超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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可愛くて賢くて心が広いだけでは飽き足らず設定をもりもりするタイプの美少女の話です。
アップする順番間違えた気がしてるけどまぁいいか……


未来の海賊女王は設定過多

敵襲があった。

私はいつも通り静かに速やかにお頭の部屋に隠れてやりすごすつもりだったのだけれど、うっかり滑って転んで足を捻りその場から動けなくなるというドジっ子っぷりを発揮してしまった。やだ私ったら可愛くて賢くて心が広いだけじゃなくドジっ子属性もあったんですか? これ以上は設定盛りすぎになるからもういいよ。

なんて考えたのは現実逃避で、内心かなり焦りつつもなんとか足を引きずって引きこもろうとしていたら、最悪なことに運よくレッド・フォース号に侵入出来たらしい敵さんとばったり鉢合わせしてしまった。

やっば。

周囲には仲間は誰もおらず、怪我をして満足に動けない私。自分の状況を理解して青くなった私と、目の前に人質にぴったりな可愛い女の子が現れてわかりやすく悪い顔で笑う敵さん。

私、ピンチです。

しかしやはりどこまでも赤髪海賊団の仲間は優秀で、敵が船内に侵入していることに気付いた師匠がどこからか狙撃。一発で敵さんの頭を打ち抜き、私は事なきを得た。船内汚れちゃったよ、あとで掃除しなきゃ。っていうか、えーと、船内って割と入り組んでておそらく外にいるであろう師匠から敵さんのことなんて見えないはずなんだけど、うちの狙撃手すごすぎません? 妻子持ちじゃなきゃ惚れてたかもよ師匠、ありがとう。

あとで改めてお礼云わねば、と思いつつ私はお陀仏した敵さんを廊下の端に寄せて放置してさっさとお頭の部屋に引っ込んだ。

 

そうこうしているうちに赤髪海賊団の圧勝ということで敵襲を撃退し、いつも通り戦利品の確認と分配、怪我人は治療して元気組は諸々の片付け(意味深)を含む後処理に動き回る。私は自業自得で捻挫した足をホンゴウに気の毒そうな顔で固定されたあと、座ったままでもできる戦利品の確認作業を手伝った。自分が原因で怪我するとそろそろ誰も心配してくれなくなったの、悲しいよ。いや自分が悪いんだけど。

ため息を吐きながらベックの読み上げる通りメモをチェックし、あとは念のためお頭に最終確認をしてもらうだけになった。

大した損害もなく大勝利だったので、船内の雰囲気は戦闘後でも朗らかだ。どうも相手はイキリ散らかしただけの雑魚だったらしく、みんな普段はやらないような戦い方を試したり手に入れたまま使っていなかった武器を使ってみたりと、云ってしまえば舐めプしてたようで、結果についてわいわいと盛り上がっている。これ、相手が聞いたらキレる間もなく凹むんだろうな。ああもう凹む頭もない人もいるのか。可哀そうに、相手みて喧嘩売らないとね。

で、だ。

そんな様子をぼーっと見ながら、私は改めて思ったわけですよ。

 

「何かを使役したい」

「なんだその物騒な発言は」

 

一仕事を終えて一服していたベックがげんなりと相槌をくれた。

得意武器・戦法以外でも十分戦えるみんなのポテンシャルはすごいと思うよ。私は逆立ちしたって(※逆立ち出来ない)逃げる以外の有効手段がないんだもん。

すごいと思うのと同時に、むしろそれ以上に羨ましいわけですよ。

 

「いやさ、私自身が強くなるっていうのはもう今日のドジっ子っぷりから鑑みてももはや絶望的じゃない?」

「そうだな」

「……ちょっとくらい慰めてくれてもいいんだけど」

「おれは正直者でね」

「知ってた! まぁ、それでさ。自分に戦う力がないなら誰かに借りればいいと思ったんだよね」

 

胡乱気なベックの視線にへこたれることなく、私はグッと拳を握る。

他力本願だと笑えばいいさ。

でも私だって少しくらい戦闘面でも役に立ちたいんだもん。

 

「だから、おれたちがいるだろ」

「戦闘中はみんなで忙しいじゃん」

「じゃあローテーションでエン係でも作るか」

「やだよ子守りじゃないんだから」

 

この人たまに冗談か本気かわかんないこというから怖い。

実は近くで話を聞いていたライムが、一応私の気持ちも理解してくれているようで、腕組みをしながらうーんと考えるように唸った。

 

「使役つったってなぁ」

「出でよ〇〇!! とかって叫んで何か召喚出来たらかっこよくない?」

「力を求めるあまりエンが非現実的なことを考えるようになっちまった」

「ちょっとライム、人を病んでる人扱いするのやめてよね」

 

ていうか私はライムの電撃もなかなかアレだと思ってるんだけど。すごいし強いしかっこいいんだけど、なんだろうね、こう、子供心をくすぐられると云いますか。正直私、仲間内の力をどれか一つ自由に使えるようになるって云われたらライムの電撃使ってみたいもん。

 

「じゃあもし本当に何か召喚出来るとして、何を召喚するつもりだよ?」

「うーん、だいたいが海の上だからねぇ。鳥とか、魚とか?」

「それでどうやって戦うんだ」

「大量に襲撃させて肉を啄ませるとか」

「発想が拷問」

「だ、だってぇ」

「せめて陽動とかあるだろ」

「あ、その手があったか」

 

海の上で犬とかトラとか呼び出して戦うのは現実的じゃないじゃん。そしたらやっぱ鳥か魚でしょ。鳥は嘴が固いし、魚は種類によっては結構歯が鋭い。武器になりそうじゃん。だから提案しただけなのに、ちょっとライムが引いた感じになったの結構傷付く。あとでスネイクにチクってやる。

しかしそれ以外ってなると、何がいるだろう。

海上で召喚出来て、強い生き物。

あ。

 

「海王類とか召喚出来たらかっこよくない!?」

 

ポンと手を叩いてそう云えば、ライムとベックは静かに顔を見合わせた。何。無言で頷き合ってわかり合うのやめてくれる? 云いたいことあるなら云いなよ。行儀の悪さを自覚しつつ顎で促すと、ライムが呆れたように云った。

 

「かっこいいよりヤバいだろ、それ」

「でも出来たら私めっちゃ自信つきそうじゃん」

 

聞いた話だと、魚人族や人魚族は、一部の海洋生物と会話ができるらしい。特殊な超音波のようなもので意思を通じ合わせることが出来るようなのだ。メルヘンだなぁ、ちょっとうらやましいなぁと思ったので覚えている。

が、海王類は海洋生物の中でも特殊らしく、彼らと意思疎通ができる魚人族も人魚族もいない。おそらく、海洋生物といえど他の生物とは根本的な成り立ちが違うんだろう、というのが研究者たちの意見らしいが、詳しいことは未だに解明できていないそうだ。

もしも私がそんな海王類を召喚出来たとしたら、それこそ未来の海賊女王に相応しい特別な能力ではないだろうか。

『出でよ鳥』、とか『出でよ魚』、よりかっこいい気もするし、ちょっと試してみようかしら。

なんてぼそりと呟くと、なんだかんだでノリノリなライムに囃し立てられ、私も妙なテンションになって、どうせ来るわけないんだし、と軽い気持ちで笑いながら云ってみた。

 

「出でよ、海王類!!」

 

なんちゃって。

私がノリノリでそう叫んで、ベックが心底呆れたように息を吐き、ゲラゲラとライムが笑った、その次の瞬間。

 

――ザッパァン!!

 

船の縁に背中を預けて座っていた私の背後で、何か途轍もない水音がした。小雨のような水も降ってきて、ついでに船を覆い隠すほど大きな影が落ちてきた。船もめちゃくちゃ揺れた。

は。

何。

私はなんとなーく嫌な予感がして確認のために後ろを振り向くことも出来ず、ついでに高らかに上げていた腕を下すことも忘れていた。非常に間抜けな格好だ。

いや、ほんと、何事。

目の前にいたライムとベックに訊こうとしたけれど、二人とも口をあんぐりと開けたまま私の背後を見上げたまま動かない。ベック、煙草落ちたよ。危ないよ。ライム、サングラスずれてるよ。コントみたいになってるよ。

そしてほんの少し残っていた冷静な部分で視界に入っている仲間たちの様子を確認してみても、みんなその場に立ち尽くして上を見上げ、同じように口を開けて固まっている。まぁ赤髪海賊団で一番冷静でポーカーフェイスなベックがこうなってるんだから、ほかの人もそうなるよね、となぜか妙に納得してしまう。

 

「ね、ねぇ」

 

声が上ずっているし震えているような気がするけれど、続ける。

 

「私のうしろ、何がいるの?」

「……エン、振り向かないでゆっくりこっちにこい」

「な、な、なんでぇ!?」

「いいから」

 

神妙なベックに逆らえず、私はうまく動かない足をなんとか叱咤し立ち上がろうとした。

が、背後からの圧迫感と目の前にいるみんなからの緊張感でここでも私はドジっ子を発揮してしまった。

甲板は平らだというのに、一歩足を踏み出した先で見事に転んだ。捻挫してたの忘れました。さらについでに腰が抜けて身動き一つとれなくなった。文字通り腰抜けすぎる。

いつもだったらこういうときは手の届く距離にいるライムかベックが絶対手を貸してくれるのに、今は二人ともそんな余裕がないらしい。先ほどよりもかなり顔色を悪くして、息を飲んでいる。

何。

まじで何。

 

私は好奇心と恐怖心を天秤にかけ、ほんのわずかに好奇心が勝った。

おそるおそるゆっくりと首を後ろに向ける。

すると、そこに、いたのは。

 

「かい、おう……るい……?」

 

かいおうるい。

海王類。

遠くから見たことしかなかった、海に生きる最強生物。

海洋生物と意思を疎通させることが出来る魚人族や人魚族をしても意思を疎通できない唯一の生き物。

それが、レッド・フォース号を覗き込むようにしてそこにいた。

あーこりゃベックも絶句するしライムも固まるわ。わかる。だって迫力がすごいもの。それなりに大きいはずのレッド・フォース号の十倍は大きい海王類がその気になれば、丸ごとぱくりと飲み込まれてしまいそう。そうなったら一巻の終わりだ。

 

でもなんで。

ここはカームベルトでもないし、海王類発生領域でもない。スネイクが航路確認のときにそう云っていたのを覚えている。海王類というのは頭が良くて、めったなことでは領域外に出ないらしい。気性が荒い一部が領域外で暴れることは稀にあるようだけど、少なくともこの辺りで海王類の目撃情報はこれまでなかったはず。

それに、もしこの海王類が領域外で暴れるタイプであれば、私たちはとっくに海の藻屑になっていただろう。だって主戦力組まで揃いもそろって口を開けて固まってるんだもん、尾鰭で叩かれたら終わりよ終わり。

でも、この海王類は暴れることなくじっとこちらを見下ろしているだけだ。

こちらをっていうか、え、あれ。

 

――もしかして、私のこと、見てる……?

 

いやそれはさすがに自意識過剰が過ぎるだろう。いくら私が超ど級に可愛いからって、さすがに海王類まで虜にはできないでしょうよ。それこそ価値観も何もかも違うんだから、人間なんて捕食対象にすら思っていない可能性がある。これだけ大きいんだから、人間みたいなちっちゃい生き物を一匹二匹食べたところでお腹は満たされないと思うし。

あ、だから船ごといくのか、と嫌なことに気付いて肝を冷やしていると。

 

『ようやくわたしたちをよんでくれた』

「……へ……?」

『ながいあいだまっていました。わたしたちのあるじ』

 

声が、聞こえた。

それは直接頭に響くような不思議な声だった。

どこから、と考えてあたりをきょろきょろしていると、ようやく落ち着きを取り戻したらしいベックが、まだ青い顔のままだけれど口を開いた。

 

「エン、どうした?」

「主って何? 私、海王類の主なの?」

「……何云ってんだ?」

 

怪訝そうに眉間にしわを寄せたベックと、同じように首を傾げるライムを見て気付く。

今の声って、私にしか聞こえてなかった?

 

「……今、海王類がそう云ったの、聞こえなかった?」

 

二人は顔を見合わせ、すぐに揃ってあっさりと首を横に振った。

どういうこと。

呆然と言葉を失っている私に、さらに声は語り掛ける。

 

『わたしたちのこえをきけるものはかぎられています。あなたは、わたしたちのあるじであるゆえに、わたしたちのこえをきくことができる』

 

よくわからないけれど、とにかくこの声は私にしか聞こえない、ということだろうか。いやなんで。

 

『あるじ。わたしたちのたいせつなあるじ。わたしたちは、あなたのけんとたてになるためにずっとずっとまっていた』

 

身動きが取れない。

この状況も海王類の言葉の意味も理解できず、私はただ、私を見下ろすその目を見つめ返しながら固まっていた。

待ってた?

剣と盾になる?

海王類が、私を?

言葉の意味はわかっても、意図はまったく理解できない。

 

どれほどそうしていたのかはわからないけれど、とにかくそう長い時間ではなかったのだと思う。

少しした頃、バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、船内から甲板に続くドアが開け放たれると、そこからお頭が飛び出してきて私を背中に庇うように海王類に立ち向かった。

 

「エン!」

「ま、待ってお頭!!」

 

私が危険だと判断したお頭が剣を抜こうとしたのを、咄嗟に腕にしがみついて止める。反射だった。私がこういう場面でお頭の邪魔をしたのは初めてのことだったので、お頭も驚いたように私を見た。

勢いで振り払われなかったことに少しだけほっとしつつ、私は恐る恐る口を開いた。

 

「ええと多分、敵意とかは、ないみたい」

「だが危険だ。ここまでのサイズだと少し動いただけで船が転覆する可能性もある」

「うう、そ、そうなんだけど……」

 

大きさがあまりにも違いすぎて、海王類はただそこにいるだけで十分な脅威だ。お頭の云っていることはいちいちもっともで、本来私が邪魔する場面じゃない。でもお頭が強いのは知ってるけど、船の十倍もあるような海王類にも勝てるの? 人としてそっちのほうがヤバい気がするのは気のせいですか?

かといって、一応意思疎通の取れる相手を問答無用で殺しちゃうのはちょっと後味が悪いかなって。

なんて云えばいいのかわからず困っていると、海王類はまた云った。

 

『わたしたちはあるじをきずつけない。ゆえに、このものたちがあるじをきずつけないかぎり、ふねにきがいをくわえることはありません』

 

思わず顔を上げると海王類と目が合った。ゆっくりとした瞬きは、お頭にそう伝えろってことだろうか。わ、わからない。

でも真偽はともかく、今はこれをお頭に伝えるべきだと思った。

 

「みんなが私を傷つけない限り、海王類が船に危害を与えることはないって」

「……こいつがそう云ってるのか?」

「うん……」

 

確かにそう海王類は云っているのだけど。

やっぱりお頭にも、海王類の言葉は聞き取れないらしい。なんで私にはそれが聞こえるのか、と当然の疑問がお頭の頭に浮かんでいるのはよくわかる。だって私も不思議だし。

とにかく、敵意がなく会話ができるのであればいろいろと聞きたいことがあった。

お頭がひとまず剣を収めてくれたのを確認し、私は改めて海王類に向き直ってみた。

 

「ええと、なんで私が主なの?」

『うまれるまえからきまっていた。わたしたちは、あなたをまっていた。おうではない、あなたを』

「……王様がいるの?」

『わたしたちのおうは、ぽせいどん』

 

ポセイドンの名前を聞いてハッとした。

それって、前に見た【歴史の本文】にあった古代兵器の名前じゃないか。

てっきり兵器って云うからそういうものがあるんだと思っていたのだけど、今の云い方だと命をもって生きている誰かのように聞こえる。

海王類の王がポセイドン。ということはつまり、ポセイドンは生物兵器ってこと? そんなことあるの?

やばい頭が混乱する。情報が多い。

このままだとパンクしそうになるので、細かいことはあとで考えるとして、今は目の前の海王類に考えよう。

 

生まれる前から決まってたってこの子は云った。それは、この子が生まれる前なのか、私が生まれる前なのかでだいぶ意味が変わる気がする。

海王類って寿命何年だっけ。少なくともこの子は生まれて一、二年って感じではない。確か巨人族の寿命が三百年くらいで、単純にそれより大きな海王類はもっと寿命が長いとしたら、もう何百年も前から私が主になるって決まってたってことになる。

そんな馬鹿な。

何百年も昔じゃ、血の繋がった親戚だって生まれてるかどうかわからない。

考え込んでしまった私に、海王類は静かに続けた。

 

『おうはおうにちがいないけれど、わたしたちがつかえるのは、あるじだけ』

 

このときになって、私はようやく気が付いた。

あまりの大きさに威圧感しかないと思い込んでいたその視線が、本当は慈愛に満ちた優しい眼差しであったことに。

 

『こまったときはいつでもよんでほしい。わたしたちは、いつだってあなたのためにかけつけるから』

 

何故、という疑問は尽きない。

それでも、この海王類の言葉に嘘はないのだろうと、それだけはわかった。

 

「……あなたの名前は?」

『……コハクと、およびください』

「えっと、呼んだらいつもあなたが来てくれるのかな?」

『かのうなかぎり。だけどわたしたちはどこにでもいます。わたしがすぐにいけないときは、ほかのだれかがむかいます』

 

なにそのシステム。どうなってんの私の声。深海にいるであろう海王類に届く声って何。ああまた疑問が増えてしまった。

相変わらずの情報量に頭がパンクしそうになるのを何とか堪えて、少なくとも私はこの海王類……コハクの好意にお礼を伝えるべきだと思う。

 

「ありがとう、コハク。 あなたのその目、名前と同じでとっても綺麗ね」

 

冷静になって改めてコハクの目をよく見ると、名前と同じように美しい琥珀色をしていた。もしかして、名前の由来だろうか。随分と人間らしい名前の付け方だ。親近感がわく。

するとコハクは驚いたように目を瞬き、それから嬉しそうに目を細め、静かに海の中に消えていった。

大きな波を立てることなく、衝撃で船が損害を受けることもなかった。あの巨体で、本当にこちらに気を使ってくれたのがよくわかる。

 

そうして、何事もなかったかのように近くでカモメが鳴き。

しばしの、静寂と、沈黙。

呼吸音さえ聞こえないほどの耳の痛い静けさを破ったのは、この状況にいたたまれなくなった私だった。

くるりとみんなを振り返り、今だ唖然としたままのみんなに、へらりと笑い。

 

「……えーと。私、本当に海王類を召喚できるようになっちゃったみたいです」

「はぁ!?」

「なんか、困ったらいつでも呼んでって云われた」

「ど、どういうことだ……?」

 

さすがのお頭もはてなを飛ばしまくっている。うん。私も気分はそう。どういうことだってばよ。

そしてこの反応からするに、やっぱり私とコハクの会話はみんなには聞こえていなかったらしい。私は普通にしゃべってるつもりだったんだけど、こう、空気が揺らいでるような感じがするだけで、言葉としてみんなの耳には届かなかったんだってさ。どういう原理なんだろう。まぁその辺も追い追い考えるとして。

ひとまずコハクが去ってみんなが落ち着いたところで一旦場所をキッチンに移動し、幹部メンバーに私はかいつまんで説明した。

 

ひとつ、私が一部の海王類に主だと思われていること。

ひとつ、私が仲間と認識している相手に彼らが危害を与えることはないこと。

ひとつ、私が助けを求めたら近くにいる海王類が助けてくれること。

ひとつ、さっきの海王類の名前はコハク。

 

自分で説明してて何云ってんだこいつって実感してるから、その不可解そうな顔をやめてほしい。私だって傷付くんだぞ。

以上です、と話を締めくくると、お頭は天井を仰いだ。

 

「とんでもないことになったな」

「冗談のつもりだったのに……」

 

冗談? と首を傾げたお頭には、ライムが簡単に直前の話を説明してくれた。

あのとき私が冗談でも海王類を呼ばなければこんなことにはなっていなかったのだろうか。でも、コハクは『ずっと待っていた』って云ってた。ということは遅かれ早かれ海王類は私の前に現れていたのだろう。だとしたら、変に切羽詰まった状態で初対面になるよりはましだったかもしれない。いやどっちもどっちか。

とにかく、私の意志とは関係なく、私は海王類をいつでも召喚できるという技を得てしまったわけだが。

 

「安易に使うのは危険すぎるな」

「私もそう思う」

 

あんな巨大な海王類を好きに使役できるなんて、世間に知れたら大混乱になるだろう。それこそ、やる気になれば島一つ消すなんて簡単なことだ。小さな島なら飲み込めるほどの大きさの海王類がいることはすでに確認されているのだから。

しかも、主だなんて云われても、どういう海王類が私を主と仰いでくれているのかその数も規模も私は知らない。

コハクは相当な大きさだった。大きさがすべてとはないだろうけど、大きいのはそれだけで脅威だ。

一匹だけでも十分なのに、それがもしも十匹、二十匹、それ以上いたとしたら。

 

いや。

確かに力は欲しかったですよ。

いつまでも戦闘お荷物のままじゃなく、少しはさ、戦闘面で役に立ってみたいって思う気持ちは本物ですよ。

だからっていきなりこれは振り切りすぎじゃない?

ため息とともにテーブルに額を押し付けると、気の毒そうにモンスターがテーブルの下から私の手を握ってくれた。ありがとう、本当に君は人の心を理解してくれるよね。少しはそのへんみんなに見習ってほしいよね。

などと考えていると、頬杖をついたお頭がどこどなく楽しそうに云った。なんでちょっとニヤついてんの。

 

「ちなみに、どうやって呼ぶんだ?」

「……どうやってだろう」

「それは確認しとかないとまずいな。うっかりその気もないのに呼んで騒ぎになったらことだぞ」

「いやでも確認のためだけにもう一回コハク呼ぶのも申し訳ない気が……」

「さっきみたいによ、ここに呼ばなくても念みたいに会話できねぇの?」

「ええ?」

 

すごい子供みたいに目を輝かせてる。

云われてみればそのへんちゃんと確認しなきゃいけないことだとは思う。思うがしかし、こんな好奇心に満ちた視線を向けられると、他人事だと思って、と腹立たしいのも事実です。

まぁ、そのあたりは一旦置いといて、一応云われた通り、ダメもとでさっきと同じようにコハクに向けて話しかけてみると。

 

「……コハク?」

『はい、あるじ。どうしました?』

 

ハッと顔を上げる。

みんながまじまじと私を見ていた。

 

「で、できた」

「まじか。じゃあそのまま訊け訊け」

 

なんかもう怖さとかはなくなったらしいみんなは、今は他人事のようにこの状況を楽しんでるような気がする。何ちょっとわくわくしてんの、超能力とかじゃないから。ていうか見聞色の覇気使える組は似たようなことしてんじゃないの?

くそう、とちょっと薄情なみんなに内心悪態をつきながら、私は意識をコハクに集中した。

 

「呼んだら来てくれるって云ってたけど、具体的にはどう呼んだらいいの? たすけてーとか、名前呼んだら、とか」

『いのちのききをかんじたら、よばれずともたてになりにいきますが……そうですね。もしよければ、わたしのなまえをおよびください。いまのようにねんじるだけでもだいじょうぶ。あなたのこえは、わたしたちにとどくようにできていますから、ちかくにいるだれかがすぐにまいります』

「わかった」

『それと、あるじはわたしたちをつかうことをすこしうしろめたくおもっていますね』

 

ちょっと確認したくて声をかけたのに、返答の他にいきなりぶちかまされた問いが図星だったので息を飲んでしまった。それは肯定しているのと同じことで、コハクは少し笑いを含んだ声で続ける。

 

『よいのです。これはわたしたちのかってなのぞみで、ねがい。あるじはちからをてにいれただけ。つかうもつかわないもあるじしだい。けれどわたしたちはヒトにとってはきょうい。ただ、わたしたちをしえきできるだけで、あるじにきがいをくわえるものへのよくしりょくとなるでしょう』

 

抑止力、と聞いて思わず納得してしまった。

コハクたちが私を主と仰ぎ、私のために力を使ってくれるというのはとても心強い反面、やはりどうしたって私には過ぎた力であるように思えていた。

確かにみんなの役に立つために力は欲しかったけれど、手に入った力はあまりに強大すぎて、簡単には行使できない。

けれどもし、コハクたちを呼ぶことで、彼らに何かしてもらわずとも、『私を敵に回すことはこういうことだぞ』と相手に知らしめることが出来たなら。

もしかしたら、安易に私たちに手を出そうとする輩は減るのではないか。

だとしたら、戦うまでもなく敵を減らすことが出来るというわけで。

そしてこれは希望的観測でしかないのだけれど、海王類を使役する私を見て逃げ出した相手は、きっと本当のことを口に出来ない。だって海王類を自由に使役する女が現れた、なんて云っても誰も信じないに決まってる。どれだけ馬鹿でもそれくらいのことはわかるだろう。

 

『あなたがのぞむのならば、しまでも、くにでも、しゅぞくひとつをほろぼすこともいとわない。けれどやさしいあなたはそんなことはしないのでしょう。わたしたちのあるじ。あなたは、のぞむままにわたしたちをりようしてよいのですよ』

 

なんか怖いこと云われた気がする。海王類ジョークだろうか。ジョークってことにしとこう。

コハクとの会話が終わり、また私はコハクにもらった情報をみんなに共有する。ほとんどが斜め上のことすぎて感心したように頷いていたみんなだったけれど、やっぱり『抑止力』という言葉には納得したようだ。

 

「なるほどな。確かにそういう利用の仕方もあるな」

 

力は行使しなくともあるだけで意味があることがある。

特に、今回のような場合は。

 

「せっかくとんでも召喚獣を手に入れたけど、私にはうまく使ってあげられない気がする……」

「なんで。いーじゃんさっき云ってたみてぇにいざというときは海王類をけしかけて船ごと叩き潰しちまえばよ」

「それってなんかズルくない?」

「鳥葬まがいのことしようとか思ってたやつのセリフかよ」

「いやだって共通言語で意思疎通出来る相手に自分の代わりに戦ってこいってめちゃくちゃ私ヤなやつじゃん!?」

「そうかぁ?」

「少なくとも私は無理だ……」

 

それを云ったら鳥や魚は戦わせていいのかって話だけど、いやそれだって今考えたらちょっと嫌なんだけど。

はぁ、と思いため息を吐き出した私の肩に、ガブの手が乗る。みんなと違って面白がる様子はなく、純粋に私を機にかけてくれているらしい。やっぱガブよ。優しさの塊。泣いちゃう。

ほっこりしていると、さて、と気を取り直すようにスネイクが手を叩いた。

 

「じゃあエンの今後の戦闘面での役割は決まったな」

 

ニコニコ笑顔のスネイクになんとなく嫌な予感を覚えつつ、私は顔を上げた。みんなが妙に笑顔で私を見ている。

 

「まず、今まで通り逃げて隠れる」

 

ホンゴウの言葉に頷く。で?

 

「次におれたちが全力あるいは舐めプで戦う」

 

続いたパンチに頷いて、いいのか、これ。うん、まぁ、はい。それから?

 

「ほとんどありえねぇがもしおれたちが苦戦、もしくは敗戦が濃厚になった場合……」

 

たっぷりと煙草の煙を吐き出しながら云うあたり、ベックはその可能性がほとんどないと思ってる。そうだね、ないと思う。

最後にお頭が愛嬌たっぷりな笑顔で元気に云った。

 

「最終兵器としてエンに海王類を呼んでもらうってことで!」

 

つまり、現状維持である。

みんなが負けることなんかないんだから、やっぱ私お荷物なままじゃん!

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その日の夜。

お頭と二人で部屋飲みをしながら今日のことについて話をした。

 

「なーんで私が主?」

「可愛いから?」

「そりゃ可愛いだろうけども」

 

私が可愛いなんて生まれた時から知ってるんだよ。たいていのことはそれで納得できても、さすがに海王類の主になるなんてとんでも状況は私の可愛さだけでは説明できない。

ちょっと考え込んでいた私にルウがくれたとっておきのお酒の味もわからなくなるほど頭が混乱している。

 

「コハクが私を慕ってくれてるのはわかるんだけど、なんか申し訳なくなってきちゃう」

「まぁ、ありがたく受け取っとけよ。持ってて困るもんでもねぇんだし」

「でもさー、これ海軍が知ったらいよいよ私懸賞金掛けられちゃうと思わない?」

「……確かに」

 

他人事のようにけらけらと笑っていたお頭は、懸賞金、という言葉にぴくりと反応した。

今のところ赤髪海賊団の中で私だけは懸賞金が掛かっていない。戦闘になると引きこもっているから、海軍が私の姿を確認できていないっていうのももちろんあるだろう。

古代文字が読めることも地元にいる両親と赤髪海賊団のみんなしか知らないことだし、こっちも併せて海軍が知ったらどうなることやら。

 

「呼び出す機会はないに越したことはないけど、それだと私お荷物のまんまなんだよねぇ」

「あのな、おれたちがエンをお荷物だと思ったことなんかないって云ってるだろ」

「わかってるよぅ」

 

咎めるようなお頭の視線に口を尖らせ、残っていたお酒を一気に飲み干す。甘くて香りがいいけど、結構きつい度数のアルコールだ。おいしいけど、調子に乗ると悪酔いしそう。

空になったグラスをテーブルに置き、私はお頭の隣に座りなおした。

するとすぐに抱き上げられ、膝の上に横座りにさせられる。いつも思うけど、お頭片腕なのに器用だよね。

私は文句を云わずそのままお頭の胸に寄りかかり、ぽつりと零した。

 

「……私、人間じゃないのかな?」

 

そもそも、海洋生物と意思疎通ができるのは人魚族と魚人族の専売特許のはず。どれだけ優秀であっても人間である以上越えられない壁というのは存在する。

私は、一足飛びにその壁を突破してしまっていた。

すごい、なんて簡単な言葉では片付けられないほど、不可解な力。

しかも、まだ会話出来るだけなら百歩譲って突然変異だとかそういう納得の仕方ができたかもしれないのに、更に彼らは私を主と呼び付き従うとまで云っている。

これははっきり云って異常事態だ。

みんなは何も云わなかったけれど、それこそ、化け物染みた力だと、思う。

 

実は私は両親と血が繋がっておらず、今は亡き祖父母が旅の途中で見つけた私を両親に預けて育てられたという過去がある。

祖父母は最期まで私の出生について詳しいことは話さなかったようで、両親たちも本当のことは何も知らないらしい。出自不明の赤ん坊を育てるって、パパもママもめちゃくちゃお人好しよね。大好き。

ちなみに私たちの血が繋がっていないことは幼いころに自分で気付いた。だってあまりにも私誰にも似てないんだもん、さすがに気付くよ。

で、ケロッとそのことを両親に話してみたら、実は、と私を引き取ることになった経緯を教えてくれた。変に隠されなくてよかったと思う。

血の繋がりがなくても、私は両親の子供だし、祖父母の孫だ。

仮に血縁の両親と名乗る人が現れたとしても、私にとってその人たちは他人でしかない。私の家族は、今も昔もあの島にいる人たちだけだから。

だからもしも、私の血縁が遠い過去に何かをやらかして、海王類を手懐ける特別な力を得たのだとしても、私には関係ないことだった。

そのはず、だったのに。

 

このことは船に乗って割とすぐにお頭にも話した。

私はほとんど飛び出すように島を出たから、家族が心配してるんじゃないかって話になって、家族大好きな私が自慢話も兼ねて話したのだ。そういえばあのときちょっと師匠が複雑そうな顔をしてたの、今考えたらめちゃくちゃぶっ刺さってたんだろうなぁ。でも奥さんと子供置いて島を出たのは師匠の意志だし罪悪感とかずるくない? って云ったら泣いちゃったのを思い出した。

まぁ、とにかく。

私の出自が不明だということを知っているお頭も、可能性として血縁のほうで何かあったと予想はついたんだろう。

気遣うように私を抱きしめ、頭にキスを落としながら優しく云った。

 

「なんでもいいさ。おれは人間のエンがいいんじゃない。人魚でも魚人でもなんでも、お前ならなんだって」

 

私は私の出自を何も知らない。

当たり前のように人間だと思っていたけれど、実は違うのかもしれない。

普段は気にも留めていないことが、海王類の主だという力を手に入れて表面に出てきて私の頭を悩ませる。

どこで生まれ、どんな血が流れているのか、血縁者は生きているのかどうか、何もわからない。

不安だった。

だけど、お頭は、私を安心させるように笑ってくれる。

嘘では、ないのだろう。

もし仮に嘘でも、それでも私は救われるから、それでもいい。

 

「お頭ならそう云うと思った」

「なんだ、おれを試したのか? 傷付くなぁ」

「っふふ、ごめんね」

 

わかりやすくムッと唇を尖らせ、子供のように拗ねたふりをするお頭を、私はあやすように抱き締めた。

可愛い人。

大好きな人。

どんな私でも変わらず愛してくれる、お頭。

人の身には過ぎた力を得てしまった私でさえも、この人はそれでもいいと笑ってくれる。

その優しさと愛情に泣いてしまいそうになるのをぐっと笑顔の下に抑え込み、私は両手でお頭の頬を包んで小首を傾げて上目遣いにお頭を上げる。

 

「ね、お頭。私、お詫びに何をしたらいい?」

 

悪戯っぽくそう問えば、お頭は嬉しそうに目を細めて、私にかみつくようなキスをした。

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