前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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夏油くん、こういうところあるよねっていう偏見です。そういうところも私はすk……いや気持ち悪いな
でも結局私は夏油傑を肯定せずにはいられないのだ……


そういうとこだぞ、夏油傑

「シャンプー変えた? 香りが全然違う」

 

はい。

愛用してたメーカーのが見つからなくて、薬局で適当に買ったやつ使ってます。割と香りは嫌いじゃないけどちょっとパサつくので、やっぱり愛用してたやつ探して来ようと思います。

 

「この服新しいよね、今までと少し雰囲気が違うね。よく似合ってる」

 

はい。

ちょっと前に任務で街中に行ったときに衝動買いしたスカートです。普段履いてるのより幾分丈が短めで悩んだんだけど、柄が気に入ったので思い切って買いました。

 

「髪切った? 印象変わるけど、相変わらず可愛いね」

 

はい。

任務で呪霊に毛先だけ焼かれちゃったんで、ついでにカットしてきました。とはいえ任務中はまとめてたいからバッサリとはいかず、本当に毛先の数センチだけだったんですけどね。

 

「ねぇ、もしかして体重減ったんじゃない? もともと細かったのに、更に細く見えるよ」

「いや怖いわ!!!!!」

 

――限界でした。

 

「何!? なんでほんのちょっとの変化でも真っ先に気付くの!?!? 怖すぎるんですけど!!!」

「そりゃ気付くよ。君のことだよ?」

「理由になってないんだよなぁ……!!」

 

前から細かいところに気付く男だとは思ってたし、それが顔以外で夏油がモテる理由の一つなんだろうとは思ってたけど、ここまでくると恐怖でしかない。

 

シャンプーと服の件はまだいいだろう。いや正直ギリギリアウトだけど、全部に突っ込んでるとキリがないから今は良しとする。

でも、毛先切ったなんてほんの数センチ単位のことまで気付いて嬉しそうに報告されたり、確かにちょっと最近忙しくて今まで以上に食事をないがしろにしていたから痩せたかもしれないけど、パッと見てわかるほど劇的に減ったわけでもない体重のことを指摘されるって、尋常じゃないと思う。

観察眼が鋭いなんてポジティブな考えは出来ない。

普通に怖い。

特級呪霊よりお前が怖いよ、夏油傑。

 

「だって、好きな子のことは何でも知っていたいじゃないか」

「開き直りがエグイ……」

 

キラキラとした笑顔を向けられても、残念ながら今に限ってはときめきもクソもなかった。

確かにね、私はあなたのそのお顔が世界で一番好きですけれども。

私に彼氏がいるにもかかわらず、その彼氏とも割と親しい仲であるにも関わらず、あなたは私に愛の告白なんて愚かな真似をしましたけれども。

人を好きになる権利には誰でも持っていて、その相手を決めるのはいつだってその人なのだから、じゃあ夏油が私を好きになって告白しちゃってもしょうがないよね~なんて笑って流せるほど、私は豪胆じゃないんですよ。

 

「夏油、そのうち本格的に体調管理とかし始めそうで本当に怖い」

「やる気になれば今からでも出来るけど、どうする?」

「どうもしないでくれ、頼むから!」

 

というか君、キャラ違くない?

多少やんちゃなところはあっても沈着冷静でこの学年のブレーン的存在で一応見た目は優等生ってのが夏油だったはずじゃん。原作でもそういう感じだったじゃん。なんならママ味を感じるほどに大人っぽかったじゃん。

なのに、なんですか。

どうしてこんなイケイケ押せ押せな陽キャになってしまったんですか。解釈違いだ、帰らせてもらう。

 

遊園地の観覧車で私に告白してから、しばらくは当社比気まずそうに私のこと避けたり、平静を装ってわざと明るく話しかけたりしてたのは演技だったとでも云うんですか。

だとしたら術師やめて役者になった方がいい。

その顔とタッパに演技力まで加わったなら、向かうところ敵なしだよ。閑話休題。

 

辛いなら私にどっか行けって云えば済む話なのに、そうしようとはしないのは優しいのか馬鹿なのかマゾなのか判断できなかったけど。

とにかく、その殊勝な態度はちょっとだけ可愛かったし、同時に罪悪感でいっぱいだった私の心をぐちゃぐちゃにする程度の破壊力はあった。

でも私も、夏油が否定しない限りはここにいるって行っちゃった手前、なるべく普通に過ごしていたのだ。

それが、数週間前までの話。

 

気付けば夏油は、悩みなんて全部なくなったような明るい顔で私の前に現れて、これまでひた隠そうとしていたはずの私への好意を全開でぶつけてきた。

私が戸惑ったのは当然のことだと思う。

近くに誰がいようが関係ない、ことあるごとに可愛いだの素敵だの、好きだの、何の臆面もなく口にするようになったからさぁ大変。主に私のメンタルが大変。

任務のことで会議をして資料を渡せば、

 

「ありがとう、すごく丁寧な仕事だね。そういうところ、好きだな」

 

砂吐くかと思った。

たまの休日、静かに課題に取り組んでいれば、

 

「勤勉で真面目な態度、尊敬するよ。そんなに魅力に溢れていたら私も困ってしまうなぁ。これ以上魅力的になってどうするつもり?」

 

実は一緒にいた硝子の顔がすごいことになっていたんだけど、夏油には見えていなかったらしい。病院行ってくれ。

ストレス発散――主に夏油のせいだ――のために作りすぎたご飯をみんなにふるまっていたら、

 

「こんな美味しい料理を毎日食べられたら幸せだろうな。結婚しない?」

 

その場にいた五条が笑い転げなかったってことは、結構深刻だと思うんだよ。

絶対私に車道側を歩かせなかったり、ドアは開けて待っていてくれて、息をするように何でもかんでも私ファーストになって夏油を不審に思ったのは私だけではないらしい。まぁ当然だと思うけど。

五条と硝子にものすごい哀れみの顔で問い詰められて、私は耐えきれず白状してしまった。

 

本当ならば、誰それに告白された、なんて話は云いふらさないに越したことはないだろう。

告白と云うのはつまり胸の内を明かすということであり、それは秘密の開示でもある。

付き合い始めたならまだしも、振ったという事実があるのに、『夏油に告白された』と断りもなく他人に打ち明けるのは酷な気がしていたのだけれど、夏油が私への好意をオープンにしている以上、隠す意味もない。

そういうわけでちょうど夏油が任務で高専を離れていたこの日、私は五条と硝子と一緒に街のカフェに来ていた。寮だと万が一他の誰かに聞かれる可能性があるし、いや、それは正直もう今さらなんだけど、夏油が早めに仕事を終えて帰って来たら面倒だからだ。

 

「告白された」

「遊園地の観覧車で」

 

頷く。

そんなしみじみと云わないでほしい。

 

「少女漫画じゃん」

「月9ドラマかも」

 

項垂れて、頭を抱える。

だから、そういうことを云わないでほしい。

 

いや、わかってるのだ。

ふたりとも、茶化してるんじゃなく純粋に感想を口にしているだけだということはわかる。むしろ、自分の中だけで処理するのはいくらこの二人と云えど大変な精神的負担になるだろうから、口に出して発散するのはある意味正しい。

でも、改めて云われたこっちはたまったもんじゃない。

ただでさえ夏油に告白される、というか夏油に友情以上の好意を抱かれるという事実に思考回路がショート寸前だったというのに、こっちの情報処理が終わる前に矢継ぎ早にあの態度。

過剰な優しさ、甘い視線、色っぽい声で呼ばれる名前。

全身で『好き』を伝えてくる夏油を前にして、脈が異常に早くなったのは高鳴ったからではなく恐怖の為だった。

夏油は何だかんだで優しいし、一部クズなのは認めるけれど結局は人格者の優等生。

そのうち多少気まずくとも以前のように穏やかな友人関係に戻れるだろうと思っていた私の予想と期待は見事に打ち砕かれたのだ。

優しさの裏に、視線の裏に、声の裏にいったいどんな感情が籠っているのか、考えただけで恐ろしい。

マジで勢いだけで京都校に編入届出さなかっただけ褒めてほしいくらいだ。

テーブルに額を押し付けて、長い溜息と共に私は愚痴を零す。

 

「夏油、開き直りすぎててもう怖いんだよ」

 

常時であればこんな私を見て笑い転げたり傷口に塩を塗り込むことしか云わない五条も、全面的に私の味方と見せかけて実はいつも公平な意見をくれる硝子も、今日ばかりは完全に私に同情的だった。

五条はここは奢ってくれるというし、硝子は伏せた私の頭を気遣わし気に撫でてくれる。

ああ、私はいい友人を持ったものだ。

 

「あー、傑、あいつなぁ……」

「一時期は真っ当にへこんでたみたいだけどね」

 

真っ当にへこむ、という表現が正しいかどうかはわからないが、確かに遊園地告白事件直後の夏油の落ち込みようはすごかった。

もうこの世の終わりなのではないかと思うほどに悲壮感を漂わせて、吹けば飛ぶような霞のようだった。

あの時はさすがに胸が痛んだ。

 

何度も云うが、いくら振ったとはいえ、私は夏油を嫌いなわけではないのだ。

友人としてならばもちろん大好きで大切だ。けれどそもそも私には先輩という彼氏がいるのだから、夏油を好き嫌いということを置いておいて、夏油の告白に対する返事が『イエス』になることはあり得ない。

それに、本来この世界の物語の部外者であるはずの私が、物語の中心人物である夏油と恋人関係になるなんて絶対に不可能な話だ。

だからこそあの時は、先輩への想いを盾に夏油を振ったのに、夏油も思うところはあっても気持ちを飲み込んでくれたと思ったのに、一週間ほど沈黙して最低限の挨拶しか交わさずにいたら、出張から帰ってきた週明けにはもう今の状態になっていた。

吹っ切れたというより、開き直りに近いように思える。

もうこっちは大混乱だ。

落ち込んだままの夏油の傍にいるのも申し訳ないけれど、ここまで前面に好意を押し出してくる夏油も困る。

本気で反応に困る。

主に顔的な意味で。

 

テーブルにゴリゴリしすぎて額が痛くなってきたので、のろのろと顔を上げて、コーヒーではなく水に口をつける。折角のコーヒーなのに味がしなさそうで嫌だったのだ。

一口だけ飲んだ水は、身体に染みわたるようだった。随分乾燥していたらしい。

おかげで少し気持ちが落ち着いたので、コップの淵で指を遊ばせながら云う。

 

「なまじ、私本当に夏油の顔だけは大好きなわけ。私は先輩が好きだから夏油に乗りかえるなんてことは絶対ないけど、それにしたって好きな顔に会うたび『好き』だの『可愛い』だの云われたら心臓もたないんだよ。夏油も顔だけは好かれてる自信あるから超笑顔でごり押ししてくるし距離もぐいぐい来るし……あいつ、メンタル豆腐だと思ってたけど、豆腐は豆腐でも高野豆腐だったわ」

「褒めてくれてるのかい?」

「褒めてるよ。だって高野豆腐は美味し――……は?」

「それ、私のこと美味しそうだと思ってるってこと? はは、照れるなぁ」

 

悲鳴を上げて走り出さなかった私を褒めてほしい。ひっくり返らなかったのは、椅子の背もたれを支えられていたからだった。

そう。

 

「や、来ちゃった」

 

――夏油に。

 

満面の笑みと、語尾にハートでもついているのではないかと云うほどに弾んだ声。

本日の話題の中心人物であり、今日は東北地方の離島に出張していたはずの、夏油。

 

何故。

ここに。

いる!?

 

「任務に向かっている途中、ふと君に会いたくなってね。任務放棄したら君にも迷惑がかかるし引き返すわけにもいかないから、さっさと終わらせてさっさと帰ってきたんだ。あと、君の居場所は呪力の残穢を追ったよ」

 

会いたくなったって、任務行く前朝寮で会っただろ。現地で仕事して速攻返ってきたとしても普通に考えて夕方になるはずの距離なのに、そこから二・三時間しか経ってないんですけど!?

いろいろとツッコミたいけど生憎開いた口塞がらなくて言葉にならない。絶句している私に、夏油は訊きたかったこと全部答えてくれた。

ありがたいけど怖い。

思考を読まれている気がしてくる。

この程度ならば予想の範疇といいたいところでも、夏油の場合はわからないから恐ろしいのだ。

 

「私に内緒で私の話? ふふ、君と私の仲なんだから、隠し事はなしにしようよ」

「わ、私と夏油は友人なので、友人同士でも多少の隠し事は当たり前だと思います」

「つれないね、そんなところも好きだよ」

 

今度こそ鼻血ジェットで月まで飛べるかと思った。夏油に出会ってから実に一年半振り二度目である。

 

さも当たり前のように同席し、自然な流れで自分の分コーヒーと、手つかずのまま冷めきっていた私のコーヒーを新しく注文した夏油をまじまじと見る。

目が合ってにっこり。いや顔が良い。

しかし今となっては単純にときめくことも難しくなってしまった。

 

夏油は私を好きだ。

しかし私は先輩が好きで、付き合っている。

つまり私と夏油は付き合えないし、夏油の気持ちに報いることは出来ない。

彼はそれを理解したはずなのに、こうして直球勝負でぶつかってくる意図が私にはわからなくて理解できない。

しかもこの様子は、それを夏油自身は全く悪びれていない様子である。

なんで?

マジで、なんで?

彼氏持ちの女の子を好きになって、尚且つその彼氏とも遺憾ながら仲がいいのに、どうしてこんなに明るく開き直れるの?

 

「悟も硝子も酷いじゃないか。私を仲間はずれにするなんて」

「あのなぁ……」

「クズには聞かせられない話してんだよ。ちゃっかり座ってないで、帰れ」

「硝子、冷たい」

 

傷付いたような顔をして、さりげなくこちらに身を寄せてきた夏油の手を払ったのはほぼ反射だった。

すると夏油は、それは予想外だったのか多少本気で傷付いたように眉尻を下げる。

 

――それはずるくない!?

 

私は夏油を傷付けたいわけじゃない。

でも、夏油が明確な好意を向けてくる以上、私はそれを受け止めるわけにはいかないのだ。

だってそれは、もしも夏油の好意を受け止めてしまったら、先輩への裏切りになるに違いない。

それこそ一番駄目なことなのだ。

私のようないいとこなしを好きだと云って、三か月も音信不通になっても見捨てずにいてくれた優しい人を裏切ることだけは絶対に出来ない。

かといって、夏油に冷たくするのも嫌だ。

 

夏油は頭がいいから、私がそうやって悩むのはわかっているだろうに、どうしてこんなふうに接してくるのだろう。

振ったから?

その腹いせ?

純粋な嫌がらせ?

それとも無自覚?

わからない。

夏油の考えていることが、わからない。

 

「……夏油さ、本当に何考えてるの?」

「君のことかな」

「茶化さないでったら。最近の夏油、おかしいよ。どうして必要以上に私に構うの?」

 

こんなことを私が訊くのはずるいかと思って溜め込んでいたけれど、もうこの際だから云ってしまった。これ以上の我慢は難しいから。

 

夏油が私に告白をしたあの遊園地の観覧車の中で、私はどうかこれまで通りの友人のままでいてほしいと願った。

そうでなければ、少なくとも高専東京校にはいられない。京都校に転校するか、あるいは術師を辞めて窓になるか。

夏油の幸せのために生きて、厚かましくも夏油を救うために何でもすると決めた私は、完全に夏油の前から消えることは難しいだろう。もしもの時に手を伸ばせないほど離れるわけにはいかないのだ。

だからこそ、夏油が辛いのであれば出来る限り近付かない方法を考える。

その提案に対して夏油は、友人を演じると、切なげな表情で云った。

好きな気持ちを殺して、友人であり続けると、そう云ったのだ。

それなのに。

 

これで今後の関係が悪化したらもう私のせいだし、私のメンタル的に現状維持は無理だ。

だから、ここにきてからもずっと笑顔で私を見つめる夏油に向き直り、問う。

最悪、何かあれば五条と硝子も止めてくれるだろう。

いつの間にか傍観の姿勢になっていた二人に最後のフォローを祈りつつ口を開けば、夏油は考えるように視線を上に向け、ふむと口元に手をやった。

そうして数秒の沈黙のを挟んで、首をわずかに傾げる。

 

「ねぇ、君こそ自意識過剰じゃないかな」

 

…………。

 

「は!?」

 

思わず夏油をまじまじと見てから、腹の底から声が出た。

体力と筋力をつけるため、甚爾さんに普段から腹式呼吸を心掛けさせられていたせいで、思ったより大きな声になってしまった。お店の人にちらりと見られて申し訳と思う気持ちと、しかしそんなことより夏油今なんつったって気持ちが大きい。

腹立たしいというよりも、もうこれは衝撃だった。

頭の中でビックバンが起きたんじゃないかというほどの衝撃を私は受けている。

 

自意識過剰。

自意識過剰?

 

つまり、なんだ、夏油は。

夏油の態度にいちいち反応する私が悪いと、そう云いたいわけか。

テーブルに肘を乗せ、頬杖をつき、気付けば立ち上がっていた私を上目遣いに見た夏油の口は、どこか楽しそうに弧を描いている。

衝撃で言葉が出てこないまま立ち尽くしている私に、夏油は続けた。

 

「だって考えてみてよ。私が君に優しかったのは、今に始まったことじゃないだろう? 一年の頃はどんなに君に冷たくされてもめげずに笑顔を心掛けていたし、つっけんどんな態度を取られても怪我しないようにサポートしてた。出張したらご当地のお土産を買ってきていたのだって昔からだ」

「…………。」

 

確かに云われてみればそうだった。

 

「まぁ、ここ最近は多少大袈裟にしてるってところは否定しないけどさ、根本的には私はずっと変わらない態度を取っているよ」

 

少なくともその部分は納得できたので、いつまでも立っているわけにもいかず渋々腰を下ろす。

夏油は満足そうに頷くと、続けた。

 

「それを、振られた腹いせに嫌がらせじみたことをされてるーって君が勝手に勘違いして意識してるだけじゃないか。まったく、私は君が望んだからこれまで通りにしようと努力しているだけで、そりゃぁこっちだって落ち込んではいるから多少わざとらしくはなってしまったかもしれないけどさ。君、私を振った上に、元通りの関係に戻したいって君の望みを叶えようとしている私の好意すら拒否するのかい? それって、人としてあんまりにも酷くないか?」

 

ねぇ、と同意を求めるように五条と硝子を見た夏油の意見は、真っ当だ。

折角私がふたりにはぼかして話したことまではっきりと口にして、己の正当性を訴える。え、それを云われると私の立場めちゃくちゃ悪くなりそうなんだけど。しかし幸いにして五条も硝子もそこにつっこむことはなかったので私はこっそり胸を撫でおろした。

夏油の言い分が正しいことは二人にもわかったのだろう。思わずというように顔を見合わせていた二人は、しかし肩を竦めるだけで何も云わなかった。否定もしないということは、つまりそういうことだろう。

 

云われてみれば、よく考えなくても夏油の私ファーストは昔からだし、もしかしたらシャンプーの件も服の件も髪の件も、私が意識していなかっただけで昔から似たようなことを云われていたのかもしれない。体重の件はどう考えてもおかしいけど。

五条も硝子も、私が参っているようだったから話を合わせてくれただけで、実は『何を今さら』と思っていたのかもしれない。

 

かもしれない。

そうかもしれない。

 

でも。

 

「……私、夏油はクズなところあるけどそれ以上にいいところもいっぱいあって、根はいいやつだから、友達としては本当に大好きだった。嫌なところがひとつもない人なんて絶対にいないから、友達になった人の悪いところとか嫌いなところ探すのも嫌だし、そういうところ含めて好きだったけど」

「けど?」

 

私の言葉の尻を繰り返して首を傾げたのは硝子だった。ちょっと笑ってるような気がするのはきっと気のせいだろう。今はそんなことに構っている場合ではない。

私はゆっくり立ち上がり、大きく息を吸う。

今から各方面にものすごく迷惑なことをするけれど、それを止められるだけの自制心はもはやなかった。

何事かと私に注がれる三人分の視線を受けながら、私は、叫んだ。

 

「夏油の、そういう人の心を弄ぶようなところ、大ッ嫌い!!!!!」

 

多分、私はこれまで夏油に対して『嫌い』という言葉は使ったことがなかったように思う。

気に食わないとか、嫌だとか、直してほしいとか、そういうことは云っても、直接的に嫌いだとは云ってない。もしかしたら軽口の延長ではあったかもしれないけれど、笑い話にしかならない程度の発言だっただろう。

実際そういう嫌なところを全部含めて夏油だし、完璧じゃない夏油のことが大好きだったから、間違いでも嘘でもない。

 

が、もう知らん。

嫌いだ。

例え本当のことだとしても、例え私に気を遣ってくれていたのだとしても、わざわざ私にダメージのある手段を取った夏油が嫌いだ。

怒っているならはっきりそう云えばいいし、もっと直接的な言葉を使えばいいのに、そうしないでじわじわと追い詰めるようなやり方はいやらしい上に性格が悪い。

嫌い。

嫌い、嫌い、嫌い!

 

私が夏油一番なのを痛いほどに知っている五条と硝子は驚いたように固まっている。まさか私の口から『夏油嫌い』なんて言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのが視界の端に見えていたけれど、それをフォローする余裕はない。

夏油も驚いてはいるけれど、二人ほどではない様子だ。何度かぱちぱちと瞬きをしてから、何故か楽し気ににっこりと微笑んだ。

それも余計に腹が立つ。

これ以上ここにいてはお店に迷惑をかけると思い、私は自分の荷物を持って財布から千円取り出し机に叩きつける。行儀も態度も悪くてごめんなさい。でもこの状況でおとなしく五条に奢ってもらえるほど私は強メンタルではない。

 

「あれ、どこに行くの?」

「仕事あるから帰るんだよばーか!!」

「じゃあ私も帰ろう」

「ついてくんなばーか!!」

「語彙力死んでるよ。それにどうせ帰り道は同じじゃないか」

「そう、だけど……ッ同じタイミングじゃなくてもいいでしょ!? 夏油さっき来たばっかなんだから、コーヒーちゃんと飲んでから帰りなよ!」

「もう飲んだ」

「はっや!?」

「じゃあもう文句ないよね? ほら帰ろう、さぁ帰ろう。帰宅デートしよう」

「そういうところが嫌だって云ってんじゃん!!!」

 

しかし反撃も虚しく、私は夏油に背中を押されながらお店を出ることになった。

もちろん五条と硝子が助けてくれることはなかった。

振り返って助けを求める視線を投げたら、二人そろってハンカチをひらひらとさせていたので、もうしばらく二人にはお菓子もご飯も作ってあげるものかと私は心に固く誓った。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「いやぁ、楽しいね帰宅デート」

「…………」

「あ、ほらクレープ屋さんだよ。食べるかい?」

「あんた甘いもの好きじゃないくせに」

「ピザとかツナサラダとか、食事クレープがあるじゃないか」

「じゃあ夏油食べれば? 私は先に帰る」

「えー、なら次の機会にするよ。君が一緒じゃなかったら意味がないからね」

 

随分と減らないお口をお持ちである。

カフェを出て数分、私の斜め後ろをずっとついてきていた夏油は、ずっとこの調子だ。

無視をしても冷たい返事をしても、めげずに延々と話しかけてくる。

本当にメンタル強くなったなぁと感心半分、迷惑半分。

もうこの夏油なら、原作みたいに非術師がーとか術師がーとか悩むことなさそうじゃない? 放っておいても五条と一緒に上層部ぶっころそーとかにこやかに楽しくやってそう。

おかげで、私は少しだけ冷静になることが出来た。

 

改めて夏油の言動を思い返して、夏油という人間のことを考えてみて、気付いたことがある。

夏油は特別おかしなことをしたわけではなかったのだ。

夏油はずっと夏油のままだった。

変わったのは、――そう、私のほう。

 

高専の最寄り駅に向かう電車を待つ間、ちょうど時間帯がよかったのかもしれない。周囲には誰もおらず、ホームには私たちと、少し離れたところにちらほらと人がいるだけ。

これは、まるで計られたようなシチュエーション。もしもこれを夏油が狙っていたなら逆に褒めてやりたい。

ちらりと電光掲示板に目をやれば、次の電車まで約五分。多少話す時間はあるだろう。

このまま夏油を無視し続けるは簡単だけれど、再三云うが私は夏油が嫌いではない。嫌いなのはさっき挙げたようなごく一部の話で、夏油自体はどう足掻いたって嫌えないのだ。

いっそ嫌えてしまえたらと思うけど、そうすると私が前世の記憶を持って生まれ、ここにいる意味がなくなってしまう。

それに、どんなに腹立たしくとも苛立たしくとも嫌味でも、結局やっぱり私は夏油のことが好きだ。

 

視線を一度夏油に投げ、夏油、と呼ぶと、なんだい、と彼は首を傾げた。その視線の温かさが、くすぐったい。私はすぐに視線を前に戻したい気持ちを抑え込みながら、呟く。

 

「わざとでしょ」

「うん?」

「わざと私を怒らせたでしょ」

 

云うと、一度きょとんと眼を瞬いてから、夏油は満足そうにニッコリ笑った。

それを見て吐き出したため息は、世界で一番重かった自信がある。

 

多分、夏油は私があまりに挙動不審になっていたことで彼なりに責任を感じたのだろう。自分から今まで通りの友人でいてほしいと云った私が、夏油に気を遣ってよそよそしくなってしまったから。

だから、露骨な言動で私を怒らせて、無理矢理にでも以前通りの私を引き出した。

腫物を触るようなおっかなびっくりな私ではなく、遠慮なくはっきりものを云える私を、夏油は待っていた。

この数週間、ずっと。

 

「ごめん、ちゃんと出来てなかった私が悪かったんだ」

 

私が中途半端な覚悟で中途半端な態度を取ったせいで、夏油にこんなことをさせた。

前と変わらない友人関係でいたいのならば、私こそ今まで通りの態度を取らなければならなかったのに。

 

「ごめん」

 

結局、夏油は正しかった。

結局、夏油は優しかった。

 

「ちゃんとするから」

 

私は、目の前の線路から目を逸らせなかった。

間違っても夏油のほうを見ることが出来なかった。

だって今夏油がどんな顔をしているのか、私にはわからない。

こんな私に呆れているだろうし、もしかしたら怒っているかも。

それだけのことをしたのに、私は確認するのが怖いのだ。

ただ、自分から云い出したことなのだから、自分の発言には責任を持たなければならないと私は思う。

友人相手によそよそしいのは失礼だ。

顔を合わせるたびに気を遣わせるのは、友情としては間違っている。

だから私は、これ以上夏油によそよそしくしたり気を遣わせるわけにはいかない。

 

しっかりしなければ。

ちゃんとしなければ。

私が、ちゃんと『友人』をやらなければ。

優しい夏油に甘えるのは、一番ずるいことだから。

 

「君、まだ勘違いしてるんだね」

「え?」

 

意外と馬鹿なのかな、と。

精一杯の私の決意をあっさりと一蹴された。

そうだね、とか、今更、とか云われると思っていた私は、予想外の言葉に固まってしまった。

勘違い?

何が?

だって、私が夏油に余計な負担をかけたことは事実だ。

私がちゃんと出来なかったせいで夏油が無駄に気を揉ませたのは事実なのに、勘違いって一体。

でもこれ、何がって訊くのはもっと悪いんじゃないだろうか。

何でもかんでも訊けば答えが返ってくると思い込むのは、贅沢だし甘えだと思う。

それでもこればっかりはいくら考えても答えを出せる気がしない。

どうしよう。

すると、固まったままの私に夏油は云った。

 

「私はいつでも私がしたいように君に接しているよ。君のことが大切なのはそりゃあそうだけど、君のためだけに何かをしているわけではない。私自身が君に好きだと云いたいし、優しくしたいし、ときどきは叱ってもらいたい。けれどそれに見返りは求めていないんだよ、昔も、今も。まぁ、両想いになれたらそれが最高だけどね。君が先輩を好きなのは痛いほど知っているから、無理に自分のものにしたいなんて思っていない。だから、今までもこれからも、私の言動の責任を君がとる必要はないんだ」

 

その、言葉に。

息を飲む。

次いでじわり、と目に水分が浮かび上がる気配を察知し、私は思わず片手で目を覆った。少し俯いて夏油から顔が見えないようにして、唇を噛み締める。

 

――泣くな。

それは少なくとも、今ではない。

 

悲鳴を上げて走り出したくなった気持ちをどうにか抑え込む。

大きく息を吸い込み、意識してゆっくりと吐き出す。

何度かそれを繰り返すと、漸く気持ちが落ち着いて、涙も引っ込んでくれた。

夏油の言葉はどこまでも優しく、どこまでも夏油だった。

 

そう、これが夏油傑という男なのだ。

私の知っている、夏油傑。

嘘でも、気遣いの延長でもない、まぎれもなく夏油の本心。

 

それがわかったから、私は口を開いた。

声が、震えないことを願いながら。

 

「……夏油って、本当、いい男だね」

「照れるなぁ。あ、今からでも先輩から私に乗り換える?」

「ばーか」

 

茶目っ気たっぷりな軽口に顔を見合わせ、笑いあう。

このタイミングで電車が到着し、私たちはその電車に乗り込んで高専に戻った。

以前と同じように会話して、笑って、寮に到着すると何故か先に五条と硝子が共有スペースにいた。おそらく無下限で飛んできたのだろう。

それを見てまた私たちは笑って、そんな私たちを見た五条と硝子も、笑った。

 

大丈夫。

もう、私たちは大丈夫だ。

願った通り、望んだ通り、私たちは友人でいられる。

 

やっぱり夏油は、どこまでも優しい人だった。

私は、だからこの人を、憎めない。

 

――どんな手段を使っても私を尊重してくれる夏油傑という存在を、私は、とても、好きだから。

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