シャンクスを抱き枕にし始めたエンは毎晩快眠で、朝もすっきり起きて一日中元気いっぱいに過ごせていた。
おかげでただそこにいるだけで可愛いというのに更に可愛く輝く笑顔を振りまくことになり、赤髪海賊団一同は今まで以上にエンの笑顔によって癒されていた。
――ただし、抱き枕にされているシャンクスを除いて、だが。
「エン」
「はぁい」
「大事な話があります」
呼び出された医務室で、てっきりいつも通り手伝いがあるのかと思っていたエンは、部屋に入ってすぐホンゴウの向かいに座るよう云われて首を傾げた。
ここしばらく怒られるような何かをやらかした記憶はないし、怪我や体調不良を隠しているわけでもない。
心当たりはないけれど、どうやら真剣な話らしい、というのはホンゴウの表情を見てわかる。エンは空気も読める完璧な美少女なので、姿勢よく椅子に座ってホンゴウの言葉を待った。
「今後お頭を抱き枕にするのは禁止にします」
「え!」
「ど―――してもまだ抱き枕が必要な場合、本当に心の底から不本意ではあるがおれが代わりになります」
「ほんとそこまで嫌がるのひどくない?」
せめて嫌そうな顔をしてくれたらまだ笑い話に出来るのに、ホンゴウが真顔で云うから余計に本気の嫌がっているのがわかってしまい、さすがのエンも傷付いた。朝起きて可愛い私がいるなんて最高じゃないの? という素敵な疑問は無視された。
「つか、真面目な話。お頭と一緒ならちゃんと眠れてるんだよな?」
「うん。ちょっとだけ二人で飲んで、しゃべって、そしたら朝までぐっすり。おかげさまで超元気」
「それはいいことだ。が」
始まりはエンが不眠症気味になったという相談からだった。
不眠になる理由は人それぞれで、何をどうすれば即治るというようなものではない。ただ、エンの場合は怪我によるストレスに加え、シャンクスとごたごたしたのが主な原因だというのはわかっていた。だからこそホンゴウは少々強引な方法でもエンとシャンクスの関係に変化があれば不眠症は改善されると踏んだのだ。
果たしてその考えは正解だったわけだが、ここで一つ問題が浮上した。
「大変残念なことに、今度はお頭が眠れてない」
これである。
初日はまだ笑い話に出来た。そりゃあ好いた女と一緒に寝て朝まで何も出来なかった、なんていうのは男としては情けなくて笑うしかないだろう。
が、翌日、翌々日、さらに次の日、と徐々に表情が死んでいくシャンクスを見てホンゴウはさすがにこれはまずいと思った。対照的にエンは日に日に元気になっていくのが申し訳ないが、これ以上はいろんな意味でシャンクスがまずい。
ホンゴウの言葉に、エンは愕然とした。
「……私のせい?」
「そうだといえばそうなんだが、こればっかりは生物学上の違いというべきか」
なんということだろう。
眠れるようになって夜が憂鬱ではなくなった。いつも大勢に囲まれているシャンクスを夜の間だけ独り占め出来てちょっと嬉しいとも思っていた。だから本当は一日だけ、と思っていたのに気付けばここ数日は毎日シャンクスに添い寝を頼んでしまっていた。
まさかそれが、シャンクスに負担をかけていただなんて。
青い顔で押し黙ってしまったエンの頭を撫でながらホンゴウは続けた。
「ただな、勘違いするなよ。お頭はお前と一緒に寝るのが嫌なんじゃないんだ」
「でも……」
「本当だったら、お頭は別にエンが不眠症とかじゃなくても一緒に寝たいんだよ。でもちょっとまぁ今は複雑な時期というかなんというか、少し悟りを開くための時間が必要というかな」
無心でエンの隣で眠れるようになれば何も問題はないのだが、そう簡単にいくものでもない。
昼間、甲板で昼寝するのとはわけが違うのだ。
自室、風呂上がり、寝間着、油断しきった好きな女。
これだけ揃って何も出来ない苦痛は、きっと当人にしかわからないだろう。ホンゴウだって想像してゾッとするしか出来ない。
しかもこの苦痛、嫌な苦痛ではないから余計にしんどいのだ。生憎シャンクスに苦痛を喜ぶ趣味はないが、嫌で面倒ならばさっさと追い出すか、まどろっこしいのはやめにして無理矢理手籠めにしてしまえばいいのに、根本的にエンが大事だからそんなことはできない。
かといってまだまだ愛情はストップ高に至らないので単に一緒に寝るだけというのはもどかしい。
エンが望む通りに傍にいたいのは山々なのに、身体は正直に反応してしまうのだ。よく理性が保っている、とホンゴウも拍手を送りたいくらいの精神力である。
しかしそれもそろそろ限界だった。
このままでは早晩望まない形でエンに手を出してしまうと、今日朝一番でシャンクスが医務室にやってきた。一緒に起きたエンは元気にルウの手伝いに行ったらしく、その隙に少しでも眠ろうと考えたらしい。自室のベッドだとエンの温もりを思い出してしまうので医務室に来るとは、なんとも健気である。
理性のせめぎ合いと寝不足のせいで頭の廻っていないシャンクスは、そうだ、エンが眠くなったタイミングでおれが睡眠薬を飲めば万事解決だ、と考えた。そしてそれを素直にホンゴウに云ってみた。
船医としては、面白がって見ていられなくなった瞬間だった。何せ、シャンクスの目がマジだったので。
「んで、どうする? まじで誰かがいないと眠れないってんなら、悪いけどおれで我慢してもらうしかねぇんだけど」
「うぅん」
「なんだその顔。おれじゃ不満か」
「ていうか嫌がってるのはホンゴウじゃん」
「嫌なんじゃない。気が重いだけだ」
「それは嫌っていうんだよ」
いやいやそれは違うのだ、と云ってもきっと今のエンには理解できないだろう。
本当に、ホンゴウは別にエンが必要だというのなら一緒に寝るのはやぶさかではない。何もする気は起きないし、間違いも起きないと確信している。何せ、すでにエンのことは異性としては見ていないとはっきり自覚しているからだ。異性というか身内というか妹というか、とにかく保護者的な存在を確立している思って間違いない。
確かにエンは可愛いが、だからといって欲情する対象ではないのである。どちらかというと保護対象。
そしてそれはエンも同じだろう。ホンゴウのことは赤髪海賊団の中で一番頼りになる兄だと思っているに違いない。船医だから何かと世話になることが多くて距離が近い、という理由もあるかもしれないが、何かあった真っ先に相談に行くのはいつでもホンゴウだ。次にベックマンかヤソップ、場合によってはライムジュースやスネイク、というちょっとした順番が出来ている。
だから本当に本当の最後の手段として一緒に寝るのはいいのだが、シャンクスの気持ちを考えると簡単な話ではないということで。
いくらお互いに気を許した相手でも、異性は異性。可愛いエンと信頼する部下が一緒に寝るのは、熱烈片想い中のシャンクスの精神衛生上よろしくない。
こういうのはもう理屈じゃないのだ。エンが選ぶのが自分か自分以外か、それだけなのだから。
これをエンが理解できるようにどう説明すべきか、と考えていたホンゴウだったが、ふと気付いた。
エンの反応が鈍いのだ。
恐らく一年前、いや半年前でもいい。それくらい前にエンが不眠症になっていたら、そしてもし誰かと一緒じゃなければ眠れないという事態になっていて、ホンゴウが名乗りを上げたら。
まず間違いなく賛同しただろう。それくらエンからの信頼を勝ち得ている自信がホンゴウにはあった。
が、今はどうだ。
先に渋い顔をしたのはこちらだが、それ以上にエン自身もはっきりとしていない。
おやおや。これはこれは。もしやもしや?
エンの恋愛感情のちょっとした成長を感じつつ、頬杖をついたホンゴウは、にやりと笑った。
「それとも、お頭以外の男と一緒には寝たくないか?」
「……何その含みのある云い方」
「別にぃ。ちょーっとお頭の味方してるだけだけど」
「ど、どういう意味なの……でも」
言葉を切ったエンは、しかしそのままグッと息を飲んで何も云わなかった。
答えはそれだけで十分だった。
◇◆◇◆
今夜はとりあえず一人で自分の部屋で寝てみて、いよいよ無理そうなら薬を飲む、ということで話はまとまった。念のため軽めの入眠剤を受け取り、エンは一旦自室に戻った。朝食後すぐにホンゴウに呼ばれたので、今から副船長室でベックマンと仕事の予定だ。
薬を机の上に置き、考える。
シャンクスと一緒に寝るようになって数日、これまでの不眠が嘘のようにぐっすりと眠れた。
朝起きたら先に目を覚ましていたシャンクスの眠たそうな目と目が合って、おはようと誰より先に声をかけられるのが嬉しかった。
だから考えもしなかったのだ。
まさか、シャンクスの負担になっていただなんて。
てっきりシャンクスの方からしてくれた提案だったから、何も問題はないと思っていた。
詳しく聞いたことがないのでよくは知らないけれど、これまで一緒に夜を過ごしてきた綺麗なお姉さんたちとベッドを共にして眠れなかった、なんて話していなかったから。むしろベックマンや他の仲間たちは、綺麗なお姉さんと過ごした翌日はとてもいい肌つやをしていたので、よく眠れていたのだろうとエンは思い込んでいた。
そしてちらりと視線を下に向ける。
やはり胸か。
胸が問題なのか。
彼らが侍らせていたお姉さんたちは軒並み胸が大きかった。少し前の島でシャンクスの傍にいたお姉さんもかなり大きな胸と魅惑のくびれを持っていたことをエンは覚えている。
ああでなければよく眠れないのかもしれない。だとしたら大変申し訳ないが、エンでは荷が重い。
決して貧相とは云わないが、エンの可愛らしさを最大限に引き出すスタイルはお世辞にも豊満とは云い難い。ホンゴウやルウには『もっと食べろ』と事あるごとに云われるくらいには小食だし、甘いものも別に好きではないし、酒を飲むときはつまみは食べないタイプだし、そもそも体質として全体的に肉が付きにくいのだ。
シャンクスはエンにとって最高の抱き枕だったが、シャンクスにとってエンは最高の抱き枕にはなれなかったということで。
ちょっと落ち込む。
いくら眠れなくて切羽詰まっていたとはいえ、仮にも自分が所属する海賊団の船長を寝不足に陥れる原因になってしまうなんて。
きっと彼は抱き枕としての自分を期待していただろうに、自分ばっかりが満喫して要望には応えられなかった。
そういえば、考えてみれば毎朝シャンクスの方が先に起きていたことをエンは思い出す。
あれは早起きだったのではなく、眠れていなかったのだ。
更に夜一緒に寝るようになってからは昼間に見かけるシャンクスは居眠りをしていることが多かった。エンは副船長室やら医務室やらに籠って仕事をしていることが多いので、時々用事があって甲板に出たときに見かけたシャンクスが日向でぐーすか眠っていて、邪魔そうにみんなに蹴とばされても眠っているのが面白い、なんて思っていたのだが、あれは夜眠れなかった分昼に寝ていたということだった。
少し考えればわかることに今さら気付き、エンは誰も見ていないのをいいことに思いっきりため息を吐く。
なんということだろう。あまりにも自分勝手すぎる。
シャンクスは優しいから、自分が困っていると云えば放っておけなかったのだ。その優しさに甘えきってしまったことを、今更ながらエンは反省した。
少し考えて、エンは棚の上に手を伸ばす。
そこにはエンが趣味で作った小物が置いてあり、その中の一つを手に取った。
なんとなく、ちょっと暇だったから随分昔に手慰みに作ったもの。
捨てるのもなんだし、人にあげるようなものでもないし、かといって売るのもどうかと思ってずっと飾ったままにしていたコレの出番は今だと確信した。
そうしてそれを大事に持って、ついでに仕事道具も持って一度甲板に上がった。目的を果たしたらそのまま仕事に行ける準備だ。
外に出ると、目当ての人物はすぐに見つかった。
大きな欠伸をしていたので、それも申し訳ないと思いながら近付いて。
「お頭」
「お、どうしたエン」
「あの、これ」
「うん?」
シャンクスがエンに手渡されたのは、可愛らしくデフォルメされたライオンのぬいぐるみだった。
反射的に受け取ってから首を傾げる。はて。くれるのだろうか。だとしたらなぜぬいぐるみ、何故ライオン。
突飛なことをしがちなエンではあるが、いつも以上に訳が分からなくて戸惑うシャンクスに、エンは真剣な表情で云った。
「今日一日、これ持って生活してくれない?」
ぬいぐるみを。
大の大人が。
「お願い」
わずかに潤んだ、訴えるような瞳でそんなことを云われて断れるシャンクスではなかった。
かくして、何をするにもどこに行くにもライオンのぬいぐるみを持って歩く、とっても愛らしい"赤髪のシャンクス"が誕生したのである。
◇◆◇◆
全然意味はわからないが、エンからのお願いはいつだって全力で聞き届けたい。
そんなわけでシャンクスは、エンからぬいぐるみを受け取って以降本気でずっと肌離さずそれを持ち歩き続けた。幸いこの日は敵襲や海軍と鉢合わせることもなかったので穏やかな日常ではあったけれど、いつもと違う光景といえばシャンクスの腕の中に不釣り合いな可愛らしいぬいぐるみがあるということだろうか。
ヤソップやルウ、ホンゴウとの食事時にも一緒。
ベックマンやスネイクと航路確認しているときも傍らに。
ライムジュースやガブと手合わせしているときはマントの上に。
パンチやモンスターと釣りをしているときは膝の上。
昼寝の時はしっかりと腕の中。
シャンクスに用事があって話しかけた誰もが一度ぬいぐるみに目を奪われるが、示し合わせたようにすぐに目を逸らして何事もなかったかのように会話を続けた。面白いように目が泳いだが、触らぬ神に祟りなし、である。シャンクスもつっこまなかった。というか何を云われても『エンに頼まれたから』以外に云えないのでつっこまれなくて助かった。
そしてあっという間に時間は過ぎ、昼間よく眠れるようになったことでいっそうバリバリと仕事をしていたエンが、ひと段落ついて甲板に上がってきたときにはすでに宴が始まっていた。当然そのときもシャンクスの腕にぬいぐるみは抱えられていて、それを見たエンはものすごく満足そうに笑っていた。
その笑顔は非常に可愛いのだけれど、出来ればぬいぐるみはシャンクスのようなむさい男ではなくエンに抱えていてもらいたかった、と誰もが思ったが、何故かシャンクスもご満悦そうなので口を噤んだ。余計な口を挟んで面倒なことに巻き込まれたくない。めんどくさい。
いつものように賑やかな宴は続いた。
エンの姿を目ざとく見つけたシャンクスが自分の傍に呼び寄せ、宴のとき特有の距離感でべったりとしてくるのはエンももう慣れたし、周囲も『いつものことか』と気にもしない。
ただ今日はここにプラスアルファで可愛らしいぬいぐるみがあるのでものすごく気になる。
が、やっぱり誰も訊く勇気はないので、ある程度みんなでワイワイした後はさりげなくシャンクスとエンを宴の輪から外す方向で進めた。仲間外れではない。これは気遣いである。別にぬいぐるみが気になりすぎて宴に集中できないからどこかに行ってほしいとか思っていない。
若干シャンクスはその空気を察していたが、エンと二人になれるのは嬉しいのでむしろ積極的に輪から外れた。そういうさりげなさは異常にうまいので、エンも特に疑問には思わないらしい。こういうところの鈍さはもどかしいが可愛い。
その後はしばらくのんびりと会話を楽しみながら二人で飲んでいたのだが、ふとエンがシャンクスの膝の上に乗っているぬいぐるみに目をやった。
「ありがとね、ずっと持っててくれて」
「別に構わねぇんだけどよ……なんでまた?」
今日一日を共にしたぬいぐるみを改めて見て、シャンクスは首を傾げる。
だって、よりによってぬいぐるみ。嫌ではないが違和感はある。少なくとも、髭面の男に持たせるようなものではないだろうと疑問に思ったのだ。
そんなシャンクスの純粋な疑問に、グラスの酒を半分ほど飲んだエンが申し訳なさそうに眉を下げて云った。
「お頭、私と一緒に寝るようになってからあんまりよく眠れてないんでしょ?」
思わず酒を噴き出すところだった。寸でのところで止まって、口に含んでいた分を慌てて飲み込んだおかげで盛大に咽た。変なところに入ってゲホゲホと咳をしていると、エンが気の毒そうに背中をさすってくれた。ああなんて優しいんだエン可愛い、と原因についてては考えないよう現実逃避しつつ、朝一番で相談に行った相手を間違えたとシャンクスは思う。
なんで本人に云っちゃうんだ!
「あ、あいつぅ……!」
「私が眠れるようになってもお頭が眠れなくなったら意味ないよ。ごめんね、私自分のことばっかりで……」
「いやエンが気にすることじゃねぇんだ、おれが煩悩まみれなばっかりに」
「煩悩?」
失言した。
ハッとして口元を押さえたが、それ以上にエンは自分の犯した失態について落ち込んでいるようで、肩を落としながら云う。
「で、考えたの。多分、まだ一人になると眠れなくなるし、どうしようかなって思ってさ。だから今日一日この子を持っててもらったんだよね」
「……うん?」
説明されているはずが結局どういうことか意味がわからず首を傾げると、エンは少し照れたようにシャンクスのマントを指先でつまんだ。えんがちょ、ではない。なんというか、例えば小さな子供が大人の気を引きたくて遠慮がちに服を掴むような、そういう感じ。
その仕草があまりにも可愛いので、シャンクスは目が落ちるのではないかというほど大きく目を見開いてエンを凝視した。
可愛いが可愛い行動をして可愛いが飽和しすぎている。勘弁してほしい。
そうしてエンは、更に恥ずかしそうに続けた。
「最初はお頭のマント貸してって云おうと思ったんだけど、それじゃあんまりにも気持ち悪いじゃない?」
「へぁ?」
「一緒に寝てて気付いたの。私、お頭の匂いが安心してすっごく落ち着いて、だから眠れるんじゃないかなって」
今ものすごいことを云われている。
心臓が信じられないくらい暴れまわっていて口から飛び出すんじゃないかと思うが、シャンクスの手からぬいぐるみを受け取ったエンは冗談を云っている様子はない。
今日一日シャンクスが持っていたぬいぐるみを大切そうにその胸に抱いて、エンは微笑んだ。
「だから今日は、この子をお頭だと思って一緒に寝るね」
そしてシャンクスはこのとき漸く理解した。
朝、エンがこのぬいぐるみをシャンクスに持たせた理由。肌身離さず持つようにと云ったワケ。
シャンクスの匂いが、つくように――……。
「う、お、おぉ……」
「え、ごめん、やっぱり気持ち悪かったかな?」
「違う。可愛い」
「え!?」
「可愛い。エン可愛い」
「いやそれは知ってるけど」
「いーやわかってない。お前が思ってる以上に可愛い。本当に可愛い。可愛すぎて泣きそう」
「な、泣かないで」
感極まったシャンクスが片手で顔を抑えると、エンは焦ったように背中を撫でる。
最近気付いたが、エンはシャンクスの悲しそうな顔を見ると放っておけないらしい。基本的に快活なシャンクスなので滅多にそんな顔はしないのだが、特にエン関係でちょっとでもしょぼくれた顔をすると、手を握ってくれたり傍に来てくれたりするのだ。
嬉しい。例えばそれがシャンクスではなく他の仲間であってもそうするのかもしれないが、少なくともエンが自分のことをよく見てくれているのだとわかるだけでもう十分だった。
だからといってわざとエンの気を引くようなことはもうしないが(何せ前科があるので)、やっぱりこうして寄り添ってくれるのは嬉しい。
「……まぁ、実を云うと毎日だとちょっとな、アレなんだけどよ」
「うん、ごめんね。もう一人で寝れるように頑張るから」
「じゃなくて」
グッと拳を握って気合を入れるエンに、シャンクスは首を横に振る。
可愛いエン。
大好きなエン。
大切なエン。
純粋に自分を慕ってくれることが嬉しい。
出来れば、そんなエンの気持ちに報いたいと思う。
「週に何回かなら大丈夫だから、たまには一緒に寝ようぜ」
本当に不本意だが、毎日はしんどい。いろんな意味で。
けれど週に何度かで慣れていけば、ゆくゆくは毎日一緒に寝ても大丈夫になる可能性はある。まぁシャンクスとしては、その間にただ寝るだけじゃない関係にまで発展したいが一旦それは置いといて。
まだ試してないのでぬいぐるみ効果はわからないが、今夜からエンがちゃんと一人で眠れるかもわからないし、眠れたとしても睡眠の質が下がっていたら不眠症が改善されたとは言い難い。
シャンクスと一緒であればぐっすり眠れるということは確かなので、やっぱりシャンクスと寝るのがエンにとっては一番いい方法なのだ。
自分の我慢が利かないせいでエンの役に立てないのは情けない。
何より、しんどいのと同じくらいに幸せなのだ。
エンが自分の腕の中で安心しきって眠っていることも、他の誰でもなく自分を頼ってくれていることも。
エンの特別になれているのだと思うと、この世で一番幸福になったような気になれる。
そのためならば、煩悩くらい殺してみせよう。……と思っても実際目の前にエンがいると殺せないのが厄介なのだけど。
とにかく、毎日でなければ頑張れるし頑張らせてほしいし、何よりぬいぐるみに負けたくない。ご存じの通りシャンクスは大人げないところがあるので、いくら自分が一日中持ち歩いていたものとはいえぬいぐるみにお鉢を奪われるのは我慢ならないのである。
なので押しつけがましくならないように気を付けながらそう云うと。
ぱちくり、と目を瞬いたエンは、緩く首を傾げた。
「……いいの?」
「ああ。おれもエンと一緒に寝るの、本当は嬉しいんだ」
シャンクスは片方立てた膝に顎を載せて、エンの髪に手を伸ばした。
少し癖のある長い黒髪の手触りは絹のようで、色は似ていてもベックマンのものとは全然違う。海風にさらされてもなお艶やかな髪は、エンの可愛らしい顔立ちによく似合っていた。
今はサイドで一つに纏めてあるその髪を愛おしそうに指に絡めるシャンクスに、エンはとろけるようにふわりと相好を崩す。そうしてさっきまで拳一つ分ほどあった距離を詰めて、シャンクスの肩にもたれるように頬を寄せる。
「んへへ」
「……どうした?」
「ん-ん。なんでもない」
「なんだよ」
「なんでもないってば」
「隠し事か? 泣いちゃうぞ」
「泣くのは反則」
「お前、おれが泣くの嫌がるよなぁ」
「お頭だって私が泣いたら嫌でしょ」
「そりゃまあ、……とか云ってもう何回も泣かせた気がするけど」
「だから、もう泣かせないように頑張ってね。美少女を泣かせるなんて最大の罪だぞぉ」
「別な意味で泣かせてやりてぇよ」
「どういう意味?」
「ナンデモナイデス」
「あ、そうやって誤魔化す~。いいもん、あとでホンゴウに云っちゃうから」
「やめろ殺される」
この日の宴が解散になるまで、結局二人はこんなやりとりをしながら楽しく過ごした。
ちなみにこの二人のやり取りを離れたところからこっそり窺っていた大幹部たちは盛大に砂糖を吐いたらしい。甘すぎて糖尿病になるかと思った。なんでこれで恋人同士じゃないんだか全然意味が分からないので、もう飲むしかなかった。
エン
ただの賢くて心が広いだけの超絶美少女。最近不眠症気味だった。
ぬいぐるみと一緒だと何もないよりは眠れたけどやっぱり眠れないのでホンゴウにもらってた入眠剤を飲んだら死ぬほど気持ち悪くなったので結局朝まで眠れなかった。薬は合わないらしい。残念。翌日ホンゴウに報告して、この薬は服用禁止になった。
このあとなんやかんやである程度不眠症は改善したけど、なんだかんだでたまにシャンクスと一緒に寝てるらしい。
シャンクス
エンに熱烈片想い中の大海賊。ロリコンじゃないです。成人してるんで大丈夫です。
いっそエンと寝る日は昼間にしっかり寝て夜はずっと起きていればいいのでは、と思ったがそれはそれでしんどいことに気付いてやめた。柔らかいしいい匂いするし可愛いし可愛いし可愛いしそんなのずっと起きて眺めてたら気が狂う。
一緒に寝るのが二桁に入ったくらいからちょっとずつ慣れてきてちゃんと眠れるようになった。嬉しい反面エンとそういう関係になるには遠のいた気がして泣きたい。でも不眠症が改善した後もたまに一緒に寝てくれるのが嬉しい。いつかこの流れで……と思ってる。多分無理。
ホンゴウ
エンの保護者筆頭お兄ちゃん。
どうにかしてエンに大人の恋愛について教えたいが自分で教えるのはセクハラになる気がして恐ろしいので、次の有人島で対策を取る予定。純真無垢のままでいてほしいけど何も知らな過ぎても危険なので苦渋の決断。お頭はおれに感謝すべき。
大幹部のみなさん
男としてはシャンクスに同情するがそれ以上にエンが可愛いので、絶対にエンが傷つくのを許さないマン。でもエンも明らかに以前よりシャンクスに気を許してる様子だし無意識にいちゃついてるし、くっつくのも時間の問題だな、とは思っている。
※特にホンゴウ、ベックマンは仕事上エンと関わることが多く、早くて丁寧で痒い所に手が届くエンには何が何でもずっと船にいてほしい。今までどうやって自分たちだけで処理してたのかもう思い出せないくらい主に事務仕事面でエンの能力が不可欠になっている。頼むお頭、変なことしてエンが船を出ていくようなことはさせないでくれと切実に思っている。