「しばらく見ないうちに女の趣味が変わったんじゃないの?」
そんな声が背中に聞こえ、隣にいたベックが振り返った。
ここはナワバリではないけれどそれなりに馴染みのある島で、お酒も料理もおいしいということで赤髪海賊団お気に入りの島らしい。ちなみに私は今回が初めての上陸だ。
船をメンテナンスに出し、私はベックと買い出し兼必要そうな場所に顔出しをしているところだった。今後もたびたびここには立ち寄るだろうから、私も挨拶をしたほうがいいだろう、というベックの判断だ。
ちなみにお頭も一緒に来ようとしてたけど、ドックのお偉いさんに捕まってたので置いてきた。なんでも彼はお頭の大ファンらしく、島に来るたびに冒険話を聞きたがるのだそうだ。そういうファンサも大事だよ、お頭。
そんなわけでうるさ……賑やかなお頭もいないので、ベックとのんびり歩いていたところで冒頭に繋がる。
「ベックの知り合い?」
私もベックに倣って振り返ると、そこにいたのはとんでもない美女だった。
高身長を更にヒールで高くして、ダイナマイトボディを存分に生かす露出多めの派手な装い。化粧もばっちり決まっており、濃いはずなのにケバいとは思わえない絶妙なバランスだ。一言で云うと迫力美女。
そんな人に、なぜか初対面にもかかわらず睨まれる私。何故。悲しい。
「まぁ、知り合いというか」
「あ、コレですか色男」
「お前そういうのはどこで覚えるんだ」
小指を立ててコレですか、とワクワクしながら問えば、否定はなかった。ということはつまりそういうことである。
あー、わかる。ベック好きそう。超美人で自分に絶対の自信持ってそうな強気な人、ベック好きそう。しかもベックの隣にいても全く違和感のない体型だもん、いや~二人が並んでたら絵になるね。是非今夜の飲み会にも来ていただいて、ベックの隣で飲んでいただきたい。私はそれを眺めながらお酒を飲みたいです。
しかし、だ。
繰り返しになるが、何故私がそんな人に睨まれなければならないのだろう。心当たりが全くないのだけれど。
あ。
いや、え、もしや私、ベックの新しい女だと思われたりするのかしら。心外だ。
ハッとして改めて美人を見ると、目が合った彼女は明らかに私を馬鹿にしたように笑った。
「てっきりあなたは、私みたいな女が好みなんだと思ってたんだけど……なぁに、その絶壁」
「ぜっ」
彼女の視線は私の胸に注がれていた。
絶壁。
今絶壁って云いました?
確かにあなたみたいに豊満じゃないし、お世辞にも大きいとは云えないかもしれないけど、それなりに、小高い丘とは云わないけどなだらかな丘程度にはあるんですけど!?
遠回しな表現で貶されたことは多々あっても、ここまでドストレートに馬鹿に貧乳を馬鹿にされたのは初めてで思わず言葉を失っていると、ベックが困ったように煙草の煙を吐き出して云った。
「こいつは絶壁なのが可愛いんだ。絶壁ですらも魅力の一つにしてるすごいやつなんだよ。いくらお前が恵まれてるからって、そう馬鹿にするもんじゃないぜ」
「擁護するのね。やっぱり変わったわ、ベックマン」
ほんとですか?
擁護されましたか私?
追い打ちかけられたような気がするんですけど気のせいですか?
なんでベックは今二回も絶壁って云った?
今口を開いたら泣いちゃう気がしたのでぎゅっと歯を食いしばって黙っていると、彼女はヒールをカツカツと鳴らしながらベックの目の前に立った。
近くで見るとさらに色気がすごい。なんでベックは平然としてられるの。あ、ベックも色気すごいからか。色気と色気が相殺されてるってこと? そんな馬鹿な。
彼女からしてみれば、私みたいな絶壁ちんちくりんはもう眼中になどないのだろう。完全に私の存在を無視してベックに話しかけた。
「ずっと連絡もなくて突然帰ってきたと思ったら、隣にそんなガキくさい子連れて。おまけに未だに私にただいまのキスもなし?」
「悪かったな。だが今後二度とお前に声を掛ける気はねぇから安心してくれ」
「……なんですって?」
何やら不穏。
私、邪魔じゃない?
二人が話してる隙にそっと逃げようかと思ったのだけど、ちらりとベックに見られて足を止める。ここにいろ、と云われた気がしたのだ。彼女が私をベックの新しい恋人or遊び相手だと勘違いしてるなら、私がこの場にいるほうが拗れるんじゃないかと思うのだけど。
しかしベックはそんな私の心配などお構いなしに実にいい笑顔を浮かべて云い放った。
「こいつは間違ってもおれの女じゃねぇが、間違いなく仲間でね。仲間を見下す馬鹿女に構ってる暇はねぇんだ。今後は男が欲しけりゃ他を当たってくれ」
あれ、これは。
ベックめちゃくちゃ怒ってるじゃん。
覇気こそ出してはいなくとも、かなり威圧感のある笑顔を浮かべながらそうはっきり云ったベックに私は言葉が出てこなかった。
そうして私が呆気に取られているうちにその場に響き渡った、バチーン、という痛々しい音。
彼女がベックの頬に張り手を食らわせたのだ。
やっば赤髪海賊団副船長に張り手食らわせるとかこの人武装色の覇気まとってるじゃん私より有能じゃん負けたわ。
ってそんなこと考えてる場合じゃなく、ベック!
「クソ男」
「ありがとよ」
彼女は悔しそうに笑いながら吐き捨て、その大きな目には涙を浮かべていた。
へらりと笑ってそう云ったベックを、悲しそうに見つめた彼女は、踵を返して姿を消した。
ちなみにこれ、昼間の大通りのど真ん中で繰り広げられてた現実です。
しかしベックの女関係はこの街の人たちの知るところらしく、遠巻きにみんなはらはらと見守ってはいたものの、彼女がいなくなってからは元通りの喧騒が戻ってきた。あの人プライド高そうだし、こんな人通りのあるところであんなことして、もうこの街にいられなさそう。
私は彼女が去っていった方向を眺めながら、ぽつりと零す。
「……いいの? ベック」
「何が」
「あの人超美人だったよ。胸もあったし。もったいないことしたんじゃない?」
ベックの女好きは知っている。
モテるから自分から行かなくたって寄ってこられるのに、それ以外にも割と積極的に自分から声をかけているのなんて何度も見てきた。
まぁ、恋人がほしいというよりは単純に綺麗な女の人という存在そのものが好きなんだと思っていたから、正直一夜限りなら性格とかどうでもいいんだろうなぁと勝手に解釈してた。
だからこそ、何度か相手してもらうほど気に入っていた相手ならなおさら、ちょっと私を馬鹿にしたくらいで切り捨てちゃうのはもったいないんじゃないかな、と思ったんですよ。
するとベックは思いっきり吸った煙草をゆっくりと時間をかけて吐き出しながら、ガシガシと頭を掻いて云った。
「おれは女は好きだが、誰でもってわけじゃねぇ」
「うん、知ってる。可愛い系より美人系が好きだよね」
「それもそう。別に可愛い女も好きだけどな」
「でもさっきの人は超美人系でベックのストライクだったでしょ? 私を絶壁呼ばわりしたことさえ無視すればまたよろしく出来たと思うけど」
「だから、それが無視できねぇってこった」
ちょっと私の言葉にかぶせるように早口に云ったベック。
私は、こてん、と首を傾げる。
ははぁ、つまり。
私を馬鹿にされて、美人だから許すっていう選択肢もなくすくらい怒ったってことですか。自分だって私のこと二回も絶壁呼ばわりしたくせに、自分はよくて他はダメってことですか。
「おれは愛情をもってお前を絶壁と呼んだんだ。あいつは悪意しかなかっただろう」
「……ベックったら結構私のこと好きだったりする?」
「お望みなら口説こうか?」
「それは遠慮しとくけど」
肩を竦めて笑ったベックに、私も笑う。いくらわざととはいえ美人に振られては落ち込んだりするかな、と思ったんだけど、大丈夫みたいだ。
二人でまた並んで歩き出しながら、私は思ったよりもベックに愛されているのだという事実が妙にくすぐったい。
そりゃね、最初からベックは私に優しかったよ。私は可愛かったし、女好きと自称するだけあって相応に優しくされてたと思う。
でも単にお頭が私を気に入っていたからってだけじゃなく、可愛い女の子だからってわけじゃなく、私を『私』として見ていろんなことを判断してくれてたのもわかってた。
その証拠に仕事を教えてくれるようになったのも私が歴史学者として結果を残してたってわかってからだったし、赤髪海賊団の懐事情なんかの話をしてくれるようになったのもしばらくしてからだった。ベックなりに私を見極めて、話せる内容を取捨選択してたってことなんだと思う。
私はそれが嬉しかった。無条件にではなく、ちゃんと私を評価して認めてくれてるんだってわかるから。
だからベックが、今となっては仕事の上で苦楽を共にしがちな私を好いてくれてたのは十分なほどにわかってた。
でも、改めて、よくわかったわけですよ。
見た目だけなら十分合格点で、あの口ぶりからして過去に何度か関係を持ったのも嘘じゃないそれなりに馴染みのある相手ですら、私を貶したら切り捨てちゃうんだもん。
愛されてるよね、私ったら。
「うふふーんふーん」
「なんだその笑い方、可愛いやつだな」
「知ってるぅ。んじゃ今日の宴、もしお店の人でベックのお好みの女の人がいなかったら、私がお酌してあげちゃおうかな」
「お頭がうるせぇぞ」
「黙らすから大丈夫。私は今日とっても機嫌が良いのだっ」
ばちーん、と上機嫌にウィンクしてみせると、ベックは驚いたように目を瞬いてから噴き出した。失礼な。私という超絶美少女のウィンク浴びといて噴き出すとはなんて失礼な男よ、ベン・ベックマン。それにしても爆笑してる姿もイケメンだなぁ。
よっぽどツボに入ったのか、その後しばらくベックは肩を震わせて笑いを堪えていた。そろそろ怒るべきかしら、と考えながら睨みつければ、ようやく笑いが収まってきたらしくベックは云う。
「じゃあ、今日は女を探しに行くのはやめとくかな」
「え、行かないの?」
「女連れて来たら酌してくれねぇんだろ?」
「連れてきた女の人がいいって云ってくれたらお酌するよ。私は別の席に行くからお酌だけ」
「なんだそりゃ」
「ほら、私ベックの顔超好きなんだよね。だからベックが美人侍らせてるの見てるの大好きで、それを酒の肴にしたいなって」
「エンも一緒に飲めばいいだろ」
「わかってないな、ベック。私はベックと美人が並んでるところを見たいの。そこに自分も入りたいわけじゃないの」
「……めんどくせぇな、お前」
「上等だい」
真顔で云えば、そういうもんか、と納得してないようだけど無理やり納得するように頷いた。そう、それでいいの。
結局、買い物と顔出しを終えたあといつものように女の人ハントに出かけたベックは、珍しく収穫なしで戻ってきた。まさか私にお酌してもらうためにわざと……? とちょっと勘ぐったけど、割と普通に落ち込んでた(当社比)から本当に誰も捕まらなかったんだろう。可哀想。可哀想なのでちゃんとお酌してあげましょうね。
しかし何が気に食わないのかことあるごとにお頭が邪魔をしてきたから、邪魔の回数が片手を越したあたりで私も面倒くさくなってきちゃって、
「もーお頭、どうせだったら綺麗なお姉さんのところ行きなよ! そこの美人さんめちゃくちゃ誘ってくれてるじゃん!」
と云ったら、お頭泣いちゃった。なんでさ。
お頭は私の膝に抱き着いて泣きながら飲んでるし、ベックは黙々と飲むばっかりだし、ホンゴウたちは宴の途中一回も目があわなかったし、女の人たちからは羨ましいような気の毒なような微妙な視線を受けて、私はひどく傷つきました。マスター、このお店で一番強いお酒持ってきてください。