超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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可愛すぎて時空すら超越した美少女のタイムトラベルの話、死ぬまで元の時代に戻れないVer.ほんとすみませんまた途中まで。
次に上げる話が最後になります。


【もくじ】
1.『あなたのためにおしゃれをしたからですよ』
2.『レイリーさんのそういうところ嫌いです』
3.『私、きっと何度でもあなたに会いたいわ』
4.『お願いがあるんです』
5.『顔は全然タイプじゃないですね』


未来の海賊女王の時間旅行・長い航路

1.『あなたのためにおしゃれをしたからですよ』

 

 

「……その反応はなんですか」

「え、いやぁ、なんだ、その」

 

そわそわとして視線をあっちこっちにやるロジャーを見、エンは小さくため息を吐いた。

どうやらこの頑張りは空振りだったらしい。

 

「着替えてきます」

「は!? なんで!?」

「ロジャーさん、お気に召さないようなので」

「いやいやいやいやいやいや」

 

部屋に引き返そうとするエンの肩を咄嗟に掴み、引き留める。エンはすぐに立ち止まってくれたが、肩越しに振り返った表情はひどく冷たい。思わずゴール・D・ロジャーとも男が気圧された。

無理もない、と二人のやり取りを見ていたレイリーは肩を竦め、仕方なく口を挟んでやることにした。馬には蹴られたくないので黙っているつもりだったけれど、これは助け舟を出してやらねば我らが船長が可哀そうすぎる。

 

「ロジャー。デート前の男としてその反応は赤点だ」

「もっと云ってやってくださいよ、プレイボーイ先生」

 

以前より遠慮がなくなったエンの物言いに若干頬を引きつらせつつ、気を取り直してレイリーはエンの手を恭しくとってウィンクをした。普段ならそのまま口づけするところだが、ふりで止めたのはロジャーへのわずかばかりの配慮である。

 

「エン、いつも可愛いが今日は一段と可愛いな。一緒に出かけるために気合入れてくれたんだろう? ありがとうな」

「こちらこそ、ありがとうございます。素敵、百点。もうこのままレイリーさんとお出かけしたいくらい」

「ちょっと待てぇ!!」

 

悔しいが、非常に悔しいが、男目から見ても美男子なレイリーとどこから見ても可愛いエンが並んでいるとものすごく絵になる。

エンが好きなのは自分だし、普段はそんなこと気にもしないけれど、今の状況でこれはなんだかまずい気がする。ロジャーは慌てて二人に割り入り、エンの手をレイリーから取り上げた。

 

「なんです。あなたはこの格好がお気に召さなかったんでしょう? だったらせっかくおしゃれしたんだし、褒めてくれる人と出かけたいですよ、私は」

 

しかしエンの目はまだ冷たい。ロジャーの手を振り払いこそしないが、限りなく冷めた目でロジャーをジトリと見た。

 

今日、エンとロジャーは二人で街に出かける予定だった。

往生際の悪かったエンがようやくロジャーに陥落してから最初のデートである。

一つ前に立ち寄った島では海軍に追われ、その前の島は無人島だったので、栄えた街のある島に停泊するのは久しぶりだ。

ここは治安も落ち着いていそうだから、せっかくなので二人で出かけたい、と云い出したのはロジャーのほうだった。彼は案外ロマンチストな部分がある。

シャンクスと恋人関係だった頃もそうだが、エンは好きな人の傍にいられたらそれだけで十分なタイプだ。だから特に一緒にどこかに行きたいとか、デートがしたいとかはあまり思わない。

が、もちろんそれが嫌なわけではないので、ロジャーの申し出に二つ返事で了承した。

レイリーとギャバンに死ぬほどからかわれたが、一応ロジャー海賊団の面々には祝福された仲になったわけで、ロジャーが望むなら、とそれなりに気合を入れておしゃれをしたのだ。

少し前の島で買って裾に自分で刺繍を入れて少しアレンジを加えたワンピースはお気に入り。少しヒールのあるサンダルも歩きやすいし、普段はちびっ子たちが怪我するといけないので付けないアクセサリーはたまにつけると気分が上がる。化粧も、濃いものは必要ないけれど、着飾るなりに整えた。

鏡の前で自分をチェックしたエンは、一段と可愛い自分の姿に我ながら感心したのだ。今日も私は可愛い。すごい。

だというのに、甲板に上がって目の合ったロジャーはぽかんと固まったまま何も云ってくれなかった。

面白くなくて当然である。

 

「だから……その、びっくりしたんだ」

「何に?」

「か、可愛すぎたから」

 

はぁ、それが?

エンが可愛いのは生まれてこの方当たり前のことである。

何を今更なことを云っているのか、と心底不思議そうに首を傾げたエンに、ロジャーは続けた。

 

「エンが可愛いなんていつものことだろ。そんなのわかってる。だから今日お前がどんな格好で来ても、素直に感動して、褒めてやれるって思ってたんだ。でも、その格好……化粧も服も髪型も思った百倍可愛くて、なんて云えばいいのか全然言葉が浮かんでこなくてよ」

 

うわ童貞かよ、と小さな声でギャバンが呟き、レイリーに肘打ちを食らって悶えていた。仮にも船長に暴言が過ぎる。確かにその通り、青臭すぎる回答であることは認めるが。だからこの件については二人がいなくなってから酒の肴にしよう。

腹心二人がいろんな意味で震えていることに気付きつつも放置し、エンは腕を組み。

 

「……なるほど。私が可愛すぎるせいで言葉を失ってしまった、と」

「そう」

「なるほど、なるほど」

 

そう繰り返し、頷く。

眉間にしわを寄せ厳しい表情、と思いきや、近くにいたレイリーは気付いてしまった。

口の端がわずかに上がって、引きつっている。

これは笑いを堪えている顔だ。

 

「っフ、じゃあ、しょうがないですね。私が可愛すぎるのが悪かったんですもんね」

「嬉しそうだな、エン」

「べっつに。ロジャーさんって面白い人だなって思っただけです」

「そうか。んで、どうする? 本当におれと出かけるか?」

 

おれは構わんぞ、とにっこり笑顔のレイリーに、エンはぱちくりとその大きな瞳を瞬かせ。

それから、青い顔で固まっているロジャーを振り返り、今度は思い切り噴き出した。

 

「っふふ、今回はロジャーさんが可哀想なので許してあげることにします。レイリーさんはまた今度ご一緒しましょ?」

「残念だ。じゃ、気を付けて行ってこいよ」

「はぁい。ほら、行きますよロジャーさん」

 

さっきまでの表面上の不機嫌から一転、途端にご機嫌そうなエンに手を引かれてロジャーが船を降りていく様子を、レイリーたちはそれはもう生暖かい目で見送った。

くっつけばいいと思っていた二人がくっついたのは大変喜ばしい。

素直に祝福してやりたいところだが、あまりにも二人のやり取りが面白すぎて笑ってしまうのは許してほしい。どうか一生ああやって面白おかしい二人でいてほしい、と願うばかりである。

 

街に降りた二人は、まずは最初の目当てである生地を買いに行った。この街の特産品は麻から作られる生地が有名なのだ。

最近は以前ほどちびっ子たちにべったりでなくとも大丈夫になってきたので、こちらの時代に来てからご無沙汰だった裁縫を再開したエンは、久しぶりに服が作りたくてうずうずしていた。裁縫道具は買ってあるし、すでに何度か仲間たちの服を繕ったり、ちびっ子たちの服を直したりはしているけれど、自分用にも作りたい。

いつか酒を飲みながらエンがそんなことを話していたと覚えていたロジャーは、この島に立ち寄ると決まったときからデートに誘おうと決めていたのだ。

ロジャーは生地屋なんて初めて入ったが、なんだか普通の店と違っていて不思議な感じがした。てっきり服のように畳んで置いてあるものだと思っていたが、ほとんどの生地が巻物のように巻いてあり、欲しい長さだけその場で切ってもらうらしい。エンは慣れているようで、気になった生地をいくつか見ながら店員と話している。どんな生地を買うかはあらかじめ考えていたのだろう。

 

今日のロジャーは荷物持ち、という気持ちなので、エンが楽しそうに生地を見ている様子をニコニコしながら眺めていた。

以前ほつれたボタンを直してもらったときに知ったのだが、エンは裁縫が趣味だそうで、ボタン付けですら楽しそうにこなしていた。危ないのでちびっ子たちがいるところでは針を触れないから、もう少しちびっ子たちの手が離れたらまた始めたい、と云うエンの横顔がロジャーは忘れられなかった。

生地を見るエンの顔はそのときと同じように生き生きしており、可愛い顔が更に可愛い。店員が女でよかった。男だったらこんなに可愛いエンの接客なんてしたら惚れてしまうに違いない。まったくエンというのは可愛すぎて罪深い。

なんて惚気全開なことを考えていると、パッと振り返ったエンと目が合った。そうして、ニコニコ笑顔で手招きされる。

 

「ロジャーさん、どっちの色のほうがいいですか?」

「んぁ?」

「私的にはこっちのオレンジもいいと思うんですけど、薄緑のほうが涼しそうですよね」

 

サンプルらしい小さな生地をロジャーに当てながら、いやでも青も捨てがたい、いっそ柄入りでも、と店員とあーでもないこーでもないと盛り上がっている。

ロジャーだけが置いてきぼりで、一体何の話をしているのかわからず首を傾げると、エンは楽しそうに云った。

 

「せっかくだから、ロジャーさん用にシャツを作りたくて。着てもらえます?」

 

思わぬ嬉しい申し出に、ロジャーは当然首を縦に振った。

結局悩みすぎて決まらなかったので生地は気になったものを全部買うことにして、親切にも船まで運んでくれるというのでお願いした。本来は有料らしいが、店員がノリノリで勧めた生地も気前よく買ってくれたサービスとして無料で運んでくれるらしい。ありがたいことである。

そんなわけで手ぶらで店を出た二人は、適当に街をぶらつくことにした。

気になった雑貨屋ではちびっ子たちが喜びそうなおもちゃを発見して衝動買いし、ふらりと立ち寄った酒屋では珍しい酒が並んでいてはしゃぎ、路地裏で見つけた古本屋でモンブラン・ノーランドの航海日誌なるものが売っていて思わず買ってしまった。写しだということだが、こんなところで埃をかぶっていていいものではないはずだ。

その後も穏やかにデートは続き、時折命知らずな男がエンに声をかけてロジャーが覇気を駄々洩れにするというトラブルはあれど、おおむね平和に時間は過ぎて行った。

そしてたくさん歩いたのでカフェのテラス席で休憩中、今日は終始ご機嫌だったエンが何やら悪戯っぽい笑顔を浮かべてロジャーに云う。

 

「ねぇ、ロジャーさん」

「なんだ?」

「今日の私がとびっきり可愛い理由、わかります?」

 

大きなチキンが挟まれたサンドイッチを平らげたところだったロジャーは、指についたソースを舐めとりながら考える。

エンが可愛いのはとっくの昔にわかっていたことで、今に始まったことではない。

船にいるときはほとんど化粧っ気もなく、格好も質素だ。それだけでも十分可愛いのだが、今日は化粧をして着飾っているということ以上に可愛い気がする。だから朝エンの姿を見てロジャーは言葉を失ってしまったのだ。

にこやかなエンをじっと見つめても、世界で一番可愛いということしかわからない。

可愛い。

なんでこんなにも可愛いのか。

もしかしてエンこそがこの世の宝のすべてなのではないだろうか。

考えれば考えるほどわけがわからなくなってきて、ロジャーは両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「わからん。今まで以上があるなんて思ってもなかったからな」

 

するとエンは何かに気付いたように紙ナプキンに手を伸ばし、それをロジャーの口の端に押し付ける。ソースがついていたらしく、それを拭いてくれたようだ。嬉しいが照れくさい。

そうして、わからない、と云ったロジャーに怒るでもなく、今日一番の笑顔を浮かべてエンは云う。

 

「あなたのためにおしゃれをしたからですよ」

 

 

 

 

 

2.『私、レイリーさんのそういうところ嫌いです』

 

 

先日発見した【歴史の本文】について、エンを含めて会議中。

すでにエンが古代文字を読めることは周知しており、解読は済ませてあった。歴史学者が歴史に詳しいのは当たり前だが、まさか古代文字まで読めるとは思ってなかった面々はエンの能力に驚いた。

同時に、呆れた。

可愛くて賢くて愛嬌もあり、古代文字が読めて、更に最近知った新事実として海王類まで自在に操れるというとんでも能力を持っているくせに、それでもなお『ロジャーの隣に立つに至らない』などと考えていたのか、と。

逆にどんな人ならばロジャーに似合うと思っているのかそのあたりちょっと気になるが、まぁなんだかんだでくっついた二人なのだからもうひっくり返すのはやめておく。基本的に自己肯定感は高いし自信満々なくせに、どうして殊恋愛関係については途端に傍観者側に回るのか、そのうち酒の席で訊ければいい。

 

それはともかくとして、今は会議中である。

先日手に入れた【歴史の本文】があまりにも不可解な内容で、エン一人ではどうにもならない、ここは海賊経験と人生経験豊富な仲間たちに意見を仰ごう、とエン主導で開かれた会議なのだ。

大振りの紙に必要事項をまとめ張り、要所要所で説明・解説をしながら会議を進めるエンの姿は非常に凛々しく、まさに仕事のできる女という雰囲気だ。

実際、雰囲気だけではなくエンは仕事が出来る。特に最近はレイリーやギャバンが請け負っている事務仕事の手伝いもしているようで、かなり助かっている、と二人がしみじみ嬉しそうに話しているのを聞いていた。

可愛いだけでなく愛嬌もあって優しくてその上仕事まで出来るなんて、エンはすごい。最高。

 

「ロジャーさん」

 

頬杖をついてエンを見つめていたロジャーは、名前を呼ばれてもまだぼんやりとしていた。

エンだなぁ。

可愛いなぁ。

こんなに可愛くてすごいなぁ。

生きてるだけで可愛いなぁ。

好きだなぁ。

なんてことを考えていると。

 

「ロジャーさん!」

 

二度目に大きく呼ばれたとき、ようやくハッとしたようにロジャーは目を瞬いた。しまった、会議中だった。

そんなロジャーの様子を見て、呆れたように腰に手を当てるエンが続ける。

 

「もう、会議中ですよ。目を開けたまま寝ないでください」

 

エンは基本的に仕事に厳しい。特に自分が関わっている仕事において妥協も手抜きも許さないタイプだ。しかも今回の会議は自分の分野に関する内容だから、かなり入念に準備もしていたし、真面目に取り組んでいる。

ロジャーもそういうエンの性格を理解しているだろうに、このていたらく。

普段はちゃらんぽらんで子供っぽくても、ロジャーは締めるところは締める男だ。エンもそれはわかっているから、気が抜けたようにぼぅっとしているロジャーに怪訝そうに眉をひそめた。

 

「どうしたんですか? ……もしかして具合が」

「んや」

 

ロジャーの体調不良に関して、エンがやらたと敏感なのはすでに知っている。ちょっとでも風邪をひくと真っ青になってベッドに押し込められるから、うかうかくしゃみも出来ない。心配されるのは悪い気分はしないが、妙に毎回深刻そうにするから、とてもじゃないが嬉しいとは云えなかった。

そして今は単にぼーっとしていただけなので、エンに余計な心配をかけたくなくて、ロジャーはさっきまで考えていたことをケロッとそのまま口にした。

 

「好きだなーと思ってただけだ」

 

それだけ云って、ロジャーは欠伸をしながら測量室を出て行った。本当に眠いのだろう。

それはいいが、いや会議中なのでよくはないが、置いといて。

取り残された面々は呆気に取られて固まった。

 

「……は?」

「おいおれたちは何を見せられたんだ」

「ご、ごめんなさ……いやなんで私が謝らなきゃならないんです!?」

 

ついつい反射で謝りそうになったエンは、ハッとして頭を抱えた。

まぁ、会議中にいきなり告白シーンを見せつけられたらそりゃあ文句も云いたくなるだろうが、今回はある意味エンのほうが被害者だ。衆人環視で告白なんて冗談じゃない。いくら周知の仲とはいえ、時と場合と場所を考えてほしい。

ギャバンが死んだ魚のような目になっているのは申し訳ないが、大きくため息を吐いてエンはテーブルに突っ伏した。書類が乗ったままだが知ったことか。

 

「なんなんですか、あの人……」

「と云いつつ顔が赤いぞエン」

「だ、だって」

 

レイリーはというと、ロジャーがエンを見つめたままぼーっとしていることに気付いてからずっと笑いを堪えていた。堪えすぎて顔と腹筋が引きつりそうだったが、ロジャーが億面なく好きだとのたまったところでもう限界で、声に出さないまま一人で大爆笑した。

ひとしきり満足するまで笑ったので今はなんとか落ち着き、笑いすぎて滲んだ涙を拭いつつエンに指摘する。

レイリーがエンとロジャーの関係をちょっとしたエンターテインメントのように捉えていることはうすうす気づいていたから、もう突っ込む気力もなくエンはもごもごと口を開いた。

 

「可愛いだとか頭がいいだとか、そういう、褒め言葉は慣れてます。でも、その、ああいうのは……」

「照れる?」

「照れるし、恥ずかしいです」

「お前可愛いなぁ」

「ありがとうございます、知ってます」

「そういうところ、好きだぜ」

「私、レイリーさんのそういうところ嫌いです」

「ひっでぇ」

「というか別に誰に云われても照れるってわけじゃないですもん」

「ロジャーだから?」

「……そうですよ。わかりきったこと聞かないでください」

「なぁ、その話続けるならおれ酒持ってきていい?」

「ごめんなさいギャバンさん、もう終わりますから会議続けましょう」

 

最近気づいたのだが、ギャバンを筆頭にこの船の仲間たちは、エンとロジャーを酒の肴にしがちなところがある。

例えば喧嘩していても、仲良く談笑しているだけでも、気付くと誰かしらが生暖かい視線を向けてグラスを傾けていることがあると気付いたのだ。

それに気付いたときのエンは非常に複雑な気持ちになったものだが、考えてみれば自分もベックマンやレイリーのような顔面がドタイプの男が美女と談笑しているのを見て何時間でも酒が飲める。それと同じか、と思うと何も云えなかった。

 

後日。

甲板でのんびり新聞を読んでいたレイリーのところに、顔を真っ赤にして目を吊り上げたエンがやってきた。

何事か、と驚いたが、もしかしてあの件か、と思い当たることがありちょっと焦った。

そうして。

 

「レイリーさん、ロジャーさんに余計なこと云いましたね!?」

「いやおれは良かれと思って」

「良くないです!! 」

 

あの会議の日、すぐに測量室から出て行ったロジャーは、エンが見事に真っ赤になっていることには気付いていない様子だった。せっかくレアな照れ顔なのに、あれを見たのがが自分たちだけだなんてもったいない。

だから教えてやったのだ。

 

『エンの照れ顔が見たけりゃ、耳元で愛を囁いてやれ』

 

と。

このエンの様子では、おそらくロジャーは律儀にレイリーのアドバイスを実行したのだろう。

まったく、本当に飽きない二人である。

おかげさまでレイリーは毎日楽しい。

 

 

 

 

 

3.『私、きっと何度でもあなたに会いたいわ』

 

 

エンがちびっ子二人を寝かしつけ、部屋を出るとロジャーがいた。全く人の気配がしていなかったので少し驚いたけれど、ロジャーのことも大好きなちびっ子たちは近くにロジャーがいるとわかるとテンションが上がって寝なくなる可能性がある。おそらく気を使ってくれたのだろう、と納得した。

それから、ロジャーの右手に酒瓶が握られていることにも気付く。

 

「飲もうぜ」

 

どうやら飲みのお誘いだったらしい。ならばなおのことちびっ子たちを起こすわけにはいかない。

ゆっくりとドアを閉めてから、頷く。

 

「いいですよ。あ、じゃあレイリーさんたちも呼びましょうか? 多分ギャバンさんの部屋で飲んでると思いますけど」

「いや、二人で」

 

ほとんど遮るような云い方に、少しエンは目を丸くした。

ロジャーはレイリーと喧嘩でもしたのかと考える。いや、しかしエンがちびっ子たちの部屋に来る前に見た二人は普通に話していたし、喧嘩なんてした様子はなかった。

 

「いい、ですけど……」

 

別に断る理由もないのでいいけれど、なんとなくいつもと違う雰囲気だ。どこが、と云われると言葉にはしにくいが、なんとなく。

戸惑いつつもエンが了承したのを見、嬉しそうに笑う。

今日は天気も良くて月も明るいから外で飲むのも風情があるな、と思いつつロジャーについて歩くと、到着したのは船長室だった。どうやら今夜はここで飲むらしい。

ドアを開けて促され、エンは恐縮しながら部屋に入る。初めて入るわけではないけれど、二人で飲むためだけに訪れるのは初めてだ。少しだけ緊張していた。

子供じゃあるまいし、と気を取り直し、勧められるままソファに腰を下ろす。差し出されたグラスをありがたく受け取り、注がれた酒を見てエンは驚いた。

 

「もしかしてこれ、前に食堂で飲んだやつですか?」

「そ。お前気に入ってただろ」

「はい、おいしかったのでよく覚えてます。覚えててくれたんですね」

 

前、というのは、夜眠れなくて水を飲みに食堂に来たエンが、晩酌をしていたロジャーと二人で飲んだときのことだ。

せっかく眠れたと思ったら短時間で目が覚めてしまい、どうせ部屋に戻っても眠れないのだから、と軽い気持ちでご相伴に預かったその酒はエンの口にとてもよく合った。確か南の海の酒で、ロジャーのお気に入りだと云っていた。そう多く出回らないものらしく、あれ以来見るのは初めてだ。

もしや、久しぶりに手に入れたから、自分が気に入ったことを覚えてくれていて声をかけてくれたのだろうか。

そう考えるとなんだかむず痒い。だけど、嬉しい。

 

さっそく二人で乾杯をすると、やっぱり記憶にある通り飲みやすくてとてもおいしかった。

前回は氷を入れて飲んだが、今回はよく冷やしてあるのでそのままで飲んだ。氷入りのキンと冷えた飲み口は暑い日には最高だけれど、今日のようにそこまで暑くない日であればこれくらいがちょうどいい。氷で薄まらず、最後までそのままの味が続くのもエンの好みだった。

 

ゆっくりと酒を味わいながら、二人はぽつりぽつりと会話を交わす。

日常の話から仕事の話までなんでも話すが、この日の話題は先日顔を合わせた白ひげについてだった。というか、白ひげに対するエンの反応。

もちろんロジャーは知らないことだったが、元の時代でエンは白ひげをたいそう慕っていた。

エンは白ひげを『おじ様』と呼び慕い、白ひげは白ひげで、他船の船員と云えどよく自分に懐き慕ってくれる可愛いエンを娘のように可愛がった。

だから頂上戦争の折に白ひげが死んだことをエンは本当に哀しんでいて、しばらくは食事も満足に喉を通らないほどだったのだ。

彼らが選んだ道を否定することはしなかったけれど、どうしてもエンは彼らに生きていてほしかった。

仇討ちなんて彼らが望まないことを知っていても、海軍や黒ひげを恨まずにはいられなかった。

 

とはいえ、なんとか白ひげを失ったことも気持ちに整理をつけて生きていたわけだから、また生きてあえるとは思ってもみなかった白ひげにこの時代で再会したエンは思わず泣いてしまった。

それはもう、号泣と云っていいほどに大泣きだった。

当然、この時代では初対面の白ひげは、ロジャーに紹介された可愛い女がいきなり自分の顔を見るなり号泣して戸惑うしかできない。何かやらかしたのかと考えても、心当たりなんてまるでない。泣く子も黙る大海賊と云えど、可愛い女の涙にはちょっと弱いのだ。

仕方ないので一旦引っ込んでからもう一度顔を出したエンはすっかり涙は止まっていて、さっきまで号泣していたのが嘘のように満面の笑みで白ひげに挨拶をした。

 

『こんにちは、素敵なお鬚のおじ様。……初めまして、エンです』

『お、おお……お前、もう大丈夫なのか』

『はい、さっきはごめんなさい。ちょっと、懐かしい人にあなたがとても似ていたから』

『そうか……まぁ、なんだ。ロジャーとは腐れ縁のようなもんだ。お前がその船にいるなら、また顔を合わせることもあるだろうから、嫌なら……』

『いいえ、嫌だなんてとんでもない。私、きっと何度でもあなたに会いたいわ』

 

そう信じられないほど美しく可愛らしい笑顔を浮かべて云ったエンの言葉を聞いたときの白ひげの面くらった顔を思い出し、ロジャーは噴き出してからすぐにむっつりと口をへの字に曲げた。面白いと思う反面、エンにあんなことをストレートに云われる白ひげが羨ましいのだ。

心なしかエンはロジャーに対してよりも素直だし、白ひげを見る目がとんでもなく優しい。

ずるい、と正直思う。

エンの心変わりを疑うわけではないけれど、好きな女があんなにも他の男を慕っていたら普通は妬く。少なくともロジャーは妬く。

あとからロジャーには元の時代での白ひげとの関りについて説明し、納得はしたようだけれどやっぱり面白くはないようで、多少うしろめたさを感じていたエンはしばらくロジャーのご機嫌取りに苦心した。

 

話しながらそのときのことを鮮明に思い出したのか、少し拗ねたようなロジャーが可愛くて、エンは笑う。

エンにとって白ひげは『大好きなおじ様』だ。それは時代を遡った今でも変わらない。

恋ではなく、愛ではあるけれど、恋慕ではなく、思慕と尊敬。

少なくとも今の時代でエンが愛しいと思うのはロジャーだ。触れたいと、触れてほしいと思うのも、ロジャーだけ。

 

飲み干したグラスを置いてロジャーの肩に甘えるようにもたれれば、すぐに腰を抱き寄せられる。

名前を呼ばれ、顔を上げるとすぐ近くにロジャーの顔があって、吸い寄せられるようにキスをした。

少し開いた口にねじ込まれた分厚い舌は燃えるように熱くて、内側から燃えてしまうのではないかといつもエンは思う。だけどその熱さすら心地よく、エンはロジャーに翻弄される。

息も出来ないほどのキスにジワリと浮かんだ涙が一粒零れたとき、ようやく満足したらしい。最後にひとつリップ音を残し、ロジャーの唇は離れていった。互いの舌先から繋がっていた粘性のある糸がプツンと切れて、エンの唇をまた濡らす。

はぁ、と吐き出した息が熱い。

触れるだけのキスも、どろどろに溶けるようなキスもエンは好きだ。

なんなら触れ合うことのなかで一番キスが好きかもしれない。もちろん他のことも気持ちいいとは思うのだけど、幸福感が一番強いのがキスだと思う。息が上がって呼吸がしんどくなるのがちょっと難点だけれど。

でももう一回したいな、と思いちらりとエンが視線を上げると、ばち、とロジャーと目が合った。

そして、気付く。

目の奥にある、飢えた獣のようなぎらぎらとした熱。

それから、エンの腰を撫でる手つき。

 

――あ、これは。

 

「ッあの、ロジャーさん!」

「ん?」

 

返事をしながら、ロジャーはエンのこめかみにキスを落とす。

これから何をするのかわからないほど子供ではないので、エンは身体が熱くなるのを禁じ得ない。

が、このまま流されてはいけない、と自分を奮い立たせ、口を開いた。

 

「全然嫌とかそういうことじゃなくて、その、むしろキスは好きだししたいんですけど、あのぅ、そのぉ……」

 

目を泳がせて云い淀むエンの顔は赤い。

普段はどんなに言葉を飾って褒めてもそつなく笑って『ありがとうございます』で済ませるから、エンの照れ顔というのは貴重だ。可愛すぎる。

頬が緩むのを隠しもせず嬉しそうに笑いながら、ロジャーはエンの手を握った。エンは緊張するときつく拳を握り締める癖があるようで、爪が食い込んだら大変だ。

やわやわと、マッサージでもするかのように握ってやると、少し緊張が解れたらしい。

それでも照れくさそうな顔の赤みは引いておらず、たまらない愛しさを感じながらロジャーは云う。

 

「照れるか?」

「照れるというか、その、ふ、船でこいうことするのは……ちょっと……」

「嫌か?」

 

悲しさと寂しさの入り混じった色を声に滲ませたロジャーに、エンはウッと声を詰まらせた。

嫌なわけではない。性欲は少ないほうだと自負しているが、好きな人と触れ合うのも、恥ずかしくても気持ちいことも決して嫌いなわけではないのだ。

前回は、防音のしっかりしているホテルの部屋だったからよかった。

しかし、今は一歩部屋の外に出れば仲間がいる船の中。

赤髪海賊団にいたころはそもそもの部屋が隣同士だったし、緊急時でなければ他の仲間が近寄ることがなかったのであまり気にしていなかったが、今は違う。割と近くにレイリーの部屋もあって、それなりに近くに人が通ることがあるのだ。

この状態で行為に及べるほど、エンの心臓は強くなかった。

 

「だ、だって、みんなに声とか、聞かれたら、ヤです……」

 

俯き、耳まで真っ赤にしたエンの告白。

なるほど、それを心配していたのか、とロジャーは得心がいった。

エンと気持ちが通じ合って以来、二人の触れ合いは格段に増えた。それこそ人前ではいつも通りだけれど、以前より隣にいることが増えたし、エンがロジャーの部屋を訪れることも増えた。

が、キス以上のことはしていない。

というかロジャーがそれ以上のことをしようとすると、エンがあれやこれやと理由を付けて逃げてしまうのだ。

もしや最初に抱いたときに何か嫌な思いをさせたのか、と不安になり、ほとんど同意なしで性急に事を進めたのだから嫌な記憶になっていてもおかしくないと気付いてしまい、へこんだ。

しかし、キスは許されているのだ。

むしろキスに関しては割とエンのほうが積極的だと云ってもいい。もちろん二人きりのときに限り、エンからロジャーにすることだってある。

だから、決して嫌がられているわけではないのだ。

それなのにキス以上は逃げられて、そろそろロジャーは限界だった。

身体目当てでは断じてないけれど、好きな女に触れたいと思うのは男として当然で、本能だ。

しかし、エンが何を懸念しているのか今はっきり分かった。

 

「聞こえなきゃいいのか」

「え!? まぁ、その」

「じゃあ大丈夫だ」

 

自信満々なロジャー曰く。

船長室と云うのは、当然ながらその船のトップである船長の部屋だ。そうなればもちろん敵にも狙われることも多く、もしものときは籠城出来るように他の部屋よりも頑丈に作られている。

それに、測量室や執務室では出来ないような内密の話をするのも船長室だ。つまり、防音も配慮した造りになっている。

ドアも窓も開けっぱなしにしていればそりゃあ話し声も筒抜けだけれど、きちんと閉めていれば人間離れしたよほどの聴力がない限り船長室での会話は外に聞こえない。

確かに、以前頼まれて船長室に酒を運んだ際、ノックをして部屋に入ったら酔ったギャバンが大声で歌っていて面食らったことがあった。ドアを開けるまで全く気付かなかったのは、そういうことだったのか、とこのときやっとエンは知った。

というわけで、船長室はかなりの防音対策がなされた部屋だということが分かったわけで。

 

「なる、ほど」

「あとな、おれだってお前の可愛い声を他のやつらに聞かせる趣味はねぇよ」

「そ、そうですか……」

「ドアは閉めた。窓も閉まってる。ほかに心配は?」

 

ロジャーは恭しくエンの手を取り、指、手のひら、手首、二の腕、とどんどんキスを落としていく。

触れるだけの優しく温かいキスは、けれど飢えた獣のように獰猛な熱を宿した視線と合わさるとどこまでも官能的だ。

肩、鎖骨、首、頬とどんどん唇に近付いてくるキスに早まる鼓動を抑えられないエンは、観念して息を吐き。

 

「……明日立てなくなるのは、困ります」

「善処する」

「あと、無言なのも嫌です。あのとき、ロジャーさん全然何も云ってくれないから……ちょっと怖かったんですからね」

「ぜ、善処する……」

 

それから嬉しそうに笑ったロジャーからの性急なキスは、甘いアルコールの香りがした。

 

 

 

 

 

4.『お願いがあるんです』

 

 

敵襲時、エンがすることは赤髪海賊団時代から変わらない。

即座に隠れてやり過ごす。それ一択だ。大混乱の戦闘中に出来ることなど邪魔以外ないのだから、さっさと隠れておとなしくしているのが一番だ。

ただし、現在は一人ではなくちびっ子二人も連れて行かなければならない。

ほとんどの場合は三人一緒にいるから問題ないのだが、この日はたまたま別々だった。エンはレイリーと事務仕事をしており、ちびっ子二人は甲板で遊ばせていたのだ。もちろん、仲間たちが見守っていたから二人だけではない。

エンたちの仕事も終わり、そろそろ甲板にちびっ子たちの様子を見に行くか、というタイミングで敵襲の知らせがあった。どうやら潜水艇で水中からすごいスピードで近付いてこられたらしく、見張りが気付くのが少し遅れてしまったようだ。

久しぶりに海軍以外が相手になるということで、ロジャー海賊団は楽しそうにしている。少し前に船の大々的な修理をした関係で懐も寂しくなっていたところだったし、ちょうどいいカモだと思っているのだろう。相手が誰だか知らないが、気の毒なことだ。

 

敵ながら同情しつつ、エンはちびっ子二人を回収するためにそっと甲板へ向かった。そもそもほとんど敵の侵入を許さないロジャー海賊団なのであまり心配はしていないが、一応敵襲中なので警戒するに越したことはない。

ちびっ子たちは船尾の静かなところで遊んでいるという話だったので、こそこそと目立たないよう隠れながらそちらに向かう。そうして船尾に置かれていた木箱の陰に隠れているちびっ子二人を発見し、ホッとして声をかけようとしたタイミングで二人もエンに気付いた。

敵襲が始まってすぐにここに隠れるように指示された二人は、ずっと心細かった。結果、迎えに来たエンの姿を見つけて安心したようで、思わずバギーは木箱の陰を飛び出してしまった。

アッと思ったときにはもう遅かった。

運悪く船尾からこっそり侵入していたらしい敵がバギーのことを見つけてしまったのだ。当然、子供は守るべき、などと一般的な道徳心など持たない男は、弱い存在である子供に対し剣を振り下ろすのに躊躇などしない。

 

「くたばれ、ガキ!!」

「ッバギー!!!」

 

咄嗟に手を伸ばし、バギーを抱き抱える。どうにか直撃は免れたけれど、身体を捻ってよけた拍子に太ももを剣が撫でてしまった。皮膚と肉の切れる感覚と、燃えるような熱さの次に襲う痛み。しまった、と思うが後悔よりも先にエンは自分のすべきことを判断した。

 

「――ロジャーさん!!」

 

叫ぶ。

ロジャーは、今回に限ってはエンが甲板にいると戦闘に参加しているレイリーから伝え聞いているだろう。おそらく、今頃ロジャーはエンを探している。

相手がガープや白ひげなどの強敵でない限り、ロジャーは無理に自分が前に出て戦おうとはしないのだ。その気になれば自分一人で全ての敵襲を退けられるけれど、それでは仲間たちが育たないし、秒で決着がついてしまってつまらない。仲間のことは大事だが、囲って守ってやりたい対象ではないので、それなりにスパルタである。

そしてエンの予想通り、ロジャーは近くまで来ていたらしい。混戦状態で視界が悪い中エンの姿を探していると、船尾のほうから自分を呼ぶ声がする。瞬時に飛んでいけば、敵海賊がエンに向かって剣を振り下ろすところだった。エンの腕の中にはバギーがおり、それではまともに動けまい。

滑り込むように両者の間に入り込み、エンへの凶刃を阻止する。息を飲んだエンが、ロジャーの背中を見て明らかにホッとしたのが分かった。

 

「エン、中に行ってろ」

「はい、ありがとうございます」

 

エンが怪我をしているのには気付いていたが、今は先に敵をぶちのめすほうが先だ。

足を引きずりながらちびっ子たちを船内に誘導するエンの姿を視界の端に入れながら、ロジャーはエンに怪我を負わせたであろう男の首を無造作に刎ねた。殺すくらいでは生ぬるいが、じっくり相手をするのも腹立たしい。

敵船に乗り込んでいたギャバンたちがあちらを制圧し、敵が降伏したのはその直後のことだった。

 

戦闘後処理はさくさくと進み、抜かりなく敵船から目ぼしいものは巻き上げた。皆殺しは趣味ではないので降伏した海賊たちは適当に痛めつけた後は逃がしてやったが、食料や金品をまるッと根こそぎ巻き上げたので干からびたり飢えたりしても知ったことではない。

船長を殺された上に無慈悲な仕打ちに絶望する海賊たちをさっさと追いやり、見事に勝利を収めたロジャー海賊団はさっそく祝杯を挙げていた。雑魚だったくせに酒だけはたんまりと良質のものをため込んでいたようで、飲んでしまおうということになったのだ。ちなみにロジャーが問答無用で首を刎ねたあの男が船長だったらしい。随分雑魚な男が船長をやっていたものだと逆に関心する。

とにかく、戦利品の分配は後回しにして、怪我人もほとんどいなかったので甲板では昼間から宴が開催されることになった。

しかし、ロジャーは乾杯の音頭だけ取ってあとはレイリーに任せ、すぐに船内に引き返した。向かうはもちろん医務室だ。

いつもだったら戦闘が終わればすぐに甲板に上がって片付けや簡単な治療を率先してやるはずのエンが、宴が始まっても来ていないということは、傷の治療をしているのだろう。隠し通せるレベルの怪我ではなかったから、おとなしく医務室に向かったはず。

案の定、途中船医とすれ違い、エンは医務室で待機中と知らされた。彼の足元にはシャンクスとバギーがおり、少し不安そうに船医とロジャーを見上げている。船医の話ではすぐに治療が出来たし、幸いそこまで深手ではなかったのできちんと安静にしておけば問題なく治るらしい。

さすがに今日の飲酒は許可できないし無理に歩くと長引く可能性があるから、今回の宴は不参加にするとエンから云い出したそうだ。ちびっ子たちはエンの傍から離れたくなさそうだったが、今エンの傍にいても出来ることは何もない。むしろ二人を気遣ってエンがゆっくり休めないので、ぐずる二人を船医が引っぺがして甲板に向かう途中だったという。

ロジャーは二人が怪我もなくいることを喜び頭を撫でてやり、自分がついているから大丈夫だと云って船医と一緒にちびっ子たちを甲板に向かわせた。

そうして、医務室のドアをノックして入る。今夜はここで過ごすらしく、エンは医務室に二台あるうちの奥のベッドに腰を下ろしていた。ロジャーの顔を見てすぐに申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「ロジャーさんすみません、ご迷惑を」

「迷惑じゃなくて心配したんだ」

 

こういうとき、すぐに謝るのはエンの数少ない欠点だとロジャーは思う。

エンが敵に襲われて怪我をしても、迷惑だなどと思うよりも先に心配するに決まっているのだ。しかも今回はバギーを守っての負傷だとわかっているのだから、感謝こそすれ迷惑に思うはずがないのに。それでも戦闘面で自分が役に立てないことを自覚しているエンが申し訳なく思うのは仕方ないが、謝らないでほしかった。

向かい合うようにもう一つのベッドのふちに腰掛けたロジャーは、痛々しく巻かれたエンの太ももの包帯を見た。きちんと治療をした船医の腕は信用しているが、綺麗なエンの身体に傷が残ったらどうしようと思う。

すると、ロジャーの視線に気付いたらしいエンは隠すようにシーツに足を隠しながら云った。

 

「ロジャーさん、お願いがあります」

「なんだ?」

「今後、こういうことがあったとして。もしも私が怪我したのと同じタイミングで、他の誰かが怪我した場合、私ではなく彼らの治療を優先してください。それが、どれだけ重症であっても」

 

エンの静かな声が耳に届く。

何を云っているのかはわかったのに、何が云いたいのかわからない。

ロジャーは眉間にしわを寄せた。

 

「……どういう意味だ」

「例えば私と誰かが全く同じような怪我を負って……病気でも同じですけど、治療に必要なものが一人分しか確保出来ない場合、私ではない人に使ってほしいということです」

「お前、それどういうことかわかってんのか」

「わかってます」

「おれにお前を見捨てろって云ってんだぞ」

「そうしてくださいとお願いしています」

 

船内で何か重大な問題が起きたとき、最終的な決定を下すのは船長だ。

二つ、あるいは複数の問題が発生してどれか一つないし複数を諦めなければならない場合、その取捨選択をするのが船長だ。

そんなことはわかっている。

エンは、自分は常に切り捨てる側に置くようにと、よりにもよってロジャーに直談判しているのだ。

呆れ果てた根性だと思う。

ため息を吐き、ロジャーは首を横に振る。

 

「却下だ」

「あと出しにしてすみません。今これをお約束していただけないなら、私は船を降ります。ご存じですよね、私にはそれが出来るってこと」

「あのなぁエン、お前、それを引き合いに出したらおれが折れると思ってんのか?」

「いいえ。だけどこうでも云わないとあなたは折れてくれないでしょう?」

 

つまりエンは譲る気はないということだ。

ロジャーが折れるかエンが去るか、二つに一つ。

自分のことは切り捨てろと云うくせに、自分にこの船に乗っていてほしいならば折れろという。

なんという矛盾で、なんという残酷さ。

 

エンの目は本気だ。

こんなことを冗談で云うような悪趣味がないことは知っているから、どうエンを説得するか考えていると、エンはベッドから降りようとした。深手ではないとはいえ、足を怪我しているのだ。当然うまく力が入らず、転びそうになる。咄嗟にロジャーが手を添えて転倒は防げたが、エンはそのまま顔を上げずに抱き着くように額をロジャーの胸に押し当てた。

くぐもった声で、云う。

 

「ロジャー海賊団のみんなに、代わりなんていないんですよ」

 

弱々しく、だけど意志の強い言葉だった。

まただ、とロジャーは腹の中に暗く重い澱のようなものが溜まるのを感じた。

 

まるで自分には代わりがいるとでも云うような。

まるで、自分はロジャー海賊団ではないのだという、遠回しな距離感。

 

エンはいつまで経っても自分をロジャー海賊団の一員とみなさない。

誰がどれだけ心を砕いても、どんなに楽しそうに過ごしていても、最後の一線は見えない境界線に阻まれている。

 

「お前にも代わりはいねぇよ」

 

ロジャーは知っていた。

眠れないからと云って時折夜を甲板で一人過ごすエンの横顔が、ここではない遠い場所を見ていることを。

それが、ロジャーですらも知りえない遠い遠い場所であることを。

 

ロジャーだけが知っている、エンの秘密。

エンがこの時代の人間ではないということ。

本来彼女が生きるべきだったのは現在よりもずっと先の未来であり、運命の悪戯で過去の飛ばされたエンは二度と元の時代に帰れなくなってしまったという事実。

大切な人がいただろう。

心残りもあっただろう。

けれど、帰れないものは帰れない。

絶望してもエンは立ち上がり、なんとかこの時代でも生きる決意をした。そんな強いエンが愛おしく、傍にいたいし守りたいとロジャーは思う。

 

最初はただの興味本位だった。

何故か自分たちの船を見上げていた、正体不明の女。

おまけに自分たちの名前も顔も知っていて、レイリーの甘い顔には一切靡かずそそくさと逃げる様子はどう見ても訳ありで。

気になって、レイリーと一緒に追いかけた。

少し話をしただけなのに、すっかり気に入ってしまった。

あとはもう、転がるように好きになるだけだった。

ちびっ子たちに向ける優しい顔も、仲間たちに向ける愛らしい笑顔も、拗ねた顔も、怒る顔も、泣いた顔も何もかもが愛おしくてたまらない。

 

ロジャーはエンを愛している。

他の誰かではもう駄目だ。

エンでなければ駄目なのだ。

代わりなんてどこにもいない。

どうしてそれを、他でもないエンだけがわかってくれないのだろう。

 

「お願い、ロジャーさん。私はロジャー海賊団のみんなが好きなんです」

「おれたちだってそうだ。お前が好きに決まってる」

「光栄です。だからこそ、お願いします」

 

みんなを好きだと云ったその口で、自分を見捨てろという、エン。

酷い女だ。

こんなに酷い女をロジャーは見たことがない。

ゆっくりと顔を上げたエンは、そっと手を伸ばす。悲しそうに歪められたロジャーの顔を愛おしそうに撫で、今にも泣き出しそうな顔でエンは云った。

 

「弱い私のせいであなたたちにもしものことがあったら、私は私を許せない」

 

戦える女だったらどんなによかっただろう。

だけどそれは願っても叶わない夢だった。

力はあっても簡単に行使出来ず、思うようには扱えない諸刃の剣。

抑止力にはなるかもしれないけれど、目の前の戦闘には何の意味も成さない力。

役に立てるなら、どうとでも使えるのに。

悔しい。

だけどそれ以上に、優しい彼らが、イレギュラーの存在である自分を守るために傷付くことに我慢できない。

そんなことになったら、死んでも償えない。

 

エンは、自分の存在は常にゼロだと思っている。

ロジャー海賊団に対して、自分はいてもいなくても同じ存在のゼロ。だから、もし不幸があっても何も問題はない。

けれど、自分のせいで誰かが死んだり大怪我をしたら、それは間違いなくマイナスだ。それがたとえ、誰であっても。

自分がロジャー海賊団にいることで、未来がどう変わるのか皆目見当もつかないけれど、自分以外の誰かを失うことだけは絶対に駄目だと思う。

それこそ、誰かの身代わりになって自分が死ぬほうが納得できる。なんなら、自分はそのためにこの時代にやってきたのだとすら思えるだろう。こんなこと、とてもじゃないがロジャーには云えないけれど。

 

小さなエンの手に自分の手を重ねながら、ロジャーは目を閉じた。

決断を迫られている。

傍にいるためにエンを見捨てる可能性のある未来と、見捨てないためにエンを手放す今。

本音を云えば、どちらも嫌だ。

何があってもエンを見捨てたくないし、ずっと傍にいてほしい。

けれどエンは、それを良しとはしないのだ。

ならば。

意を決し、目を開けて。ロジャーはゆっくりと、口を開く。

 

「おれたちは強い」

「はい。知っています」

「だから、どんなやつらにも負けねぇ」

「はい。そう思います」

「でも、絶対なんてこの世にはねぇから、もしかしたら危ないこともあるかもしれねぇ」

「はい」

 

エンはロジャーから一度も目を逸らさない。

逸らしたいのは、ロジャーのほうだった。

こんなまっすぐに見つめられて逃げ出したい気持ちになるだなんて、生まれて初めて知った。

けれど逃げてはいけないのだ。

ロジャーはぐっと歯を食いしばり、唸るように続けた。

 

「そんなことには、したくねぇけど」

「はい」

「……本当にそんな場面になったときは」

 

脳の奥がじくじくと痛む。

云いたくない。

だけど云わなければならない。

 

――ああ、まるでこれは、呪いの言葉。

 

「エン。お前の望む通りにしよう」

 

エンと他の仲間たちの命を天秤にかけ、エンを選ぶなと彼女は云う。それを当然に思えと、本気で云っている。

なんて残酷で、だけど現実的な願いだろう。

普段は優しく温かなエンだけれど、海賊としての生き方は誰よりもシビアだ。一瞬の迷いが命取りになるということを、よく知っている。

だからこそ、今のうちにロジャーに約束させているのだ。

いざというときには、間に合わないかもしれないから。

迷ってどちらも失うよりも、苦しくとも確実に一つは救えるように。

自分の命を軽んじているわけではない。

ただ、それ以上に優先すべき命が多すぎるというだけで。

 

「ごめんなさい、ロジャーさん。酷いお願いをしてしまって」

「本当にな。お前はおれを泣かせたいらしい」

「そんなことない。私、ロジャーさんにはずっとずっと笑っていてほしいのに」

「じゃあ、頼むからもう二度とこんな頼みはしないでくれ。さすがのおれも次は耐えられねぇかもしれねぇからな」

 

冗談めかして云ったけれど、これはロジャーの本心だった。次また同じようなことを云われたら、今度こそ感情的になってしまうだろう。今だって、相当理性を総動員してなんとか平静を装っているのだ。

本当は、馬鹿なことを云うなと怒鳴りたい。

お前がどれだけ自分に、自分たちにとって大切な存在になっているのかいい加減に自覚しろと云ってやりたい気持ちでいっぱいだ。

だけどそれをしてしまったら、エンは何も云わずに消えるのだろう。わかっているから、出来なかった。

太ももの怪我を労わりながら優しくエンを抱き締めて、ロジャーは云う。

 

「エンは怖くねぇのか」

「え?」

「もしものとき、自分が見捨てられて死ぬかもしれねぇってことがよ」

 

そこらの女よりもずっと肝が据わっているかもしれないけれど、エンは普通の女だ。人並に感情があり、生きている。

普通、生きていれば死ぬことは恐ろしいはずなのだ。

死が怖くないだなんてことを云うのは、よほどの馬鹿か間抜けだけ。

ロジャーたちだって、怖いとは云わずとも死にたいとは思っていない。

ごく自然な疑問だと思うが、エンはこの問いが予想外だったらしい。ロジャーの腕の中できょとんと眼を瞬いてから、困ったように笑う。

 

「そんなことよりも恐ろしいことがあるから」

 

エンは静かに続けた。

 

「自分の大切な人たちが大変なときに、自分には指をくわえて見ていることしか出来ないほうが、よっぽど私は恐ろしい」

 

そんなことがあったのか、とはロジャーは訊けなかった。

そんなことにはさせないと、代わりに自分に誓うことしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

5.『顔は全然タイプじゃないですね』

 

 

「ろ、ろ、ロジャーさん!!!」

 

珍しく大興奮した様子のエンの両脇にはそれぞれちびっ子たちが抱えられていた。最近めっきり身体が大きくなってきたちびっ子たちを、一人抱っこするのもしんどくなってきた、とつい先日話していたばかりなのに。

甲板で仲間の特訓に付き合っていた休憩中だったロジャーは、息を切らせてやってきたエンに目を丸くした。ロジャーだけでなく、近くにいたレイリーたちも驚いている。

そんな周囲の様子にはこれっぽちも気付かないエンは、二人をロジャーの前で降ろすと、目線を合わせるようにしゃがみ込んで云う。

 

「ね、シャンクス、バギー。もう一回さっきの云えるかな?」

「う?」

「私は誰でしょう?」

 

ニコニコと笑顔で自分を指さしたエンを見、ちびっ子たちはきょとんと眼を瞬いて、一度お互いに顔を見合わせた。

そうして。

 

「エン!」

「ぇぅ、エン!」

 

自信満々な様子でエンを指さし、そう大きな声で云ったのだ。ちょっとシャンクスのほうが怪しい感じはしたが、無事に云えた。

最近エンは少しずつちびっ子たちに自分の名前を教えていたが、まだまだ喃語が多い年ごろなのでうまくいっていなかった。言葉なんてすぐに覚えるものではないし、何よりまだ二人は赤ん坊だ。そのうち云えるようになるさと周りに云われつつ、それはわかっているがちょっと寂しそうにしていたから、よほど嬉しかったのだろう。

 

「ね!? すごいでしょう!? この子たち、私の名前呼べるんですよ!!」

 

御覧の通り、大興奮している。

なんなら出会ってからこっち、一番のはしゃぎようだ。

 

「はあぁぁぁぁんもう最高、賢い! さすがうちの子たち!! 世界一可愛い……」

 

でれっでれになって二人を抱きしめ頬にキスをするエンは完全に親バカの顔をしていた。

ちびっ子たちは何故エンがこんなに喜んでいるか理解できていないが、大好きなエンが嬉しそうなので自分たちも嬉しい。きょとんと顔を見合わせてから満面の笑みになってエンに抱き着く姿は、それはもう可愛らしかった。

 

その晩。

一日中ご機嫌のままエンがちびっ子たちと遊び倒したおかげで、いつもよりかなり早い時間に二人は電池切れを起こした。風呂に入ってすぐに眠くなってベッドに入って、ぐっすりだ。二人とも昼寝もするが夜にしっかり寝るタイプなようで、よほどのことがないと朝まで目を覚まさない。

久しぶりに読書か裁縫でもするか、と考えていたのだが、水を取りに食堂に行ったところでレイリーとギャバンと遭遇した。酒とつまみをくすねていた。

呆れつつも海賊の大酒飲みには慣れているので、ほどほどにしてくださいよ、と云って立ち去ろうとしたところ、ロジャーと飲むから暇ならエンも、と声をかけられたのだ。

まぁ、酒の席は嫌いではないし、読書も裁縫も絶対に今やりたいということでもない。それに仲間みんなで宴の機会はあっても、このメンツでゆっくりと飲んだことはなかったから、せっかくなのでエンはその誘いを受けることにした。

しかし勝手に食料を漁るのはエンのポリシーに反するため、ちゃんとコックに了承を取りに行った。素直に話しに行ったエンは全く怒られずたくさん酒もつまみももらえたが、勝手に持っていこうとしていたレイリーとギャバンだけはゲンコツを食らっていた。

そうしてでっかいたんこぶをこさえた二人とロジャーの待つ船長室に行くと、まさかエンも合流するとは思っていなかったらしいロジャーは喜んでエンを迎え入れた。

 

コックがエンのためにと渡してくれた酒は、寒さが厳しい北の海で有名な蒸留酒だった。

アルコール度数が高いから気を付けて、と注意されたが、まずはそのままストレートで乾杯すると、ガツンとしたアルコールが喉を刺激する。しかし直前までよく冷やされていたからかトロッとして口当たりが柔らかくまろやかで、するすると飲めて芳醇なうまみがあった。

これはうまい。が、飲みやすすぎて調子に乗るとよくない回り方をする気がする。おとなしく水割りにして改めて乾杯した。

 

ロジャーたちが飲むときに決まった話題はないが、この日の話題はやはり何と云ってもちびっ子たちの成長についてだった。

成長記録を付けているわけではないけれど、毎日ほとんどの時間を一緒に過ごしているエンだからこそ気付く変化などは多々ある。昨日まで出来なかったことがいきなり今日出来たり、意識して教えていないことを実は記憶していて驚かされたり、本当に日々の成長が楽しみなのだ。

とりわけ、今日の二人の成長にエンはご満悦だった。

実は少し前から人の名前は覚え始めていて、ロジャーのことは『じゃぁ』、レイリーのことは『れー』など、ちょっとずつ云えるようになっていた。が、エンの名前はどうも子供の口には云いにくいようで、なかなか読んでもらえずにいた。

それが、今日になってはっきりと『エン』と呼べたのだ。嬉しくないわけがない。

 

「エン、本当に嬉しそうだな」

「はい、そりゃもう。うちの子たちがどんどん可愛くなってくの、見ていて嬉しいし楽しいです」

 

レイリーの言葉に、エンはニコニコと答えた。

すでにロジャー海賊団でも酒豪の名をほしいままにしていたエンだったが、今日ばかりはほろ酔い気分になっている。いつもはどんな酒をどれほど飲んでもケロリとしているのに、気持ち頬も赤くなりふわふわとしているように身体を横に揺らしてご機嫌そうだ。

すっかりちびっ子二人の保護者なエンを、ロジャーはさらに嬉しそうに見ている。

 

「あいつらがしゃべるようになるのもいいけどよ、おれはエンが漸くおれたちの仲間って自覚してくれて嬉しいぜ」

 

エンはグラスを傾けながら、ロジャーの言葉に首を傾げる。

するとロジャーは、にんまりと笑ってエンの疑問に答えるように続けた。

 

「ちびどものこと、『うちの子』って云ったろ」

「……気にしてたんですか?」

「してた」

 

ロジャーに真顔で即答されて、ウッとエンは息を飲む。レイリーもギャバンもロジャーに同意するように頷いていることに気付き、エンはちょっと居心地悪くなってしまった。

 

「えーと、その。気を揉ませてしまってすみません?」

「疑問形」

「だって」

 

意識していなかったとは、云わない。

あくまでロジャー海賊団での自分は外様で、仲間と呼んでもらえても一線は画していた。それを彼らが気付きつつも言及しないでいてくれたのは、彼ら自身そう思う部分があるからだと思っていた。

が、どうやら違ったらしい。

 

「まぁ、実を云うとおれも割と気にしてた」

「レイリーさんも?」

「エンは前の船のやつらのこと、意識して名前を呼ばないようにしてただろ」

 

一回だけうっかり云ってたけど、というからかうような意地悪な笑顔からエンは目を泳がせる。あのときのことは今思い出しても恥ずかしいのだ。多分、すっかりロジャーは忘れているだろうけれど。

すっかりほろ酔いが覚めてきてしまったエンに、レイリーは肩を竦めながら続けた。

 

「だからそいつらの話をするときに『うちのなんとか』って云ってただろう。で、特に話題に出てきてた副船長。お前が『うちの副船長が』って話をするたびにちょっと複雑だったわけだ」

「えええ、す、すみませんでした……」

 

しかもエンの話の内容的に、どうやらその副船長とやらは女好きなあたりがレイリーと似ているらしく、時々本当に自分の話をされているのではないかと錯覚しそうになることがあった。が、『うちの』と頭につけるときは自分のことではないから、なんとも複雑な気持ちになっていた。しかしレイリーは決してそれをエンに覚らせることはなかったから、エンも今云われるまでそんな風に思わせていたことを知らずにいたのだ。

それなりに長い付き合いになるのに今更このことに気付くなんて、申し訳ないとエンは思う。

これ以上謝っても逆効果なような気がして誤魔化すようにグラスの中身を飲み干してから、実は常々感じていたことを口にしてみた。

 

「……ていうか、今更なんですけど、みなさん私のこと好きすぎません?」

「は? そりゃそうだろ」

「ほんと今更っつーか、え、何。自覚なかったわけ? うわーおれらの好意全スルーだったってことか。かなしー」

「いやいやいやそういうわけじゃなくて」

 

またもや風向きが悪い。

おかしい。

楽しいお酒の席になると思ったのに、今日は何を云っても自分が不利になりそうだ。とにかく弁解しなければ、とエンは慌てて口を開く。

 

「よくもまぁ、いくら可愛いからってこんなぽっと出の怪しさ満点女をそこまで無条件に受け入れられますよねってことです」

「だってお前、最初からおれたちのこと好きだっただろ」

「へ?」

「そうそう。言動の節々からそういう雰囲気が読み取れたし、何するにもキラキラした目で見られたら、多少怪しくても全部許せたっつーか」

 

あっさりと云われた言葉たちに、エンは心当たりがあった。

確かに、そうだ。

エンの生きていた時代ではほとんど伝説扱いのロジャー海賊団を目の前にして、エンは少なからず夢を見ていた。

何せ彼らは、前人未到の全ての海を制覇した海賊王たち。

現時点ではまだその立場にはないとはいえ、いずれそこに至ると知っている彼らを尊敬しないはずがない。何でもかんでもというわけではないけれど、自然と敬意をもって接していたし、風の噂でしか知らなかったことが目の前で起きたら妙に嬉しい。

しかも実際に接してみると彼らは非常に人間的で優しく、正体不明のエンのことも明るく受け入れてくれた。

そんなの、好きにならないわけがない。

いろいろと吹っ切れてからは彼らに対する好意を隠しているつもりはなかったけれど、最初からバレバレだったとは。

 

「照れてる」

「照れてるぞこいつ」

「照れるでしょ、そりゃ。駄目だもう私取り繕うのがうまいとか云うのやめます。バレバレだったのめちゃくちゃ恥ずかしい」

「ある意味取り繕うのはうまいだろ、悪いこと隠すのだけはマジでおれたちもわからんことあるし」

「あ、確かにそれは自信あるんですよねぇ」

「いらん自信をつけるな」

 

呆れ顔のレイリーに窘められ、ペロッとエンは舌を出す。

目に見える大怪我以外は赤髪海賊団時代だって隠し通せていた。最終的にホンゴウにバレてそこから芋づる式にみんなにバレて叱られることはあったけれど、少なくともリアルタイムでバレることはほとんどなかった。それだけはちょっとした自慢だ。

今後そんなことをしたらわかってるんだろうな、とレイリーとギャバンに笑顔で凄まれ、善処します、と目を泳がせたエンは、ニコニコしたまま自分たちの様子を見ていたロジャーを振り返った。

 

「それで、なんでロジャーさんは黙ってみてるんですか」

「いやぁ」

 

今日のロジャーは終始この様子だ。機嫌がいい時のほうが多い男ではあるけれど、ここまで露骨に上機嫌なのも珍しい。

しかしエンの問いに答える気はないようで、ロジャーはまたグラスを煽った。

もったいぶっているだけならばまだしも、しゃべらないと決めたことは梃子でもしゃべらないのは彼ら全員の知るところ。それ以上問い詰めても無意味だと悟り、エンたちは自分たちのグラスにも追加の酒を注いだ。

 

「ところでエン」

「はい?」

「前から一回訊いてみたかったんだけどよ」

 

さっきよりも気持ち濃いめの水割りを飲み、そう前置きしたギャバンは、ロジャーを指さして云った。

 

「船長のどこに惚れたんだ?」

 

丁度酒を飲みこむ瞬間だったらしいロジャーが面白いほどにむせた。変なところに入ったらしく苦しんでいるので、気の毒に思ってエンは優しく背中を撫でてやりながらギャバンの言葉に首を傾げる。どういう意味なのか。

 

「ほら、あるだろ、顔とか、性格とか、強いからとか、あとはまぁ、立場でも別にいいけど。エンが可愛いから船長が惚れたってのはわかるが、ある意味エンは男なんかより取り見取りのなかで船長を選んでるだろ。もちろんおれは二人がくっついて嬉しいから手放しで祝福するけど、きっかけは気になるなーと」

 

この質問に深い意味はない。素面だったら気になっても訊こうとは思わないが、今は酒の席だし、何より以前よりもエンと距離が縮まったという自負がある。せっかくなのでちょっと踏み込んだ話をしてみたい、という興味本位だった。

が、決しておちょくりたいわけでもなんでもない。

確かにロジャーは男前でモテて、街に立ち寄ればレイリーほどでなくとも女が群がってくるタイプだ。が、それは良くも悪くもロジャーが強い男であるから、そういう嗅覚にだけは優れた甘い蜜をすすりに来ただけの女も多くいた。純粋にロジャーに惚れて寄ってきていた女は、おそらく半分以下にはなるだろう。

エンが初めてオーロ・ジャクソン号に足を踏み入れたときは、ロジャーとレイリーに挟まれていた。

てっきりまたレイリーがナンパした女を連れ込んだのかと思ったが、どうも様子がおかしい。なぜかシャンクスとバギーの名前を知っていて、驚いたように二人を見て。途端レイリーが厳しい顔になり、ロジャーと話すために部屋に引っ込み、帰ってきたと思ったらちびっ子二人の臨時ベビーシッターに任命されていた。

突拍子もないことをするのはロジャーの常だったが、このときばかりはあまりにも説明が少なすぎたし、強引すぎた。いつもは呆れたようにしつつも結局ロジャーの云うことに異議を唱えないレイリーも頭を抱えていたし、ちびっ子たちを抱えたまま途方に暮れていた。

訳ありなのは、一目瞭然だった。

けれど、それでもエンはロジャーとレイリーが連れてきた女だ。ギャバンたちがエンを受け入れるにはそれだけで十分で、ちびっ子たちがすぐに懐いたのも大きい。ほとんど生まれたばかりで人の顔なんて覚えてないだろうに、あのちびっ子たちは特定の相手以外が触ろうものならギャン泣きをするのだ。

だからロジャー海賊団の中でも二人の世話をできる人間は限られており、それなのに初めて会うはずのエンは抱き上げても泣かず、それどころかすんなりと泣き止んで腕の中で眠る始末。ベビーシッターとしてこれ以上ない人物だった。

そこからすったもんだの末にロジャーがエンを船に乗せると決め、揉めに揉めたが最近になって落ち着くところに落ち着いた。

 

ロジャーがエンに惚れているということに気付くのは簡単で、エンもロジャーを憎からず思っているのも見て分かった。

どうやらエンは事情があってもともと乗っていた船には帰れなくなり、そこの船長だという『お頭』とやらと恋仲であることはエンの発言から察することは出来た。ロジャーの好意を素直に受け取れないのは、それが関係しているということも。

からかいながらも二人の行く末を見守っていたギャバンだからこそ、是非この機会にエンがロジャーをどう思っているのか聞いてみたかった。

するとエンは、うーんと考えながらグラスを傾け。

 

「顔は全然タイプじゃないですね」

「えっ」

「はっきり云った」

「だって顔だけで云ったら私、レイリーさんとかギャバンさんのほうがずっとタイプだし」

「待てなんだそれ初耳だ」

「あれ、ロジャーさんに云ったことありませんでしたっけ」

 

なんかお酒の席で云った気がしたけど、あ、それおじ様と話してたときかな、なんてケロッと云うエンに、訊いた張本人であるギャバンですらも目玉を落としそうになった。

レイリーはわかる。男から見ても男前の色男だ。だがギャバンはそこまでモテた記憶がない。そりゃあ女に不自由したことはないけれど、それはあくまで飲み屋の女たちに関してだけで、その辺を歩いていて黄色い声をかけられるようなことはほとんどなかった。

しかしエンは真面目な顔で人差し指立て、もっともらしく云った。

 

「レイリーさんはもう誰がどう見てもかっこいいでしょ。女の人相手には基本的に笑顔だし、丁寧だし、もうモテるのめちゃくちゃわかる。で、ギャバンさんは誰にでも刺さるってわけじゃないかもしれないけど十分整った顔だし、鷲鼻かっこいいですよね。私はそういうところ大好きだし、あと丸いサングラスの奥のちょっときつい目つきっていうギャップがとても素敵」

 

エンはこの手の話を冗談でするタイプではない。褒めるところは素直に褒めるし、ないならないとはっきり云う。ということはこれは、まぎれもなくエンの本心ということで。

褒められ慣れているレイリーはまだしも、はっきりと容姿を褒められる機会が少ないギャバンはまぁ照れた。普通に嬉しい。可愛いエンに実は『タイプ』だとか『かっこいい』だとか思われていたなんて、例えエンに恋心を抱いていなくたって嬉しい。ポンと肩を叩かれ、顔をそちらに向けるとレイリーがとても微笑ましそうな笑顔を向けていたことだけは死ぬほど腹が立つけれど。

 

「おれは?」

 

ここでズズイと手を上げ自分を指さし、ほっこりする三人に割り入ったのは当然ながらロジャーである。

顔はタイプじゃないと断じられた上に褒められもしないしコメントまったくなかった。

面白くない。仮にもエンの恋人は自分である。

むっつりといじけたように口をへの字にしているが、よく見るとその目は泣きそうだ。

天下のゴール・D・ロジャーを泣かせる女、エンは。

 

「ロジャーさんは……」

 

口元に手を当て、思考するようにエンはジッとロジャーを見つめた。

見つめられるなんて初めてではないのに、ロジャーの心臓は驚くほどに早鐘を打っている。人生でこんなに緊張したことはないんじゃないかと思う。

品定め、というと聞こえは悪いが、今エンはじっくりとロジャーを観察している。さきほどレイリーやギャバンにしたように、言葉を尽くして褒めようとしているのだろう。

沈黙、静寂、無言。

見つめ合う二人を眺めながら、レイリーとギャバンの酒は進んだ。グラスに入れてあった酒がすっかりなくなったので、二人とも手酌で追加した。

そうして、無限にも思える時間が過ぎたところで、そっと天使のように愛らしい笑顔を浮かべたエンがロジャーの肩に手を置いた。

 

「私が云うのもなんですけど、人の価値は顔じゃないと思うんですよ」

「暗におれの顔に価値はないって云ってんのか」

「えー、ネガティブ! そうじゃなくて、ただロジャーさんには顔以外にもいっぱいいいところあるよねって話です」

「例えば?」

「強い、優しい、実は結構気遣い屋さん」

「他には?」

「私のことを世界で一番好きでいてくれる」

 

にっこりと最高に可愛らしい笑顔でそう云い切ったエンである。

この女、ちょっと前まで自分はロジャーの隣に立つに値しないなんて考えていたはずなのに随分と自信を付けたものだ、とレイリーは感心した。

確かにこの時代に来てから心細さと不安故に自分を過小評価しがちで縮こまり気味だったエンだが、元来の性格は基本的に自己肯定感高めの自信家なのだ。いろいろ吹っ切れてロジャーの隣に立つと決めたからには、そんな自分がうじうじしているほうがロジャーの価値を下げるとわかっている。

可愛い上に頭が良くて愛嬌もあって、子供の世話も出来る上に海王類を従えている自分は、あのゴール・D・ロジャーに愛されているのだ。

もうこの世の何もかもがエンの敵ではない。怖いものなど何もなかった。

 

まさかエンがそんな風に云ってくれるとは思ってもみなかったロジャーはあんぐりと口を開けて固まっているし、レイリーはもうその状況が面白くて楽しくて仕方なくて笑いを堪えることもない。

遠慮なく爆笑しているレイリーの横で、ギャバンはしみじみと呟いた。

 

「あー、酒がうめぇ」

「また勝手に人を酒の肴にする……」

「だってお前らで飲む酒が一番うまいって気付いちまったんだもんよ。一生おれにうまい酒を飲ませてくれよな」

 

強い酒だったし、いつもよりギャバンは酔っているのかもしれないが、今の言葉はまぎれもない本心だった。

だってロジャーもエンも好きなのだ。その二人がやいのやいのと仲良くやっている姿を見て飲む酒がまずいわけがない。うまくてうまくてしょうがない。

出来れば一生そんな二人を見守って生きて、そして死にたい。

今はまだ自分が死ぬときのことなんて何も考えてはいないけれど、漠然とそう思ってしまえるくらいにはギャバンは二人を見ているのが好きだった。

妙にしんみりしてしまった空気の中、ギャバンを見、それからレイリー、ロジャーへと視線を移したエンは、照れくさそうに笑った。

 

「……私、恋愛面においてはめちゃくちゃ不器用なんです」

「だろうな」

「クッ……恋愛玄人が茶々を入れる……じゃなくて、だから、まぁ、正直浮気とか心変わりとか上手にできるタイプじゃなくてですね」

「されたら泣くぞ、おれは」

「そっくりそのままお返しします」

 

ごほん、と気を取り直すように咳払いをしたエンは、笑顔のままで云う。

 

「多分、私が生きてる限りはおいしいお酒を提供できると思うので、安心してくださいね」

 

その言葉に、どういう意味が含まれていたのかは定かではない。

あまり酒に酔わない性質のエンだけれど、もしかしたらこの日はいつもより飲んでいたから、それ故の発言だった可能性もある。

それでも。

 

エンは、この言葉を、生涯有言実行した。

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