもある。そんな複雑な男心を持つメンドクサイ男
浴衣をそのままもらえることになってすごく恐縮している第二弾。菓子折り、連名で送れば怖くないんじゃないか?
家入硝子
浴衣美人という言葉をほしいままにする文句なしの美女。まとめた髪には椿のかんざし。主人公の浴衣の柄と合わせた小物選びに、初めて五条を手放しで褒めた。浴衣はありがたくもらったし罪悪感は特にない
主人公は普通にかわいいと思っているけど、正直に伝えると笑って否定されるので態度で表す男前な親友
花火の途中の主人公と夏油のやり取りには気付いていたけど、何も云わなかった
五条悟
浴衣スポンサー。女物の浴衣は主人公の予想通り未来の許嫁のために用意されてたものだけど、当面誰とも婚約するつもりねーからいいよな!って云って持ち出した。爺やたちもそのあたりは諦めてるのでどーぞどーぞ持ってってください状態。なんならその浴衣あげる女性を連れてきてくれてもいいんですよ、と思ってるのは内緒
花火の途中の主人公と夏油のやり取りは気付いていた。主人公が何か隠し事をしていることは気付いているので、それ関連だろうと察して黙っていた