前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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クソまず呪霊のお口直しに美味しい飴を探して三千里してみたけど、結局無難な飴に落ち着きました

星漿体事件がひと段落し、多少バタバタしつつも平常が戻ってきたある日のこと。

 

「あれ、もしかして転入生?」

「えっ?」

 

明日からの予定を手帳で確認しながら歩いていた私の背中に掛かった声は、初めて耳にするものだった。

立ち止まって振り返ると、そこにいたのは神経質そうな背の高い明るい茶色の髪を持つ少年と、大きな目を不思議そうに開いて首を傾げる黒髪の少年。

初対面だけど、前世から引き継いだ記憶のおかげで私は彼らを知っていた。

呪術高専一年の、七海建人と灰原雄。多分声をかけてきたのは灰原くんのほうだろう。

どうして彼らがここに、と思ったけれど、そうだ、彼らがいても何らおかしなことはない。

だってふたりは今年の四月に高専に入学しているのだから。

 

今の私は、やっといろいろ落ち着いてきたので散歩がてらにコンビニに行って、また午後から残りを片付けるつもりでそういえば明日は朝から任務が入っていたけどどこに行くんだったか、と手帳を確認していたところだった。

ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる灰原くんには、きっと手帳を見ながらだったせいでふらふらと歩いていた私が迷子のように見えたのだろう。

 

「いや、私は――……」

「迷ったの? 僕たち事務室に行くところだし、よかったら案内するよ!」

「無駄に広いですからね、高専は」

「あ、あの」

「じゃ、行こう!」

 

そう云って、灰原くんは私の手を取って歩き始めた。

お、おぅ。

 

どうしよう。

私も事務室に行く途中ではあったので別に困りはしないのだけど、なんだか妙なことになってしまった。

しっかりと握り締められた手には純粋な親切心しか感じられず、大丈夫だと云いたいのにちょっと申し訳ない気がして云いだせない。

こういうことは七海くんが諫めてくれるかと期待してちらりと見たら、小さく息を吐いて肩を竦められた。諦めろということらしい。そんな馬鹿な。

 

「僕も初めて高専に来た日に迷いまくってさ、夏油さんに……あ、夏油さんって一つ学年上の先輩なんだけど、その人に見つけてもらったんだよね」

「敷地内で遭難なんて、本当にシャレにもなりませんね」

「ああ、でもここって本当に広いもんね。森のほうに行っちゃったら目印もないし、気を付けないと」

「だね。生徒は少ないのに校舎も広いし、もう学校の地図が欲しいよ」

「地図! でもいい考えかも」

「生徒手帳につけておいてほしいです。地下鉄の路線図みたいに」

「あはは、それ今度学長に云ってみようか」

 

とはいえ振り払う気にもなれないので、まぁどうせ事務室に行くだけだしまぁいいか、と思って私は黙ってついて行くことにした。事務室につけば多分誤解も解けるだろうし。

 

そうか、そういえば私、このふたりに会うのは初めてなんだ。

今はもう五月に入ったところだけど、私は年明けからつい先日までずっと眠っていたから当然新入生である彼らには会えなかった。

高専の医務室のベッドを一つ占領していても、ふたりが医務室に行かなければならないほどの怪我を負わない限りはわざわざ医務室に足を運ぶこともないだろうし、誰も眠ったままの私を紹介することもなかったのだろう。当然だ。いつ目覚めるかわからないのだし、最悪そのまま死ぬ可能性だってあったわけだし。

よくわからない力で栄養不足にも脱水にもならず、排泄すらせず眠り続けた理由は未だにわかっていない。硝子に頼まれていくらか検査をしたけれど、現在の私はいたって健康体。

特別な術式を持っているわけでも呪いをかけられたわけでもないのにあんなことになった理由がわからず、硝子も夜蛾先生も首を傾げていた。私も傾げてる。ものすごく不思議だけど、前世の記憶を思い出して且つここが漫画の世界と云うこと以上に不思議なことはないので、私はもうこの件について考えるのはやめた。

目覚めて直後の星漿体事件のとき私はずっと情報集めの為に走り回っていたし、その間ふたりは沖縄にいたから顔を合わせるタイミングはなかった。

事件後も私は事後処理に追われて事務室に詰めていたり、先輩補助監督にくっついて役所を回ったりとなかなか高専に戻ってこられなかった。

 

まぁ、だからこんな時期だけれど私たちは初対面になってしまったわけで、一応高専の制服を着ていても初めて見た私のことを彼らが転入生と勘違いしてしまうのも無理はなくて。

 

「そういえば、君、名前は? 僕は灰原雄。こっちは七海建人!」

 

よろしくね、と満面の笑みで彼は云い、七海くんは小さく頭を下げてくれた。

いやめっちゃいい子たち~。

今まで五条や夏油みたいな顔以外はマイナス要素のほうがでかいやつらや、お世辞にも社交的とは云えない硝子たちとばかりいたから、こういう子たちと接するのは本当に久しぶりでちょっと感動して泣きそうになってしまった。お姉さん飴あげたくなっちゃうよ。

思わずポケットに手を突っ込んで飴を探しそうになるのを堪え、こちらも自己紹介。初めまして。

 

「中途半端な時期に転入みたいだけど、一年は今まで僕たち二人だけだったんだ。女の子が来てくれて嬉しいなぁ」

「男ですみませんね」

「そういう意味じゃないって! でも男2女1の割合って、先輩たちと同じで面白いよね」

「同じすぎて嫌ですよ。五条さんあたりに、そんなに俺たちに憧れてるのか、とか云われそうです」

「あはは、憧れてるのは本当だし、いいじゃないか!」

 

あ、これ私一年だと思われてるな。

瞬時に察し、どうしたものかと考えた。

別に一年だと思われたところで怒ったりはしないけれど、後々実は私が先輩だったと知ったら彼らはちょっと複雑だろう。

何せふたりとも真面目ないい子だ。知らなかったとはいえ先輩相手にため口を使い、同級生と勘違いして手まで引いたとなったら一体どう思うだろうか。

これはやっぱり今のうちに教えておいた方が無難だ。彼らの心の平穏の為に。

そう思って口を開こうとしたときだった。

 

「お、灰原と七海」

 

丁度廊下の反対側から現れたのは五条だった。今日は午前中任務で外に出ていたはずだから、戻ってきて報告しに行っていたのだろう。

 

「げ」

「五条さん、お疲れ様です!」

「よっす。で、七海はその顔なんだよ。そんなに俺に会えて嬉しいか」

「ソウデスネ」

「かっわいくねー!」

 

べぇ、と舌を出す五条はもうちょっと後輩と、というか七海くんと上手に付き合えないんだろうか。いや、ちょっとわかるよ。七海くん、思ったことがすぐ顔に出るタイプだからからかいたくなるんだよね。

うん、その気持ちはわかる。

でもそれ、もうちょっと仲良くなってからとかのほうがいいと思うんだよね。だってほら、七海くん、『五条悟が苦手です』って顔してる。

普通そんな表情自分に向けられたら凹む。私なら凹む。デンマークの血が入っているという七海くんは五条とも夏油とも灰原くんとも違ったベクトルでイケメンだし、イケメンの蔑む目つきがご褒美だなんていうのはフィクションである。普通は傷付くんです。

入学早々五条に目ぇ付けられちゃって、わかってたことだけど七海くん可哀そう。

そんなことを考えながら、おかえりという意味を込めてひらりと五条に手を振った。

 

「おー。ってか、灰原なんでそいつといんの? 手まで握っちゃって」

「え? 五条さん、もう転入生のこと知ってるんですか? 迷子みたいだったんで、事務室まで一緒に行こうとしてたんですよ」

 

あ。

しまった、と思った時にはもう遅かった。

 

「は? 転入生ってなんだよ。そいつ俺らのクラスメイトだぞ」

「えっ」

 

パッと振り返った灰原くんと、言葉はなくとも驚いたように目を見開いている七海くん。

 

「……ごめん、なんか云いだしにくくなっちゃって」

 

実は一応先輩なんです。

照れくさくて指で頬を掻きながら云うと、みるみるうちに驚愕の色に顔を染めた灰原くんはその場で勢いよく土下座した。

や、やめて!!

おい五条笑ってんな!!

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

場所を二年の教室に移して、現在。

一旦事務室で用事を済ませた私と、五条に夏油に硝子、それに灰原くんと七海くんも一緒だった。

 

「本当にすみませんでした……」

「い、いいよいいよ、気にしないで。知らなかったんだからしょうがないよ!」

 

事情を説明すると、灰原くんも七海くんもひどく反省したように肩を落としてしまった。

特に灰原くん、やっぱり年上相手に無遠慮に手を引いてしまったことを気にしてしまっている。いや確かにね、灰原くんみたいなわんこ系イケメンにいきなり手を握られてちょっとどころかかなりドキドキしましたけどね、決して不快だったわけではなく、むしろ役得みたいなところあったし、本当に気にしないでほしい。私は変態ではない。

 

耳と尻尾が垂れているのが見えそうな灰原くんに声を掛けようとすると、五条と違って大爆笑こそしなかったものの、ずっと地味に笑い続けていた夏油がポンと私の頭を撫でて云った。おいまだ笑い漏れてんぞ。

 

「まぁ、この通り小さいし童顔だし、灰原が同学年と勘違いするのも無理もないんじゃないかな」

「酷ぇな傑、クラスメイトをちんちくりん呼ばわりかよ!」

「酷いのはお前なんだよなぁ!」

 

誰がちんちくりんだ、夏油はそこまで云ってない。

思わず五条の脛をめがけて足を蹴りつけると、意外にもクリーンヒットした。あれ、無下限は、と思ったけれど、そういえばまだこの時点では無下限はオートじゃないのだ。五条が無下限をフルオートで展開し続けられるようになるのは今からおよそ一年後の話。今はまだ、任意の意識下でしか使えないわけで。

油断していた五条に思ったよりダメージを与えられたのでちょっと満足した。無言で脛を押さえて悶絶する五条悟、いいね、今後のために写真撮っときたい気分。ざまぁみろ。

 

そういえば、と。灰原くんほどは落ち込まなかったので回復も早かった七海くんは、少し気遣わし気に私に云った。悶絶する五条をみて小さくガッツポーズしていたのは見なかった振りしとくね。

 

「三か月ずっと寝ていたって、今はもう大丈夫なんですか?」

「うん、平気。これからは今まで休んでた分働くから、よろしくね」

「一応医務室としては無理はしないんでほしいんだけど」

「無理のない程度に頑張ります!」

「あんたの無理しないは信用してない」

「な、なんで!?」

 

硝子の冷ややかな視線に震えていると、夏油も五条も頷いていた。なんでよ。

と思ったけど、三か月寝るきっかけになったのは夏油を身を挺して庇ったからで、星漿体事件のときもまぁ割と無茶をやらかした自覚があるので何も云えない。く、悔しい……。

静かに私に向いていた灰原くんと七海くんの視線が、なるほどこいつは無茶をやらかす人間なのかと云わんばかりだったのが胸に刺さった。出会ったばっかりでそんな評価されるなんて心外だよ。

 

き、気を取り直して。

なんなら術師よりも補助監督寄りな私は、今後は下手をすると同級生の五条や夏油たちよりも後輩くんふたりのサポートに回る方が多くなるかもしれない。正直五条達にはサポートなんてむしろ邪魔になるので事前の情報伝達とスケジュール管理だけでよさそうだし。

その可能性を零すと、七海くんは心得たように頷いてくれた。素直。え、七海くん素直。かわい。

漫画では頼れるけどちょっとひねた大人って感じだったけど、学生時代はこんなに可愛かったんですかナナミン。これはナナミンだ。ナナミンて呼んだら怒るかな。もうちょっと仲良くなったら訊いてみよう。

 

「……先輩は、その。なんというか他の先輩と少し違いますね」

「え、そう? まぁ私はこの三人と違って別にすごい術式とか持ってないからねぇ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。 術師としては君たちのほうがずっと上だから、あんまり私に気を遣わなくていいからね」

 

むしろ立派に自分の力で呪いを祓える二人を私が労うのが当然だ。

呪力は一般人よりちょっとある程度、呪具を使わなくちゃまともに対応も出来ない上にギリギリ対応できて3級。そんな私が、すでに一端の術師として功績を上げている二人に年上だって理由ででかい顔なんて出来るはずもない。

これは自分を卑下しているのではなく、単なる事実。

まぁ、見たい未来が見えるわけでもないこの術式がたまーに役に立つことはあるだろうから、その時はちょっと褒めてほしい。

 

簡単に私の術式の話をすると、二人は大きく目を開いて驚いていた。未来が見えるなんて、もしそれが自由自在にみられるなら強みがあったんだけどねぇ。残念ながら、私の場合はそうもいかないんだよ。

 

「十分すごいと思いますが」

「え、ほんと? ありがとね七海くん。君は優しいねぇ」

 

あんまりお世辞とか忖度するタイプではないから、これは七海くんからの素直な賛辞なんだろう。こんなしょっぱい術式に感心してくれるなんて、七海くんは本当に優しい子だ。

でも、いくらすごいと云われても、それで私の術式のレベルが上がるわけじゃない。

 

「もっとみんなの役に立つ力だったらよかったんだけど」

 

少なくとも、もっと戦える力であればよかったのにとは思う。だって自分の術式ではどう足掻いても呪いを祓えないって、術師としてどうなのって思うんだよね。

別に術師の一族じゃないからそういうこともあるって云われたらそうなんだけど、同じく一般家庭出身ですごい術式持ってる人が身近にいるとね、比べるのも烏滸がましいってのは重々わかっていても、多少は気にしてしまうのが人間というやつだ。視界に入った夏油がものすごく渋い顔をしているのは見ない振りをする。

 

すると、でも、と灰原くんが立ち上がった。

何事かと思って見上げれば、グッと拳を握り締めた灰原くんは、満面の笑みを浮かべていた。

 

「僕、多分先輩の術式は絶対すごいと思うし、なんていうか特別感があって好きですよ!」

 

ぺっかー。

輝くその笑顔には人を元気にするパワーがあるよ、灰原くん。バフ。笑顔のバフ。

あんまりにも直球な言葉に一瞬目が点になってしまったけれど、すぐに彼はこういう子なのだとわかって私もにっこりと笑顔を返す。

そりゃね、私はみんなと違ってイケメンでも美形でもない。だからこの笑顔に人をときめかせる力なんてないけれど、今はそういう目的ではなく。

笑顔ってやつは向けられて嫌な気持ちになる人なんてほとんどいないはずだから。

 

「あっはは、ありがとう灰原くん! そう云ってもらえると気が楽になるわ」

「七海もさ、いつもより眉間のしわ少ないってことは先輩のこと好きだよな?」

「は、いや、まぁ……」

「好きだそうです!」

「無理矢理云わせてない!? 七海くん、気にしないでね、大丈夫だから」

「……無理矢理では……」

 

ないです、と微かに頬を赤らめて小声で呟いた七海くん、めちゃくちゃ可愛いです。

後輩くんたち、めちゃくちゃ可愛いです。

思わず灰原くんと七海くんの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でまわしてしまった。可愛いものを見たときって反射で手が出ちゃうんで私のせいじゃないです、ついでにセクハラでもないです。

このふたりなら嫌なときは嫌だってちゃんと云ってくれそうだし、黙って撫でられてくれているということは少なくとも不快ではないのだろうと思いたい。先輩だから黙ってたとか、そういうこと、い、云わないよね……?

 

さすがにあんまり撫でまわしすぎると頭禿げちゃいそうなので、一通り満足したら解放してあげた。髪の毛ボサボサになっちゃったけど、ちょっと手櫛で梳かしたらすぐ元に戻ってた。う、羨ましい……。

ふたりはこのあと外の訓練場で体術の特訓だそうで、名残惜しそうにしながらも教室を辞して行った。最後まで元気いっぱい手を振ってくれていた灰原くんと、丁寧にお辞儀をしてくれた七海くん、本当にいい子。

あー癒された。今後も是非定期的に癒されたい。

 

少なくともこのまま行けば来年の九月までは大きな事件は起こらないはずなので、それまでは今の穏やかで幸せいっぱいな生活を満喫しようと改めて心に決めていると、頭に小さな衝撃が走った。

そしてコロンと机に落ちた、消しゴム、新品。

この小さな凶器を投げつけてきたのは五条だった。なんだお前、やるかコラ。硝子さんその煙草貸してもらえます? 五条にジュッてやるんで。

 

「お前、俺らといるときより楽しそうだったな。もう一年に編入すれば?」

「あんたらが私を怒らせるようなことばっかりしなきゃ私だって楽しいんだけど」

「はー? いつ誰がどこで何時何分何秒地球が何回周った日にお前のこと怒らせたんですかー?」

「たった今だよ馬鹿野郎」

 

ガキか?

おこちゃまですか五条くん?

端正なお顔を思いっきり歪める姿は、イケメン顔の持ち腐れだった。こんなのどんなにかっこよくたってただの駄々っ子だ。実にもったいない。

 

というかこの男、一体何が面白くないのだろう。

まるでお気に入りのおもちゃを取られて拗ねる子供のような態度だけど、私、別にあんたのお気に入りではないでしょうに。

確かに目が覚めてからはつんつんすることはやめた。ちゃんとみんなと仲良くしようとしてきた。でも、それは本当につい最近のことなのだ。

目覚めてからまともに会話したのも数えるほどだし、なんなら星漿体事件の時は伏黒さんの処遇を巡ってちょっとした口喧嘩をした。あの状況では殺されなかったのが不思議なくらいだった。

私が転入してからの態度とかを考えると、とてもじゃないけど私に好印象を抱く要素はないように思えるのに、しかし今の五条を見るに、少なくとも私のことを嫌ってはいなさそうに見える。

まぁ何にせよ、ちょっとかわいいじゃないか、五条悟よ。

好みではないとはいえ、私は五条のこともかっこいいから大好きである。顔の話ね。中身は別ね。

なので、そんな五条にちょっとでも気に入られているのは純粋に嬉しいので、私はにんまり笑ってしまった。案の定、『ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ』と云っていた時と同じ顔をされたけど、ふふん、今の私は寛大よ。

 

ご機嫌のままポケットの中を探り、目当てのものを見つける。

さっきコンビニで買ったソレ。私はあんまり食べないんだけど、店頭でソレを見た瞬間、五条の顔が浮かんだので思わず買ってしまった。そんなに高くないし、本当に何となく。でも今は、買っておいてよかったと思う。

一度五条の名前を呼ぶと、五条は視線だけこちらに向けた。なので、手に取ったソレをひょいと投げた。ついでに夏油と硝子にも。こっちは五条のとは別のモノ。

難なくそれをキャッチした五条は、不思議そうに手の中のソレを見て目を瞬いた。

 

「あげる」

「あ?」

「好きでしょ、甘いもの」

 

コンビニで買ったのは、正方形で一口大のチロル的なチョコレート。中にキャラメルが入ってるやつ。昔食べたことあるけど、あの記憶が正しければめちゃくちゃ甘い。個人的には、チロルの中で一番甘いんじゃないかと思っている。

 

「……こんなんで俺の機嫌が直るとか思ってんのかよ」

「思ってるよ~、五条は物分かりがいいもんね」

 

クズだクズだとはいっても、五条が意味もなく喧嘩を売りまくることはない。そもそも本気で五条が喧嘩をしようと思ったら、相手に出来るのは夏油くらいだ。だからさっきの悪態は、きっと甘いものが切れていてちょっとイライラしていたとか、実はそういう割としょうもない理由だったりする。

私の言葉に思いっきり口をへの字にした五条は、しかしそれ以上は何も云わず大人しくチョコを口に放り込んだ。すると、途端にパァッと表情を輝かせる。美味しかったらしい。正真正銘お坊ちゃんである五条の舌を唸らせるチロル、恐るべし。

ちなみに、夏油と硝子にあげたのはチョコではなくカリカリ梅だったりする。一個ずつ包装されてるやつね。私これ結構好きなんです。ふたりは顔を見合わせてちょっと笑ってから、ありがとう、と云ってくれた。いえいえ、お気になさらず。

 

黙ってチョコを食べているだけならば本当に目の保養になるイケメンなので、私はもう一つポケットからチョコを出して五条に差し出す。今度はクッキー&クリーム。

すると、黙ってその様子を見ていた夏油が、どこか感心したように口を開いた。

 

「君のポケットは魔法のポケットなのか?」

「なんでよ」

「いや、前にもそうやって私に飴をくれたことがあっただろう」

「前?」

 

一瞬何のことかと考えて、ハッと気付く。

三か月も前のこと、よく覚えてるなぁ。

 

「別にいつも入ってるわけじゃないって。今日はさっきコンビニ行ってきたからだし、あのときもたまたまね」

「なんだよコンビニ行くなら呼べよ、俺も行きたかった」

「勝手に行って来なさいよ。五条くんちの悟くんはぁ、ひとりでコンビニにも行けないんでちゅか~?」

「表出ろ」

「ひとりで行きなよ、寂しんぼ」

「おいこらチビブスいい加減にしろよ」

「チビはともかくお前に比べたらほぼ全人類ブスだろうが!!」

 

絶対勝てない喧嘩を売ってしまったような気がするけど、私の中の喧嘩番長が黙っていられなった。いや喧嘩っ早いつもりも短気なつもりもないのに、どうしてだろう、五条と話してるとついつい。

夏油にどうどうと猛獣を抑えるように五条と距離を取らされたのはちょっと納得いかないけど、別に喧嘩を続けたいわけではないのでここは私が大人になりましょう。

ちなみに硝子は、めんどくさい喧嘩の気配を察知してすでに教室から消えていた。ついでに一服しに行っているんだろう。逃げ足というか危機回避能力高いなぁ。私も見習いたい。ついでにこのタイミングで五条は夜蛾先生に呼び出された。どうせ何かやらかしたのがバレて怒られるんだろう。精々絞られるがいい。

 

ふたりが居なくなって、私は夏油とふたり教室に残された。

推しと教室にふたりきり。これはもしや、じっくりこのかっこいい顔を堪能するチャンスなのでは? 今なら何気ない形でこの世界一かっこいい顔を眺めまくっても許されるのでは?

そんな事実に気付いて夏油の顔を見つめると、実はさっきから何か云いたげにしていた夏油は、なぁ、と改まった様子で云った。

なぁに?

 

「あの時と同じ飴、まだ持ってるかい?」

「んえ? えーと、多分部屋にならあるけど。何、気に入った?」

「ああいや、そうじゃなく」

 

違うのかよ。

じゃあなんだ、と首を傾げると、夏油は一度合った視線を気まずげに逸らしてから続ける。

 

「実は、あの時飴は落として失くしてしまったみたいで」

「あー」

 

あの時、とは。

つまり、私が夏油を庇って大怪我を負った時。

避けてなんて叫ぶ暇もなく夏油を突き飛ばしたから、きっとその時飴を落としたんだろう。そのあとは私の応急処置やら高専への連絡やらでばたばたしただろうし、飴のことなんてすっかり忘れていたに違いない。

 

「だから、よかったらまたくれないか」

 

思わず、目を瞬く。

どういう意味か考える。

単純に飴がほしいのだろうか。いや、それならば買ってきて勝手に食べればいいだけの話。あの飴、誰見ても知ってるような有名なものだし、コンビニでもスーパーでも、どこに行っても買えるから。

そうではなく、任務後に渡される飴がほしいのだろうか。うん、どちらかというとこっちの線が濃厚だ。

きっと五条や硝子、夜蛾先生や他の人たちだって、夏油が呪霊を取り込むときの味のことなんて知らない。おいしいものではないことくらいは想像できても、夏油が何でもない顔で取り込み続けるから、そこまでおぞましいものだということは考えもしないのだ。

だから、あの時何気なく私が口直しだと云って飴を渡したときに夏油はひどく驚いた顔をしていた。

何故知っている、と、言葉にしなくてもそう云っているのがわかった。

あの時は夏油と仲良くするつもりがなかったので、何か云いたそうにしていても気付かないふりをしたけれど、今は違う。

夏油が欲しいというのなら、飴くらいいくらでもあげよう。

 

「ふふ、物好き」

 

あんなの、コンビニで買っただけの何の特別さもないただの飴だった。

でも、それが夏油にとって少しでも救いになっていたのだとしたら――それはとても嬉しいことだ。

 

「いいよ、今度用意しとくね」

 

私は、呪霊の味を知らない。

けれど夏油はあれを吐瀉物を処理した雑巾みたいな味だと云った。

弱者のためだといって呪霊を祓う度、夏油はそれこそ吐き気のする味の呪霊を取り込まなければならない。

それは、一体どんな気分なのだろう。

何の取柄もない私が夏油の代わりに呪霊を取り込んであげることは出来ない。

せめて呪霊が無味であればと思うけれど、きっとその不快な味は強力な術式の代償。そう簡単に緩和できるものではないのだ。だって、もしそうならとっくに夏油が対策を取っているはずだし。

 

ならば、せめて。

何か少しでも、夏油の気を紛らわせることが出来るならば。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

嬉しそうに夏油が笑うから、私は夏油のために飴を用意しよう。

それが、無力な私が夏油の為にしてあげられる、唯一のことだから。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

私が一年生と邂逅を果たして、数日後。

自販機に飲み物を買いに行くと、珍しく一人でいる灰原くんを発見した。

初めて会って以降、やっぱり私は後輩君たちと任務をこなすことが多くなったので、随分親しくなったと思う。なので気軽に声をかける。

 

「あ、こんにちは先輩!」

「灰原くんこんにちは。任務終わり?」

「はい。今七海が報告に行ってます」

「そっかそっか、お疲れさま。じゃあお姉さんが飲み物を奢ってあげよう。何がいい?」

「いいんですか!? ありがとうございます! コーラで!」

「素直でよろしい。ナナミンは……コーラとか飲むのかな?」

「うーん、あんまり炭酸は得意じゃないみたいですよ」

 

ちなみに七海くんのことはナナミンと呼んでいいと云うお許しをもらった。ものすごく複雑そうな顔をしてたけど、ものすごく渋々って感じだったけど、頷いてくれたので遠慮なく呼ばせてもらっている。

 

「なるほど。じゃあ無難にスポーツ飲料にしておこうか」

「ありがとうございます!」

「うん、うふふ。灰原くんは素直でいい子だねぇ」

「そうですか?」

「そうだよ。ナナミンもいい子だし、私は後輩に恵まれてるなー」

「じゃあ僕も先輩に恵まれてるから、お相子ですね!」

「…………。」

 

コーラとスポーツ飲料を自販機から取り出して、まじまじと灰原くんを見る。

相変わらずの輝く笑顔。

こんなにいい子が呪術師なんて、奇跡みたいじゃない?

 

「どうかしました?」

「いや、うん。本当、灰原くんはそのままでいてね。夏油に憧れるのはいいけど、強さだけに憧れてね。性格まで憧れたら駄目だよ。お願いだからずっと純粋キラキラな灰原くんでいてほしい。クズになっちゃ駄目!」

「え? あ、はい、大丈夫です!」

 

僕、クズにはなりたくないです、と元気いっぱいに云った灰原くんの背後に夏油が見えたので、私は飲み物の缶を灰原くんに押し付けると、全力でその場から逃げた。だってあいつすごい笑ってた。めっちゃ怖い。

背中に灰原くんの悲鳴が聞こえたけれど、成仏してくれ、と祈って私は教室にダッシュする。教室には五条もいるだろうけど、硝子もいるはずだ。硝子は私の味方だと信じているので、匿ってくれるはず。

っていうか私別に事実を云っただけで悪いこと云ってないはずなのになんで逃げなきゃいけないんだろう、とちょっと疑問に思ったりはしたけれど、こういう理屈が通じないからあいつらはクズなのだ。さすが特級。特級クズ。

 

「誰がクズだって?」

「ぎゃー!!」

 

反射的に裏手に振り抜いた拳が、何かに当たった衝撃。

ぎょっとして振り返ると、そこにいたのは鼻を赤くした、夏油くん。

 

「……やだぁ男前ぇ」

「お褒めに預かり光栄だね。ちょっと話そうか」

「ごめんなさい」

 

謝罪もむなしく問答無用で小脇に抱えられた私は一体どこに連行されるのだろう。

いくらなんでもこの運び方は酷いのでは、と思って脱出を試みてみたけれど、そこまで筋肉もりもりには見えないこの腕、びくともしない。丸太か何かで出来てるんでしょうか。

まさか売り飛ばされたりはしないだろうし、考え方を変えれば歩かなくても前に進む便利なサービスと取れないこともない。難点は、行き先を選べないことかな。

 

「姿が見えないから探しに来てみれば、後輩に人の悪口を吹き込んでいるなんてね」

「灰原くんは素直でいてほしいってお願いしてただけだもん」

「で、私みたいになるなって?」

「ほら、人の模倣は虚しくなるだけだから」

「よく回る口だね」

「褒めるなよ、照れる」

 

褒めてない、とでこピンされた。手加減してるはずなのにとても痛い。あーこれは傷付いちゃったな、傷付いちゃったなー私ー。

大袈裟にそう嘆いてみたら、悪口云われた私の方が傷付いた、と返された。よかったね、メンタル鍛えるいい機会じゃん。

 

胡乱な目で私を見た夏油は、小さく息を吐いて私を下ろした。この隙に逃げられるかなと思ったのに、何故か私の手は夏油に握られているので逃げられない。しかも立ち止まることなく歩き続けるので、私も足を動かすしかない。

どこかに向かっているのだろうか。でも教室とは逆方向を目指しているように思える。

 

「あ、ところで夏油、私を探してたって云ってたけど、なんか用事あった?」

「ああ、まぁ」

 

煮え切らない。

こういう夏油は珍しいので不思議に思いつつ、足はやっぱり止まらない。気付けば高専の敷地を出ており、見慣れた街の風景が目に入る。これは、高専の最寄にあるコンビニに行く道だった。

いやコンビニ行きたいなら行けばいいのに。一人で行きたくないなら、それこそ五条でも誘えばほいほいついてきてくれると思うけど。

と思いつつも別に嫌なわけではないので黙っておく。手を繋いでることには異議を唱えたいけれど、歩く速さは私に合わせてくれているみたいだし、何かちょっと考えているみたいだからちょっと様子を見よう。

 

ほどなくしてコンビニに到着し、店内に入るとすぐに、ちょっと待っていて、なんて云われたので大人しく雑誌コーナーで立ち読みをして待っていることにした。さすがに今更逃げようとは思わない。

近くにいた女子高生が、夏油を見て小さい声できゃーきゃー云っていたので満足げに頷く。そうでしょう、かっこいいでしょう。顔だけなら世界一かっこいいのよ、あの男。まぁ中身はそれなりにクズですけど。

どうやらもう買うものの目星はつけていたようで、そう時間はかからず夏油は会計を済ませてきた。女子高生の夏油に対する反応ににやにやしていたので碌に立ち読みもしていなかったし、高専に戻ってやることもあるのでさっさと戻ろうとコンビニをあとにする。

声こそかけてこなかったけど、最後まで女子高生の嫉妬まみれの視線が突き刺さっていた。

大丈夫、安心して。私はこいつの彼女とかではないから。

でも残念ながら彼女らは夏油の隣に並んでも遜色ないような美女ではなかったので、仲介なんかはしてあげない。夏油には飛び切り美人の恋人を作ってほしい、夏油過激派なので、私。あ、私は恋人でも何でもないので隣にいてもノーカン扱いなので悪しからず。

 

同じように来た道を歩きながら、夏油はレジの横に置いてあった唐揚げ串を私にくれた。迷惑料としてありがたく受け取りながら、もう一つの袋に視線をやりながら訊く。

 

「何買ったの?」

「ん、はい」

「ん?」

 

目の前に買い物袋を差し出され、思わず受け取ってしまった。

え、何。

荷物持ってけってこと?

意味がわからず戸惑っていると、何故か夏油は照れくさそう頬を掻いた。は? その顔もすごく良いが? 写真撮らせろ。なんて考えてることは億尾にも出さず、首を傾げて疑問を示す。

 

「飴を買ってきた」

「へー。新商品かなんか?」

「いや、そうじゃない」

 

袋の中を確認すれば、いつも私が夏油にあげている飴の袋が複数入っていた。

そういえば部屋に置いてある夏油用飴ちゃんのストック足さなきゃなぁと思っていたことを今思い出した。

でも、夏油が自分で買ったってことは、もう別に私から渡さなくてもいいってことだろうか。

まぁ冷静に考えれば、飴なんて誰でも簡単に買えるわけだし、わざわざ私に渡してもらう理由はない。今になって漸くその事実に気付いたのかもしれない。同行しようがしまいが、任務の後に夏油に飴を渡すのは最近の私の日課にもなっていたのでちょっとだけ寂しい気もする。

あれ、じゃあなんで私に渡すんだ?

飴の袋と夏油を交互に見ながら考えていると、急に夏油はピタリを足を止めた。倣って立ち止まり、私も夏油を見る。

 

「君に預けておくから、いつもみたいに私に渡してくれないか」

 

いつも買っておいてもらうのは悪いから、たまには自分で買ってみた、と。

確かに、夏油に渡している飴は私が買って保管していた。もしかしたら理由を説明すれば経費で落ちるのかもしれないけれど、そこまでする必要もないだろうし、私もたまに食べてたし、給料のおかげで普通の高校生よりは懐も温かいから別に飴代くらい気にしていなかったのに。

むしろ、夏油が好きそうだなぁなんて考えながら買い物に行くたびに飴コーナーを眺めるのが楽しくもあった。

 

「夏油さぁ……」

「駄目かな」

「私がその顔に弱いって知っててやってるでしょ」

「バレたか」

「うわー!」

 

いたずらがバレた子供みたいに笑う夏油、腹立つ! でもその顔も好き!

推しがこんなに近くにいるという現実を改めて噛みしめつつ、私はなんだかおかしくなってしまって笑った。

 

「ま、いいよ。しょうがないから、これからも私が飴を渡してあげましょう」

 

たかが飴、されど飴。

 

――けれど、夏油がそれを望むなら。

 

 

 





主人公

夏油の幸せが自分の幸せ
恋じゃないけど世界で一番夏油が大事。顔も大事
術式は未来視だけど、見たい未来が視られるわけでもないし、見えたからといって干渉できるとは限らないし、干渉できても完全に改変することは出来ない中途半端術式
タイミングや対象もまちまちなので正直あんまり頼りにならない術式だと思われているし、実際その通り。ただ、夏油を助けた時のようにジャストで見えた時はかなり強い
夏油の任務終わりの口直しの為に常に飴を持ち歩いている。五条のご機嫌取りの為にチョコもある。硝子の為にライターも持っている。やっぱり四次元ポケットの持ち主
後輩が純粋で可愛いので全力で可愛がっている


夏油傑

最近になって、もしかして自分は主人公のことが好きなんじゃないかと気付き始めた。ちなみに五条と家入はとっくに夏油の気持ちに気付いている。面白いからくっつけばいいのにと思われている(この時点では主人公が彼氏持ちなのは誰も知らない)
五条に灰原と主人公が手を繋いでいたと聞いてもやもやしていたので、コンビニに連行したときは無意識で主人公の手を取っていた。振り払われなかったので満足
任務終わりに主人公にもらう飴が救い。おかげで呪霊を取り込んでも心が荒まずに済んでいる。でもたまにクソ不味い飴を混ぜてくるのでそれは勘弁してほしい。ジンギスカン味の飴はさすがに怒ったしレバ刺し味も吐き出した。レモン味ください


七海建人

主人公が術師なのにあまりに普通の人で逆に戸惑った。術式は素直にすごいと思っている
周りに振り回されがちなので、主人公といるとホッとする。戦えないタイプの術式だから、守らねばと思っているのは小動物に対する庇護欲に似ていると気付いた


灰原雄

「先輩好きです!!!」
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