超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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超絶賢くてウルトラ美少女で基本的に自己肯定感天元突破してる一般人が海賊王の嫁を目指すとんでも物語


未来の海賊女王は賢いので気付いてしまった

なにせ私は可愛いだけではなく賢くもあるので、気付いてしまったわけだ。

 

「エン!!」

 

ハッとしたときには、もう遅かった。

私めがけて振り下ろされていた剣をライムさんが弾き飛ばし、追うように反対から投げつけられたナイフが彼の腕を掠めていった。

その傷に怯むことはなく振り返ってライムさんが飛ばした雷撃は敵に直撃し、芋づる式に付近にいた敵も感電し、辺りの敵は一掃された。

あっという間の出来事だった。

心臓は早鐘を打っている。

何か云わなければと思うのに喉に石が詰まったみたいに声が出なくて、へたりこんだままただ喘ぐように短く息を繰り返していると、周囲を警戒しつつライムさんが私の前にしゃがんで目線を合わせて云った。

 

「エン、怪我ないか?」

「ッ、だい、じょうぶ」

「よかった。ほんじゃもうちょっと隠れててくれな」

 

そう笑ってまた戦いに戻って行ったライムさんの背中を黙って見送り、私は震える身体を叱咤して物陰に隠れた。

身体の震えが止まらない。

私は祈るように両手を組んで、額に押し付けた。

はやく終わって。

はやく、はやく。

寒くないのに歯が噛み合わなくて、怒号やら悲鳴やらが飛び交っているはずなのにそれももう聞こえない。

私はただ、すべてが終わるのを待つしか出来ないでいた。

 

ほどなくして、戦闘は終わったらしい。

聞き慣れた仲間たちの笑い声だけが聞こえるようになって、隠れて小さくなっていた私をモンスターが見つけてくれた。まだ完全には震えは止まっていなかったけれど、モンスターに気遣うように手を握られて、やっと少しホッとできた。

お礼を云って一緒に表に出ると、すでに敵は一人残らず追い返した後だった。甲板には奪い取ったお宝や食料が並んでいて、みんなわいわいと戦利品を吟味している。

ボンクさんに訊いたところ、今回の敵襲で怪我人はほとんど出なかったそうだ。ほんの数人うっかりな怪我をした程度で、すでに治療が必要なメンバーはホンゴウさんと一緒に医務室に向かったという。

私は急いで医務室に走った。

お宝の周りで騒いでいるお頭たちの近くに、ライムさんはいなかった。

つまり、医務室に向かったのだ。

頭の奥に鈍い痛みを感じながら医務室に飛び込むと、消毒用アルコールの匂いがツンと鼻につく。重傷者がいないというのは本当だったらしく、一応みんな元気そうに見えた。

私は、自分でも頬に絆創膏を貼ったまま怪我人の処置をしているホンゴウさんに声をかけた。

 

「ホンゴウさん、私も手伝う」

「ん、そうか? 助かるぜ。んじゃそっちの包帯ライムに巻いといてくれるか?」

 

云われた通り包帯を手に取り、すでに消毒等の治療は終わらせていたライムさんの傍に行く。すぐに私に気付いた彼は、明るく笑って腕を差し出した。

他にも擦り傷なんかはあったけれど、包帯を巻くほどのものは腕のこの怪我だけ。つまり、私を庇った傷だ。

丁寧に包帯を巻きながら、私はライムさんの顔を見られないまま云う。

 

「……ごめんなさい」

「気にすんな気にすんな。 この程度の怪我かすり傷だぜ!」

「でも……」

「お前がそんなへこんだ顔してる方がおれはやだなぁ。エンは笑ってるのが一番いいぞ?」

 

困ったように云うライムさんに余計な心配はさせられない。

私は出来る限り元気いっぱいの笑顔を浮かべ、お宝がなくならないうちに甲板に向かうというライムさんを見送った。

そのあとは医薬品の補充や整理を手伝って、ホンゴウさんのサポートをした。重傷者がいないとはいえ、治療となればそれなりに医務室はごちゃつくし、こうして少しずつ片付ければあとが楽になるから。

そうして最後の一人が医務室から出て行ったのを確認して一息ついたホンゴウさんは、今度はちょいちょいと私に手招きをした。当然私は怪我なんてしていないからなんだろうと思いつつ、丁度最後のゴミをまとめたところだったのでそれをドアの近くに置いてホンゴウさんの方に行く。

 

「なんか元気なさそうだけど、大丈夫か?」

「……んへへ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」

「ならいいけどよ……何かあったら相談しろよ」

 

ここはもういいから、と優しく云ってくれたホンゴウさんのお言葉に甘え医務室をあとにして、まだ慌ただしい船内を歩く。まだみんな甲板で騒いでいるんだろうけど、そこに行く気にはなれない。

幸い誰にも話しかけられずに自分の部屋に辿り着き、私はベッドにダイブした。

 

そう、私は可愛いだけじゃなく賢いから。

お頭に誘われてこの船に乗って約2か月という割と短い間に、気付いてしまったのだ。

 

――私は、この船の役立たずなのだ、と。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「なあ、エン」

「んー?」

「最近どうした? 元気がないみてぇだな」

 

あの敵襲から数日後、赤髪海賊団はとある春島に寄港していた。

いつも通り役割分担をして、今回は特に仕事のないメンバーは早速久しぶりの陸を楽しみに街に繰り出していく。

エンにとっては初めての島以外の陸地だ。ログと補給のためにこの島に立ち寄ることが決まった時から、エンはこの日を楽しみにしていた。

いくら初めての場所といっても、エンも小さな子供ではない。付き添いはいらないからと一人で船を下りていったのだが、なんとなくその背中が気になってベックマンはあとを追いかけた。

声をかけると最初は驚いたように目を見張っていたが、どこか納得したように笑ってベックマンと一緒に歩き出した。

繁華街を軽く一周し、休憩がてら軽食スタンドでサンドイッチとコーヒーを買って海岸沿いのベンチに座り、他愛ない話をしながらそれらを食べ終わったところで投げかけられたベックマンの問いに、エンは困ったように息を吐く。

 

「私ってさぁ、はちゃめちゃに可愛いじゃない?」

「そうだな」

「その上賢くて仕事も出来て、愛嬌もあって。まぁ料理が出来ないのもある意味魅力だし」

 

あ、これは心配する必要はなかったかもしれない、と真顔で話を聞きながらベックマンが内心では安心していると。

 

「でも、それだけなんだよね」

 

酷く、疲れたような声だった。

思わずベックマンはエンの顔を凝視した。

いつもは美少女最大の仕事だからと云ってニコニコ笑顔を絶やさないエンが、その笑顔を消して続ける。

 

「私は全然みんなの役には立たない。この前だってライムさんに庇われて、余計な怪我をさせた。私が、何も出来ないから」

「エン、それは」

「わかってるよ。戦闘員じゃないんだから仕方ないって云うんでしょ? でも、それはさ」

 

海に出たいと願っていた。

海賊になりたいと思っていた。

海賊女王なんてたいそうな夢を掲げた。

 

だというのに。

 

「海賊としての私には価値がないってことと同じなんだよ」

 

何もかもの見通しが甘すぎて、自分が嫌になる。

海がどれだけ厳しく、海賊がどれほど危険で、海賊女王だなんて軽々しく口にしていいものではないという簡単なことを知らないまま、差し出された手を安易に取ってしまった。

エンはあのときシャンクスの手を取ったことを後悔はしていない。

けれど、そこから先を見ようとしなかったのは自分の落ち度だと思う。

戦えないのならばせめて邪魔にならないようにするべきなのに、あの日はそれすら出来なかった。

 

「おれたちはお前に戦闘能力を求めたことはねぇぞ」

「知ってる。私も今さら鍛えたところでどうにかなるとは思ってないよ」

「なら」

「でも」

 

気遣いとも取れるベックマンの言葉を遮ったエンは、ベンチの上で三角座りをするように持ち上げた膝に顔を埋めて、呻くように吐き出した。

 

「自分の非力が原因で仲間を怪我させて、仕方ないとは思えない」

 

敵襲自体は初めてではなかったから、誰かが怪我をするのを見たのは初めてではない。

戦えないならせめて他のことをと思い、敵襲のあとの片付けだとか医療班の手伝いだとかはいつも積極的に手伝っていた。

もちろん大なり小なり怪我は痛ましいし気の毒だったけれど、そのときはただ純粋に心配なだけだった。

でも、先日は違う。

明らかに自分のせいで、ライムジュースが怪我をした。

 

掠っただけだったかもしれない。

雑魚だったからそのあと即倒したし問題ないと云われるかもしれない。

けれど、その雑魚相手に何も出来なかったのがエンで、その尻拭いをした結果がライムジュースの怪我だった。

そう思うと、恐ろしい。

軽傷で済んだからよかったものの、もしもっと大きな怪我だったら? その怪我が原因で感染症でも発症したら? あるいは、もしあのナイフに毒でも塗られていたら?

大丈夫だと、お前が無事でよかった誰もが云うけれど、エンは恐ろしくてたまらなかった。

いっそ、邪魔にならないところに隠れていろと怒られたほうが気が楽だった。

 

何日経ってもライムジュースが怪我をしたあの光景が目に焼き付いて離れない。

寝ても覚めても、自分に迫った剣と、自分を呼ぶ声と、直後のむせ返るような血の匂いが思い出される。

あの日から、まともに眠ることが出来なかった。

 

泣いているわけではないかもしれないが、膝に顔を埋めたまま肩を震わせるエンを見、ベックマンは吸い終わった煙草を靴底で踏みつけながらあっさりと云った。

 

「割り切れ。戦う術を持たないお前が狙われたらおれたちは絶対に助けるし、それで怪我をしてもこっちの落ち度だ」

 

仲間とはそういうものだと、ベックマンは云う。

適材適所だ。

戦えない代わりに、平時にエンに助けられていることは山ほどある。

細かい事務作業にしてもそうだし、いつも可愛らしく笑顔と愛嬌を振りまくエンに癒されている部分は誰しも多かれ少なかれある。ベックマン自身もそうだ。

そもそも、シャンクスが戦闘能力を期待してエンを船に乗せたわけではないのは最初からわかっていた。

だからエンが戦えなくたって責める気は毛頭ないし、守って当然だと思う。何せ自分たちは強く、エン一人を守るくらいの力なら有り余っているのだから。

けれどのろのろと顔を上げたエンは、泣き出しそうな顔で笑って云った。

 

「私は守られて当然だと思えってこと? それとも、私を守って誰かが怪我をすることをなんとも思うなってこと?」

 

それは酷く傲慢な考えだった。

助け合いが大事だという話をしているつもりだったのに、改めて言葉にするとあまりにも傲慢で自分勝手だ。

まさかそんなふうに切り返されるとは思わず、さしものベックマンも閉口する。

 

「あのなぁ、エン」

「ごめん、ベックさん。八つ当たり」

 

申し訳なさそうに舌を出したエンは、大きく息を吸ってから勢いよく立ち上がった。

ベックマンがそんなつもりで云ったわけではないことはエンもよくわかっている。彼は優しくて気遣いが出来る人だ。本心から、エンが自分を責める必要はないのだと云っていると、本当は理解している。

それでも云わずにはいられなかった。

 

「ちょっと頭冷やしてから戻るね」

 

今の状態で船に戻っても、きっとちゃんと笑えない。

可愛くて賢いしか取り柄がないのに、その最大の武器である笑顔すらまともに作れないのであればいよいよもって自分には価値がない。

ベックマンに思いを吐露したことで多少は気分が軽くなったから、もう少し自分の中でこの気持ちを消化できればいつも通りに取り繕えるだろう。

無能を自覚したのだから、最低限の義務くらいはしっかり果たさなければ。

 

またあとで、と云って背を向けたエンを、ベックマンは静かに呼び止めた。

無視して行かれたら無理強いするつもりはないが、エンはピタリと足を止めてベックマンの言葉を待った。

その潔さに呆れつつ、ベックマンは云う。

 

「なんでおれに話した?」

 

ここ数日、エンの様子がおかしいのは誰もが気付いていた。

面倒見のいいホンゴウが相談に乗ろうとしていたし、ヤソップだってそれとなく傍にいて様子を窺っていた。いくらでも誰にでも話す機会はあったのに、エンは薄っぺらいが可愛らしい笑顔でそれらを躱していたのだ。

ベックマンは自分が頼られるタイプである自覚はあるが、エンは特に自分に懐いているというわけではないことも知っている。もちろんエンはみんなを好きだと思う。が、懐き度で云えばきっとホンゴウやヤソップの方がずっと上なはずだ。これはいいとか悪いとかではなく、単純にタイプ一致の話である。

だから、どうしてこんな真面目で重い話を自分には零したのかがわからない。

すると肩越しに顔だけ振り返ったエンは、ひどく大人っぽい笑顔を浮かべて云った。

 

「ベックさんは女の子に優しいから、このことお頭に報告しないでくれるでしょ?」

「……話すなってことか」

「こんなことでうじうじしてるって思われたくないの」

 

そう云って手を振り、エンは街の方に姿を消した。

新しい煙草に火をつけながら、ベックマンは思う。

 

「……難儀な性格だな」

 

ただ可愛らしいだけなら、こんなことで悩まずに済んだだろうに。

なまじ賢いから、こうなる。

 

なんとなく、いつもの煙草がいつもより苦いような気がした。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

夜になってしまった。

昼間は街をうろうろしたり公園でぼんやりしたりしていたけど、さすがに夜までずっと公園にいたら不審者になってしまう。

一応財布は持ってきてよかった。今日はみんなも適当に街に出たり、居残り組は船で飲んでるだろうから、私もたまには一人で飲んで帰ろう。子供じゃないんだし、ちょっとくらい遅くなっても大丈夫だよね。

街をぶらぶらしていたときに見つけたいい感じの酒場に入って、あんまり食欲はなかったからカウンターの隅でカシスオレンジを飲みながらまた考える。

 

私はあの船で何が出来るだろうか。

もちろん、本当に自分が何も出来ない無能だとは思っていない。明らかに私が船に乗ったことで改善されたこともあるからだ。特に、ベックさんの仕事や他にも細かい仕事を引き受けて、みんなが生活も作業も効率よく出来るようにしている。

そして私はとても可愛いので、私の存在自体が癒しになっていることも確実だ。愛嬌にも自信があるし、男所帯の閉鎖空間にいながら可愛い子とおしゃべりできるというのは少なからずプラスだろう。

 

でも、それだけなのだ。

私は非力で、戦う術がなくて、だから敵襲中に狙われたら対抗することは出来ない。精々逃げ回ることくらいしか出来ず、だけど赤髪海賊団に喧嘩を吹っ掛けてくる海賊はそれなりに実力者であることが多いから、多少の時間稼ぎにしかならない。

つまり私は、戦闘においては役立たず以外の何物でもないのだ。

それを先日痛感して、海賊船の船員としての存在意義に疑問を感じてしまっている。

戦えないことは仕方がないと思う反面、やっぱり少しくらいは戦えないといけなのではないかとも思う。

 

ベックさんは割り切れなんて云ったけれど、そんなふうに割り切れたら苦労はしない。

可愛い私は存在しているだけでオッケーだと思えたならどれだけよかっただろう。

こんなことならもっと馬鹿でいたかった。

可愛さだけでなんとかなると盲目的に思えていたら、可愛い私は守られて然るべきだと思い込めていたら、きっとこんな風には悩まずに済んだだろうから。

でも、そうしたら私は今赤髪海賊団の船には乗っていなかったと思う。お頭ってああ見えて馬鹿な女は嫌いっぽいし。いや知らんけど。予想と偏見だけど。

 

はー、と思わずため息を吐いてしまって、慌てて背筋を伸ばす。

いかんいかん、美少女がこんな辛気臭い雰囲気なんて纏っちゃったら周りが放っておいてくれなくなる。今のところ視線は感じても声をかけられずに済んでいるのは、近寄るなオーラを全開にしているからだ。ため息なんて吐いたら、一気に隙になってしまう。

可愛いと迂闊に油断も出来ないのはちょっとしんどいところよね。

と改めて表情を改めたときだった。

 

「お姉さん可愛いね、一人?」

 

くそが。

しんみり考え事しながら飲んでるんだから邪魔するな。いくら私が可愛いからってタイミングってものがあるだろ。

ここは無視するに限る。

 

「ねー無視しないでよぉ。暇なら一緒に飲もうぜぇ」

「……一人で飲みたいので遠慮します」

「そんなこといわないでさぁ」

 

無理矢理隣の席に座ってきた男が、あろうことか私の肩に手をかけてきたので反射で叩き落としてしまった。あ、やっば。でも気色悪かったからつい。

普段船でみんなとわちゃわちゃやってるときは、誰と肩を組もうが誰に抱き着かれようが全然気にならないのに、やっぱこういう男のことは生理的に無理なんだろうな。今すぐ消えてほしい。

この手合いに無視は悪手だと判断し、私がそういう意味を込めた冷たい視線を返す。美少女の冷たい視線はときにナイフよりも鋭い切れ味を持つのだ。ナイフ。ああまたライムさんの怪我思い出しちゃった。自己嫌悪のマッチポンプやめたいです。

払われた手をしばらくの間ポカンと見つめていた男は、しかし次の瞬間顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「このォ!!」

 

しまった。

島ではこの手のうざダル絡みするタイプはいなかったし、たまに島に来る商船の船員がおイタをしてもすぐにとっちめられてたし、逆上する厄介系が世の中には存在することを失念していた。

普段だったら適当に受け流して近くにいる正義感溢れる系にお任せして逃げるのに、ついつい喧嘩腰な態度を取ってしまったのは失敗だった。

へこんでたところにこのナンパだったから、うっかりしてしまったのだ。

あーこれは殴られるやつかなぁとどこか他人事のように考えつつ、腫れたら私の美少女フェイスが台無しになっちゃうなぁなどとぼんやりしながら衝撃に備えていたのだけれど。

 

「おっと、悪いね。この子はおれと先約があるんだ」

 

衝撃は、なかった。

衝撃的では、あったけれど。

 

気付けば私はカウンター席から離されて、私と男の間には赤い髪に黒いマントを羽織った人がいた。

なんで。

 

「……お頭」

「エン、店変えようぜ」

 

振り返って云うや否や、お頭はバーテンにさっさとお代を払って私の手を引いて店を出た。店からは何やら聞くに堪えない怒号が飛んでいたが、まぁ二度と会うこともないので気にしなくていいだろう。

すっかり真っ暗になった外の空気は澄んでいて、大きく吸い込むと爽やかで気持ちが良い。

鼻歌交じりにご機嫌そうに歩くお頭は、少し街のはずれにあるこぢんまりした裏路地にある店に入った。ここに店があると知らなければ気付けないような小さな看板だ。

店に入ってからも手は離してくれず、半個室になっているような席に通されて、二人並んで座る。

 

「ここは良い酒があるって教えてもらったんだ。店の雰囲気もいいだろ?」

 

確かにちらっと見ただけでもカウンターには結構なレアもののお酒も置いてあったようだし、大衆居酒屋とはまた違うムーディーな感じは悪くない。いかにもデート向け、という雰囲気ではあるけれど。

注文を取りに来た店員さんにそれぞれの好みを伝えてお任せで、と頼むと、ほどなくしてお頭には西の海のエール酒、私には南の海で人気の甘いカクテルが運ばれてきた。ちなみに注文は全部お頭がした。でも、ぴったり私好みだった。

 

店員さんが去って二人きりになり、ひとまず乾杯する。口に運んだそれは、果物の爽やかな香りがしてとても飲みやすい。お頭も自分のお酒が気に入ったようで、やっぱり西の海の酒は最高だな、なんて云ってご機嫌だ。

それは結構。

で、お頭。

 

「どうして私があそこにいるってわかったの?」

「愛の力!」

「見張りつけてたんだ」

 

お頭は音のない口笛を吹きながら視線を明後日の方に向けた。図星らしい。

まぁ、気持ちはわかる。

私は初めて島以外の場所に降りるわけで、過保護なお頭が心配しないわけがないってことくらいは理解できる。危ないから誰かと一緒に行けなんならおれと一緒に行こうと云われたのを、一人でいいと突っぱねた後に拗ねた顔をしていたし、何か他の手を打っているんだろうなとも思っていた。

だから、その点については何とも思っていない。

 

「嫌になったか?」

 

グラスを置いて申し訳なさそうに私を見るお頭に、首を横に振る。

 

「こんなことで嫌にならないよ」

「じゃあ何を悩んでる?」

 

どうやら、全部お見通しらしい。

静かに問うお頭は、強制的に吐かせようとはしていないと思う。

先に船に戻ったベックさんはきっと私の意を酌んでお頭には話していないだろうけど、そもそもここ数日私は普段より大人しかったから、意外と人をよく見ているこの人が何も気付かないわけはなかったのだ。

私はグラスに残っていたカクテルを情緒の欠片もなく一気飲みし、これはお酒の勢いのせいだと自分に言い訳をしながら云った。

 

「最初は、軽い気持ちだったの。赤髪海賊団が合わないと思ったら、適当な島で下ろしてもらって他の船を探せばいいやって思ってた」

 

あの日、お頭の手を取って島から出た日。

私はとにかく島から出たい気持ちでいっぱいだった。

最低なことを云えば、私を島から連れ出してくれる人なら誰でもよかったのだ。ついでに、海賊女王になるなんて云っていた手前、海賊で人が良さそうならありがたいって思っていた。

そんなの天文学的数字並に低い確率だから、多分心のどこかで私は諦めてもいたのだろう。

 

だけどあの日、海賊は現れた。

赤い髪を靡かせて、大きな船と一緒に私の目の前に現れてしまった。

幸いなことにお頭は第一印象も悪くなかったし、話していても悪い人だとは思えなかった。

そんな人に一緒に来るかと誘われたのは、まさに渡りに船だった。

私は迷わずその手を取って、念願だった海に出た。

海は広くて大きくて、私は漸く自由への第一歩を踏み出せたんだと思うと嬉しかった。

 

反面、知らない人たちとの共同生活がどんなものかなんて想像もつかなくて。

会って早々に宴会になってたくさんの人と話した感じは、やっぱり悪い人たちじゃなさそうという印象。島には何もなさすぎて海賊も寄り付かなかったから、新聞や本の中での海賊しか知らなかった私は、本当にこの人たちは海賊なのかと疑ってしまったほどだ。

気さくで優しくて面白くて明るくて、バカみたいなことを云うくせに割と知的。

それでも船の上という限定的な空間で一緒に過ごす以上、どこかで合わないと思うことも多々あるに違いないと。

そうなったら、変にこじれる前に適当な島で下ろしてもらおうと。

一度海に出てしまえば、あとはどうにでもできるだろうと。

そう、思っていた。

 

「でもみんなは私に優しくて、あなたの船は、……楽しくて。ずっとここにいたいと、思ってしまった」

「いればいい。誰もエンに船を下りてほしいなんて思ってねぇさ」

 

ありがとう、と小さく笑ってから、私は続けた。

 

「でも、だから、……怖い」

 

自分の口から出たとは思えないくらい、弱弱しい声に自分自身で驚いた。

 

「私はとても、弱いから」

 

あれ、泣きそう。

自分で云って自分でへこんで泣いてたら世話はない。

涙が零れないように両手で顔を押さえながら、それでも云わなければ。

今云えなかったら、きっとずっと云えないから。

 

「みんながとても、優しいから」

 

船での生活は知らないことがたくさんあった。

誰も彼も、親切に何でも教えてくれた。

 

「みんなのことが、好きだから」

 

嫌なことを云う人は一人もいなかった。

新人の私を優しく見守ってくれる人ばかりで、仕事や生活で役割を与えてくれた。

合わなければ降りればいいなんて、赤髪海賊団を乗り継ぎ程度に考えていた最低な私は、気付けばこの船が大好きになっていて。

だから、今の自分があまりにも情けなくて。

 

「みんなを置いていくのが、怖い」

 

お頭が息を飲むのがわかった。

今、私は酷い顔をしていると思う。

本当ならば、美少女のお仕事としてこんな顔を見せるわけにはいかない。

でも、でも、これは――ちゃんとお頭の顔を見て、云わなければと、思って。

どうか涙が零れませんようにと願いつつ、私は引っ付いたように締まる喉をこじ開けて、吐き出すように云う。

 

「弱い私は、何かあったら真っ先に死ぬわ。そうしたら、ほんのちょっとでも、みんなの心に傷を作ってしまう」

 

ここが私の限界だった。

堪えきれなくなった涙がぼろりと溢れて、頬に滑り落ちた。

お頭の目が見開かれて、けれど私の視界はどんどんぼやけて何も見えなくなる。

 

ライムさんが怪我したとき、怖かった。

彼を怪我させたこともそうだけれど、それ以上に、無力な自分はこの世界であまりにも容易く死ねるものだと痛感してしまったから。

ライムさんが助けてくれなければ私は間違いなく死んでいた。

私は弱いから、死に方を選べない。

どんな理不尽や不条理にも抗えず、きっとあっさり私は死んでしまえる存在だ。

 

みんなは、強いのだと思う。

少なくとも私の目には、みんなはとても強い人たちに映る。

実際どんな敵襲だって大した被害を出さずに片付けているし、無駄な略奪も殺しもしない。余裕があるのだと、そう思う。

だからこそ、そこに私のような弱者が紛れ込んでいる事実があまりにも恐ろしい。

 

「私、強くなりたい」

 

戦う力はないかもしれないけれど。

出来ることは限られているかもしれないけれど。

 

それでも、私もこの赤髪海賊団の一員なのだと、いつか胸を張って云えるようになりたい。

 

きっと、これから先も私は守られる存在ではあるのだろう。

そこはベックさんの云う通りある程度割り切らなければならないところだ。難しいけれど、自分の心に折り合いをつけるしかない。

ならばせめて、守られるに値する存在になりたいと強く願う。

 

すぐには見つけられないかもしれない。

もしかしたら、死ぬまで見つからないかもしれない。

でも、そう願うことだけは、やめたくない。

 

「――そうか」

 

肩に触れたお頭の手に引き寄せられて、私は簡単にお頭の胸に傾いた。

涙は相変わらず止まってくれないのに、強い腕と鼓動、安心させるようにぎゅうと抱きしめられて少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

突っぱねる気にはなれなかった。

小さな子供をあやすようなお頭の優しさは、私の心を穏やかにしてくれた。

 

少し冷静になると恥ずかしい。

本当に小さな子供じゃあるまいし、云いたいこと云って泣いて抱きしめられて慰められて。情けない。

でもどうしようもないじゃん、まだ涙止まんないんだもん。

これでお頭が『そんなくだらないことで泣くな』って笑い飛ばしでもしてたら違ったんだろうけど、全然茶化さないで話聞いてくれるんだもん。

調子狂っちゃう。

 

とはいえ悩み事を全部吐き出して思い切って泣いたので、そろそろ涙は止まりそうだ。

もう大丈夫だよ、ありがとう、と顔を上げようとしたそのタイミングで、エン、とお頭は私の名前を呼んだ。

 

「待ってるぞ」

 

耳に響く優しい声音に、ああ、今お頭の顔が見えなくてよかった、と思った。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

エンとシャンクスが船に戻ると、甲板ではいつものメンバーが二人を待ち構えていた。ここ数日様子のおかしかったエンを心配していたし、シャンクスが弱ったエンに付け込んで何かしていないかも心配だった。

常時のエンが陥落したというのならまだしも、今のエンは駄目だ。弱味に付け込んで女を落とすのはまぁ自分たちもやる手段だけれど、相手がエンとなれば話は別である。シャンクスのことはお頭として尊敬しているし大切だが、それとこれとは話が違う。

しかし楽し気に談笑しながら歩いてくる二人の様子からして、そういう雰囲気ではなさそうだ。ちゃんとお頭がお頭として仕事をしたらしい。一先ず、そのことに全員がホッとした。エンの少し目元が赤いような気がするが、そこを指摘するほど彼らは野暮ではなかった。

 

待ち構えていたメンバーの中には当然にはライムジュースもいて、彼の姿を見つけたエンはハッとしたように駆け寄ってギュッと抱き着いた。

これには全員がギョッとする。

何より抱き着かれた本人が一番動揺していて、やり場のない手を右往左往させている。これでも陸に上がれば寄ってくる女はより取り見取りで、それなりに遊んでいるプレイボーイとはとてもじゃないが思えない。まぁ、ベックマンほどのプレイボーイではないかもしれないが。

えっあっ何っと情けない声をあげたライムジュースを羨ましそうな目で睨んだシャンクスは、しかしエンの気持ちがわかるので何も云わない。代わりに、助けもしない。男のヤキモチである。

しばらくぎゅうぎゅうと抱き着いていたエンは、満足したのかパッと離れてライムジュースを見上げて云った。

 

「本当にごめんね、ライムさん」

 

エンの視線で何についての謝罪かすぐに気付き、ライムジュースは表情を和らげる。

彼女が明らかに落ち込んでいる様子を見せたのは、エンを庇って怪我をしたあのときからだ。てっきり、狙われたのがショックで怖かっただけだろうと思っていたのだが、どうも違う。いつまで経っても空元気のままだから心配していた。

まさか、自分の怪我のほうが原因だったとは。

 

「お前、まだ気にしてたのか? あんな怪我、とっくに治りきってるってのに」

「それでも。ごめんなさい」

 

エンはいつも明るく、ポジティブだ。

時にはそのポジティブさと自己肯定感の高さにゾッとすることもあったけれど、今はそれすらもエンの魅力なのだと分かっている。

正直なところ、エンという少女を見くびっていた。

可愛くて賢いだけで、それを免罪符に何もかもを許されると勘違いしているに違いないと思っていた。

本当は、こんなにも優しい子だったのに。

あの時エンを庇ったことは正しいことだし当たり前のことだし、怪我はちょっとした不注意で、断じてエンのせいではない。あの程度の怪我、海賊を長くやっていればよくあることだ。

けれどそれを良しとしないのがエンだった。

馬鹿な子だと思う。

ごめんね、ありがとう、次は気を付けるね、それだけで済ませてしまえばいいものを、とことん気にして悔いてしまう。

 

なんて馬鹿で、――なんて可愛い子なのだろう。

 

「お前が無事ならそれでいいんだよ」

 

笑って優しくぽんぽんと頭を撫でられて、エンはまた一気に目頭が熱くなった。

謝罪の言葉を云っても彼らには許されるとわかっていても、実際にすんなりと許されてしまうと困る。しかも今は一度大泣きして涙腺が緩んでいるから、油断するとすぐに泣いてしまう。美少女の涙は大きな武器なのに、大盤振る舞いしてしまいそうだ。

じわりと涙が浮かんだのを慌てて両手で抑え込み、大きく息を吸う。

そうして、叫んだ。

 

「私!!」

 

突然の咆哮のような大声に、思わずその場にいた全員が固まった。

普段から多少突飛で予想がつかない行動をしがちなエンではあるが、こんな風に急に叫んだことはない。

何事かと驚く一同に、エンは再度大きく深呼吸をしてから一気に云った。

 

「世界が嫉妬するほど可愛いので、この可愛さを武器にしつつ、絶対みんなの役に立つ何かを手に入れる!! そんで、可愛くて賢いだけじゃない私になる!!!」

 

あれ、こいつもしかしていつも通りか?

ホッとしたような呆れたような、ちょっとだけ複雑な気持ちになりながらも確実に安心したメンバーである。少しだけ疲れて心が弱っていたようだけれど、こんなことが云えるならきっと大丈夫だ。

まぁでもエンはこうでなくちゃ、と思うので気を取り直して宴会を再開しようとしたが、ここでエンが勢いよく振り返った先にいたのはヤソップだった。思いっきり目が合って、へ、と間抜けな声が出る。

 

「ってことでヤソップさん、私に修行つけて」

「お、おれぇ!?」

「私の勘って、見聞色の覇気に近いんでしょ? なんかこう、いい感じに鍛えてよ」

「随分ふんわりした注文だな……! いやまぁ、お前の心意気は買うし考えてみるけども」

「よろしく師匠!!」

「師匠!? へ、へへっ、んだよもー、しゃーねぇな~!」

 

ちょろい男である。

頼られて悪い気はしないのか、でれでれと嬉しそうに相好を崩すヤソップに一同は冷たい視線を向けた。別にエンに頼られてズルいとか思ってはいない。自分だって覇気は使えるのにとかは思っていない。特にシャンクスは自他ともに認める覇気使いなので、なんでさっきおれに云わなかったんだとかは全然思っていない。

今後のヤソップが可哀そうなことになるのは確実になったところで、気合を入れるようにグッと拳を握ったエンが今度はシャンクスを振り返った。

 

「お頭」

「はいっ!?」

 

急に呼ばれたシャンクスが思わず背筋を伸ばすと、エンはまっすぐにシャンクスを見てはっきりと云った。

 

「唯一無二の私になるから、待っててね」

 

強い瞳だった。

美しい瞳だった。

 

一足先にエンの決意を聞いていたはずなのに、このときシャンクスは心臓を掴まれたような気持ちになって息が出来なかった。

 

「ってことで今日はお先に休みます。いっぱい考えたからもう疲れちゃった」

 

大きな欠伸をしながら、それじゃおやすみ~、とエンは自分の部屋に戻って行く。

人の気も、知らないで。

 

その場に置いてきぼりにされたおっさんたちは、ただただぽかんと口を開けてエンの背中を見送るしか出来ない。

そしてちらりと、我らが船長に視線を送る。

御年30になる立派な成人男性が、18歳の少女の言葉に真っ赤になっているという事実に、遅い春を祝福すべきか、もっと年齢を考えろと諭すべきか、悩むところだ。

 

「もうとっくに唯一無二だって云ってやらなくていいのか?」

「……今云っても突っぱねられるだけだろ」

 

堪えきれず笑いを漏らしながら云ったベックマンに、まだ顔の赤いシャンクスはぶすくれながら云う。確かにその通りだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

エンが『唯一無二』を探すと宣言してからしばらくしたある日、ベックマンの仕事部屋で手伝いをしていたエンが、ひらりと落ちた一枚の書類を目に留めた。

はて。

 

「ねーベックさん、古代兵器ポセって何?」

「……何?」

「あれ、これ途中で切れてるのか。続きってある? なんか気になっちゃって」

 

思わずペンを取り落としそうになったベックマンだった。

彼の部屋にはありとあらゆる書類が存在していて、正直なところ全然整理整頓が出来ていない。おかげで必要な書類が見つからなくて数時間探し物に時間を割くことが、大変遺憾ながらままある。

エンが船に乗って初めてこの部屋を見たときは絶句した。身だしなみもきちんとしていて真面目そうに見えるベックマンの仕事部屋がとんでもないほどごちゃついていたことがちょっとショックだったのだ。

エンも島では歴史学者として働いていたため、山ほどの書類や書籍に囲まれていたから、まぁ気持ちはわからないでもない。書類というのはあっという間に溜まるし、気付いたら本物の山になっている。

が、これはない。

案の定必要な書類探しがちょっとした宝探し状態で、まずエンが始めたのは部屋の床を見えるようにすることだった。もちろんベックマンに指示を仰ぎ、許可を取りながら地道に片付けをした。本棚も仕入れてわかりやすく並べ直し、収まりきれない分はガラクタ置き場になっていた倉庫を一掃してそこに運び込んだ。

おかげでそれなりに整った仕事部屋にはなったものの、書類は日に日に増えていくからエンの片付け生活は終わらない。ある意味これもエンにしか出来ない立派な仕事だった。

今日も頼まれた資料を引っ張り出した拍子に件の書類が落ちてきて、たまたま目に留まったので確認のためにサッと目を通した程度だったのだが。

 

「まて。エン、お前、これが読めるのか?」

 

差し出された書類を見、愕然としたベックマンの様子には気付かず、エンはあっさりと頷いた。

 

「読めるよ~」

 

次の瞬間、一瞬で部屋を出て行った彼は、数秒後にはシャンクスを連れて戻ってきた。

何の説明もしないまま問答無用で連れてきたので、片手に酒瓶を持ったままのシャンクスは頭にハテナを浮かべているし、エンも突然のベックマンの奇行に首を傾げるばかりである。

するとベックマンはエンが持っていた一枚の紙を渡すように云い、それをシャンクスにも見せる。

途端、シャンクスの表情が厳しいものになったので、あれ、とエンは姿勢を正した。

この感覚には覚えがある。

前に空からダイアルが落ちてきたときにみんなから集まったあの視線。

どうやらまた自分は何かをしでかしたらしいと察し、エンはちょっと居心地が悪くなってしまった。

 

エンが読んだ書類の一部。

それは、『歴史の本文』の写しだった。

 

「エン、もう一度訊くぞ。この字が読めるんだな?」

「う、うん、読めるよ」

「じゃあここからここまで読んでみてくれ」

 

戸惑いながらも云われた通りに読み上げる。

内容はよく理解できないが、エンはその一件ミミズがのったくったような字の羅列を読むことが出来た。

どうやらそれはほんの一部の切り抜きのようで繋がらない内容ではあったものの、すでにその内容をとある情報筋から知っていた二人は、エンが適当に読んでいるわけではないとわかった。

エンは、古代文字が読めるのだ。

 

「……すごいぞ、エン」

「え?」

「すごいすごい、お前ほんっとすごいぞー!!」

 

感心したように云うベックマンと、大はしゃぎなシャンクスに、エンはきょとんとするしかない。とりあえず悪いことではなかったようでホッとしたが、そんなに手放しで称賛されることだとも思えなかった。だって、ただ文字を読んだだけなのに。

しかしベックマン曰くどうやらその文字というのが重要で、【ひとつなぎの大秘宝】に辿り着くためにはこれが読めなくては話にならないらしい。

『歴史の本文』を集めても、読めなくては先に進めない。

遠い昔に失われた古代文字なので、解読だけでも大仕事になる。

けれどエンはその古代文字が読めるから、今後は解読の心配をしなくていいことになる。

海賊王を目指す者にとって、それはとてつもなく大きな力と云えるだろう。

だからお前はすごいんだ、最高だずっとここにいてくれ、とエンを抱き上げてくるくると回りながら繰り返したシャンクスに、少し考えてからエンはコテンと首を傾げた。

 

「それって私の能力が目当てってこと?」

「えっ!? い、いやそういうことじゃ……」

 

違う違うそうじゃない、と青い顔でしどろもどろになったシャンクスは見えていなかったが、しっかりエンの今の表情が見えていたベックマンは呆れた顔で云った。

 

「……エン、なんで嬉しそうなんだ」

「えー。だってぇ」

 

そう、何故かエンはご満悦そうに笑っていたのだ。

にんまり。

とてもじゃないが、美少女としてはよろしくないタイプのふにゃけただらしない笑みだ。

普段から美少女の義務として心掛けている種類とは全く別の笑顔、けれど心の底から嬉しさが溢れる笑顔だった。

そしてベックマンの問いに、床に下ろされてたエンはにやける頬を両手で抑えながら答える。

 

「これで私も赤髪海賊団の『唯一無二』になれたってことでしょ?」

 

それがたまらなく嬉しいのだと、エンは云う。

相も変わらず戦う力はないけれど、どうやら『歴史の本文』とやらは簡単には読めない代物で、それを自分が読むことが出来るということは、【ひとつなぎの大秘宝】を目指す赤髪海賊団にとってはなくてはならない能力だ。

つまり、この船でエンにしか出来ないことがある。

エンがずっと欲しかった、自分だけの能力。

 

これを喜ばずに、一体何を喜べというのだろう!

 

可愛い笑顔を惜しみなく提供したり、見聞色の覇気を鍛えたり、他にもいろいろとエンは努力したけれど、やっぱりどれも決定的ではなかった。

もう十分だとみんなはエンを褒める。献身的に努力するエンの姿は甲斐甲斐しくて、普段の太々しさからは想像も出来ないほどに赤髪海賊団を想ってくれているのがよくわかるから。

 

彼らがエンを仲間として認めてくれていることはエンだってとっくの昔にわかっている。

でもだからこそ、そんな彼らに報いるために『唯一無二』になりたかった。

自分も赤髪海賊団の一員なのだと胸を張って云える能力が欲しかった。

それがようやく手に入ったのだ。

嬉しくてしょうがないに決まっている。

 

そう云ったエンの言葉にベックマンは目を見開き。

シャンクスは呆気に取られてから、こみ上げてきた感情のまま思いっきり叫んだ。

 

「エン、結婚しよう!!」

「お頭が海賊王になったらね~」

「今のはオッケーしてくれる流れだろ!?」

 

ひでぇよ、と嘆くシャンクスに、エンは世界で一番可愛らしい顔で笑ったのだった。

 

「だったら、はやく私を海賊女王にしてね!」




古代文字云々はあとからネタ零しします。
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