前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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とある夏の日のこと。

八月中旬ともなると、呪術師の仕事はどかんと増える。

お盆、所謂繁忙期だ。

例によって例の如く、私も仕事に追われていた。昨日までは一週間みっちり事務仕事を片付けており、今日は久しぶりの外出だ。

外出と云ってももちろん仕事で、情報操作に協力してもらった企業への挨拶回り。めんどくさい人もいるけど、今日のところは割と友好的にお付き合いをしてくれる企業だから気が楽だった。あと話が短いってのはいい企業のいい上司だと思う。個人的主観です。別に話が長いだけの無能上司に対する嫌味とかではありません。

そんなわけで予定よりも一時間早く打ち合わせが終わり、私は現在カフェで休憩中だ。この近くで夏油が任務で、同じくらいの時間に終わる予定だったから一緒に高専に戻る予定なのだ。

 

で、ここはその待ち合わせ場所が見えるカフェ。目が回るほど忙しいけど、たまにはこういう時間も許してほしい。

一応夏油にはカフェで待っている旨の連絡をしてから、私は窓際の席を陣取ってブレンドを頼んだ。私、夏でもコーヒーはホット派なんです。だってお店の中って下手したらクーラー効きすぎて寒いことあるし、そうなるとアイスコーヒーなんて飲んだら凍えちゃう。

ここはチェーンのカフェだけど焙煎コーヒーが自慢らしく、少し時間がかかる代わりに挽きたてのコーヒーが味わえるから割とお気に入りだ。

うーん、今日のコーヒーも美味しい。

 

「顔、緩んでるよ」

 

気配には気付いていたけれど、敢えて気付かないふりをしていたら、特に気にした様子もなくあっさりと同席したのは。

 

「お疲れ、夏油」

「お疲れ」

 

ちゃっかりコーヒーを頼んでからこちらに来たようで、着席とほぼ同時にコーヒーが運ばれてきた。注文してから一旦外で任務完了報告をして、席に来たらしい。

無駄に爽やかな笑顔でウェイトレスのお姉さんの心を射止めた夏油は、ついでに軽食を頼んだ。まぁ迎えの時間まで一時間近くあるし、今はランチタイムを過ぎた時間帯。もしかしたらお昼を食いっぱぐれたのかもしれない。クラブハウスサンドとサラダとスープのセットが果たして軽食なのかは置いといて。

 

「そっちも早く終わったんだね」

「まぁ、雑魚だったから」

「大量発生すると鬱陶しいんだよね~、私らにとっては雑魚でも非術師にとっては脅威だし」

「特にこの時期は、一匹いたらあと三十匹はいると思ったほうがいいよね」

「Gじゃん」

「似たような物だろ」

 

いやそうだけども。

一気に祓える術式を持ってる人たちは、必然的に任務が増える。私なんかは呪具で一匹ずつちまちまと祓う必要があるけど、五条や夏油なんかはね。いっそ強力な呪霊一匹相手にしてたほうがましだって前にぼやいてたのを覚えている。お疲れ様でーす。

 

運ばれてきた食事をあっという間にたいらげた夏油は、何故かご機嫌な様子だった。

よほど美味しかったのだろうか。

そんなに美味しかったのなら、何が挟んであるか教えてもらえばよかった。今度夏油にリクエストされた時に作れたらスマートじゃない?

と思って訊いてみると、そうじゃない、と笑われる。

何笑とんねん。

夏油ってたまにこういうところがある。

 

他愛ない話をしながら時計を見ると、もうすぐ迎えの時間だった。丁度私もコーヒーを飲み終わったし、外に出てわかりやすいところで待つことにする。

まぁ、補助監督側からこっちはわかりやすいんだけどね。何せモテ男な夏油がいるもので、女の子の視線集めまくりだから。

ちなみに隣にいる私にも視線が集まるけど、こっちは全く意味が違う。

『お前みたいなちんちくりんがなんでそんなイケメンと?』

という意味の視線だ。突き刺さりまくる。もう慣れました。

現在進行形で嫉妬の視線を全身に浴びつつ、たった今受信したメールを読んで私は思わず声を上げた。

 

「あれ、迎え無理かもだって」

「え?」

「むこうでトラブルあってそっちに対応するから、タクシーでもなんでもいいから自力で帰ってくれだってさ」

 

この仕事にトラブルはつきものだ。というか仕事自体がトラブルのようなものだから、こういうことはたまにある。

うぅん。

私ひとりならいいとして、今は夏油がいるから出来れば迎えに来てほしかったんだけど、来られないものは仕方ない。

 

「どうする?」

「ん~」

 

どっちでもいいけど、という夏油に、私は少し考えてから云った。

 

「駅も近いし、電車で帰らない?」

「いいよ」

 

こういう場合の交通費は当然経費になる。楽なのは断然タクシーだけど、値段が張るのもタクシーだ。私は経理は専門じゃないので詳しくないけど、たまに経理の人が領収書を見て発狂していることがあるから、経費は削減するに越したことはないんだと思う。

乗り換えも一回で済むし、夏油さえ良ければ電車がいいと思って提案すると、意外にもあっさり頷かれた。あれかな、意外と夏油も電車好き、とかかな。テツってやつ。

 

とにかく、私たちは駅に移動することにした。待ち合わせ場所は日影がなくて暑かったし。

普段から外出の際は電車移動が主な私は当然電子パスを持っており、チャージも割と大きい額をドカンと入れているので普通に改札を通り抜けた。

ら、すぐ後ろでピンコーン、という電子音。

振り返ると、夏油が改札に捕まっていた。笑った。

どうやら任務は車移動の多い夏油はあまり電子パスを使う機会がなく、持っていたパスもいつの間にかチップが傷付いて機能しなくなってしまったらしい。お気の毒。まぁあんまり使わないなら無理もない。でも夏油が改札に捕まって焦ってる様子がちょっと面白かったので、帰ったら五条と硝子に話そうと思う。

窓口で再発行してもらって事なきを得た夏油の肩を叩き、駅のホームに上がった私は愕然とした。

 

「快速が止まらない……だと……?」

「各駅停車は二十分後か」

「んもー、だったらタクシーにすればよかった……」

 

普段来ない駅だから、こんなことがあるのは予想外だった。

電車で帰ろうと云い出したくせに無駄に夏油の時間を消費させてしまい、申し訳なくなる。早く帰って休みたいだろうに。私と違って夏油は肉体労働だったのだから、経費なんか気にせずにいればよかった。

 

「ま、しょうがないさ。大人しく待とう」

 

確かに、今からまた改札の外に出てタクシーを捕まえるのも億劫だ。

仕方なし、私たちは駅のベンチに腰を下ろした。

 

ミーン、ミーン

 

ジーワ、ジーワ

 

それにしても、暑い。蝉の鳴き声って暑さを増す気がするのは気のせいだろうか。

湿気があるから日陰に入っていても暑さはあまり変わらないし、拭いた傍から汗が噴き出してくる。

ヨーロッパなんかは湿気が日本よりもずっと少ないから、日陰に入れば涼しくなるらしい。夏だけヨーロッパで暮らしたい。リモートで呪霊祓えるようにならないかなぁ、と考えるのは現実逃避だ。

しかもさっきホットコーヒーを飲んだからか、この暑さで体温が上がっている気がする。

脱水する前に水分補給するか、と思って自販機を探して周囲を見渡すと、いいものを見つけた。

 

「ねー夏油、アイス食べない?」

「食べる」

「あれさ、たまに無性に食べたくなるよね」

「ふふ、わかるよ」

 

発見したのは、よく駅で見かけるアイスの自販機。めちゃくちゃ美味しいってわけじゃないけど、なんだか懐かしい味が私は結構好きだった。

さんざん悩んだ結果、私はグレープシャーベット、夏油はワッフルコーンバニラを買った。グレープシャーベットってすごい毒々しい色してるけど、意外とあっさり味で甘さも控えめだからお気に入りだ。ただし服に付くととんでもないので注意が必要。

 

慎重に包装を取って、まず一口。

冷たいシャーベットが喉を通って胃に落ちていくのがよく分かる。暑すぎる夏は嫌だけど、この感覚は好きだ。

夏油もアイスのおかげで涼しくなったようで、汗はかいているけど落ち着いている。私のも食べるかい、と極自然に差し出されたけど、食べません。そういうのはさっさと彼女作って彼女にやってください。あーやだやだモテ男、そうやって純情な女の子の心を掻っ攫うんだ。常套手段ってやつ? 顔が赤いのは暑いからなんで。別に照れてないんでッ。だから楽しそうに笑うのをやめなさい。

 

そよそよと風が吹くと、また暑さがマシになった。

もう一口アイスを食べて飲み込んで、私ははーっと息を吐き出した。

 

「あー、平和だ」

「繁忙期だけど」

「まぁ、うん、そうなんだけどさ」

 

至極もっともな夏油の言葉に軽く笑い、更にアイスを食べる。うん、やっぱり美味しい。

帰ったらまた仕事が待っていて、繁忙期が終わるまで睡眠時間も削られる。

それはわかっているけれど、それでも今が平和だと思う。

 

寝て、起きて、仕事して、勉強して、友達と過ごす。

なんて穏やかで幸せな日々。

 

「――ずぅっとこうならいいのに」

 

ミーン、ミーン

 

ジーワ、ジーワ

 

鳴き止まない蝉の声。

張り付くような生温い風。

食べかけのアイスと、夏のにおい。

 

私は知っている。

もうすぐ、夏油が乗り越えなければならない転機が訪れることを、知っている。

理子ちゃんと甚爾さんを死なせずに済んでも、ここで灰原くんを死なせては意味がないし、夏油とあの子たちを守れなければもっと意味がない。

明確な日にちがわからないのが惜しいけれど、補助監督という私の立場ならば灰原くんと夏油の行動を把握することは簡単だ。ちょっと申し訳ないけど、しばらくは半分ストーカーにならせてもらう。

 

大丈夫、私ならやれる。否、やる。

絶対に灰原くんを死なせない。

夏油に村人皆殺しなんてさせない。

だいじょうぶ。

 

「私も、そう思うよ」

 

そう云った夏油を見ると、夏油は嬉しそうに笑っていた。

だから私も笑顔を返した。

 

ねぇ夏油。

 

――ずっと、笑っていてね。




載せる順番間違えたので後で直しときます
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