前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います! 作:秋元琶耶
談話室でケータイを弄っていた夏油は、とある記事を目にしてケータイを取り落としそうになった。
なんだって。
初めて知った。
「どしたの夏油」
テーブルで仕事をしていたところ、何やら夏油が息を飲む気配をしてそちらを振り返ったのは幸音だ。
今この場には二人きり。五条はさっき現場から帰ってきたところで風呂に入ってから談話室に来る予定で、家入は少し前に怪我人の治療に呼び出されたので戻ってくるのは一時間後くらいだろう。
つまり、今なら。
幸音をジッと見つめながらも無反応な夏油を見、不思議そうに首を傾げた幸音に、夏油はなるべく自然に見えるように笑顔を浮かべた。
「ねぇ幸音。ゲームをしないかい?」
「ごめん。さすがに桃鉄やってる余裕はない」
「桃鉄じゃなく」
ことあるごとに桃鉄をやっていたおかげで、今彼らの中でゲームと云えば桃鉄となっていたのを忘れていた。
慌てて訂正した夏油に、幸音は今の自分の仕事の状況を考えた。今日持ち帰ってきたのは明日の午後に役所に提出する予定のもので、まぁ念のため今日中に終わらせようと思っていただけで明日起きてから仕上げてもいいだろう。
それに夏油の方からこんなことを云うのは珍しいので、気晴らしがてらに付き合うのも悪くない、と結論を出した。
「ちょっとならいいけど、何するの?」
「ポーカー」
「……もしかして何か賭ける気?」
「ご明察」
談話室には様々なボードゲームが置いてある。将棋盤に始まり、オセロ、人生ゲーム、ドミノ、他にもUNOや花札。みんな忙しいのでほとんど使うことはないが、たまに時間が出来たときに遊べるようにとそれぞれ好きなものを持ち寄って置いているのだ。
当然トランプもあり、ポーカーは二人で手軽に遊べてすぐに勝負がつくので賭け事に向いている。
勘のいい幸音はすぐに気付いて、安請け合いする前にニコニコと笑顔を浮かべた夏油に確認すると、あっさりと頷いた。顔の良さだけで押し切ろうとしているのが丸分かりなのだ。確かに幸音は夏油の顔面に弱い。それは自他とも認める事実ではあるが、何でもかんでも誤魔化されると思ったら大間違いである。
このまま了承を得てしまえばこっちのものだったが、さすがにそう簡単にはいかないか、と夏油は内心がっかりしつつ、ここは素直に白状することにした。
「幸音に着てほしい服があるんだ」
「却下」
「最後まで聞いて」
「布面積が制服以下の服を提示したら、先輩と硝子に云いつけるし、しばらくご飯のリクエスト受け付けないよ」
人選が適格すぎる。
小牧は幸音の恋敵という立場としては厄介な敵だけれど、人としてかなり好きだし尊敬しているから軽蔑されたくない。家入は夏油が幸音にこんな頼みごとをしたと云ったらこの世で最も汚いものを見るような蔑む目で見てしばらく治療もしてくれなくなるだろう。それは困る。でもリクエストは受け付けないだけでご飯自体は作ってくれるらしい幸音は結局夏油に甘い。
しかし、そのあたりは夏油だって弁えている。いくら本音ではセクシーなザ・バニーガールを着てもらいたいという願望を持っていたとしても、そんなことをしたら本気でしばらく口もきいてもらえなくなることくらいわかっているのだ。
だから、仲間内であれば許されるであろうちゃんと布面積を確保したうさ耳膝丈メイド服(白ハイソックス、フリル付き)の画像をケータイに出して幸音の前に突き付けた。
「これを着てほしい」
これならむしろ制服のほうがスカート丈は短いまである。胸元や裾もリボンやフリルがいっぱいで、ちょっとロリータ系の服にうさ耳のカチューシャがついただけだ。頑張れば私服とも云い張れるレベルだろう。いやさすがに私服は無理はあるかもしれないけれど、常識的な範囲内のはず。
しかし夏油の思っていた反応とは裏腹に、とてもじゃないが『顔面だけは世界一好み』だと宣言した男相手に向けるべきではないほど冷たい視線を夏油に向けた幸音は、唸るような低い声で云う。
「……夏油くんはそういうご趣味がおありで……?」
「敬語やめてくれないか。いや趣味っていうか、さっきネットの記事読んでたらさ」
そう云って今度は自分が読んだ記事を呼び出してケータイの画面を幸音に見せた。
曰く。
『今日八月二日は語呂合わせでバニーの日。みなさんも可愛いウサギになってみませんか?』
すると幸音は、一瞬怪訝そうな顔をしてからじっくりと記事に目にを通して、一言。
「やっぱコスプレが好きなんじゃん」
「違うよ、バニーならなんでもいいんじゃなくて、幸音に着てもらいたいだけ」
「ヤだよ、そんなの。先輩に頼まれるならまだしも、なんで夏油のお願い聞いてあげなきゃなんないの」
そういうのは彼氏の特権です、と突っぱねられるとぐうの音も出ないのだが、この時の夏油はかなり必死だった。
だって幸音のバニー姿が見たい。
欲を云えば彼氏という立場になって思う存分堪能したいが、それは現状果てしなく難しいから、せめてうさ耳メイドが見たいのだ。
メイド服なら以前にも潜入任務で着たことがあるしいいだろ、と云えば、そのときのことを思い出したらしい幸音はものすごく遠い目をした。可愛かったのに、幸音の中ではあれは黒歴史らしい。まぁそのあと自分サイズのメイド服をプレゼントされたことを夏油は記憶から消し去っているが。
とにかく、どうしても幸音にバニーになってもらいたい夏油は、自分の顔と幸音の負けず嫌いの性格を存分に利用するつもりだ。
にっこりと、幸音が大好きだと公言する笑顔を浮かべて云った。
「負けるのが怖いの?」
「……はい?」
ぴくり、と。夏油を無視して仕事に戻ろうとしていた幸音の頬が引きつった。
釣れた、と夏油は確信しながら続ける。
「私が勝ったらバニーメイドを着てもらうけど、逆に云えば幸音が勝てば私にひとつ命令できるんだよ。賭けなんだから、私だけが一方的に要求できるなんて不公平なことはしないさ。例えば、幸音が満足するまで写真を撮るとかそういうのもあり。でも……そうか、幸音って思ってること結構顔に出るもんね。ごめん、ポーカーは不利だったか」
「……は? 私だってポーカーくらい出来るし、ていうかほんとに好きなだけ写真撮っていいの?」
「もちろん、男に二言はないよ」
「っしゃぁ、やったらぁ!!!」
随分と男らしい決意表明に、夏油はこっそりとガッツポーズをした。勝った、第三部完。
すでに自分が勝った場合のことを考えて夏油にどんな写真を撮らせてもらおうかという期待に胸を膨らませている幸音は知らなかった。
「先に三勝したほうが勝ちにしようか」
「そうだね、一回じゃ味気なさすぎるもんね。見てなよ~、かっこいい夏油写真集作って先輩にも配布するから」
「配布はやめてね」
夏油が賭け事に滅法強く、特にポーカーではこれまでの人生で負け知らずであることを。
ついでに、幸音にバレないように呪霊を使っていかさまをするなんて、目を瞑っても出来るということを。
――一回戦目。
「はい、フルハウス」
「は?」
――二回戦目。
「あ、フォーカードだ」
「は!?」
――運命の三回戦目。
「やった、私ストレートフラッシュ! さすがに私の勝ちでしょ!?」
「ごめん、ロイヤルストレートフラッシュ」
「ぐああああああ!!!」
見事に幸音はストレート負けを喫した。清々しいほどのフラグ回収である。
初手から強カードを連発した夏油のいかさまを疑った幸音だが、負けた後にいかさまだと主張するなんて往生際が悪いしかっこ悪すぎる。それに、自分から勝負だと云ったのにまさか夏油がいかさまなんて汚い手を使うとは思いたくない。クズはクズだけれど、そういうところは潔い男だ、と何故か幸音は夏油に対して妙に夢を見ていた。夢なのに。夏油はしれっといかさましたのに。
悔しいが、勝負は勝負、負けは負けだ。
幸音が大人しく負けを認めると、夏油は満面の笑みでさっと紙袋を渡し、着替えてくるようにと迫った。笑顔なのにとんでもない迫力があり、思わず幸音も云われたとおりに部屋に戻って、紙袋の中身を確認して天井を仰いだ。ジーザス。神様なんていない。
「可愛いよ、幸音」
「屈辱だ……っていうか、なんでさっきの写真のうさ耳メイド服がもう用意されてんの!? おかしくない!?」
「私の手持ちの呪霊で手先が器用なやつがいて、ポーカー勝負してる間に作らせたんだ」
「マジ? 夏油、普段から呪霊にそんなことさせてんの?」
「普段はしないよ。ただ今回は特別」
「こ、こんなことに特別を使わないでほしい……とにかく、着たしもういいでしょ? 着替える」
「何云ってるんだい。今日は寝るまでそのままでいてもらわないと」
「聞いてない!!」
「いつまで、とは云わなかったよね」
「詭弁……!! このあと五条も硝子も来るし、灰原くんとナナミンも帰ってくるんだよ!? こんな痴態見せられない……!」
「大丈夫大丈夫、良く似合ってるし可愛いよ。みんなに自慢しよう」
「鬼悪魔夏油……」
「いやー、ポーカーいいね。今度から勝負事は全部ポーカーで決めようか」
「二度とやるかぁ!!!」
そう叫んだところで談話室にひょっこりと顔を現したのは、なんと先ほど幸音が名前を上げた全員だった。どうやらタイミングよく一階で顔を合わせたようだ。
何やら二階の談話室から賑やかな二人の声がする、と思いそっと階段を上がると、バニーメイドな幸音を満足そうに見つめてうっとりする夏油。
何をしていたのかは知ったことではないが、何があったかは想像に容易かった。
「傑お前……俺らがいないときに……」
「夏油、やったなお前。小牧先輩にチクる」
「わぁ、幸音先輩可愛い! めちゃくちゃお似合いです!!」
「幸音先輩、嫌なことは嫌だと云わないと駄目だと思います」
わかりやすくドン引きの五条と家入とは違い、純粋な灰原は青い顔で固まっている幸音の姿を素直にべた褒めし、七海は真剣に心配してくれている。もういろんな意味で幸音は泣きたい。見られたし憐れまれたし。
しかし、目の前の現実に打ちのめされている幸音はまだ予想できなかった。
今日、八月二日はバニーの日。
そしてさらに、八月二十一日と二十三日もバニーの日であり、繁忙期の死ぬほど忙しい中で心の栄養剤と称して夏油が似たような頼みごとをすることを――……。
主人公
うさ耳メイド服デビューをした女。ポーカーが弱いのではなく夏油の顔に弱いのでいかさまを見抜けなかった。残念。
メイド喫茶潜入時のことを思い出して心が死んだし、今回は仲間全員に見られたのでもっと心が死んだ。こんなの硝子のほうが似合うじゃん。どうか小牧先輩にはこんな格好したのがバレませんように、と願っている。何度も云うが神様はいないのでその願いは聞き届けられない。
夏油
主人公のうさ耳メイド服を見るためならいかさまも平気でやる男。普通にポーカーも強いけど今回は絶対に勝つために普通にいかさました。良心は別に痛まない。だってうさ耳メイド服が見たかったから。
こっそり家入に小牧先輩にチクられて電話でちょっと怒られた。怖かった。ごめんなさい
先輩
普段全然メールのやり取りをしない家入から無言でタイトルなしでうさ耳メイド服の主人公の写真だけ送られてきて動揺した。写真は保存して保護かけてから夏油にお怒りの電話をした。君は実物見たんだからもし写真なんて撮ってたら絶対消してね許さないからね
愉快な仲間たち
階段上がったらカオスが広がってて引いた。俺たちの仲間が仲間にうさ耳メイド服を着せて喜んでる事実が受け入れがたい。片想いでそれはヤバい。お前のことだぞ夏油傑
先輩そういう格好も似合うんですね、すごく可愛いです、と目をキラキラさせてべた褒めしている灰原を何と云って止めればいいかわからない七海は胃が痛い。