前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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おや? くそ雑魚なめくじだった主人公の術式のようすが……


五条にアイアンクローをかましたら大変なことになりました

私の術式はとてもしょっぱい。

未来視なんて格好いい云い方をしてみても、結局視えるのは数秒先のことだけだし、いつでも視たいときに視えるわけでもなく内容も選べず突発的に視えるだけの不安定であてにならないものだ。

しかも視えたところで完璧にその未来に介入できるわけではなく、多少の介入で終わるから結局のところ視えるだけ、というなんとも残念な術式なのだ。

 

自分で云ってて悲しくないのかって?

いやだって本当のことだししょうがなくない?

 

ただでさえ同期に六眼と呪霊操術、反転術式使いがいて、後輩は特別ではなくとも優秀な術式使いで、先輩も先生もいわずもがな。

これで自惚れられる神経があったらもっと人生楽しかっただろうね、悪い意味で。

良くも悪くも私は自分の術式を理解しているのだ。

だからこそ自棄にもならず、すごい人たちに囲まれている自分もすごいのだと勘違いすることもなく、自分に出来ることだけを着実にこなしてこられた。

二度目の人生っていうアドバンテージもあるけど、元来こういう性格なのだろう、私と云う人間は。

数少ない取り柄だと自負しております。

 

で、だ。

自分でも雑魚な術式だと自覚しており、呪術界上層部にも取るに足らない術式だと思われていたはずのこの術式に、もしかしたらとんでもない可能性が秘められているのではないかと気付いてしまったのは、他でもない五条悟という悪友のせいだった。

 

きっかけは、なんてことない日常の一幕。

この日は珍しく三年生が四人とも高専にいて、進級してから初めて四人揃っての授業の予定だった。

教室での席は、横一列に並んで窓際から硝子、夏油、私、五条の順。一年の頃、つまり私の黒歴史ツンツン期は私が窓際だったんだけど、二年になって星漿体の事件のあといつの間にかこうなっていた。

理由を訊いてもみんなニコニコ笑うだけで何も云ってくれないので、別に嫌なわけでもなかったから諦めて現在に至る。

 

五条というのは見た目だけなら国宝になれるレベルの整いぶりで術師としての実力も申し分ないのに、それに比例して中身がお子ちゃまだ。これで性格も良かったら本当にすごかったけれど、さすがの神様もあまりに完璧なものを作るのは憚られたのだろうか。

顔が良くても実力があるお金持ちでも、絶対にお前とだけは付き合いたくないと思わされるほどのお子ちゃま五条悟くん十七歳児は、今日も今日とてお子ちゃまムーブをかましてきた。

具体的に云うと、隣で真面目に授業の準備をしていた私に、ひたすら小さくちぎった消しゴムを飛ばしてきたのである。

今日日小学生でもやらないクソガキ…いやお子ちゃまな行動に、最初は私も無視していたのだけれど、消しゴム一つを消失させるほどにカスを飛ばしてくる十七歳児には指導が必要だな、と思いアイアンクローを見舞ってやった。余談だが、私は甚爾さんに游雲の特訓をしてもらっているおかげで随分握力がついた。握力だけでなく全体的に二年前の鶏がらと呼ばれた頃より逞しくなったんだけど、今必要なのとりわけ握力だ。

この頃には半オートで無下限術式を出しっぱなしに出来るようになっていた五条は、しかし座学の授業では油断しているのか無防備でいることが多い。

それを知っているので見事アイアンクローをお見舞いしてやれたのだけれど、五条の汚い悲鳴に大笑い出来たのはほんの数秒のことだった。

 

私の術式が発動するのはいつも突然のことで、突発的。

会話の途中だろうが任務中で目の前に呪霊や呪詛師がいようがお構いなしのタイミングだから、このときもそれと同じだろうと思っていた。

五条にアイアンクローをかまし、食らえざまぁみろ、と笑った次の瞬間に視界に割り込むように視えたのは教室に夜蛾先生が入ってくるヴィジョン。

あ、これはいつものやつだな、と思ったのに、このときは違った。

 

夜蛾先生が教室に来る。

しかしすぐに先生のケータイに電話が入り、緊急の任務に出かける。

場所は都内のはずれにある廃ホテルで、呪詛師の確保が任務内容。

私たちは自習になり、一人で任務に向かう夜蛾先生。

そうして、問題の廃ホテルで待ち構えていた呪詛師は、夜蛾先生がホテル内部に入ったタイミングで予め仕掛けておいた爆弾を起爆しホテルは崩壊。

瓦礫に埋もれ、血塗れになる夜蛾先生が視えたところで、目の前が爆ぜるような強い光と、酷い頭痛がした。

 

ハッとして身を引いてから顔を上げると、驚いた目で私を見る五条と目が合った。

気付けば私は四月のまだ涼しい気温なのに汗だくで、けれど手足は凍えるように冷たく震え、全力疾走の後のような倦怠感と虚脱感に襲われた。

 

今のは一体何だったのだろう。

いつもの未来視とは全く違うことだけはわかる。

だっていつもならばほんの一瞬、夜蛾先生が教室に入ってくるところくらいしかわからないはずだ。

それなのに今は、どれほど先のことになるかわからないような長時間先のものが、まるで目の前で起きた出来事のように鮮明に視えていた。

こんなことは初めてだ。

 

しかも、五条の反応も不可解だった。

一体何に驚いて固まっているのだろう。アイアンクローがきまりすぎたわけではないとは思う。握力が上がったとはいえ所詮鶏がらからのスタートで、やっと人並み程度になったくらいだから、五条にやばいダメージを与えられるほどではない。さっきだって、じゃれあいの一環で五条は大袈裟に痛がっていただけだということくらいはわかる。

だから五条のこの反応は、私には異様に見えた。

まぁ確かに、アイアンクローをかました同級生が急に真っ青になって震え出したらびっくりはするだろうけれど、この驚きはそういう類のものではないだろう。

 

だけどとりあえず何か云わなければ。

喉が引っ付くような不快な感覚を振り切ろうと一度唾を飲み込むと、私より先に復活した五条が呆然とした様子で口を開いた。

 

「なんだ、今の」

「え?」

「夜蛾先生、なんであんなことになってんだよ」

「……五条も、視えたの?」

 

思わず問えば、五条は即座に頷いた。

 

「何、どうしたんだい?」

 

振り返ると、さっきまでは私たちのやり取りを笑いながら見ていた夏油と硝子も、私たちの様子がおかしいことに気付いて笑いを引っ込めて神妙な顔になっていた。

 

でも、なんて説明したらいいのだろうか。

未来視で夜蛾先生の危険が視えた、と云えば簡単だけれど、これまでの私の未来視の結果を知っているみんなに今視たことを話しても信じてもらえるかどうかわからない。

卑下するわけでもなんでもなく、だって間違いなく今までの私の未来視では一瞬以上先のことなんて視ることは出来なかった。

一瞬先の未来に、ほんの少しだけの介入が出来る。

役に立つときは役に立つけど、立たないときはてんで立たないしょぼい術式。

それが私の術式。

それなのに。

 

「授業を始めるぞ――って、何をしとるんだ、お前ら」

 

どう話したものかと考えあぐねていると、がらりとドアを開けて夜蛾先生が姿を現した。いつもならば先生が来ても静まらない私と五条が固まっている様子を見、不思議そうに首を傾げている。

私は息を飲み、五条と顔を見合わせた。

五条は珍しく真面目な顔で私を見て、多分、私の言葉を待っていた。

五条は頭がいい。

おそらく今視えたものが私の未来視の力の一部なのだと判断したのだと思う。

それは正しくて、でも、何も把握できていない私の力だというのは少し間違いだ。

けれど何であれ今私たちが視えたものを、当人である夜蛾先生に黙っておくのは論外になる。

 

「先生、実は」

 

と、私が口を開いた瞬間だった。

 

――ピリリリリッ

 

何の変哲もない着信音。

夜蛾先生のケータイが鳴った音だった。

思わず中途半端に開けていた口を閉じた私を不審そうに見ながら、夜蛾先生は電話に出る。

間違いなく、さっき私と五条が視た光景だった。

短い言葉を交わしただけで先生は電話を切る。

私は、考えるより先に口を開いていた。

 

「夜蛾先生、その依頼、私と五条に行かせてください」

「はぁ?」

「駄目と云っても行きます」

「何を云っとるんだ、お前は。こんな大したことない任務にわざわざなんでお前らを」

「夏油、硝子。夜蛾先生をお願い」

「え?」

「五条、行こう。一回事務室寄るけど、多分車は出してもらわなくても場所は五条の術式でなんとかなる」

「わかった」

「おいお前ら、何を――……」

 

問題児の集まりと云われているこの学年は、けれど任務に対して不真面目でないことだけは私が保証する。そしてそれは夜蛾先生も知るところ。

ただの悪ふざけの雰囲気ではないことを察した夜蛾先生は、いつも以上に眉間に皺を寄せながら、じっと私を見つめた。

だから私も、まっすぐに先生を見る。

やましいことは何もない、と。

 

「帰ってきたら、ちゃんと説明します」

 

これは夏油と硝子にも向けての言葉だ。

ふたりとも、夜蛾先生と同じようにわけがわからないという顔をしているけれど、正直私も同じだ。

さっき視えたものがなんなのか、どうしてなのか、そもそも本当なのか判断するのはとても難しい。

ただ、少なくとも今は夜蛾先生を現場に行かせるわけにはいかない。

それだけは五条と同じ考えなようで、五条は文句も云わず私の指示に従ってくれている。

 

まだ何か云いたげな夜蛾先生を振り切って、教室を出る際、一度だけ後ろを振り返った。

すると不安そうな夏油と目が合った。

だから、出来るだけ安心してもらえるように笑って見せたら、夏油も笑ってくれた。

困ったような、寂しそうな、だけど私のことを信じてくれているそんな複雑な目をしていた。

 

大丈夫。

すぐに帰ってくる。

 

そう云うのは簡単だったけれど、私はギュッと唇を噛みしめて前を向いた。

信じてもらえているのだから、行動で示さなければならない。

 

私は、確かに未来を視たのだから。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

結論から云うと、任務はつつがなく完了した。

事務室で無理矢理奪ってきた依頼書はおおむね視た通りの内容だったし、場所も五条の術式で飛べた。さすがに一度では無理だったけれど、そう複雑な場所ではなかったのが幸いした。

移動中も現地についてからも、私と五条は一言も話さなかった。というか、話せなかった。

何を云えばいいのかわからなかったのだ。

 

けれど、お互い何をすればいいのかはわかっていた。

五条は術式で廃ホテル内の爆弾を処理し、私は呪詛師を探して踏んじばる。

そもそもこの依頼は高専に対して恨みを持っていた呪詛師が呪術師を殺すためにわざと流したデマ情報を掴まされた補助監督が受けた依頼で、任務に向かうのは誰でもよかったのだ。

たまたま高専に一級術師の夜蛾先生がいて、ただ呪詛師を捕まえるだけの簡単な任務だからわざわざ生徒を生かせる必要はないと判断して夜蛾先生に白羽の矢が立っただけ。

誰かを狙ったものではなかった。

周到な計画が立てられていたわけでもないから、呪詛師のくせに呪霊ではなく爆弾なんて物理的なものを使って呪術師を殺そうとした間抜けな呪詛師を捕まえて、はい終わり。

呪詛師は然るべき機関に突き出し、私と五条は高専に戻ってきた。

 

夜蛾先生が任務に就くことはなく、ホテルが爆発することはなく、呪詛師も捕まえた。

私の未来視は、初めて完全に未来に介入し、完全に未来を変えたのだ。

 

……これが一体どういうことなのか。

 

成長?

否、これが成長する類の術式ではないことくらい馬鹿でもわかる。

例え術式に目覚めて二年程度でも、自分の術式に対する理解くらいは出来なければ呪術界で生きていくのに話にならない。

あらゆる検証をした結果あのしょぼい術式だったのだし、術式としての成長は見込めないから大人しく補助監督に回ることを決めたのだ。

 

ただの偶然?

否、偶然で済ませられるような精度ではなかった。

夜蛾先生に電話が入るタイミング、視えた場所と建物、呪詛師の顔、背格好。お互いに確認はしなかったけれど、あのとき私たちが視えたものは完全に一致していた。

せめてどれか一つでも視たものと違っていれば考えられる話だったけれど、ここまで同じでは偶然なわけがない。

 

では――何故か。

 

「なぁ」

「……何?」

 

事務室からみんなが待つであろう教室に向かう廊下を、その長い脚で牛歩する五条は静かに云った。

 

「俺も、お前と同じこと考えてると思う」

 

そんな五条の言葉に、私は深く静かに息を吐いた。

何度も云うが五条は頭がいい。

少し考えれば、私と同じ結論に至ることくらいわかっていた。

それでも出来れば、違うと思いたかった。

 

「――六眼のせいだろ」

 

私の未来視が、六眼の干渉によって劇的に変化した。

多分、これが答えだ。

 

理由はわからない。

今まで散々殴り合いだのじゃれあいをしてきたというのに、何故今になってなのかもわからない。

それでも、それ以外に考えられないのだ。

 

自分の中にある術式が変化したわけではない。

もしかするとタイミングの問題だったかもしれない。

ただ、あの瞬間は確かに私の未来視はこれまでと別物になっていた。

 

教室に戻ると、私たちの帰還の連絡を受けていたらしいみんなが待ってくれていた。

みんなの視線が私に集まって、一瞬、躊躇った。

あと一歩踏み出して教室に入ってドアを閉めたら、私はみんなに説明をしなければならない。

そうすると云って飛び出したのだから、そして彼らはそれを見過ごしてくれたのだから、やっぱり私には説明の義務がある。

それに、黙っておけることでもないのだ。

術師として高専で生きている以上、術式の把握はある程度必要だ。

もちろん秘匿すること、自分の口で開示をすることで能力を発揮することなど例外はあるが、私のような術式の場合は味方には知らせておいてやっとある程度の効力があるわけで、ここまで劇的に進化――と便宜上云うことにする――した以上、説明というか情報の共有は必須になる。

 

でも、怖い。

私は普通だった。

ちょっと前世の記憶があってみんなが知らないことを知っていても、この世界に生きる人間としては普通かそれ以下の、術式すらも取るに足らない存在だったはずだ。

だからこそ今この場にいるはずだったのに。

 

もしもさっきの未来視が自在に操れたならそれは――もう、神の所業ではないのだろうか。

 

「行くぞ」

「!」

 

頭では行かなければならないとわかっているのに、なかなか足が動いてくれない私の背中を押してくれたのは、五条だった。

普段じゃ考えられないくらい優しく私の背中に手を添えて、勇気付けるように力を籠める。

その手は、気のせいでなければ少しだけ震えていたように思えた。

 

「――うん」

 

だから、私は頷いた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

五条と一緒に視たものを、三人にすべて話した。

三人は黙って真剣に私の話に耳を傾けてくれ、途中で一度も五条が何も口を挟まなかったということは、おそらく私は過不足なくちゃんと説明できたということだろう。

 

それから、少しだけ試してみたいことがあったので三人にも協力してもらった。

夜蛾先生、硝子、夏油の順で手に触れ、それぞれに呪力を込めてもらう。

予想は出来ていたことだけれど、何も起こらない。

これで確証が持てた。

 

「あの未来視は、五条の呪力と六眼による相乗効果の結果です」

 

単に質がいい呪力や術式では意味がない。

条件がそれならば、この三人のうち誰かで発動してもおかしくはないはずだ。

けれど、この三人では駄目だった。

なら、他の術師でも駄目だろう。

つまり進化した未来視に必要なのは、五条。

 

「……一度だけの発動ではまだ断定は出来んな。もう一度試せるか?」

 

腕を組んで唸るような声を上げて考えていた夜蛾先生が云うのは最もなことだった。

しかしこればっかりは私の独断では出来ないので、五条を窺うと当たり前のように頷かれた。

いきなりあんなもの視せられて文句の一つも云わないでいてくれるのはありがたいが、ちょっと拍子抜けと云うか、戸惑ってしまうのは個人的には当然のことだと思いたい。

いつものクソガキムーブがなくなると、そういえばこいつはイケメンなんだったと気付いてしまうからやっぱり五条はクソガキ十七歳児でいてほしい、なんて思ってしまうのは現実逃避だろう。

 

「はい」

 

そんなことを考えているとは億尾にも出さず、改めて夜蛾先生に向かって頷く。

それから、あの時はたまたまアイアンクローしていたけれど、別に呪力さえ受けられればどこに触れていても大丈夫だろうと判断し、みんなにしたように五条の手を取った。

あ、やばい、緊張する。

表面上は平静を装っていても、今までにない事態に陥っているという現実は想像よりも私の精神を揺さぶっているらしい。

五条の手に触れた自分の手が震えていることに気付いてしまい、情けない気持ちになった。

が、ここでも私を勇気付けてくれたのは五条だった。

私は恐る恐る触れたのに、遠慮なしに思いっきり私の手を引っ張ってぎゅうぎゅうと握りしめるから、さっきまでの緊張が吹っ飛んだ。

ちょっと痛かったけど、すぐに心地よい力にしてくれたから、ホッとして私は改めて深呼吸をした。

たまには頼りになるな、五条って。こういう時だけ頼もしくてありがたい。後でお礼しなくちゃ。

 

この際だ、ついでなのでみんなに説明しながら少し考えていたことも一緒に実験してしまおうと思い、顔を上げる。ってうわ顔近いまつ毛長い肌綺麗なんだこの男。い、いやそんなことよりも伝えなければ。

 

「私も試してみたいことがあるんだけど」

「俺がやることは?」

「ない。普通にしてて大丈夫」

「わかった」

 

理解が早くて助かる。でもあまりにもあっさり了承してくれるから、もしかしたら明日あたり槍の雨が降るのかもしれない。

軽く笑ってからお互いに頷き、私は集中するために目を閉じる。

 

それから私は自分の微量な呪力を込めた。

今までは、こんなことをしたって術式が展開されることなんてなかった。

一般人に毛が生えた程度の呪力量は込めたところで低級一匹祓えやしないし、余程集中しなければ自分の呪力を形にすることだってできなかったのだ。

タイミングも対象も何もかもが突拍子もない術式は、けれど今なら展開できるという不思議な確信があった。

 

そうして――視えた。

 

閉じた視界に割り入るように視えたのは、二年生ふたりだった。

灰原くんとナナミンは一緒に外のグラウンドで体力作りのマラソン中で、マラソンにしてはハイスピードで何故かしりとりをしながら走っている。

楽しそうなのは灰原くんだけで、ナナミンは集中して走りたいのかいつも以上に眉間に皺をよせながら、けれど無視はせずに律儀にしりとりに付き合ってあげていた。なんだかんだでナナミンは甘いし優しい。

そのあとしばらく走った二人はグラウンド横の水場に行き水を飲もうとして、老朽化していたのかナナミンが蛇口をひねった途端にものすごい勢いで水が噴き出して揃って水浸しになっている。

そうして、ずぶ濡れになった二人は、灰原くんは大笑いしながら、ナナミンは呆れたように笑いながら寮に戻っていった。

 

余談だが、私の未来視が役に立たないと云われる所以は、視える内容にある。

というか、視える内容が選べないことが最大の理由だ。

さっき夜蛾先生の危機を視ることが出来たのは本当にラッキーで、あとは以前私が夏油を庇ったときのこともそう。いつも重要なことが視えるとは限らず、今のようにただ日常の延長を視るだけのときもあるし、なんなら割合で云うとそっちの方が多い。

お偉方が私を重要視しないのは、その辺も大きくかかわっているのだ。まぁ別に特別扱いされたいわけじゃないからいいんだけど。

頭の隅でそんなことを考えていると、唐突に視界がブレた。

 

「――おいッ!!」

「ッあっ?」

 

思い切り肩を揺さぶられ、二人が寮に消えていったところでヴィジョンは閉じた。

途端、酷い頭痛に加えて眩暈と吐き気に襲われ、それからいつの間にか鼻血が出ていることに気付いたのは五条の手が真っ赤に染まっていたからだった。

どうやら少し意識が飛んでいたらしいけどもっと優しい起こし方はなかったのか、と抗議する気は引っ込んだ。

 

なるほど、こういう副作用になるわけか。

慌てた硝子にタオルを押し付けられながら、どこか冷静な部分で分析する。

あとは確認することは一つだ。

 

「五条、今のは視えた?」

「最後の一瞬だけ視えた。でも呪力がごっそり持ってかれた感覚だけはずっとあった。どういうことだ……っつーかその前に鼻血! 硝子頼む!」

 

いや鼻血くらい別にいいのに、と思っても、私が何かを云う前に硝子に反転術式を施されてしまった。こんなことで貴重な術式を使ってくれなくて大丈夫なんだけど。

おかげですぐに鼻血は止まったけれど、出たものは戻らないわけで、若干グロイ現場みたいになってしまった。特に五条ごめん、正面にいたし真っ先に手を伸ばしてくれたおかげで制服にまで血がついてしまっている。

いくら予備があるとはいえ、制服は決して安くない。あとで血抜きしてあげなければ。いやそもそも他人の鼻血がついた制服をまた着たいだろうか。

やべー買い直しかなーと考えていると、いつの間にか夏油がタオルを濡らしてきてくれたらしい。顔面血塗れでカピカピし始めていたのでこれはありがたい。遠慮なく受け取って顔を拭いたら、気分も少しすっきりした。まだ頭はガンガンするけど、このくらいはいつものことだ。吐き気は一応収まった。

 

「硝子、ありがと。もう平気。夏油もタオルありがとね」

「本当? どこか痛いとか違和感とか本当にない?」

「うん、大丈夫。私、頑丈なのが取り柄だし」

「でも」

「ほんとに大丈夫だよ」

 

まだ何か云いたそうな顔をしている硝子にへらりと笑ってみせると、諦めたようにため息を吐いてお手上げだというふうに両手を上げた。諦めたというより呆れたのかもしれない。いや、本当申し訳ない。

気遣ってくれるのはありがたいけど、今は結果を報告しなければ。

 

手を洗いに行った五条が戻ってきて、ちょっと落ち着いたところで私は夜蛾先生を振り返る。

 

「夜蛾先生、確定です。これは、五条の呪力と六眼の力を私が借りて初めて発動する術式みたいです。でも、主導権は私にある」

「というと?」

「先生を視たときは初めてのことだったし何も備えていませんでした。だから多分五条にも強制的に同じものを視せてしまった。でも今は、意識して五条には視えないように出来るか試したんです。結果、私は視えて、五条は視えずに呪力だけ私に譲渡した形になりました」

「なるほど……」

「だからさっきよりお前に負担行ってんのか。術式が進化してもお前にダメージあるなら使えないだろ」

「でも、少なくとも前よりは役に立つ」

 

口にしてからハッとする。

思ったよりも、鋭くなってしまった。

眉間に皺を寄せた五条の云いたいことはわかる。

 

詳しくは試してみないとわからないけれど、もう少し五条にかかる負荷を多くすれば、私はさっきのほどのダメージを受けずに済むだろう。

割合で云えば、最初の未来視は半分半分、さっきの未来視は五条から呪力をもらっていることを加味して私が九割程度の負荷を受け持った形になる。

そして割合はおそらく、0と100にはならない。

何故なら術式は私のものだし、呪力は五条からもらわないといけないから、そこはどうしたって最低一割程度負担することになるからだ。

そして、負荷の多さに比例して、情報が共有される仕組みだと考えている。

この仕組みは、遅かれ早かれ当事者である五条にはバレる。

クズだなんだと云われても、基本的には身内に甘い五条のことだ。どんな形でも私がダメージを受けるような術式には今後協力してくれないかもしれないけれど、そこはうまく云い包め――説得できる自信がある。

 

「役に立つなら役に立てたい。役立たずのままは、嫌だから」

 

自分の術式の変化は、正直怖い。

普通で平凡だった術式がここまで進化するともう別物のようで戸惑うし、かといって一人ではやっぱり何も出来ないままというのはある意味落ち込む。

でも、これはチャンスでもあるのだ。

私は私に出来ることを精一杯やってきたから、どんなにしょっぱい術式しかない自分でも不満はなかった。

けれどこの進化した術式があれば、出来ることが増える。

 

私はもっと――夏油を助けられる。

 

そのためなら、例え自分の身体がどうなろうと関係ない。

私がそこまで考えているかどうかまではわからなくとも、五条には私が自分の身を顧みない気でいると取れたのだろう。ますます不機嫌そうに顔を歪めたけれど、ガシガシと頭を掻いて私から目をそらしてしまった。

検証するにせよしないにせよ、五条とは話す必要があるだろう。

とりあえず今は余計なことは云わないと判断したらしいので、私も一旦五条から注目を外した。

 

あとは、このことを誰にどこまで話すか。

私の話を聞いた夜蛾先生は終始難しい顔で黙っている。

多分、これが簡単に上層部に報告できるようなことではないとわかっているからだろう。

もしもこの進化した未来視を自在に操れるなら、もはや未来視ではない。

 

――未来予知。

 

ああ、前世でも読んだ漫画で、特殊能力ありきの世界観だと未来予知系能力は一際大切にされてたなーとずきずきと痛む頭で考える。ここだと大切にはされなさそうだ。重宝はされそうだけど。悪い意味で。

そう簡単に出来るものではないとはいえ、権力と特別扱いが大好きで自分が一番じゃないと駄々を捏ねちゃうオールドチャイルドの巣窟である上層部がこんな術式のことを知ったら。

嫌なことだけど、この力を巡って最悪内紛が起きかねない。

だから先生は割り箸が挟めそうなほど深い皺を眉間に寄せているのだ。

そうして先生は私と五条を見て、唸るように呟いた。

 

「だが、これを上層部に報告するのは正直……」

「そこは先生の判断にお任せします」

 

きっぱりと云うと、先生は驚いたように目を見開いた。

 

「いいのか」

「夜蛾先生のことは信じてますから」

 

ね、と五条を見ると、五条も黙って頷いていた。

にっこりと笑顔を見せれば、先生は諦めたように笑って息を吐く。

 

「……わかった。少し考えさせてくれ」

 

そう云って夜蛾先生は教室を出て行った。

ただでさえ次期学長就任が決定して大変なのに、考えなければならないことを山ほど増やしてしまって申し訳ない。

未来視がすごいとはいえ大元が私なんだからそう大事にはならないと信じたいんだけど、なまじ五条という御三家筆頭が関わっているから、どうしたってひと悶着は起きるだろう。

ならばせめて騒動は最小限にしたいというのが夜蛾先生の考えだと思う。

 

どう転ぶにしても、方々と話し合う必要があるのは仕方のないことだ。

私は逃げも隠れもするつもりはないけど、夜蛾先生の立場では楽観的ではいられない。それがわかっているから、細かい判断は先生にお願いすることにした。

 

で、問題はこっち。

夜蛾先生を見送って一息つくと、夏油に名前を呼ばれたので大人しく振り返る。

云われることは想像できるけど、無視するわけにもいかない。

さて、私に対してかなり過保護な夏油と、夏油ほどでなくとも私が負傷するたびに苦い顔で治療してくれたいた硝子をどう説得しようか。

しかし振り返った私に夏油が云った言葉は、少しだけ、予想外のものだった。

 

「君を役立たずだなんて思ったことは一度もないよ」

 

悲しそうに、夏油は云った。

五条も硝子も、同じような顔をしていた。

 

……知ってるよ、そんなこと。

ここにいる人たちはみんな優しいから、私のことを役立たずだとか足手まといだとか、そういうことを云ったことは一度だってない。

私はそれをちゃんと理解している。

 

だけど、世間から見たら私は役立たずに他ならないのだ。

碌な術式でもないのに使いこなせもしないなんて、術師と名乗るなんて烏滸がましいと思われていることを、私はちゃんと知っているし、真っ当な意見だと思っている。

それを負い目には思っていないけれど、その評価を受けている私がこの場にいることに申し訳なさはあった。

 

「ありがとう。大丈夫、それはちゃんとわかってるよ」

「だったらどうして役立たずだなんて!」

「みんなは違っても、上層部が私を役立たずだと思ってるのは事実でしょ?」

「腐ったミカンのことなんて気にするな。あんなやつらに君の価値なんてわかるわけはないんだから」

「あは、夏油は私を買い被りすぎてない?」

「茶化さないでくれ」

「うん、ごめん。でも、少なくとも上層部の意見は、大多数の『私を知らない人』からの評価と同じだよ」

「!」

 

言葉を詰まらせた夏油に、私は小さく笑う。

上層部の意見だから気にするのではない。

結局のところ私たちは子供で、学生で、組織の一部に過ぎない。

高専に身を置くということは、認め合った人たちの間だけで完結するような簡単な話ではないのだ。

『私を知らない人』とはつまり世間や業界のことであり、社会の中で生きている以上その大多数の意見を完全に無視することは出来ない。

だから結局、私たちは嫌でも上層部の意見に耳を傾ける必要があるのだ。

 

もう少し私が使えれば。

もっと術式を使いこなせていれば。

 

無理だとわかっていても、いつも頭の中にあった願いが、思いもよらない形で昇華された。

だから私はこれをチャンスだと思った。

 

――少なくとも、このときは。

 

だから私は、どうにかうまい形でこの力を役立てたいと思っていた。

自分一人ではどうにかできないので五条に頼むしかないのが不甲斐ないけど、その辺はもう諦めるしかない。所詮は私なのである。

いや、でもさっきは初めてだったし自分でもちょっと無茶した感はあったから、今後特訓すれば自分にも五条にもちょうどいいラインで使えるようになると思うのだ。

 

「あ、勘違いしないでね、私は私を過小評価はしてないし、やけくそになってるわけでもないの。少なくとも補助監督としては優秀なつもりだし」

「当たり前だ。君に助けられた術師は私たちだけじゃないはずなんだから」

「助けたっていうか、まぁそもそも優秀な人たちなんだし、ちょっと手助けした程度だけどね。とにかく、それでも私に出来ることが増えるなら、私は何でもしたいんだよ」

 

考えるに、本当に私は呪力量が少ないのだろう。

特級二人は置いといても、硝子や夜蛾先生、灰原くんにナナミンには遠く及ばない呪力量だし、この春高専に入学してきた伊地知くんも私に似たタイプで術式が戦闘向けではないのだけれど、その伊地知くんよりももっと少ない。下手したら、持ってる一般人よりも少ないかもしれない。

もしかすると、だから術式を使えていなかった可能性があった。

術式自体はそこそこ使えるものなのに、呪力量が少ないせいで十分に術式を展開できていなかったのかもしれないのだ。

それを、どういう理屈か知らないけれど五条の呪力と六眼で補える。

つまり、五条の手を借りるとはいえ術式を使いこなせれば、役立たずではなくなる。

とはいえどちらにせよ戦闘向きではないのは確かなので、補助監督という立場は変わらないけれど、少なくともこれまでのような役立たず扱いはされないはずだ。

みんなの傍にいても、みんなが私を傍に置いてくれても、もう誰も文句はないはずだ。

 

例え代償に自分にダメージがあったとしても、それは等価交換だ。

最初から優秀な術式なのではなく、何かを引き換えに手に入れる優秀さなのであれば、何の代償もなく手に入れられるなんて虫のいい話はない。

ノーリスクでいきなり優秀になれるなんて、最初から期待はしていないのだ。

 

「私は、私に出来ることがあるなら諦めたくない。みんなの役に立ちたいの」

 

一度大きく口を開けた夏油は、しかし何かを飲み込むようにグッと歯を食いしばって口を噤んだ。

夏油は優しいから、みんなの役に立ちたいという私の気持ちを尊重したいのだ。でも、どんな形でも私自身への負荷がかかることを嫌がっている。

そこまでして役に立とうとしなくていいと、本当はそう云いたいのだろう。

しかしそれが私の意に反するのがわかっているから、苦し気に顔を歪ませて何も云わない。

本当に優しい人だ。

そんな夏油だから、私は守りたい。

 

前世の記憶を思い出して、高専に入って夏油の未来を守ると決めたときから随分一緒に過ごした。

あのときは単なる顔が好きな推しキャラだから、あんな悲しい結末は嫌だという一心で守ると誓ったけれど、今はそれだけじゃない。

大切な友人の一人として、私は夏油に幸せになってもらいたい。

夏油が心から笑える世界で生きて欲しい。

2017年のクリスマスにみんなでケーキを囲みたいし、2018年のハロウィンで仮装してバカ騒ぎしたい。

そのために出来ることなら、私はなんだってする。

 

夏油が笑ってさえいたら、そこに私がいる必要はない。

 

私は、夏油の幸せの為に生きて死ぬと、もう決めたのだ。

 

私が一度決めたことは絶対に曲げないことは、みんなもうわかっている。

だから夏油は諦めたように息を吐き、云った。

 

「……絶対に無茶はしないでくれ」

「うん、わかってる。硝子に迷惑もかけたくないし、その辺もコントロールできるようにするよ」

「あんたの治療は別に迷惑じゃないよ。でも、私も無茶はしないでほしいと思ってるからね」

「ありがと硝子。わかってる」

 

多分、ふたりとも云いたいことは山ほどあったのだと思う。

それでも私の意見を尊重しようとしてくれて、すべての言葉を飲み込んでくれた。

だから私はその優しさに甘えることにした。

 

「ありがとね」

 

ふたりの手を取り云うと、夏油と硝子は顔を見合わせ、困ったように笑ってくれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

結局この日の授業はすべて自習になり、今までため込んでいた課題をこなして一日が終わった。

放課後は硝子が医務室に向かい、夏油は灰原くんとナナミンに頼まれて体術の特訓。ちなみに未来予知は当たっていたようで、本当にあの時間ふたりはグランドを走っていたし水浸しになって一度着替えに寮に戻ったということだった。

びっくりしたように『なんでわかったんですか!』とはしゃいだ様子の灰原くんにはあとで説明すると云って、私は五条と一緒に寮に戻った。

今日はもう疲れたし、夕飯の時間まで少し休みたい。

 

五条も今日は私と話す気もないようだから、一言断ってさっさと部屋に行こうとすると、階段を上りかけたところで五条に声を掛けられた。

 

「おい」

「うん?」

「お前、今じゃなくていいから全部説明しろよ」

 

思わず振り返る。

サングラス越しにもわかるほどの視線を受けて、少しだけ喉が詰まる。

まるで悪戯が見つかった子供のような居心地の悪さを感じ、咄嗟にへらりと笑って私は云った。

 

「うん、あとでちゃんと……」

「そうじゃなくて」

 

言葉を遮った五条を怪訝な顔で見ると、五条はまっすぐに私を見つめていた。

 

「全部、もう隠すなよ」

 

少なくとも、俺には、と。

 

「――……」

 

その目は、私をどこまで視たのだろうか。

水色の、ガラス玉のような、海に映った空のような果てしない美しさを持った瞳に射抜かれた私は――ああ、もう五条はわかっているのだ、と悟った。

 

 

 

 

 




主人公

一定条件下でのみ進化した未来視が使えるようになったので、晴れて役立たず卒業かと思いきや、一人じゃ今まで通りの術式なので正直あんまり意味はない(と思っている)
冷静なように見えて、今後のことにちゃんと目を向けられない状態。確かにすごい術式だけど所詮私やで? と思ってるのが大間違いだと気付くのは数か月後


五条悟

主人公の術式に唯一干渉できる存在。六眼の可能性が無限大過ぎて怖い
すでに今後起こることを予期して吐き気がしてるけど、どうやら主人公が気付いていない様子なのでどうしようかと思っている。珍しく真剣に悩んでいるが誰にも相談できないのでちょっと胃が痛い


夏油傑

主人公の術式が進化したのはすごいと思うけどそのきっかけが自分ではなく親友である五条なことがちょっと複雑。なんで私じゃダメなんだろう…
みんなの役に立ちたいという主人公の気持ちは尊重したいけど、身体に負担をかけてまで役に立たなくていいと思う。でも主人公の頑固さもわかっているから、【件】みたいな呪霊がいたら絶対手に入れようと思っている
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