前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
ショタってこういうので合ってますか?????
いつも通り任務を終えて高専に戻り、報告書の提出がてら他の仕事を片付けるために事務室に向かうと、応接用のソファにちょこんと座る子供が一人。
少し長めの黒い髪、子供らしく愛らしいふっくらとした頬、戸惑う表情を浮かべる目は切れ長気味で、あどけないながらも顔の整い具合が滲み出ていた。ちなみに男の子。……だよな? ボーイッシュな女の子ということもありうるけれど、私のセブンセンシズがこの子は男児だと告げている。
あれ、ていうかなんかこの子、誰かに似てるような。
目が合ったので反射的に笑顔を浮かべてみると、その子は迷うように視線を彷徨わせてから、ぺこりとお辞儀をしてくれた。
うわっ可愛い。
自慢じゃないが私は子供好きである。
将来は結婚して最低でも二人は子供が欲しいし、叶うならば男の子と女の子という順番で欲しい。もちろん女の子ふたりでも、男の子ふたりでも、女の子と男の子でも構わない。とにかく自分が前世も今世も一人っ子ということもあり、兄弟姉妹にものすごい憧れがあるのだ。閑話休題。
一先ず自分のデスクに荷物を置いてから、誰かに連絡してみようかと考えた。
何せ事務室にはその子一人がぽつんと残っている状態で、他に補助監督の一人もいないのだ。いくらなんでもセキュリティがばがばすぎやしませんか、呪術高専。
もしこの子が天才ハッカーとかでパソコンのデータ全部抜かれたり改竄されてたらどうするんだろう。まぁまだ書類管理してるものの方が重要性が高い時代だから万が一があっても大丈夫だろうけども、もう少しましな対応はあったんじゃないですかね。
どっちみち帰還報告はする予定だったし、とりあえず夜蛾先生にでも連絡するか、とケータイを取り出したときだった。
「おお、戻ってたのか」
がらりとドアを開けて入ってきたのは、この時期はまだサングラスしてないけど十年後には『ガッデェム』とか云いそうな風貌になる我らが頼れる担任である。未来視なんてなくても何となく想像できちゃうよね。
「お疲れ様です。ついさっき戻ったんですけど、この子どうしたんですか?」
迷子保護ですか、と首を傾げると、夜蛾先生はゆっくりと首を振った。横。つまり否定。
じゃあまさか誘拐……ハッとして先生を見たら間髪入れずにアイアンクローを食らいました。痛いですごめんなさい冗談ですやめてください。
まったく、口にしてないのにどうしてわかったのか。夜蛾先生とツーカーになっても全然嬉しくない、と考えていたら、指先に更なる力が込められた。こめかみが取れるかと思った。これは立派な暴力なので、教育委員会に訴えようと思う。
「一応云っておくが、全部口に出てるからな」
「え、やだ私ったらドジッ子……」
こんなやり取りをしている私たちを、子供は静かに眺めている。これくらいの男の子って、多少やんちゃなイメージなんだけど、この子は大人しいというか礼儀正しいというか。戸惑った様子ではあるものの、立ち上がったりこちらを指さして笑ったりもしない。
漸くアイアンクローから解放された私は、そう云えばデスクの引き出しにお菓子が入っていることを思い出したのでこの可愛らしい子にあげることにした。どうせ私お菓子あんまり食べないし、子供はお菓子が好きだろうという安直な考えでバームクーヘンを差し出すと、また控えめな笑顔を浮かべて受け取ってくれた。
こ、これが萌えというやつだろうか。
私は断じてショタコンではないはずなのに、この子の笑顔には胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けてしまった。
おかしい。私のドストライクは夏油だ。
あの顔ならば一時間でも二時間でも眺めていられるし、あの顔を肴にお酒も飲める気がする。あ、まだ未成年なので飲酒はしてないのでご心配なく。
そう考えてふと気付く。
あ、この子、誰かに似てると思ったら、夏油に似てるんだ。
いくらなんでも夏油だって生まれた時からあの顔だったわけがなく、それなりに幼少期というものがあったはずで、そう、もしもこの子が小学校低学年の頃の夏油だよ、と云われたら納得できそうな面影がある。
もしかして夏油の弟くんだろうか。
兄弟がいるような話は聞いたことがなかったけれど、わざわざ報告するようなことでもないし完全にプライベートな内容だし、もし五条や硝子には話していたとしても、私がツンツンしてた時期のことだったら当然私の耳には入らない。
いやそれにしても夏油家の遺伝子強いなぁ。ちょっとご両親のお顔が気になります。絶対美形だと思う。
しかしまぁ夜蛾先生が来たのならこの子については大丈夫だろう。
これでも一応忙しい身なので溜まった仕事に手を付けようとして、夜蛾先生の硬い声に思わず私は固まった。
「傑だ」
「え?」
聴こえてないわけじゃないんだけど、思わず聞き返してしまった。
夏油が何だって?
まさかさっきの私の予想というか妄想が口に出ていたのか?
振り返って夜蛾先生を見ると、深くため息を吐き出した。
「だから、この子は間違いなく夏油傑なんだ」
腕を組んで渋面になっている夜蛾先生が嘘をついている様子はない。そもそも、こんな嘘をつくメリットがない。人を騙して揶揄って笑いたい五条じゃあるまいし、この状況で先生が冗談を云うこともないだろう。
余談であり本題でもあるが私には前世の記憶がある。たまに自分でも忘れがちになる設定だが、一応私は普通であって普通ではない人間なのである。
ついでにファンタジーもくそもない世界からこのファンタジーと呪術の溢れる世界に生まれ変わったことで、割とイロモノ展開にも柔軟に対応できている方だと自負している。
つまり何が云いたいかというと、この子が何らかの呪いに罹って子供の姿になった夏油なのだと云われても、びっくりするほどあっさりと納得できちゃうのだ。
とはいえ鵜呑みにする前に、一応は確認してみよう。
「本当に夏油なんですか?」
「そうだ」
「確証がある?」
「同行していた補助監督の目の前でこの姿になったと報告を受けている」
「なる、ほど」
じゃあ本当なのだろう。
それこそ、補助監督がそんな嘘をつく必要性がない。
ついでに記憶も年齢相応になっているらしい。
マジか。
思わず勢いよく振り返って美少年――夏油少年を見ると、彼はびくりと肩を震わせた。純粋にいきなり私が振り返ったからびっくりしたのだろう。そう思いたい。そう思おう。
別にショックなんて受けていない。
「ね、傑くん」
「は、はい」
可愛いかよ。
急に呼ばれて肩を跳ねさせた傑くん――夏油(十七歳の姿)と差別化するためにこう呼ばせてもらう――に、なるべく怯えられないよう笑顔を浮かべて、云う。
「お腹、空かない?」
◇◆◇◆
一応夜蛾先生の許可をもらって、私と傑くんはスーパーに買い物に行った。
丁度寮の冷蔵庫が空っぽで買い物に行かなくちゃいけなかったし、傑くんには寮で待っていてもらおうかと思ったんだけど、一緒に来たいと云われてしまっては断れない。
そうして作ったのはサンドイッチ。
子供ならホットケーキとかの方がいいのかと思ったのだけど、子供でも相手は夏油。甘いものよりは食事系のほうがいいと考えてサンドイッチにしたのは、どうやら正解だったらしい。
「美味しいです」
「本当? よかった、嬉しいな。たくさん食べてね」
定番の卵にハムチーズ、それからスモークサーモンとクリームチーズにレタスとツナマヨのサンドイッチ。子供の頃の夏油がどれくらい食べるかわからなかったので、とりあえずいろんな種類をたくさん作ってみた。余ったら冷蔵庫に入れておけば誰か食べるだろうし。
夏油は格闘技が趣味なだけあってよく動くから、普段から結構食べる。冗談抜きに私の十倍は食べる。私が小食すぎるということを置いといても、かなりの健啖家なのだ。
さすがに十七歳のときほどではなくとも、傑くんはよく食べた。
テーブルの上に並べたサンドイッチをキラキラとした目で見つめ、本当に食べていいのか、と訊くのでもちろんだと頷いて見せると、おずおずと手を伸ばしぱくりと一口。パァッと表情を明るくして、そこからは全種類のサンドイッチをしっかり噛みしめながら平らげた。
遠慮がちに、もう一ついいですかと訊くので、好きなだけどうぞと云うと、嬉しそうに笑ってくれた。
うわー、可愛い。
これは可愛い。
簡単なものしか用意できなかったのにこんなに喜んでくれて、なんだか逆に申し訳なくなってきた。
「傑くん、スープ作ったら飲む?」
「は、はいっ」
「おっけー、じゃあちょっと待っててね」
細かく切った野菜とコンソメで簡単なスープを作る。具が小さいのですぐに火が通るし、最後に溶き卵を入れて塩コショウで整えたら完成だ。
パクパクとサンドイッチ食べ続けながら、出来上がったスープをキラキラとした目で見つめる姿は、なんというか、大好物を前にした犬のように見えてしまう。違うんです馬鹿にしてるんじゃなくてものすごく可愛いんです。語彙力がないから犬みたいとかいってごめんなさい、絶対バレないようにします。
それにしても未来のイケメンはこの時点でイケメンのオーラが漂っているんだなぁとどこか感動しつつ、よそったスープを傑くんに差し出した。
「どうぞ、熱いから気を付けてね」
「はいっ」
元気に返事をして、手に持っていたサンドイッチを綺麗に食べ終え、差し出したスープの前で手を合わせる。
普段から夏油は行儀がいい――食事に関して、に限る――と思ってたけど、成長して人を謀る分別がついたから見栄えのためにやっていたわけではなく、この頃からすでに行儀のいい子だったらしい。
つまり、ご両親の教育の賜物。
素晴らしいご両親なのだろうなぁと想像がついて、妙に嬉しくなってしまった。って、私はどの立場の人間なんだっていうね。
「! すごく美味しいです!!」
息を吹きかけて冷ましたスープを口に運ぶと、パァッと顔を輝かせる。嬉しい感想を云って、本当に美味しそうに食べ続けてくれる姿は、作った側からしたらそれだけで幸せだ。
「ふふ、よかった」
無邪気に笑顔を返してくれる傑くんに、私もにっこりと笑顔を返した。
しばらくの間、一生懸命サンドイッチとスープを頬張る傑くんを眺めながらぼんやりしていると、誰かが帰ってきた気配がした。五条は今五条家に顔を出していて不在だから、硝子だろうか。
硝子なら夏油にかかった呪いもなんとか出来るかもしれない。しかしばたばたと忙しない足音がしたことから、これは硝子ではないと察する。となると。
「せんぱーい!! お手伝いに来ました!!」
「おー、おかえり灰原くん、ナナミン」
予想通り、現れたのは後輩二人だった。
手伝いに、ということはおそらく、帰還報告の際に夜蛾先生あたりにだいたいの事情を聞いたのだろう。私一人では出来ることも限られてくるから、二人が来てくれたのはものすごく助かる。
共有スペースに顔を出した二人は、サンドイッチを持って驚いたように目を瞬いている傑くんを見て、感心したように息を吐いた。
「ほあー、夏油さん、本当に子供なんですね」
「ねー、めっちゃ可愛いよね」
「かわ……まぁ、はい。いつもの夏油さんに比べたら百倍可愛いですけど」
「えーっ普段の夏油さんだって可愛いじゃないか!」
「例えば?」
「先輩の前だと妙に格好つけるところ」
「灰原それ以上は駄目だ」
いつも思うんだけど、この二人のやりとりってコントみたいで面白いよね。率直な意見を口にすると、灰原くんは照れたように笑い、ナナミンはものすごい渋面になった。ご、ごめんよ。
それから、ハッとする。
慌てて傑くんを見ると、いきなり目の前で始まった賑やかなやり取りに目を白黒させている。
「急に賑やかになっちゃったねぇ。こういうの、大丈夫?」
「は、はい。……みんな、知り合いなんですか?」
ぽかんとする様子は年相応で可愛らしい。
撫でくり回したくなる衝動を堪え、ひとつ咳払いをしてから私は云った。
「灰原くんとナナミンは私たちの後輩。出来のいい後輩でね~、毎日助けてもらってます」
簡単に紹介すると、出来のいい後輩二人はそれぞれ丁寧に自己紹介をした。どこに出しても恥ずかしくない後輩でお姉さんは嬉しいよ。
傑くんも小さく頭を下げて挨拶をする。何故名前を云うだけなのにこんなにも可愛いのだろうか。子供ってすごい。
若干感心してから、ほのぼのと会話を続けていた二人に手を打った。
「あ、ふたりもサンドイッチ食べない? たくさん作ったし、一緒に食べた方が楽しいよ」
「いいんですか!? やった、お腹空いてたんですよ!」
「灰原、少しは遠慮というものを」
――グ~……
「……いただきます」
「ふふ、どうぞ召し上がれ」
任務帰りで疲れていたから油断したんだろう。ほんのり頬を赤くするナナミンが萌えキャラだな、なんて思ってしまってすみません。口にしなかった私を褒めてください。
そんなわけで仲良く四人でサンドイッチを食べることになったのです。
手を洗うついでにふたりには制服から着替えてきてもらった。あまり気にしてはいないようだけれど、真っ黒い制服で体格のいい男子二人が目の前にいたら、傑くんが委縮してしまうのではないかと思ったのだ。
社交的な灰原くんとはもちろん、あまり笑わないしなまじ顔立ちが整いすぎているせいでパッと見ちょっと怖く見えるナナミンともにこやかに話しているけれど、多分傑くんは人見知りだ。
夏油は私がいない場合は率先して会話をリードしているから人見知りではないしむしろあいつが人見知りだなんて云っても全く信用しないが、傑くんは違う。
決定的な理由があったわけではないけれど、なんとなく灰原くんとナナミンに対して、壁のようなものを感じた。
それは、夏油が時折見せる冷めた表情にどこか似ていた。
傑くんがどんな生活をしていたのか私にはわからない。でも、笑顔を浮かべながら人との距離を図らなければならないような環境ではあったのだろう。
そう考えると、無性に抱きしめてあげたくなった。セクハラを訴えられたら勝てないのでしないですけど。
何にせよ、少なくとも今はわいわい楽しいごはんタイムだ。
「うわ、おいしい! このたまごサンドめちゃくちゃおいしいですよ先輩! あ、夏油さん……今は夏油くんのほうがいいかな!? 食べた? 食べな!」
「灰原うるさい黙って食べろ。でも、本当においしいです」
「んっふふ、ありがと。遠慮しないでたくさん食べてね」
「先輩はあんまり食べてないんじゃないですか?」
「ソンナコトナイヨ」
「何故片言になるんです。嘘のつけない人ですね……」
いや、でも、一切れ食べたよ。食欲旺盛な君たちほど食べてないだけで、小食なりに食べたと思うんですよ。固形物は三日ぶりですけど。
呆れたようなナナミンの視線から逃げると、正面にいた傑くんと目が合ってしまった。
そして。
「お姉さん、あんまりお腹空いてないのに、僕のためにご飯用意してくれたんですか?」
その顔はずるい。
無自覚だとしたらやっぱり人誑しの才能あったんだね、君。将来が恐ろしいです。
純粋そうに澄んだ目に、なんだか私は嘘をついてはいけないような気がしてしまった。
正直に云えば、その通りだ。
そもそも私はお腹が空いていなかったし、あのまま一人でいればいつものゼリー飲料だけ飲みながら仕事を続けていただろう。
事務室のソファで大人しくしていた傑くんに声をかけたのは少しの好奇心と友人としての心配からで、あっという間にバームクーヘンを食べた傑くんが空腹そうだと思ったから、何か作ってあげようと思っただけだ。
自分のためではなく、傑くんのため。
問題は、それを私はまったく負担だとも思っていないのに、傑くんは『自分のせいでご飯を作る羽目になった』と思っているところ。
うーん、夏油の気にしぃな性格はもう完成されていたのか。
こんな子供に覚られるなんて、私もまだまだだなぁ。
「先輩はね、ご飯食べるのが好きじゃないんだよ」
「ちょ、灰原くん!?」
突然のリークに慌てた私を遮ったのは、なんとナナミンだった。
「下手するとゼリー飲料だけで一週間とか過ごしますからね。夏油さ……くん。よければ先輩にもサンドイッチを食べさせてあげてください」
「ナナミンまで……」
灰原くんとナナミンの連係プレーは日ごろ評価してたけど、まさかこんな時にまで発揮されるとは。
しかも傑くんを巻き込むとは、やり方が汚い。
大皿のサンドイッチと私を交互に見ながら困っている傑くんに、さっきひときれ食べたからもう十分だと云うと、傑くんはなんだか寂しそうに眉を下げてぽつりと云った。
「お姉さんは、ご飯食べるの嫌い?」
純粋に不思議そうに首を傾げる傑くんの視線から逃げることが出来ず、私は口の中でもごもごと言い訳を転がした。
「嫌いなわけじゃあ、ないんだけど」
嫌いでは、ない。
それは確かだ。
ただ進んで食べたいと思わないだけで。
少なくとも、自分が楽しむための食事には興味がない、というだけで。
私の言葉を聞いた傑くんは、私とサンドイッチとスープに何度か視線を移し、手に持っていたサンドイッチを急いで食べ終えた。
何を急に急ぐのか、と思っていると、改めた様子でしっかりと私に向き直って口を開いた。
「僕も、ちょっとご飯苦手なときあったよ。その、なんか、全然食べる気しなくなっちゃって」
ドキリとした。
それは、もしや――呪霊操術に目覚めた時の事だろうか、と。
「でもね、ご飯って大事だなって気付いたんだ。お腹が空いてると嫌なこといっぱい考えちゃうし、美味しいものを食べると幸せになれるんだよ」
人間は生きている限りお腹が空く。これは人間だけではなく生き物すべてだけれど、他の動物と違い人間は食事に楽しみだとか幸福だとかを見出せる生き物だ。
『美味しいものを食べたい。』
『美味しいものを食べたら嬉しい。』
『いろんな食材をいろんな方法で食べるのが楽しい。』
『誰かと食べる食事は美味しくて幸せだ。』
生きるためだけならば、ただ空腹を満たすだけでいいはず。しかしそうならないということは、きっと人間にとっては必要な感情なのだろう。そういうのは専門分野じゃないから詳しくないけど、多分、そういうことなんだと思う。
私だって昔はそうだった。
元々大食漢ではなかったけれど、それなりに食べることは好きだったし、お菓子作りはもちろん、料理だって美味しいものを作って食べたかったから始めたようなものだ。
わかってる。
本当は、そうであるべきだと思っている。
だからこの拒食は、単なる私の自己満足で我が儘だ。
以前灰原くんに指摘されてもある程度開き直っていたのに、どうしてか傑くんに現実を突きつけられると怯んでしまう。
決して夏油のせいではない。
理由ではあっても原因ではない。
わかっているのに、未だに私は食事に対して二の足を踏んでしまう。
自分の本意ではなく、口にするのもおぞましい味の呪霊をその口にしなければならない夏油。
彼の代わりはおらず、彼の苦痛を和らげることが出来ない自分。
特級を冠するほどの術式に対して、私のような一般人が何かしたいと思うのはおこがましいのかもしれないけれど、知ってしまったから何かしたい、と思ってしまうのはやはり人間の高慢さ。
いつまでもこのままではいけないとわかっていても、どうしても昔のように食事を楽しむことは難しい。
さすがにこれを傑くんに説明するのは違うから、どうしたら納得してもらえるだろうかと考えていると、新しいサンドイッチを手に取った傑くんが改めて私に向かって云った。
「僕、このサンドイッチ大好き。とっても美味しくて、優しい味がするから」
だからお姉さん、一緒に食べよう、と。
可愛らしく、穏やかな笑顔で差し出されたサンドイッチを拒否することなんて私には出来なかった。
そうして、自分でも驚くほどすんなり受け取り、口に運ぶ。
作ったのは私なのに、何故だか初めて手にするもののように感じたのは気のせいだろうか。
傑くんと後輩二人が黙ってこちらを見つめる中、ゆっくりと咀嚼して、飲み込む。
「――本当だ。美味しいね」
別に私は味覚障害じゃない。ちょっと小食なだけだ。
五条や夏油が何を食べたいどれが食べたいだの押し付けリクエストをして来れば、余程時間に余裕がないとき以外は律儀に応えて作ってあげて、多少は味見もする。初めて作るものだとちゃんと出来てるか心配だし、どうせなら美味しいものを食べてもらいたいからね。
自慢じゃないがおかげさまで料理の腕はそれなりに上がった。
周囲からも好評を得ているので、自信もある。
私がちゃんとサンドイッチを食べたのを見た傑くんは、自分ももう一つサンドイッチを手に取って食べた。
そうして。
「お姉さんと一緒に食べるから、何倍も美味しいな」
まるで大輪の花が咲き誇ったような愛らしい笑顔に、思わず私は両手で顔を覆った。
眩しい。
尊い。
推し顔の幼少期、ヤバイ。私の語彙もヤバイ。
「灰原くん、ナナミン。私は今猛烈に感動している」
「そのネタは誰もわからないと思います」
「ネタじゃないよっていうかナナミンはわかるのかよ」
面白いよねラムネ&40炎。ダ・サイダーすごい好きだったんだよ。
いやそうじゃなくて。
「この天使かと見間違うほどめちゃくちゃ可愛い傑くんが、数年後には老若男女問わずの人誑しになる片鱗を見て、人間の成長の神秘について私は感動してるんだよ……」
「大袈裟すぎでは?」
「先輩って、夏油さんが関わると途端にIQ下がりますよねー」
「お、お姉さん? 僕、余計なことしましたか……?」
「ううんっ、傑くんは気にしないで。心配してくれて、ありがとうね」
すぐに昔のように戻せるわけではない。
今すぐ食事を楽しむことも難しいだろう。
だけど、――少しだけ、頑張ってみようかな、と。そう、思った。
◇◆◇◆
さて、ところ変わってここは私の部屋。
ご飯もお腹いっぱい食べ、お風呂にも入ったあとは寝るだけです。一応云っておくと、傑くんは寮の大浴場に灰原くんとナナミンと一緒に入ってきてもらった。念のため一人にはしたくなかったし、傑くんも二人とだいぶ打ち解けているようだったからお願いした。
で、どこで寝ようかって話になったんだけど。
まぁこの寮は、寮生と部屋数があってないから空室が山ほどある。それなりに清潔には保たれているから傑くんには空室で休んでもらうっていうのもありだけど、やっぱり何かあったときのために一人にするのはどうかと思う。
で、いろいろ考えた結果、もし硝子が帰ってきたら看てもらいやすい、ということで私の部屋で寝てもらうことになったのです。
別にこういう面白術式はしばらく継続するのがお約束だから、なら傑くんの寝顔を堪能しちゃおう、なんて邪な考えを持ったわけじゃないです。ちゃんと理由があります。
それに一応灰原くんとナナミンにも訊いてみたし、傑くん本人もそれがいいって云ってくれたんだから。ね、私に罪はない。
すっかり髪も乾かしてもう寝る準備は万端。
控えめなノックと共に顔を出した傑くんを部屋に招き入れ、送ってくれたナナミンにお礼とお休みを云って扉を閉めて、なんだか少し緊張している様子の傑くんの背中をポンと押した。
「傑くんはベッド使ってね」
「え!?」
「もう一組布団あるから、私はそっちで寝るから」
「ぼ、僕が布団で寝ます!!」
「いーの、子供が気を遣わないの」
でも、と尚も食い下がる傑くんに小さく笑い、私は優しく頭を撫でた。
「あのね、人間が無条件で人に甘えられるのはほんの短い時間なんだよ。傑くんはいっぱい甘えていい時期なの。私はその気になれば公園のベンチでだって眠れる人間なんだから、むしろ布団があるだけありがたいっていうか」
「でもここはお姉さんの部屋ですよ」
「まぁそうなんだけど」
戸惑い気味の傑くんは、しかし私が折れないことを悟ったのだろう。しばらく悩むように視線をうろうろさせてから、諦めてベッドに向かった。うむ、それで良いのです。
私も布団にもぐりこみ、電気を消す。
こんなに早くに寝るのはいつぶりだろう。大体いつも日を跨いでからやっと寝るから、なんだか少し新鮮だ。
眠れるときはさっさと寝た方がいいのはわかるんだけど、なかなかどうして目が冴えている。
目を閉じたまま眠気が来るのを待っていると、控えめな傑くんの声が聞こえた。
「お姉さん」
「んー?」
「お姉さんも、早く僕が元に戻ればいいって思いますか?」
振り返り、傑くんを見る。電気は消えていても、外の月明かりのおかげでなんとなく表情が見えるのだ。
冗談を云っている顔ではなかった。
夏油の面影が残る幼い顔で、真剣な眼差しを私に向けている。
そうだ。
彼は、この子は、とても賢い。
だからきっと、誰かに云われたわけではなくとも、夏油傑という存在が私たちにとって大きなものであることを察している。
もしかすると、もう呪霊操術を行使しているのかもしれない。必要ないと思って確かめなかったけれど、確か夏油が術式に目覚めたのは幼い頃だと話していた記憶がある。
幼いながらに、自分の術式の有用さを、傑くんは理解しているのだ。
私たちが今何をしているのか詳細は知らないだろうけど、一般的な学生でないことも気付いていて、そこでの自分の役割があることをなんとなく察して。
きっと傑くんは今、自分の存在が私たちにとって良いものではないと思っているのだろう。
もちろん疎まれているとも思っていないだろうけど、それでも、小さな自分では出来ないことが大きな自分にはできて、この場所ではそれを求められていて。
戸惑うことしか出来ない自分を、傑くんはもどかしく思っている。
何もわからないのに、早く戻れたらいいね、なんて云われてる傑くんの気持ちは推し量れない。
自分は自分で変わらないのに、周りからは何だかんだ云われても、傑くんはどうしようもない。だって彼自身に変わったという自覚はないのだから。
なのに、まるでがっかりした、期待外れだとでも云われているようで、気分が沈む。
だから私は、わざとあっけらかんと云った。
「うーん、どっちでもいいよ」
「えっ」
「そりゃ、一生このままって云われたらちょっと困るけど、なるようにしかならないし」
「で、でも」
僕じゃ何の役にも立たないのに。
小さく吐き出した言葉に胸が締め付けられた。
確かに夏油は呪術師としてとても優秀で、彼がいなければ現場は回らないことも多々ある。特級を冠する夏油だからこそ出来ることもあり、重要人物であることはまず間違いない。
けれど、ならば傑くんだって同じなのだ。
「確かに夏油は大事な仲間だよ。でも、傑くんも、私は同じくらい大事。小さくても大きくても、夏油は夏油だもん。どっちも大切なの」
大事な友人。
大切な人。
誰よりも幸せを願う存在。
それは、姿が変わったくらいでは揺るがない事実なのだ。
だから例え夏油が元の姿に戻れなくても、私がやることは変わらない。
傍にいる。
支えて、夏油のために出来ることをする。
ただそれだけのこと。
私の言葉が上辺だけのものではないとわかってくれたらしい傑くんの目には、じわりと涙が浮かんでいた。
しっかりしているように見えても、やはり子供。突然わけのわからない場所に放り出されて、知らない人に囲まれて、不安でなかったはずがないのだ。
私の言葉は、少しでも傑くんを慰められただろうか。
慌てた様子で目元をこすり、目にゴミが入っちゃいました、とわかりやすすぎる言い訳をする傑くんにこっそり笑うと、漸く息を落ち着けた傑くんと目が合った。
すると傑くんは、思い切ったように切り出した。
「……お姉さん、我が儘云ってもいいですか」
「何?」
夏油の我が儘は嫌な予感しかしないけれど、傑くんは別だ。
きっと可愛らしい我が儘なのだろうと思ってのんびり構えていたら、とんでもない爆弾を放り込まれた。
「一緒に寝てください」
「ゴッホッ」
びっくりしすぎて咽ってしまった。某有名画家の名前を叫んだわけではない。
甘えていいとは云ったけど、まさかそんな方向から甘えてくるとは。
ちらり、と傑くんを見ると。
「……駄目、ですか?」
「ヴッ」
美少年の上目遣い、威力がヤバイ。
心臓撃ち抜かれた気がした。
穴開いてない? 私の心臓穴開いてない?
冷静に考えてほしい。
いくら小学校低学年の姿をしていて、精神年齢もそこまで後退しているとしても、その実態は夏油傑なのだ。
術式だか呪いだかでこの姿になっていても、つい昨日までは私に熱烈アタックしまくっていた男と一緒に眠るというのは、さすがにどうなのだろう。些か貞操観念なさすぎじゃないでしょうか。
いや、だがしかし。
もしかして傑くんは、私がその顔にたいそう弱いということを見抜いているんじゃなかろうか。
きゅるん、とおねだりするような表情で見つめられて、ごめん無理、と突き放せるほど私は冷たくなれない。
考える。
考えて。
――うん。
「……まぁ、いいかぁ」
それを云ったら、そもそも同じ部屋で寝るのだってアウトだ。
どうせ一日二日じゃ戻らないだろうと高を括っていたのだから、もう開き直ってもいいだろう。
私は傑くんのおねだり光線に負け、大人しく一緒に眠ることにした。布団よりもベッドの方が寝心地が良いので、そっちに枕を持って行って隣に身体を潜り込ませると、傑くんは嬉しそうに笑って私の方に身体を向けた。
そうして、ぎゅっと私の手を握る。まるで宝物を握るような優しさで、けれどしっかりと。
う、美少年可愛い。
落ち着け、私にそういう趣味はない。
そういう趣味はないけど、危ない。この美少年は危険だ。いろんな意味で。
心の中で先日覚えた般若心経を唱えていると、お姉さん、と眠そうな傑くんに呼ばれる。
「おやすみなさい」
安心したような声だった。
眠さも相まって、気の抜けたような柔らかい声だった。
「――おやすみ、傑くん」
云って、やんわりと手を握り返す。
そうして私も、眠りに落ちた。
さっきまでは眠れないかも、なんて思っていたけれど、気付けばぐっすりと眠っていた。
なんだか今日は、良い夢を見られそうだ。
「……あいつらはどこに行った?」
「あれ、夜蛾先生」
「先輩なら、夏油さんが眠くなったので一緒に寝ると行って部屋に戻りましたが」
「一緒に?」
「私たちもさすがにそれはどうかと思ったんですが、『この手の呪いは一週間くらいは解けないと相場が決まってるから、数日はショタ夏油を堪能する』、だそうです」
「そ、そうか」
「先輩に用事でした?」
「いや、実は傑に呪いをかけた呪詛師が見つかったそうでな、呪力が切れれば一日程度で戻るらしい。それを知らせに来たんだが」
「……まずくないですか」
「先輩ってたまにポンコツだよね!」
「灰原、ハウス」
「ま、まぁ、もしかしたら明日の朝までは大丈夫かもしれんし、様子を見るか」
「……では、夜蛾先生判断ということで」
「七海」
「あ、そういえば五条さんに、不在の間何か面白いことあったら連絡しろって云われてたんだった」
「灰原」
「じゃあ私はこれで失礼します。お疲れ様です」
「もしもし五条さーん聞いてくださいよー!」
「お前たち……!!」
翌朝。
目を覚ますと目の前には傑くんではなく夏油の端正な寝顔があって、私が高専敷地内全域に轟く悲鳴を上げてしまったのは、また別の話である。
主人公
危うくショタに目覚めるところだった。っぶねぇ!! 美少年コワイ
傑くん
夏油の幼年期の姿。まだ純粋ぴゅあぴゅあな超良い子。でも自分の顔の良さには自覚があるのである程度利用している節はある
呪霊操術に目覚めてすぐの頃なのでいろいろデリケートなお年頃
夏油くん
高専生の姿。朝とんでもない悲鳴で目を覚ましたら好きな子の部屋でベッドの上で何がどうしてこうなった!?
何か術式を受けたような記憶はあるけど、そこからさっぱり何も覚えていない。後輩から聞いた話によると、随分ステキな思いをしたらしい。が、どうしても思い出せなくて悔しい
夏「ねぇ、私よく覚えてないんだけど、もう一回一緒に寝てくれない? そうしたら全部思い出すかも」
主「ふざけんなよ」