前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
どこをどう考えても、硝子さんが一番男前なんだよなぁ
(あ、やばい)
じわりと目に水分が浮かぶ感覚に、私は慌てて両手で顔を抑える。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した息はわずかに震えていた。
ときどきあるのだ。
無性に不安感と焦燥感で胸がいっぱいになって泣きたくなって、大声を上げて走り出したくなるような衝動に駆られることが。
理由はよくわからないのだけれど、そしてそこまで頻繁にではないけれどこうなって、なんとかやり過ごしていた。
我ながら情緒不安定すぎて笑える。いや笑えてたまるか。
ただ、人前ではなく決まって一人の時になるというのは、ある意味自制心が働いているのかもしれない。妙なところに精神力を使うのはやめてもらいたいところ。
こうなったとき、本当ならば心の赴くままに泣いて大声を上げて走り出してしまえば楽になるのだろう。
自分でも気付かないうちに溜め込んだストレスがそうさせているのだろうし、発散できるのならば発散するのが一番の解決策なはずだから。
しかし、これまで私はこの衝動に抗い続けてきた。
胸を張れるような自信などなく、これはほとんど意地だった。
何の理由もなく泣いたり叫んだりしたくない。
だってそんなのはみっともないし格好悪いから。
いくら人目に付かないような場所を選んで人知れず泣き叫んだとしても、そもそもそういう奇行に走ったという事実があるだけで後から思い出して死にたくなるに違いない。
中途半端にあるプライドが、心のままに動くことを邪魔をする。
わかっている、私はそういう人間なのだ。
だから我慢する。
実際、我慢できていた。
だからきっと今日も大丈夫だと、今まで通り高専の校舎、屋上へ続く階段に隠れてひっそりと座り込んでいた私に、予想外のことが起きた。
「……何してんの?」
ぎくり、と肩が跳ねてしまったのは仕方ないと思う。
油断していたのもあるし、まったく気配がなかったから本気で驚いたのだ。これでも甚爾さんには鍛えられているから、呪霊はともかく人間の気配には敏感な方なのに、全然気付かなかった。
それにここは経験上人なんて来ないはずだったのに。
屋上でサボる青春は私たちにはなく――なぜならサボるならば堂々と部屋でサボるから――、こそこそと隠れて煙草を屋上で吸う殊勝な生徒もいない――なぜなら吸うなら堂々と吸う――から。
だから、反射で顔を上げてしまったのも仕方ないと思う。
そうしてその途端、ぽろり、と堪えていた涙が零れてしまったのも仕方ない、と云いたいところだけどこれは仕方なくない。
しまった、と思ったときにはもう時すでに遅し、私の目から溢れた涙を見た硝子が、私を凝視して固まってしまっていた。
「…………」
「……ちゃお☆」
私を見つめたまま言葉を失った硝子と、もはや流れる涙を止める術を持たない私の下手くそな笑顔。
居たたまれずに軽い挨拶を投げてみても反応はなかった。純粋な無視なのか空気を読んだ上の反応なのかわからない。
ちぐはぐな表情のまま見つめあって、数秒。
フーッと煙草の煙を深く吐き出した硝子は、何も云わずに私のすぐ隣に腰を下ろした。
それから、私の方を見ないまま云う。
「肩、今ならタダで貸すけど」
私の涙には言及せず、こんなところに隠れていた理由も問いたださず、静かにそれだけ云って硝子はまた大きく煙草を吸い込んだ。
私は一度、そんな硝子の嘘みたいに整った横顔を見つめてから、視線を前に戻す。
硝子はこういう人だ。
普段はちょっと口が悪くて面倒事を嫌ってぶっきらぼうなところもあるけれど、本当は周囲をよく見ていて人に寄り添えるすごい人。
優しいなんて言葉では言い表せないくらい、硝子は優しい。そんな彼女だから、反転術式なんてものを使いこなせているのだと思わずにはいられないほどに。
もし今どうして泣いているのか、なんでこんなところにいたのか、誰にも相談は出来なかったのか、なんて云われても、私は何も答えられなかっただろう。
何せ自分でもどうして泣いているのかわからないのだから、それに付随する事柄すべてにそもそも答えが存在しないのだ。
だから、泣き止めとも云わず、何も訊かずに、ただ傍にいてくれる硝子の優しさが私はとても嬉しかった。
涙はまだ止まらないけれど、さっきまで胸の中に巣食っていた途方もないような絶望感も悲しい気持ちもない。
じわり、と。
ぽとり、と。
胸に落ちた硝子の温かさが、心地よく広がっていく。
「硝子、マジかっこいい」
「惚れるなよ」
「もう遅いかな」
「ははは」
笑って、硝子は私の頭を抱き込むようにして自分の肩に押し当てた。
制服から香る煙草のにおいが、どこか落ち着く。
だからというわけではないけれど、それからしばらくの間、私は無言で硝子の肩で泣いた。
硝子は煙草を吸いながら、何も云わずにそこにいてくれた。
結局私たちは、授業終わりの鐘が鳴るまで、そうしていた。
漸く涙が止まったので、私は硝子にお礼を云って立ち上がった。ずっと同じ体勢でいたので固まっていた身体を、大きく伸びをして解す。すると、面白いくらいにバキボキッと音が鳴ったので、私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
うん、もう大丈夫。
私の笑顔が作り笑いでないと判断したらしく、硝子も柔らかく笑っている。
ふふ、世の人たちは、硝子がこんなにも優しく柔らかく笑えるってこと、きっと知らないんだろうなぁ。そう思うと、実はちょっとした優越感を抱く私だったりする。
しかし硝子本人にそんなことを云ったらもう二度と私にそうやって笑ってくれなくなるのは必至なので、思いは億尾にも出さずもう一度にっこり笑顔を浮かべ、一度顔を洗ってから教室に戻ると、授業を終えたところの夏油と五条が一斉にこちらを見た。
「あれ、ふたりともどこに行ってたんだい?」
「サボりだサボり、不良だ」
どうやら私たちがいなくともふたりは真面目に授業を受けていたらしい。
まぁ、別に何でもかんでも一緒じゃなきゃ嫌だ、なんて子供じゃないのだから当然なのだけど、ちょっとだけ見直した。特に五条、妙なところで寂しんぼのかまってちゃんな面が見え隠れする大きな子供だから、私たちがいないことに拗ねて夏油を道連れにしてサボるんじゃないかと思っていたんだけど、いい意味で予想外だった。学生の本分は本来お勉強だからね。真面目なのは良いことです。
隠すほどのことではないけれど、話すほどのことでもない、完全に個人的な私の事情と、それに付き合ってくれた硝子。
どうしたものかとちょっと考えていると、制服のすそをくんっと引かれた。どうしたのかと思い硝子を見ると、いたずらっぽくウィンクをしているではないか。
うわっ、美人。
自分の親友の顔の良さに改めて度肝を抜かれつつ、私はその硝子の顔で何を云いたいのかわかってしまった。
なので、不思議そうに首を傾げる五条と夏油に向かって。
「男子には秘密!」
「お前らには一生教えない」
そう云って、私たちはさっさと荷物を回収するとスキップする勢いでその場をあとにした。
校舎を出た時にはどちらからともなく笑い出し、寮に付く頃には爆笑しすぎて軽い呼吸困難になっていた。
共有スペースで報告書をまとめていた灰原くんは心配して水を持ってきてくれて、ナナミンは危険物を見る目でちょっと遠いところからこちらを見ていたので、思いっきりくすぐってやったら割と本気で怒られて、でもそれすら楽しくて笑ってしまった。
誰にも云えない不安も恐ろしさも、根本的には解決できていない。
それらがなくなるとしたら、きっと十年後、夏油の幸せをこの目で見届けた時だろうから。
だけど、私は大丈夫だ。
だって、硝子がいるから。
どんなに不安で恐ろしくて、声を上げて泣き叫びたくなっても、ちゃんと硝子がみていてくれるから。
だから、――大丈夫。
主人公
実は結構情緒不安定。というかそもそも一回死んで気付いたら前世の記憶持ってて今自分が前世で読んでた漫画の世界で生きてると自覚した上で自分の推しを生かすために何でもしようとか考えている人間がまともな精神なはずはない
が、夏油以上に取り繕うのがうまいので、余程ヤバイ時でないと誰も気付けない
今日はたまたま家入に見つかってしまったが、何も追究してこないので結構ホッとしている
家入硝子
なんとなく主人公が危ういことは気付いているが、本人も自覚はなさそうだし、常にというわけでもないのであまり気にしないようにしていた。今日はなんとなく屋上に行こうと思ったら階段で主人公がうずくまってて思わず声をかけた。顔を上げた主人公が真顔で泣き出したので実は結構びびってた
何も訊かれたくなさそうな顔をしていたので何も訊かなかったが、本当は傍にいるのに何もわかっていない自分が情けない気持ちでいっぱい
でも主人公が安心できたみたいなので、それはそれでよし。このポジションはあのクズどもには譲らないという確固たる意志を持った