超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

20 / 30
可愛すぎて時空すら超越した美少女のタイムトラベルの話、死ぬまで元の時代に戻れないVer.今度こそ本当に最後まで。
まだまだ書きたい話はあるけどキリがなくなる+シャンクスの話だってもっともっと書きたいので一旦区切りです。好き勝手にちょこちょこ書いて、ここじゃないところでぼちぼち公開するかも。

そんなつもりで付けた名前じゃなかったけど、なんだかうまい具合に繋がって自分でもびっくりしてます。こじつけって云われたらそれまでだけど!(笑)

というわけで時間旅行編これにて終了です、お付き合いありがとうございました。
(R-18部分だけ抜粋して別途アップします。そっちはシリーズ一覧に加えません)


未来の海賊女王の時間旅行・さよならのとき

そういえば、私がこの時代にやってきたときも、ちょうど今と同じように綺麗な朝焼けが見えたことを思い出す。涙が出そうになったのは、眩しさ故か、年を重ねたせいか。

 

「身体が冷えるよ」

「はい、先生。でも少しだけ」

 

海が見える病室で、毎朝こうして朝焼けを見るのが私の日課になっていた。

幸いなことに見た目に大きな変化はないけれど、もう満足に一人で歩くことは出来ないし、よしんば外出できてもすぐに眩暈と頭痛とでまともに動けなくなってしまう。

私の身体は、不治の病に侵されていた。

そう。

 

――ロジャーさんが罹るはずだった、不治の病に。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

自分の身体の異変を感じたのは一年ほど前のことだ。

もともとの小食以上に食が細くなり、不眠症が酷くなった。それだけならばどうにかして誤魔化していただろうけど、少し咳が止まらなくなりそのままロジャーさんの前で吐血してはもう誤魔化せない。

顔を青くしたロジャーさんに医務室に担ぎ込まれ、慎重な診察を受けて、船医が私に下した診断は『不治の病』。世界的に数も少なく、故に研究もほとんど進んでおらず、治療方法も確立できていない難しい病で、少なくとも彼が知る上では致死率100%の病に、私は罹患しているとのことだ。

私はその話を、どこか他人事のように聞いていた。

そうして、すとんと納得できた。

 

私はきっと、このためにこの時代に来たに違いない、と。

 

私が知っている通り、今のうちの船医にこの病を治すことは出来ないらしい。

非常に苦しそうな表情でそう告げられて、むしろこちらが申し訳ない気持ちになった。力不足ですまない、と彼は云ったけれど、今から数十年先の未来でも治療法のない病なのだ。決して彼の力不足のせいではない。

そこで私は、双子岬にいるクロッカスさんを訪ねてみることを提案してみた。彼は唯一この病の痛みを和らげる方法を知っている優秀な医師で、本来なら数年後にロジャー海賊団の船医を二年ほど務めることになる隠れた実力者。もちろん、未来で彼がその事実を触れ回ることはなかったので知る人ぞ知る、だけれど。

船医が席を外した医務室で、ロジャーさんは項垂れた。

 

「どうしてお前が」

「運がなかったとか?」

「これを運なんかで片付けるな」

「ごめんなさい。でも」

 

でも。

その続きは、云うのはやめた。

だってロジャーさんが本当に泣きそうに悲しそうな顔をしていたから。

冗談でも『罹ったのが他の誰かじゃなくてよかった』なんて云ったら、きっとこの人は泣いてしまうと思ったから。

悔しそうに震えるロジャーさんの手に自分の手をそっと重ね、代わりに私は云った。

 

「私は幸せでした」

 

ハッと顔を上げたロジャーさんに、私は続けて口を開く。

 

「十年前、とんでもないことになったと思って自分の境遇を嘆いたことはあったけれど、決して私は不運でも不幸でもなかった。だってあなたに出会えた。こうして十年もの間、あなたの隣で生きられた。私は、幸せでした」

 

この気持ちに嘘はない。

十年前、自分の生きていた時代からいきなり過去に放り出されて二度と帰れないとわかったときはたくさん泣いたし悲しかったし、赤髪海賊団のみんなに会うことが出来ないと、お頭に会うことが出来ないと知って苦しくて仕方がなかったけれど。

それでも私は恵まれていた。

放り出された先が無人島や海のど真ん中ではなく、文明があり人がいて、何よりロジャーさんたちがいたのだ。

絶望している暇もないほどに私はロジャーさんと出会って振り回されて、結局この時代で十年も平和に過ごしてしまった。

 

この十年、一切寂しくなかったのかといえば、それは嘘になる。

赤い髪の人を振り返って息を飲んだことは数知れず、黒いマントを見てはお頭を思い出した。ほかにも、赤髪海賊団の仲間たちを思わせる何かを目にするたびに彼らを想って胸が痛くなった。

でも、私はどうしても、彼らを悲しい思い出にしたくなかったのだ。

赤髪海賊団として過ごしていた時間も私にとっては大切で幸せな思い出で、二度と会えなくたって私は彼らを愛している。

そんな彼らを懐かしむだけならまだしも、思い出して悲しくなるなんてそんなのは嫌だ。

悲しいけれど、寂しいけれど、彼らとの優しくて幸せだった思い出を胸に私は今の時代を生きようと決めた。

だって、今の私にはロジャーさんやレイリーさん、ギャバンさんにシャンクスとバギーもいて、不審人物である私をあっさりと受け入れてくれたロジャー海賊団のみんながいる。

いつまでもうじうじしているのは、彼らにみんなに失礼だ。

悲しさも寂しさも糧に、私は今傍にいてくれる人たちと歩いていきたかった。

 

私の病のことは、すぐにみんなに話すことになった。吐血したところこそロジャーさんにしか見られていなくても、その後血塗れの私を運ぶロジャーさんのことは何人かに目撃されており、ちょっとした騒ぎになっていたらしいのだ。

他者への感染の心配はないこと、安静にしていればすぐに悪化するようなこともないことをしっかりと説明し、次の行き先はリヴァースマウンテンであることもロジャーさんの口から話した。反対意見はなかった。

 

「ねぇ、ロジャーさん。私の最期のお願いを聞いてくれますか?」

「最期だなんて云うなよ。これから先も、おれは何度だってお前のお願いもわがままも聞いてやりてぇんだ」

「ふふ、嬉しい。だけど、ロジャーさん。私にはそう長い時間は残されていないんです」

 

緊急事態と云うことでコハクに協力してもらってカームベルトを横断し、通常ではありえない速度で双子岬に到着した私たちは、さっそくクロッカスさんに事情を話して同行してもらえないかと頼んだ。

すると彼は、まずなぜ自分のことを知っているのか、なぜ自分がその技術を持っているのか知っているのかという至極当然の疑問を投げかけてきた。そりゃそうだ。まったく面識もなく共通の知人もいない私たちが、どうやってクロッカスさんの情報を得たのか普通は気になる。

私はクロッカスさんと二人にしてもらい、事情を説明した。これはロジャーさんにも云えないことだ。

気がおかしくなったとは思わないでほしいと前置きし、実は私が今から数十年後の未来から来たこと、その未来でクロッカスさんに会ったことがあり、その未来では私でなくロジャーさんが不治の病に罹りクロッカスさんを船医として迎えていたことを話した。

奇妙なものを見る目で私を見ていた彼は、しかし私の話を信じてくれたらしい。ラブーンやルンバー海賊団の話を聞いていた当時の私に感謝だ。多分、彼が私を信じてくれたのはこれが大きい。

同行を了承してくれたクロッカスさんに改めて診察してもらい、経過をずっと看ていた船医とも相談の上、二人は私に云った。

 

『残念だが、持ってあと一年ほどだろう』

 

曰く、これまでの数少ない症例はすべて高齢者だったそうだ。他の病気でも意外とそうだが、高齢になってからの病気のほうが実は進行が遅かったりする。

私はそこまで若者というわけではないけれど、この病に罹った先人たちよりは若者に分類されるようで、発症からの進行が格段にはやいらしい。

確か、お頭はロジャーさんが病気を発症してからも五年ほどは航海を続けていたと云っていた。

それを考えれば、余命一年というのは妥当だと思う。

私は納得して話を聞いていたのだけれど、動揺したのはロジャーさんの方だった。

はやすぎる、なんとかならないのか、と焦ったように二人の肩を揺すぶったけれど、そんなことをしても答えは変わらない。

 

何事もなければ、私はいつか別れを告げられるまで、ずっとロジャーさんの傍にいたはずだ。

けれどこうなってしまった以上、それは出来ない。

私は、ちゃんとロジャーさんに伝えなければ。

 

「オハラという島があるんです。私をそこに置いて行ってもらえませんか?」

 

私はオハラのことを話した。

【全知の樹】を有し、世界中の歴史的に重要な資料が集められた図書館があるという。それを目当てに世界中から多くの考古学者が集結し、日々研究がおこなわれている。

私の時代では世界政府の凄惨な犠牲になってしまった、尊ばれるべき知恵の坩堝。

それともう一つ、私の祖父母はオハラのにいたことがあったらしい。二人が結婚してからは私が育ったあの島に移住していたらしいけれど、実は二人が亡くなるまで数年に一回はオハラを訪問していたと聞いたことがある。

というか私が歴史学者になったのはそんな祖父母からオハラの話を聞いたからで、すでに引退はしていても二人は根っからの研究者だった。私は二人の話が面白くて大好きで、いつの間にか自分もそちらの道に進んでいたというわけだ。

だから、もしも我儘を聞いてもらえるなら、オハラに行ってみたかった。

かつて聞いた昔話に触れてみたかった。

そうして、そこで、――終わりたかった。

けれどロジャーさんは、絶望的な顔で首を横に振る。

 

「駄目だ」

「ロジャーさん」

「お前を置いていくなんて」

 

この人は、病に倒れて何の役にも立てなくなった私のことですら最後まで手放さないつもりだったのだ。

優しくて、残酷な人だと思う。

私はゆっくりと首を横に振った。

 

「病の進行が速すぎて、私の身体ではあなたの航海についていけません」

「なら、ゆっくり進もう。どうせ急ぐ旅路じゃねぇんだ」

「いいえ。いいえ、ロジャーさん。それはだめ」

 

もう一度ゆっくりと首を振り、否定する。

私に否定されるとは思っていなかったのか、ロジャーさんは顔色を悪くして固まってしまった。そのすきに私はさらに口を開く。

 

「私のためにあなたの航海を邪魔できません」

「エン、自分を邪魔だなんて云うな」

「私はね、ロジャーさん。あなたにいつだって自由でいてもらいたいの」

 

この人を縛ることなんて、神様にだってできやしない。

そんなことはわかっている。

だけどこの人は、底抜けに優しいから、自分の意志で私を置いていくことが出来ない。

私はそれを嬉しいと思いながら、拒絶しなければならないのだ。

 

だって、この人は――ゴール・D・ロジャー。

 

「誰にも支配されず、誰かを支配することもなく、この世界で一番自由な人でいてほしいんです」

 

海賊王になる人。

 

「いつか」

 

それは、近い未来の話。

 

「あなたはこの世の全てを手に入れる」

 

私はそれを、知っている。

 

「進んでください、ロジャーさん」

 

私はこの人の足枷になんてならない。

 

「私を置いて、あなたの道を」

 

例え傍にいられずとも、私の心はこの船に置いていくから。

私は、この人の足を止めるためにではなく、背中を押すために存在したい。

 

「酷い女だ、エン、お前は」

「ごめんなさい」

「いっそ死ぬまで自分を世界の果てにでも連れて行けと云ってくれたらどんなによかったか」

 

心底悔しそうに云ったロジャーさんの言葉に、私もそう思う。

私がそう云えるだけの心の強い人間であったなら、と思わずにはいられない。結局、ないものねだりでしかないけれど。

 

「エン」

「はい、ロジャーさん」

「決めてるんだな」

 

確認するような問いに、私は迷わず頷いた。

きっとロジャーさんは私の答えなんてわかっていただろうに、改めて私の答えを聞いて歯を食いしばり、ぎゅうときつく目を閉じた。

 

「わかった」

 

はっきりとした、けれど呻くような声と首肯。

眉間の皴がロジャーさんの苦悩を表しており、申し訳ない気持ちになる。

それでも、私の意見は変わらない。

私の旅路は、オハラで終わりだ。

 

「お前の、望むままに」

 

そう云ったロジャーさんは、涙を堪えて無理やりに笑顔を作っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

次の目的地は西の海にあるオハラだと云うと、みんな首を傾げた。

オハラはこの時代まだ現存しているが、ワノ国と同じようにほとんど鎖国をしているも同然で、馴染みの商船以外は近寄るのを許さないという閉鎖国家。

なぜそんなところに、と思うのは当然だろう。

けれど、私の我儘だ、というと誰もが賛成してくれた。本当にいい人たちばかりだ。

すぐに出港準備をして、またコハクに頼んで今度は激流のリヴァースマウンテンを逆走してもらい、私たちは西の海に入った。

 

ちなみに、コハクは私の病気について話すと、とても悲しそうな顔をして何も云わずに海に潜ってしまった。

もしかしたら、彼は知っていたのかもしれない。海王類というのは単なる巨大生物ではないし、例えば人の生命力を察知するような特殊な能力があっても今更驚かない。

せっかくこちらでも会えたのにな、と思う反面、元の時代でコハクに会ったとき、彼は本当に嬉しそうに懐かしそうにしていたことを思い出す。となると、あの時点で私の運命はほとんど決定していたということだろうか。いや、やめよう。そんなタラレバは空しくなるだけだ。

 

とにかく、オハラに向けて私たちは航海を続けた。

直前までいたのが新世界だったので、西の海のなんと穏やかなことか。天気もいたって普通だから航海士がちょっとつまらなさそうにしてたのが申し訳ないし、ロジャー海賊団を知らない間抜けがわんさか戦いを挑んできて、それをあっさり撃退したロジャーさんたちはあまりの弱さにがっかりしていた。そりゃあ、新世界や【偉大なる航路】で長く戦ってきた人たちが苦戦するような海賊がそこらにごろごろしてるはずはないのにね。

 

「エン、痛い? だいじょぶか?」

「大変なら、おれがかわってやろうか?」

「馬鹿シャンクス、病気はあげたりもらったりできねーんだぞ」

「でもよぉ、バギー」

「ふふ、ありがとね二人とも。大丈夫だから、心配しないで」

「エン……」

 

不安そうに二人は眉尻を下げる。

まぁ、ここ最近部屋の外にほとんど出なくなってしまった私を見ていたら、心配にもなるだろう。

一応気持ちは割りと元気だし仕事もそれなりには出来るんだけど、発作のように突発的に胸の痛みに襲われ、咳と吐血を繰り返しているので安易に歩き回れないのだ。みんなに余計な心配かけたくないしね。

仕方なく、私は医務室のすぐ近くに部屋を移してもらい、そこで無理のない程度に仕事をもらって働きながら生活をしていた。

ここならば何かあればすぐに医務室に行けるし、よく人が通るので私が無茶をやらかしても止められる、ということらしい。

いやさすがに病気になってるんだから無茶はしませんよ、と云ってみたのだけれど、レイリーさんとギャバンさんに白い眼を向けられてしまった。傷ついた。あー傷ついた。わざとらしく泣き真似をしたら、茶化さないで心配は受け取ってくれ、なんて云われてしまい、私は苦笑いするしか出来ない。

そういうわけで頻繁に誰かが様子を見に来てくれるので、私は割と楽しく過ごせていた。

特に、シャンクスとバギーは私のことをとても心配してくれている。まぁ長いこと親代わりみたいなものだったし、身近な存在が病気になるなんて二人は初めての経験だから、いろいろと不安なのだろう。

 

「クロッカスさんに看てもらってるから、本当に大丈夫。ほら、今日は二人ともレイリーさんに特訓してもらうんでしょ? 待たせちゃ駄目よ」

「うん……」

「シャンクスも。やっと剣を教えてもらえるって喜んでたじゃない」

「そうだけど……」

 

顔を見合わせた二人の顔には、特訓には行きたいけれどここにもいたい、と書いてある。本当に優しい子に育った。やっぱり私の教育は間違っていなかったってことですね。我ながら感心する。

しかし、正直なところ二人がここにいてくれても出来ることは何もない。薬は飲んでいるし、治療らしい治療も今は出来ないのだ。

だったら時間を有意義に使ってほしいから、どうやって二人をレイリーさんのところに行かせようか、と考えていたとき。

 

「ここにいたのか、二人とも」

「レイリーさん!」

 

ノックの後に入室を断る声があり、ドアが開くとそこにいたのはレイリーさんだった。どうやら約束の時間になっても現れないシャンクスとバギーを探していたようだ。案の定、ベッドの傍から離れようとしていない二人を見てレイリーさんは呆れたように息を吐いた。

 

「エンの身体に障るだろう。あんまり困らせるんじゃないぞ」

「こ、困らせてないやい」

「そうだよ、おれたちエンが心配で!」

「わかったわかった、悪かった。そうだな、お前たちはエンが大好きだもんな」

「当たり前だよ!!」

 

声もぴったりにそう叫んだ二人が愛おしくてたまらない。これくらいの年代の子って反抗期に入ってもおかしくないんだろうけど、この二人は全然そんなこともなくいつまで経っても素直で可愛い。

 

「じゃあ、二人とも。どんな特訓をしたのか、あとで私に教えてね。楽しみにしてるから」

 

そう云うと、二人はパァッと表情を明るくし、今度は競うように走って外に出て行った。慌ただしい。でもレイリーさんを置いて行ったことを思い出したようで、すぐに戻ってきて『レイリーさんも早く!』と叫んでまた去っていく。

ここ数年、身体づくりや戦闘訓練なんかも始めた二人は随分と大人っぽくなってしまったとちょっと寂しかったのだけれど、こういうところはまだまだ子供で可愛らしい。きっとたくさん特訓して、今夜寝る前にはその話をしに来てくれるのだろう。

 

「まだまだあいつらはお前にべったりだな」

「ふふ、可愛いですよね」

 

出会った頃は本当に小さな赤ん坊だったのに、今ではすっかり成長した。

身長も伸びて身体も大きくなり、きっと二人はまだまだ成長していくのだろう。私はその過程を見ることは出来ないけれど、立派な大人になった二人のことは知っている。

今はあんなに仲のいい二人が別々に海賊をしているなんて、考えてみると不思議だ。でも、きっと私がいなくなってからいろいろあったんだろう。どちらにせよ、この先も二人とも元気に生きていてくれたらそれでいい。

そう思いながら二人が出て行った扉を見ていると。

 

「……すまんな」

 

レイシーさんの、零すような謝罪の理由を問うことはしない。

代わりに、笑って答える。

 

「いいえ、レイリーさん。私は大丈夫ですよ」

 

むしろ二人のおかげでいつも私の周りは明るくなるし、痛みにも苦しみにも耐えられる。本当に、あの子たちには頭が上がらない。

本心から笑顔でそう云うと、レイリーさんは少し悲しそうに笑い、私の頭を優しくなでて甲板へと向かった。

 

その目に涙がうっすらと浮かんでいたことには、私は、気付かないふりをした。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

オハラは美しい場所だった。

緑が豊かで空気が澄んでいて、療養地としてもかなりよさそうだ。

 

「ありがとうございます、ロジャーさん。ここはとってもすてきな所」

 

オハラの到着してすぐにロジャーさんとクロッカスさんは医者を探してきてくれた。

当然その医者もこの病を見るのは初めてのことで、治すことは出来ない、とすぐに白旗を上げた。

しかし私は最初から治してもらうことを目的にここに来たわけではないのだ。

終の棲家として、オハラを選んだだけ。

それでもロジャーさんは最後まで諦めるなと云い、私はいらないと云ったのに主治医までつけてくれた。ありがたいことだ。

オハラの海岸沿いにあった空き家を買い取り、到着したその日のうちに私はそこに移動した。ここならば街からもさほど遠くない割りに静かで、主治医も通いやすい。

 

「顔を上げてください、ロジャーさん」

 

ベッドの横で項垂れたままのロジャーさんの肩に触れるが、彼が立ち上がる気配はない。

オハラに到着する前に散々話し合ったのに。

名残惜しさや寂しさはあるけれど、長居しても後ろ髪を引かれるだけだから、出港準備が出来たらすぐにロジャー海賊団はオハラを発つ手はずになっているのだ。

ちなみにこのことはちびっ子たちには話していない。

嬉しいことに私のことが大好きな二人だから、きっと聞き入れてくれないとわかっているからだ。薄情かもしれないけれど、事後報告をしてもらうことになっている。その役目を背負わせてしまったレイリーさんには本当に申し訳ないし、黙って姿を消す薄情を謝りたいとは思う。それでも、私は決めたから。

私は今ちょっとした治療のために島に降りていることになっていて、ちびっ子二人は船で留守番中だ。いってらっしゃい、と笑顔で手を振られて、いってきます、と交わしたのが最後の言葉になる。

私はその二人の笑顔を目に焼き付けた。

 

私を担当してくれる医者には事情を話してあり、彼が私を被検体としてこの病を研究することになっている。そしてその研究結果はすべてクロッカスさんに共有してもらう。

私は、私がこの病に罹ったことを決して無駄にはしないと決めていた。

だってもしかしたらこの先、ロジャーさんが歴史の通りに同じ病に倒れる可能性は絶対にないとは云えないのだ。

そのとき、少しでも治療について研究が進んでいたら、そのころには不治の病ではなくなっているかもしれない。

確証のないことだけれど、私は可能性を求めたかった。

もしも私がこの病に罹った意味があるなら、ちゃんと役目を果たしたいと思う。

 

動こうとしないロジャーさんに、手を伸ばす。

肩に触れると、ロジャーさんはびくりと身体を震わせた。

 

――ああ、どうして。

 

「お願い。泣かないで」

 

大切な人には泣かないでほしいのに、どうしてか、私は何度もロジャーさんを泣かせてしまう。

だけどきっと私は歪んでいるのだろう。

泣かないでほしいのに、笑っていてほしいのに、それでも、私を想って私のために流してくれるこの涙を、美しいと思ってしまうのだから。

私はロジャーさんを抱きしめながら、これが最後だと自分に云い聞かせ、口を開く。

 

「本当はもっとあなたの傍にいたかった。もっとあなたと過ごしたかった。笑っていたかったし、文句だって云いたいことはあるし、一緒に見たいものも行きたい場所もたくさんありました。でも、ここでお別れです」

 

永遠を信じていたわけではない。

それでも、まだ別れは先の話だと思っていたから、突然突き付けられた現実はあまりにも無慈悲なものだと思った。

この海はどこまでも広くて、誰も見たことのない場所がまだまだあって、歴史だって解明されていない謎が多くある。

出来ることもやりたいことも考えればキリがない。

もっとシャンクスとバギーの成長を見守っていたかった。

けれど私は、この遺していかなければならないものたちを、悲しい記憶にはしたくないから。

 

「あなたは自由で、勇敢で、高潔で、寛大で、仲間を心底大切に出来て、みんなを導ける人」

 

病の痛みに苦しいとき、彼らを思い出して強くなりたい。

彼らに何かあったとき、思い出すのは笑った私であってほしい。

 

「私にとって、あなたは本当に――夢のような人でした」

 

出会うはずのない人だった。

遠い過去の偉人であるはずだった。

だけど何の因果か私たちは出会い、惹かれあい、愛し合った。

無理やり船に乗せられたときにレイリーさんが云っていた言葉が、今になってようやく実感できる。

 

「さよなら、ロジャーさん。愛しています」

 

――この出会いは、運命だったのだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

オハラでの生活にも慣れてきたころ、いつもと違う検査をしていた主治医が首を傾げた。

どうやら私にオハラの気候は合っていたようで、比較的症状も落ち着いていたから、一体どうしたのか。

そうして、難しい顔で眼鏡のブリッジを上げた主治医は云った。

 

「妊娠しとるな」

「は?」

「二か月ほどだろう。お前さん、最後の月のものはいつ?」

 

唖然として、言葉が出てこなかった。

確かに、先月も今月もなかったけれど、それは病による体調不良の一種だと思っていた。

けれど、ロジャーさんと最後にしたのは病が発覚する少し前。

つまり、二か月ほど前のこと。

時期は一致する。

 

「めでたいが、今のお前さんには産めないな。可哀そうだが、堕ろすしか」

「産みます」

 

反射的に出た言葉は、彼のセリフを遮った。

思ったよりも大声になってしまったけれど、撤回はしない。

眉間に深いしわを寄せた主治医は、低い声で云う。

 

「……正気か」

「正気です」

「死ぬぞ」

「どのみち私は死にます」

「そういうことではない。わかっとるのか? 今のお前さんの身体では出産に耐えるどころか、妊娠の各症状にも耐えられん!」

「そうかもしれない。だけど、それはこの子を殺す理由にはなりません」

「患者が死ぬとわかってるのに、それを許す医者がいると思うか!!」

 

私なんかよりもよっぽど彼のほうが顔色が悪かった。

ただでさえ進行する不治の病で死にかけだというのに、さらに自分の寿命を縮めるようなことを諦めない私に対し、彼が酷く憤っているのが伝わる。

そりゃあそうだろう。

もし逆の立場なら、私だって考え直せと怒っていたかもしれない。

でも現実として、妊娠しているのは私だ。

堕ろすなんて、無理だ。嫌だ。産みたい。

 

ああ、だけど。信じられない。

考えたこともなかった。

彼との子供が欲しいだなんて、思ってもいなかったから。

ちゃんと避妊はしていたはずで、ロジャーさんだって私を孕ませようとはしていなかったと思う。仮に子供が欲しかったら、私に了承を取ってくれる、そういう人だ。

だからこの妊娠は、ロジャーさんにとっても、私にとっても予想外で予定外。

けれど。

私は、一つの命が宿ったというお腹にそっと手を当てて、云う。

 

「人生の最期に、優秀で優しいお医者様に出会えて私は幸せです」

 

そう笑顔で伝えた私が、絶対に意志を曲げないことを察したのだろう。

主治医は重いため息を零し、最善を尽くしてくれると約束してくれた。その声が震えていたことには、気付かないふりをした。

 

人生の終わりが近付いているからか、そこからの日々はあっという間だった。

妊娠の症状に加えて病は確実に進行していき、ベッドから身体を起こすのもままならない日もあった。けれど不思議と辛くはなく、少なくともお腹の子供は元気に生まれてくるという確信があった。いつもの勘とは少し違うけれど、きっとこの子は何の問題もなく育っている。

産むと決めた私の頑固さに呆れていた主治医だったけれど、覚悟を決めてくれてからは非常に頼もしかった。

どんな小さな変化も見逃さずに対処して、カルテもかなり詳しく書いてくれていた。ただ、クロッカスさんと共有するカルテには妊娠のことは書かないようにとこれまたお願いしてあったので、二種類のカルテを用意するはめになったのだけは申し訳ない。だって、もし私が妊娠していて、さらにこの身体で産むつもりでいる、なんてロジャーさんに知られたら、戻ってきてしまうに決まってる。あの人はそういう人だ。

だから、私が妊娠しているのを知っているのは、主治医と担当の看護婦さんだけ。もともと外を出歩かないからオハラの人々にも知られることはなく、私はひっそりとお腹の子供と共に生きていた。

 

そうして、ときどきちょっと死にそうになったり、うっかり三途の川を渡りそうになったり、気軽に手を振ってきた死神の手を取りそうになったりしつつも、予定日通りに私は元気な女の子を出産した。

いや、冗談抜きでこの時が一番しんどかったと思う。

痛いという言葉では表しきれない痛みと、内臓全部持っていかれるのではないかというほどの牽引感。昔誘拐されたときに受けた暴行のほうがまだマシだったような気さえする。

我ながら、よく病でぼろぼろの身体でこの子を産めたものだと感心した。しかも、少なくとも未熟児でも障害を持っている様子もないと主治医は云っていた。世の中の母親はほとんどがこんな思いをして子供を産んだのかと思うと、尊敬の念しかない。ほんとすごいよ母親。

 

生まれたばかりの赤ん坊はしわくちゃで、妙に赤くて、信じられないくらい元気に大泣きしている。

助産師でもあった看護婦さんに身体を清めた赤ん坊を渡されて抱き締めたとき、なんだか胸がいっぱいになって泣いてしまった。

ちゃんと、産んであげられたことが嬉しくて。

こんなに元気に生まれてくれたことが嬉しくて。

なにより――ロジャーさんと自分の子供が、現実にいることが、信じられなくて。

よかった。

本当によかった。

ありがとう、と赤ん坊の額にキスをしたところで、私の意識は一度途切れた。体力も気力も限界だったのだ。

 

しかしたらもう二度と目覚めないかも、なんて思ったのだけれど、意外なことに私は二日後には無事に目を覚ますことが出来た。

つきっきりでいてくれたいたらしい看護婦さんの目が真っ赤で、心配した、と怒られてしまった。いや本当に申し訳ない、正直私も死んだかと思いました、と笑ったら真面目に怒られて反省した。私の場合は冗談にならないのだ。

ともあれ、ギリギリのところで生還した私は、再度赤ん坊と対面することが出来た。

小さくて、一生懸命生きていて、なんて可愛いのだろう、と思わず笑みが零れる。

けれど。

 

「本当にいいんですか?」

「はい。この子は養子に出すつもりで産みました。大切にしてくださる方が引き取ってくださったら、それが一番幸せです」

 

出産から一週間後。

私の病室に、とある夫婦が訪れていた。

間もなく寿命を迎える私は、当然だけれど赤ん坊を育ててあげられない。

だから、養子に出すことは産む前から決めていたのだ。

主治医も同意してくれて、それとなく養子を欲しがっている人を探してくれていた。秘密を守れて信用できないと困るから、慎重に相手を選んでもらっていたので、結局里親が見つかったのはつい最近のこと。

彼らはかつてオハラで研究員として働いていたが、今は他の島に移住しているという少し年配の夫婦。どうやら、自分たちの子供としてではなく、最近結婚したという息子夫婦のために子供を欲しがっていたらしい。

 

「私たちの息子夫婦は、事情があって子供が望めないんです。けれど二人とも子供好きで、どうにかしてやりたいと考えていました」

「ありがとうございます。この子は、必ず幸せにします」

「ええ、よろしくお願いします」

 

きっと彼らなら大丈夫だ、と会ってみて確信した。

元オハラの研究員というだけあって二人とも落ち着いていて知的な印象で、赤ん坊もまったく警戒せずに嬉しそうに笑い声をあげている。

この子の名前は、と訊かれたので、私はつけていない、と答えた。

一瞬、名前だけでも付けてもいいかな、と考えたのだけれど、産んですぐに養子に出すような薄情な母親よりも、ずっと育ててくれる引き取り手が名前を付けたほうが、愛着が持てるかと思ったのだ。それに、名前なんて付けてしまったら離れがたくなってしまう。

すると、少し驚いたように目を見開いた彼らは、何やらぼそぼそと二人で相談を始めた。

どうしたのかと思って首を傾げると、ごほん、と咳払いをした旦那さんが赤ん坊を見つめて云った。

 

「エン」

 

ハッとして私は顔を上げた。

私は、オハラに来てからは名前を隠していた。

どうせ間もなく死ぬ人間だし、一応長らくロジャーさんの関係者だったので海軍に嗅ぎ付けられても面倒だと思い、適当に偽名を名乗っていたのだ。

この一年お世話になった主治医にすら、私の本当の名前は云っていない。

だから、この人たちが私の名前を知っているはずなんてないのに。

絶句している私には気付かず、赤ん坊を抱いて幸せそうに微笑んでいる二人は、もう一度繰り返した。

 

「この子の名は、エンにしようと思います」

「……どう、して」

 

声が震える。

何故。

どうして。

 

……まさか。

 

とある一つの可能性が頭に思い浮かび、私はベッドに横たわっているというのに眩暈が止まらなかった。

 

「昔の知人に、ワノ国出身者がおりまして。彼に、カンジとやらをいくつか教わったんです」

 

あれは格好いいもので、つい夢中になって調べたものです、と彼は照れくさそうに頬を掻き、続ける。

 

「この子との出会いはまさしく『縁』。そしてこの子と、私たちと、息子夫婦と、それからあなた。この繋がりは『円』のように切れないものだ」

「それに、この子、赤子だというのによく笑う。なんて可愛らしいんでしょう」

 

当て字のようなものだけど、『笑ん』でいるにもちなむから、と。

彼らは、本当に幸せそうに、そう、云った。

 

――こんなことが、あるのだろうか。

 

改めて夫婦を見、私は、確信した。

そして、震える声を叱咤して、口を開く。

 

「もう二度とお会いすることはないでしょうが、あなた方のお名前を窺ってもよろしいでしょうか」

 

きょとんと驚いたように目を瞬かせた二人は、けれどすぐに破顔して快く名前を教えてくれた。

もともと、お互いの素性は明かさない約束で養子の話を持ち掛けたのだ。なのにこんないざ引き渡すというタイミングで、こちらが出した条件を反故にするような発言をした私を、彼らは怒りもしなかった。むしろ、名乗れて嬉しい、とまで云った。

 

――ああ、ああ!

――なんてこと!!

 

私は涙を堪えながら、精いっぱいの笑顔を浮かべた。

そうして、間もなくオハラを出るという二人に、改めて口を開く。

 

「その子を、よろしくお願いします」

「はい、確かに」

「このご恩は一生忘れません。約束も、守ります」

 

約束とは、生みの親である私のことを詮索しないことと、私の子供だと公言しないこと。

父親が誰か探そうとしないこと。

出自不明であっても、その子を幸せにすること。

 

深々と頭を下げた二人を見送ってから、私は泣いた。

生まれてすぐの赤ん坊を手放さなければならない寂しさや悲しさからではない。

こんな数奇な運命があるものなのかと、感動と同時に恐ろしくなったのだ。

 

あの二人は、間違いなく若いころの祖父母だった。

私が両親と血の繋がりがないことは知っていた。だってあまりにも私は二人に似ておらず、祖父母の面影すらもない。髪の色も目の色も、到底生まれるはずのない色だったのだ。これでは気付かずにはいられない。

けれどそれを気にしたことはなかった。

だって両親も祖父母も、間違いなく私を愛してくれていた。血の繋がりなんて関係なく、慈しんで育ててくれた。

そんな家族を私も愛していて、大切な家族だと思っている。

 

昔、一度だけ祖父母に訊いてみたことがあるのだ。

私の血の繋がった両親について。

けれど二人は、結局最後まで詳しいことは何も教えてくれなかった。

ただ、素敵な人だった、と云うだけで、その人が私を手放した理由も、どこで生まれたのかも、父親のことも、詳しいことは何も。

少し腑には落ちなかったけれど、私は育ててくれた両親と祖父母が大好きだったから、まぁ知らないなら知らないでいいか、なんて思ってそのままだった。

 

二人は何も知らなかったんじゃない。

私との約束を守ってくれたのだ。

両親について何も知らずとも、私はずっと幸せだった。

本当にずっと、幸せだった。

 

年齢的に、計算も合う。

私は、――私自身を産んだのだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

子供を預けた直後から、私の体調は不調の一途を辿った。

もともとの病に加え、やっぱり私のぼろぼろの身体は妊娠と出産に耐えられるはずがなかったのだ。わかっていたけれど、主治医が懸念した通りになった。

次第に体力は落ちていき、満足に呼吸することもままならず、私はいつ死んでもおかしくない状態だった。

だけど子供を産んだことに後悔はない。

もう二度と会えなくとも、あの子が遠い場所で幸せになると私にはわかっているから。

 

通いだった主治医がついに泊まり込み、看護婦さんまでつきっきりになったのはここ数日のこと。

ああ、いよいよなのだな、と自覚した。

私が目を覚ますたびに二人が心底ほっとしたように息を吐くということは、眠った私がそのまま二度と目を覚まさなくなる可能性が大いにあるということだろう。

 

そんな日を何度か繰り返し、その日は、やってきた。

眠っているのか起きているのかの意識も曖昧になり、主治医と看護婦さんが何度も必死に私を呼ぶのを、どこか他人事のように、遠い場所での出来事のように聞いていた。

ああ、このまま眠ってしまったら、きっと楽になれるのだろうな、と意識を手放しそうになった時、その声は急にはっきりと私の耳に届いた。

 

「エン」

 

懐かしい声。

私の名前。

なんとか目をこじ開けて声の方向を見ると。

 

「ロ、ジャ……さ」

「いい、何も云うな」

 

そこには、一年前に別れを告げたはずのロジャーさんがいた。更に隣にはシャンクスとバギーもいて、一年前よりも随分と成長している。でも、涙を目にいっぱい溜めて、私を見ていた。

その後ろにはレイリーさんもギャバンさんもいて、ああ、なんて懐かしい、二度と会えないと思っていた人たち。

 

「夢、みたい」

「夢じゃねぇ。おれはここにいる。あいつらも、みんな」

 

あまりの懐かしさに笑みが零れる。

病による痛みと苦しみの間に思い出しては生きる気力を与えてくれた、優しく温かく、幸福だった日々のこと。

ロジャー海賊団での日常は、私にとってずっと宝物だった。

 

「嫌な予感がしたんだ。お前は怒るかもしれねぇが、我慢できなくて戻ってきた」

「もう……しょうが、ない、人」

 

虫の知らせというやつだろうか。

まったく、この人は。

死にぞこないのことなんて忘れて前に進んでほしかったのに、どこまでも優しく愛情深い。

けれどその虫の知らせは正しかった。

だってわかるのだ。

私はもう、間もなく、死ぬ。

主治医と看護婦さんに看取られて静かに死ぬのだと思っていたのに、ロジャーさんたちが来てくれるなんて、まったく予想外もいいところ。

私の人生はいつだって幸せに満たされていたけれど、最期の瞬間までこんなに恵まれてしまっていいのだろうか、と不安になる。

来てくれてありがとうと、嬉しいと、伝えたいことはたくさんあるのに、私はもはや満足にしゃべることもままならない。

それでも何とか言葉を絞り出さねば、と口を開けても蚊の鳴くような声しか出てこないのが情けない。

 

「嫌だエン、死ぬな」

 

無理なことをおっしゃる。

私の死は、とっくの昔に決まっていた。

むしろ妊娠して子供を産んで、そのまま死ななかったのがおかしいくらいなのだ。

 

私はよく生きた。

未練はあるけれど、後悔は一つもない。

私は自分の生き方を、誇りにさえ思う。

しかも最期にまたロジャーさんに会えた。

もう、思い残すことは、ない。

 

「……ね、ロジャーさん」

「なんだ?」

 

微かな声で呼べば、涙声で返事をしてくれる。

ほとんど力の入らない腕をなんとか伸ばせば、優しくその手を握ってくれた。

懐かしい暖かさに胸がいっぱいになって、泣いてしまいそうだった。

でも、ぐっと我慢して私は口を開く。

 

「わたしを、おもいだすときは」

 

あと少し。

もう少し。

奇跡でいいから、時間が欲しい。

喉が引っ付いてうまく声が出ず、むせる体力もなくてただ口を何度か閉口し、漸く、私は言葉を絞り出した。

 

「笑ってる私を、思い出して、ください、ね」

 

私は最期に笑えただろうか。

笑えていたのだと思う。

涙を流しながらも無理矢理笑顔を浮かべて頷いてくれたロジャーさんに満足した途端、私の意識は急速に遠のいた。

 

ああ、これが死なのか。

 

存外悪くない感覚だ、と思いながら、私の耳が最期に拾ったのは、ロジャーさんが私を呼ぶ声だった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

意識が浮上する感覚に、ふと目を覚ます。

頭がぼーっとする。

死んでも目が覚めるってどういうことだろう。ここは死後の世界だとでもいうのだろうか。

ぼんやりしたまま瞬きを繰り返していると、ふと視界の隅に赤いものが映った。

驚いたように目を開いて私を見て固まっているその人には、もちろん見おぼえがある。

 

「……シャンクス、大きくなったね……?」

 

私の最期のとき、ロジャーさんの隣でわんわん泣いていたあの小さいシャンクスだ。

けれど、記憶にあるよりも随分と成長しているように思う。オハラで別れてから一年近くは離れていたけれど、それにしては変わりすぎているような。というかあの時はまだ普通に美少年だったような。

 

「髭……? 子供の成長って、ほんとはやい……」

 

つるつるすべすべ玉のお肌だったのに、こんなおっさんみたいな髭面になっちゃってまぁ。伸ばした手に触れた確かな髭の感触に、どこか感慨深くなってしまう。

 

というか、あれ?

感触がある?

なんで?

私、死んだはずなのに。

 

徐々に意識が鮮明になってきて、今度はあるはずのない感覚。しかも身体に痛みはなく、呼吸も普通にできている。死の気配なんて、微塵もない。

わけがわからなくてシャンクスを見て――これはシャンクスだけど、そうじゃなくて、お頭だ、と。二度と会えないと諦めていた、お頭だと気付いて。

 

「――エンッ!!!」

「ぎぇっ」

 

すごい勢いで抱き締められて、私は蛙が潰れたみたいな全然可愛くない声を上げてしまった。

ぎゅうぎゅうと手加減なしに力いっぱいに抱き締められるものだから、ものすごく苦しい。ひょっとしたら病気のときより苦しい。

いやいやいやなんでやねん。

死んだ私がどうしてお頭に抱き締められる事態になるんだ。

混乱した頭で何も云えずに固まっていると、お頭の声を聞きつけたのか、部屋の外から騒々しい足音が聞こえた。そうしてバターンと遠慮なしに開け放たれたドアの先にいたのはホンゴウで。

パチッと目が合って、即、叫ばれた。

 

「エンが起きた!!」

「マジか!?」

「よかった……!!」

「心配させやがってぇ……!!」

「よ、よかったぁぁぁあ!!!」

 

どうやらホンゴウ一人ではなかったらしく、続々と後ろから姿を見せる、懐かしの仲間たち。

ライムもスネイクも師匠もロックスターくんも半泣きでその場にしゃがみ込んで、その後ろにはベックもルウもガブもパンチもモンスターも安心したように息を吐いている。

私だけが状況を把握できない。

 

「へ、あ、え? 何? どういうこと?」

「お前、一週間眠りっぱなしだったんだぞ」

「……一週間? 寝てた?」

 

何も覚えてねぇのか、という呆れたような安心したようなホンゴウに、私は理解が追い付かない。

ちょっと待って。

私は死んだんじゃないのか。

不治の病に罹って、オハラのあの部屋で、ロジャーさんたちに看取られたはずじゃ。

頭が混乱してうまく考えられない。

だって私はあの日、過去の時代に迷い込んで、十年ロジャーさんたちと過ごして、そうして死んだ。

なのに、目が覚めた今が間違いなく元の時代なのだとわかる。

 

どういうこと。

死んで戻った?

ここの時代ではたった一週間しか過ぎてないのに、私は確かに十年間あの時代を生きたのに。

わけがわからない。

これも【偉大なる航路】の不思議というやつか。

いやそんなのあってたまるか。

でも実際問題私はこの時代に戻ってきたわけで。

 

わからないことだらけで頭がパニック状態だけれど、私がまだ夢を見てるとか頭がイカれたとかでないのなら、私はあの日過去に飛び、十年過ごして死んだあと、この時代ではたったの一週間後に帰ってきた、ということになる。

整理したところで意味が分からない。

いろいろと受け入れるのにちょっと時間が欲しい。

呆然としている私を未だに抱き締めたまま離さないお頭に、ホンゴウは控えめに声を掛けた。

 

「お頭、エンの診察させてくれ」

「…………。」

「おーい、心配だったのはわかるけど、おれの仕事だからよ」

「あ、あのホンゴウ、私身体は本当になんともないから」

 

私とお頭を交互に見たホンゴウは、ハーァと深くため息を吐いた。

そうして全然私を離そうとしないお頭を呆れたように見ながら云う。

 

「……じゃあ、あとで。あとで絶対一回しっかり診るからな」

「うん、わかった。ごめんね、ありがとう」

 

私がそう云うと、ホンゴウはみんなの背中を押して医務室を出て行った。ごめん、ホンゴウ、みんな。心配してくれてたのに、追い出すみたいな形になっちゃった。

でも、こんな状態のお頭、放っておけないじゃん?

二人きりになった医務室で、私はポンポンとお頭の背中を撫でる。

 

「お頭」

 

呼んでも返事はないけれど、少しだけ力を緩めてくれた。助かる。本気で潰れるかと思ったので。

泣いているわけではないが、ゆっくりと離れていくお頭はスン、と鼻をすすった。

 

「心配かけて、……ごめんなさい」

 

そう云うと、お頭がゆっくりと顔を上げた。

最悪の顔色。ほとんど眠れていなかったのか、せっかく綺麗な顔してるのに隈が酷い。眉間の皴も跡がついちゃいそう。

これまで私は何度も寝込んで心配をかけたことはあったけれど、どれも理由があった。

例えば最初に数日寝込んだときは、船に乗りたてのときに風邪で熱を出したからだし、次は誘拐騒動後の怪我の後遺症、それからおじ様のところでの毒グモ騒動など、そりゃ寝込むだろうなっていうちゃんと前兆があったのだ。

だけど今回、さっきちらっとホンゴウに聞いた話では、何の前触れもなく私は目を覚まさなくなったらしい。

名前を呼んでも、軽く叩いてみても、何をしても眠りっぱなし。けれど身体のどこにも異常はなく、いたって普通の健康体。

ただ静かに眠り続ける私を見て、このまま二度と目覚めないのではないかと思ったそうだ。

いや、本当になんというか、申し訳ないというか。でも自分の意志じゃないし不可抗力というか。

とはいえみんなに心配をかけたのは事実だし、お頭もこんなに憔悴してしまっている。これは間違いなく私のせいだ。

 

どこか不貞腐れたように口をぎゅっと結んで私を見るお頭がどうしようもなく愛おしく思えて、私はそっとお頭の顔に手を伸ばす。

改めて酷い隈だ。綺麗な顔なのに、私のせいでこんな顔になってしまって。

 

……ああ、なんて愛しい人なのだろう。

 

二度と会えないと思っていた。

ずっとずっと会いたかった。

十年。

十年だ。

飛ばされた時代を生きていた時間、私は確かに恵まれていて、不幸でも不運でもなかったかもしれないけれど、それでもこの人の傍にいられないという一点においては絶望的だった。

ロジャーさんやレイリーさんたちと過ごした時間はかけがえのないもので、大切な時間だったことは間違いない。

 

夢じゃない。

ロジャーさんやレイリーさん、在りし日のロジャー海賊団のみなさんとの出会いは、夢なんかでは。

私は確かに彼らと十年を過ごしたし、生きて、死んだ。

若いレイリーさんがめちゃくちゃかっこよかったこととか、ギャバンさんは噂よりずっと優しくて繊細だったこととか、何より、小さなお頭とバギーの可愛らしさは、本物だったはずだ。

それに、私とロジャーさんが、愛し合ったことも。

夢じゃなかった。

現実だった。

あの日々は、嘘じゃない。

 

――ああ、だけど。

 

「ただいま」

 

口にした途端、ぽろりと涙が零れた。

この人に、この言葉を云える日がまた来るとは思っていなかったから。

生きて二度と会えないのだと諦めていたから、こうしてまた触れられて言葉を交わせることが嬉しくて。

会いたくて、触れたくてたまらなかった。

当たり前に傍にいて、何でもない言葉を交わしあえることがどんなに幸せなことなのか思い知った。

触れた手から伝わる熱が愛おしくて、涙が止まらない。

そんな私の頬に触れたお頭は、ぽろぽろと零れる涙を拭ってくれながら優しく、優しく云う。

 

「おかえり、エン」

 

体感として約十年ぶりに交わしたお頭との口づけは、蕩けるように甘く、灼熱のような熱さで。

帰ってきたのだと実感して、私はやっぱり泣いてしまったのだ。

 

 

 

 




タイムトラベラー・エン

現実世界で一週間眠りっぱなしになっている間、過去の世界で十年過ごした。時差えぐい。でも【偉大なる航路】の不思議なので特に理由とかはわからないし、多分意味とか考えてたら人生終わる。
過去に飛んだ自分が自分を産んだというとんでもない事実を知ることになるが、この事実が今後どう影響するのかはわからない。二十七歳で過去に飛んで三十七歳で死んだはずだけど元の時代に戻ったら不治の病ではないし、ループと云うわけでもないらしい。
こちらでも同じ年で死ぬのだろうか、とか不治の病になる可能性がある、とかいろいろ考えすぎて頭パンクしてまた熱出して寝込んでみんな大変なことになったので、過去は過去、と割り切るようにしようと心がける。
ゴール・D・エンというのが自分の本当の名前だと知っているのは、世界中でエン自身のみ。オハラでの主治医や看護婦は、バスターコールの際に死んだし、カルテも全部なくなったので。
過去の時代でロジャーを愛した自分も嘘じゃないし、元の時代に戻ってシャンクスを愛している自分も全部本当の自分。


ロジャー

史実より少し遅めの、エンが死んでから間もなく不治の病を発症し、その後は史実通りに冒険を続け、ラフテルへ到達する。
生涯エンを想い続けていたが、船を降りたあとにどんな心境の変化があってかルージュとの間にエースをもうける。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。