前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
今回はメインじゃないし夏油がかわいそうな立場になってますがそのうちきっと多分恐らく報われる……といいなぁ(希望的観測)
「男子四人が顔つき合わせて、何、猥談?」
「他にもっと云うことはないのかい」
この女に恥じらいはないのだろうか。
七海と灰原が課題に必要な書籍を探しに図書室に向かうと、先客がいた。嫌な予感しかしない七海は、その先客に気付かれる前に回れ右したかったのだが、後ろから来ていた灰原が元気いっぱいに挨拶をしてしまったので大きなため息を吐き出した。灰原、そういうところだぞ。
そのまま灰原だけを置いて逃げ出してもよかったけれど、今はよくても後々絶対に面倒なことになるのはわかっていたので、灰原に背中を押されながら仕方なく七海も図書室に足を踏み入れた。
先客は、彼らの一つ上の先輩たちだった。
世にも珍しい特級術師、一人は御三家で六眼持ちの何様俺様五条様というリアルジャイアンを地で行く五条悟、もう一人は一般家庭出身ながらも呪霊操術という稀有な術式を自在に操り接近戦もスペシャリストなTHE・人誑し夏油傑。
揃っていい性格をしているのに、二人一緒にいると相乗効果でもっと大変なことになるので、七海はこの二人のことが結構苦手だった。妙に夏油に懐いている灰原のことは変人だと思っている。確かに五条か夏油かどちらか選べと云われたら七海だって夏油を選ぶが、そもそもの話、必要以上に関わり合いになりたくない。
嫌いではないが任務以外で関わると碌なことにならないと学んだので、被害に遭わないためエンカウントしないよう心掛けていたのに、たまにこうして捕まってしまうのだ。
こうなるともう逃げるのは至難の業なので、七海は心を無にしてやり過ごすしかない。
とりあえず今日は課題に使う本を探したいのだが、暇を持て余している先輩二人は七海の考えなどお見通しだ。先輩の云うことは絶対だなどと心にもないことを云って自分たちと同じ席につかせ、すでに三十分ほど内容のない会話を繰り広げた。実に無益な時間である。
灰原は純粋に先輩二人との会話を楽しんでいるようだし、もう灰原を生贄にして自分は目的の本を探しに行ってもいいんじゃないだろうか、と考えていた時に彼女が現れた。
この二人よりはもしだとしても、彼女もなかなかの個性派だ。しかも時折五条と組んでハチャメチャなことをしでかすことがあるから油断ならない。
厄介事が増えたな、とさらにため息を吐いた七海は、きっと悪くないだろう。
彼女は補助監督として働くことが多い関係上、高専内にいるときは書類ケースを持ち歩いている。どうやら丁度五条と夏油に渡すものがあったらしい。簡単な説明とともに書類を手渡し、ざっと目を通した二人は一先ず書類を片付けた。急ぎの用事ではないのだろう。
「そこで俺らが肯定したら逆にお前どうすんだよ」
「え、うーん。ナナミンの好みのタイプだけ聞いたら退散するよ、あとはゆっくり猥談続けてどうぞ」
「巻き込まないでください」
「七海だけですか!?」
僕は!? と何故か不服そうに声を上げた灰原には、何故か遠い目をして答える。
「灰原くんは、沢山食べる子でしょ」
「そうですけど……え、先輩なんで知ってるんです?」
「あはは」
予知能力、と彼女は笑った。確かに彼女の術式は未来視だが、しかし灰原の好みのタイプの話をしたのは少し前のことだ。
女子などほぼ皆無と云っていい高専で話すにはあまりに非生産的な話だと思って聞き流していたが、確かに美味しそうにご飯を沢山食べる子が好きだと云っていた。というか灰原自身が食べることが好きだから、一緒に食べて楽しい子がいいという意味だろう。無駄にダイエットしてガリガリな子は確かに七海も嫌だ。かといって改めて好みのタイプと云われると正直悩むのだけれど。
まぁ彼女の術式については方々で話題になる程度には謎だし、深く考えるのはやめておこうと七海は思考を放棄した。
五条と夏油に書類を渡して彼女の仕事は終わりかと思いきや、立ち去る気配はない。どうしたのかと代表で夏油が首を傾げると、彼女はけろりと云う。
「猥談続けないの?」
「猥談じゃないし続けないよ」
仮にも年ごろの女の子が、同世代の男子に猥談を続けろと云い放つのはあまりに無慈悲だと思う。
特に、彼女に対する恋心をすでに隠していない夏油にはひどい仕打ちだ。
ただでさえ彼女には長らく付き合っている彼氏がいて不毛な片想いだというのに、この仕打ちは思春期健康男児にはひどすぎる。まぁ夏油の場合は普段の行いが悪いので特に同情はしないが。
そもそも猥談ではないし実のある話をしているわけもはなかったので、話を中断しても何の問題もない。
地味に撃沈した夏油と、それを指さして笑う五条を冷たい目で見た彼女は、すぐにそちらに興味を失くすとパッと笑顔を浮かべて両手を合わせた。
その笑顔の先は、なんと。
「じゃ、ナナミンちょっといい?」
「……私ですか?」
思わぬ場所で話の矛先が向いた七海は、思わず首を傾げる。
昨日までの任務の報告書はすでに提出してあるし、来週からの任務の依頼書はもう受け取ってある。今は特に呼び出されるような心当たりはないし、ちらりと灰原を窺ってみても肩を竦めていた。
が、そんな反応は想定内だったらしく、彼女はもっともらしく続けた。
「基本的には1級以上の術師じゃないと申請できない手続きがあって、私今からその申請に行くんだけどさ。今後のためにナナミンにも見といてもらおうと思ってね」
本当は一人で行くつもりだったらしいが、廊下で出くわした夜蛾に七海が校内にいることを聞き、探しに来たのだという。
なるほど。
なるほど?
納得しかけて、しかしおやおやと更に疑問が生まれる。
「あの。私、まだ準2級なのですが」
「うん、そうだね」
「……2級でもないし、ましてや準1級でもないんですよ?」
「それは今はって話でしょ?」
戸惑う七海を置いてきぼりに、何を云っているのだと云わんばかりに首を傾げた彼女は、あっさりと続けた。
「だってどうせナナミン1級になるもん。こういうのは今から見といて損はないよ~」
これがとんでもない発言だということに気付いていないのは彼女だけだった。
確かに七海は優秀だ。
現に、灰原と揃って一年生の時点で準2級、今となっては2級昇進も秒読みという段階。一生3級止まりになる術師が多い中、これは非常に優秀と云えるだろう。
しかし、術師の中で1級というのは特別なのだ。一応特級が術師としての最上というくくりではあるが、特級は常識の規格外だから目指すものではない。
つまり、実質1級が術師の頂点とも云える。
そこに七海は至れると彼女は当たり前のように云った。
なってほしいとか、なれると思うとか、そういう希望的観測ではない。
軽い口調といつものへらへらした笑顔の中に見える、確固たる信頼と自信。根拠がどこにあるのかさっぱりわからないけれど、どうやら彼女の中で七海がいずれ1級術師になるのは決定事項なのだ。
彼女は飴と鞭を基本的に9:1くらいにしているので、これでもかというほど人を褒める。七海も灰原も、低級一匹祓うたびに逐一褒められ、呪詛師を捕まえては褒められ、なんなら予定時間前に集合しただけで褒められるので、大袈裟すぎるのではないかと思ったのは一度や二度ではない。
そんなわけで正直彼女に褒められるというのは慣れてしまったと思っていた。
が。
これは、思った以上に嬉しかった。
すごいとか強いとかかっこいいとか、手放しで褒めそやされるよりもずっと。
七海が油断すると赤面しそうになる血液を根性と意地で必死に抑え込み平静を装っていると、珍しく大人しく話を聞いていた五条がなぁなぁと彼女の制服の裾を引っ張った。何の考えもなしにスカートを引っ張るものだから若干際どいことになっており、ほとんど反射で首を傾けた夏油は容赦なく殴られていた。これは酷い。
灰原はこんな男に憧れていていいのだろうかと真剣に七海は思ったが、人の好みにケチをつけるのはあまりに野暮というもの。七海は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
夏油ほどではなくとも彼女に頭を殴られた五条は、痛む箇所をさすりながらめげずに口を開いた。
「1級以上だったらってことは、俺らも出来んの?」
「まぁ、可能ではある」
頷いた彼女は、しかし半笑いである。
「な、なんだいその含みのある云い方……」
「だって、五条も夏油もその手の手続き全部私に任せてるじゃん。だから本当はそれなりに経験豊富で術師からの信頼厚い補助監督しか認められてないはずの権利が、ぺーぺーの私にもあるんだよ。あんたらが丸投げしたものの事後処理、だいたい私に回ってくるからね」
おわかり? と真顔で云われ、藪蛇だとわかったのだろう。控えめに云っても傲岸不遜の体現者であり、彼女に仕事を任せた心当たりがありまくりな問題児二人は口をミッフィーにして押し黙るしかない。ご迷惑をおかけしております。
実際特級術師の扱う仕事は複雑で、補助監督なら誰でも担当できるわけではない。
ついでに、この二人の性格が強烈なせいで、進んで二人の担当になりたがる補助監督もなかなかいない。新人や彼らの顔に惹かれた馬鹿はたまに積極的に担当になりたがるが、そういう人たちはいつの間にかいなくなっていたり、想像以上のクズ人間振りに恐れをなして逃げ出してしまう。
必然的に彼女が担当することが多くなり、おかげで彼女は今や、いなくなっては困る補助監督ランキング第一位だ。仕事に関してはもちろんだし、主に特級二人の調教師として。
彼女もそれを自覚しているのか、理不尽だと叫びながらもしっかり仕事をこなすあたり、やっぱり真面目で優秀なのだ。
黙るということは己の行動を改善する気がないということである。今後もこれまで通り特級の後始末をする生活が確定した彼女は、しかしそれほど嫌そうな顔もせずに息を吐いてからぼそりと零した。
「まぁ確かに今教えても忘れちゃうかもしんないけど、いざ教えなきゃって時に私がいる保証もないからね」
「え?」
「ああいや、ほら、任務とかいろいろあるじゃん」
どういう意味かと思ったのは自分だけではなかったらしい。隣の灰原もきょとんと首を傾げていて、しかし五条と夏油は苦虫を噛み潰したようが顔で押し黙っている。彼女だけはへらへらとしているが、なんだか笑い方が下手くそだ。
単純そうに見える彼女だが、実はものすごく隠し事の多い人なのだということは察しがついていた。
妙に物知りだったり、妙に悟っていたり、妙に先のことを見てきたように話したり。それくらいならまだ気にならなかったけれど、時折見せる達観したような表情だけは何度見ても慣れない。
その理由を知りたいような気もするけれど、知るのはどこか恐ろしかった。
ただでさえつかみどころのない彼女が、本当に手の届かない場所に行ってしまうようなそんな気がして、七海は彼女に踏み入った質問を出来ずにいる。
ちなみに、七海には彼女への恋心なんてこれっぽっちもない。
強がりやツンデレではなく、本当にない。
ただ、他の先輩たちに比べると、ほんの少し尊敬している。
だからこそ気になって、だからこそ立ち入れない。
こういうとき灰原のような性格だったら、何も考えずぽんと質問を投げかけられるのだろうが、残念ながら彼は七海建人なので、灰原のようにはなれない。
それが少しだけ、寂しい。
パン、と手を叩く音にハッとし、顔を上げる。
どうやら思考に没頭していたらしく、沈黙してしまっていたようだ。図らずも彼女を無視する形になってしまい、ちょっと七海は反省した。
「今じゃなくて次の機会でもいいんだけど、どうする?」
「あ、はい、いいえ」
「どっちよ」
彼女は珍しく焦っている様子の七海に小さく噴き出した。
妙に気恥ずかしくてちょっと頬を赤らめながら、しかしこれは真面目な話なのだと気を取り直し、ごほんと咳払いをしてから改めて彼女に向き直る。
「――ご一緒します。よろしくお願いします」
自分は灰原にはなれない。
自分は自分だから。
ならば、自分に出来ることをしよう、と七海は決めた。
七海の言葉に満足そうに頷くと、さっそくその手続きのために事務局に向かうらしい。
書類ケースから資料を取り出し七海に渡し、軽い説明をしながら図書室を出て行こうとしていた彼女は、一歩廊下に足を踏み出してから何かに気付いたように振り返った。
そうして。
「ゆくゆくは灰原くんも連れてくから、その辺誤解しないよーに」
こんなもん、ぞろぞろ大人数で行くことじゃないからね、と。
悪戯っぽい笑顔を残し、今度こそ彼女は七海を伴って図書室を後にした。
残された三人、正確には灰原は、呆然と呟く。
「……僕、どんな顔してました?」
「うーん、控えめに云って捨てられた子犬の目かな」
「うわぁ」
恥ずかしかったのか照れたのか、乙女のように両手で顔を覆った灰原は、しかしすぐにパッと顔を上げて、拳を握りしめた。切り替えが早いのは灰原のいいところの一つだ。
「僕も、頑張って1級目指します」
この時、まだ五条には呪術界の改革などという大層な夢はない。
夏油も彼女の奔走により原作ほど非術師に対して唾棄すべきほどの嫌悪感はない。
けれど根本的に呪術界が変わらない限り、そう遠くない未来、五条が、あるいは夏油がこの腐った旧態依然とした呪術界をひっくり返すために優秀な人材を必要とするだろう。
そのとき、七海や灰原が1級術師になっていたとしたら、それは二人にとって強く頼れる味方になるのは間違いない。
彼女がそこまで見越しているかどうかは誰も知らない。
それでも、彼女の言葉が七海と灰原を動かしたのは事実だ。まぁ、もともとが優秀な二人なので、彼女に云われるまでもなく1級になる可能性も十分にあったけれど。
すでに特級という常識から外れた位置の立場を確立している二人には、誰が1級になろうと準1級だろうと知ったことではない。
いくら二人が特級クズでも、高い場所を見据えて立ち上がった後輩を馬鹿にするほど腐ってはいなかった。
軽く目を見合わせた五条と夏油は、ややあって小さく笑って。
「うん、頑張れ」
「せーぜー頑張れよ」
主人公
好きなタイプは『先輩』
げとうくん
好きなタイプは『主人公』
ごじょうくん
好きなタイプは『一緒にいて安心する子♡』
ななみくん
好きなタイプは『元気な子』
はいばらくん
好きなタイプは『沢山食べる子だけど先輩ってあんまりご飯食べませんよね!? じゃあ好きになった人がタイプです!!』