【偉大なる航路】の不思議に巻き込まれて、ロジャー海賊団と遭遇します。
後半は
・短期間で元の時代に戻れたVer.
・死ぬまで元の時代に戻れないVer.
の2パターンあります。どっちも楽しく書きました。
いつも通りの朝、起きて顔を洗うために自分の部屋を出たはずの私は、何故か外、しかも街中に突っ立っていた。身支度はすっかり整っているし、普段外を歩くときに持ち歩いている荷物も持っている。え、外に出た記憶ないんだけど。船にいたはずなのにいつの間に街に? 夢遊病? あんまり笑えない。
意味が分からな過ぎて首を傾げていると、通りがかりのお兄さんがどうしたのかと声をかけてくれた。いつの間にか外にいてびっくりしてます、なんて奇怪なことは云えないので、笑顔で大丈夫ですと答えて一先ず港に向けて歩き出す。
そうして気付いたのだけど、この街は今私たちが停泊中の島にある街だ。なんだか昨日来た時よりも素朴になっている感があるけれど、街の造りは同じ。
はて。
とりあえず、船に戻ってお頭に話をしてみれば何かわかるかもしれない。あの人が何か私では想像もつかないような余計ないたずらをした可能性は、残念ながらゼロではないから。
これまでだってわけのわからないことは山ほど経験してきたのだ、今更いつの間にか場所移動していた程度で取り乱したりはしませんよ。普通にびっくりはしてるけどね。
ってことで記憶通りの道順で港に到着した私は、絶句した。
「は?」
顎が外れるかと思った。
だってあるべき場所に船がない。
いや正確には船はあった。
ただし、私が十年近く過ごしたレッド・フォース号ではなく。
「な、なんでオーロ・ジャクソン号がこんなところに……? いや、ていうかうちの船は……!?」
詳しくは知らないけど、これはかつて海賊王ゴール・D・ロジャーが乗っていた船だったはず。現物を見たことはもちろんない。ただ、写真はいくつか残っているし、ニッチなファンがミニチュアモデルを作ってこっそり販売して海軍に摘発されたというニュースを聞いたことがある。そのときの記事で目にしたものよりずっと立派な船が、港に佇んでいた。
確かロジャーの処刑後、これに似た船を作るのは海軍に禁止されたんじゃなかっただろうか。まぁ海軍はロジャーの痕跡全てを消したかったんだろうけど、無駄な足掻きよね。
いやそれより、だとしたらなんでこんなものが堂々と港に泊まっているのか。大丈夫? 海軍すっ飛んでこない? めんどくさいことにならない?
衝撃のあまり呆けてオーロ・ジャクソン号を見上げていたら、ジャリ、と背後から足音が聞こえた。まさか海軍。やだな嫌いなんだよあいつら、と思いながら咄嗟に振り返ると。
「お、なんだお嬢ちゃん。おれの船に興味あるのか?」
「よせ、そんなわけないだろうが」
そこにいたのは、カラカラと楽しそうな声を上げて笑う無精髭を生やした大柄の男の人と、呆れたように息を吐く金髪眼鏡のイケメン。
今度こそ顎が外れるかと思った。
「ご」
「ご?」
「ゴール・D・ロジャーと、シルバーズ・レイリー……?」
行儀が悪いのはわかってるけど、私は思いっきり二人を指さしてしまった。
間違いない。あの特徴的な髭こそないもののロジャーの手配書は何度も見たことがあるし、レイリーさんは一度だけ会ったことがある。
けれど、手配書よりも、実際に会ったときよりも、かなり若い。
え、何? どういうこと?
混乱して言葉を失くしている私に、名前を呼ばれた二人はきょとんと顔を見合わせた。
「なんだ、おれたちのことを知ってんのか!」
この発言でそっくりさんという線は消えた。
ご本人。
そんな馬鹿な。
「いや、え、え? なんで? そんなわけ……」
ロジャーは私が幼い時分には処刑されていたし、レイリーさんは結構なご高齢のはず。
なんでこんな元気いっぱい若々しい二人が私の目の前に存在してるんだ。そんなわけあるか。
意味がわからない。
起きて部屋を出たらいつの間にか船の外にいた以上に現状が理解できない。
混乱で思わず頭を抱えた私の目に、ふとレイリーさんが持っていた新聞が目に入る。新聞。……は?
「ちょあ!!」
「な、なんだ」
「すみませんその新聞見せて頂いてもいいですか!?」
多分私はものすごく必死な顔をしていたんだろう。レイリーさんは若干引き気味になりながらも新聞を渡してくれた。焦りつつもお礼を伝えることは忘れず受け取って、日付の部分をまじまじと見る。
冗談はやめてくれ。誤植であってくれ。
私は震える声でレイリーさんに『この新聞は今日買ったんですか?』と訊いた。すると返ってきた『ああ、そこでついさっき』という簡単な答え。
「そ、そんな馬鹿な……」
――日付は、私が暮らす時代から約四十年前……正確には三十八年前だった。
つまり、この新聞が誤植でなく、目の前にいる二人が間違いなく本物であるということは、ここは過去の世界ということになる。
いやいや夢でしょ。夢であれ。そう願って抓った頬は痛かった。現実だった。
「おーい、大丈夫かぁ?」
「……いえ、はい、その。大丈夫じゃないけど大丈夫です。オッケーここは【偉大なる航路】……何が起きてもおかしくない……」
「駄目そうだな」
「うは、おもしろ」
これまで割といろんなとんでも事件に巻き込まれたりしたと自負していたけど、これは最上級だろう。
過去に飛ばされた。
そんなことあるんですね。
他人事だったらそうやって笑えたのに、紛れもなくこれは自分の身に起きている現実。
混乱は、当然している。
でも同時に、しっかり気を持たなければとも思う。
頭を抱えて恥も外聞もなく転げまわりたい衝動を何とか抑え、私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。美少女はどんなときでもそんなみっともない真似しないのよ。
……うん、よし。
とりあえず、ジャングルのど真ん中とか海の中みたいな絶望の中でないだけましだと思おう。何せここは見知った街(過去)で、人もいる。
生きるだけならなんとかなる。
気を取り直し、ひとまず握り締めていた新聞を返そう。
「新聞ありがとうございました。お返しします」
「ああ、気にするな」
一応伸ばしたけどすっかりしわしわな新聞を受け取りながら、にこっと笑顔を返してくれるレイリーさんは、改めてものすごくイケメンだ。シャボンディーでお会いしたときはかなりの高齢で、だけど息を飲むような色気のある人だった。正直とても好みでした。ベックの次くらいに。
高齢であれだけの色気がある人なので、それが若いともなると色気に加えて圧倒的な勢いがあって、これは落ちるお姉さんが山ほどいるだろうなぁと感心した。
ん、だけども。
「……あの」
「何か?」
新聞を渡して。
それを受け取ったレイリーさんの手は、新聞ごと私の手を握っていて。
「何故私の手を握っているのかなぁ、と」
痛くはないけど、ぐいと引っ張っても抜けない。
間違って握っちゃいましたって感じではないし、にこにこ笑顔を浮かべている辺りからも故意なのだろう。
いや、何故。
私これからのこと考えないといけないので一刻も早くこの場を離れたいのですが。というか未来の海賊王と冥王が揃ってるの怖すぎるので逃げたいんですが。
しかし私の切なる願いは届かず、明らかに女を落とす顔をしたレイリーさんは笑顔のまま云った。うわかっこよ。
「美しいお嬢さんなもので、つい」
「美しいんじゃなくて可愛いんですよ、私」
「……失礼。可愛いお嬢さんに訂正だ。間違えたお詫びに、よければ食事でも?」
「ありがとうございます。でも遠慮します、ごめんなさい」
「おっとこれは手厳しい」
「おいレイリー。おれが先に見つけた女だぞ」
「だからなんだ。いい女を前にして順番なんか関係あるか」
「うわヤな男だなお前」
「さっさと口説かないお前が悪い」
「何おぅ!」
大変光栄なお誘いだとは思うけど、いくら私でもこんな大物二人とのんびり食事していられるほど呑気ではない。状況も何もわかってないし。
二人がいざこざし始めてレイリーさんの手が緩んだ隙をつき、私はそっとこの場から逃げ出した。まぁお頭曰く、レイリーさんも若い頃はベックみたいに女好きだっていう話だし、単に私が可愛くて若いから誘っただけだろう。ということは興味もすぐになくなるに違いない。ここは大きな街だし、すぐにレイリーさんの誘いに乗りそうな女の人はたくさんいそうだし。私みたいに超絶可愛くても変に警戒心が高くてガードが堅い女なんて固執する理由なんてないだろう。
それに、昼近くになって街中はそれなりに賑わいはじめ、大通りは人がたくさんいる。港街だからいろんな人がいるし、これなら私をわざわざ探す気にもならないに違いない。
幸いお金は私がいた時代と変わらないようで、試しに通りでリンゴを一つ買ってみたら問題なく使えた。よかった。欲しい本があったら買えるように、とそれなりに高額を持ち歩いていたのが幸いした。これだけあれば、一週間は宿を取って過ごせるはず。
あの人たちがいつ出航するかはわからないけれど、念のため港からは少し離れた場所に宿屋を見つけて一週間分部屋を取った。一階が酒場になっていて人が集まるから、なんらかの情報も得られるかもしれない。お値段も悪くないし、一応の拠点が出来て少し安心しつつ、私はもう一度外に出た。
問題は一週間で元の場所に戻れなかった場合だ。
このままここで暮らすのは無理があるし、かといって未来に帰る方法を探すなんて途方もない話は誰にすればいいのやら。
考えながら歩いていると多少の空腹を覚えたので、大通り沿いの適当な食堂に入る。よく考えずに選んだ店だったけれど評判のいい店なようでかなり賑わっており、しかし待ち時間もなくたまたま空いていた四人席に通された。なんでこんな大きなテーブルなのかな、と思ったら私の後ろにはニコニコ笑顔のロジャー……さんとレイリーさんが。ヒェ。まじか。いつからつけられてたのか知らないけどこれもしかして宿屋もバレてます?
呆気に取られている間に壁際の席の奥に私、隣にロジャーさん、私の目の前にレイリーさんが陣取る。袋小路です。
「私、逃げてきたつもりだったんですよ」
「いやいやこれは偶然さ。もしかしたら、運命かも?」
「あはは」
「お前よくそんなクセェこと云えんな」
「黙れロジャー。というかお前が云うな」
偶然なわけないだろ、と思うけれど下手に突っ込んでややこしくしたくないしお腹は空いていたし、今はただ食事に集中することにした。
店員さんのオススメだという海鮮スープはクリーム系で具だくさんで美味しくて、パンもふかふか。うん、混んでいるのも納得な味。一瞬、あれ私この時代で普通にご飯とか食べちゃって大丈夫かな、と疑問がよぎったけれど、腹が減っては戦は出来ぬ。このままでは思考も鈍るだけだと諦めてスープを口に運んだ。
二人は更に肉だの魚だのピザだのお酒だのを大量に頼んでテーブルの上を満杯にし、私にも食べるようにと云ってきたけれど、いや私はスープとパンだけで十分なんですよ。見てこの華奢な身体。お気持ちだけ頂いて、自分の分をゆっくりと片付けた。早く食べて逃げるも考えたけど、多分この感じだとまた追いかけられるだろう。余計な体力は使いたくないです。
時折投げられる他愛ない会話に相槌を打ちながら二人をぼんやり見ていると思う。
こんなにも対照的で、それでいてそっくりな人たちも珍しい。
がつがつとワイルドに食べるロジャーさんと、海賊にしては上品にちゃんとナイフとフォークを使って食べるレイリーさん。見た目も中身も正反対に見えるのに、さりげなく周囲を警戒しているところとか、いつでも動けるように座り方や姿勢を工夫しているところはそっくりだ。お頭とベックもパッと見は正反対だし、船長と副船長っていうのは真逆の方がうまくいく法則でもあるんだろうか。
それにしても二人ともよく食べるなぁ。あれだけたくさんあった料理がすっかり食べ終わって、今はロジャーさんが頼んだデザート待ちだ。レイリーさんは追加でお酒、私はコーヒーを頼んだ。海賊王、デザートとか食べるんだ。解像度上がっちゃった。
「なぁ、ところで可愛いお嬢さん」
テーブルに肘をつけて頬杖をついたレイリーさんが改めた様子で笑顔を浮かべたのは、運ばれてきたデザートをロジャーさんが秒で食べ終えた直後のことだった。
私はコーヒーにミルクと砂糖を入れたところで、食事中は終始穏やかな本当に他愛ない話題しか振られなかったから少し気が抜けていた。
「なんでうちの船の名前を知ってる?」
思わずコーヒーを混ぜる手を止めてしまった。
私の正面に座るレイリーさんは笑顔だけど視線は鋭い。油断なくこちらの様子を窺っているのだろう。
というか、そんなに大声を出していたつもりはなかったつもりなのに、聞こえてたのか。あのときはまさか時空を超えてご本人にお会いすることになるとは思ってなかったよね、としみじみしたのはちょっとした現実逃避です。
内心死ぬほど動揺してるのを隠すように笑顔を浮かべ、私は可愛らしく小首を傾げながら答えた。
「だって、有名でしょう?」
「ああ、そうだな。それなりに有名だ。が」
レイリーさんの笑顔が、少しだけ物騒なものになる。
思わず身を引いてしまいそうになって、けれど隣にはロジャーさんがいることを思い出し何とか留まって息を飲んだ。
「それは海賊の中での話。お嬢さんのような一般人にまで名が知れているとは思わなかったな」
まぁ、そうだよね。一目で海賊船とわかる船をボーっと見上げて、しかもその船の船長と副船長の名前も顔も知ってる人間なんか怪しいよね。
私の生きている時代ならまだしも、現時点で二人はまだそこまで有名ではないんだろう。少なくとも、海賊と縁のなさそうな一般人にまで名前が知れ渡っているわけではないのだ。
ということはもう初手から私詰んでたじゃん。
駄目だ、誤魔化せない。
そもそも、この人を相手に私程度が誤魔化そうなんて方が無謀だったのだ。
私は両手を上げて降参のポーズを取り、白状する。
「隠してたわけじゃないんです、ごめんなさい。実は私も海賊なんです」
「はぁ?」
「可愛すぎて海賊に見えないかもしれないけど、これでももう十年くらいは海賊船に乗ってるんですよ」
二人の目が『嘘だろ』って云ってる。でも残念、嘘じゃないんだなこれが。
十八歳のときにお頭の船に乗って、もう丸九年。一応人生の三分の一は海賊やらせてもらってます。そう考えると結構長いよね。
当たり障りがなさそうな嘘ではない経歴を簡単に説明すると、二人は多少納得してくれた。多分私が死ぬほど海軍が嫌いでその話をしたのが効いたんだと思う。たまには役に立つじゃん海軍。普段使えないくせに。
で、気ままにあっちに行ったりこっちに行ったりしながらこの島に来たのが数日前だと話したところ、ロジャーさんが首を傾げた。
「で、お前さんの船は? 今港にはおれらの船しか泊まってねぇぞ?」
「いやーほんとどこ行ったんでしょうねぇ!」
「もしかして置いてかれたんじゃねぇか?」
「ううん……それならまだマシなんですけど」
そもそもこの時代には存在しない船なんですよね。だからどれだけ港で待とうが、うちの船が私を迎えに来てくれることはない。どうしたもんか。
うわー、改めて考えるとしんどいなこれ。
でも前向きに考えれば、時代を超えて私がここに来たということは、帰れるということだ。少なくとも何かしらの方法で過去と未来は繋がるわけで、私はその方法を探せばいいと思う。多分。根拠はない。が、そうでも考えないとやってられない。
私の呟きに怪訝そうに眉をひそめた二人に、私はへらりと笑って見せる。
「ま、なんとかします」
「前向きなお嬢さんだな」
「取り柄なので」
「いいな、ますます気に入った」
え、私海賊王に気に入られてるの? すごくない? ちょっとテンション上がる。
照れ隠しに空いたロジャーさんのグラスにお酒を並々注いであげると、それを一気に飲み干したロジャーさんが云った。
「行く当てがねぇならうちに来るか?」
驚いて、まじまじとロジャーさんを見てしまった。冗談を云っている様子はない。ニッコニコ笑顔で私の返事を待っている。
なんというか、おおらかというか、大雑把というか。多分、自分たちに害がなさそうだと思った私なら、雑用程度に船に乗せてもいいか、と軽く考えただけなんだろう。あーほらレイリーさんが頭抱えてる。どこの船も副船長は胃痛と戦ってそうで応援したい。
私の時代、一般的にゴール・D・ロジャーというのは大悪党だとされている。
大航海時代の幕開けとなる発言を遺して死んでいった彼を、民衆は英雄とは思わなかった。むしろ多くの凶悪な海賊たちが蔓延る原因となった彼を恨む者の方が多いのだろう。
幸か不幸か私の育った島では海賊被害なんてほとんどなく、平和そのものだったから彼に対して特に思うことはなかったし、他ならぬお頭がその海賊王の元クルーだったわけで、話を聞いていたら嫌いになんてなれなかった。
会ってみたかったな、と思ったことも、確かにあったのだ。まさか本当に会えるとは思ってもみなかったけれど。
困っている人なら誰でも手助けするのではなく、偶然であってもこうして過去の彼に出会い、何故だか彼に気に入られて、だから声をかけてもらえた。
奇跡のようなこの出会いは、衝撃以上に嬉しいものではあった。
――それでも私は、首を縦には振れない。
「ごめんなさい」
「そうは云っても他に当てはあるのか?」
「ないですけど……」
でも。
例えお頭の尊敬するゴール・D・ロジャーであっても。
「私は、お頭の船以外には乗るつもりはありませんから」
誰かの船が嫌なのではない。
私はお頭がいるあの船がいい。
そうでなければ、意味がない。
「……そうかぁ」
「はい。お気持ちは本当に嬉しいです。お気遣い、ありがとうございます」
少しがっかりした様子のロジャーさんに頭を下げつつ、申し訳ない顔を見せる。普通なら両手を上げて受け入れるべき申し出なんだろうけどね。でもそもそも私、この時代の人間じゃないし、残念だけどお気持ちだけ受け取らせていただくしか出来ないのだ。
それにしても生まれた世が世なら私海賊王のクルーになれた可能性があるってこと? すごくない? いや元の時代に戻ったら未来の海賊王(予定)のクルーどころか未来の海賊女王なんですけどね。
はっきりと断ったことで、ロジャーさんはひとまず諦めてくれたらしい。レイリーさんにもしつこくするなと諫められてちょっとシュンとしていた。なんだかその様子がすごく仲良さげで、思わずほっこりしてしまいました。
代わりに、ロジャーさんは何故か私について色々と知りたがった。どこから来たのかとかどういう航路でここまで来たのかとか、これまで戦った印象的な相手だとか。あんまり適当なことも云えないけど全部正直に話すわけにもいかないし、私戦闘になると隠れてるだけだから特に印象的な敵とかいないんですよ、参考にならなくてすみません。
で、じゃあ戦わないなら私の仕事が何なのかということになり、ここは隠すことでもないので素直に歴史学者だという話をしたら、船にたくさん本がある、とのこと。ロジャーさん読書とかするんだ。意外。
そういうのはどちらかというとレイリーさんの方が似合いそうだなんて若干失礼なことを考えていると、よかったら本を見に来るか、なんて誘ってもらえた。
えっ。
マジすか。
考える。
この時代の、本。
気にならないといったら嘘になる。
むしろかなり気になる。もしかしたら私の時代ではすでに存在しない本とかあるかもしれないし。
でも相手は未来の海賊王の船で、私みたいなのが気軽に遊びに行っていいものではないと思う。いくら今はただの海賊とはいえ。
でもでも折角誘ってくれてるのに無下にするのも心苦しい。
考えて。
悩んで。
――私は好奇心に負けました。
「楽しそうだなぁ」
「そりゃもうっ!」
「はは、本当に可愛いやつだなエンは」
「ありがとうございます、知ってます。レイリーさんは隙あらば口説くのクセですか?」
「エンみたいに可愛い子は口説くのが礼儀だろう?」
「ロジャーさん、副船長の発言は船長にも責任があると思うんですよ」
「まぁエンが可愛いのが悪いんじゃねーか?」
「驚きの責任転嫁」
というわけで現在私たちは港に足を向けていた。
正直うっきうきです、私。
だって素敵な本との出会いがあるかもしれないし、意外な発見が出来るかもしれない。仕事としても趣味としても、未知との出会いの可能性はわくわくするものだ。
二人とも会話が上手で、街中から船までの道中まったく退屈もしないし緊張もすっかりなくなったんだけど、今の私ってとんでもない贅沢をしている気がする。
右手に海賊王。左手に冥王。そして真ん中の私はとっても可愛い。最強の布陣すぎる。
ああ~、誰かに云いたい。普段自慢とかマウントとか全然興味の欠片もないけど、これは誰かに自慢したい。だってまさに両手に花状態。
そうして間もなく到着した港、オーロ・ジャクソン号。改めて見てもすごく立派な船だ。レッド・フォース号だってかっこいいけどね。
レイリーさんのエスコートで連絡橋を登り、まず感動した。私海賊王の船に足を踏み入れちゃった。ほとんど新品みたいに綺麗だし、多分これが何十年後かに新世界を制覇する船だ。感動しないわけがない。
そして当然ながら甲板には人がいて、ロジャーさんとレイリーさんがいきなり私みたいにとびきり可愛い女の子を連れてきたからみんな興味深そうに集まってきた。
うわわあの人も知ってる。スコッパー・ギャバンだ。レイリーさんに並んで海賊王の部下として名高い海賊。本物だぁ。あっちの美男子風目隠れさんはスペンサーじゃない? それにあの人も、あの人も。
生ける伝説だらけで驚くのも疲れて、そろそろ本題の本のほうに、という話になったとき。
赤ん坊の、声がした。
え、子育てもしてんの海賊王。まんまお頭とやってること同じじゃん。いや、この場合はお頭がロジャーさんと同じことをしてるのか、世代的に。尊敬してるとは云ってたけど、ここまで同じことするなんて、お頭本当にロジャーさんのこと好きなんだなぁ。
さてどんな子がいるんだろう、とほとんど反射的に振り返り、私は今日何度目になるかわからない度肝を抜かれた。
よたよたとみんなに見守られながら歩く、その二人の赤ん坊は。
「――シャンクス、バギー」
信じられない。
そういえばお頭がいつ頃からロジャーさんの船に乗っていたか訊いたことはなかったけど、まさか赤ん坊のころからだったなんて。
髪の色が同じで同じ特徴を持っているだけの赤の他人の可能性も、一応ある。
でも、私の勘が告げている。
これは本人だ。
間違いなく、お頭と、バギー。
待ってもう頭が痛い。
何この出会い。
割となんでも臨機応変に対応できる方だと自負していた私でももういっぱいいっぱいですよ。こんなのあまりにも予想外すぎる。
思わずよろけた私は、すぐ後ろにいたらしいレイリーさんにぶつかってしまった。
すみません、と咄嗟に謝ろうとして息を飲む。
「繰り返しの質問になるが、いいかな?」
今度の声は、先ほどよりもずっと冷たく鋭かった。
え、え。いきなり怒らせてしまった。さっきまでかなり友好的だったはずなのに、なんで。
あまりの迫力に固まった私に、レイリーさんは続けた。
「なんでこの二人の名前を知ってる」
――あ。
やばい。
私今、二人の名前口にしてたっぽい。
慌てて両手で口を塞いだところでもう遅い。顔と云わず全身から血の気が引いたのを自覚しつつ、一歩後退る。
さっきまで和やかだった雰囲気も今やピリついて、レイリーさんを筆頭にみなさん瞬時に私を見る目が厳しくなった。ロジャーさんだけ不思議そうに首を傾げていて、ああ今はあなたのそのきょとん顔が私の癒し。なんて考えるのは現実逃避でしかなくて。
「え、あ、いやその」
「悪いが話してくれるまで逃がさない。事と次第によっては……身体に訊くことになるぞ」
「ひえ」
何をするって云うんです。
私の馬鹿あほ間抜け。
赤い髪と赤い鼻、どう見ても私の知る二人と同じ特徴を持っていたから、うっかりポロッと名前が零れてしまった。生後一年くらいであろうこの赤ん坊を知っているなんて、それこそこの船に乗っている仲間以外にはありえないだろう。ていうかこのレイリーさんの反応からして、やっぱり本当にこの赤ん坊があの二人なのか。
冷静に考えて、逃げるのは無理だ。ここはオーロ・ジャクソン号の上で、そもそも身体能力的に私がこの人たちから逃げることは不可能。
かといって洗いざらい話していいのかどうかもわからない。
ここは私にとって過去の時代なのだ。
私の行動で未来が変わるなんてことがあったらどうしたらいい?
というか根本的な疑問として、私が何かすることで私の時代に変化が起きることはあるのだろうか?
だけど、例えばの話、今この場で私がロジャーさんを殺したとして(無理だけど!)、私の時代で『ゴール・D・ロジャーが海賊王になった』という事実がなくなるわけではないと思う。いろいろと辻褄が合わなくなってしまうし。
もしかしたら、ただ『ゴール・D・ロジャーが死んだ一つの歴史』が出来るだけという可能性もある。
もし『未来』が確定した一つに限られず、可能性の数だけあるとしたら。
それは例えば木の枝のように、幾重にも枝分かれして、一つの『ありえた未来』が存在するのだとしたら。
今この瞬間と、私が生きる時代は、必ずしも繋がっていないのだとしたら。
いや、それでも気軽にすべてを話すのはよくない気がする。
かといってこの場を無言でやり過ごせるはずもないわけで。
「……ロジャーさんにだけ、お話しさせてください」
「悪いがそういうわけには」
「話せることは全部話します。それを聞いた上で、レイリーさんも含めて他の方に話すかどうかはロジャーさんが決めてください」
逃げるわけではない、ということをどうかわかってもらいたい。ていうかどうせ逃げられないし。
レイリーさんは頭がいいから、私の話を受け入れるかどうかは置いといても理解はしてくれるとは思う。
でも、私の勘が囁くのだ。
私が話すべきなのは、ロジャーさんだけ。
もし必要なことがあれば、ロジャーさんが私の話を吟味してレイリーさんたちに伝える。
情報の取捨選択を自分がするのは危険だと、理由もわからないけれどそう確信していた。
難しい顔で私を見るレイリーさんと、ここで負けてはいられないと気合を入れる私と、そんな私たちを面白そうに眺めているロジャーさん。止めてくれてもいいんですよ。止めてくれなさそうだけど。っていうかなんか他人事みたいな顔してるけどあなた渦中の人物ですからね。
すると、私たちの不穏な空気を察知してか、赤ん坊二人が泣き始めてしまった。
しまった。子供は、特に赤ん坊というのはこういう気配に敏感なのだ。私は慌てて二人を抱き上げてあやす。
「ごめんごめん、大丈夫よ、誰も怒ってないよ。怖くない怖くない。大丈夫だから。ほら、レイリーさん笑って!」
「す、すまん」
「謝るんじゃなくて笑ってください」
すみません冥王相手に失礼な口きいてる自覚はあるんですけど今は目の前の赤ん坊を泣き止ませるのが最優先です。
どうにか二人を泣き止ませ、且つ寝かしつけることに成功したのはそれから一時間後。やばい。子育てってめちゃくちゃ大変なんだね。寝たと思ってベッドに置いた瞬間、背中にスイッチあんのかって勢いでシャンクスが泣き始め、それに驚いたバギーも泣き出す。次はその逆。何度その繰り返しをしただろう。時を越えて一番にやり遂げた仕事が子供の寝かしつけってなんじゃこら。
とにかく、やっとのことで二人とも寝てくれたところで私はロジャーさんと二人にしてもらい、話を始めた。
私はこの時代の人間ではなく、未来からやってきたこと。
自分の時代でロジャーさんたちは有名で、だから名前を知っていたこと。
また、縁があってシャンクスとバギーとは元の時代で知人(面倒なので知人でひとくくりにした)であること。
その他にも、少しフェイクを入れつつ話せそうなことを細々と。もちろん私の時代ではすでにロジャーさんが亡くなっていることは云わない。明確に今から何年後という具体的な数字も出さない。
以上です、と話を締めくくった私に、ロジャーさんは唸るように声を上げた。
はい。わかります。
「……それを信じろって云われても、根拠も証拠もねぇんじゃ困るなぁ」
「でしょうね」
「だが、こんな嘘を吐く理由も思い浮かばん。おれが端っから信じる気がなかったらこの場でたたっ切られても仕方ねぇ話だぞ」
「ですよね……」
我ながら、気が狂うような話をしたと思う。
だって悪魔の実の能力者でもなんでもない私がなんでこんなことになるんだって話ですよ。もし私が能力者だっていうなら、そういう能力ももしかしたらあるんだろうな、と納得できる部分もある。
でも私は絶対に能力者じゃない。一応泳げるし。ホンゴウ曰く、あれは浮いてるだけだって云われたけど。
変なものを食べたとかおかしな能力に巻き込まれたとか、そういうことにも心当たりが全くないから本当に困る。
ただ、何度も云うがここは【偉大なる航路】。何が起きても不思議ではないわけで、現に、こうして私が過去に飛ばされるという飛んでも事件が発生しているわけで。
「エンの話が本当だとしたら、今のお前さんに帰る場所はねぇってことだろ。どうすんだ?」
一旦は私を信じてくれる前提で話してくれるらしい。ありがたい。ロジャーさん、こういうところはかなり柔軟よね。
そのことに少しだけ安心しつつ、答える。
「ひとまず、しばらくはこの島にいようと思います。無暗に動き回るのもどうかと思うし」
「ほー、そうか。んじゃおれも付き合おう」
「……はい?」
聞き間違いかな?
首を傾げると、ロジャーさんはにこっと愛嬌のある笑顔を浮かべて更に云った。
「そうと決まればある程度はレイリーに話さにゃな。まぁ全部まるっと話す必要はねぇだろうから、未来から来たって話は伏せて適当に言い包めとくか」
「い、言い包める」
「ま、なんとかなるだろ」
豪快に笑ったロジャーさんが部屋を出て、直後レイリーさんの盛大な『はァ!?』という声が聞こえた。何云ったのか怖くて訊けないや。
それから置いて行かれたことに気付いて慌てて外に出ると、頭を抱えたレイリーさんの肩をバシバシ叩きながらロジャーさんは大声で宣言した。
「というわけでテメェら、これから一週間ここに停泊するぞー!」
「何が『というわけ』だ頼むからちゃんと説明しろ!!」
「だから今云ったろ、エンに一週間ベビーシッター頼むんだよ」
「答えになってねぇんだよなぁ」
「ほら見ろよ、坊主二人ともよくエンに懐いてやがるぜ」
「そりゃ眼福だがな、おいロジャー……ああもう!」
すみませんベビーシッターとか初耳なんですけど。この人お頭より我が道を行くな。さすが海賊王ってこと?
私たちが話し合いをしている間にまた赤ん坊二人は起き出してしまったようで、部屋の前をうろうろしていたらしい。私が部屋を出ると嬉しそうにこちらにやってきた。うわわわ歩き始めて少ししか経ってないおぼつかない足元、可愛い。何あのちっちゃい足。可愛い。可愛いが歩いてる。やばい。私の語彙もやばい。
あまりの可愛さに心を浄化されていると、ひょいとロジャーさんに二人まとめて渡されて、慌てて落とさないようしっかりと抱きかかえる。うわん。可愛い。思わずでれっとしてしまった私を見た赤ん坊二人は、きゃっきゃとこれまた可愛らしい声を上げて笑い、そんな私たちを見たレイリーさんはまた頭を抱えた。周りの人たちは、諦めたように笑っている。なんていうか、ロジャーさんは云い出したらきかない人なんだろうなぁというのが一瞬でわかってしまった。うちのお頭と一緒じゃん。妙に親近感が湧いてしまった。
ところで赤ん坊ってもっと泣いたりぐずったりするイメージだったんだけど、この二人、基本的にめちゃくちゃ大人しい。もしかして私みたいに可愛い生き物見たことがなかったのかな? 大きな目をぱちくりさせながら私を見つめてくる様子は、とんでもないほどに愛らしい。何十年後かには髭面のおっさんになってしまう未来が確定してるなんて切ないね。
可愛い今の二人に心底癒されながら、私はレイリーさんに近付いて小さく頭を下げた。
「心中お察しします」
「そうか」
「うちのお頭も、ロジャーさんみたいなノリですから」
「……そうか」
同情するように云うと、レイリーさんは更にがっくりと肩を落とした。うん、何の慰めにもならなくてすみません。
私の腕の中でうとうとしているお頭……いやシャンクスと、バギー。私が知ってる姿から想像も出来ないほど可愛い二人。柔らかい。なんかいい匂いする。二人抱えるのはものすごく腕がしんどいけど、離そうとすると泣いちゃうから頑張ってます。多分明日は筋肉痛。
で、こっからが本題。
「……私は、あなた方にとって害にならないようにしたいと思っています」
「何?」
隣にいるレイリーさんにだけ聞こえる大きさの声で云うと、レイリーさんは怪訝そうに片眉を跳ね上げた。
どういう意味だと視線で促され、続ける。
「ロジャーさんは私の話を否定しないでくれたけど、もしレイリーさんが私を邪魔だと思うのなら、そう云ってくださいね」
「どうする気だ?」
「頑張ってロジャーさんから逃げます」
ニヤリと強気に笑って見せれば、レイリーさんは呆れたように云った。
「無理だろう」
「無理かなぁ」
まぁ、無理だろうなぁ。自分で云っててそう思う。
よくわからないけどロジャーさんは私をいたく気に入ってくれている。確証のない私に付き合って一週間見守ってくれると云い出すくらいには。
そして私もロジャーさんという人が、当然ながら嫌いになれない。海賊王というフィルターを取っ払っても魅力的な人だし、何より現状どう足掻いても不審人物そのものの私を一度だって雑に扱わなかった。丁寧かというとちょっと疑問だけど、少なくとも私はこういうロジャーさんの人間性が結構好きだ。
多分、私が彼を好意的に捉えていることはロジャーさん自身も気付いているはず。
だから、逃げようとしても追いかけられる。
もしも私がロジャーさんを心底嫌っていたなら話は別かもしれないが、好意的なくせに逃げるというのは許されないと思う。
いい人だよ。
この短時間でかなり好感度上がったし、やっぱり好きだなって思うよ。
でも、根っからの海賊なんだなぁって感じもする。とにかく自分が気に入ったものは手放そうとはしない辺りが。
いやほんと可愛すぎて参っちゃうな私。海賊王にも気に入られるほど可愛いなんて、誇れるんじゃない?
ただ、今の場合に限っては、それがちょっと困った方向に作用してしまっているわけで。
なるべく誰にも迷惑になりたくないので、強制的に巻き込まれる形になったレイリーさんや他の皆さんには申し訳ない。さっさと次の航海行きたかったよね。ほんとにごめんなさい。
思わずがっくりと肩を落とすと、その肩をポンとレイリーさんが叩いて云う。
「ロジャーがお前を信じたなら、おれも信じるさ」
だから心配するな、とレイリーさんは笑ってロジャーさんのところに行ってしまった。うわイケメンかよ。イケメンでした。
ポカンとその背中を見つめながら、ああいうのを信頼しているというのだろうと感心してしまった。
すごいな、と思う。
私だったら、今の私みたいにまるっきり怪しい人物が自分の船に出入りすることになったら絶対信頼なんかできない。
でも、この人たちは違う。
ロジャーさんのまさに鶴の一声で、無条件でなんでも信じられる。
「……すごいなぁ」
いつの間にやら宴が始まった甲板を眺めながら、私はなんだかむず痒さを覚えて、無性にお頭に会いたくなった。あ、そういえば今私が抱いてるじゃん。