前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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夏油の誕生日に書いた話です


君へのハッピーバースデー

今年に入ってからはもう散々だった。

まず正月はまぁ無理矢理同期全員で年越し出来たので良しとしても、翌日は朝も早い時間から叩き起こされて遠征、呪霊の回収、呪物の捜索及び破壊、当然すべてに求められる報告書。

それが一月いっぱい続き、もう何日もまともに高専に戻っていない。何度か報告のために帰還はしたけれどそれも一日や二日足らずで次の遠征。そして悟はもちろん彼女も出張だ手伝いだで顔を合わせることはなく、硝子は高専にいたけれど次から次へと舞い込んでくる患者の対応で手いっぱい。辛うじて灰原と七海と何度か食事は出来たけれど、二人も忙しく動き回っているようで半分くらい寝ぼけていた。

二月に入れば少しは落ち着くだろうが、月初というのは何かと面倒事が多いので、今日も今日とて私は遠征だった。が、今日追加で入った小学校の任務が終わればやっと高専に帰れる。

 

とはいえ本当は今日中には高専に帰れるはずだったのだ。遠征の途中で近くの"窓"から次々に情報が入り、それが放っておくには微妙に心配な類の呪霊ばかりで、仕方なし一番近くにいた私が片付けるはめになった。

いやまぁ、そこに文句はない。呪術師なので。

ただ、いくら忙しいとはいえまったくの応援なしとはどういうことなのかと問いただしたい。どれか一つ、誰か一人来てくれたら、今日中には帰れただろうに。

結局こんな深夜帯まで逃げ回ってくれた面倒な呪霊のおかげで近くにホテルを取らなければならず、ついでだからと近所の小学校の滞留呪霊まで祓うことになったので、どっちみち今日中の帰還は無理だったけれど。

しかも苦労して捕まえた呪霊は取り込むほどの価値もない小物だったので、骨折り損のくたびれ儲けだ。

電話で補助監督に山の呪霊は祓い終えたことを連絡し、あとは帰るだけだがさすがに疲れたので一休みするべく気に背中を預けた。

 

「……疲れた……」

 

しまった、と思い咄嗟に口を塞ぐ。しかし当たり前のことだが、一度口から飛び出した言葉は取り消せない。

言霊とも云うけれど、口にしてしまうと本当に疲れているのだと自覚して、一層疲労感が増してしまった。だからなるべく口にしないように気を付けていたのに、今回は無理だった。あまりにも疲れすぎた。

もう云ってしまったものは仕方ないので、思いっきりため息をついてずるずるとその場に座り込む。パッと見ガラが悪い自覚はある。でもまぁどうせこんな時間にこんな場所に来る人間なんていないし、いたとしてもまともな人間なわけがない。つまり気にする必要はないだろう。

 

しかし、座り込んでから失敗したと思う。

どっと疲れがやってきたのだ。

しかしさすがにここで夜を明かしたくはないし、山の中を走り回って砂埃まみれになったのでシャワーを浴びたい。その為にはホテルまで戻らなければ。

チェックインを済ませておいてよかった。何時に戻れるかわからなかったので、一度ホテルの部屋に入ってこっそり窓から抜けてきたのだ。とてもじゃないが非術師であるフロントの人に、このボロボロの格好で深夜に戻るところは見せられない。

しんどいが、行かなければ。とりあえず山道を下りて、目立たないところで呪霊の乗ろう。

 

そう考えて自分を奮い立たせていると、ケータイが鳴った。

この時間。

まさか追加の任務だったりしないだろうか。

だとしたら私、暴れる自信がある。

おそるおそるポケットからケータイを取り出し、画面を見る。電話ではなく、メールだった。

そしてその差出人は、何を隠そう私の大事な想い人。

しかし自称常識人を誇る彼女がこんな時間にメールだなんて珍しい。何かあったのだろうか。

少し不思議に思いながらもメールを開いた私の目に飛び込んできたのは。

 

『ハッピーバースデー、夏油!!』

 

そんな言葉と一緒に、猫が大きなケーキを持ってくるくると動くFlashアニメ画像が添付されていた。

一瞬きょとんとしてしまい、日付を確認する。

0時過ぎ。気付けば日付が変わっており、2月3日。私の誕生日だった。

誕生日までかかって一人で任務か、とがっかりしたのも束の間、彼女が私の誕生日を覚えていてくれたこと、それからこんなに可愛らしいメッセージを日付が変わるのと同時に送ってくれたことへの嬉しさで気分が急上昇する。存外自分は簡単な人間らしい。まぁ、殊、彼女に関しては、なのだけど。

すぐさまメールを保護し、念のためPCのメールアカウントにも転送する。何かの手違いでこのメールが消えたら発狂する自信があるので、保険だ。

それから一度深呼吸して自分を落ち着け、返信画面を開く。少し悩んでから、シンプルにありがとう、とだけ送ることにした。

すると返信完了してすぐに電話が鳴った。

驚いてディスプレイを見ると、そこに表示されていたのは彼女の名前。

慌てて通話ボタンを押した。

 

『やっほー夏油、誕生日おめでとう!』

「ああ、ありがとう」

『返信来たからもう仕事終わったのかなって思ったんだけど、今大丈夫だった?』

 

大丈夫じゃなくても大丈夫にする。

彼女からの電話は八割が仕事の連絡で、残り二割が他愛ない話題だ。というかそもそも、内容に関わらず、彼女からの電話だったら例え呪詛師と交戦中でも出る。だって声聞きたいし、私に電話をくれるというその事実だけで嬉しいので。

ということを考えているのは重すぎるので億尾にも出さず、平気だよ、と返した。

 

『もうさ~お正月からこっち、ずっと忙しかったじゃん? 五条も硝子も私も、バラバラで動くこと多くてめっちゃ大変だったんだけどね、頑張って準備してたんだよ』

「準備?」

『そそ。だから、出来れば夜……今夜じゃなくて、次の夜ね。夜までに帰ってきてほしいんだけど』

 

君が望むなら今すぐに、と口走りそうになり、自分の中の理性がそれを留める。

ウェッフォン、と誤魔化すための咳払いをしてから、冷静を取り繕って云った。

 

「その予定だよ。今からホテルに戻って、明日の昼に近くの小学校の呪霊を片付けたら帰る予定だから」

『おっけー、わかった。じゃあ夕方には戻ってくるよね』

「ああ、それくらいになると思う。で、準備って、なんの?」

 

答えてくれるかわからないけれど、念のため訊いてみた。

すると彼女は、何云ってんの、と呆れたように続けた。

 

『夏油くんのお誕生日会に決まってるじゃん!』

 

今回のテーマは地域の子ども会でやってそうなお誕生日会です、とはしゃいだ声で云った内容は微塵も理解できなかったけれど、彼女が楽しそうならばすべて問題ない。

それに、忙しい時間を縫って自分のために会を開いてくれることが単純にありがたいことだと思った。

 

去年の今頃、彼女は眠りについていた。

私を守って、私のために傷付いて、昏睡状態に陥って。

だから、というわけではないのだが、去年の誕生日をどう過ごしたのか覚えていない。多分悟も硝子も祝ってくれたのだと思うけれど、正直自分の誕生日どころではなかった。

あの時まだ私は彼女に恋をしていなかった。でも、自分のせいで目覚めない彼女を、どうでもいいと切り捨てられるはずもない。

もしもあのまま目が覚めなかったらどうしようと思うと恐ろしくて、高専にいるときは可能な限り彼女の様子を見に行った。

目を閉じたままの彼女は穏やかに眠っているようにも、静かすぎて死んでしまったようにも見える。

硝子や夜蛾先生から意識がない以外は健康で、呪いを受けた形跡もないとのことだった。

だけどそんなことは何の慰めにもならないのだ。

だって、結局彼女は目覚めない。

それがすべてだった。

 

しばらくして彼女は目覚め、一匹狼を気取っていた理由を知り、私は彼女を失いたくないと思った。

それから今日まで、私は彼女の近しい存在になれていたのだろうか。

少なくとも、日付が変わってすぐに誕生祝のメールを送り、私のための誕生会を開いてくれる程度には歩み寄れている。

願わくば、いつの日か彼女にとっての一番が自分になりますように。……先輩も好きなので、大声では願えない望みだけれど。

 

『料理も飾り付けも頑張ったからさ、楽しみにしててね』

「ありがとう。すごく嬉しい」

 

少し照れくさいけれど、正直に伝える。

すると、電話の向こうの彼女が云った。

 

『嬉しいのは私もだよ。夏油、生まれてきてくれてありがとう!』

 

目の前にいなくとも、想像できる。

君はきっと嬉しそうに笑っているのだろう。

嬉しいのは、私の方なのに。

祝われる私よりも、うんと、ずっと、嬉しそうな顔をしている彼女が目に浮かんで、私はなんだか泣きそうになってしまった。

人間、幸せすぎると涙腺がバグるらしい。

そろそろホテルに向かうから、と云って私は電話を切り上げた。

涙声がバレなかったことを心底願う。

 

暗い山道を提灯アンコウのような呪霊の光で照らしながらホテルへ足を進め、道が開けたところで空を見上げた。

今日は幸いにも晴天らしく、雲一つない澄みきった夜空が広がっている。田舎だから外灯が少ないので、星も東京に比べたら多い。

普段はいくらこんなものを見てもなんとも思わなかった。

綺麗だとは思う。すごいとも思う。だけどそれだけ。

感動に胸が震えることも、自然の神秘に感謝することもなかったけれど、今は無性にすべてに感動してお礼を云いたい気分だった。わかっている。本当にそれをやったら私はたちまちヤバイ人間だ。

 

――ああ、だけど!

 

これだけは云いたい。

それから、明日朝になったら両親に電話をしよう。

そうして、伝えよう。

 

「生まれてきてよかった。私を生んでくれてありがとう」

 

苦しい時もあった。

面倒で、大声を上げて走り出したくなる時もあった。

自分の内側が残らず全部真っ黒に染め上がり、何者かになってしまいそうな時もあった。

 

だけど、それらすべてが、さっきの彼女の言葉で報われたような気がする。

彼女にとっての一番には、まだなれていない。

それでも私は、少なくとも今の私は、誰よりも一番だった。

 

――だってきっと、他ならぬ彼女に誕生祝の言葉をもらった今の私は、世界で一番の幸せ者に違いないから。

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