前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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頑張れ灰原くん、の巻


いっぱいたべるきみがすき!

「先輩の拒食症っていつからですか?」

 

飲んでいたお茶を噴き出しても責められる謂われはないと思う。

いつも通りの無邪気かつ溌剌とした笑顔で爆弾発言を投下してくれたのは、可愛い後輩第一号である灰原くんだった。

 

「な、何云い出すの!?」

「いやー、前々から気にはなってたけどなんとなく訊く機会がなかったんですけど」

 

今かなって思って!

とまたにっこり可愛らしい笑顔を浮かべる灰原くんに悪気はないのだろう。むしろこの顔で悪気があったら恐ろしすぎる。人間を信じられなくなる。

 

五条と夏油はそれぞれ単独で一週間の遠方任務に出かけており、硝子は冥さんの依頼で来週まで帯同。ナナミンは伊地知くんを連れて京都校の手伝いに出かけていた。

寮に残っているのは灰原くんと私だけで、灰原くんも明日から二日間地方出張の予定が入っている。

なので、この機会にキッチンの大掃除をしようかと思ったのだ。

こんなにみんないっぺんにいなくなることなんて今までなかったから、寮の冷蔵庫に常に食材が入っている。保存が出来るものならともかく、さっさと使わなければならないものも多々あったので、それらを灰原くんがいるうちにどうにかしなければならなかった。何せ私は小食なので、たくさんあっても一人じゃ消費しきれないのだ。

残っている食材を贅沢に使い灰原くんリクエストの料理を並べると、彼はものすごく嬉しそうに食べてくれた。まぁ、残り物とはいえまだまだ十分食べられる物たちだったから、有意義に使えてよかった。

夏油ほどではなくとも健啖家な灰原くんが料理をもりもり食べる様子を眺めていると、なんだか私までお腹が満たされていく気分だった。完全に気のせいだけど。

灰原くんは全料理の半分ほどを平らげてやっとある程度お腹を満たしたらしい。

満足そうに息を吐いてお茶を飲んだところで、冒頭のような暴言を放ったのだ。

 

私も丁度お茶を飲んでいたので、まぁ、漫画のように噴いた。そして咽った。

大丈夫ですかと心配そうに声をかけてタオルを差し出してくれた灰原くんにお礼を云いつつ口を拭い、改めて呼吸を整える。

いきなり君は何を云ってくれるのか。

 

「拒食症ってのはさ、体重や体型を極端に気にして食事を拒むってのが一般的なものじゃん? 私は別にその辺気にしてないし、食べて吐くってこともないし、拒食じゃなくて単なる小食だと思うんだけどなぁ~」

「一般的な症状に当てはまってないってだけで、僕からしたら十分拒食症ですよ」

 

結構云うじゃん……。

私の一つ下の学年の二人は、それぞれ全然違うタイプに見えて、その実かなり似ている。

特に、こうやって先輩に対してであっても物怖じせずはっきりものをいうところとか。いやね、委縮して何も云えないよりはいいと思うよ。意見は口にするのが大事だと思うし。

が、普段ならばもう少しオブラートに包んだ云い方をするのが灰原くんで、こうやってどストレートに言葉を選ばない云い方をするのはナナミンなのに、どういうわけか今日は灰原くんはナナミンみたいな云い方をする。一緒にいすぎて似たのかな。五条と夏油もある意味似てるし、一緒にいる時間が長すぎるのも一長一短ですね。

なんて考えつつ、控えめながら少し反論を試みることにした。

 

「仮に私が本当に拒食症だったとしたら、灰原くんの質問の仕方って結構デリカシーないよね」

「でも先輩、はっきり云わないと自覚しないですよね?」

 

ズバッと放たれた言葉にぐうの音も出ない。

灰原くんは実はナナミン以上によく人を見ている。むしろ、この無邪気さと天真爛漫さが周囲の雰囲気を柔らかくして、彼に気を許してしまうから、むしろ人間観察に向いていると云ってもいい。ソースは私、今この状況。

 

「……灰原くんには敵わないなぁ」

 

息を吐く。

困ったように笑うと、今度は灰原くんは笑ってはくれなかった。今こそ無邪気な笑顔が見たかったんだけどなぁ。

 

「ま、死なない程度にしか食べてないってのは否定しないよ」

「だから、どうしてです?」

「食欲がわかないからね」

 

嘘ではない。

誤魔化しているわけでもない。

単純な話、食欲がわかないだけ。もちろん病気でもないし、薬の副作用というわけでもない。怪我こそ多い生活だけど、これでも一応健康体ではあるのだ。

ストレス、というのがもしかすると一番近いのだろう。厳密には違うのだけれど、敢えて云うなら、ストレス。

 

ただし、このストレスは自分が原因だ。

仕事や授業が大変だとか、人間関係に悩んでいるとかでは断じてない。毎日世界一好きな顔が近くに生存している上に頼れる友人、可愛い後輩たち、尊敬する諸先輩方に囲まれて、ちょっと離れたところには最愛の彼氏と大事な家族がいる。これで人生にストレスがありますなんて、バチ当たりなことは私は云わない。

誰も悪くないし関係ない、私が勝手にストレスを背負い込んでいるだけのこと。

拒食症だなどと若干不名誉なことを云われたとしても、この理由を話す理由にはならない。

心配してくれている灰原くんには申し訳ないけれど、これは私だけの問題なのだ。

 

だから、死んだり倒れたりしないようにはコントロールしているから気にしないで、と。

なるべく安心してもらえるように云ったつもりだったのに、もしかするとそれは逆効果だったのだろうか。

特徴的な太い眉毛を下げて、いつもの元気いっぱいな様子はどこへやら、灰原くんは力なく云った。

 

「僕は食べることが好きです。美味しいものを食べると嬉しくなるし、誰かが自分のために作ってくれたものなら尚更。外食だって好きだし、屋台の料理も手の込んだレストランの料理も好きです。人間が生きるために食事は絶対に必要なもので、それが美味しいのは良いことだと思います」

「そうだね」

「先輩の料理はとても美味しいです。優しい味がして、元気になる。任務が大変でも、また頑張ろうって気になります。今まで何度も助けられました」

「ふふ、そう云ってもらえたら嬉しい。ありがとう」

「本当のことですから。先輩、味がわからないとかそういうことじゃないですよね。料理の味付けはいつも完璧だし、味覚障害って感じではなさそうだし」

「うん、そこは普通だと思うよ。むしろ舌は割と敏感な方かも」

 

云って、ベ、と舌を出すと、灰原くんの動きが一瞬止まった。あ、ごめん無神経だった。行儀悪いことしてすんませんでした。

舌を仕舞って軽く謝ると、何故かちょっと顔を赤くした灰原くんは『いいえ』ともごもご口を動かす。たまに灰原くんは不思議だ。

気を取り直すように小さな咳払いをし、灰原くんは続けた。

 

「僕は心配なんです。ダイエットしてるわけでもない、太っているわけでもない先輩が、忙しい時ならともかくいつもいつもゼリー飲料やシリアルバーをつまむばっかりで、たまにみんなで一緒にご飯を食べてもよく見たらほとんど食べてない。じゃあ間食でもしてるのかと思えば、お菓子はよく作っていても自分で食べる用じゃなく配る用じゃないですか」

「わ~、ほんとによく見てるねぇ」

「当たり前じゃないですか、好きな人のことなんだから。とにかく、先輩は食べなさすぎです。アレルギーがあるとか食事制限しなければならない理由があるならわかりますけど、単に小食だからなんて理由じゃもう片付かないんですよ」

 

なんかすごいこと云われた気がするけど、灰原くんのことだし『大好きな先輩』的なニュアンスだろう。だって灰原くんみたいに超絶いい子が私なんか好きになる理由ないし。

とりあえずその辺はスルーしておくとして、どう説明したものか。

この様子では適当なことを云っても誤魔化されてくれなさそうだ。とはいえストレスについて説明するつもりもないし。

ちょっと困ってお茶を飲みながら黙っていると、意を決したように、灰原くんは云った。

 

「夏油さんですか?」

 

今度はお茶を噴き出す愚行は犯さなかった。

口に含んでいたお茶をゆっくりと飲み込んで、マグカップをテーブルに置く。やけにマグカップが重いような気がしたのは、気のせいだろう。

 

「なんでそう思ったの?」

「勘です」

「勘」

 

頷いた灰原くんに、私は両手を上げた。

これは所謂、降参のポーズ。

参った。

私は思ったよりもわかりやすいのだろうか。

隠し事や嘘は得意だと思っていたから、ちょっとヘコむ。しかし、バレたのがこの件でよかったのかもしれない。他の件がバレたらもっとやばいし。

 

とにかく、この様子では灰原くんは誤魔化されてくれないだろう。

しっかりと納得のいく理由を聞くまで引く気はないと顔に書いてる。

そういう人を相手にして足掻くのはみっともないから、さっさと私は吐いてしまうことにした。その方が潔いし、お互いすっきりするだろうから。

それにきっと灰原くんは、私の話を聞いても否定をしたりはしないと思う。

 

「先輩?」

「他言無用を守ってくれるなら、話すよ」

「守ります」

 

ほとんど反射だったのだろう。力強いその言葉は、私の言葉尻と少し被っていた。

そんなに前のめりにならなくてもいいのに、と思いつつ、この観察眼の鋭い後輩に、私は口を開く。

 

「そうだよ。夏油が理由」

 

私が小食な理由。

 

――否。

 

私が、何かを口にすることに消極的な理由。

 

云ってしまえば単純で、だけどきっと他人からしたらくだらないこと。

原因とは云わない。

だって原因はあくまで自分だ。

夏油が理由になっても原因にはなりえない。

この違いだけは分かってもらわないと困る。

 

「灰原くんさ、夏油が呪霊を取り込む方法は知ってるよね?」

「え? は、はい。圧縮した呪霊の塊を飲み込むんですよね」

 

唐突な私の問いに、灰原くんは驚いたようだった。が、大人しく答えてくれる。やっぱり基本的には良い子なのだ、この子は。

その事実を再確認しながら、私は続けた。

 

「そう。経口摂取。すごいよね、誰でもできることじゃないよ」

 

夏油は基本的にあまり人前で呪霊を取り込まない。

そういうふうにしているというよりは、そうしないのが当たり前だと思っている。

何も悪いことなどしていないのに、誰かを守るための尊い行為だというのに、呪霊を自らに取り込むというその行為を、夏油は自分自身で恥じている。

他に手があればそうしただろう。

けれどきっと、他に方法がなかった。

 

一体いつから夏油が呪霊を視、祓うようになったのか、――取り込むようになったのか、私は知らない。

だけど、随分小さな頃から呪霊と向き合っていたと聞いたことがある。

いつだったか、五条の部屋で同級生四人で集まって酒盛りをしていた時の他愛ない話題の中の一つだったと思う。その日夏油は妙に上機嫌で饒舌だったから、珍しいこともあるものだと思ってあの日のことはよく覚えている。ちなみに私はずっとお茶を飲んでいたので飲酒はしていない。一升瓶と瓶ビール一ダースを空にしたのは硝子と夏油のふたりだということは、翌日お説教をくださった夜蛾先生にも説明済みだ。閑話休題。

夏油の家は一般家庭だし、そもそも呪霊操術というもの自体が非常に珍しい術式だ。術式についての文献はほとんどない上、仮にあったとしてもその辺で閲覧できるような代物ではない。

大方御三家のどこかが独占しているか、呪術界でもそれなりに名のある家が保管しているのだろう。少なくとも、高専に転入してから立ち入ったことのある場所には、呪霊操術について書かれた本などひとつも見当たらなかった。

では何故、純粋に普通の人間として生きてきた夏油が、圧縮した呪霊を口から取り込むという選択肢に至ったのか考えた時、私は背筋が凍るような冷たさを感じた。

 

多分、それしかなかったのだ。

幼少期から強い呪力を持っていたであろう夏油の近くには、多かれ少なかれ呪霊が寄ってきた。中には悪さをする呪霊もいただろう。

弱いものであれば、術式を行使するまでもなく強い夏油の呪力に負けて消えるか逃げるかしたかもしれない。

しかしそうはならない呪霊もいたはずだ。

無意識にそれらを多少の呪力を以って祓い、それでも祓いきれないものが現れた時、夏油はおそらく本能で呪霊を圧縮したのだ。気付いたら術式を使えるようになっていたと云っていたから、それなりに逼迫する状況に追い込まれていたのは間違いない。

そうして、圧縮したそれはその辺に放り投げてよいものではないと本能で察した。

 

例えば、だ。

それが家の中の出来事だったとして。

それが学校での出来事だったとして。

それが、人が大勢集まる場所でのことだったとして。

放り出すことも出来ず、鞄やポケットにしまうことも出来ないその呪霊の塊を、小さい子供なら反射的にどこに隠すか。

 

――きっと、口の中、なのだ。

 

小さな子供がやり場に困ったものを、咄嗟に口に入れてしまうのと同じように、幼い夏油は、自らが圧縮した呪霊の塊を自らの口に放り込んだ。

現在の夏油ですら前向きには捉えられない呪霊の味を、幼い夏油がどうして飲み下せたのかはわからない。吐き出すことも出来ただろうに、しっかりと飲み込んだのだろう。

そうして彼は力を得た。

取り込んだ呪霊を使役出来ることを学んだ。

文字通り『身をもって』知ったわけだ。

 

「私はさ」

 

わかってる。

これは私の想像に過ぎない。

 

「夏油がどんな気持ちなんだろうって、思ったんだよ」

 

もしかしたら然るべき指導者がいて、その人に教わった正しい対処法だったのかもしれない。

必要に駆られたわけではなく、興味本位で口に入れただけだったのかもしれない。

全部私の杞憂で、夏油は夏油なりに呪霊を口にすることを受け入れているのかもしれない。

 

――でも、だけど。

 

「本来祓うべき対象を身体に取り込む。使役する。その方法が、口から」

 

それは、あまりにも大きな代償。

救えるものは多いだろう。

術師として夏油に比類するほどのものが、一体この世界にどれほどいるだろうか。

呪霊操術は夏油を強くする。

けれど、それは無条件では決してない。

 

「灰原くんは想像できる? 呪霊の味」

「……い、いえ……」

「うん、私も。きっと誰も知らない。五条も、硝子も、先生たちも知らない。夏油しか、知らないんだよね」

 

知らない味を想像する。

きっと誰も想像できないだろう。

そもそも、味がするかどうかなんて考えたことがない方が普通だ。

夏油が涼しい顔をして話すから、気にするほどのことではないのだと、きっとみんな思っている。

だけど、でも、少しだけ私は知っていた。

 

『吐瀉物を処理した雑巾のような味』

 

そう夏油が表現していたことを、私だけが知っている。

なんでもない顔をして取り込んで、なんでもない顔をして使役する。

人のために。

誰かのために。

優しい力を行使する。

夏油傑とは、なんと尊い存在なのだろうか。

 

灰原くんは、私が勝手な想像で気に病んでいることに気付いたらしい。

云いにくそうに、しかし思い切った様子で口を開いた。

 

「それは、先輩のエゴです」

「知ってる」

「仮に酷い味だったのだとして、先輩が気にしても味が変わることはない。先輩が食べないからって、夏油さんの負担が軽くなるわけじゃないです」

「わかってる」

「だったら!」

 

灰原くんの云うことはいちいちもっともで、反論することなんて一つもない。

 

「それでもね、灰原くん」

 

酷く悲しそうな顔をする灰原くんには申し訳ないと思いながら、私は改めて云う。

 

「私は、夏油を気にしないではいられないんだよ」

 

意味のないことだというのは私が一番知っている。

虚しいことだとわかっている。

余計なお世話でお節介でありがた迷惑でしかない私の身勝手。

勝手に心配しているだけで勝手にストレスで食欲を失くして、後輩に拒食症とまで云われるまで小食になるなんて、多分夏油が知ったらドン引き間違いなしだ。だって正直自分でも引いてるし。

だけど私は無責任に夏油のことを気にしてしまう。

自分の立場なんて夏油にはなんの価値もないのに、少しでも夏油の負担が軽くなればいいと願ってしまう。

馬鹿な女だ。

下手なメンヘラ女より性質が悪い。

どうしようもないことを気にせずにはいられないのだから、人生二度目でも要領というのは良くならないらしい。

生きるのが下手くそなのは魂に刻まれているようなので、もう私は開き直っている。

 

元からそこまで食事に重きを置いていたわけではなかったし、死なない程度には食べるようにはしているのと、どうも筋肉はつきやすい体質らしくそっちに気を付けていればある程度動けるのも幸いした。

おかげさまで栄養さえ気を付けていればガリガリにはならずに済んで、必要以上に筋肉がつくこともないのでそれなりの体型を維持できていてある意味ラッキーだ。なんて云ったら灰原くんは怒りそうなので云いませんけど。

まぁ何が云いたいかというと、案外私は平気だという話。

 

「心配してくれてありがとうね、灰原くん」

 

灰原くんの気遣いが心の底から嬉しいと思うから、笑って云う。

すると灰原くんは、ぐっと眉間に皺を寄せて、何かを飲み込むように大きく息を吸ってから、無理矢理捻り出したような笑顔を浮かべた。

 

「結構頑固者ですよね、先輩って」

「うふふ、自覚アリ」

 

灰原くんは良い子だ。

行き過ぎた心配で食欲を失くした私を笑わず、否定もせず、ただただ心配してくれているのだから。

こういう子が後輩で嬉しいし、きっとこういう呪術師に救われる人も大勢いるに違いない。

この子は絶対に生きてもらわねば、と私は改めて思った。

 

すっかり冷めてしまった料理を温め直し、灰原くんには残りの料理を全部食べてもらった。残されると廃棄になっちゃうからね。私こんなに食べられないからね。

灰原くんもそれがわかっているから、あんな暗い話をした後でも全部綺麗に食べてくれた。作り手冥利に尽きる食べっぷりで嬉しいです。

良い子な灰原くんは、片付けも手伝ってくれた。これが五条だったら絶対にやらないことなので、感動で涙が出そうになる。君は一生このまま陽の人間でいてください。お姉さんからのお願いです。

 

「みんなが帰ってきたら、また集まってご飯食べようね」

「はい。次はハンバーグが食べたいです!」

「お、いいね。オムライスもつけてお子様セットみたいにしようか?」

「じゃあ旗もつけてくださいね」

「あっはは、買っとくよ!」

 

共用キッチンに並んでお皿を洗いながら他愛ない話をし、明日は朝早くに出なければならない灰原くんは早々に部屋に引き上げていった。

私も少し仕事が残っているので部屋に戻り、それを片付けてからメールの確認だけしてベッドにもぐりこんだ。

当然ながら眠れない。

 

ベッドに寝ころんだまま天井を見上げて、浮かんできたのは辛そうな灰原くんの顔だった。

彼は優しい子だから、私がくだらないことで悩んでストレスを抱えて拒食気味になっていることが気の毒でならないのだろう。

どうにもならないことを悩んだところで意味はないのに、そうせずにはいられないなどと云う感情論で片付ける私は、きっと灰原くんには理解できないに違いない。

私だって、私が食欲を失くした程度で夏油が口にする呪霊の味がまともになるなんて思っていない。そこまで夢は見ていない。

 

私の行動に意味はない。意義もない。

あるのはほんの少しの意地。

 

正直なところ、私は昔からお菓子作りは趣味だったけど、料理はそこまで好きではなかった。

うちは共働きだったから家族のご飯の用意をすることもあったし、母親が凝り性だったので多少得意ではあったけど、どちらかというとお菓子作りの方が楽しくて好きだった。

高専に来てからなのだ。私はここまで料理に精を出すようになったのは。

私のお菓子を食べた夏油が、美味しい、と云ってくれたから。

他にもいろいろ食べたいと云ってくれたから。

任務から戻ってきた夏油が私の作ったお菓子や料理を前にして、ホッとしたように息を吐いて、嬉しそうに食べてくれたから。

だから私は、料理を頑張った。

こんなことで少しでも夏油の気が紛れるのならば、と。

実際あの最悪な味の呪霊を口にすることには変わりなくとも、気を紛らわせることが出来るのであれば何でもしようと思った。

それが、私に出来る唯一のことだと思ったから。

どうしてか徐々に自分の食欲が減退していったことには首を傾げたけれど、倒れるほどではないから気にはしていなかった。ちょっと体重が減ったときは焦ってハイカロリーなものを食べて体重を維持した。

 

それにしても、まさか灰原くんに小食を指摘されるとは思っていなかったので、本気で焦ってしまった。

普段から小食アピールしていたし、一応みんなといるときはそれなりに気を付けた食べるようにしていたんだけど、灰原くんは思ったよりも目敏いらしい。

とはいえ無理に食べてもそれこそ吐いたら本末転倒だし、うん、量が食べられないなら栄養面でなんとかするしかないわけだ。頑張ろう。

まぁ術師なんてやっていると嫌でもよく周囲を見なくちゃいけないから、その中でも私の食事事情が目についたというのは、きっと灰原くん自身が食べることが好きだからだろう。

気をつけよ。

そう改めて自分に云い聞かせ、無理矢理目を閉じて眠ることに集中することにした。

みんなが帰ってきたら、またたくさんご飯を作ってあげよう、と思いを馳せながら。

 

 

 

 

 




主人公

拒食症と云われて普通にショックだった。違うんですそうじゃないんです単に小食なだけなんです


灰原雄

普段は同学年の誰かがべったりしててなかなか二人で話す機会がないけどこの度見事に全員出張が重なったので、今まで気になってたことをズバッと訊いたら思わぬカウンターを食らって心が瀕死。いや、先輩、それで夏油さんのこと好きじゃないって無理がありませんか、という言葉は飲み込んだ


夏油傑

主人公に猛烈片想い&猛烈アピールしても暖簾に腕押しで悔しい。と思っているのは自分だけで、実はかなり好かれていることに何故か気付けない恋愛音痴
主人公の作るご飯が美味しいので任務後のご飯が楽しみ。おかげで原作軸より心の病み具合が落ち着いている
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