超絶美少女は夢を見る   作:秋元琶耶

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世の中不思議なことに溢れてるので、これくらいの奇跡は許されてもいいかなって
時間旅行関連の話はまだ書きたいこといっぱいあるけど、メインはやっぱりシャンクスなのであと一つだけ書いて終わりにしようとしてたんだけど、せっかくお誕生日なので……やっぱり…好きなので……
お誕生日おめでとうございます。

デフォルト名:エン


未来の海賊女王と大晦日の奇跡

甲板に上がると、ものすごい霧だった。

確かに昨日の夜スネイクが、近々そういう気候の海域に入るって話をしてたけど、想像以上だ。これじゃ十メートル前だってまともに見えやしない。

まずい。仕事の前に外の空気を吸いに来たのに、このまま歩いたら普通に転びそう。しかたない、まぁ一応ここも外なわけだし、目的達成ってことでさっさと中に戻ろうか。

そんなことを考えながら伸びをすると、霧の中でゆらりと何かが動いた。はっきりとはわからないけれど、あれは人だ。人。人じゃなかったら困るから人であれ。目を凝らしてもこの霧では誰なのかは判別できず、そういえば今日は珍しく起きたらお頭がベッドにいなかったことを思い出す。

 

「お頭?」

 

しかし返答はない。お頭だったらそもそも見聞色があるんだから、先に向こうから声をかけてくるだろう。あと自慢じゃないけどあの人は私のこと超大好きなので、私が声を掛けたら無視をするなんてことはありえない。自信過剰? いいえ事実です。私も同じくらいお頭のこと好きだし。

なんてどうでもいいことを考えていると、霧の向こうの人物がこちらを見た気配がした。そうして。

 

「エン」

 

ぎくり、と身体が強張った。

嘘。

そんなわけない。

ありえない。

だってここは、今は。

 

――ああ、だけど、この声を聞き間違えるはずがない!

 

ゴツ、と。

最後に聞いたのは随分前のように思えるのに、確信をもってあの人のものだとわかる重量感のある足音。

私は思わず悲鳴を上げそうになる口を押さえた。

ゴツ。もう一歩踏み出され、霧の中の陰が鮮明になる。

これはいよいよ間違いようがない。

霧の中から、姿を現したのは。

 

「――ロジャー、さん?」

 

そう。

それはもう二度と出会うはずのない人だった。

彼も驚いたように目を見開き、辺りを見渡す。しかしこの霧は不思議と彼と私の姿以外のすべてを覆っており、船の上であること以外は何もわからない。

妙な霧の空間に立ち尽くし、私たちはしばらくの間言葉もなくただ見つめあった。

一分にも一時間にも思えるような静寂と沈黙。

先に口を開いたのは、ロジャーさんの方だった。

 

「生きてる」

 

震える声を我慢しているような呟き方だった。

私が生きていることが信じられないことだとでもように、彼は顔をくしゃりと歪ませた。

それは、そうだろう。

だって私は確かにあのとき死んだ。ロジャーさんに、みんなに見守られて間違いなく一度死んだのだ。

けれど次に目を覚ましたとき、私はもとの時代に戻ってきた。ロジャーさんたちと過ごした十年はこちらの時代でたったの一週間で、それが事実であることに一番驚いたのは私自身だ。

でもどんなに信じがたくとも全部事実だと私の魂が叫んでいる。

 

過去から戻った私は、当たり前の日常に戻った。

お頭と一緒に眠り、起きて、仕事をして楽しく愉快に過ごす。

まるで過去での出来事なんて夢だったのではないかと思うほどの日常は、けれど時折どうしようもないほどの喪失感と寂寥感に苛まれて私にあれが現実であったのだと訴える。

油断すれば泣き出してしまいそうになる心をなんとか奮い立たせて、私は今日まで生きてきた。

生きて、きた。

 

「どうして……」

 

どうしてあなたがここに。

私の声は情けなくなるほど小さかったのに、ロジャーさんはそれを拾ってくれた。彼自身もまだ完全に状況を把握できていないだろうに、困ったように云う。

 

「霧が出たんだ。一等濃いやつが。そうしたら、気付いたらお前がいた」

 

なるほど、不思議霧。もはや【偉大なる航路】の不思議に理由を求めるなんて無意味なことは放棄するしかないのかもしれない。

私も似たようなものです、と肩を竦めて笑ってみれば、ロジャーさんはゆっくりとこちらに近付いてきて、手が届く距離で立ち止まった。

 

「本当に、生きてるのか」

 

ロジャーさんはまるで幽霊でも見ているような目で私を見た。黒い目が少し揺らいでいるのは、きっと気のせいではない。

私は大きく息を吸う。

すると少し、ほんの少しだけ冷静になれた。

今私の目の前にいるロジャーさんが、【現在】に続いているロジャーさんかどうかはわからない。だけどすべてを話すわけにはいかないのだろう。あのとき、過去に飛ばされたときと同じだ。

 

「私は、正確には、あなたと過ごした私ではないんです」

「……どういうことだ?」

「詳しくは話せません。でも、私はあなたを知っている」

 

正直、私は未だに【過去】と【現在】が繋がっているという確証を持っていない。

ただ過去の私が私自身を産んだ事実は事実としてあって、だから私はここにいる。

あのときロジャーさんに伝えられなかったことすべてを話してしまえたら、どれだけ楽になるだろう。実は勝手にあなたの子供を身籠って、こっそり産んで養子に出して、それがこの【私】です、なんて。

そんな荒唐無稽なことを、云えたら。

きっとこの人はそんな私の話すらも受け入れてくれるのだと思う。そういう人なのだ、ロジャーさんという人は。

それでも、話すわけにはいかないのだ。

さっきロジャーさんに伝えた通り、私は私であって、私ではない。

ロジャーさんを愛し、ロジャーさんに愛された【私】はすでに死んだのだ。

 

けれど――ああ、けれど。

 

同一でなくとも、私はこの人を覚えているから。

 

「またこうして、ロジャーさんに会えるなんて思ってもみなかった」

「……おれもだ、エン」

 

次の瞬間、私はロジャーさんの腕に引き寄せられ、力強く抱き締められていた。

懐かしい温度。懐かしい匂い。

二度と味わうことはなかったはずなのに、今こうして私はまたロジャーさんに抱き締められている。

嬉しくて胸がいっぱいで、夢ではないかと思う。けれどこの少し苦しい力強さが現実なのだと教えてくれた。

 

「ずっと会いたかった。また抱き締めたかった」

 

私がロジャーさんの背中に腕を回すと、一度小さく震えたあと、普段の彼からは想像もできないほどか細い声でそう呟いた。

私たちの最期は、望んだ形ではなかった。私は納得したうえで満足のいく最期だったと思うけれど、ロジャーさんにとっては理不尽で最悪の最期だったのだろう。

彼を遺して死んでいった私は、その後の彼のことを知る由がなかったから、こんなに私のことを想って、想い続けてくれていたことが嬉しい反面申し訳なくなる。

考えてみれば、ロジャーさんは一度懐に入れた相手にはどこまでも甘く、愛情深い。しかも私は、その中でも特に多くの愛情を向けられていたのだ。

死んだからもうどうでもいい、なんて、そんな簡単に割り切れるはずはないのに。

でも今そのことを謝ったって、彼は笑うに違いない。

ならば、今の私に出来ることは。

 

「ロジャーさん、今日が何の日かわかりますか?」

「今日?」

「はい。とっても特別な日ですよ」

「大晦日」

「それはそう。だけどもっと大切な日です」

 

ロジャーさんの胸に頬を寄せながらそう云えば、彼は少し考えてからハッとしたように云った。

 

「おれの誕生日」

「正解。お誕生日おめでとうございます。……またあなたに、この言葉を云えて嬉しい」

 

オーロ・ジャクソン号に乗っていた頃、欠かさず祝っていた日。

我らが船長が生まれた記念すべき日。

こちらに戻ってきてからは、年末年始と云う名目の宴はあったものの、ロジャーさんの誕生日を祝っての宴を開いたことはなかった。ただ、ほんの短い時間お頭が一人になることはあったから、もしかしたらお頭はこっそりと彼の誕生日を祝っていたのかもしれない。まぁ、そりゃあ大々的には祝えないもんね。今なら私もお頭の気持ちがわかる。

 

「【偉大なる航路】は不思議がいっぱいだからな。今までだって何度も驚かされたし、わけのわからん体験も数え切れねぇほどした。だが、今日ほど嬉しい奇跡にあったことはない」

 

確かに、と私も笑う。

過去に私が飛んだことは運命だった。

ならばこの再会は奇跡なのだ。

 

ロジャーさんはもう一度きつく私を抱き締めると、名残惜しそうにしつつそっと身体を離した。

そうして、私の頬を愛おしそうに撫で、云う。

 

「エン。愛してるぞ」

「――……」

 

私も、と。

返すべきだったのかもしれない。

きっと、この人と一緒に過ごしていたあの頃だったら、間違いなくそう返していた。

 

――だけど今の私は、今を生きているから。

 

ロジャーさんを愛していたのは嘘じゃない。

こうして奇跡の再会を果たした今も、胸に込み上げる熱い気持ちが、彼に対する愛情が本物だったのだと痛感する。

それでも私は、【今の私】は、――お頭を愛しているから。

一度開きかけた口を閉じ、ぐ、と奥歯を噛みしめる。そうして、私は無理矢理に笑顔を作った。

きっとそれだけで彼は、私の意図をくみ取ってくれたのだろう。驚いたように目を見開き、それからそっと、少し悲しそうに笑った。

 

もしかしたら、それが終わりの合図だったのかもしれない。

ただでさえ濃かった霧が、徐々に更に深くなる。

こんなに近くにいるのに、もうロジャーさんの姿は霧に飲まれてぼやけてしまった。

この奇跡の時間は、もう終わる。

寂しい。

悲しい。

もっと話していたかった。

でもそれは許されない願いだ。

私は、かつてロジャーさんが好きだと云ってくれた笑顔を浮かべる。先ほどのように下手くそなものではなく、心の底からの笑顔を。

そうして、告げる。

 

「さよなら、ロジャーさん」

 

そもそも出会うはずのない人だった。

何の因果か過去に飛ばされ、運命のいたずらで出会った人だった。

ロジャーさん。

ゴール・D・ロジャー。

世界唯一の海賊王。

遠い昔の私が、確かに愛した人。

 

私は神様なんて信じていないし、仮にいたとしても私には関係のないものだと思っている。だって私の人生は私のもので、神様に決められた道を歩んでるなんて癪だもの。

だから何が起きてもそれは私の責任で、良いも悪いも私次第。

でも、ロジャーさんとの出会いだけは神様の気まぐれなのだとしたら、ほんの少しだけ感謝してもいいと思っている。

同じ言葉を返す代わりに別れの言葉を告げた私に、ロジャーさんは悲しそうに目を細めて笑った。

やっぱりこの人には何もかもお見通しなのだろう。そういう人だ。多分そんなロジャーさんだから私は好きになった。

そうしてロジャーさんは、霧の向こうで、私が愛した愛嬌のある笑顔を浮かべて云った。

 

「――ああ。じゃあな、エン」

 

次の瞬間、強い風が吹いた。

思わず目を閉じれば、ふつり、と何かが切れたようなそんな感覚がした。

風がおさまってから恐る恐る目を開けると、そこはいつもの見慣れた甲板。霧ではあるが、何も見えないほどではない。さっきまでの濃霧が嘘のようだ。

当然、そこにロジャーさんはいなかった。

 

なんだったのだろう、今のは。

夢ではなかった。

だけど現実だと断じるにはあまりにも奇跡的過ぎて。

それでもあの人の声はまだ耳に残っていて、抱き締められた感覚も忘れられない。

どうして。

息が詰まる。

目の奥が熱くなって痛い。

身動きが取れなくて固まっていると、がちゃり、と後ろのドアが開く音がした。

咄嗟に振り返れば、そこにいたのはお頭だった。眠そうに頭をかいて、行儀悪く足でドアを閉める。甲板にいる私を見つけると、へらりと笑った。

 

「すげぇ霧だな。スネイクの云った通りだ。って、エン!?」

 

ぎょっとしたお頭にマントで顔を拭かれて気付く。どうやら私は泣いていたらしい。

 

「どうした? 霧が怖かったか?」

「……うん」

「そうか。じゃあ、中入ってようぜ。ルウになんかあったけぇもん用意してもらって、ゆっくりしよう」

 

相変わらずお頭は私の涙が苦手だ。慌てている様子がちょっと面白くて、涙はまだ止まっていないくせに私は笑ってしまった。

うん、大丈夫。

私は笑える。

大きく深呼吸をして息を落ち着けると、すぐに涙は止まった。あからさまにホッとした様子のお頭に私は抱き着く。身体に馴染む温かさ。私の、好きな人。

私からお頭に抱き着くなんて滅多にないことなので少し驚いていたけど、すぐにお頭は嬉しそうに私を抱きしめ返してくれた。

 

「うちにさ、南の海のお酒はあるかな」

「南の海の?」

「そう。美味しいお酒があって、結構好きなんだ」

「……初耳だな」

 

意外そうに眼を見開くお頭に、私は笑う。

確かに、普段は甘いカクテルなんかを好んで飲んでいるから、普通の蒸留酒をリクエストするなんて思ってもみなかったんだろう。

だけど。

 

「お気に入りの、お酒なの」

 

 

 

 

 

 




(それは思い出のお酒)

(美しい黄金色で満たされたグラスをランプに掲げると、眩しさで涙が出そうになった)

(同じ言葉を返せなかった、これは贖罪と懺悔)

(二人だけの、想い出)
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