まず目に入ったのは赤い髪。
次いで、長い剣と派手な柄のパンツ。
既視感。
「ロックスターです、初めまして」
「…………。」
「おい、エン?」
「あ。ご、ごめんごめん、エンです、初めまして! よろしくね!」
思わず絶句してしまった私を、不審そうにベックが肘で突く。ハッとして慌てて挨拶をすれば、私の失礼な態度に怒りもせずに彼は深々と頭を下げてくれた。
なんて礼儀正しい人。
それが私の、ロックスターくんへの第一印象。あと、結構形から入るタイプなんだね。意外です。
前々から仲間になりたいと打診がある、という話は聞いていた。
彼は中規模ながら自分の海賊団を持っており、それなりに名前も売れているらしい。だから傘下に入りたい、という話なのかと思ったが、どうも違う。彼は単身で赤髪海賊団に加わりたいのだそうだ。じゃあ自分の海賊団はどうするのかと思えば、副船長を船長に昇格させた上で赤髪海賊団の傘下に加わる、とのこと。
おお。そういうのもあるんだ、と感心してしまった。
ただすぐにというわけにはいかず、なんやかんやとやることを片付けてから合流することになっているという話をしたのが半年ほど前のことだったと思う。
身辺整理を漸く終えたという彼は、ものすごく嬉しそうに赤髪海賊団へやってきた。
で、力試しだのなんだのみんながやってる間はおとなしく執務室で仕事をしていたので、私は彼とはこの日が初対面。
ベックに呼ばれて甲板に上がり初めて目にしたロックスターくんは、一目でお頭に憧れているのだとわかる見た目をしていた。その柄パン、どこで買ったの。お頭以外にもそういうの買う人いるんだね。
とまぁいろんな言葉を飲み込んで朗らかに挨拶を終えた数日後。
朝食後、少しホンゴウの手伝いをしてから執務室に行こうかと考えていた私と目が合った彼は、人懐こい笑顔を浮かべてこう云ったのだ。
「姐御!」
私は思わず固まってしまった。
そうして、キラキラ笑顔の彼に、こてん、と首を傾げて口を開く。
「……もしかして、それ、私のこと?」
「はい。お頭からあなたは丁重に扱うようにと云われています。何かあればいつでも呼んでください!」
おお、おお、その笑顔の眩しいこと。
きっと憧れの赤髪海賊団の一員になれたことがよほど嬉しいんだろう。雑用すらも楽しそうにこなしている現場は目にしていたから、それはいいことだと思う。
でもね。
「じゃあさっそくなんだけど、いいかな?」
「はい、もちろん!」
元気いっぱいな返事、好感が持てます。
彼がいい人なのはわかったので、ぜひお願いしたい。
「姐御って呼ぶのやめて。絶対」
私結構沸点は高いほうなんだけど、こればっかりは我慢できなかったよ。
この船に未だに女は私だけ。つまり姐御というのが私以外にはありえない。呼び間違えとかでないのなら、これだけは徹底阻止せねばならないと思ったわけです。
しかしロックスターくんはきょとんとしてから、困ったように首を振った。
「……でも、姐御は姐御ですから」
「いや普通に名前で呼べばいいじゃん! エンでいいよ、敬語もいらないし」
「そんなわけにはいきません。尊敬するお頭の女であるあなたを気軽に名前で呼べるのは、大幹部のみなさんくらいですよ」
「私がいいって云ってるのに?」
「はい。申し訳ありませんが」
っかー頭が固い!
お頭を尊敬してるならそんなに頭固くちゃやってらんないよ!? もっと柔軟に、というかふやけた思考でいかないと!
いやでも、こういう真面目で実直な人を言葉で説得するのは非常に難しいってことを私は知っている。
「じゃー私も好きにしよ」
「はい、どうぞ」
かといって姐御呼びを許容するつもりはまったくないので、ならばどうするか。
「ロックスターさん、何かわからないことがあったら云ってくださいね。私でよろしければいつでもお手伝いしますから」
「え、姐御?」
「はい、なんでしょう?」
「な、なんで自分に敬語なんて……」
見るからに青ざめる彼に、私はにっこりと笑顔で返した。
「私は嫌だと云ったのに、あなたはやめてくださらないそうなので。だったらこちらも同じ対応にしようかと思いまして」
「や、やめてください! 姐御にそんなふうにさせられませんよ!」
「私にやめさせたかったら、ロックスターさんもやめてください」
ニコニコと全力の笑顔で圧力をかける。
だってヤなんだもん。
何、姐御って。
全ッ然可愛くない。
そりゃ、私は多少長く赤髪海賊団にいるよ。だからちょっとだけ彼より先輩かもしれないけれど、海賊としては絶対に彼のほうが格上だ。何せ私は戦えないんだからね。一方、自分の実力で懸賞金がついてる彼は立派に海賊。可愛くて賢いだけの私は海賊としては三流。
そんな彼が、ただ私がお頭の恋人だからって低姿勢になるのは違うと思う。私、偉ぶりたくてお頭の隣にいるわけじゃないし。
どれほど時間が経っただろう。
しばらく青い顔で固まっていたロックスターくんだったけれど、ややあって、意を決したように声を捻り出した。
「……………………エン……さん!」
「……ま、いいでしょ。ほんと姐御はやめてね。出来れば敬語もやめてほしいんだけど」
「うう……なんて恐れ多い……」
「私は一体なんなのさ」
絶望したように両手で顔を覆ってしまったロックスターくんに、私は呆れてしまった。
何、恐れ多いって。私はただ可愛くて賢くて心が広いだけの一般船員なので、君が敬うような存在じゃないんだってのに。
思ったことをそのまま口にすれば、顔を上げたロックスターくんは信じられないものを見るような目で私を見た。顔に『何云ってんだあんた』って書いてある。どういう意味よ。
しばらく無言で見つめあっていると、ひょっこりと顔を出したのはお頭だった。
「何やってんだ、お前ら」
「教育的指導」
「え、いいなロックスター。羨ましい」
「羨ましい……?」
「ねぇロックスターくん、いいの? 憧れのお頭、相当気色悪いこと云ってるよ。今からでも憧れる対象ベックとかにしといたほうがいいんじゃない?」
「い、いやぁ……」
目が泳いでる。この子意外と素直だな。嫌いじゃない。姐御って呼ぶのさえやめてくれたら。
まぁ、自分が立ち上げた海賊団を抜けてまで赤髪海賊団に入りたがっていたような人が、この程度で心変わりをすることはないんだろう。たまにものすごく引くほど気持ち悪くて気色悪いこと云うけど、ほら、一応お頭ってば四皇だし、黙ってればそれなりだし、戦ってるときは無条件に格好いいし。
せっかく仲間になったんだから、今後時間をかけてお頭のいいところも悪いところも見てってもらうのもいいかもね。
「で、どしたのお頭」
「んにゃ。エンの姿が見えなかったから探してた」
「ペットじゃいんだから……。 じゃあ私一旦医務室寄ってから執務室行くし、お頭はロックスターくんとお話ししてたら?」
「いいな、ロックスター。飲もうぜ!」
「は、はい、是非!」
お話とは云ったけど飲めとは云ってないのに、まったくこの人は。
憧れのお頭に肩を組まれたロックスターくんは、感激したように顔を紅潮させていた。まぁ、彼がいいならいいけども。
とにかく私はホンゴウに頼まれていた仕事を片付けるために医務室へ向かった。
今日はやることいっぱいあるし、ベックのほうも手伝わなくちゃ。
「あの、お頭」
「んん?」
「あね……エン、さんなんですけど」
だから、私がいなくなったあとの二人の会話など知る由もなく。
「自分が大幹部の一人だって自覚ないんですか?」
「それがエンの可愛いとこなんだよ」
可愛いで済ませられることじゃないですよ、というロックスターくんの感想はもっともかもしれないのだけれど、いや、だって私が大幹部とか嘘じゃん。一般船員の気持ちで日々生きてるよ。