前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
昼間、補助監督の仕事だ術師としての仕事だなんだでなかなか勉強の時間が取れない私は、夜に勉強していることが多い。
正直な話、国語や数学が出来なくたって呪術高専では進学できるし、補助監督もこなせるけれど、やっぱり学生の本分は勉強で、何より私はお勉強というものが嫌いではない。ついでに、いくら必要ないとはいえ最低限の勉強はしておきたいと思っている。馬鹿は嫌だ。
なので、閑散期に差し掛かった今の時期は存分に勉学に集中出来るのだ。
もちろん昼間は忙しいから、夜には比較的自分の時間が確保できる。ここ数日は夜中に緊急の呼び出しもなく、穏やかに勉強することが出来ていた。
ああ、平和。
こうしている間にも世界のどこかでは呪霊や呪いに関する事件が起きているのかもしれないけれど、私は正義の味方でも救世主でもないので、少なくとも自分の周囲に甚大な被害がなければそれでいいと思っている。え、薄情? はは、知らない言葉ですね。
そういうわけで今日もじっくりお勉強をしているわけなのだが、午前一時、もうすでに深夜と云っても過言ではない時間。
しかし私は今どうしてもアイスが食べたい衝動に駆られている。
「ん~~~」
どうしよう。
空腹というわけではない。
甘いものが食べたいというわけでもない。
ただ、アイスが食べたい。
「……よし」
少し考えて、席を立つ。
食べたいと思った時が食べ時なのだ。
ところが生憎冷凍庫にアイスを買い置きはしていないから、食べるならば麓のコンビニまで行くしかない。
しばらく机にかじりついて勉強していたから、丁度いい気分転換にもなるだろう。
夏の終わりで残暑がまだ退いていないとはいえ、山の上の深夜は肌寒くなるので、薄手のカーディガンをひっかけて財布とケータイをポケットにねじ込んだ。
そうしてなるべく音をたてないように静かにドアを開け、足音を立てないよう気を付けて廊下を進む。
二部屋挟んで隣の部屋にいる硝子は、つい一時間ほど前に帰ってきたばかりだ。飛び入りの治療が入ったとかでぼやいていたのが夕方の話だから、随分長いこと拘束されていたらしい。気の毒に。お土産にスーパードゥラァイを買ってきてあげようかな。
どうやら今日は誰も遅くまで共有スペースには残っていないようで、寮全体がしんと静まり返っていた。
昼間とは時間が違うだけでまるで雰囲気が変わるから、私はこの時間帯が結構好きだ。
なんだか違う世界に入り込んだような気がして、楽しいから。
そんなことを考えつつ玄関に到着し、スリッパから靴に履き替えようとしたその瞬間だった。
「どこに行くんだい?」
「うひぃ」
可愛くない声が出てしまって恥ずかしい。
なんだ、誰だ、いきなり後ろから声をかけてくる不躾なやつは、場合によってはエビ固めに処す。
若干八つ当たり気味に声の方を振り返ると、そこにいたのは。
「あ、なんだ夏油か」
「私で悪かったね」
「いやそういう意味じゃなくてさ」
まぁ、声が聞こえた時点で察しはついてたんですけどね。
そもそも寮に住んでいる人間なんて限られているんだし、今さら誰かの声を聞き間違えるような真似はしない。とはいえびっくりしたのは本当のことなんだけども。
一先ず五条ではなかったことに安心して息を吐き、さっきまで履いていたスリッパを靴箱に入れつつ私は夏油の質問に答えた。
「ちょっとコンビニ」
「こんな時間に?」
「急にアイス食べたくなっちゃったんだもん」
ちょっと眉間に皺を寄せた夏油は、私がすっかり靴を履いて上着まで用意している時点で、咎めても無駄だと判断したのだろう。小さくため息を吐くと、同じように外用のサンダルを用意した。
「私も行く」
「夏油もアイス食べたいの?」
「まぁ、そんなとこ」
なんとなく歯切れが悪いが、深夜外出を止められないだけよしとしよう。
こんな時間に起きていたということは夏油もまだ寝ないつもりなのだろうし、ハーフパンツとTシャツ姿ならばこのまま外に出ても問題はなさそうだ。オシャレしなくても十分オシャレに見えるから、イケメンって得だよね。
「じゃ、行こ行こ。五条とか起きたらめんどくさいから、さっさと行っちゃお」
夏油の背中を押して促すと、夏油は『はいはい』と困ったように笑って歩き出した。
まぁ、私と二人きりで申し訳ないけど、深夜のお散歩だと思って付き合ってくださいよ。
昼間に授業で甚爾さんに転がされまくったのが面白くない夏油が、今度は絶対にやりかえす、と意気込んでいる話を聞いているうちに麓のコンビニへと到着した。
いや恨みすごくない? 確かに夏油は趣味特技が格闘技だから、体術に関してはひとかどならない自信と自尊心があるんだろうけど、相手は甚爾さんだ。天与呪縛のフィジカルギフテッド持ちに体術で多少の遅れをとったところで恥じることはないし、むしろまともにやりあえている時点で誇るべきなのに。プライドの問題なのかもしれないけど。
とはいえ向上心があるのは良いことなので、私は純粋に応援するだけである。頑張れ夏油、次は一本くらい取れるさ。
ちなみに私、甚爾さんに師事して数か月経ちますけど、一本どころか一撃もまともに入れたことはありません。全然恥ずかしくありませんけど、何か?
さて、つまらない思考はそこまでにして、気を取り直してコンビニだ。
深夜のコンビニのワクワク感て、一体なんなんだろう。
ぴんこーん、という気の抜ける音と、夜勤店員のやる気のない『いらっさーせー』という声。自動ドアをくぐった瞬間の涼しさと、途端に消える蝉の鳴き声に平和を感じてしまうのは、普段の私たちがあまりに平和とはかけ離れた場所にいるからかもしれない。
ちょっとした哀愁に苛まれつつ、とにかく今はアイスだ。
軽く鼻歌を歌いながらケースまで歩いていると、隣の夏油がおかしそうに噴き出していた。何わろとんねん。脇腹にチョップをお見舞いしたら、モロにいいところに入ったらしく悶絶していた。けけけ、ざまぁみろ。
「さーて、どれにしようかな~」
「いつもは迷わずガリガリくん買うじゃないか」
「たまには違うやつ食べたいじゃん。奮発してダッツ……いやチョコミントも捨てがたい」
「好きなだけ買って冷凍庫に入れて置いたらいいんじゃないの?」
「夏油、天才」
パチン、と指を鳴らしてウィンクを投げると、思いっきり顔を逸らされた。慣れないウィンクでしかも可愛くなくてすみませんねっ。
というわけで買い物カゴを持ってきて、ひょいひょいと好きなアイスを放り込む。ダッツのフローズンヨーグルトにリッチミルク、あ、期間限定もいくつか。チョコミントも会社によって結構味が変わるから数種類と、サクレは外せない。あ、あずきバーも。あれも、これも。
気付けば結構な量になってるけど、最近忙しすぎて給料を使う暇もなかった私には些細な額よ。共有キッチンにある冷蔵庫も大きいから冷凍室にも余裕があるし、どうせ置いておけば五条も硝子も食べるからすぐになくなるはず。
しかし新たな問題も発生した。
一旦ケースを閉めてうんうん唸っていると、自分の買い物カゴにビールとおつまみを入れてきた夏油が首を傾げた。中身についてはつっこまないからな、私。
「今度は何で悩んでるのかな」
「今は何を食べるかってこと」
そう、新たな悩みはこれである。
買いたいものは買うとはいえ、今食べられるのは一つだけ。いくらアイスが食べやすくても、私はそもそも小食だ。さすがに食べやすいといえど二個も三個も食べられない。
つまり、今食べるものは慎重に選ぶ必要があるわけだ。コンビニって限定商品もあるし、ただでさえ品揃えが豊富だから、いざショーケースを前にするとあれもこれも魅力的に見えてしまう。
「いくつか絞れてるの?」
「うん。雪見だいふくか、チョコモナカ」
この二つって、無性に食べたくなるときがあるから不思議。めちゃくちゃ美味しいわけじゃないのに、あ、食べたいなって思っちゃう。同列にアイスボックスもある。あれは日差しのきつい昼間にちょっと溶けかけたところを食べるのが最高だよね。
何となく今は雪見かチョコモナカの気分なんだよなー、どっちも捨てがたい。
するとその様子を見ていた夏油が笑いながら云った。
「じゃあ、私が雪見だいふくを買うから、君はチョコモナカを買ったらいいよ」
「え?」
「それで、半分こしよう」
なんだって?
確かに全部は食べきれないけれど、半分ずつならどちらも食べきれるかもしれない。
一人では考えつかなかった方法に、思わず両手を打ち合わせる。
「夏油、天才」
「二回目」
もう一度笑った夏油が雪見だいふくを手に取ってレジに進む。
あー、こりゃモテますわ。
顔だけじゃなく中身もいい男なんだもん、そりゃーモテまくりますわな。
改めて夏油のかっこよさを実感した私は、チョコモナカをカゴに追加してレジに並んだ。
◇◆◇◆
「ん~、おいしい!」
「それはよかった」
モナカ系アイスの何が良いって、割りやすいところだと思う。稀に失敗して大惨事になるけど、しっかり冷凍されていたものならばほぼ思った通りに分割できるからすごい。
このあと雪見だいふくが待っている私は、半分ではなく三分の一ほど自分の分として手に取った。雪見だいふくはどうしたって一個食べることになるから、チョコモナカはこれくらいでちょうどいい。
夏油は私がこうすることが最初からわかっていたようで、何も云わずに受け取ってくれた。ふふ、夏油のそういうとこ、いいよね。雪見だいふくを一口で食べてたのは見なかったことにするね。
あ、しまったお茶も買えばよかった、と思ってももう遅い。またコンビニに戻るのは面倒くさいし、ここから高専へ戻る道中に自販機はないのだ。何せ高専関係者しか通らないような道だから、そんなものは必要ないから。
仕方ない、お茶は寮に戻ってから飲もう。
「んふふ」
「何?」
ゆっくりと寮に向けて歩きながら、モナカをかじる。モナカのパリパリと、中に入っているチョコのパリパリは同じようで違う。この食感の違いが私は好きだ。アイスが溶けて口の中で混ざり合う感じも面白い。ちなみに雪見だいふくは食べ歩きには向かないので、コンビニの前ですでに食べ終えた。
当初の目的は達成できた上に、夏油のおかげで二種類とも食べられたし、空を見上げれば星は綺麗だし、今私はとてもご機嫌だった。
思わずこぼれてしまった私の不気味な笑い声をちゃんと拾ってくれる夏油は優しい。
今なんだかとても満たされたような気がして、私は口の中のアイスを飲み込んでからもう一度笑った。
「夜中に寮抜け出してコンビニでアイスって、なんか、悪いことしてるみたい」
自慢じゃないが私は普段良い子である。
基本的に規則は守って行動していて、むしろ規則から脱しがちな同業者の手綱を持って制する側とも云える。
夜中に寮を抜け出すのが良いことだとは云わないけれど、そもそも繁忙期には労働基準法もガン無視で働かせてまともに寮に帰って寝る時間さえ確保できないこともあるのだから、寮の門限なんてあってないようなものだ。
書類の締め切りだって守るし、会議に遅刻したこともないし、無茶して怪我することはあっても任された仕事を大失敗することもない。
優秀とまではいかなくとも、そこそこ広範囲でそこそこ使える便利な生徒、それが私。
前世から数えても非行に走ったことは一度もないのだから、誰か褒めてくれてもいいと思う。
だから、というわけではない。
図らずとも普段自分が良い子ちゃんであることを自覚しているからこそ、この深夜、寮を抜け出して、高カロリー高脂肪なアイスを思うさま食べるという行為がちょっとしたイケナイことのように感じてしまって、なんだか少しくすぐったくなった。
ちょっとした解放感にはしゃいでいたのかもしれない。
私の発言にそっと目を細めた夏油に、このとき私は気付けずにいた。
「……ねぇ」
「ん?」
幾分低くなった夏油の声に違和感はなかった。
だから、何の気なしに夏油を見て。
「もっと悪いこと、する?」
――その、覗き込むような夏油の視線に。
心臓の一番無防備なところを撃ち抜かれたような感覚に陥り、私は思わず息を飲んだ。
優しいのに隙のない細められた目と、弧を描く薄い唇。絶妙な月明かりに照らされたその綺麗な顔。
格好良くて、妖艶で、どこか現実離れしたような幻想的な光景だと思った。
いつも見ている夏油とは別人みたいで、妙に心臓が早鐘を打つ。
じわじわと顔面に血液が集まるような気がして、私は勢いよく夏油から顔を背けてしまった。足を止めなかった自分を褒めたい。
手元のアイスが溶けだしていることに気付き、ハッとして最後の一口を口に放り込んだので、頭がキーンとした。が、おかげで頭が冴えた。
「し、ないよ」
ぎこちなくなってしまっただろうか。
いや、気にするな。黙った方がもっとまずいことになった気がするので、今は一言でも声を発せられたことを喜ぼう。
ドッドッドッとまるで大型バイクのエンジン音みたいに鳴る心臓の音がうるさくて、夏油に聞こえてやしないだろうかと思うと落ち着かない。
いや、だって、何、今の。
ずるくないですか。
あまりに反則じゃないですか。
夏油が私に友情以上の情なんてないってわかっているのに、あんな顔であんなこと云われたら、勘違いしてしまいそうになる。
残念ながら二度目の人生なわけで、前世でもそれなりの人生経験を積んでいたため、『初心な可愛い女の子』、じゃない私は、あんな風な云い方されたら、悪いことを純粋に悪行とは捉えられなかった。
それはそう、例えば、こう、いわゆる、ほら。云わせないでよ。照れる。
だけど夏油と私がそんな関係になるはずがないから、表情と言葉と現実が噛み合わなくて混乱した。
馬鹿だな、何云ってんの、と笑い飛ばしてしまえたらそれが一番よかったのに、無駄に緊張した私の喉はキュウと詰まってか細い声しか出なかった。
情けない。
いろんな意味で恥ずかしくなってしまい、私はそれ以上何も云えなくなって顔も上げられなくなった。
いくら人生二度目でそこそこ人生経験を積んでいたって、生涯の推しを相手にしたらこれまでの経験なんてゴミ屑同然だ。
逃した笑いのタイミングが悔やまれる。
アイスも食べ終わってしまったし、寮までまだまだかかるし、この居た堪れない時間をどうやり過ごせばいいんだろうか。
ああ、こんなときに五条がいてくれたら空気をぶち壊してくれるのに。いてほしい時にいなくていなくていい時に限って現れる悪友の存在が憎い。
こうなったらイマジナリー五条に出てきてもらうしかないか。いやそれはあまりに私が痛い人間になりすぎてしまう。
どうしよう。
このタイミングで猫とか通り過ぎてくれないかな、そしたら無理矢理話題をそっちに持っていくのに。
すると、クスッ、と。
噴き出すような声が聞こえて。
それから夏油は、可笑しそうに云った。
「それは残念。夜中のカップ麺も背徳の味なんだけどな」
「ご、極悪だぁ!」
それがあまりにいつも通りの夏油だったから、私はあからさまにホッとしてしまった。
だって、勘違いしそうになっていたのは私だけで、きっと夏油はいつもの軽口の流れで私をからかっただけだったのだ。
そうだ、いくら夏油がクズ男でも、友達相手によからぬことをしようなんて思うわけがない。
なんだ、なーんだ。そうだよね。
ドキドキして損した。
あ、いやどうせ冗談なんだったら普段はあんまり拝めない表情をもっと堪能すればよかった、と思うのは私が夏油の顔が大好きだからです。
緊張が解けた途端、私の口からはくだらない話題ばかりが飛び出した。
「あ、ガリガリくんの新作も買えばよかった」
「コンポタ味?」
「ナポリタン味」
「……本当に食べるのかい?」
「いや、五条に食べさせようと思って」
「っふふ、悟怒るよ」
「ダッツも用意するからプラマイゼロだよ」
「絶対間違えてる計算なんだよねぇ、それ」
「でも、絶対盛り上がるでしょ」
「間違いないね」
深夜のコンビニ、月夜の散歩。
片手のビニール袋と、開いたもう片方の手。この手が繋がれることはないけれど、不思議と満たされた気分だ。
寮までの帰り道、私たちは他愛のない話をした。
とても優しくて穏やかで、幸せだな、と。
私は、思った。
主人公
甘いものは基本好きじゃないけどアイスは別。実はチョコミン党。いちごは好きだけどイチゴ味は嫌い
先日なんとなく作ったフローズンヨーグルトアイスが好評で嬉しい。簡単なのでまた作ろうと思う
夏油のセリフにいちいちどぎまぎしてしまうのは顔面のせいだから仕方ないと最近は諦めがち
夏油傑
甘いものは基本好きじゃないけど主人公と一緒に食べるなら別。チョコミントは可もなく不可もなく。抹茶味ははずれが多いので嫌煙しがち
いくら主人公が一般人よりは鍛えているとはいえ、女の子が薄着で深夜に一人で出かけるのはどうかと思う。好きな子だし、多分好きな子じゃなくても目撃しちゃったらついていってあげるミスターモテ男、それが夏油傑
悪いこと? 深夜のカップ麺にきまってるじゃないですか、ハハハ逆に訊きますけどそれ以外に悪いことって何ですか?(笑)
五条
チョコミン党。グリコのチョコミントが一番好き
でも一番好きなアイスはBEN&JERRY'Sのチョコレートファッジブラウニーと、主人公が作った手作りフローズンヨーグルトアイス
家入、七海
揃ってアンチチョコミン党。人が食べるもじゃないと思っている
家入のお気に入りはサクレレモン。すっきりさっぱりが好き。もちろん主人公の手作りアイスも好き
七海は以前出張で立ち寄った道の駅で食べた足守メロンアイスが忘れられないし、主人公の手作りアイスも好き
灰原
『最初は歯磨き粉みたいな味するなって思いましたけど、先輩が好きなら僕も好きです! あ、あと前に先輩が作ってくれたアイスめちゃくちゃ美味しかったです!』