超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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すったもんだの末に恋人同士に納まった未来の海賊王と未来の海賊女王の、夜の生活に関連する短い話をいくつか。Rはつかないくらいの話です。
くっついてもくっつかなくてもこいつらは騒ぎは起こす。全体的に何故かホンゴウが苦労してます。頑張れ。

1.ちゃんとご飯を食べなさい(ホンゴウ)
2.加減しなさい大馬鹿者(ライムジュース、ホンゴウ)
3.おれだけですか?(シャンクス)


大きい声では云えない話

1.ちゃんとご飯を食べなさい(ホンゴウ)

 

 

医務室に呼び出されたエンは、いまいち状況がわからず首を傾げている。

最近はホンゴウに怒られるようなことはしていないはずだ。仕事に集中しすぎて寝食を疎かにした結果倒れるなんてことはしなくなったし、体調不良を隠して最終的に倒れたのも遠い記憶。先日頼まれた在庫整理は云われた通りにこなして報告書も提出済みで褒められたはず。

しかし目の前にいるホンゴウはどうやら怒っているらしい。

まったく心当たりがないので困っている。

するとホンゴウは、ひとつ小さな溜息をついた。

 

「ルウから聞いた」

「うん?」

 

ルウ。

思いもよらぬ人物の名前が出て更に首を傾げる。

ルウと云えば赤髪海賊団のコックを務める人で、食堂の主だ。過去に彼の城を爆発させたことがあるエンだが、あれから試行錯誤の末何とかお湯を沸かすことくらいは出来るようになった。しかしこの調子で簡単な料理でも、と包丁を持ったところ一秒後に指を切ってキッチンを血塗れにした罪により、二度と包丁は持たせてもらえなくなったのは忘れたい現実である。

というわけで浅からぬ因縁(?)のあるルウだが、決してエンと仲が悪いわけではない。むしろ良い。ルウが実は女嫌いで普段は徹底的に避けていることを考えれば、ちゃんと会話をするし辛抱強くお湯が沸かせるようになるまで修行をつけているのだから、かなり打ち解けていると云えるだろう。

そのルウから、エンに直接ではなくホンゴウ経由で苦情というのはあまり考えたくない。よっぽどルウの癇に障ることをしてしまったのだろうか、可愛すぎてごめん、と見当違いに思考を飛ばしていると、ホンゴウが低く云う。

 

「お前、最近ちょくちょく朝飯抜くんだってな?」

 

思いがけない言葉に一瞬理解が追い付かず、ややあって、朝食、とオウム返しにしてしまった。心当たりがあるような反応をしたエンに、ホンゴウは続けた。

 

「元から小食だったけど、前は一応食ってただろ」

「あー、うん、それかぁ」

 

基本的にエンは早起きで、規則正しい生活を心がけている。仕事で夜遅くなることがあっても、朝を怠けるとクセになるから、と本当に根が真面目なのだ。量は少なくとも食事もきちんと食べているし(野菜嫌いは健在だが、昔ほどではなくなった)、時間を見つけて甲板で太陽を浴びるようにしたりして体内時計も狂わないよう気を付けていた。

そもそも、エンの仕事は頭を使うから、とどんなに忙しくても朝食だけはなるべく食べるようにしているはずなのに、ならばなぜ今更朝食を抜くのか。

エンが妙なことを考えているとは思わないが、ホンゴウは船医としても、エンの仮想兄としてもこの状況を見過ごせない。

 

「別に無理なダイエットしてるわけでもないよな?」

「うん、してない」

「体調悪いわけでもなさそうだし、どうしたんだ」

 

海賊家業は身体が資本なので、赤髪海賊団の仲間たちも大食漢が多い中、唯一の女であることを加味しても小食側なエンが、更に朝カフェオレだけで済ませるなんて身体が持たない。みんなと同じくらい食べろなんてことは云わないけれど、せめてパン一つくらいは食べてもらわないと心配だ。一応執務室にはドライフルーツやナッツを常備してあるが、おそらくエンはあまりそれにも手を付けないだろう。

ダイエットでも体調不良でもないなら、一体どうしてしまったのか、と心配に思うのは無理もない話である。

 

本気で自分を心配してくれているであろうホンゴウの様子に、エンは頭を抱えたくなった。

確かに、エンは時折意図的に朝食を抜いている。

それは気まぐれではなく、一応意味がある。

あるが。

 

「怒んない?」

「理由による」

「じゃあ云わなぁい」

「エン?」

「だって絶対くだらないって云うもん」

「云わない。約束する。おれはお前の体調が心配なだけなんだよ」

「ホンゴウが私のこと心配してくれてるのわかってるからあんまり云いたくないんだけど」

 

心配しているのに、だからこそ云えないとは何事か。

エンの云わんとすることがわからず首を傾げるホンゴウに、ウゥンと悩むように唸ったエンは、ややあって諦めたようにおずおずと口を開いた。

 

「……いっぱいなんだもん」

「は?」

「だからぁ」

 

ぶぅ、と不貞腐れたように、けれど少しばかり頬を赤く染めたエンは続けた。

 

「お頭とセックスしたあとって、お腹いっぱいな感じがして、ご飯入らないの」

 

バチン、と思わずホンゴウが両手で顔を覆ったのは無理もない。

おれは何を聞かせられているのだ、と思うが、おかげでエンが朝食をたびたび抜く理由がわかりたくもないがわかってしまった。

厳密なシャンクスのサイズなど知らないが、二人の場合は体格差もかなりある。

つまり、そういうことだ。

 

「……なる、ほど……」

「ほらぁ、そういう反応する! だから云いたくなかったのに」

「いやすまん、ソッチ方向からの攻撃は予想外だったもんで」

 

何か良からぬ原因があって朝食を抜いているわけでないとわかったのはいいことなのだが、まさかの理由でさすがのホンゴウもうまい反応が出来なかった。結果、完全に動揺全開のたどたどしい気の抜けた返事しか出来ず、エンはムッと頬を膨らませる。これはホンゴウが悪い。

両手を上げて降参のポーズをとりつつ、ひとつ咳払いをして気を取り直す。

 

「遺憾ながら理由はわかった。でもお前の細さと仕事量で朝食抜くのはよくないには変わらねぇから、ちょっとお頭にそれとなく注意しとくわ」

「具体的には?」

「あんまエンに無理させんなよって」

 

恋人同士のことだ。同じ男としても、同じ部屋で好きな女と生活しているのに手を出すななどと鬼のようなことを云うつもりはない。適度であればストレス発散にもなるし、事務仕事ばかりで運動不足気味なエンには丁度いい運動にもなるだろう。

しかし何事にも限度があるので、その辺を少し考慮してもらうようそれとなくシャンクスに伝える必要がある。

船医って大変だな、と若干遠い目になっていたホンゴウに、エンは肩を竦めた。

 

「正直さ、夜は別にいいのよ。朝まで寝れば落ち着いてるし、そういう日は普通にご飯も食べてるから」

 

ソウデスカ。

二人がうまくいっている様子なのは大変喜ばしい。男女交際の何たるかを何も知らずに二十年生きてきたエンのことを考えれば、シャンクスは相当頑張ったのだな、と拍手を送りたい気持ちすらある。無知すぎるエンを最初から自分色に染められる、というのもある意味で最高の贅沢だろう。

しかしただの惚気ならともかく、妹のように思っているエンと、一応尊敬する男であるシャンクスの夜の事情なんて聞きたくなかった。いろいろと複雑になってしまう。

 

ただ、と。

言葉を切ったエンは、困ったような照れたような顔をしてぼそりと零す。

 

「朝起きてすぐだと、ちょっと朝ご飯は無理かなって」

 

後日、何やら深刻な表情のホンゴウに呼び出されたシャンクスが、嬉しいような申し訳ないような複雑な顔をして甲板をふらついて、ベックマンを筆頭にした幹部たちに気味悪がられるという光景が目撃された。

 

 

 

(お頭、話があるんだけど)

(お、なんだ、どうした?)

(あんた自分の息子がデカイって自覚あるか?)

(やだホンゴウ何急に……)

(頬を染めるな気色悪い。とにかく、朝からエンにサカるの禁止)

(はぇぁ!?)

(いいか。モノがデカすぎると、受ける方は疑似的に満腹感を覚える。最近エンが朝食抜いてる日が多いのは、朝っぱらからあんたがサカったせいだろ)

(…………)

(好きな女を抱きたい気持ちはわかるけどな、少しはエンの身体のことも考えて……)

(……おれのがデカすぎて腹いっぱいになるって、それ、めちゃくちゃエロいな)

 

((駄目だこの男、はやくなんとかしないと))

 

 

 

 

 

2.加減しなさい大馬鹿者(ライムジュース、ホンゴウ)

 

 

「あ」

 

ライムジュースがそんなエンの声を聴いたのは、食堂のドアを開けたときだった。

珍しくはやく目が覚めたので気分よく身支度をし、食堂へ向かっている途中、後ろのほうでドアが開く音がした。こんなに朝早く起きるのはエンだろうと予想し、首だけ振り返ってみればやはりそこにいたのはエンだった。もはやエンが当然のようにシャンクスの部屋から出てくることには特に疑問も抱かず、軽く挨拶。笑顔で挨拶を返したエンがライムジュースと同じように食堂に向かうのを確認し、ならば先に行って席を確保しておこうか、と考えたのは自然なことだ。

そうして大きくあくびをしながら食堂のドアに手をかけたとき、視界の端にエンが階段を上り切ったのが見えて。

その、次の瞬間。

驚いたような声を上げたエンの姿が、一瞬で消えた。

エンに瞬間移動の能力はない。続けて聞こえた、何かが階段を転がる落ちるような音。

唖然としたライムジュースは、エンが階段から転がり落ちたことに気付き、血相を変えて階段下を見ると一番下で蹲るエンがいた。

思わず上げそうになった悲鳴を飲み込み、慌てつつもエンに負担がかからないよう細心の注意を払いながらも抱き上げて、ライムジュースは医務室に飛び込んだ。

 

「ホホホホホンゴウやばいエンが!!!」

「うるせぇなんだ落ち着け馬鹿」

 

ガツンと殴られてやっと落ち着きを取り戻したライムジュースは、ハッとして急いでぐったりしているエンをベッドに下ろした。

赤髪海賊団にいる仲間たちのほとんどに云えることだが、自分の怪我ならば慌てもしない。まぁ命に関わるようなものであれば慌てるかもしれないが、意外と戦闘中というのは冷静に物事考えることが出来るから、例え怪我をしても慌てふためき取り乱すようなことはないのだ。

が、自分以外の仲間の怪我を見たときはちょっと違う。心配するし、場合によっては怒る。

更にそれが、エンであれば話は変わる。例えばエンがその辺で転んだだけで心配するし、ちょっと指を切っただけでも大騒ぎだというのに、目の前で階段から転げ落ちられてしまったライムジュースの胸中が穏やかでないのはお察しだ。

 

「悪ィなエン、おれが近くにいたのに……」

「いやいやライムのせいじゃないよ、私がどんくさすぎるのが悪いんだから!」

 

だからそんな顔しないで、とエンは云うが、そこかしこに擦り傷を作っているエンはあまりに痛々しい。せっかくの可愛らしい顔にまで擦り傷でボロボロだし、痛みのせいで笑顔もぎこちなかった。

出来るなら変わってやりたい、と自己嫌悪しまくり落ち込みまくりのライムジュースを横に押しのけ、エンの前の椅子に腰かけたホンゴウはザッと様子を確かめながら云う。

 

「階段から落ちたって?」

「そうなの。ごめぇん……」

「謝ることじゃないだろ。見せてみろ」

 

ここまで運んでくれたライムジュースにお礼を云い、ホンゴウには申し訳なさそうにするエンの頭を撫でてやってから、ホンゴウは慎重に診察を始めた。

階段と云っても何十段もあるようなものではないが、運動神経がほとんど死んでいると云っても過言ではないエンが落ちれば大事になりかねない。

受け答えはしっかりしているし、目の動きにおかしなところもない。触れた頭にコブもなく出血もしていなかった。強く頭は打っていないようで、まずそこは一安心だ。とはいえパッと見ただけでも外傷が多いのは十分に問題である。

 

「右手首、左足首捻挫、打撲少々」

「ううう、どうしよう。この手じゃ仕事出来ない……」

 

この期に及んで仕事の話とは恐れ入る。

しかし、確かに利き手を怪我したこの状態ではまともに書類仕事など出来ない。これはベックマンにも報告する必要がありそうだ。慰めるようにライムジュースが肩を叩いてやるのを横目に、ホンゴウは手際よくカルテに負傷記録を書き入れる。

 

「貧血か? 眩暈とかあったか?」

「ううん、そうじゃないんだけど」

「けど?」

「なんか、急に足に力が入らなくなって、ガクッて……」

 

気付いたら転がり落ちてた、とエンは肩を落とす。

嘘をついている様子はないし、誤魔化してもいないだろう。

エン自身、自分の運動神経が終わっているという自覚があるだけに、敵襲でもなんでもないタイミングで自滅的に怪我をしたことが後ろめたく思っているのだとホンゴウには手に取るように分かった。普段が異常にポジティブで自己肯定感山のごとしなだけに、明らかに自分に非があるとわかっているときのエンの落ち込み方はものすごい。

ライムジュースには一応シャンクスに報告するよう頼み、ホンゴウは応急処置として患部を氷で冷却してやりつつエンには気にするなと慰めの言葉をかけてやる。別にわざと落ちたわけでも怪我をしたわけでもないのだから、そういうこともあるだろう。エンがこんなことで落ち込んでいたら、少し前に不注意でガラス瓶を踏んずけて転んで頭をぶつけて、それを目撃してしまった新入りが泣きながらホンゴウに治療を頼む羽目になったシャンクスは切腹ものだ。ちなみにそのあとしっかりベックマンに怒られて一週間禁酒させられていた。

 

まぁ例えは極端だが、つまり誰もエンを責めないぞ、ということである。

怪我をして気分が落ち込んでいるのはわかるが、エンに似合うのは笑顔だ。辛抱強く云い聞かせれば、エンは申し訳なさそうに、けれど緩やかに笑顔を見せてくれた。やっぱりエンの笑顔は絆創膏付きであっても最高に可愛らしい。

怪我が治るまでは安静に過ごすように、といくつか注意事項を説明している途中で、ばたばたと騒がしい足音が聞こえてきた。気配など探らなくとも、犯人はすぐにわかる。

数秒後、ノックもなく医務室のドアをあけ放ったのはホンゴウが予想した通りシャンクスだった。

 

「エン、階段から落ちたって!?」

「あ、お頭」

 

エンはシャンクスを起こさないように部屋を出てきたらしく、完全に寝起きのぼさぼさ頭のシャンクスが医務室に飛び込んできた。あとから入ってきたライムジュースが申し訳なさそうに顔の前で手を合わせている。おそらく、ちゃんと説明をする前に『エンが階段から落ちた』という情報だけでここに突撃したのだろう。それはもう見てわかるのでライムジュースに非はない。

軽く笑ってから手を振り、ホンゴウは包帯まみれのエンを青い顔で見て震えるシャンクスに、ことの顛末をしっかりと説明してやった。

 

「なるほど……なるほど……」

 

神妙な顔で話を聞いたシャンクスは、ふむふむと顎に手を当てながら頷く。エンのことになると周りが見えなくなるのはシャンクスの悪い癖だが、それだけエンが大事なのだと思えば多少は微笑ましい。本当に多少だが。ちゃんと話は最初から聞け、とぶん殴りたくなったのは内緒だが。

すっかり納得した様子のシャンクスだったが、ひとつ大きく息を吸うと、とてもきれいな動きで、とても自然な流れでその場に膝をついた。そうして呆気に取られてポカンとするエンの前で床に手を突き、ゆっくりと頭を下げる。

非常に美しい土下座だった。

 

「な、なんでぇ?」

「本当にすみませんでした」

「だからなんで!?」

「殴ってくれていいです」

「お頭を殴っても私が怪我するだけだし、そもそも殴らないし、なんでお頭が謝るの!?」

 

突然のシャンクスの奇行に戸惑う様子のエンと、青い顔でひたすら謝るシャンクス。

それを見て、察しがよすぎるホンゴウとライムジュースはわかってしまった。

ちらり、とお互いに目を合わせて、同じこと考えに至ったことを悟り、ため息を落とす。

エンの膝が抜けた理由。

なるほど、クソが。

これは全面的にシャンクスが悪い。

 

「お頭、怪我が治るまであんたがエンの介護しろよ」

「わかってる……」

「え!? 介護なんていらないよ!?」

「つってもお前、利き手怪我して足まで怪我してまともに歩けなくちゃ、日常生活も一苦労だろ」

「変に庇っても長引かせる可能性もあるからな。お頭を存分にこき使え。エンにはその権利がある」

「はい、その通りです」

「ねぇさっきからなんでお頭はずっと敬語なの?」

 

もちろん、エンが考える以上に反省しているからである。

つまり、エンの膝が抜けた理由は、はっきり云ってシャンクスの行為によるものなのだ。

シャンクスとエンでは体力差も体格差もありすぎるから、行為はいつもやりすぎないように気を付けていた。前に一度、翌日起き上がれないほど無理をさせたことがあり、各方面からこっぴどく怒られて以来は本当に注意していたのだ。

が、昨晩はちょっと、本当にちょっと、調子に乗ってしまって。

だってエンが可愛すぎるのが悪いと思うが、それを口にするほどシャンクスも馬鹿ではない。

とにかく、昨晩はいつもよりエンに無理をさせてた自覚があったのだ。

けれど朝エンはいつも通り起きて身支度を整えて部屋を出て行ったから、もしかしてあれくらいは大丈夫になってきたのか、などと呑気に考えていた。

まさか、時差でダメージが出てくるなんて思ってもみなかったのだ。

エンがタイミング悪く階段の上で膝を抜かしたのは、度が過ぎたシャンクスの行為のせい。ということは、このエンの怪我の原因はシャンクスにあるわけである。

 

「云っとくけど、お頭」

「はい」

 

やらかした自覚のあるシャンクスは、殊勝にホンゴウの話を聞く。一応人並みに罪悪感はあるらしく、それだけは褒められる点かもしれない。

男としては同情するが、船医としてしっかりこれだけは伝えなければならない。

うっかり普通に立ち上がってしまい捻挫した足の痛みに悶えるエンと、それを慰めるライムジュースをちらりと見つつ、ホンゴウは声を潜めて低い声で云った。

 

「怪我してるエンにサカったら、全部ベックにチクるからな」

 

ヒェ。

エンが怪我したことで、一番しわ寄せが行くのはおそらくベックマンだ。何せエンはベックマンの仕事を手伝っており、エンが重要な部分を担っていることもある。もちろんエンの怪我は報告する予定だが、エンの名誉のためにも原因については一旦保留するつもりだ。

昔はすべてベックマン一人でなんとかしていた仕事かもしれないが、赤髪海賊団も以前よりずっと規模が大きくなってその分仕事も増えたし、何よりエンが優秀すぎるので今更一人ですべてをこなすなど無理到底無理な話だ。

怪我なんてしたくてしたわけではないエンを怒ることはなくとも、その原因がシャンクスにあると知ればベックマンから特大の雷が落ちるのは必須である。雷使いはライムジュースだったはずだが。

それは勘弁してほしい。まだ死にたくない。シャンクスは高速で首を縦に振った。

 

しかし後日、結局何故かエンの怪我の経緯を知ったベックマンが鬼の形相でシャンクスを追いかけまわす光景がレッド・フォース号の甲板で繰り広げられ、新人たちがあまりの剣幕に震えて泣くという事件が起きたのは、まぁ、蛇足である。

 

 

 

 

 

3.おれだけですか?(シャンクス)

 

 

「…………」

 

本を読むエンをじっと見つめる。

先日立ち寄った島で買ったという分厚い本は東の海で有名な冒険譚らしく、読み始めたら面白くて止まらなくなった、と笑っていたのは三日前のこと。

 

「…………。」

 

恋人同士になってから、エンがシャンクスの部屋で過ごすことは増えた。というか、ほとんどシャンクスの部屋で過ごしていると云っても過言ではない。一応隣の元のエンの部屋は残してあるが、今となっては大体の荷物がシャンクスの部屋に移動している。

想いが通じて恋人同士という関係になった当初、エンはけじめとして別々の部屋を持っているべきだと主張し、それにシャンクスも同意したはずなのだが、気付いたら少しずつエンの私物がシャンクスの部屋に移動しているのだ。

最初はエンの趣味の裁縫道具。次に本が何冊か。おや、と思ううちに本棚が丸ごとと衣装ダンスが一つ自分の部屋から消え、さも当然のようにシャンクスの部屋に置かれていたときにはさすがに頭を抱えた。

部屋を分けようと云った意味がわかっていないのだろうか。

考えて、改めてニコニコ笑顔なシャンクスの顔を見て、ああ、わかった上でやっているのだな、とがっくりと肩を落とした。エンが部屋をわけたままにするべきだと云ったときからこうするつもりだったのだろう。

気付けば元のエンの部屋にあるのは、作りすぎた小物や普段は使わない私物、すっかり誰も眠ることのなくなったベッドくらいになっていた。

抗議すべきか考えたが、シャンクスの部屋にいる時間が増えたことを本当に嬉しそうにしているシャンクスをみていると結局エンは何も云えなくなって、こうして諦めて一緒に過ごしている。

 

最初は部屋を狭くしてしまって申し訳ない、と思っていたエンだったが、考えてみたら荷物を勝手に運び込んだのはシャンクス自身なのだ。それを申し訳なく思う筋合いはないな、と途中で気付き、今では特に気兼ねすることなく自分の部屋と同じような過ごし方が出来るようになった。

それにシャンクスはエンが裁縫をしていたり読書をしているときは、無駄に話しかけてくることは少ない。話しかけてくるとしても、ちょうどキリがいいタイミングで少しだけ。あとは何も云わず、邪魔にならないように傍にいる。

騒々しさ……否、賑やかの権化みたいな人のくせに静かに出来るんだな、と驚いたのは内緒にするとして、エンはシャンクスと過ごす静かな時間も好きだったので、満足だった。

もちろん、今この瞬間も。

 

「………………。」

 

が、シャンクスはそういうわけにはいかない。

もちろん、エンを見ているだけでも十分に幸せだ。

最近ではエン専用になりつつある一人掛けソファで優雅に読書をする姿は美しい。長いまつげが伏せられている様子も、本のページをめくる指の動きも、落ちた髪を耳にかける仕草も、時折零れる驚いたような顔や笑顔など、表情がコロコロ変わるのも見ていてまったく飽きない。

飽きないのだが。

今は、就寝前。

つまりエンは、シャワー後。

 

「………………。」

 

したい。

正直とても、シャンクスはムラムラしていた。

恋人同士となってしばらく経つが、いつまで経ってもシャンクスはエンにゾッコンだ。いつだって触りたいしいちゃいちゃしたい。なし崩しにエンを自分の部屋で過ごさせることには成功したが、これだけでは満足できない。本当は昼も夜も関係なくずっと一緒にいたい。

しかしエンは真面目人間の上に仕事人間だから、朝は毎日早く起きて日中は仕事に明け暮れ、夜だって宴の予定がなければ仕事をしていることもある。ベックマンから『執務室一人で使うの禁止令』を出されてからはだいぶ落ち着いたようだが、それでもシャンクスからすれば十分働きすぎだ。

 

いや、仕事をしてくれるのは助かっているのだ。シャンクスはそういう仕事が苦手な自覚はあって、今までベックマン一人が担っていた仕事をエンと分担できるようになって彼の負担もずいぶん減って機嫌が良さそうな日が増えたのはいいことだ。徐々に大所帯になって管理することも増えたし、それを率先して引き受けてくれるのはありがたい。

が、エンの仕事が増えるということは、シャンクスと一緒にいる時間は減るということである。

早い話、いじけている。

じゃあお前がちゃんと仕事しろと云われればそれまでだが、そんなことが出来るもんならとっくやっている。出来ないものは出来ない。出来る人に任せる。適材適所だ。

 

とはいえ実際問題仕事が多すぎるせいで思うようにエンと過ごすことは出来ず、かといって空いた時間すべて自分のために使ってくれとまでは云えず、おとなしくこうしてエンの読書の様子を眺めているしか出来ないシャンクスに、ふと顔を上げたエンが苦笑を見せた。

 

「お頭、見すぎ」

「ぅえっ!?」

「そんなに見られてたら私でも気付くよ? 穴開いちゃう」

「ああいや、すまん」

 

どうやら本は読み終わったらしい。しおりを挟まず本を閉じたエンは、自分の部屋から持ち込まれた本棚に本を戻してから、さっきまでいた一人掛けソファではなくシャンクスの隣に腰を下ろした。

 

「どうかした?」

「ん、いや、その」

 

まるで小さな子供にするように優しい笑顔である。以前から薄々気付いてはいたが、エンは時々シャンクスを子供扱いするきらいがある。

嫌ではないがむず痒い。自分のほうが随分年上なはずなのに、あやすような宥めるような笑顔を向けられるとシャンクスはちょっとだけ複雑な気分になってしまう。まぁ結局、どんな表情でもエンは可愛いので最終的にはどうでもよくなるのだけれど。

とにかく、エンの問いかけを無視するわけにはいかない。

どうしよう。

云うべきか。

ジッと見つめているのがバレてしまった以上、誤魔化すことは出来ないだろう。

とはいえ、改めて口にしようとするとあまりにも自分本位な考えなような気がして、云い淀んでしまった。

エンは急かしたりせずシャンクスが口を開くのを待っている。こういう、ちゃんと人の話を聞いてくれるところも好きだと思いながら、シャンクスは諦めて白状した。

 

「……触りたい、なぁと」

 

きょとんと眼を瞬いたエンに、口ごもりながらシャンクスは続けた。

 

「でも今エンは本読んでるし、つーか誘うのはいつもおれからだし、もしかしたらあんまりエンっておれとするの好きじゃねぇのかなと……」

 

やばい、とシャンクスは思った。

こんなにも情けない声になるとは思っていなかったのだ。情けないことを云っている自覚はあるが、だからこそ空元気でも明るく云うべきだったのに。

どうして自分はエンの前では格好がつかないのだろうか。本当はエンだけにはいつでも頼れる格好いい姿を見せていたいのに、考えてみると割と最初の頃から情けない姿ばかり探しているような気がする。

せっかくエンに好きになってもらえたのに、このままでは愛想をつかされてしまうかもしれない。

それだけは嫌だ、と思いつつちらりとエンの顔を窺うと、何やらエンは考え込むように口元に手を当てている。そうして、ぽつりと独り言のように零した。

 

「こないだホンゴウとも話してたんだけど、私って多分人より性欲が薄いんだと思うんだよね」

 

なんつー話をしてるんだ、と思うが、ホンゴウとエンが兄妹同然の仲なのは嫌というほど知っている。今さらヤキモチなど妬きはしないが、あまりにもあけすけすぎてちょっとびっくりしてしまったシャンクスである。

 

「だから、なんというか。私からそういうことしたいっていうのって思うことって正直あんまりないんだけど」

 

デスヨネー。

内心涙を流すことしか出来ないシャンクスに、けれど、エンは続けた。

 

「……お頭が、したいなら、私もしたいよ」

「……え」

「も、もちろんいつでもってわけじゃないけど。ええとほら、だから例えば仕事中じゃなくて、周りに人がいなくて、後の予定もない……今、とか」

 

小さな声で呟いたエンは、そっとシャンクスの膝の上に手を置いた。俯いたエンの表情をシャンクスは見ることが出来ないが、わずかに赤くなった耳が覗いている。

聞き違いでなければ。

今エンは、シャンクスの誘いに乗ってくれた。

いつも行為に及ぶときは、シャンクスがべったりエンにくっついてそれっぽい雰囲気に持って行っていたから、はっきりと言葉にして誘ったことはなかった。ということはつまり、明確にエンが言葉でシャンクスの誘いに乗ったことはなかった。

しかし今。

シャンクスは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、慎重にエンの肩を抱き寄せた。

 

「……無理、してないか?」

「し、してない、よ。ただ、そのぉ、してると……わけわかんなくなっちゃうのはまだちょっと、慣れないと云いますか」

 

でも、とシャンクスの胸に手を当て少し距離を取ったエンは、しっかりとシャンクスを見上げて目を見ながら云った。

 

「嫌とか、思ったことは一度もないから」

 

羞恥で染まった頬と、耳も首元までピンク色だ。緊張のためか、唇もかすかに震えている。けれどシャンクスを見つめるその目には確かな熱がこもっており、偽りないエンの気持ちが流れ込んできた。

シャンクスは、少し前の自分の考えを恥じた。

自分ばかりがエンを好きで、自分だけが求めているだなんて。

そんなわけがないのに。

エンはこんなにも自分を想って、自分に身を任せてくれているのに。

自発的に云わなくたって、ちゃんとエンも自分を求めてくれている。

 

そもそもエンの性格上、嫌なら嫌と拒否するはずなのだ。自分でも云っていたが、性欲が薄いのに好きでもない行為をしたいなんて思わない。さすがに同情や気遣いだけでは抱かれないだろう。

それに今考えてみると、シャンクスは一度も拒否されたことはなかった。恥ずかしそうにはしても、嫌がるそぶりを見せたことも一度もない。キスをすればおずおずと応えてくれたし、控えめでも確かにシャンクスを受け入れていた。

口にするのは相当勇気がいっただろうに、こうして震えながらも自分の想いを口にしてくれたことが嬉しくて、シャンクスは思い切りエンを抱き締めた。するとすぐに抱き返すように背中に腕を回してくれるエンが、可愛くて愛しくてたまらない。

 

「可愛い」

「知ってるもん」

「はは、そうだな。エンが可愛いなんて世界中が知ってるよな。でも」

 

一度言葉を切ったシャンクスは、エンの顎をすくい上げて触れるだけのキスを落とす。優しく包み込むような温かさと、少し湿った唇。角度を変えてはむように何度も繰り返されるそのキスが、エンは好きだった。

エンが行為をしたいと思うことはほとんどなくとも、実はキスだけだったら別の話だ。キスだけならば割といつでもしたい。手を繋ぐのも抱き着くのもいいけれど、キスをしているときが一番心が満たされるとエンは思う。

ちゅ、ちゅ、とリップ音が響き、少しずつ熱のこもった息が零れていく。

は、と息を吐いたところで分厚いシャンクスの舌がエンの口の中に割り入って、あっという間にエンの舌も絡めとられた。先ほどまでの優しいキスとは正反対の、まるで貪り食われるようなキスはエンの頭をすぐに蕩けさせてしまう。

縋るようにシャンクスのシャツを握りしめれば、逃がさないとでも云うようにエンの頭に回されていた手がするりと優しく背中を撫でた。今のエンにはそれすら快楽になって、触れられた部分すべてが甘く痺れた。

どれほどそうしていたのか、すっかり息も絶え絶えになった頃漸く解放された舌には、つ、と透明な唾液の線が繋がっていた。すぐに途切れてしまったそれを少し名残惜しく思いつつ、ぷっくりと赤く熱を帯びた自分の唇にそっと触れた。

こっちのキスは、何度しても慣れない。エンの心臓は今にも口から飛び出しそうなほど激しく脈打っているのに、シャンクスは全然平気そうに自分を見るのがちょっとだけ悔しかった。

未だにキスだけでこんなにとろとろになるエンの頬を愛おしそうに撫でながら、シャンクスは満足そうに云う。

 

「キスで照れる姿も、そとあととろけてこんな風に艶っぽくなる表情も、おれしか知らない」

 

自分しか知らない、エンの艶姿。

シャンクスが自分の手で暴き、その手で閉じ込めているエン。

なんと愛らしく、なんと愛しいことか。

 

エンに出会うまでは処女なんて面倒だと思っていたけれど、エンに限っては違う。自分が彼女の最初の相手でよかったと心底思っている。もしエンに自分より前に相手がいたとしたら、嫉妬でその相手を殺してしまう無駄な自信がシャンクスにはあった。想像しただけで架空の相手を殺す覇気が漏れそうになる。

執着とも云えるほどの、強烈な愛情だ。

可愛いエン。

自分だけのエン。

改めてエンを抱き締めながら、シャンクスは噛みしめるように云った。

 

「好きだ、エン。愛してる」

 

可愛くて賢くて、天真爛漫で、時々突拍子もないことをしでかすくせに憎めない、世界で一番愛しい人。

仲間たちと、エンがいればシャンクスは幸せだ。

これから先、どんな困難や苦悩が待ち受けていても、それだけで乗り越えられる。

 

例えばの話、もしエンがシャンクスに愛想を尽かして赤髪海賊団を抜けると云い出したとして。

きっとシャンクスは、それでもエンを手放せない。

エンの幸せを想えば彼女が望むように背中を押すのが最良なのはわかっていても、無理だ。

どんなにエンが自分から離れたいと云っても、一度掴んだこの手を離すことなどシャンクスには出来ない。

手放すくらいなら、エンを殺して自分も死ぬ。

狂っていると云われたら、そうなのだろう。

だってエンの笑顔が他の誰かに向くだなんて、自分ではない相手にエンが愛を囁くだなんて、そんなのは耐えられない。

恨まれても憎まれても、傍にいたいし、傍にいてほしい。

愛だの恋だの綺麗ごとにしか聞こえない言葉を並べても、どす黒く胸の奥に巣食う途方もない執着心は失くせなかった。

 

もしかしたら、聡いエンはそんなシャンクスの気持ちに気付いているのかもしれない。

少なくとも、一度手に入れたものを手放すことはないだろうと、それくらいはわかっているだろう。

でもそれでいいとエンは思う。

むしろエンの方こそ、シャンクスに愛想を尽かされたら死んでしまうと思っている。

船を降りろと云われたら、多分大人しくエンは船を降りる。

そうして、自分の手で命を絶つ。

みっともなく縋ることは、シャンクスに迷惑がかかるから出来ないけれど、今更シャンクスのいない世界で生きていけるとは思わない。

きっと、エンもシャンクスも、同じくらい狂っている。ある意味ではお似合いの二人だ。

でも、それでいい。

狂っていても、傍にいられたら、それで。

 

包み込むようなシャンクスの抱擁に心を満たされながら、エンは全身で愛を伝えるために腕を伸ばし、シャンクスの首に絡めて。

空気の隙間が入る隙間もないほどぴったりとくっついた距離のまま、耳元で囁いた。

 

「私も好きよ、シャンクス。優しく愛してね」

 

 

 

(事後。)

 

(そういえばエン、ヤってるときしか名前呼んでくれねぇのな)

(うっ)

(なんでだ? おれ、いつでも名前で呼んでほしいんだけど)

(だ、だってぇ……)

(だって?)

(ずっとお頭って呼んでたし、今更って感じだし、あからさまだし、っていうか……その)

(うん?)

(し、してるときのこと思い出しちゃうから、多分もう普段呼ぶの、無理……)

(…………可愛さで殺そうとするのやめてくれ)

(ちょ!? もう無理だからね!? え、あ、ちょっと、シャン――……)

 

暗転。

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