前世の記憶を使って夏油傑を絶対に幸せにしようと思います!   作:秋元琶耶

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タイトルがあらすじシリーズの閑話的なもの
五条は出てこないけど死ぬほど鬱陶しいイマジナリー五条くんがいます


涙が止まらない呪いに罹ったので泣き続けていたら推しの顔がこんなにも近いのですが!?

今日の私の任務は、都内某所で起きている事件の調査だった。

人が死んだとかそういうことはないけれど、妙に気分が悪くなったり、些細なことで大きなトラブルになったり、不自然に樹木が倒れて人が怪我をしたり通行に不便になったり、そういう呪いの存在を知らなければ気のせいで済まされそうな、けれどこれは立派な呪いの一つだ。

決して上級案件ではないのに、低級呪霊が徒党を組んでいるらしくなかなか尻尾が掴めない。

しかも、一度冥さんを派遣したら、危険を察知したのかものの見事に姿をくらましてしまい、冥さんでも処理が出来なかったのだ。

下手に知能がついているというよりは、生存本能が異常に高い。で、冥さんが完全に撤退したことを知るとまた戻ってきて悪さを始めた。

これは上級術師を派遣するのは逆効果だということになり、4級術師であり且つ補助監督としても働いている私が適任だということで、なんと一人で調査を命じられた。

呪術界が万年人手不足なのはわかってたけど、まさかここまでとは。

 

私みたいな下っ端が任務に対してどうこういえるはずもなく、命じられるまま大人しく現場に赴いてわかったことがある。

この呪いは性質が悪い。

私も一応東京生まれ東京育ちだけど、ここまで性質の悪い呪いは久しぶりに見た。

こいつらは、人間を死なせてしまうとすぐに自分たちが祓われる対象になると知っているのだ。

だから死なない程度の怪我を負わせたり、人間たち同士がぶつかり合うように仕向けるだけに徹している。低級であれば、その程度のことでも十分人間から負の感情を得ることが出来るから。

おかげでやつらの狙い通りこの件が異常事態と報告されるまでにかなりの時間を要し、大したことのない呪いのくせに冥さんを派遣するまでの事態になってしまった。結局祓えなかったのに給料は払うんだからおかしな話よ。ギャグじゃないです。

 

で、低級どもは冥さんの次に派遣されたのが私みたいな一見一般人みたいな術師だったものだから、気が大きくなってしまったんだろう。

私如きに自分たちは祓えないと高を括り、まんまと私の前に姿を現し煽ってきた。

む、むかつく。

ヘドロに羽根が生えたクソみたいな見た目のくせに、ものすごく腹立たしい笑い方で堂々と姿を現したのだ。目論見通りではあるのだけれど、舐められすぎて割と本気でむかつく。

そりゃ私の術式じゃ蝿頭すらも祓えないさ。

ちょっと未来が見える程度で、出来ることだって限られてるさ。

でもな、だからこそこの世には呪具ってものがあるのだよ。

今回私が持ってきたのは屠坐魔という呪具。見た目はちょっと凶悪な菜切包丁って感じだけど、れっきとした呪具なのだ。これさえあれば私でも呪いを祓うことが出来る、ありがたーいもの。

ついでに、補助監督として動くことが多いおかげで私は帳に関してはそれなりの腕を持っている。単なる一般人避けのものではなく、それに加えて条件を付けるのが得意なのだ。

まぁこの辺は前世の記憶のおかげでそういうことが可能だって知ってたからこそ出来ていることなので、才能というわけではない。多分教えれば誰にでも出来ることだとは思う。

 

そんなわけで、私は問題の呪霊たちが私の前に現れたのと同時に帳を下ろした。

条件は、通常通り非術師からこちらの視界をシャットアウトすることに加え、あらゆる呪霊を通さないこと。

また逃げられたら厄介なので、こうしてあらかじめ逃げ道を塞いでおくのだ。

まず念のため私を基準にして半径五百メートル。それを徐々に範囲を狭めていけば、もうそれは鳥かごのようになる。

危機感を強めたやつらが慌てて逃げようとした時には帳の範囲はすぐそこまで来ていて、もう逃げも隠れも出来なくなっているという寸法だ。

同時にそれは私一人でこの呪霊たちを祓い切らなければならないということになるのだけれど、こっちだって一応術師の端くれで、日々鍛えているのだ。

まぁほとんどやられっぱなしだっていう悲しい現実は置いといて、普段相手にしているのが夏油や甚爾さんという体術のスペシャリストなおかげさまで、目だけは戦いに慣れている。つまり、こんな低級がどんなに群れたところで私に攻撃を当てることは出来ない。

特に甚爾さんは手加減の手の字も知らないスパルタ講師なので、避けられなければ死ぬまでいかなくとも骨はイカれるし内臓もやられてその場で吐くような攻撃を平気でしてくる人だ。いくら硝子が治してくれるとはいえ痛いのも人前で吐くのもそうそう経験したいことではないので、私は本気で避ける術を身に着けるしかなかった。

おかげさまで、殊避けるということに関してだけなら甚爾さんのお墨付きです。わぁい。嬉しいのに複雑。甚爾さん相手に体術で勝ちたいなんて思ってはいないけど、いつか綺麗に一発くらい食らわせてやりたいとは思っています。はい。

 

とにかく、甚爾さんほど速くはなく、夏油よりも重くない攻撃しか出来ない低級など敵じゃない。

冷静に、正確に。

よく相手の動きを見極めて、周りの呪霊の反応も視界に入れて次々と呪霊を祓っていく。

親玉は他の低級を壁にしてうまく逃げているけれど、低級の数も少なくなるといよいよ最後の悪足掻きをし始めた。

こちらの武器が一つでリーチもそう長くないとわかると、遠距離から呪力をぶつけてきたり、その辺にあるものを投げつけてきたりする。さすがに車が飛んできたときは焦ったけど、同時に頭の中で『ロードローラーだ!』というセリフが浮かんでしまいちょっと笑ってしまったくらいだったので、割と余裕だったのかもしれない。ジョジョ面白いよ。

もちろんこの間も帳の範囲は狭まっている。広い場所を飛び回って逃げられたら私も困るけれど、この帳は私を中心にして範囲を移動している状態だ。

つまり単純な話、突っ立っているだけでどんどん帳に押された呪霊がこちらにやってくることになる。

まぁそうは問屋が卸さないので一時的に帳の場所を固定して、また二体三体と祓う。うん、やっぱり個別に相手をすれば全然たいしたことない相手ばっかりだ。

 

そうこうしているうちに気付けば残りは親玉一匹になっており、狭い範囲で一対一。いくらなんでももう負けることはないだろう。ちょっと数が多かったから体力的にギリギリだけど、残り一体ならなんとかなる。

なんとか私に距離を詰めさせないように呪力を石のように固めた攻撃を放ってくるので、屠坐魔で受けていなす。屠坐魔は丈夫な呪具なので、ちょっとやそっとの呪力がぶつかったところで屁でもない強度なのだ。

どうやら親玉呪霊、大きめの呪力を放った後は反動で動けなくなる時間があるらしく、それを見抜いた私は隙を見て一気に距離を詰めた。

もともと狭い範囲のなかでのことだったので、一瞬で射程範囲内。屠坐魔を逆手に持ち、相手が固まっている間に逆袈裟斬りに振り上げた。が、寸でのところで避けられて致命傷を与えることには今一歩届かない。ちっ、もうこうなったら勝ち目はないんだからさっさと祓われてくれよ。

 

とはいえ相手も必死なのだろう。今までうまいこと人間の呪力を食い物に出来て、冥さんみたいな上級からも逃げおおせたのに、どうして私みたいな半端者に負けるのかと思っているのかもしれない。

わはは、敗因は私を侮ったことだ!

疲れすぎてちょっとハイになっていた私は、普段なら念のため一度距離を取って改めて仕掛けるところを、そのままもう一撃追って攻撃する。当然それは相手の呪力を至近距離で受ける可能性もあるのに、絶対に避けられるという謎の自信にあふれていた。

案の定ほとんど相打ちに近い攻撃を受けたのでそれは膝の力を抜いて身体を傾けてやり過ごす、つもりだったのに、私は避けた先にあったぬかるみに足を取られて一瞬体勢を崩してしまった。そのせいで呪力をまともに受ける形になってしまったのだけれど、あれ、何も異常がない。

少なくとも身体的に欠損していないことは瞬時に把握できたので、崩れた体勢を立て直し、すぐに屠坐魔を振り切った。

小汚い断末魔が響き渡り、周囲から呪力は完全に消え去った。

 

終わった。

やった、やりました甚爾さん、夏油。

あなた方の厳しい特訓の成果、見事残すことが出来ました!

これならちょっとは褒めてもらえるかな、なんて思ったけど、どうせ低級しか相手にしてないだろって笑われる未来が見えたので調子に乗るのはやめておきます。なんか泣けてきちゃう。

 

「……あれ?」

 

じわり。ぽとり。

泣けてきちゃう、というのはあくまで表現のつもりだったのに、何故か私の目には大粒の涙が浮かんでいた。

慌てて制服の袖で拭っても、涙はあとからあとから溢れてくる。

何故。

感動して泣いているわけでもない。

別に低級しかいなくて悔しかったわけでもない。

感情に左右されている涙でないことはわかるのに、どうしてこうも涙が止まらないのかがわからないのだ。

うーん。

ハンカチで涙を押さえながら、ふと気付く。

 

まさか、最後に食らったあの呪力?

 

「……まじかー」

 

身体に異常はないと思ったのに、とめどなく次から次へと流れてくる涙。

そんな呪いがあるんですか。ほんとに地味に嫌なことをするに特化した呪いだ。うまく対処できたと思ったのに、最後の最後でこの始末。詰めが甘いと怒られそうだ。

しかし、とにかくすべての呪霊は祓い終えた。あとは長らく呪いの吹き溜まりになってしまったこの場所に浄化の碑石を設置すればこの地での完全に任務完了である。

あー、しんどかった。

 

碑石を設置してからさっさと帰ろうとしたのだけれど、そういえば私めちゃくちゃ泣いてるじゃん。これで公共交通機関なんて使ったら、確実に変な奴だと思われる。

制服着て平日の昼間に電車やバスの中で大号泣する女子、補導待ったなしだ。それはちょっと困る。

仕方なく事情を説明して車が運転できる補助監督に迎えに来てもらって高専に戻り、とりあえず報告に行こうとしたら途中で夜蛾先生に遭遇した。そしたら報告より先に医務室に行けって云われたので医務室の硝子のところに行ったら、特に治療は必要ないとのこと。呪い自体大したことはないし、持続するものではないから明日には呪いはなくなっているだろうとのことだった。

なるほど。ならまぁいいか。

ただ、いつもより多めに水分と鉄分を取らなければならないらしい。なるほど確かに涙の成分はほとんど水だけど、元々血液だったものだ。詳しく知りたきゃググったらいいと思う。

ちゃんと身体に吸収できるようにこまめに水分を取ること、出来れば鉄分の多い食べ物を取るようにすること、とまるで貧血の人の扱いをされてちょっと複雑。涙が止まらないだけでこんな扱いになるのか。

というか鉄分取らなきゃいけないならサプリとかそういうのはないですか。この涙ボロボロの状態で何かを食べる気にもなれないので硝子に訊ねると、鉄剤はあるにはあるけどそこまでする必要はないし、鉄剤は服用するとけっこうきつい副作用があるからやめておけと冷静に云われてしまった。あとで調べてみたら本当に嫌な副作用が山盛りだったので、硝子の判断は間違いなかった。

 

幸い高専内に人は少なく、このボロ泣きの顔を誰かに見られることはなくて済んだ。こういう時、人が少ない学校で良かったと思う。こういう時だけね。

さすがにこの状態でコンビニに行く気にはなれないので、高専内の自販機で大目に飲み物を購入し、寮に戻る。

あれ、硝子は医務室にいたとして、五条と夏油の今日の予定ってなんだったっけ。二人ともそれぞれ任務が入っていたと思うけど、見られたらいやだなぁ。

特に五条には何を云われるかだいたい想像できる。

だって私の中のイマジナリー五条が、すでに一通りの悪態を吐いていた。

 

「低級の呪いなんか食らったのかよ、ダッセー!」

 

「あ、へまこいた記念に写真撮っとこ。はーいこっち向いて笑ってぇ! あ、泣いてんのか、ギャハハ!!」

 

「一人でまともに祓えねーくせに意地張ってっからそうなるんだろ。助け呼ぶとかガキでもできるっつーの」

 

「うーわマジでずっと泣いてる、目ぇ溶けるんじゃね?」

 

「今感動モノの映画観たらどうなんのかな。おいみんなでアルマゲドン観ようぜ!! クレしんでもいいぜ!!」

 

どうしよう、イマジナリー五条、めちゃくちゃウザい。想像しただけなのにこんなにウザいことある?

今回のことは確かにちょっと油断していた私が悪いけど、ここまで云われる筋合いはない。いや実際云われたわけじゃないんだけども。

だめだ、このままだと次本当に五条に会った時に無言で脛蹴っちゃいそうだから一旦忘れよう。

優しい言葉をかけてくれそうな人のことを考えよう。

そうだ、こんな時こそ可愛い後輩くんたちの出番では?

灰原くんもナナミンも、みっともなくも低級呪霊の呪いを受けてしまった私のことを笑いはしないはずだ。溢れる後輩力で、きっと親身になってくれるに違いない。そうでないと本当の意味で泣く。

まぁでも無駄に心配かけてもいやだし、やっぱり誰にも会わず部屋に引きこもって呪いが解けるのを待つのが一番だろう。

うん、そうしよう。

 

寮の自室に向かって歩きながらも、ぼたぼたと涙は零れ続ける。

最初は一生懸命拭ってたんだけど、あまりにも流れ続けるのでもうどうでもよくなった。あと目擦りすぎて目の周りが痛くなってきたってのもある。

あー、これはこれでしんどい。

涙が出るだけならどうってことないと思っていたのに、目が痛いとかずっと頬が濡れてて気持ち悪いとか、副産物のほうが厄介だ。

状況次第では明日の授業は出なくていいと云われてたのが救いかもしれない。さすがに泣きながら授業は受けたくない。いくら呪いのせいとはいえ、どんだけ情緒不安定なのよ私。

 

もう今日はさっさと寝よう。

そう決めて寮の玄関を開け二階に上がると、共有スペースには夏油がいた。そっか、早めに任務が終わって帰ってきてたんだ。

が、反射的にいつものように声をかけたのは、後から考えると失敗だったと思う。

 

「あ、夏油ただいまー」

「おか、あ……え……」

 

どうしたどうした。

私の顔を見た瞬間、オイルが切れた機械みたいにギチッと固まってしまった夏油に首を傾げると、夏油は震える声で云った。

 

「ど、どうして……」

「ああ、これ?実はさ、 ちょっと変な呪い受けちゃって」

 

適当に涙を拭いながらかくかくしかじかと事情を説明すると、徐々に夏油の表情が般若みたいになっていった。待って怖い怖い、かっこいい男の怒り顔はマジで怖いからやめて。矛先が私じゃないってわかってても怖い。

 

「どこの呪霊だ。殺す」

「殺すじゃなくて祓うでしょ」

「いいや殺す」

 

頑なかよ。

でも残念、その呪霊はもう私が呪具で祓っちゃいました。

涙を拭きながら云うと、夏油は思いっきり舌打ちをした。怖い。あのね、君、今どういう顔してるかわかる? 絶対堅気じゃない人の顔だよ。さっき東京湾に何人か沈めてきましたって云われても納得できる凶悪な顔してるよ。せっかく格好いいんだから、もったいないからやめようね。

 

笑いながらそう諫めると、ハッとした夏油はちょっと待っててと云ってダッシュで部屋に戻っていった。なんだろう、別に私も部屋に行くつもりなんだけどなぁ。

五条もいつ帰ってくるかわからないし、このまま黙って部屋に戻っちゃおうかと考えていたら、夏油はすぐに戻ってきた。その手に持っていたのは、新しいタオル。

 

「身体に異常はないのか?」

「うん、なーんも。ちゃんと硝子にも見てもらったよ」

「そうか……」

「だから心配しないでね」

 

新品の匂いのするタオルを顔に押し当てられ、涙を拭きとられる。柔らかくてとても肌触りのいいそれは、明らかに私が持っているタオルとはお値段が違いそうだった。私のなんて、大型量販店のセールの時に何枚かセットで買ったもので、単価にしたらきっと一枚百円くらいだろう。それに対してこのタオル、絶対十倍以上はしてそう。そういう高い感じの肌触りなのだ。めっちゃふわふわ。

 

別に安物でいいのになぁと思いつつされるがままにしていて、ちょっと意外に思ったことがある。

夏油、なんだかとても焦っているみたいだ。

いやあんた、私が泣いてるくらいで何をそんなに焦ることがあるんですか。

その顔で今まで女の涙を見たことがないなんて云わせませんよ。むしろそういうエピソード聴きたいよ、夏油傑顔ファンとしては。武勇伝武勇伝。

涙を拭う手が少し震えていて、なんなら私の方が心配になってくる。

まぁ、硝子は何かあっても人前で泣くタイプではないし、五条も夏油も呪いを受けたりするようなへまはしないから、まさか同級生が呪いにかかって帰ってきたという現実に動揺してしまったんだろう。

悪かったですよ、今後は気を付けます。

夏油はこれでいて仲間想いな人だから、いくら私がポンコツ術師でも大事にしてくれている。

やっぱり声をかけたのは迂闊だったなぁ。さっさと部屋に戻っちゃえばよかった。

今後……もうないと思いたいけどもし仮にまた似たようなことになったら、次はちゃんとこそこそしよう。

と、心に決めていると。

 

「それは、無理だな」

「え?」

「心配は、する」

 

あっという間にタオルを取り上げられ、代わりに夏油の手が、私の頬に触れた。

顔が近い。

整った夏油の顔が拳一つ分の距離にあって、息を飲む。

夏油の瞳に私が映っていて、瞳の中の私は間抜け面のまま涙を流している、このアンバランス。

呆気に取られて固まっていると、夏油は親指を私の目元で滑らせ、涙を掬い上げた。

 

「君が泣くのは、とても嫌だ」

 

――ほんの、一瞬。

 

涙が、止まった気がした。

それは本当に一瞬で、もちろんこの涙が止まるはずはなかったのだけれど。

夏油の手はまだ私の頬に添えられていて、今も絶えず流れる涙で彼の手を濡らしている。

手から伝わる夏油の体温と、私の冷たい涙。

ふたつの温度が混じり合うのがわかって、思わず無駄に大袈裟に私は笑ってしまった。

 

「あっはは、でもこれ、呪いのせいだし時間が経てば消えるって話だし……」

 

そうでもしないと冷静でいられない。もう半分くらい冷静じゃないかもしんないけど。

頼むから離れてくれないだろうか。

少なくとも私がこの手を振り払うという選択肢はないので、夏油が自発的に離れてくれないとそろそろ私の理性が爆発する。

 

「だとしても、嫌だ」

「えええ……」

 

嫌だと云われても。

そんな拗ねた子供みたいな顔されましても。

 

わかってる。

夏油が今心から私を心配してくれているのは痛いほどわかる。

 

わかるけどその顔にときめく私は絶対悪くないと思う。

 

だから何億回でも云うけど私が夏油の顔が好きなの!!

どんな顔でも好きなの!!

もちろん笑っていてくれたらそれが一番いいに越したことはないけど、こういう普段あんまり見られない表情されてときめくなってほうが無理なの!!

転げまわってもんどりうたないだけ私の理性を褒めてほしいの!!

本当はあらゆる角度から写真撮って解像度ギリギリまで引き延ばして印刷して部屋に張りたいと思ってんの!!!

 

いや落ち着け、落ち着きなさい私。

奪い返したタオルで涙を拭うことを免罪符に顔に押し付けて、場違いにもにやけてしまった顔を隠す。気持ち悪い自覚はあるから誰にも指摘されたくない。

 

真面目な話をするとね、私はこの世界で夏油傑を幸せにすると決めたわけですよ。

死ぬはずだった人を助けて、夏油が背負うはずだった闇を吹き飛ばして、この世界の行く末を知っている私が出来うる横暴の限りを尽くして、夏油にとって善い世界にしてやろうとしている。

それはとんでもないほど世の理に反したことかもしれないし、私ごときが彼を幸せにしたいだなんて烏滸がましいにもほどがある願いかもしれない。

でも決めた。

例えそのせいで自分が死ぬような事態になったとしても後悔しないと断言できる。

どうせ一度は失った命だ。願いを叶えるために命を懸けるくらい、やってやる。

そんな私が、こんなつまんないことで夏油にこんな顔をさせるとか、本当なら言語道断なんです。

 

だけど、じゃあどうしろっていうのだ。

心配しないでと云っても嫌だと云われ、この涙を止める方法なんて時間経過以外ないのに。

 

「何か私に出来ることはないかな」

「んん、いや、特には」

 

だって本当に涙が出るだけなのだ。

悲しいわけでもなく、苦しいわけでもなく、そういう呪いのせいでただ涙が止まらない。

だからおとなしく呪いが抜けていくのを待つしかないのに、そういった呪いの存在を夏油が知らないはずはないのに、どうしてこうも頑なに何かしようとするのか。

ありがたいけど困るし、その、その顔で見つめられると本当に困る。困るのだ。

 

だってその顔好きなんだもん。

前世からずっと好きだったんだもんタイプなんだもんたまんないんだもん。

 

夏油自身を好きとか嫌いとかは置いといて、とにもかくにも私は夏油の顔がどうしようもなく好きなのだ。

その夏油にそんな顔で見つめられて冷静でいろというほうが無理な話で、さっきから私の顔はもう絶対赤い。赤いを通り越してもう黒いかもしれない。今ならこの熱で目玉焼きだって焼けちゃうかもしれない。

やばい。

いくら私みたいな可愛くもなんともない女でも、これは異性の前でしていい顔じゃない。

でも逃げることは出来ず、私にできる最大の抵抗といえばただ視線を夏油から外すだけ。タオルで顔は隠しても、耳まで熱を持っている。

 

やばいやばい、心臓爆発する。

死因:ときめき死。

シャレにならないし末代までの恥になるから切実に嫌だ。

もうこれは無心になるしかない。

心の中で素数を数え始めた、そのときだった。

 

「……ええと、夏油クン」

「はい」

「いやいい返事だな。ってそうじゃなくて、な、何してるの」

「……抱きしめている」

「それはわかるんだけど、理由を訊いてるんだよなぁ!」

 

気付いたら、私は夏油の腕の中にいた。

いつの間に。

というか、どうして。

一瞬頭が真っ白になったけれど、すぐにハッとして腕の中から脱出しようと試みた。

正確には、試みようと、した。

けれど。

 

「君が泣いているのに、私は何もしてあげられないから」

 

頭上から降ってきた夏油の声が、あまりにか細くて、私はまた動きを止めてしまった。

 

「私は君の泣き顔を見たくない。だからといって放っておくことも出来ない」

「……だから抱きしめて顔を見なければ一石二鳥だ、と」

「そう」

 

やることが極端すぎるし大胆すぎる。

これ、私じゃなかったら恋に落ちちゃってたぞ。

夏油にそんな気はないのわかってるし、私は夏油に恋なんてしないってわかってるから大丈夫だけど、普通ならころっといっちゃう案件だぞ。

自分の顔がいいって自覚あるくせに、夏油ってこういうところがある。優しいからなんだろうけど、出来ればもっと配慮してほしい。恋心ハンターって呼ぶぞお前。

さっきまでは夏油の顔が近くて心臓がパンクしそうで脳みそも沸騰してたのに、抱きしめられた途端急に冷静になった。顔が見えないだけでこんなに変わるとは。私、本当に夏油の顔だけが好きなんだなぁと改めて自覚した。

 

「あのね、こんなのお酒みたいなもんでしょ。水飲んで出すだけ出せばそのうち治るんだってば」

「云い方」

「夏油の気持ちは嬉しいんだけど、本当これはどうしようもないからさ」

「嫌だ」

「嫌て」

「……嫌だ」

 

呟いた夏油の声が、震えていたような気がした。

思わず夏油の胸を押して、少し距離を取って見上げる。

するとそこにあったのは、油断した夏油が驚いている顔。

そうして、みるみるうちに。

 

「……なんで夏油が泣きそうなの」

 

泣いてはいない。

少なくとも、涙は流れていない。

だけど夏油の顔は今にも泣きだしそうに歪んでいて、その原因が私ならば、――なんて苦しいのだろうか。

 

私が泣くから、夏油が泣く。

そんな馬鹿な話はない。

だって理由がない。

呪いだとかそういう話は別にしても、私が泣いたところで夏油には何の不利にもならないし害も与えないはずだ。

それなのに、どうして。

 

嫌だと、夏油は云う。

私が泣くのは嫌だと。

そこに理由はないのだと。

ただ彼の心が、私の涙を否定する。

 

どうしてと何度も問うのは、きっと意味のない問答になってしまうのだろう。

 

――ああ、ならば。

 

手を伸ばし、さっき夏油が私にしたように、私も夏油の頬に触れる。

少し冷たくて、だけど熱い頬。

甘えるように私の手に頬擦りする姿はあまりにも愛おしい。

でっかい図体してこんなに可愛いなんて、夏油傑はずるい男だ。

「もう、しょうがないなぁ」

夏油はずるいけど、私は馬鹿だ。

本当は、間違っているかもしれない。

いくら夏油が望んだからといって、付き合ってもいない男とこんなふうに触れ合うのが正しいはずがない。不純異性交遊と思われもしょうがない。

でも。

 

――でも。

 

観念して、私は、額を夏油の肩口に押し当てた。それからゆっくりと手を伸ばし、夏油の背中に腕を伸ばす。

一瞬身体を強張らせた夏油は、けれど同じように私の背中に手を伸ばした。

優しく、そして心地よく抱き締められる。

触れた場所から伝わる夏油の熱は、彼が確かに生きていることを私に教えてくれた。

 

「……いいのかい?」

「いいも何も、こうしないと夏油の気が済まないんでしょ?」

 

なら、もういいよ。

結局のところ、私は夏油に弱いのだ。

放っておけば治るこの呪いを見て見ぬふりをしたくないというのなら、それが紛れもなく私を心配してくれている夏油の真心なら、私はそれを受け取るしかない。

元より、拒否するなんてことはするつりがなかった。

ただまぁもう少し他になかったですかね、とは云いたいけど。

 

「もうこのまま寝ちゃおうかなぁ」

「いいよ、そうしたら部屋に運んであげる」

「五条と硝子に誤解されそうだったらちゃんと説明してね」

「……善処する」

「政治家みたいなこと云わないで」

 

もしここで私が寝落ちしても、夏油なら安心だ。クズだけどゲスではないし。

ぽんぽんとリズミカルに背中を撫でられ、一気に眠気に襲われる。

考えてみれば、今日は昼間ずっと任務で動き回っていたし、最後はたくさんの呪霊相手に大立ち回りを演じていた。おまけにこんな呪いまで受けて、実は結構満身創痍だったのだ。

ちょっとハイになっていたけど、身体はとっくの昔に限界を迎えていたのだろう。

 

「夏油」

 

名前を呼ぶ。

なんだい、と優しい声で返事があった。

それが妙に嬉しくて。

 

「ありがとね」

 

ちゃんと言葉には出来ただろうか。

もう眠気も限界で、私は抗うことなく意識を手放した。

 

涙は今も止まっていない。

硝子の話では、きっと眠っている間にも呪いは解けるだろうという話だったので、目を覚ましたら元に戻っているだろう。

明日起きたら夏油に謝ってお礼を云って、それからもうこんなことにならないように対策を考えよう。

呪力を弾く御守りみたいな呪具があるかもしれないし、五条に訊けば私にも出来るおまじないみたいなものがあるかもしれない。

 

耳に伝わる夏油の心臓の音が、とても心地よい子守唄のようだった。

こんなに安心して眠るのは、一体いつぶりだろう。

ふわふわして、なんだかとても幸せな気分だった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

夢を見た。

私はここにいるのに、だけどここにいなくて、まるで透明人間になったみたいな夢。

目を閉じるたびに場面が移り変わって、細切れの映画を見せられているようだった。

 

理子ちゃんが死んだ。黒井さんも死んだ。

 

夏油は甚爾さんに負けて、反転術式で復活した五条が甚爾さんを殺した。

 

灰原くんが死んで、夏油は非術師を殺して高専からいなくなった。

 

大人になった夏油は乙骨憂太と戦って負けて、最後には五条に殺された。

 

これは、夢。

だけど、現実。

 

本来あるべきだったはずの、正しい未来。

私はこんな未来にしたくなくて、そうしないために今を生きている。

 

大丈夫だ。

だって理子ちゃんも黒井さんも生きているし、甚爾さんも死んでいない。

灰原くんのことだって、絶対に死なせない。

夏油に非術師を殺させやしない。

菜々子ちゃんも美々子ちゃんも救い出す。

 

大丈夫。

私は、うまくやれている。

 

大丈夫、だいじょうぶ。

 

 

――涙が止まらないのは、きっと呪いのせいだから。

 

 

 




夏油傑

帰ってきた主人公にいつも通り挨拶しようとしたらめちゃくちゃ泣いているので死ぬほど焦った。呪いのせいだし一日で戻ると聞いても気が気じゃないし心臓がぞわぞわしてものすごく嫌。泣き顔も綺麗だと思うけどやっぱり笑っていてほしいので呪霊絶対殺すマンになった(※ただしもう御祓い済み)
最近好きだと自覚した人が自分にくっついて眠っているという現実に幸せを噛みしめながら、自分を信じて眠った彼女を裏切れないので何もできないジレンマで内心もんどりうっている。写真は撮らせていただきましたごめんなさい
のちに、自分の呪力を込めて作ったお守りを作って渡す。2級呪霊くらいまでの呪いなら弾き飛ばせる代物
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