前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
B:「必死すぎ乙」
C:「ダサくて草」
D:「やっぱり夏油くんって面白いよねぇ」
問、A~Dに当てはまる人物を述べよ
最近よく顔を合わせる役所の職員さんに、連絡先をもらった。
少し照れた様子で、良かったら今度食事でも、だそうだ。
帰り際だったし電車の時間も迫っていたから、ひとまず受け取って帰ってきたのだけれど、どうしたものか。
私にはスウィートで最高な彼氏がいるので異性と二人で食事なんて行くわけにはいかないし、かといって今後も関わり合いのある役所の人に冷たくするのは得策ではない。
厄介なことになっちゃったなぁと考えながら高専に戻り、報告と事務仕事を済ませて寮に戻る。今日はシチューを作ろうと決めていた。
材料を切って煮込み、ついでにサラダと副菜にきゅうりと小エビの炒め物なんて作ってみる。時間はバラバラだけど今日はみんな帰ってくるはずだから、置いておけば食べてくれるだろう。
シチューが煮込み終わるまでちょっと休憩、と思ってコーヒーを淹れてソファに移動して、改めて電話番号とメールアドレスが書かれた紙を眺めていたら、夏油が帰ってきた。
おかえり、と云えば嬉しそうにただいま、と返す夏油。はー、顔が良い。顔面宝具。疲れた身体の五臓六腑に染みわたるありがたさ、もはや宗教。ありがとうございます。
無言で手を合わせる私の奇行には慣れっこな夏油は、荷物を置いて着替えてすぐに共有スペースに戻ってきた。その手には今日から発売のコンビニアイスの袋。私が気になるって云ってたのを覚えてくれていたようで、お土産に買ってきてくれたらしい。顔だけじゃなくてこういうところが夏油のモテる要因だよね。マジいい男。まぁ先輩のほうがいい男だけど。
アイスは食後に頂くとして一先ず冷凍庫にしまってくると、夏油は私が持っていたメモに気付いたらしい。夏油の分のコーヒーを持ってソファに戻ると、まるで汚いものをつまむように指先でメモをひらひらさせていた。
「何これ」
「ああ、それ?」
メモをじっと見つめる夏油に、今日の出来事を話す。別に悪いことしてるわけではないんだし、私にとっては珍しいことでも、誰かに連絡先渡されるなんて夏油ほどの男じゃよくあることでしょ。これだけ顔が良ければそりゃ誰だって誘いたいよ、わかるわかる。ああ、今日も夏油は顔が良い。
なんて考えながらメモを返してもらおうとすると、すい、と手を上げて私からメモを遠ざけた夏油。なにしてんの。
「夏油?」
「連絡しないよね?」
「はい?」
「君、彼氏いるもんね。必要ないよね、こんなの」
「いや、ちょっと」
「この人には私から断りの連絡入れておくから大丈夫。彼氏がいるので今後こういうことはやめてもらうように、上司にも伝えないと」
「んなことしたらあんたが彼氏だと思われるじゃん、やめてよ」
「え!? 私が君の彼氏!?」
「違うよふざけんなよ夏油」
「そ、そんな本気トーンで怒らなくてもいいだろう……」
お前が馬鹿なこというからでしょうが。
なんてやり取りをしつつもメモを取り返そうとするのだけれど、絶望的な身長差がそれをさせてくれない。
私が手を伸ばせば、逆方向に持っていかれる。負けじと私もそちらに手を伸ばせば、また逆方向。
なんだか猫じゃらしで遊ばされているみたいで面白くない。
「ねぇ」
「ふふ、猫みたいだね」
「『子猫ちゃんみたいだね』に云い直して、もっと優しく云って。録音するから」
「君ってたまに本当に気持ち悪いな」
あんたそれ、仮にも片想いを公言してる相手にぶつける言葉ではないと思うんだけど。
でもまぁ今のは確かに私も気持ち悪い自覚あったから許そう。あとで先輩にはチクる。夏油に気持ち悪いって云われちゃいました、って。きっと心優しい先輩は傷付いた私を慰めてくれる……だろうか。最近先輩と夏油が妙に仲良しだから、夏油の味方に付かれる可能性もある。
話術も巧みに夏油に取り込まれた先輩に、ドン引きの目で見られるところまでを想像して泣きそうになっている私の心境など知る由もない夏油は、メモを睨み付けながらボソリと呟いた。
「たかだか役所の職員風情が、君にアプローチなんて身の程知らずが」
「私の評価ストップ高かよ。っていうか、その役所の職員と連携しないと仕事にならないんだから、見下す云い方するんじゃないよ」
「でも」
「でももだってもない。どんな職業でもなくなったら社会は成り立たないんだよ」
「職業自体は必要でも、その男の変わりはいくらでもいるだろう」
「碌な術式も持たない単なる補助監督の私の代わりもね」
ハッと夏油が息を飲んだ。
私の云いたいことがわかったのだろう。
何度か喘ぐように息をしてから、それでも面白くなさそうな顔で云った。
「で、でも君は優秀だ。君の代わりなんてどこにもいない」
「彼も優秀だよ? 頼んだ資料はすぐに用意してくれるし、ややこしい手続きの説明は簡潔に、且つ過不足なくしてくれる。気難しい上司とのやり取りもうまい。ああいう人は得難い人材だから、どこに行っても重宝されるだろうね」
「随分彼を擁護するじゃないか。惚れたのか?」
「夏油が馬鹿みたいなこと云うからでしょ。くだらないこと云わないで」
バッサリと云って、夏油を睨み付ける。
まさか私がここまで怒るとは思っていなかったようで、夏油はまるで叱られた犬のように情けない顔をしていた。多分犬の耳があったらぺしゃりとイカ耳になっていることだろう。うっかり可愛いとか思ってしまったのは、夏油が調子に乗るから内緒。
組んだ腕に隠れて思いっきり脇腹を抓ってにやけるのを我慢し、私は真面目な顔をどうにか作って静かに口を開いた。
「彼には連絡するよ。そもそもどういう意図なのかもわからないんだから、ちゃんと話は聞かないと。もし何かの気の迷いで私に好意を持ってくれて、仕事以外の付き合いをって話だったらきっぱり断る。それこそ私には先輩がいるんだから、お付き合いなんて無理だしね」
社会人でもないのにこんな人付き合いで苦労するとは思わなかったけど、これもまぁ社会勉強だ。思い過ごしであればいいし、そうでないなら冷静に対処する。一応人生二回目なので、それなりに処世術はあるつもりだ。
自分で解決出来そうになければ誰かに相談するし、とにかく今後も付き合いのある役所とのトラブルは御免だから、うやむやにするつもりもない。
夏油は黙って私の話を聞いていた。連絡する、と云った時点で何か云いたそうにしていたけれど、私はそれを手で制して話を続けた。先にこっちの話を聞いてからでも夏油の意見を聞くのは遅くないと思ったからだ。
案の定、最後まで話すと夏油は渋々と云った様子で頷いた。まぁ夏油も、私が火遊び感覚で連絡を取るとは思っていなかっただろう。
その辺り、私がちゃんと考えていることを今さらながらに察したようで、気まずそうに眼を逸らした。
どうやら反省したらしい。
夏油の態度でそれがわかったから、私はぽんと夏油の肩を叩いて笑う。
「心配してくれたのは、ありがとう。でも、術師以外を見下す発言だけはやめて」
もしかしたら、そんなつもりではなかったのかもしれない。
ただ一応片想いの相手である私にちょっかいをかける男が急に現れて気が立っていて、ついつい彼を悪く云うために出てきた発言だったのかもしれない。
それでも、嫌だった。
原作では呪術師以外を猿と呼び蔑んでいた夏油を思い出してしまって、胸が苦しくなるから。
結局はこれも私の自己満足だ。
「……呆れたかい?」
ぼそりと零された言葉を拾って首を捻る。
「うん? 何に?」
「連絡先くらいで嫉妬してごちゃごちゃ云って、感謝すべき職業まで馬鹿にする発言をした私に」
はて。
更に首を傾げて考える。
さっきまでの威勢はすっかり消え去って落ち着いた様子の夏油は、今度はべっこべこに落ち込んでいるらしい。忙しい情緒だ。
でもさ。
「今さらじゃん」
「え?」
「夏油が面倒くさくて女々しくてヤキモチ焼きなのは知ってるし。まぁ確かに、連絡先渡されたくらいで心狭いなぁとは思ったけど」
「うっ」
あけすけな発言に、夏油は胸を抑えてよろけた。わはは。天下無敵な夏油にダメージを与えたぞ。私って結構すごくない?
なんてちょっとした優越感を抱きつつ、改めて私は夏油を見る。すると私の視線に気付いた夏油も、なんだか少し改まった様子で背筋を伸ばした。
そうして、しっかり夏油の目を見て、私は云う。
「でも、そういう夏油が私は大事だよ」
大事な友人。
大事な人。
一番幸せにしたい人。
私は全部じゃないけど夏油傑という人間を知識として知っていて、ここでの生活で身をもって彼をもっと知った。
面倒くさくて女々しくてヤキモチ焼きで、わけわかんないことで不機嫌にも上機嫌にもなる人だし、私のことになると時々異常な執着と心の狭さを見せるけど、それでも私は夏油が大事だ。伊達に世界の理捻じ曲げて生きるって決めてないですよ。
だから、これくらいのことでは呆れないし、嫌いになるなんてもってのほか。
というか多分、私は例えこの世界の夏油が非術師大量虐殺を犯してとしても、夏油を嫌いにはなれないと思う。
好きだとか嫌いだとか、もうそういう問題じゃないのだ。
大事だから、幸せにしたい。
私の人生をかけて、夏油傑という人の幸せを、叶えたい。
私が常々そんな気持ちで生きていることを夏油も知っている。
それなのに、夏油は面食らったように目を大きく瞬いて固まっていた。
いや、まぁ、あのね、一応私は夏油に告白された身で、それを断った身で、どの口が『大事』だなんて云うのかなんて云われたら困っちゃうんだけどね。
しょうがないじゃない、大事なんだから。
正直その辺は開き直ってる。たまーに五条にすごい顔されるけど、気にしない。
とにかく、夏油が私を心配してくれたこと自体はありがたいから、素直にその気持ちを伝えたのだけど、固まっていた夏油はみるみるうちに顔を赤くして、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「好き」
「はいはいどうも」
「好きだよ、大好きだ」
「ファンサあざーっす」
「茶化さないでくれるかな!?」
「お、そろそろシチューいい感じ。夏油も食べるでしょ?」
「食べるけど! 大盛食べるけども!!」
「はーい、じゃあテーブル片付けて、これで拭いといて」
「ねぇ君、私のことちょろいと思ってないかい?」
「そんなことないよ、扱いやすいとは思ってるけど」
にっこり笑って云えば、夏油は思いっきり顔を引き攣らせた。
でもそのあと、諦めたように笑った。ああ、この顔、やっぱ好き。
後日私は彼に連絡を取り、個人的な付き合いは出来ないとお断りを入れた。彼も答えは予想で来ていたらしく、気にしないでくださいと爽やかに笑った。なんでも部署異動でもうすぐ転勤になるとかで、思い切って最後に声をかけてくれたらしいのだ。
最終日に役所の近くのカフェで少し話をして、やっぱり彼は爽やかに去っていった。引き継ぎもしっかりしてくれたので、後任の人との関係も良好。惜しい人を失くした。
別れ際、私は彼に一つだけ質問をした。
「どうして私だったんですか?」
自慢じゃないが美人ではないし可愛くもない、良くも悪くも背景に同化しやすい一般的な顔だ。はちゃめちゃに性格が良いわけでも目立っていたわけでもないのに、いくら何度か仕事で一緒になったことがあるとはいえ、こんなハイスペックな人に好かれる人間ではないと思う。いや卑下してるわけではなく、客観的な意見としてそう思っているんですよ。
すると彼は、一度驚いたように目を見開いてから、云った。
「時々遠くを見る目が、印象的だったんです」
主人公
大人なので無視はしない。ちゃんとしている。人生二回目の経験は強い
夏油
心狭男
先輩
ほとんど名前も出ないのに存在感のある人
役所の彼
爽やかイケメン。もう出番はない