自我が芽生えたときから思ってた。
私はこんな小さな島で終わるような人間じゃないって。
「何云ってるの、ほらはやくご飯食べちゃって」
「ママ、私は海賊女王になる女だよ。ご飯はもう食べた」
「野菜が残ってるわよ」
「海賊女王は野菜なんて軟弱なもの食べないのっ」
そうしたら隣にいたパパに無言で頭を掴まれて、ママがフォークに刺した野菜を無理矢理食べさせられた。恐るべき連係プレー。何この夫婦怖い。さすが未来の海賊女王の親ってこと?
「海賊女王って具体的には何するつもりだい?」
「まずはマリンフォードに特攻します」
「僕、娘の教育方法間違えたかな」
「パパ、私も同罪だから落ち込まないで。この子はもう手遅れよ」
「子供の目の前で話す内容じゃないよね!?」
訊かれたから答えたのに。
あんまりな両親の対応に抗議すれば、二人はものすごく白けた目を私に向けてきた。それ、愛する子供に向けるべき視線じゃないと思います。
「とにかく、私はいずれこの島から出てくよ! マリンフォード特攻は冗談にしても、いろんなところに行って歴史の勉強とかしたいし」
「それは全然止めないんだけど、普通に歴史学者になるだけじゃ駄目なのかい?」
「だってそれだけだとなんか普通じゃん」
「ママたちはあなたに普通に生きてほしいんだけど」
「ぷぷー、残念でした!」
私と云う娘を持つ限り、その希望は叶えられることはありません。
そう笑ったら、デザートのプリンを取り上げられた。嘘でしょまだ一口しか食べてないのに、ママの極悪人!
とまぁ、こんな感じの会話を続けて幾星霜。
具体的に島を出て行く計画なんかは立たないまま、私は18歳になっていた。
いや、出てく気はあるんだけどね。
いかんせんこの島は狭すぎて、何をするにも島民に筒抜けになるからやりずらいったらありゃしない。
ちなみにこの島にはちゃんとした港は一つしかない。
いつもは小さな漁船がいくつかあるだけで、月に数回物資を持った商船がやってくる。
もちろん観光なんてする場所もないから、この島を訪れるのは家族だとか友達だとかほんの一握りの仕事の関係者だとか、あとはたまーに巡回の海軍が立ち寄る程度。
そのどれかの船に乗せてもらって出ようと思ったことはあるけれど、そんな話をしようものならすぐに島にいる両親に話が行って、人様に迷惑かけるんじゃないと連れ戻される。
出てくのは別にいいって云ってたくせに、結局過保護なのよね。
で。
本日、その港で私は立ち尽くしていた。
見上げた先にあるのは、三本線が入ったドクロマーク。
ま、まさかこれは。
「海賊だぁ」
「海賊が珍しいか?」
びっくりして飛び上がって声の方を見ると、船の上から私を見下ろしている人がいた。逆光になっていたからか、全然気付かなかった。いやだって海賊旗とか初めて見たし、そもそもこんなおっきな船も初めて見たから感心してしまっていたのだ。いつもの商船よりもっとずっと大きい。こんなに大きな船が海に浮かぶのって謎だよなぁ。
で、咄嗟に答えられなくてぽかんとしたまま固まっていたら、その人はひょいと船から飛び降りた――飛び降りた!?
「え、ちょっと!!」
これ結構な高さだよ!? いっとくけどうちの島にある一番高い建物より高い場所から飛び降りてるんだよ!? 急に自殺とか、いくら知らない人でも気分悪いしグロいの見せられても困る、どどどどうしよう!!
という私の焦りは杞憂だったらしく、その人は実に軽快に地面に着地した。音もほとんどしなかった。どういうことなの。重力知らんのか?
いろんな衝撃にキャパオーバーになっていると、なんともないようにあたりを見回しながらその人は笑った。
「いやー、話には聞いてたけど、ほんとに何もない島だなぁ!」
からからと一切の悪気などなさそうに笑うおじ……おに……いさんに私も全面同意。なんか足ジーンとかもなってなさそうで平気そうだし、ひとまず飛び降りたことについては置いといて、うんうんと頷いて云った。
「そうなの。いい島なんだけど、ちょっと退屈」
「いい島なのはいいことさ。ところで、まさか住人がお前さん一人ってことはないよな?」
「さっきまではこの辺にもたくさん人はいたんだけど、海賊だーって誰かが叫んだらみんな家に引きこもっちゃったみたい」
「そいつは悪いことをしたな」
ただでさえ少ない人口の港から、いつの間にか人が消えていた。
何せ、船が来るときはいつも先に連絡があるのに、見知らぬ船が島を目指してやってくる。しかもよく見れば海賊旗を掲げているとなれば逃げるが勝ちだ。まぁ逃げる場所なんて家くらいしかないし、特別頑強な造りなわけでもないから襲われたら一巻の終わりだけど。
私はと云えば、仕事の合間の気分転換に外に出てきたところだった。そしたらみんなわーわー云いながら逃げていくので何事かと思いつつ、港へは行くんじゃないという知人の声に返事をしてまっすぐ港に向かった。
そうして、船がぐんぐん島に近付いて着港するのを間抜けにも眺めていたというわけだ。
「あなた、海賊なの?」
「ああ、一応」
「わー、私海賊初めて見たよ。それでうちの島には略奪に?」
「穏やかじゃないなぁ。実はちょっと食糧不足でね。買い付けをしたいんだが、誰に話をしたらいい?」
「あら大変。ちょっと待ってて、村長と八百屋のゴンさん呼んできてあげる」
こう見えて私は面倒見がいいのだ。
船の生活で食糧不足はつまり死に直結する大事件。
少し話してみても悪い人って感じはしないし、困っているならば助けてあげようと思った。
村長の家は港から遠いので、八百屋のゴンさんの自宅兼店に走る。事情を話すと、最初はちょっと疑わしそうな顔をしてたけど、多分悪い人じゃないよって云ったらあっさり信用してくれて、村長にも話を通してくれると云ってくれた。話がわかるおじいちゃんは好きよ。
あとで港に来てくれるというゴンさんにお礼を云って私は先に港に戻ると、海賊さんは最初の場所から動かずにそこにいた。相変わらず他に人はいない。島の人たちはまだ家の中から様子を窺っているようだし、船にはなんとなくたくさん人がいそうだけど、降りてこないようだ。まぁどかどか海賊が島に降りて来たら島の人たちはもっと警戒しちゃうだろうし、正解だと思う。
「それで、どれくらい必要かな? ご覧の通りうちもそんなに裕福な島じゃないから、量も限られちゃうんだけど」
「保存食はそれなりにあるんで、出来れば野菜と果物を可能な限り分けてもらいてぇな。もちろん、ちゃんとお代は払うから」
「え、海賊なのに野菜食べるの?」
「海賊だって野菜くらい食べるさ」
「ぐぬぬ」
「なんだ、その顔」
「私は将来海賊女王になる予定なんだけど、野菜はなるべく食べたくない」
「海賊女王?」
「そう。私はいつかこの島を出て海賊女王になるのよっ」
「……へー!」
感心したように声を上げてから、海賊さんは大爆笑した。知ってる、これ。私の夢を馬鹿にしてる人の反応だ。
でもまぁいいの、笑われたって夢は私のものなんだから、関係ない。私が叶えると云ったら叶えるのだ、他人の反応なんてどうでもいい。
とはいえ初対面の人にこんな風に笑われていい気分はしないわけで、ムッとして海賊さんを睨みつけると、彼はわざとらしく片手をあげて降参のポーズをとった。っていうか、え、左腕がないじゃんこの人。海賊ってそういう感じなの? 怖いじゃん。
その腕どうしたのって訊こうとしたときだった。おーい、と頭上から声がした。
「お頭ー、ちょっといいか?」
「おー、今行く」
「え、お頭ってことは、あなた船長さん?」
「ああ、そうだ。……云ってなかったっけ?」
云ってない。
首を横に振ると、彼はあちゃーと茶目っ気たっぷりに舌を出した。うわあざとい。モテそう。エグいモテ方しそう。
それにしても、そうか、この人船長なのか。率先して降りてきたからてっきり下っ端かと思ってた。トップ自ら交渉に来るってアリ?
と、ここで私はハッとして口を押えた。
「やっば、私船長さん相手にすごい馴れ馴れしい態度取っちゃった。これって極刑モノ?」
「なんでお前さんの海賊像はちょいちょい物騒なんだ。おれが気にしてないんだから、気にすんな」
そう? じゃあ今さらだしこのままの態度で行かせてもらおう。
にこっと笑うと、彼は面食らったように目を瞬いた。
お、なんだ惚れたか? しょうがないね、私ってば美少女だし。
サービス精神旺盛なのでウィンクしてあげたら、すごい爆笑された。よかったね、海賊で。島の人だったら即脛蹴ってたよ。
「それより、海賊女王にになるってことは海に出るつもりなんだよな?」
「うん、いずれはね」
「じゃあ、おれたちと一緒に来るか?」
思いがけない言葉に、私は言葉を失った。
ずっと願っていた、外への切符。
ついさっき会ったばかりの人なのに。
悪い人ではなさそうだけれど、じゃあいい人なのかどうかも今はわからない。
だけど。
「いいの?」
「いいさ」
「……荷物取ってくる!!」
――手を、取りたいと思った。
私はダッシュで家に帰った。
パパとママは驚いたように息を切らせる私を見て、どうしたのかと訊く。
私は一言、あの人たちと海に行く、とだけ云った。
そうしたら二人は目を見開いて、だけど次の瞬間、しょうがないなって困った顔で笑ってくれた。
いざというときのために用意しておいた荷物とお金を持って、最後に思いっきり両親に抱き着いてお礼を云った。
私の馬鹿みたいな夢を、なんだかんだで一度だって反対はしなかった両親。
きっと本心では、島のみんなと同じようにこの島で暮らしてほしいと思っていただろうに、いってらっしゃい、気を付けて、と私の背中を押してくれた。
後ろめたさや躊躇がゼロだったとは云わない。
正直、18年過ごしたこの退屈な島とのお別れはちょっと寂しい。
海に行きたい、という気持ちに嘘はないけれど、じゃあ島が嫌いなのかと云うとそう云うわけではなかったから。
でも、決めた。
私は私の夢のために海に出る。
「というわけで今日からよろしくお願いしま~す!」
「待て待て待て、展開が早い」
「時間は常に前に進んでるんだよ、置いてきぼりになりたくなかったらついてきな!」
「え、何この子こわい」
「やだ私ったら海賊の素質ありすぎじゃない? 本物の海賊にいきなり恐怖を抱かせてしまったわ……私の才能が……怖い……」
「ポジティブ振り切りすぎだろ」
「そこが私のいいところ!」
バチンとウィンクを飛ばしてあげたのに、みんなドン引きしていた。は? 美少女のウィンクだぞ。ありがたく受け取りなさいよ。
ちょっと変な空気になっているところで、ゴホン、とお頭がわざとらしい咳払いをした。
「えー、まぁそれでだな、お前さん、夢はなんだっけ?」
「海賊女王になることです!」
満面の笑顔でそう云った瞬間、空気が固まった。
笑う人はいない。
というか本当に凍ったみたいに誰も動かない。
え、何。
意味がわからなくて首を傾げながら隣にいた船長さん、改めお頭を見上げると、この人だけは笑いを堪えるように肩を震わせていた。こいつ。自分で云わせたくせに。
「あー、そう、そういうことなんだ」
「おいお頭」
「怒るなよ、ベック」
「え、これみんな怒ってるの?」
それにしてはやけに静か。まるで夫婦喧嘩中のうちの両親みたい。冷戦ってやつ?
海賊ってにわか知識で申し訳ないけど何をするにも騒がしいと思ってたんだけど、怒るときはこうなるの? なんかちょっと嫌だなぁ。
「お嬢ちゃん、わかってるのか? ここは海賊船だぞ」
「わかってるよ、だからついてきたんだもん」
「いーや、お前は何もわかってない」
大きくため息を吐いて云ったのは、ドレッド頭の人だった。
呆れたように首を振り、小さな子供に云い聞かせるようにゆっくりと云う。
「海賊船の船長はもちろん海賊だ。で、おれたちが目指すのは【ひとつなぎの大秘宝】。それを手にした男が海賊王と呼ばれるわけだ」
うん、そうだね。
さもありなんと頷くと、彼はさらに大きく肩を落とし。
――次の瞬間、私の頭には銃がつきつけられていた。
「なら、それを横取りしようってやつが現れたらどうなるか……わかるだろ?」
あっという間だった。見えなかった。
え、すごい。海賊ってこんなことできるの? すっごい。
って感心するのは後回しだ。
私は彼の言葉に衝撃を受けてしまった。
銃をつきつけられて命の危機であることよりも、長年の夢の大前提をひっくり返された事実が衝撃的すぎたのだ。
「……確かに!!!」
「は?」
「私、あの島から出るために海賊女王になるって云い続けてたけど、そうか、海賊女王になるためには【ひとつなぎの大秘宝】を手に入れなくちゃならないんだよね!? うわそれ絶対大変じゃん、マジか……大見得切って島出たのにこんな出鼻の挫かれ方ある? 私、間抜けすぎない?」
ただ漠然と口にしていた、海賊女王になるということ。
島にいたときは誰も本気に捉えてくれなかったから、詳細については口にすることがなかった。
でも、彼の云う通りだ。
【ひとつなぎの大秘宝】と海賊王のことはわかっていたのに、何故こんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
口にするってやっぱり大事だ。
アホすぎる。
馬鹿すぎる。
信じてもらいたいのだけれど、私は決して全海賊の大いなる夢と野望を横取りしようと思っていたわけではない。断じてない。
島での生活は大好きだけれど退屈で、だけど理由もないのに外に行きたいなんて云えなかった。そこで捻り出したのが『海賊になる』ことであり、単なる反抗期だと思われないために『海賊女王』なんてでっかい夢を掲げたのだ。
私は、自由になりたかった。
ただそれだけ。
本当に、それだけ。
まさかここまで軽率な考えだなんて思っていなくて、銃が頭につきつけられることも忘れてその場にしゃがみ込んで頭を抱えたけれど、どう言い訳すればいいのかわからない。
私、勉強は出来るはずなんだけど。
いくら基本ポジティブな私でも、さすがにこれは凹む。
でも今さら島に戻るなんて無理だし嫌だし、とちょっと泣きそうになりながら考えていると、ポンと肩に手が乗って、顔を上げるとそれはお頭で。
なんだよぅ。私は今柄にもなく凹んでるんだ、冗談とか云われても笑ってあげられる自信はない。
しかし、次にお頭の口から飛び出してきたのは予想外の言葉だった。
「ところがどっこい、お前さんが海賊女王を諦めなくていい方法がひとつある」
「な、ナンダッテー!?」
「知りたいか?」
「知りたい!」
もったいつけるように『んー』と明後日の方法を見たお頭のシャツをガッと掴む。あ、そう云えばこの人左腕がないんだっけ。私は優しいので、もし不便してる場面に出くわしたら手伝ってあげよう。
というか、いいからそんな方法があるなら早く教えて、と云わんばかりにお頭を見つめると、にんまりと歯を見せて。
「海賊王の嫁になればいい」
また船上の空気がシンと静まり返った。
きらきらと無邪気な子供のような笑顔を浮かべるお頭と、顎を外して目玉を落とす船員たち。いい大人がする反応ではないような気がする。唯一、ベックと呼ばれてた男前だけが眉間の皺に手をやって重い溜息を吐いていた。この人苦労性なんだろうな、お疲れ。頑張れ。
で、だ。
お頭の発言を改めて考えてみる。
海賊王の嫁になる。
その発想はなかった。
そうして、本日二度目の。
「……確かに!!!」
「えええ!?」
「正気か!?」
「それでいいのか!?」
いいもなにも、その通りじゃないか。
まさに目から鱗。
「それなら真っ当に海賊王になりたい人の邪魔にならずに海賊女王になれるよね! あ、でももし未来の海賊王が既婚者だったら……!? いやでも海賊王なんだし嫁が二人や三人いてもいいか。末席に加えてもらおう」
「一周回って面白くなってきた」
「だろ?」
よかった、これで私が全海賊を敵に回すことなく安全かつほぼ確実に海賊女王になれることがわかった。いやほらだって、私みたいに超絶美少女に結婚を迫られて喜ばない男はいないじゃない? そして私は恋愛経験ゼロだけど、多分よっぽどの変態とか性格悪い奴でない限りは好きになれると思うんだよね。なので結婚してから信頼とか愛情とか育てればいいし、うん、何も問題なし。
いやー焦った!
とりあえず問題は解決(?)したことに安心して胸を撫でおろしていると、やけにご機嫌そうなお頭が続けた。
「でだ、この船の船長はおれだってわかってるよな?」
「うん、それはもう聞いた」
「ということはどういうことかわかるか?」
…………。
意味ありげなお頭の視線を受け、私はゆっくりと腕を組む。
この人、私のこと甘く見すぎじゃない?
「ふーん、なるほど、なるほどね」
「お前本当は何もわかってないな」
「ちょっとベックさん、やめてよ私を読解力のない馬鹿扱いするのは! これでも立派な歴史学者なんだからね!? それでお頭は何を云いたいの!?」
「その急カーブついていけなくなるからやめてくれ」
ごめん、本当は何もわかりません。
自分が【ひとつなぎの大秘宝】を手に入れなくても、それを手に入れた海賊王の嫁になれば私は自動的に海賊女王になる。その理屈はわかるし納得したけれど、そことお頭が結びつかない。
説明プリーズ。
しかしベックさんは遠い目をしたままこっちを見てくれなくなっちゃったので仕方なくお頭を振り返ると。
「おれが海賊王になったら、お前さんはおれの嫁になるってことだ」
どやぁ。
私は反射的に一歩下がって、ベックさんを盾にしていた。本能で自分の身を守らねばならないと思った。
なんだこの男。
「……お頭ってロリコン野郎ってことでいい?」
「遺憾だがその認識でいいだろうな」
「おーいベックー?」
「というかお前に関しては情報が少なすぎる。どうせその図太い精神だ、何を云われてもここに居座るんだろう。軽く自己紹介しろ」
そう云われて、荷物の搬入が終わるのと同時に船に飛び乗った私は未だに船のみんなに自分のことは何も話していないことに気付く。ごめんね、これじゃ私がウルトラ可愛いってことしかわからなかったよね。反省。
「それじゃあみなさん改めてこんにちは、エンって云います。気軽にエンちゃんあるいは女王様って呼んでね。好きな食べ物は肉、嫌いな食べ物は野菜、島では歴史学者として働いてたぴちぴちの18歳でっす! 海賊女王になりたいって云ったらお頭に船に誘われたから、これって実質スカウトだよね? ってことはちやほやされてもいいよね? みんな好きなだけちやほやしてね!!」
可愛らしくポーズをつけて自己紹介をすると、みんなの視線は私に釘づけだった。ふっふっふ、ですよね。私、言動が最悪って云われるけど、それなりに可愛いのよ。しゃべらなければモテるのに、って島中の人から云われてました。しゃべったら終わりだって云われてました。やかましい。
「なんでこんなとんでも女に声かけたんだ」
「だって面白くて」
「やっぱりおれが先に降りるべきだった……」
なにやらひそひそと内緒話をしているお頭とベックさんを見ると、お頭は嬉しそうに笑って私に手を振り、ベックさんは非常に疲れた笑顔を見せてくれた。
「よろしく、女王様」
「あ、ごめんなさいそれはほんの冗談なのでエンって呼んでくださいよろしくお願いします」
この人意外と冗談とか云うんだ。強面だしお頭のストッパーっぽいし真面目なのかと思ってたけど、ちょっと面白い。でも女王様は本当に冗談で云っただけなので呼ばないでほしい。
「じゃあ、エンの加入を祝して宴だ~!」
「え、さっき島で調達した食料使うの?」
「頂いたものは大事に消費させていただきます!」
「云っとくけど私野菜食べないよ」
「好き嫌いしてたら大きくなれんぞ~、どことは云わんが」
「お、喧嘩か? お頭、私に喧嘩売ってるな? いい値で買うぞ気を付けろ。っていうか私はありのままが魅力的なんで別に胸とかなくても気にしてませ~ん!」
「別に胸とは云ってないのに自己申告か?」
「ねぇベックさんは普通の人だと思ったのにやっぱヤなやつなの!?」
「女関連では間違いなく船一番のクズだぞ、ベックは」
「マジかよショック!! いやでもこれだけかっこよかったら仕方ないか……刺されないように気を付けてね」
「その辺はちゃんとしてるから心配するな」
「ひゅう! モテる男の風格!!」
「ていうかおれさっきお前のこと口説いたと思うんだけど、おれよりベックがいいのか……!?」
「え、私いつ口説かれたの?」
「だから、おれの嫁さんになってくれって!」
「だってまだお頭が海賊王になるかどうかなんかわかんないじゃん」
「ぐ、ぐわーっ! じゃあおれが海賊王になったら本当に嫁になってくれんのか!?」
「いいよ~」
「軽ッ!!」
「でもそれまではそれぞれ自由に生きようね。私も初めて島の外出るし、遊びたいし勉強もしたい」
「嘘だろこんな扱いおれ初めて」
「やばい面白くなってきた。エン、こっち来て飲め飲め」
「わ~い私お酒好き。甘いの頂戴。あとみんなの名前教えて」
「ぎゃはは、そういやそうだな~!」
閉鎖的な島で暮らしていた割に、私のコミュニケーション能力はかなり高い。自慢じゃないけど基本的に誰とでも仲良くなれる。面倒くさそうな商人が来たときは何故か私が応対させられて、仲良くなっていい取引が出来たことは数知れない。いいように使われてるとも云えなくもないけど、まぁおかげで対人能力は鍛えられたから良しとする。
そんなわけで、もともと気さくだったこの船……赤髪海賊団のメンバーと私が打ち解けるのにはそう時間はかからなかった。
お酒を飲みながらみんなと話をして、名前や役割なんかを聞いた。私は残念ながら可愛いだけで戦うことは出来ないので、そのうち副船長であるベックさんからなにがしかの仕事を与えられるだろうとのこと。まぁ、働かざるもの食うべからずだもんね。それに私は事務的な仕事なら得意なので任せてほしいと胸を張ったら、ちょっとだけベックさんが嬉しそうにしていた。もしかしてこの船って大変ですか?
しばらくはどんちゃん騒ぎをしていたのだけど、ふと、私は空を見上げた。
絵具をぶちまけたみたいに雲一つない青色が広がっていて、とても気持ちがいい。
けど、なんか。
私は空を見上げたまま、近くにいたお頭の袖をひっぱった。
「お頭、ちょっと」
「なんだ? ちゅーでもしたいか?」
「そのやかましい口を便所スリッパでふさがれたくなかったら黙って。で、そこちょっとどいてください」
「酷い……どっちに?」
「そこにいなければ、どっちでもいいんだけど……じゃあとりあえず右で」
「了解」
と云ってお頭が素直に一歩右に移動した瞬間だった。
――ドゴォン!!
とんでもない轟音を立てて、何かが、ついさっきまでお頭が立っていた場所に落ちてきたのだ。
みんなギョッとしていたけど、一番びっくりしてるの私だからね。びっくりした。びっくりした……! ドッドッと心臓が跳ねるのを手で抑えながら立ち尽くしていると、ベックさんが前に出てくれた。やばい、やっぱかっこいいぞこの人。
しゅうしゅうと音を立て、埃が細く立ち上る。甲板大丈夫かな。埃が落ち着いたころにみんなはその落ちてきた物体を観察している。怖くないのか。すごいな、海賊って。
「……ダイアルだな」
「ああ、じゃあ空から?」
「だろう。問題は」
冷静に話をしているみんなの隣で、私はと云えばまだ心臓ドキドキしてる。おっきい音怖い。
ていうかダイアルって何? 空から降ってきたの?
わからないことだらけでひたすら頭にハテナを飛ばしていると、みんなの視線が一斉に私に向いた。
「エン。なんでこれが落ちてくるってわかった?」
「え、わかんなかったよ」
「だが今……」
「なんとなく、そこに立ってちゃ駄目だなって思ったの」
そう、特に理由はない。
ただ、なんとなく、あ、そこは駄目な場所だなって思っただけだった。どうなるかは全然わからなくて、ヤな感じがした、みたいな。
というか何が落ちてくるかとかわかってたらこんなにびっくりしてないよ。生まれて初めてこんな轟音聞いたんだからね。村で一番大きい音なんて、お祭りのときに鳴らす鐘くらいなんだから。
素直に答えただけなのに、みんな何も云ってくれない。
戸惑ったように顔を見合わせたお頭とベックさんに、なんだか途端に不安になった。
「ええと……私、何か悪いことしちゃった……?」
昔からあったのだ。
理由はよくわからないけどなんとなく嫌な予感がして、それが的中してしまうということが。
例えば、胸騒ぎがして港に行ってみたら知り合いが今まさに漁に出かけるところで、絶対にこのまま行かせては駄目だと思ってあの手この手で引き留めた。当然その時はものすごく怒られたんだけど、そのあとすぐにとんでもない嵐が起きた。突発的なもので、熟練の漁師でも予想できないほどの嵐だった。あのまま沖に出ていたら間違いなく彼らは嵐に巻き込まれて死んでいただろう。
他にも大なり小なりこういうことが重なって、私の勘というのはなかなか捨てたもんじゃないというのが島での共通認識になっていた。嫌なことばっかり的中するから個人的にはしんどいんだけど、まぁ、誰かが怪我したり死んじゃったりするよりはいいかな、と思って、そういう予感がしたときは云うようにしてたので、もしかしてこれってよくない事だったんだろうか。
船に乗ったばっかりなのにヤバいやつ認識されたらどうしよう。
一度は受け入れ態勢だったけど、やっぱりヤバい奴だから島に返そう、あるいは海に捨てちゃおうなんて思われたら困る。
しかし、そんな私の不安は杞憂だったらしい。
まずは近くにいたベックさん。次にヤソップさん、ルゥさん、ホンゴウさん、ライムさん、スネイクさん、ガブさん、ボンクさん、モンスターにまでわしわしと代わる代わるに頭を撫でられてもう私の頭ボッサボサ。
なになになに。
わけがわからなくて戸惑っている私に、最後にお頭がとびっきりの笑顔を浮かべて云った。
「思わぬ収穫だったなぁ。すごいぞ、エン!」
「何、何が? 私抜きで勝手に盛り上がられても困る」
「ただのぶっとび女じゃなかったんだな。見直したぞ」
おいいきなり見直されならなきゃならないほど私の評価低かったのか。
でも、この反応を見るに船を下ろされたりすることはなさそうなことにひとまずホッとした。
何事もなかったかのように賑やかな宴に戻っていったみんなをぼんやり眺めながらグラスを傾けていると、ふと隣に人が来た。見上げればそれはお頭で、何やら満足そうに私を見て云う。
「やっぱお前はこの船に乗る運命だったわけだな、エン」
どういう意味だろう。
云ってる意味がわからなくて首を傾げると、ずずいと顔を近づけられた。
「ってことでやっぱおれの嫁になってくれよ」
「それとこれとは話が別」