前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
あとたびたび出てくるイマジナリー五条の使い勝手がとても良いので癖になりそうです
共有スペースのソファは座り心地がいい。
なんでも気まぐれに五条が寄付したものだそうで、なるほど、お金持ちのおうちにありそうな立派なソファである。
手触りから柔らかさ、長時間座っていても身体が痛くならないところ、どれをとっても気に入るところしかない。共有スペースにあるのは大きなL字型のものだけど、一人掛けがあるなら自分の部屋に置きたいくらいだ。
そう思って一度価格を調べて、思わずケータイを放り投げた。買えるかこんなもん。いくら給料が出ていても、4級術師の給料程度ではとてもじゃないけど手が出ないお値段だった。仕方がないので今日もこの大きなソファを堪能する。普段はくそみたいな五条の気まぐれもたまには役に立つんだなぁと、フカフカなソファに埋もれながら感心した。
おかげで、私は自分の部屋にいるよりも共有スペースにいる時間の方が長い日が多い。
まぁ、寮にいるときは結局みんな集まってるから、そこが誰かの部屋か共有スペースかの違いなんだけれども。
今日は本当に珍しく、私は一日オフだった。
昨日まで怒涛の十日連続任務で疲れすぎて、死にかけてさっきまで寝ていた。多分十二時間くらい寝ていたような気がする。だって身体が固まってギシギシいってるもん。やっぱりいいマットレス買おうかなぁ。馬鹿高いソファは無理でも、睡眠環境を向上させるのは重要だ。
さすがにお腹が空いて目が覚めて、珍しくうどんを茹でて食べた。調子に乗って卵まで落としてしまったので、お腹いっぱいで全然動けない。
五条と硝子は確か今頃普通に授業を受けているはずで、夏油は朝から任務で終わったら直帰予定だったはず。
現在お昼はとっくに過ぎた時間帯の、ど平日。
先輩も授業中だろうから電話をするわけにもいかず、お菓子作り以外の趣味もない私は暇を持て余していた。さすがにこれ以上は寝られないし。
そういえば硝子に借りていた本があったから、みんなが帰ってくるまでそれを読んで時間をつぶそうか。
ここ数日の疲れをこのお気に入りのソファで解消すべく、思い至った私は早速準備をした。
部屋から本を持ってきて、五条からぱちった高いコーヒーを淹れてソファの定位置へ。背もたれ、クッション、ブランケットで完全武装した私は今地上最強だと思う。
淹れたてのコーヒーは本当にいい香りで、少し強い酸味が私の好みだった。どうして五条がこんな良い豆を持っているのか理解できない。豆から入れようがインスタントだろうが、結局山盛りの砂糖とミルクで台無しにするくせに。毎回思うけど、五条のそれはもうコーヒーじゃなくてコーヒーを虐待した砂糖とミルクである。誕生日プレゼントにマックスコーヒーを箱で買ってあげようか本気で検討中。
そんなこんなで準備を整え、本を読み始めたのが三十分ほど前のこと。
硝子に借りたのは推理物の小説で、なかなか読みごたえがあった。主人公を始め、登場人物みんながいいキャラをしているし、少し仄暗い感じの設定が面白い。文章も読みやすくて頭にするりと入ってくる。
丁度切りのいいところまで読んだのでいったん休憩すると、そのタイミングで誰かが寮に帰ってきた気配がした。まだ授業中の時間だから、五条と硝子ではない。となると、直帰した夏油か。
しばらくするとゆっくりとした足音が共有スペースに近付いてきた。
予想通りそれは夏油で、どこか疲れたような表情をしている。夏油の場合、任務の後はたいていこういう感じだ。まぁ、疲れているというよりは、十中八九扱う術式のせいだろう。
けれど夏油が必要以上にそれを気遣われるのが苦手なことも知っているので、私はあえてへらりと笑って声をかけた。
「お疲れ夏油」
「………。」
「お、なんだシカトか」
「…………。」
更に無言。
おや、これはおかしい。
夏油は基本的には礼儀正しいのだ。
おかえりといえばただいまと返すし、逆もまた然り。
どんなに虫の居所が悪くても無視をするということはなかったのに、今はしっかり目が合っているのにその無言。え、寝てる?
もしかして、妙な呪霊でも取り込んでしまったんだろうか。
取り込めたということは完全に使役出来てるのだとばかり思いこんでいたけれど、実はそうでもなくて、今も呪霊が夏油の中で抵抗しているのだとしたら。
どうしよう、呪霊関係だったら私は何の役にも立たない。五条呼ぶべき? それとも夜蛾先生?
あ、なんで私ケータイ持ってないのさ。って、部屋で充電してるのか。なんて間の悪い。
どうしよう、夏油大丈夫かな?
不測の事態に慌てていると、ここに来てからずっと棒立ちしていた夏油が動きを見せた。無言のまま、上着を脱ぎながらこちらに向かって歩き出したのだ。
その表情は相変わらず疲れているけれど、何かに取り憑かれていたり操られていたりするような様子ではない。少なくとも、私が感知出来る限りでは正常な呪力が流れていると思う。が、なんといっても私は4級術師なので、そういうことはあんまりあてにならないわけで。
「夏油、あのさ」
大丈夫?
と、訊こうとした瞬間だった。
驚きの素早さでソファに寝転がった夏油の頭が、私の膝の上に乗っているではないか。
――は?
気付いた瞬間、ぶわっと顔に血液が集まるのを自覚した。
だって膝枕って。
こんなの、先輩にだってしたことないのに!
「ちょ、ちょっと夏油ぉ!?」
「ごめん、少しだけ」
そう云って、数秒後には聞こえてきた静かな寝息。
え。
えっ。
「……まじか」
夏油、マジで寝た。
嘘でしょ、のび太君かよ。
目を閉じて本当に数秒しか経っていないのに、もうぐっすり。
試しにほっぺをつついてみたり、前髪を引っ張ってみたりしたけれど、起きる気配はまったくない。
ちょっと待ってくれ。
何だこの状況は。
なんで私、夏油に膝枕してるんだ。
おかしくないか?
普通ただのクラスメイトの膝で寝ようとするか?
こんなにぐっすりするか?
お前は私を何だと思ってるんだ、どうして手元にケータイがないんだ写真撮れないじゃないか。
「……げとーくん…?」
いや、操られているとか取り憑かれているとかでなかったことがわかったのは僥倖だけれど、代わりに私がピンチだと思う。
主に精神が。
ばくばくと尋常ならざる速さで脈打つ心臓の音をどこか遠くで聴きながら、顔を下に向ける。
膝の上で寝こけるのは、世界で一番好きな顔を持つ男。
頑張り屋さんでお人好しで、なんでも出来てしまうから何でも背負い込んでしまう人。
私は夏油が弱音を吐いたり愚痴を零しているのを見たことがなかった。いや、上層部のクソみたいな指示にはたびたび悪態吐いてるけれども、それはそれとして。
どんなに大変な日程の任務でもなんでもない顔をして請け負って、どれだけ過酷な任務でもケロッとした顔で帰ってくる。
そのたびに、私は悔しいなんて見当違いな思いを抱くのだ。
階級も術式も違う私には夏油の負担を軽くしてあげることなんて出来ない。精々、なるべく詰め込みすぎないように任務の日程を組んだり、ベテランの補助監督を割り当てたりしてあげられる程度だろう。
私は夏油を幸せにしたい。そのために生きている。
だけど私が夏油にしてあげられることなんて本当に限られていて、何よりストレスであろう呪霊を取り込むことを止めさせることなんて出来ない。
むしろ夏油に任務を頼むということは、積極的に呪霊を取り込ませているということだ。
心から夏油が笑っていられる世界を望んでおきながら、その実彼を苦しめる道しか示せない私は、歪んでいる。
矛盾して、あべこべだ。
どうしたらいいのだろう。
夏油に術師をやめてもらう?
無理だ。
強者である限り、夏油は弱者を守る選択をし続ける。
例えそれが、自分の心をすり減らす原因になったとしても。
夏油はそういう男なのだ。
私は、夏油の為に一体何が出来る?
本当に彼の為にしてあげられることがある?
私如きに?
本来この世界の住人でもないくせに、この世界の主軸にいる夏油に出来ることなんて、本当にある?
ふとした瞬間、そう考える。
そうしていつも、自分の無力さに叫びだしたくなる。
穏やかな寝息を立てる夏油の顔色はあまりよくない。
考えてみれば、今日まで夏油は二週間ぶっ続けの任務だった。そりゃ、補助監督もいたんだしノンストップで祓い続けていたわけではないかもしれないけれど、たった一人で、二週間。消耗しない方がおかしい。
いったいどれほどの呪霊を祓い、取り込んだのか。
この顔色の悪さがすべてを物語っているような気がして、思わず私は夏油の頬に手を当てた。
少しくすぐったそうにした夏油は、それでも起きる気配はない。すぐにまたすーすーと静かな寝息を立ててしまった。
膝の重みが、何故だか途轍もなく尊いような気がして、私は小さく息を吐いた。
弱音も愚痴も吐かず、疲れたとも零してくれない夏油。
けれど、こうして寝姿を晒してくれる程度には夏油は私を信頼してくれているのだろう。
寝姿というのは誰にでも見せられるわけではない。何故なら特に私たちのような術師は、人助けをしている反面呪詛師のような輩からやっかまれる存在でもあるわけで、敵も多い。つまり、下手をすると寝首を搔かれる可能性があるのだ。
もしかしたらこの二週間、夏油はちゃんと眠れていなかったのかもしれない。
ホテルは信頼できるところを手配したつもりだったけれど、もしものことがあると警戒していたのだろう。
きっと、だから寮に戻ってきて、部屋に戻るのもまどろっこしくなってこんなところで寝ようとしたのだ。そうでなければ、わざわざ夏油が私の膝の上で寝る意味が分からない。
一応私なら夏油の寝首を掻こうなんてことにはならない仲間だから、少しでも安心できる場所で、と考えてくれたのならば。
そう思ったら、泣けてきた。
いや泣くな。本当に泣きたいのは私じゃないんだから。
つんと鼻が痛んで、目が潤む。
思い切り目を瞑って少し鼻をすすって涙を堪え、私は大きく深呼吸してから改めて夏油を見下ろした。
整った顔だ。
私が大好きな顔。
先輩とはまた違った意味で、大切な人。
今だけは穏やかな様子で眠る夏油が、これから先も穏やかな気持ちでいられることを私は願う。
顔に掛かった前髪を梳いてやり、起こさないよう慎重に、優しく夏油の頭を撫でた。
「――いつもお疲れさま」
眠っている夏油には聞こえないだろう。
わかっているから敢えて今云って、ブランケットをかけてやる。
夏油の任務を変わってあげることは出来なくても、こうやって寄り添うことなら出来るから。
夏油が望むなら、膝くらいいつだって差し出そう。
だから今は、ゆっくり休んでほしい。
で、ですよ。
この時間私はどうするかって話なんですけど、どうしましょう。
ゆっくり動けば夏油の頭をずらすことは出来るかもしれないが、万が一起こしてしまったらと思うと動けない。
どうにかしようにもケータイは部屋に置きっぱなしだし、壁の時計を見ても、五条と硝子が授業を終えて戻ってくるまであと数時間ある。
ふむ。
きっと二人が帰ってきてこの状況を見たら、爆笑したりするんだろう。その姿は容易に想像できる。ついでに想像だけで非常にイラっとしたので、早々に頭の中のイマジナリー五条の笑い声を消し去る作業に神経を注ぐ。
かといって夏油を起こすのも可哀そうだ。本当は部屋のベッドで眠るのが一番なはずだけど、折角一度眠れたのに起こしたらそれはそれでしんどいかもしれないし。さっきみたいにあっさり眠りに落ちられるかどうかもわからないわけだし。
う―――――ん。
考え、悩み、頭をひねり。
「……よし」
おっけー、わかった。
「本の続き、読もう」
私は膝にある尊い重みについて考えるのを止めた。
とりあえず、本読んで、そのあとはこの機会に滅多に拝めない夏油の寝顔を網膜にしっかり焼き付けておこう。
それくらいいいよね!?
◇◆◇◆
――数時間後。
授業から帰ってきた五条が、私の予想通り爆笑したせいで驚いた夏油が飛び起きてしまったので、私は五条の脛を思いっきり蹴り飛ばしてやったのだけど。
それはまた、別の話。