前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
「我々に無断でどういうつもりだ」
いきなり呼びつけておいて開口一番これ。
お前こそ何様のつもりだ、という言葉を飲み込んだ私を誰か褒めてほしい。
高専の事務室で伊地知くんに補助監督の仕事を教えていた私は、問答無用で上層部のもとに引きずり出された。
可哀想に、何が起きているのかわからない伊地知くんがぽかんとしていたので、大丈夫だから教室に戻るようにと辛うじて伝えられてよかったと思う。あのままだと伊地知くんを放置プレイするところだった。
まぁそんなこんなで気付けば私は真っ暗な部屋にぽつんと立たされていた。云うまでもなく初めて来る場所。
ただ、私はこの場所を知っていた。
それは未来視で視たわけではなく、前世の記憶によるもの。
乙骨優太を高専に入学させた五条が上層部と話していたのがこの場所だったことを、私は覚えていた。
まぁ、まさかこんな形で来ることになるとは思わなかったけど。
そういえばいろいろ歴史を捻じ曲げちゃってるけど、この世界線でも乙骨くんは出てくるのかなぁ、なんて呑気に考えながら、一応反応してあげることにした。
「どういうつもりとはどういうことでしょうか」
「恥知らずが」
やばい、言葉が通じない。
吐き捨てるような言葉に続き、顔も見せない上層部は口々に私を罵った。
やれ恩知らずだ、売女だ、卑しい強欲者だ、よくもまぁそれだけ罵詈雑言を吐けるものだといっそ感心する。何個かブーメランになってますよ、と云わないのは親切心ではなく面倒だからだ。
嫌味を聞き流すなんて普段からやっていることなので、適当に相槌を打ちながらやり過ごしていると、不意に冷静な声がした。
「お前はどういう意図で五条悟と婚約したのだ?」
なるほど、上層部にも多少は話せる人がいるんじゃないか。全体の九割九分九厘は腐っていても、一部はまともらしい。
そうだそうだと飛んできた野次は一切無視し、私は冷静な問いを掛けてきた方向に身体を向けた。
「利害が一致したからです」
下手に『愛してるからですぅ』なんて云ったら、それこそ何を云われるかわかったもんじゃない。
ある意味ではこれが本質だし、この程度なら云っても構わないだろう。嘘じゃないので堂々と胸を張る。
「貴様、五条悟と組んで何をしでかすつもりだ!?」
なんでそうなる。
もう反論するのも面倒くさい。
げんなりと息を吐き出すと、冷静な声がもう一度聞こえた。
「利害、とは?」
「お答えできません」
ガン無視されたどっかの誰かが金切り声を上げていたけれど更に無視。どうせ何云っても納得しない馬鹿を相手にするより、多少理解してくれそうな人を相手にする方が有意義だ。
呪術界での婚約なんて利害関係だったり利益関係だったりがほとんどなんだし、逆にどうしてそこまで勘ぐるのか。
きっぱりとした私の答えに、その声は続けた。
「お前たちが我々に反旗を翻さないと保障できるか?」
声の主は障子のようなものの後ろに隠れていて、こちらからは表情を窺うことはおろか、視線一つ合わせることは出来ない。
それでも私はまっすぐに、声の主を見据えて問う。純粋に疑問が浮かんだのだ。
「そもそも、私たちが組んで反旗を翻される心当たりがおありなのでしょうか」
問いに問いで返す行儀の悪さは自覚しているが、こればっかりは許してほしい。
裏切るな、なんていうのは、裏切られる可能性があると懸念していなければ出てこないはずだ。
「貴方方が何を考えているのか私は知りませんが、少なくとも呪術師として恥ずかしくない行いをすることが貴方方にとって都合が悪いとは到底思いたくないのですが」
ああ、しまった。
なるべく落ち着いて云おうと思っていたのに、自分でもわかるくらいに嘲るような声になっている。
違うんですよ、これでも一応表面上は穏やかにやり過ごすつもりではいたんですよ。
ただ、想像を絶するクソっぷりに、オブラートが破けまくっただけで。
「小賢しい小娘が」
いやもうほんと罵る言葉のレパートリーがすごい。ジャンジャン出てくる。
思わず笑いそうになるのを必死で堪えていると、上層部の良心とも思えてきた声が一際厳しい声で云った。
「お前が五条悟の婚約者であることが、五条悟の価値を地に落とすと云っても婚約を継続するか?」
「ご冗談を」
その問いにはほとんど反射で答えていた。
ざわり、と息を飲む声が聞こえた。
「私程度で落ちるほど、五条の価値は低くない」
五条との婚約で一番云われるであろうと予想していた問いだった。
だから私は、ちゃんと答えを用意していた。
――ただ、それでも。
予想していたよりもはるかに、実際に言葉にしてぶつけられるとダメージを食らう。
私の言葉は決して強がりではない事実だけれど、こうして問いかけてくるということは、一定数この考えを持つ人間が存在するということだ。
なんて薄っぺらい人たちなのだろう。
五条の価値を、婚約者ひとつで左右するなんて浅はかにもほどがある。
五条ほどの男ともなれば、婚約者は彼の存在を傷付ける要素にはなりえないのがなぜわからないのか。
五条悟を重要視するのならば、五条の価値を正しく判断してほしいものだ。
この私の反応は、どうやら予想外だったらしい。
もしかして、怖気づいて『婚約解消しますぅ』とか云うと思ったのだろうか。だとしたらこいつらは本当に見る目がない。私が高専に来て丸二年、一体何を見てきたのだろう。
少しざわざわとした後、妙に意気揚々とした声が上がった。
「ならば証明してみせろ。お前が五条を御するのだ」
「そうだ、それならば婚約を許してやる」
だからお前たちに許される謂われはないというのに。
というこ言葉をぐっと飲み込み、我慢、我慢。
今は我慢の時だ、私。
ここで反論してもどうせ意味はない。
だったら少なくとも今は、私がこの胸糞悪い上層部の思惑を聞き流せば済む話。
「あの問題児の手綱を取り、我らのために役立てろ」
結局こいつらが云いたいのはそういうことだ。
ゆくゆくは自分たちの息のかかった女でも宛がうつもりが計画が狂ったから、ならば私を利用して五条を都合よく扱おうというその浅ましい魂胆が見え見えだ。
自分たちの利益や立場しか考えていないやつらが上層部だなんて、本当に心底嫌になる。
まぁ少なくとも、こいつらには実際に私に手を出すほどの度胸はない。あるならさっさと殺すなり高専から追放するなりしているだろう。
婚約してからすでに三日が経過しているのに今さら呼び出されたことからも、今私が高専からいなくなったら仕事が回らなくなるということくらいはわかるらしい。馬鹿でも一応その辺りは考えているのは安心した。
それに、今私に手を出せば絶対に五条が黙っていない。五条本人だけでなく、おそらく本家も。ありがたいやら申し訳ないやら、良くも悪くも私は本家の方でも気に入られたようだから。
つまり上層部は、文句を云ったり八つ当たり気味に私の仕事は増やせても、五条家を恐れて実力行使には出られない。
どうせ何を云われても私が上層部の云うことをきくわけはないし、よしんば上層部の云いなりになって五条をコントロールしようとしても、そんなことは出来っこない。そんなもの無駄骨だ。
なのでさっさと解放してほしいな~、伊地知くんに仕事教えてる途中だったし。
と、云いたい放題の上層部のくそみたいな発言も聞くの疲れた頃、良いことを思いついた、と云わんばかりに弾んだ声が上がった。
それは、私の地雷を見事に踏み抜く言葉だった。
「ついでに夏油のほうも手玉に取ったらどうだ? どうやらお前は、やつらのお気に入りらしいからな」
――プチン、と。
何かが切れる、音がした。
「冗談は性根だけにしときなさいよ」
「何?」
我慢を、していた。
我慢を、するつもりだった。
けれど、ああ――これはもう、無理だ。
急に態度が変わった私を、上層部は不審そうに観察してきた。
さっきまでだって別に殊勝な態度ではなかったけれど、一応最低限敬語だけは使っていたし、それなりに礼儀は失しないよう気を付けていた。
が、今は違う。
もうそんなのどうでもいい。
こいつら相手に失礼なんてあるものか。こいつらの存在の方が失礼だ。
一番冷静だった声の主も何も云わないのをいいことに、私は遠慮なく口を開いた。
「文句があるなら本人に直接云ったらどうなの。どうせ自分たちじゃどうしたって二人のことをコントロール出来ないからって、私みたいな小娘に頼って恥ずかしくないわけ? 長く生きてても無能は無能ね。老害の自覚して、さっさとそこの席開けたら? 開いた席には私が座ってあげる。お飾りの無能を据えるより私が座った方が百万倍ましだわ」
私は今どんな顔をしているだろうか。
多分、今まで生きてきて最高に悪い顔をしているに違いない。
あまりややこしくならないように、嫌いだったり苦手な相手にもそれなりの対応をしてきたけれど、今は軽蔑と侮蔑、嘲りをありったけ込めた顔を隠しもしない。
こいつらは五条だけじゃなく夏油まで馬鹿にした。
それを許すことを、私は出来ない。
何も知らないくせに。
上っ面しか見てないくせに。
自分の利益と立場にしか興味なんてないくせに。
そんなお前たちが、五条を、夏油を――馬鹿にするな!!
「私の首を切りたいのならお好きにどうぞ。まぁ、出来るものなら、ですけど」
怒鳴り声のような制止を無視し、私は踵を返してこの場を立ち去った。
口汚い言葉は続いても、やはり直接私を引き留める者はいない。
結局、こいつらは五条と夏油を敵に回したくないのだ。
私に何かすれば彼らが黙っていないのを、他でもないこいつらがわかっているから。
――ああ、もう。誰も彼も、いっそ呪ってしまおうか。
◇◆◇◆
まったく腹の虫が治まらない。
もしかしたら今後、更に風当たりが強くなるかもしれないけれど、知ったことか。
無神経な発言で私を怒らせたあいつらが悪い。
外に出てからも収まらない怒りに任せ、ドスドスと関取のように足音を立てて事務室のドアを開けた瞬間、目がくらんだ。
まるで花火のような閃光。
え、何?
「大丈夫だったかい!?」
なんとそこには夏油がいた。
私の顔を見た途端立ち上がり、気遣わし気にこっちにきて、私が怪我していないかどうか見ている。
なんで。
「夏油」
「先輩が連れていかれてしまって、どうしようかと思ってたら夏油さんにお会いしまして」
「あー、なるほど」
今日の任務は近場だったから、さっさと終わらせて戻ってきたんだろう。
心配かけちゃったかなぁ。
伊地知くんにも申し訳ないし、夏油も任務終わりで疲れてるのに申し訳ない。
若干精神的にはダメージあったけど、物理的に何かされたわけではないから大丈夫なのに。
そう云って笑おうとして、私は思わずハッと息を飲んだ。
「……どうしたんだ?」
いきなり固まった私の様子に首を傾げた夏油。
気付けば私は、夏油に向けて両手を合わせていた。
まぁ、端的に云うと、拝んでいた。
「実感してる」
「何を?」
夏油引いてないかな。いや引くよね。うん、わかってる。普通引く。でも事実だからしょうがない。
「さっきまで上層部のクソどもに死ぬほどムカついててイライラしてたのに、夏油の顔見たら、あんなやつらどうでもよくなっちゃった」
「えっ」
「やっぱ私、夏油の顔大好き」
好きな気持ちってすごい。
どうやってストレス発散しようか、トウジさんでも呼んで動けなくなるまで組手に付き合ってもらおうか、なんて思っていたのに、夏油の顔見た瞬間あっさり全部吹っ飛んじゃったんだもん。
魔法みたいだ。
強がりでも何でもなくそう云うと、夏油は困ったように笑ったあと、照れくさそうに頬を掻いた。ああもう、その顔も好き。
何か出来ることはないか、と云ってくれた夏油に、私は少し考えてから恐る恐る云った。
「あのさ、ちょっとでいいから、良かったらお茶しない?」
夏油の顔のおかげで元気にはなったとはいえ、やっぱりちょっとしんどい。でも夏油の顔見ながら休めばすぐ回復すると思うんだよね。
と控えめに伝えてみると、夏油は喜んで、と笑ってくれた。
ああ、最高。
推しの笑顔、最高。
心配そうにしていた伊地知くんには平気だからと云って教室に戻ってもらい、夏油と私はそのまま事務局でお茶を入れた。
特別な来客の時にしか使わない高級玉露は、香り高くて気持ちが落ち着く。
向かい合った夏油の顔と、美味しいお茶の組み合わせ、最高です。
おかげでささくれ立っていた心が徐々に落ち着いていくのがよく分かった。本当に夏油様様だ。拝みたくなるご尊顔。ありがたや。
ほう、とため息を吐きながらお茶を飲むと、夏油はしみじみと云った。
「私、この顔に生まれてよかったと今ほど思ったことはないよ」
「まじ? 私だったら毎日鏡見て過ごすけど」
「とんだナルシストじゃないか……」
ナルシストの何が悪い。
夏油とか五条レベルになったら、自分の顔が好きになっても誰も文句云わないでしょうに。むしろ当然でしょうに。もう、夏油は控えめだなぁ。
しばらくの間、他愛ない話をした。
本当はすぐにでも片付けなければならない仕事が残ってるんだけど、今だけ、ちょっとだけ。
今日の任務で夏油が取り込んだ、大型犬のような呪霊に今度触らせてもらう話がひと段落ついたころ、そう云えば夏油は明日も朝早くから遠方に出張予定で、もしかしたら泊りになるかもしれない、という話になった。
場所もうそうだけど任務内容のせいで、さっさと終わらせてさっさと帰ってくる、が出来ないらしい。どうやら呪霊が出現する時間がある程度決まっているとかで、面倒な相手だそうだ。
出張はよくあることだけれど、このとき私は夏油の顔に過去一癒されていたわけで、ふと思ったことが口に出てしまった。
「夏油の写真欲しいな……」
云ってから慌てて口を押える。
不審者極まりない発言過ぎてさすがに反省した。
が、当の夏油は不思議そうに首を傾げて云った。
「本物がここにいるだろう」
「うん、本物も見てたいんだけど、ほら、忙しくなると毎日顔見るのも難しくなるじゃない?」
何度も云うが本当に私は夏油の顔が好きなので、写真集とか出してくれたら最低でも観る用、飾る用、保存用で三冊は買う。あと念のため予備として十冊くらい余裕で買う。
しかし現実問題一介の高校生が写真集を出すことなどないので、ならばせめて写真が欲しい。
そしていいことを思いつき、両手を合わせた。
この時代の高校生といえば、アレがあるじゃないか。
「ね、今度みんなでプリクラ撮りに行かない?」
「ああ、いいね。面白そうだ」
「そんでさ、夏油、一人で撮ってよ」
「イジメかな?」
「違うよ! 私の精神的健康のためだよ!!」
「さすがに一人は虚しいんだけど」
「じゃあ五条と硝子も入れて三人で」
「それなら君も入ればいいじゃないか」
「顔面偏差値高すぎて嫌だよ、それこそイジメじゃん」
「君、いつも思うんだけど、自己評価が低すぎるよ」
「あんたたちの顔が良すぎるのが悪いんだよ」
夏油もだけど、硝子も私のこと結構褒めてくれるけど、そりゃ私だって唾棄すべき不細工だとは思ってないけど、この面子と比べたら、ねぇ。普通の審美眼を持ってる人なら、私に同情するレベルだと思う。
黙ってれば国宝レベルの五条、すべてのパーツが神がかって整っている夏油、それからアンニュイな表情が最高に美しい硝子。
これに並んで尚自分に自信を持てって?
どんだけ面の皮厚いんですかって話ですよ。
いかに夏油たちが美形であるか訥々と語ってみせると、最初はむずがゆそうにしていた夏油も、後半は呆れたように笑っていた。笑うなよ、褒めてるんだから。
それから、ゴホン、とひとつ咳払いをした。
「まぁ、プリクラはあとで撮りにいくとして……」
「やったぜ」
「少し、話をひっくり返してもいいかい?」
何を改まるのか。
疑問に思いつつも頷くと、夏油はゆっくりと口を開いた。
「今日、上層部に何を云われた?」
なるほど、このタイミング。
少しだけ納得して、私は云う。
「五条との婚約のこと。勝手してふざけんなよって感じのこと云われた」
嘘ではないので肩を竦めると、そうか、と夏油は頷いた。
そういえばさっきお茶を飲んでいる間は本当に他愛ない話だけで、夏油は何故私が上層部に呼び出されていたのか訊いてこなかった。
タイミングを見計らっていたんだろう。
私の心が乱れている状態ではちゃんと話せないと思ったのか、あるいは、私が落ち着くのを待っていてくれたのか。
夏油のことだから後者だと思う。まったく、夏油は優しい男だ。
「それだけか?」
「そ。あとはつまんないお小言ばーっかり」
「君がその程度であそこまで腹を立てて落ち込むとは思えない」
痛いところを突く。
まったく夏油って本当によく人を見ていると思う。
イライラしてたのは表に出していたけど、まさか落ち込んでいるのを見抜かれるとは。
それなりに感情を隠すのはうまい方だと自負していたのに、段々自信がなくなってきた。
さて、どうしたものか。
誤魔化そうとすれば誤魔化されてくれるだろう。
私が話したくないと拒絶の意を示せば、無理矢理にでも聞き出す野暮を夏油はしない。
でもきっといつか、こういうことは別方向からも云われるのは予想できる。
だったら早いうちに夏油に知らせるのも一つだ。いいかどうかは、果たしてわからないけれど。
「……どうしても婚約解消しないなら、五条だけじゃなく夏油も一緒に手玉に取って上層部の都合のいいように操れって云われた」
白状すると、夏油は驚いたように目を見開く。
「ちゃんちゃらおかしいのよね。そんなこと、誰も出来っこないんだから」
「……そうだね」
「ま、さすがにちょーっとムカついて云い返しちゃってさぁ。もしかしたら今後面倒な仕事増やされちゃうかも」
テーブルに視線を落としつつわざと明るく笑って云っても、夏油は笑ってくれなかった。
代わりに、ぽつりと呟いた。
「なぁ、いつでも云ってくれよ」
「何を?」
この時、顔を上げなくてよかったと思う。
だってきっと、今夏油の顔を見ていたら私は――……。
「私ならいつでもあいつらを消せる」
ヒュン、と。
喉の奥が鳴った。
「君が望むなら、私は」
「夏油」
それ以上云わせてはいけないと、咄嗟にあげた声は思ったよりも大きくなった。
そうしてやっと顔を上げ、息を飲んだ様子の夏油に、笑う。
「ありがとね」
ぎこちなくてもいい。
ただ、笑う。
「確かに夏油と五条がいたら最強で、誰も二人には敵わないんだと思う。やる気になれば世界征服だって出来るよ」
冗談ではなく、これは本当のことだ。
この二人なら、例え世界中が敵になっても、きっと負けはしないだろう。
だって二人は最強だから。
誰にも負けやしないから。
だからこそ、私はそれを享受するわけにはいかない。
私なんかのために、そんなことはさせてはいけない。
――例えそれを、夏油が望んだとしても。
「でも、夏油が目指す未来って、そうやって力で屈服させたものじゃないよね」
全部が全部ハッピーエンドなんて夢を見ているわけではない。
それでも優しい夏油は、きっとそうなればいいという理想はあるだろう。
夏油は私や五条なんかよりもずっとロマンチストだと思うから。
「気遣ってくれるのは嬉しい。私のために上と喧嘩してやるって、そういう気持ちもすごく嬉しいよ。でもそれは、夏油の中に留めておいて。外に出しては駄目。夏油のためにならないから」
足元を掬いたい輩はいつでもどこでも発生する。それこそ、駆除しても無限に出てくる害虫のように。
夏油は強いけれど、だからこそ妬まれて嫉まれて、足を引っ張ってやろうとくだらないことを目論む馬鹿に目をつけられることも多い。
そんなやつらが何をしたって夏油の価値は揺らがないけれど、わざわざ煩わしくなる材料を与えてやる必要はないだろう。
私は出来るだけ夏油が穏やかに過ごせたらいいと思っている。
特に、私に関することで面倒や気苦労をかけたくない。いやまぁこの辺はある意味手遅れかもしれないけども。
それでも。
「ありがとう、夏油」
重ねて云うと、夏油は苦しそうに顔を歪めて、項垂れた。
私は思わず手を伸ばし、そんな夏油の頭を撫でた。
子ども扱いするな、なんて云って怒られるかと思ったけれど、振り払われることがなかった。
しばらく、そうして事務室に沈黙が落ちる。
「私はいつも、君に、何もしてあげられない」
呻くような声。
ハッとして手を止めると、夏油はゆるゆると手を伸ばし私の手を握り締めた。
力なく。
簡単に振りほどけそうな弱弱しい力。
だけど、私は振りほどくことなどできなかった。
「禪院家から君を守ったのは悟で、今も上層部が君を傷付けて侮辱しているのを知っているのに、何もできない」
夏油の声が、手が、震えていた。
私は一瞬で目が熱くなったのを自覚し、しかし力いっぱい歯を食いしばって堪える。
それから、もう片方の手を夏油の手に重ね、云う。
「そんなことないよ」
私の声も、震えていた。
ああもう、情けない。
「私、夏油がいるから頑張れるんだよ」
どうか声よ震えないで。
そんな私の願いも虚しく声は震えたけれど、私はやめなかった。
優しい夏油が、私のせいで落ち込むなんて嫌だから。
「お願いだから、何もできないなんて、そんなこと云わないで」
私の生きる原動力は、結局のところ夏油に帰結する。
私の知る『夏油傑』の結末を変えたくて、どうにかして『夏油傑』に幸せになってもらいたくて、そのためならばどんな困難にも立ち向かう。
一度死んでこの世界に生まれ変わった私は、『夏油傑』を幸せにするために生きているのだ。
だから、例え今自分が窮地に立たされていようとも、それさえいつか訪れる『夏油傑』の幸せに繋がるのなら享受できる。
狂っていると云われたらそれまでだ。
わかってる。
ただ顔が好きなキャラクターだった存在にここまで入れ込むなんて、きっと私は狂ってる。
確かに最初は夏油の顔にしか興味がなかったけれど、今は違う。
もちろん大前提として顔は大好きだ。
でも、それ以上に夏油の人柄が好きだ。
実際に出会った、一人の人間として。
優秀なくせにヤンチャするところも、優しいと見せかけて実は冷たいところも、だけど心を許した相手にはどこまでも甘いところも、沈着冷静だけど意外と沸点が低いところも、全部含めて夏油という人が好きだ。
私のような何もない、本来この世界にとってのイレギュラーでしかない私なんかを好きになってしまったってところだけは、ちょっとどうにかしてほしいけど。
泣かないでほしい。
苦しまないでほしい。
笑っていてほしい。
幸せになってほしい。
夏油が今こうして私の目の前にいてくれて、私のことを気遣ってくれているだけで、私には十分だ。
それだけで私は立っていられる。
何もできないなどとそんなことはない。
もう、十分すぎるほど夏油は私に力をくれている。
それを夏油に伝える手段がないのが悔しい。
言葉だけでは伝えきれず、弱い私が態度で示すことも難しい。
歯痒さで胸が張り裂けそうだ。
そこにいてくれるだけでいいなんて、確かに信じられないだろう。逆の立場なら、もしかしたら私だって信じないかもしれない。
どうしたら夏油に伝わるかと考えあぐねていると、不意に夏油が顔を上げた。
「……いつか、君は云ったね。私に幸せになってほしい、と」
急になんだろう。確かに何度かそういう話はしたことがあるけれど。
戸惑いつつも頷くと、夏油は改めて私の手を取った。
「私の幸せは、君の力になることだ」
息を飲む。
重なった視線は、まるで金縛りにあったように身体を動かせなくした。
指先一つ、動かせない。
触れた個所から伝わる熱が、妙に生々しくて息を飲んだ。
辛うじて呼吸だけはしながら、夏油の言葉を聞く。
「だから約束してほしい。この先、悟にも先輩にもどうしようもないことで、私ならどうにかできる問題に直面したら、その時はどうか」
私を頼ってほしい、と。
真っすぐに私を見つめて云った夏油に、ややあって私は笑って頷いた。
どうかそんな日が――来ませんように、と願いなら。
主人公
自覚しようがしまいが十分狂ってる
上層部相手にぶち切れちゃったし仕事やりにくくなるかなーと思ったけど特に何もなくて拍子抜けした。多分、一人だけいた上層部の良心的な人のおかげ。そういう人が一人くらいいてもいいじゃない……
あと夏油が自分のこと好きってわかってて無理だって振ったくせに『顔好き』って云っちゃうお前も結構悪い
夏油傑
君のためなら世界だって滅ぼしてみせるを地で行くやべーやつ。大概狂ってる
伊地知潔高
入学したばかりなのでまだ先輩たちの異常性には気付いてない。主人公が夏油の顔ファンなのは知ってた
純粋に先輩がいきなりどこかに連れていかれたことを心配した良い子。狂ってない